水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
減少しているのは、野鳥だけでない

私が、中学1年生の半ばに、木木に覆われた松風町に引っ越しました。
周囲も、木々が多く、そのせいか多くの野鳥が飛んできました。
で、中には初めて見る野鳥もいて、見るのが初めてのくらいですから、
名も知りません。
よくよく観察し、その鳥の特徴を頭に叩き込み、
翌日休み時間に図書室に行き、
原色日本鳥類図鑑、と言う本のページをめくって、
探し出すわけです。
なぜか、ほぼ毎日のように、図書室でこの本を眺めていました。
大人になって、ある時書店の店頭でこの本を発見。
即座に買い求めたのですが、
なぜ、あの中学生の頃に買い求めなかったのか、後悔をしたんですね。
あの頃手元にあったら、もっと気軽に鳥について調べられたのに、と。


で、だいたい、そのころ庭先までやってくる鳥は調べつくしたのですが、
それでも、時に新顔に出会います。
この時の歓びってないんですね。
図鑑では見たことがあるんですが、実物に出会うと、
とてつもなく感動するんです。
これって、たとえば熱烈なファンが、お目当ての芸能人に、
たまたま直に街角で出会ったりしたら、興奮するのと同じなんでしょうね。


実は、もう、60歳ぐらいのいいオヤジになったころのことです。
オリンピックショッピングセンターの近くを車で走っていた時、
たまたま目の前を一羽の鳥が横ぎったんです。
で、近くの工場の塀の中に消えてゆきました。
瞬間的に、あれはイソヒヨドリだ、と思ったんですね。
名の通り、体型はヒヨドリに近く、羽の色が全体にブルーがかった、
とても美しい鳥です。
で、その場で車を止め、路肩に寄せ、車を降りると、
一目散に後を追ったんです。
工場の門から入って、鳥のいる茂みに近付きました。
まあ、不法侵入ですね。
でもそんなこと言ってられない。
60年の人生で、初めて出会ったんですから。
で、なるべく近づこうとするんですが、
その都度、微妙に移動しながら、一定距離を保つんです。
じっくりと見たかったんですが、しばらくするとさらに遠くに飛んで行ってしまいました。
あとで、図鑑を確認すると、まちがい無くイソヒヨドリでした。


数年前のことです。
片岡の道を車で走っている時、道沿いの畑に2羽の見たことのない鳥を見かけたのです。
瞬間的でしたが、その姿を目に焼き付け、
家に戻ると、早速図鑑を開けて調べたのです。
こういう時は、だいたいでも、見当を付けて調べます。
まあ、そう外れることなないのですが、見込みとしてはケリの類と言う風に考えました。
で、案の定、ケリの仲間のタゲリでした。


野鳥に夢中になっていた中学生の頃は、
殆どが、初めて見る鳥ばかりで、
初めて四十雀(しじゅうがら)を見た時は興奮しましたね。
今だのその情景を覚えています。
最初は文鳥だ、と思ったんです。
まあ感じがよく似ているんですね。
これまた、翌日図書室の図鑑で確認、四十雀と知りました。


文鳥は、その頃、手乗り文鳥として飼育していました。
当時、グリコのアーモンドチョコに引換券がついていて、
鳥やさんで、集めたカードで、手乗り文鳥1羽を引きかえることができたのです。
もう、夢中になってチョコを買い集めた記憶があります。
そのせいか、今でもアーモンドチョコは大好物です。
文鳥の原産は、たしか東南アジアで、それが日本の輸入されていて、
かなり多くの鳥が日本では飼育されていたと思います。
歴史的には、江戸時代から飼育されていました。
のちに、白い羽色の文鳥が出現し、突然変異だと思うのですが、
これが大流行しました。
このシロブンチョウは愛知県の弥富市で作られたので、
弥富市は、シロブンチョウのふるさと、と言われています。
合わせて金魚の産地でもあり、弥富と言えば金魚と白文鳥と言うのが二枚看板でしたが、
最近シロブンチョウの勢いが衰えてしまって、
町のシンボルとしてもあまり使われなくなってしまったそうです。
その背景は単純なことで、文鳥を飼う人が減ってしまったのだそうです。
ペットの世界にも、流行り廃りがあって、
その動向に、生産者は右往左往するんですね。
かつては、シロブンチョウを生産していた農家は240戸あったそうですが、
今では2戸と言うことで、その激減ぶりに、
弥富としても、名産のリストから外してしまったようです。

 

減少しているのは、野鳥ばかりでなく、

飼い鳥も同じなんですね。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 12:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
超音波ビール注ぎ機

もう、30年ほど前の話になります。
青年会議所の事業で、船上でセミナーをする、と言う企画があり、
全国から青年たち500人ほどを集め、横浜を出港し、途中、香港によって、
グァムまで行き、そこからは飛行機便で成田まで、と言う約2週間のセミナーです。
これに、たまたま声を掛けられ、講師として乗り込むことになりました。


様々ないきさつは省略しますが、
このセミナーの講師人の一人に大宅映子さんがおりました。
彼女は、サンデージャパンに時々コメンテーターとして出演していますので、
ご存知の方もおいでと思いますが、
なぜか、船の上で、とっても親切にしていただいて、
夕食後は、毎日のようにラウンジで一緒に飲んだものでした。
で、ある時、ビールのおいしい飲み方、と言う話になり、
泡の立て方が味を決める、と言うんですね。
そこで、セミナーの一環で茶道を教えるということで、
クラブ活動的な講座があったのですが、その先生の所に行き、
おいしいビールの試飲会を開くことになったのです。


で、まず、どぼどぼとグラスにビールを注ぎ、ほとんど泡を立てないもの。
次に、細目に注ぎ、泡が立ったら止め、また注ぎ、
グラスの上から4分の1ほど泡をかぶせたもの。
そして最後は、茶碗にいったんビールを入れて、
これを茶筅で、お茶を点てるがごとく、ちゃちゃっとかき回し、
泡がほぼなくなったところでグラスに移したもの。
と、三つのタイプにビールを注ぎます。
まあ簡単に言えば、泡を立てないもの、程よくたてたもの、泡をほぼ抜いたもの、も三種です。
で、飲み比べてみたのですが、まちがいなく、真ん中の、
程よく、しかも根気よく注いだビールがおいしかったんですね。

これは大宅さんがじかに注いだのですが、飲もうとすると、あと1分待て、とかいろいろうるさいんですね。
でも、以来私はこれに近い注ぎ方をしています。


以前、知人に聞いた話ですが、
銀座の路地裏の、ビルの2階あたりにある、古びた感じのバーに行ったんだそうです。
カウンターがあって、そこには、エンジの蝶ネクタイを締めて、グレーのベストを着た、
年のころ60ちょっとぐらいの細身で品のいいバーテンダーさんがいたそうです。
で、そこでビールを頼んで、飲みながら、、いやここ々のビールはうまいな、と思ったんだそうです。
そこで、いつもの銘柄のビールなんだけど、なぜか、ここのビールはうまいね、と言うと、
お変わりのビルをグラスに注いでいたバーテンさんが、嬉しそうな顔をして、
お客さん、ありがとうございます。実は、私は、この道40年なんですが、
ただひたすらカクテルを作ることと、ビールを注ぐことを仕事としてきました。
ですから、ビールを注ぐことに関しては、この広い銀座の中でも
右に出る者はいない、と自負しているんです。
そして、そのベテランバーテンダーさんは、こう言ったそうです。
そもそもビールと言うのは、炭酸を抜いて飲む飲み物なんです、と。
で、グラスが空になるたび、その極意ともいうべき注ぎ方でビールを注いでくれたのだそうですが、
ともかく、泡がキメこまかいのだそうです。
で、言われるままに、マッチ棒を泡に差し込んだら、立っている。
マッチ棒が、グラスの真ん中で、沈まずに立っていたんですって。
いや、実際旨かったんで説得力のある話だった、と知人が
その時の様子を話してくれたんです。


この知人の話と、船での大宅さんの話が合致したんです。
以来、私はビールはそのように注いでいます。
ですから、宴会などで、お酌をされると、
飲みかけのグラスに、目いっぱい注がれてしまいますが、
まあ、正直、迷惑な話で、宴会でおいしいビールは飲めない、と諦めています。
少人数の時は、その理由を話して、ビールを注いでもらいます。


例えばさ、コーヒーを頼んで、今はブラック派が増えたけど、
ちょっと前までは、コーヒーは砂糖、ミルク入りが普通だったでしょ。
で、多分気を利かせてくれているんだと思うんだけど、
砂糖を入れてくれる人がいるでしょ。
でもその時、相手に聞くこともしないで、スプーンに三杯砂糖を入れる、
何てことしないよね。
大概聞くでしょ、何杯入れますか、って。
それと同じなんだ。
だからビールを注ぐときは、どの程度泡を立てるか、と言う相手の趣向を聞いて、
ビールを注ぐべきじゃないか、と思っているんだ、と。


ですから、私は、缶ビールの時は、先ず一口飲んでしまいます。
で、缶の中にいくらか空間ができたところで、開口部に指を当てて、
軽く振って、炭酸を抜きます。
こうすると、明らかに味がよくなると思っています。


ネットに、「ビールアワー」という商品が紹介されていました。
なんと、ビールを泡立てるグッズで、
家庭でも手軽に、あの、銀座のバーテンダーさんが注いだような
味わいを楽しんでもらえそうです。

これは、タカラトミーアーツが開発したそうです。
実は、2011年の発売されているんですが、
ここにきて、新商品が売り出されることになりました。
これまでグラスでしか使えなかった超音波式を缶ビールでも使えるようにしたそうです。
理にかなっていて、いかにも、おいしそうなビールが飲めると思いませんか。
早速買ってみようかと思っています。
ぼちぼちお花見ですしね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
国政のプライオリティ

やはり、昨日は、国会の証人喚問の中継にくぎ付けになってしまいました。
極力中立的な視点で見るようにしたんですが、
おかげで、いくつかのことが理解できました。


もう、昨日のテレビは、それぞれ、様々な角度で多様なコメンテーターを用意し、
解説にこれ勤めましたので、
まあ、だいたい分析は尽くされたと思いますが、
改めて、私なりの感想を書いてみます。


そもそも、籠池氏は、小学校開設に向かって、猪突猛進していたようですから、
そのための正当ではない手続きをいくつか踏んだ、と言うことがこの事件の根底にあります。
たとえば、私が、同じような志を持ったとしたら、
当然、考えられるありとあらゆる方策を講じたと思うのです。
様々なコネを通じて、許認可権のあるところへ働きかけも当然ですね。

このような許認可に縛られた事案は、それなりの関係当局へ接触を持つのは当然のことです。

ただ、この事案では、やや政治がらみの色合いが強かったわけですよね。
決して、正当化されるべきとは思いませんが、
これはままありうることではないか、と思います。
もちろん、請願請託に金品の授受が伴っていない、と言う前提です。


政治家の立場からして、それぞれに信条があって、
その思い、主義主張にかなうことがあったら、政策の一環として取り入れると思うのです。
例えばです。
ある病気の治療に有用な手法が見つかったとします。
日頃から、国民の健康増進に熱心な政治家が、この情報を得、
さらにはその関係者から冷静に話を聞き取った結果、
これは有用である、と判断したら、厚労省へ、この治療法の認可を速やかに進めるよう、
働きかける、と言うことは悪いことではないでしょ。


ですから、結果として、ぐちゃぐちゃになって話がこじれたのですが、
籠池氏が進めようとしていた教育を、望ましいと考える政治家がいたら、
彼との人間関係はともかく、
何らかの助力をしても不思議ではないと思うのです。

つまり悪いことではない、と思うのです。

しかし、このケースでは、想定外のストーリーが生まれてきたんです。

昭恵夫人の登場です。
籠池氏は、首相夫人と知己を得たということは、まさに繊細一隅のチャンスととらえたはずです。
よく、釣りの方法に、疑似餌で釣る、と言うやり方がありますが、
この場合、疑似餌は教育勅語です。
これにぱくっと食らいついた御仁がいたわけです。
でも、このことは何の問題もないでしょ。
個人の主義、思想ですから、傍からとやかく言う問題ではない。
でも、結果、この先がまさに「藪の中」なんです。
100%信頼できる嘘発見器にでもかけなければ、真相はやぶの中になってしまうわけです。


ただ、テレビ等のその後の報道で、
各党が、この証人喚問についての感想を言っていましたが、
歴然としたことは、与党の否定的な意見と、野党の肯定的な意見です。
相対していました。
しかも、言わなきゃいいのに、与党のある議員は、これで一段落した、と言ったんですね。
つまり、証人喚問はぼちぼち幕引きにしよう、と言う意味です。
要は、昭恵夫人が引き出される前に、チョンと幕にしようと言う魂胆です。
これはまずかったですね。


ま、ともかく、与党側は、大ウソつきだと決めつけました。
私の感想は、大ウソつきではないと思ったんです。
確かに、えげつない手法を繰り出して、学校設立に向けてしゃにむに突き進み、
その結果、何らかの嫌疑がかかるような行為があったのではないか、
と思えるほど、胡散臭い言葉もありましたが、
一方、嘘が罪になる国会での証人喚問の場ですから、

それなりの覚悟を持って発言していたと思うのです。
誰かへの伝聞で、もらってない、とか言っても、
偽証罪が控えている場で、渡した、と言う方がはるかに信憑性があると思うんですね。
ま、ともかく、与党はうそつきと言い、幕引きをしたいという。
野党は、もう少し別な角度で、特に昭恵夫人を追求しようという。
明らかにこの言い分の違いは、政争でしかないですよね。

 

うちの義父が、朝食後テレビのこの場面を見ながら、
国会がなにやっとるんだ。
国民のためのもっと大事な議論をしなきゃけない、と言ったんです。
それ聞いて、確かにそうだな、と、思いました。
だって、この議論が結果が、
国民の幸せとか、国家の安全とか、経済の活性化には、一つもつながってゆかないんですから。


確かに、国会は何やってんだ、と言う意見も一理ありでしょ。

国政にも優先順位があって、そのプライオリティの付け方として、

確かに、幕引きもありかな、と思いました。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
あれから5年が経ちました

2012年の春のことです。
なんとなく体調がすぐれませんでした。
最初に感じた変調は、目に現れたんですね。
ものが二つに見える。
乱視がひどくなるとそうなるのか、ともかく焦点が合わない。
これは日を追ってひどくなり、たとえば信号機の赤は縦に二個並んでいるという状態ですね。

特に階段を降りるときなど、段の違いがよくわからない。

何しろ、段の境目が二つ見えるんですから。
さすがに普段の生活に不便を感じるほどになったので、
眼科に行ったんです。
さんざあれこれと検査をした診断結果は、よくわからない、とのこと。
で、とりあえずドライアイの処方をしてもらって、様子を見ることにしたんです。
しかし、全然症状は改善されない。


そうこうするうち、やたら疲れやすくなって、反復運動的なことが、
継続できなくなってきたんです。
例えば、当たり鉢で、長芋をすって、当たり棒でかき回す、と言うような作業が、
ものの、数十回で利き腕の交替をするんですね。
そして、起きて1、2時間すると、首の力がなくなって、

普通に顔を正面に向けることができず、下を向いてしまうんです。

それまで気付かなかったんですが、頭ってけっこう重いんですね。
これはどうもおかしい、と、病院に行き、なんとなくの判断だったんですが、
神経内科の診察を受けました。
で、医師に、症状をあれこれ訴え、質問に答え、判断を待ったのです。
すると、医師は、一時、間があって、じゅうしょうきんむりょくしょうだと思います、と言いました。
言葉ですからそういう音を並べたんです。
そこで私は、じゅうしょう、ってどういう字を書くのですか、と質問。
すると、また、一時、間があって、じゅうしょうのじゅうしょうです、と。
ぜんぜん答えになっていない。
私は、この先生、医師の能力はともかく、国語力はあまりないな、と思ったのです。


で、医師の指示のもと、採血をし、レントゲンを撮ることになり、
それぞれの場所に行ったんですが、これまたそれぞれ待ち時間があるわけです。
私は、待合のベンチに座って、結構深刻に考え込みました。
どうもとんでもない病気になったらしい、と。
すぐさま死んでしまうことはないだろうけど、
もしかしたら、いいとこ5年ぐらいかもしれない、と思ったんですね。
病名が確定したわけでもないにもかかわらず、
また、それがどんな病気かもわからず、
ただ何となく、そう思ったんです。
5年の命、と。


で、今までの生きざまをいろいろ思いめぐらせ、
まあ、そうなったとしても、それはそれで仕方ない、と。
5年が10年になったとしても、やはり人生の最後を迎える、と言う時は、
きっとなんだかんだもっと生きていたいと思うはずだ。
だったら、それが明日かもしれないし、来年かもしれない、としたら、
5年と言うのは、十分な時間じゃないか、と。
交通事故かなんかで、、それまでに人生を整理することもなく
突然と死んでしまうことから見れば、はるかにラッキーなことだ、と考えたんですね。


妙なことですが、自分でカ勝手に決め込んだにもかかわらず、
5年と言う歳月は、むしろ希望の歳月だ、と思ったのです。
そう、5年もあるじゃないか、と。
でも、そうなら、中身の充実した日々にしたい、と思いました。
きっと誰でもそう考えるでしょ。
付き合いとか、あまり気乗りしないことまで手掛けるのはやめよう、と。


そこで、待合室でたっぷり時間がありましたから、
手元のメモ帳に、今、関わっている様々な活動を書きだしました。
時に単なる一会員であったり、時に役職であったり、
それぞれ、何らかのつながりがあって、

それなりの立場である時間帯活動に参加、参画することって、
結構いろいろあったんです。
順に思い出す限り書き出したら、なんと、26項目挙がってきました。
そして、ともかくできる限り削除しようと、順に、線を引いて行ったんです。
それでも、残り、5年間、この活動は続けたい、と言うものはありますから、
いくつか残しました。
要は、5年間悔いのない時間を過ごすための最後のわがままと言うことです。
私はこんな作業をしながら、ある意味、人生に区切りをつけるきっかけとなった
この病気を、かなり前向きに受け入れられるようになっていたのです。


これが、5年前の3月22日のことです。
そして、その年の6月6日に、外科手術をし、以来、投薬によって症状改善を図るなど、
まあ、闘病は順調に推移してきました。
いまは、ほとんど、健常な状態になっています。
もっとも、薬だけは飲み続けなければならないのですが。


そう、ふと考えると、覚悟した5年目になりました。
時が時なら、今頃、葬式でも出していたかもしれなかったんですね。
予定外に生きながらえていることの幸運をしみじみにと感じています。
今のところ、あと何年、と言ったせっぱつまった症状ではないので、
5年前のように、あと5年、とかいう区切りはピンと来ませんが、
でも、せっかくあと5年、と言う経験をしたのですから、
これからも、あと5年と言う生き方の整理を、
し続けることが、この病気を背負った意味ではないか、と思います。


せめて、またあと5年、お付き合いください。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 07:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
東京ドーム100個分

その昔、尺貫法と言う法律が施行され、
それまで、伝統的に使っていた量目の単位が使えなくなる、と言う変革がなされました。
当然今の人はぴんと来ないでしょうが、それなりの混乱があったのです。
これは1958年のことですから、私が、中学生の頃のことです。
この法律施行前から、実態としては、センチとかグラムなどの単位に移行していたと思いますので、
法律の施行そのものであまり戸惑いを持ったということはありませんでした。
もっとも、子どもでしたから、なんてことなかったのかもしれませんが、

実務の世界で、尺とか貫を使っていた人々は戸惑ったかもしれませんね。

特に、大工さんなんかはその習慣をいつまでも引きずっていましたから。

 

私の記憶では、小学校の半ばぐらいまでは、体重は貫・匁で表されていました。
例えば10貫500匁と言う風にです。
換算すれば、1貫が3,75キログラムで、匁はその千分の一ですから、
10.5×3.75で、39キロと375グラムと言うことになります。
ですから、ある時からキロに変更された時、頭の中で換算して、理解していたように思います。
まあ、一年ほどで、頭もキログラムに落ち着きましたけど。

 

頭の中は、ある単位で量目を理解しています。
時に暗算で換算することもありますが、
なんとなく、概念的には、理解できるものです。
例えば、米一升で何人前のご飯が炊きあがるのか、と言うことですが、
これは簡単に答えお出せます。

仕事とですから。

でも、不思議なことに、飲食業界の仲間でも、
キロで換算する人と、升で換算する人がいるんですね。

この二人が話しをすると、しばしば、頭で換算し合って、
だいたいこのぐらいだ、と納得し合っていることがあります。
例えば、1升で何人前の答えですが、グラムに直せば、1.5キロぐらい。
これが炊き上がると、ほぼ倍の重量になるので、炊きあがりは3キロとなります。
食べ量にもよりますが、お弁当など、普通の盛りは一人前220〜250gですから、
13人前ほど、と言うことになります。
逆に、では2キロのコメを炊くと何人前のご飯が炊きあがるか、
となると、これは白飯で4キロですから、18人前、と言うことになります。

 

私は、かつて、店舗の設計などする時に、体で大体のサイズを頭に入れておきました。
両手の指を目いっぱいひらいて、左右の親指の間隔を1センチちょっとあけて、
小指の先から先までが45僂覆鵑任后
で、建築の場合、いまだに尺が基準ですから、この45僉△弔泙蝪閏棕祇で、
ざっと測るとどのぐらいか、と言う理解ができるんですね。
例えば、客席通路の幅とか、カウンターの長さとか、がだいたいわかるんです。

そのほかに、腕を左右真横に伸ばして指先をぴんと張りった長さが180僉
まあ、6尺と言うことです。
で、一方の腕を折り曲げて、ひじの先端から、反対の指先までが、135センチ。
45センチ×3、と言うことになります。
まあ、そんなこと言ってないで、巻き尺を持って歩けばいいのですが、
なんかの拍子にそんな目測をしなくてはいけない時は、
こう言うことを覚えておくと便利です。

 

日本では、旧来の尺が基準になっていて、日本古来のものかと思っていたんですが、
もともとは中国から渡来した基準で、東アジアでは共通して使われていたそうです。
きっと、当時から、貿易などで、共通した単位が必要だったんでしょうね。

 

長さ二乗で面積ですが、これまた、概念としてはなかなかとらえにくい。
せめて自分の住んでいる住居の面積ぐらいが基準で、
それより大きければ広いですね、となります。
重量、長さと比較すると、この面積と言うのが一番分かりにくいですね。
小さいものなら、新聞紙を広げて、みたいな単位に換算できますが、
大きくなると、広げた新聞紙1万枚分の広さ、と言われても
かえって混乱します。
よく言われるのが、東京ドーム何個分とかのたとえです。
実際、テレビのコマーシャルで、ドーム何個分の家を建てています、
などの表現があったりしますから、これって、かなり普通に使われていますよね。
でも実際、ピンとこないでしょ。
あの東京ドームを地面として見たこともないわけですから、
立体的なドームからは、かえって面積が分かりにくくなってしまいます。
ちなみに、東京ドームの面積は46.800屐△兇辰4.7ヘクタールです。
と言ってもピンとこないでしょ。
1ヘクタールが100メートル×100辰量明僂任垢ら、
およそその、4.7倍。
正方形にすると、一辺が216辰量明僂砲覆蠅泙后

 

その昔、丸ビルが改装される前、、容積の基準になっていたことがありました。
今年の夏、日本人が飲んだビールの量は、
丸ビルに換算して、120個分でした、とかですね。
でもピンとこないでしょ。
よくないのは、もともとの単位の基準がピンとこないのに、
その掛け算が大きいと、もっと分からなくなるでしょ。
東京ドーム2500個分の広さです、なんて言われたら、ほとんど理解できません。
ですから、そうなったら、ほぼそれに近い面積一個分ぐらいがいいでしょ。

 

あるマヨネーズを製造する会社のことで、一日使用する玉子の量を、
こんな風に表現していました。
50メートルのプール2杯分です、と。
確かにそんな量の卵が一日に使われるのか、と分かりやすかったのですが、
プールに割り込んだ卵のことを思い浮かべて、
ちょっとばかり汚らしいな、と思ってしまったんですね。
量目のたとえって難しいですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ビデオで判定

ベルマーレ快調ですね。
とりあえずは、1位。

とりあえずと言う半端な表現は、
まだまだ、各チームの内情が見えてこないからで、ある意味暫定1位、と言うことです。
3年前の記録づくめのJ2でのぶっちぎり優勝の時のメンバーが、
翌年から、他チームに移籍し、
たかだか3年で、ほとんど新顔に近いメンバー構成になってしまいましたね。
これがサッカーの欠点と言えば欠点ですね。
シーズンが始まると、ピッチで走り回る背番号を、手元のメンバー表と見比べて、
頭に叩き込む、と言う観戦方法を、毎年、繰り返してきましたが、
ここ数年、それが著しいですものね。
主力選手がごそっと抜けてしまう。
そのたびに、選手の背番号を覚えなくてはいけないなんて、正直あまり好ましいことではないでしょ。
プロ野球では、それほどのことはないですもんね。
ここがサッカーと野球の大きな違いでしょうか。
特に、サッカーは野球と違って、選手が動き回り、移動します。
野球でしたら、試合中に、ライトの選手がレフトに回り込む、なんてことないですからね。
あそこに立っているのは、だれそれだ、と分かりやすいでしょ。
所がサッカーは、年中居場所が変わる。
だから頼りになるのは背番号なんですが、
これが、シーズン初めは、なかなか番号と選手が一致しない、と言うことなんです。


それと、ついでにユニフォームのことなんですが、
きっとおしゃれなんでしょうが、ちょっとデザイン化された数字だと、
遠くからは判別しがたい。
これは、年寄りには苦手なことなんです。
ですから、できるだけ、明瞭な字体を使ってもらいたいんですね。


で、このことをあるサポーターと話していたら、
その人が、だから、もっとスタジアムに足を運んで、さっさと覚えてしまえばいいんです、
と、背番号のことの不満を、軽くいなされてしまったんですね。
まあ、熱烈なサポーターにとっては、私のこのような考えは、
もっと熱くなって、ゲームを見るようになれば、解決しますよ、
みたいなところがあるようなんです。
でも、それって、もう少し、サッカーとの距離を詰めてみようか、
と考える人にとっては、時に、カチッとくる言葉ですよね。
チームとして、そういう思いやりがあるかどうかが、
サポーターを増やすかどうかにかかわることだと思うからです。

 

さて、以前から大いに疑問だった判定についてなんですが、
いよいよ、改善が手がけられるようですね。
サッカーを見始めたころ、ムム?と思うような判定がしばしばありました。
いや今でもありますが。
で、なぜ審判数を増やすとか、ビデオでの判定を補助的に使うとかしないんだろうか、
と、ずっと疑問だったんです
何より、通常の試合は、ビデオの記録が残っていますから、
ど素人でも判定の正否が分かってしまいます。
ところがサッカーサポーター、しかもディープな連中は、
あのスピード感がいいんだ、と。
いちいちビデを見てたら流れが止まっちゃうだろ、と言うんですね。
ま、確かにそれもありますが、
どう見ても、あれはPKだろ、みたいなものが、見送られて、しまうと、
明らかに勝敗にかかわりますもんね。

 

私は、運不運を含めて、サッカーの勝敗は、ずいぶんな確率で、
審判の良しあしで決まってしまう、と思っています。
実際、ベルマーレの試合を見に行って、この審判では勝てない、
といった笛の吹き方を感じると、ほぼ、それで勝敗は決まってきましたから。


そこで、いよいよ、こんな動きが出てきました。
日本サッカー協会の審判委員会が、

今季のJリーグ公式戦の判定に関するブリーフィングを行ったのだそうです。
今季から試合終了後に判定に関する異議があった場合、
審判団から聞き取りを行った審判アセッサーと
クラブの代表者の意見交換が行われることになっているのだそうです。
で、J公式戦で意見交換が行われたのは17試合、23事象。
のべ20クラブと意見交換を行ったところ、
23事象のうち、PKに関するものが16。
判定は覆ることはないのですが、
得点となったシーンでよく見ればオフサイドだった、と言った判定ですね。
また、相手を倒し本来はPKだった、と言う判定も出たそうです。
さらに、ある判定で、レフリーのポジションが遠いため、
正確な判定ができなかった、と言うことなど、
いわゆる誤審について、判断のし直しをするんですね。
もちろんかといって、試合結果には結びつきません。
審判の能力向上のため、と言うことでしょうね。


負けた方は、負けはそのままですが、
やはりそういう判断を覆してもれえれば、溜飲が下がるんでしょうね。
これは、ビデオを使って行う作業なんですが、
こんなこと、熱いサポーターはとっくにやってきたことですよね。

ただし、何の権限もありませんが。

 

もっと速やかにビデオの活用を広範囲に進めてもらえれば、
勝っても負けても納得のいく試合が増えてくるんじゃないでしょうか。
正直、サッカー界はちょっとその辺が遅いですね。

| 水嶋かずあき | ベルマーレ | 13:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ジグソーパズルの最初のピース

世間は森友の問題でざわついているようです。
国会の証人喚問を控えて、むしろヒートアップと言う状態でしょうか。
テレビのワイド系の番組では、必ずと言っていいほど、
この問題が取り上げられ、政治関係の専門家などが、コメントを付けていますが、
これらを比較してみてみると、
焦点が拡散していて、この問題の原点が忘れ去られようとしているような気がします。
だいたい、100万円の話にしたって、一方が、もらったと言い、
一方が渡してない、と言えば、さてどっちなんだ、と。
書類上のさまざまな文書があっても、これは自由に書けるわけで、
決定的な証拠にはなり難い。


安倍首相の支持者は、籠池なんかとんでもない、
そもそも一国の総理とあのようなペテン師的な男と一緒にしないでくれ、
なんて与党側のコメントが出されたりしています。
一方、安倍氏の政策やそのリーダーシップの取り方に不満がある人たちは、
籠池氏の対応について、安倍首相側の手のひら返しに、
以前は称賛していたじゃないか、と発言に不信を持っているようです。


ま、それぞれの肩入れの仕方で、同じ言葉でも解釈が分かれると思うんです。
この証人喚問は、要はやったやらない、言った言わないの論争です。
どっちかが嘘をついているのか、勘違いしているのか、忘れてしまったのか、
裁きようのない言葉のやり取りが行われるはずです。
しかし、大いに興味のあることですから、
きっと証人喚問の中継には、大半の人が見入るんでしょうね。

 

さて、この問題の根源ですが、
籠池氏の極右的な思想のもとに運営されていた幼稚園の在り方に、
共鳴をした、と言うのが、その原点のようです。
順序は分かりませんが、それは稲田防衛大臣がかつて、
国会議員になる前に、民事における弁護士を受けていた、と。
森友学園の教育思想とは無関係でないわけで、
彼女の極右的思想は、靖国参拝においても現れていますし、
その思想を受けて、安倍内閣では防衛大臣を任命されたのだと思います。
まさに、適材適所、と人事をした連中は考えたんでしょうね。
国会でもこの問題が顕在化した時、教育勅語のどこが悪いのか、
と開き直っていましたから。

また、安倍首相夫人が、誰かを介して、その存在を知り、
特異な教育をしている、と言うことに興味を持たれたのでしょうね。
で、実際園を訪問し、その実態を見聞きして、
報告をご主人にしたんでしょう。
ご主人は我が意を得たりと、称賛したのだと思います。
でなければ、その後の昭恵夫人の度重なる森友との接触は行われなかっただろうと。
でしょ。
亭主が、やめとけ、と言えばそれで終わっていたはずです。
なんたって教育勅語を暗唱し、唱和させるんですから、
これはそういう右に傾いている人にとって見れば、たまらなく魅力的なことです。
こう言うことをやりたくても、公人であるならできないでしょ。
もし、教育勅語をもろに復活させると言い出したら、
文句なしに大反対に会うはずですから。

でも、日本人の民族教育としては、例えば、教育勅語のようなもので
右翼的な教育を幼児時代にしておけば、
極端ですが、右翼的思想を広めることはできる、と
そういう人たちは思うでしょ。
ドイツで、ナチズムの復活を望んでいる人は相変わらずいるんですから。
日本でも、右翼思想の人がいてもおかしくないでしょ。

 

そこで、結局は森友問題というジグソーパズルの最初のピースは
教育勅語だったと思うんです。
私は、私自身、右でも左でもないと思っていますが、
あの教育勅語に盛られている内容は、まさに、儒教的道教的内容が骨格をなしていて、
それなりに意味のあることだと思っています。
ただ、そもそもの目的が、臣民教育だったわけで、
北の国で、将軍様のお陰で私たちは生活できています、みたいな思想の吹込みに近い。
自由で自律的な判断力を阻害し、権力に盲目的に追従させられる可能性を持っている。
しかし、生活規範として、世の人間関係を円滑にし、
人に人としての敬意を持つことは悪いことじゃないですよね。
大福の持ちと餡子を分けて考えなければいけないと思うのです。
にもかかわらず、大福はうまい、とばかり、
朕󠄁惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇󠄁ムルコトと始めるのは、
いかにもおかしいでしょ。


第一、勅語と言うこと自体は、天皇陛下のお言葉、と言うことですから。
これを現憲法下での象徴としての位置づけがあるにもかかわらず、
誤解を受けるような文言を、その意味も解さない年端の子供に、
丸暗記ささるなんて教育が、すばらしい、と思ってしまうこと自体に問題がある。
現実的に、陛下がテレビなどでお話しているご様子は、
私は、と言ってますしね。
朕、なんて言いませんですもの。
教育勅語を一般化して、現代語に訳し、
なおかつ、そこにあふれるような自由と平和の思想を盛り込んで、
新しい教育綱領のようなものを作ったらどうなんでしょうか。

そういう努力をしてこなかったことが、
こんな風に問題化してきたとも考えられませんか。
たぶん、教育綱領のようなものを制定するというと、
賛否両論が噴出すると思うのですが、
国民が納得できる、子どもの教育方針と言うものを
いつか制定する必要があると思うんですね。

こう言う指針も明確に示すことができないで、
国造りなんてできるのか、と思いますけど。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 16:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ある作品展

大磯の駅を出ると、右左にだらだら下り、国道につながる道が続いています。
この右手の道、つまり、西に向かうと、大磯小学校の前を抜けて、
ほんの少々進むと、右手にギャラリーさざれ石と言う小さな画廊があります。
これまた小さなカウンターとテーブル一つと言う喫茶店が併設されていて、
いや、多分小さな喫茶店に小さなギャラリーが併設されているんでしょうね。
ま、ともかく、ここで開催されているsea glass art展を
覗きに、昨日は出かけたわけです。
場所が場所ですから、きっと車を止める場所探しに苦労するだろうな、
と思い、駅から数分のようですから、これは電車に限る、と、JRで行くことにしました。


午後2時過ぎ、平塚駅を出ると、あっという間に大磯。
大磯駅に降り立つなんて、久しぶりのことです。
駅前のロータリーに、著盡湘南清絶地、崇雪、と書かれた石碑が建っていました。
身の丈2mはあろうかと言う石碑です。
これは、大磯の観光協会が、湘南と言う地域名の発祥の地は大磯である、
と言うことをはっきり表しておこう、と言うことのために建立を進めたのです。
この石碑の建立にあたって、大磯の観光協会が、資金集めに、
崇雪の出であるという外郎家に、協賛の打診をしたところ、
果たして対応すべきなのか、どうか、と言う相談を外郎家が私にしてきたんです。
まあ、私がその辺の事情にある程度詳しいんじゃないか、と思ったんでしょうね。
そこで、私もこの石碑建立に関する資料を取り寄せてチェックしたのですが、
その主旨文に、いくつか誤認されているか所を散見したのです。
で、もし、この主旨文の内容を石碑に刻みこむとしたら、
間違いを後世に伝えてしまうから、と、
外郎家とよく調整をする必要がある、と思い、
その旨を、大磯の観光協会、外郎家にそれぞれ伝えました。


結果として、調整ができたと思うのですが、
当代の25代藤右衛門さんの名前が石碑に刻まれていましたので、
ああ、いい結果になったな、と思ったのです。
そして、ただ、そういう大きな文字が刻まれているだけで、
どうして大磯が湘南発祥の地なのか、と言うことは書かれていませんでした。
まあ、それもありかな、とは思うのですが、
これは、あまり意味がないんじゃないだろうか、とも思うんですね。
だったら、むしろ、現に、鴫立庵の庭に建っているレプリカのレプリカでもよかったんじゃないか、と。


さてそんなことも考えながら、早春の大磯の街並みに沿って、
数百メートル歩いたのですが、町の風景、建物のたたずまいなど、
平塚と比べると、とても大きな差を感じます。
何か、異次元の世界に入り込んだ、と言うくらいの違いを感じました。
穏やかでとても心落ち着く景色でした。
で、ギャラリーさざれ石に入ったのですが、
作品展2日目、と言うこともあってか、次々と顔見知りの人が訪れているようで、
小さいのも小さいのですが、会場は盛況感にあふれていました。
そもそもの目的は、この主催のおのおかまゆみさんに、
我がすさ美会に、入会してもらおうと、会員拡大に出向いたわけです。
以前、SCNテレビの番組で彼女と知り合い、
その時、彼女の作品を刷り込んだ名刺から、彼女の特異な表現方法の作品を知り、
ぜひ、すさ美会展に出品してもらいたいと思っていたからです。
で、改めて、会場に展示されている作品をしげじげと見たのですが、
実に爽やか、妙な透明感がありながら、妙な暖かさを感じる作品だったのです。
基本的には、海辺で拾ってきたガラス系の楕円に近い小石を、
色彩ごとに整理した素材を使って、お皿や装飾品、壁掛けなどを製作しているんですね。
で、ご本人に質問。
Qこの素材はどうやって集めたのですか。
A海に行って拾い集めたものです。
Qここの作品展に使われている素材を集めるのに、どのぐらい時間がかかりましたか。
A10年です。

(ここでえらく感心する)
Q一回でかけてゆくと、どのぐらい集まるんですか。
A以前は小さなバケツ半分ぐらい。今は、数個から十個程度。年々少なくなります。
Qと言うことは、絶滅危惧種並みもですね。どうして減ってきたんでしょうか。
Aそもそもこの色(ブルーのガラス片を指して)はコーラの瓶が元だと思うんです。
 これが海に捨てられ、壊れて、波と砂に洗われて、浜に打ち上げられたものです。
Qつまり、コーラや時に一升瓶など、原料供給減が、少なくなってきたということでしょうかね。
Aそうだと思います。
Q考えようによっては、海辺の浄化が進んでいる、と言うこと人もなりますね。
といったやり取りです。

 

で、この作品の中に驚くものを発見。
直径4センチ前後の黒い石なんですが、これは元はスレートだったそうです。
割れて、角が取れて、茄子のような形のもの、丸に近いもの、ひょっこな楕円など、
それぞれの形態なんですが、これに目を付けているんです。

真っ黒くろすけをイメージしたそうで、このくろすけを並べて、作品を作っているんですね。
ユーモラスで、かわいらしく、独特のムードの作品でした。
この黒い石は、数年前から、突然海辺で見られるようになり、集めたのだそうです。
で、聞くところによると、東日本大震災で、石巻のさる建設予定の現場から、
スレートが被害にあい、津波に持って行かれたそうで、
おおよそ8割ほどは回収したのですが、残りの2割は流出してしまったそうです。
彼女の集めたこの黒い石を見た人が、これは石巻のスレートではないか、と。

どうも、そのスレートが、どういう作用か、海流に乗って、
平塚の海岸にたどり着いたらしい、と。
海流は逆でしょ、と言ったんですが、

彼女もそう思って、実際石巻まで行って、確認したのだそうです。

で、ご当地では間違いなくうちのスレートの破片だ、と言うお墨付きを得たのだそうです。
その裏付けとしては、震災後数年たって海辺に見かけるようになったということ、
そして、昨年あたりから、その数が減少した、と言うことで、
時間的な経過からは、符号するところがあるようなんです。


石巻と言えば、平塚と災害協定を結んでいるところ。
そこの漂流物が平塚の浜に打ち上げられた、と言うのも、奇妙な縁ですね。
何かと、感心することが多い大磯での体験でした。

この作品展、26日(日)まで開催。ただし、水木は休みです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
やきとりと言う食文化

最近、居酒屋などのメニューに、小鉢とか、さしみとか、フライとかさまざまに分類して書かれていますが、

その中に炙りと言う分野を分けて書かれているものを見受けます。


以前では、特に「炙り」と言う調理法を区分していませんでした。
しかし、現実に炙りは一つのジャンルを確立していますから、

じゃあ、焼くと炙るはどう違う、と言う疑問を持っている方もいるようです。

 

単純に分類すると、焼く、と言う調理法が上位にあって、
そのうちの一つが炙る、と言うことです。
和食の世界で、ある料亭とか、旅館とかの調理場には、
板長を筆頭に、何人かの職人がチームを組んで仕事をします。
職場によって幾分変わるかもしれませんが、

メンバーの持ち場がそれぞれあって、
その中で、焼き場、と言われるところがあります。
言葉通り焼き物を担当するんですが、
この焼き場には、火鉢があって、熾(おこ)した炭を平らにして、
串打ちした魚の塩焼きなどの焼き物を調理します。
中には、油鍋も置いてあり、そこでは、天ぷらなど揚げ物を揚げます。
で、このてんぷらを揚げるのも、塩焼きを焼くのも、焼き場の仕事なんです。
つまり、揚げるという行為も、焼くという行為も、焼くという概念なんですね。
さすがに最近は、そこのところを分けますから、
揚げると焼くは一緒にはしませんが、ちょっと前までは、焼き場仕事として扱われていました。


調理の概念としては、焼くの中には様々な要素が含まれる、と言うことになります。
普通の調理法としては、焼くは、火鉢の上での仕事になりますが、
フライパンの中で加熱するのも焼くですし、
銅鍋で出し巻卵を調理するのも焼くですね。
オーブンもグリルも、サラマンダーもともに焼く調理器具です。
で、これらの器具で加熱する行為を、炙る、とは言わないように思うんです。
私の個人的な感覚では、それなりに炎があって、
この炎に当てて、焼くという行為なら炙るになるのではないかとも思います。
炙る、と言う調理法で比較的有名なのが、
鰹の炙りです。
石油缶の下の部分を、バールで穴をあけ、
その中に稲わらを入れて、燃やし、金串を打った鰹の節を、
炎の中をくぐらせ、皮目を少し焦がし、油がぶつぶつを浮き出したら、
氷水に入れて、一挙に冷やします。
鰹のタタキの下仕事の時に、このように炙り仕事が入ります。
なぜ稲わらなのかは知らないのですが、きっと火力が強いからでしょうね。
炙りの仕事は、火力が強いということが必要です。

ですから、この火力で最後まで火を通そうとすると、
よほど注意深くそばで見ていないと、まだらに焦げる可能性があります。

ですから、炙るという調理法は、あえて、表面的な焦げを作ったり、
芯まで火が通さない、言う前提の調理法になります。
時に、焦げ目をつけて香ばしさを出す、と言う場合も使いますね。
今では、ガスバーナーを使って、青白い炎で、加熱します。
私は、なんとなくですが、これでは、ただ焦げ目を付けるだけで、
微妙に風味を出すことができない、と思っています。

 

さて、焼くという料理で最もなじみ深いのがやきとりです。

最近の議論で、焼き鳥を串から外して食べるのと、そのまま串を持って食べるのか、
どっちなんだ、と言うことが話題になっているようです。
焼き鳥屋から言わせてもらえば、串からじかに食べるのが本来ですね。

何人かで何種類かの焼き鳥をシェアーするなら、
串を抜けばいいし、

豪快に、一本食いするならそれはそれで、
たしかにかってですから、とやかく言われる筋合いはない。


でも、バラして食べると、若干味は落ちます。

まあ、大したことない、と思うなら、ばらして食べればいいでしょうね。
バラすと、どうして味が落ちるのか、ということですが、

バラさないより冷めやすくなりますから、その分食感が変わります。
又、バラすと、冷めるとともに肉が固くなります。
そもそも鳥の肉を小さく切って、串に打つというのは、
いくつかの理由があります。


鶏肉は火の通りが遅い肉なんですね。
例えば、チキンソテーと、ビーフソテー、ポークソテーを同時にグリルで焼くとすると、
チキンが一番火が通りにくいんですね。
これでわかるように、火の通りをよくするために、小さく切ります。
何より、火の回りがスムースになりますから、
肉汁を閉じ込めることができるんですね。

また、串に打つと言うこと自体、食べやすくしているんです。

端を持って食べられるわけですから。
色々な理由で串打ちをして、下仕事をするんですが、

これはおいしく食べてもらうためのことですから、
串を抜いて食べるのは、まずくした食べることにもなるわけでしょ。
店によっては、串ごと食べてください。、と言う注意をすることもあり得ますね。
やきとりに、お上品に皿から箸で食べる、と言う文化ではないんですね。
串にかぶりつくなんて、と思うなら、焼き鳥を食べなければいい。

 

お客様のわがままと言うのは様々なパターンがありますが、
自己流の食べ方で、しかも理にかなわない食べ方をするのも、

我がままの一つではないか、と思っています。

物には道理ってことがあるでしょ。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ちょっと聞き慣れない言葉、忖度

今回のアキード事件、いやこういう表現は安倍首相が、
口角泡を飛ばして、反論しそうですから、
例の森友事件とでもしておきましょうか。
ここで突然のように登場し、マスコミなどでも頻繁に使われ、
2017年度上半期流行語大賞名乗りを上げたと言ってもいい位の

「忖度(そんたく)」と言う言葉です。


ぼんやりとその意味は、理解できると思うのですが、
余計なお世話ですが、国語辞典的な解説を付け加えます。
忖度:他人の心をおしはかる、という意味です。
ある事柄をもとにして見当をつける、と解釈してください。
文字の分析としては、
「忖」は「はかる、推測する」という意味を持っています。
文字の構成が、りっしんべんは、「心」ですから、それと「寸」で、
長さを測る、という意味合いの漢字になります。
つまり、心を測る、推測する、と言うことですね。
「度」には、同様、測るという意味があります。
ある一定の単位に近い感覚でしょうか。
温度、とか、尺度とか、ある種の基準のもととなるものです。
そこで、忖度とは、「基準となるもので他人の心をはかる」という意味になるわけです。


しかし、どうもこの出来事では、
忖度の意味としては、「目に見えない圧力を感じ、手心を加える」
と言う解釈が適当のようですね。

 

今までの経緯を整理すれば、
何が事実で何が事実でないのかが見え始めました。
おそらくそうは見当違いではないと思うのですが、
まず、明確のことは、
昭恵夫人は、森友学園の教育方針に共鳴した。
これは事実でしょう。
そこで、何回かの接触の結果、名誉校長を受けてしまった。
きっと、積極的ではなかったと思いますが、結果として受けたのです。

これは森友学園にとってはとてつもないアドバンテージになりました。

もっともこのことが今回の問題拡大の要因になってしまったのですが。
ともかく、そこで、夫人は、流れから、活動を支援することになったわけです。
ご主人は、そういった動きを、まあ、いいか、程度に受け止めていたんでしょうね。
かみさんがはつらつとしていることは、亭主にしてみれば嬉しいことですから。
まあ、ここまでは、他愛もない流れです。
そして、これまた些細ないきさつで、建設費の寄附と言うことで、
100万円を提供した。

寄附を依頼されて、じゃあ、一万二万の世界ではないでしょ。
とは言え、これまた何の法的な問題はないと思います。
亭主がこのことを知っていたかどうかはたいした問題じゃない。
もっとも知らなかったと言い張るでしょうけど。


さて、この問題の端緒となった、土地代の異常なダンピングと
許認可の降りる経過の速度と不透明ないきさつのことです。
これは担当して、なおかつ決定権を持つある役職者の問題でしょうね。
国有地の払い下げを担当している近畿管財局、および中央省庁の担当者、
航空局のごみ処理の積算を担当し、なおかつ金額を決定した役職者、
設置認可を協議した者など、
すべてこの案件にかかわった人たちが、
その背景に安倍夫妻の存在を感じてしまったんですね。
籠池元理事長は、それは事業主体者ですから、
少しでも安く土地を手に入れたいでしょうし、
許認可を速やかにおろしてもらいたいでしょうから、
それなりの働きかけをするでしょ。
これは当たり前のことです。、
で、問題は、政治家の関与があったのかどうかですが、
おそらく、傍で思っているほどことはなかったんじゃないか、って気がします。
だって、そんなことよりも、葵のご紋の入った印籠をちらつかせれば、
余計なことは言わないですむはずだからです。
何よりも名誉校長の名前ひとつで十分だったんじゃないでしょうか。

 

だから、安倍首相は、何ら金品も受け取っていないし、
関係者への働きかけをしていない、と断言したんです。
もしそうなら、首相もやめるし、議員も辞任する、と言ってんですから、
働きかけを直接行ったということは、ないと思うんですね。
そこで、忖度の登場です。

 

他人の心をおしはかる、と言うレベルを超えていたんだと思うのです。
だって、自分が審議すべき案件の背景に、一国の総理大臣の姿を感じるんですよ。
特に直接頼まれることが無くても、書類に添付されたパンフレットか何かの、
総理夫人の顔写真でも見ればへへ〜、となるでしょ。
印籠を持っているのは、助さんでも、その印籠の影響力は大きい。
それは、傍らにいるはずの水戸のご老公を意識するからです。

夫人の顔写真の傍らにいるはずのご主人のことを意識してしまうようなものです。
これは、へへ〜とならないわけにはいきませんでしょ。

したがって、忖度は、目に見えない圧力を感じ、手心を加える
と言うレベルまで昇華するんです。
正直な感想を言いますと、この忖度が罪なのかどうかは問えないと思うんです。
つまり、この事件では有罪判決を受ける人はいない、と言う妙な構図の出来事なんですね。


ただ言えることは、忖度をすることで、

あたら国民の財産を粗雑に扱った、と言うことではないでしょうか。

罪かどうかは微妙でしょ。
ですから、このような事態を招いたことは、正に、安倍首相の不徳の致すところだと思うんです。

この問題発覚当初に、不徳の致すところです、と謝ってしまえば、

ここまで騒ぎは大きくならなかったはずです。

安倍首相の知らぬ存ぜぬで、籠理事長も態度を豹変させたのでしょうね。

 

何より、この問題の根幹には、
教育勅語の解釈を含む、右翼的な思想の人たちが、
かつての帝国主義的思想の片りんを見せている、と言う不安を感じるんですね。

 

私は、そこのところを忖度しますね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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