水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
またまたびろうな話

屁の突っ張りにもならない、
と、いきなりびろうな話になります。
これは、何の役にも立たない、何の意味もない、といった意味。
まある意味無駄な抵抗というか、空しい抵抗というか、と言ったところ。
で、どうして屁の突っ張りか、というと、
屁が出そうになって、一応は何とかしなきゃと思ったんでしょうね。
音といい匂いと言い、場面によってはまずいでしょ。
いや、基本的には一人っきり以外の時以外は、すべてまずいですよね。
そこで、何とかしようと、手かなんかで抑える。
まあこれが突っ張りという状態なんですね。
でもその程度の対応では、屁は出てしまう。
ですから意味ないことですよ、という意味です。
昔から、出物腫物ところ選ばず、と言いますからね。
こればっかりは仕方ないのでしょうが、
やはり放屁してしまった人は、ちょっとばかり恥ずかしいですよね。
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びろうついでに屁にかかわる小話。
その1 落語の枕から
ケチで有名な男がいて、この男をみなケチ兵衛と呼んでいたんです。
ある時、男二人で道端で世間話をしていると、そのうちの一人が屁を催した。
そこで近くにいたケチ兵衛さんを呼び寄せると、
これから屁をするけど、何だったら、俺の屁をあんたに上げよう、と。
するとケチ兵衛さん、もらえるものは何でももらっちゃうというタイプなんで、
ありがとうございます、とさっそく両手を男のしりに差し出します。
男は殊の外息んで、ぶい、と一発。
ケチ兵衛さんはそれを両手でしっかり挟んで、慌てて駆け出し、裏の畑へ飛んでゆく。
男は何をするんだろうとケチ兵衛さんのあとを追うと、
ケチ兵衛さん、握っていた手のひらを大きく広げて、畑の上にもらった屁を放つ。
そこで一言、ただの風よりましだろう。
分かりますかのこの話?
今時でいえば有機栽培の一種かもしれませんね。
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その2 フランス小噺から
田舎の道を2頭立ての駅馬車が走ってました。
詰襟の黒服を着た年輩の神父さん。
向かい側には、華やかなドレスをまとったうつくしい娘さんと、
そのおつき風の年増の女性。
道が悪くやたら馬車が揺れたせいもあったのかもしれませんが、
馬車が大きく揺れたついでに、娘さんが、思わず大きな音で放屁してしまいます。
娘さんは、あ、と思ったのですがもう遅い。
何とか取り繕うと、手首を口に当て、息を吹き出し、ブーと音を立てます。
神父さんはそれを聞いて、おもむろに、音はそれで何とかなったとしても、
匂いはどうするんですか、と。
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ついでにその3 同じくフランス小噺から
これもまた駅馬車というシチュエーション。
乗っている乗客は先ほどと一緒。
ネタはもちろん放屁。
道半ばで、娘さんが大きな放屁をしてしまいます。
ここまでは一緒。
で、娘さんは言い訳がましく、私は月に一度だけ、我慢できないほど腹が張って、
つい、放屁してしまうんです、と。
あまりに必死に訴えるものですから、
馬車の中は、まあ仕方ないだろう、という雰囲気に包まれます。
所が言い終えるかいなや、二度もの放屁をしてしまいます。
神父さんは、静かな口調で、
確か月に一度、とおしゃってましたね。
娘は、どぎまぎしながら、
ええ、今のは来月の分です。
.
これは私の体験です。
もう50年ほど前のこと。
私の父と、弟であるおじさんと私の3人で、山梨に銃猟をしようとライトバンに乗って向かっていました。
我が家で飼っていたポールという名のポインターが後部の荷物置き場に、
私たちの銃と着替えなど詰めたリュックともに、乗っていました。
しばらく走ってゆくと、くさい屁のにおいが車内に漂ってきたのです。
しかし、誰も沈黙していました。
正に、言い出しっぺになるのを恐れていたのか、相当なにおいにもかかわらず話題にしなかったんですね。
同乗の仲間を傷つけたくなかったのだと思います。
その匂いも消えたころ、また匂ってきました。
今度もみな黙っていました。
5分ほどすると、また匂ってきたのです。
三度とも強烈なにおいです。
さすがに、我慢できず、運転していた叔父は運転席の窓ガラスのレバーをクルクル回して、外の空気を入れました。
そのころの車ですから自動ではありません。
さすがに三度目となって、父が、誰か屁をしったか、と口火を切りました。
運転をしていた叔父は、いいや、と否定。
私も否定。
父も、おれじゃなよ、と否定。
ということは、後ろに乗っていたポールかとなり、
私はポールの尻のにおいをかいだら、そこにはまだ先ほどの悪臭の残り香(というか?)が漂っていたのです。
当然ですが、ポールは何が問題だ、という顔をしていました。
そこで思ったのです。
放屁に関する羞恥心は、人間だけなんだと。
ま、どうでもいいことですが。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:52 | comments(0) | - | - | - |
びろうな話ですが

下品な話、卑猥な話など話す前に、ちょっと言い訳がましくいう言葉があります。
普段はあまり使いませんが、尾籠な話ですが、とか言うんですね。
音としては「びろう」です。
つまり、尾籠な話になりますが、などと断りつつ、品のない話題を口にするわけです。
これはもともと「おこ」という言葉が語源で、くだらない、品がない状態を言い、
歴史的かなづかいでは「をこ」とも書かれます。
で、この「お」「こ」のそれぞれを尾と籠(「こ」とも読みます)の漢字で表記し、
逆にそれを音読みし、びろう、と言うようになったようです。
正に、二転三転ですね。
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で、言い訳がましいのですが、本日の話しは
大変尾籠な話です。
トイレでの大の処理の仕方です。
まずいくつかの疑問を整理してみました。
尻を拭くって人間だけでしょ。
一説によると、食べ物のせいで、粘りが出てきて、周りに残る。
で、拭く必要が出てきたとか。
基本は肉食が影響している、という説があります。
確かに、うさぎとかヤギの大便はコロコロしてますから、
あれなら拭く必要ななさそうでしょ。
.
で、人間はなんだかんだとやはり拭きますよね。
どんな拭き方か、というと、国、地域によって多少異なるようです。
この時代になっても、紙じゃない、選択があるんですね。
そのうち最もポピュラーなもの。
これは水です。
汲み置いたもので、左手を使って濡らし濡らし拭くのだそうです。
まあ、これの超現代版がウォシュレットでしょ。
まあ最近のウォシュレットも進化しましたね。
トイレの扉を開けて便器の前に立つだけで、上蓋が自動で空いたりしますよね。
温度、水量、それとビデなど分かれていて、一度ウォシュレットを使ったら、
これがないトイレは不安でしょ。
私は、若いころ、実は痔持ちだったんです。
で、年取ったら、いずれ手術するようだろうな、と覚悟していたんですが、
ウォシュレットを使うようになって、その気配が無くなりましたもんね。
すごいことでしょ。
で、水以外では、わら縄とか、葉っぱ、木のへラなどがあるそうです。
ま、少なくとも、日本の公衆便所に、縄がぶら下がっている、なんて光景はないですけどね。
昔も紙を使わなかったわけではないようですが、
これとて、高貴なお方しか使えなかったとか、
江戸のころは、浅草紙といって、廃品回収した紙類を再生したものを使っていたそうです。
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これは私たちの年代で終わった経験だと思うのですが、
戦争直後、当然のようにトイレのしりふき紙なんかありませんでした。
で、普通の家庭では、新聞紙を2〜30センチ四角い状態に切って、
これが重ねておいてありましたね。
ですからトイレにしゃがみ込むと、まず何枚かの新聞紙の紙を手で柔らかくもむんです。
そして始末していましたね。
昔々の話です。
.
さて、現代ですが、ウィシュレットプラストイレットペーパーです。
で、我が家の巻紙は、なぜかダブル、ミシン目入り。
ダブルって、なんかの拍子に、本来のペアリングが1周分ずれると、
切り口の長さが半端になるでしょ。
まあどうでもいいと言えばどうでもいいのですが、じっと座り込んで、見るともなしの目の前の景色を見ていて、
トイレの紙がそろっていないと、外側のものだけ1周回して長さを揃えます。
なんとなく、いいことした、って感じになるんですね。
なんか、俺ってきちんとした性格だと、そんなときは自画自賛です。
で、最近気づいたんですが、トイレの巻紙は、大体、ステンの半円のカバーがついているでしょ。
これに引っ掛けるように切り取る。
なんか、食品ラップを切るという感じですね。
ところがもともと薄っぺらな紙ですから、切り口が汚くなるんですね。
ミシン目がついてる意味がない、と。
で、その気づいたことというのは、ある程度引っ張り出した後に、
もう一つの手で、空手の如く、えいや、と振り下ろすのです。
一度やってみてください。
そうすると、きれいに切り取れるんですね。
すいません、どうでもいいことをぐだぐだと。
.
で、今日トイレのなかで、そういえばこのロールはいったいいくらなんだ、と。
で、ネットで調べたら、まあ長さとか、シングル、ダブルなど仕様によってばらつくんですが、
おおむね一本80円から100円。
長さは、シングル150メートル。
そこで一回の使用量、1,5メートルとして、
25センチ1周半、つまり75センチでワンセット、これ2回分、
と言った前提での1,5メートルということです。

で、ウォシュレットでの下処理済をしたうえで、ということですが、
これだと、100回分でしょ。
ま、男一人暮らしの場合ですね。
きっと女性はその倍ぐらい使うでしょ。
ま、ともかく、わが家3人ぐらしですが、
一巻、3〜4日分でしょうか。
結構な消費ですね。
でも金に記換算すれば、1500メートルを1,5メートル使って、1巻100円とすれば、
1回の処理代1円です。

ま、大したことないんですね。
.
つまらないうんちくでした。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:25 | comments(0) | - | - | - |
負け癖という癖

2・3・12.

ルマーレの今期の18節までの成績です。
2勝3分12敗。
この調子だと、幕尻から一気に十両を突き抜け
幕下まで陥落か、と言った感じでしょ。
幸か不幸か、今シーズンは降格がないそうなので、
十両落ちということはありませんが、それにしても18位という
J1の最下位に甘んじています。
.
そもそもシーズン初めから、今期は期待できない、とサポーター連中は言ってました。
たぶん最下位だろう、と。
不振の要因は、毎シーズンそうなんですが、
成長して頭角を現すと他チームに引き抜かれる。
湘南の下部組織から育成され、ベルマーレに縁深かった選手も、
同様引き抜きに会う。
正直、ベルマーレを超える年棒を提示されれば、心動きますよね。

.
そもそもサッカー選手は、大体、30代を迎えると能力が低下してくる。
早い人は、20代後半で引退でしょ。
カズなんて異色の存在です。
53歳で現役でしょ。
ですから、短い選手生活の中で、一円でも多く稼いでおきたい、
と考えるのは当たり前じゃないですか。
きっと、彼らの周辺で、選手寿命がおわり、引退した選手たちのその後、
というものを数多く目の当たりにしてきたと思うのです。
そして時に、悲惨な引退後生活などを垣間見てしまうと、
稼げるときに稼いでおこう、という気持ちになることはむしろ当然のこと。
それだけに、自分を高く評価してくれたら、そちらのチームでプレーしたい、と思うはずですよね。
.
引退後、それなりの生活を維持出来るのはほんの一握り。
まあ現役中に、最低限代表に選出されることは条件でしょうね。
そうすれば現役中の、元代表という肩書で、時にテレビなどの世界でもそこそこ活動できそうでしょ。
そこにたどり着かなかったばあい、何処かのチーム、時に大学とか高校の監督とかコーチ。
自分の出身チームのコーチになれるなどラッキーなことなんじゃないでしょうか。
.
ま、ともかく義理とか人情は絡ませない。
年棒次第で動くのは、もう大前提のなんですね。
.
ベルマーレは2000年から、メインのスポンサーのフジタが手を引て以来、
地元の有志などが中心になってチームを支えてきましたけれど、
しょせん、競技場の収容力も少なく、安定した経営状態というのは望むべくもありませんでした。
したがって、J2とJ1を行ったり来たり。
好調にJ1にあがったと思えば、前年の主力をごっそり引き抜かれる。
まあ、止め置けるだけの財力がないからです。
で、陥落する。
すると、新たに選手を育成し、戦力を整える。
と、例によってまた中心選手を引き抜かれる。
もうこの繰り返しでしょ。
その意味で、今年も主力の有力選手が引き抜かれましたので、
年初から、いい成績は残せない、とネガティブな予想が立てられていましたが、
まさにその通り。
.
とくに、今年の場合、前年の半ば、チョウ監督のパワハラ問題が表面化し、
チーム内がばらばらになって、結局終盤失速してしまいました。
その延長で、新シーズンが始まったのです。
コロナの影響で、ある意味練習時間等は十分にあったとは思うのですが、
これは他チームも同じこと。
逆に、短期間にスケジュールをこなさなければならず、
試合間隔が狭まっています。
言い換えれば、タイトなスケージュールを乗り越えるだけの選手層がない。
このコロナによる短期スケジュールもマイナスになっていますね。
ま、何より、チョウ監督がいなくなったことです。
私は以前から彼のことは高く評価していました。
で、シーズンが終わる度に、来年もチョウさん留任だろ、と、情報通に確認していたくらいです。
.
現監督にしてみればつらい状況だと思うのですが、
昨年シーズン途中で監督を引き受け、
今年は今年で明らかにコマ落ちの状態で戦わなければいけない。
なんとなぐネガティブな空気の中での指揮ですから、
芳しい成績が残せない。
正直気の毒だとは思うのですが、現監督には過大な荷物を抱えた状態だと思うんですね。
私は、残酷な言い方ですが、現監督ではこれ以上の戦績は望めないと思います。
冷たい言い方をするな、とかのお叱りを受けそうですが、
一応ベルマーレはプロのチーム。
プロというのは、お金を払ってゲームを見る人に支えられているのです。
その観客が、払った金額に相当しないプレーが展開されたら、不満を持つでしょ。
きっと、今のベルマーレはそこに近い状態なんだと思うのです。
やはり勝ってなんぼでしょ。
.
さてサッカーど素人の意見です。
ベルマーレのプレー信条は、走って走って走りぬく。
その中からチャンスを作り出す、というのが湘南の暴れん防のイメージです。
しかし、しょせん勝てなきゃ意味がない。
つまりその大原則として負けないことです。
つまり、失点しないこと。
その意味で、フォワードからディフェンダーまで、100%ディフェンスをする、と言うことでしょ。
なんかの拍子に得点のチャンスがあれば、取りに行く。
しかし、それはあくまでもラッキーな状況とぐらいに考えれば、
負けはずっと減る。
まあ面白くもない戦術ですが、八方破れで勝ちのチャンスがある、
というのは、もっとしっかりした選手が必要なはずです。
.
場違いな提案だと思うのですが、チョウさんの再来はないんでしょうか。
このままだと、Jリーグ最悪記録を作りそうでしょ。
なにより怖いのは、選手の中に負け癖がついてしまうことですね。

 

| 水嶋かずあき | ベルマーレ | 09:39 | comments(0) | - | - | - |
行政改革の基本

菅内閣が、いくつか目玉的に取り上げている政策の一つに
縦割り行政の打破、があります。
まあ、一種の行政改革なんでしょうね。
で、河野太郎大臣がこれを担当しています。
世間は、大臣の動きに注目しているようで、
そうは簡単にゆくまい、と高みの見物派から、
彼の独特の能力から、なんだかんだと成果を出すのではないか、という応援派まで、
様々なようです。
これは、まさに伏魔殿にお丸腰で乗り込むようなもので、
一歩間違えば、森の石松が都鳥一家に滅多打ちにあったように、
あっけない結果になるか、
前人未踏の偉業として、政治歴にその名を刻むか、大きな分かれ目となるかもしれません。
.
最近の政権は、官僚の生殺与奪権を握っているようにも見えるので、
政権としてのテーマである、ということが公表され、国民注視の中での動きには、
抵抗とか、隠蔽とか、非協力などをつぶさに明かしてしまえば、
その、彼ら官僚にとっての不都合な部分が露呈されるわけで、
それこそ、ネットの情報発信の在り方が、

大きな影響を与えるのではないか、と思うんですね。
ま、それにしてもこのご時世の中で、
安部政権当時のモリカケサクラなどが、公文書改ざんとか、明らかな偽証とか、文書廃棄とか、
何とも稚拙な手段で、既得権益を守ろうとし、その手先となった官僚連中の非人間的思考に、
国民はただただもうあきれ返ってしまったわけでしょ。
情報あふれかえっている時代ですよ。
ちょっとした市民の行動ですら、道端の監視カメラに映る時代です。
あおり運転の一部始終を車載カメラが記録する時代です。
密なる情報時代に、口を拭えば分からないと思い込んでいる政治家の頭が古すぎる。
だんだんと嘘がつけない時代になってきているんです。
だから、既得権益など言ってないで、

さっさと国民権益に切り替えるべきでしょ。
.
そんな行政改革の成果をきっと誰もが期待していると思うのです。
その期待にしっかりと応えることが、日本のためであり、ご自身のためであると思います。
そんな意味をこめて、河野太郎大臣の手腕を期待します。
.
行政改革というのは、そこに確保されている権益もさることながら、
権威という訳の分からないものが障害になっているんですね。
きっと一度この権威を手にしてしまうと、
実に爽快なんでしょうね。
.
ある上場企業で重役にまで上り詰め、定年で引退した方が、
私が関わるあるボランティア組織に入ってきました。
その組織の会長の友達ということもあり、皆温かく迎い入れたのです。
しかし、暫くすると、顔を出さなくなりました。
で、最近顔を見ないけど、と会長に聞くと、
会をやめた理由をこんな風に話してくれたのです。
あの大会社の重役さんですから、在職中はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
タバコを咥えれば、脇からさっとライターが出てくる。
社用車で出かけると言えば、車に乗るときは部下が扉をあける。
咳払い一つで秘書が飛んでくる、といった環境だったんですね。
しかし、ボランティア組織というのは、皆平らな人間関係です。
新入りは新入りで、それなりの雑巾がけをしなきゃいけない。
で、この方、この間までのちやほやされていた癖が抜けないまま、
いきなり、並の人間として動かなければならなくなったわけです。
で、やめるときの言葉が、

誰も尊敬してくれないんだ、とぼやいたのだそうです。
.
職が持つ権限というのは、人を変えることがあります。
それを自分の人間性だと勘違いするんですね。
行政改革は、まずこの勘違いを正すところから始めなきゃいけない。
あなたは、ただの一メンバーです、と。
ですから、縦割り行政の打破は、プロジェクトによって進めるのが一番です。
つまり、既得権益をもっている人も、何十分かの一の存在にするということです。
.
厳密に言うとプロジェクトの造り方というのがあって、
メンバーの選択から、プロジェクト内の役割分担。
個々の存在意義の認定、組織の目的、予算の捻出と公明な資金の流れ、
会議の運営方法、さらに既得権の排除など、
極めて難しい運営をしなければならないのですが、
一番の問題は、プロジェクトのリーダーたる人材が少ないことですね。
ですから、行政改革の第一歩は、公明正大な組織運営を組織構成員の協調を引き出しつつ、
速やかに展開できる能力を持った人を育成するということです。
.
河野大臣の活動が成果多からんことを祈ります。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:24 | comments(1) | - | - | - |
ネットの情報もいつか淘汰される

私は新聞を読む習慣がありません。
昔は、1紙は購読していたのですが、
ネットでの情報収集がだんだんと比率が高まると、
新聞を読まなくなってしまったんです。
まあ、性に合うとか、合わないとかの問題だと思っています。
ともかく、何回かそのたびに挑戦して新聞に購読を申し込むのですが、
一か月もすると、全く読むことなく、部屋の隅に積み上げられるだけなので、
さすがにかみさんからクレームが入り、読まないなら断ろう、と言い始めるのです。
でも、なんとなくぐずぐずしていると、繰り返し、口にするようになり、
結局、2か月もしないで断る羽目になるんですね。
そのうち、私に断りなしに断るようになって、
結局、もう10年近く新聞はとっていません。
ですから、マンションの玄関口に、古新聞の束が戸別に積まれていて、
しばらくすると、トイレットペーパーに変わっているという景色を見ますが、
あれを見るたびに、根気よく新聞を読んでいる人を尊敬してしまうんですね。
.
まあ世間の情報収集は、ネットで事足りる、と思っています。
私は、スマホでは、電話とスケジュール管理以外は使っていません。
したがって、机に置いてあるパソコンが唯一の便りの綱なんです。
最近買い替えたのですが、このパソコンは20インチクラスのモニターがあって、
この後ろに薄っぺらなリックサックでも背負うように
マシンの部分がついている一体型のものです。
で、なぜか、画面を開けると、検索のための小さな窓が下部にあって、
どんな作業をしていようと、ここに検索の言葉を入れると、
関連するものを開いてくれるんですね。
とても便利な機能です。
もちろんそれ以外にも、
正に新聞のページを開くように、元の検索用のアイコンが画面に、
yahoo、MSMトピックス、Microsoftedgeなどが並んでいます。
これは、新聞でいえば、朝日、毎日、読売の3紙が置いてるようなものです。
まあその時の気分で、このどれかを開けるのですが、
ときに、三つとも飛ばし読みすることがあります。
.
で、最近気になり始めたのですが、
基本的には、記事の数、一つが200ぐらいはあるんでしょうか、
これを閲覧するのですが、
タイトルによってはいちいち開けないでしょ。
で、気になるものを開ける。
3社を比較すれば、ある意味似たり寄ったりなんですが、
微妙に偏りがあるんですね。
まあ天下の情報公器を自認する三大新聞ですが、
これとて、色合いが異なるでしょ。
これと同じでしょうか。
一般新聞的な雰囲気もあれば、
スポーツ新聞的な内容のものもあります。
まあいずれにしても、見出しがあって、写真が付いていて、記事内容がある。
大体は、登録した日付が片隅に書いてあるんですが、
ついつい見出しの言葉に誘われて、開けてみたら3年前の出来事、なんてことがあります。
まあ、3年前はこんなことがあったんだ、という参考にはなりますが、
基本的にはそんなことも求めていないので、
そのあたりはよくよく注意していますが、それでも引っかかってしまう。
.
なんか三文新聞記事的な内容の場合、読んでみて、なんだこれは、となるのですが、
新聞と違って、読んだ人の批評が大体載っているので、
その見出しと記事の格差は、いつでもきちんと評価していますね。
何が根拠で、検索に乗ってくるのか、分かりませんが、
そもそもこのサイトの運営者が編集しているに決まっているわけですから、
もう少し、しっかりした基準をもって、厳選しないと、
くそみそ一緒の編集じゃあ、いつかぼろが出てくるんじゃないか、と心配なんですね。
極端な話、載せた記事の評点として、読み手はそれなりに評価しているわけですから、
ざっとした評判は把握できるはずです。
その結果を編集に反映させれば、三文記事は少なくなると思うのですが。
.
ともかく、ネットの良さは実はここにあって、正直な反応がある。
もっとも偏ってはいますが。
特に、韓国系のニュースでは、嫌韓論者が跋扈していて、
寄ってたかって悪口が羅列してあります。
ちょっと行きすぎか、とも思うのですが、一人の思いとしてはそれもありかと思うのですが、
これが10も20も連なっていると、いささか狂気じみた感じになります。
これも受けて次第なんでしょうか。
.

河野太郎さんの記事が最近多くなって、ま、それだけ注目されているのだと思いますが、
比較的好感をもって受け入れられているようですね。
極端なコメントは、次は河野さんで決まりだ、ぐらいのことが書き込まれていて、
私としては、とてもうれしい現象です。
.
以前、二度目の大臣、外務大臣に就任した時、
霞が関の外務省の一室で、クラブ番組としてインタビューをしたことがあったんですが、
このときの話で、外務大臣という役職について聞いたところ、
そもそも外務大臣にはなりたかった、とその胸の内を開けてくれたんですね。
で、さらに、総理大臣を目指している、とだれはばかることなく言っていたのが印象的でした。
まあ、その意味では、そこに向かって突き進んでいる、という印象を受けました。
ネットの時代にネットをうまく活用しているということも重要ですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:26 | comments(0) | - | - | - |
ゾウリムシ

ペイズリー (paisley)と言われる模様というか、ある種のデザインがあります。
見ようによっては、ちょっとばかり奇妙な柄なんですが、
これはペイズリーという柄だ、ときかされて、そうなのか、と。
それだけのことで、奇妙と思いつつも私もペイズリー柄を受け入れてしまったんですね。
ネクタイにあしらわれているものも何本か持っています。
でも、あまり最近は見かけなくなりました。
きっと時代遅れなんでしょうか。
用途としては、衣類、壁紙、カーテン、家具のデザイン、ネクタイなど使われてきました。
これは、19世紀にイギリスのペイズリーという町でこの柄の織物が量産され、
その模様は生産地の名前を取ってペイズリーと呼ばれるようになったとか。
まあここまでくどくど解説しなくてもご存じの方はご存じですよね。
なぜ、このペイズリー柄から話が始まったのか、というと、
実はぞうりむしの拡大動画をみていたら、どう考えてもこれはペイズリーそのものじゃないか、と。
で、なぜゾウリムシの拡大動画を見ていたのか、というと、

これがメダカの餌に最適である、ということが分かったのです。
.
先日もこのブログで触れましたが、
毎日の日課的なことでいえば、ブログの打ち込み、食事の支度とその食材の買い出し、

そしてメダカの世話、なんです。
かつての社会的活動時間が少なくなったところに入り込んできたのが、メダカです。
.
何回か失敗を繰り返しました。
よくよく考えれば基本的な知識がないまま、水の中にメダカを入れて、
すいすいと泳いでる様を眺めて、満足していたのです。
でも、何かとお亡くなりになってしまう。
その理由もわからず、二代目、三代目と成魚を買ってきて、飼うのですが、
多少のパターンの違いと、期間の差はあるものの、結局全員お亡くなりになるんですね。
さすがに、これを何回か繰り返していると、多少の情報を求めるようになります。
まあ、こういう時はネットに限りますね。
何しろ教えたくて仕方ない人の集団がネットにはおいでになりますから。
そこでメダカで検索しているうち、
基本的な注意事項が理解できるようになりました。
とくに、これはよくない、というマイナスの条件は、

自慢じゃないですが、一通り経験しているんですから。
とはいえ、しっかりと整理できているわけではなかったので、
やはり先輩諸氏のアドバイスを取り入れてゆきますでしょ。
また全滅という悲哀を味わいたくないですから。
.
しかし、千差万別。
環境がそれぞれ違いますものね。
特に、こういうところでTOUTUBEあたりにアップされている動画の主人公は、
そこそこ広い庭があって、いくつもの水槽を平らに並べていて、
まさに、どっぷりとした感じでメダカに携わっている人が多いんですね。
そこへ行くと私なんかはベランダの軒先でアクリル水槽の小サイズをいくつか並べている程度です。
経験の違いよりも、まず規模が全然違う。
例えば、このまま増えてゆくと来年はどうなるのだろうか、
と先のことが心配位の規模なんですね。
飼育可の最大容量が見えているわけですから。
生まれて、きっと2か月もすると再生産年齢に達するんですね。
まだ子供じゃないのか、と思うサイズです。
もっとも、メダカですから、もともと小さいのですが、それにしても、まだいいとこ中学生ぐらいか、
という成熟度のメダカでも、卵を産むんです。
産んだら、そのうちの何割かは孵化するでしょ。
針子と言って、糸くずみたいな全長1ミリにも満たないような魚と思しき生物体が、
水の中で泳ぎ始めるのです。
これを無視はできないでしょ。
そこで、あまりに小さいので親と一緒だと食べられてしまうことがあるというので、
卵のうちから、孵化槽と位置付けている水槽に分けるのです。
そして、見るからにどこにいるのか分かるような体長3〜5ミリぐらいになると、
育成槽に分けます。
その先は大人の泳ぐ水槽に移り、産卵槽というところで、すいすいと泳ぎ、
人の見ていないところで、いつの間にか卵を産む、ということになるのです。
すると、水草の根に着いた卵を分離し、孵化槽に入れる、というローテーションをしているんですね。
なんとなくそうしたほうがいいのかな、という体験的育成方法です。
.
で、それなりの世話をしていると、少しづつ増えてきます。
何しろ、感覚的ですが、100匹いるとすると、メスが半分。
最低でも大人のメスは二日に1個の卵は産むと思うんです。
と、大人の水槽では、1週間で100〜200の卵が産み付けられ、
それが半分孵化したとしても、
年がら年中針子が孵化槽で泳いでいるということになります。
つまり、驚くほど繁殖力が強いのですね。
こうなると、飼育というよりブリーダー的な感覚になってくるんですね。
.
そこでよりしっかりした飼育法を学ぼうとネットを探るわけです。
そしたら、メダカの稚魚用にゾウリムシを与えると丈夫な子が育つ、ということが、
いくつかの動画で共通して言われいたんですね。
だったらゾウリムシか、という事になったのですが、
そんじょそこいらでは売ってない。
で、ここもネットですね。
調べてみると瓶に入れたものを送ってくれるというんです。
早速申し込みました。
そもそもが全長、1ミリ程度の微小な原始的な生物です。
顕微鏡などで覗いた映像を見る限り、まさにペイズリーそのものですね。
とはいえこれが生育に絶大な効果がある、と聞けば、興味を持つでしょ。
今日、明日には届くはずです。
これを、米のとぎ汁を混ぜた水に放すと、あっという間に大繁殖するのだそうです。
まあ一週間ぐらいはかかるでしょうか。
これを種に次々と繁殖させてゆけばいいのですから、
メダカとゾウリムシの二刀流の繁殖を手掛けることになるわけです。
でも、本当に来年の春先には、増えたメダカをどうすればいいのでしょうかね。
.
そんな目前の問題も解決できていないのに、

来年は多少希少なメダカを手掛けてみようか、と考えています。
今のメダカはMIXなので、ただ増やしているだけなんですね。
少しはレベルアップを図ろうか、と。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:05 | comments(0) | - | - | - |
マスクの効用

振り返れば3月、4月とほぼ毎日コロナ関係のコメントを書き続けてきましたが、
ここにきて、世間様同様、なんとなくコロナ離れしてきました。
まあ、ネタが尽きたというか、新鮮味を感じないというか、
マンネリっぽくなってきたということは事実ですが、
冷静に見てみれば、まだまだ渦中にあるわけですね。
.
世界では、驚くような惨状です。
ご存じとは思いますが、改めて現状を見てみると、
新型コロナウィルスによる死者数は95万人を突破しました。
感染者総数3000万人。
単純に死亡率3%です。
死者に関しては、残念な予想ですが、100万人は突破するんでしょうね。
死者数のランキングは、
米国19万9千人、 次いでブラジル13万6千人、3位が、インド8万6千人、メキシコ7万3千人、英国4万2千人。
と続きます。
日本は1500人ですから、アメリカメキシコ当たりの100分の1。
逆に見れば、かの国は、日本の100倍ということでしょ。
何が違ったんでしょうね。
これは政治的な対応策とか、国民性、公衆衛生概念とかを超えた、

なんか肉体的な要因があるような気がするんですね。

DNA的要因です。
たとえが悪いのは百も承知ですが、お許しください。

.
一つの水槽で飼っているメダカですら、丈夫で長生きもいますが、
何が原因か、お亡くなりになるものもいます。
まったく同じ水槽の中でですよ。
これはもう、個体がそもそも抱え込んでいる体質としか言いようがないでしょ。
その意味で、コロナでお亡くなりになってしまった方々は、
潜在的病因もあるとは思いますが、ウイルスに対応する力が弱かったんじゃないでしょうか。

これは人種的な意味を含めた肉体的要因ということです。
ま、それにしても100倍というのは、もちろんそれだけではないですね。
.
日本ではインフルエンザへの対応のための体制がかなりきちんとできています。
まずは、全国に5000カ所の拠点治療施設(病院・医院)があって、
インフルエンザではないか、と受診した人で、明らかにインフルエンザと認められると、
しかるべきルートを通じて報告され、
最終的に厚労省のある部署にこの情報が集約されることになっています。
つまり、365日、インフルエンザの発生状況を、即日把握できるようになっているのです。
で、状況に応じて、その対応をとるということですね。
ま、冬場になるとそのための情報が発信されて、注意喚起がなされるようになっているのです。
で、夏場はそもそも罹患者がすくないのですが、それにしても現況では皆無に近いそうです。
で、これは、コロナ対策として、人と人の接触密度に気を付けているのと、
マスク着用が大前提になっていることで、どうもインフルエンザも抑えられているのではないか、
ということなんですね。
まあ、コロナ取るかインフルエンザ取るかみたいな二者択一だとしても、
どっちもどっちでしょ。
ちなみに、コロナの死者数は、1500人(9月中旬現在)。
インフルエンザの死者数、2018年3323人、2019年3412人、ということですから、
コロナの倍になります。
まあ、しかし、感染者という母数が違うので、インフルエンザの場合致死率0,06%だそうですから、
コロナの致死率1,9%は、インフルエンザから見ると恐ろしいということになりますね。
まあしかし、検査体制も不十分ですからこの致死率は多少ぼけているかもしれません。
でも、単純に、死者数で比較するなら、インフルエンザのほうが怖いでしょ。
でもそのインフルエンザの感染者数が少ないということは、これは画期的なことですね。
私はなによりマスクのおかげではないかと思っています。
.
マスクも、コロナの初期の奪い合い、またアベノマスクの全戸配布、

さらには、様々な供給ルートが確保され始めるとともに、
手作りマスクの登場、またファッショナブルなマスクが使われるようになるなど、
実に激しい変化がありました。
中には、マスクをつけるつけないでのトラブルなどもありましたが、
他の感染症にも影響するなど、まさにかなり利点も多かったと思うのです。
手作りマスクなんですが、初期のころ、ノリやらホッチキスで自作しましたが、
まだまだ、白いマスクが大半。
そのうち、少しづつファッショナブルになってきて、
ちょっとした柄物では驚かなくなりました。
きっとそのうち、コマーシャル入りのマスクが出てくると思います。
白いマスクの下の方に、TOYOTAとかSONYとか印刷したものです。
きちんと計算すれば、広告収入としての採算性はあるはずです。
.
今回のコロナ騒動でのマスクの効用の一つは、
美人が増えた、(正確には美人に見える女性が増えた)ということです。
生前、父がある歯科医に通っている頃のことです。
担当してくれている歯科助士さんが、
とてつもなく美人だ、と帰ってくるたび言うんですね。
そのうちその美人歯科助士さんに会うのが楽しみで、出かけるようになってきたのです。
で、ある時、意を決してその方に、一度マスクを取って顔を見せてくれと頼んだそうです。
そして帰って、そのことについて、
マスクを取ったらさ、並みの顔立ちだったんだよな、と言ってました。
まあ夢が壊れたようですが、
以来、私もマスクに隠されているからといって、過剰な期待をしないように気を付けています。
それでもまあ、町中マスク美人にあふれていますね。
男の性なんでしょうか、

このマスクに隠された部分を想像する楽しさをゆるしていただきたいと思っています。
.
先日出がけに、ちょっとばかり無精ひげが伸び始めていることに気が付きました。
ところが出かける時間が迫っていて、ひげを剃っている間がない。
ふと思ったんですね。
ひげが伸びていてもマスクで隠れてしまう、と。
で、マスクもいいもんだな、と思ったんです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:45 | comments(0) | - | - | - |
政党の包容力

今回の菅内閣の構成について、お年寄りだとか、お友達とかあるいは親戚だとか、
その構成に対する視点で、何とか内閣、と命名しますよね。
まあ、これは、新任への祝辞みたいなものですから、
耳障りが悪かろうと、言ったもん勝ちで、それこそ勝手に言わせておけばいい。
.
で、結局、派閥均等型になってしまい、新任または再任大臣の一覧に括弧で派閥名が入る、

というパターンが定着しています。
選挙区とか何とかより、どの派閥に所属しているか、ですね。
つまり、冷静に見てみれば、
自民党というのは、派閥集合型の組織なんですね。
問題は、派閥というのが、何をもって塊を作り出しているかでしょ。
言い換えれば、ある新人議員さんが、ある派閥に所属する。
その要因です。
以前からの人間関係というのがあるでしょうね。
それと金脈。
さらには政治理念。
これらが複合的に作用して、ある派閥を選択する。
で、その流れで、次の選挙の時にサポートがあったりして、さらにきずなを深める。
また平常時の活動などでも、飲食とか、会合などの接点が広がれば、これもまた縁が強化される。
さらには、当選回数を重ねてくれば、
本人も周囲もそろそろ大臣、なんてことが言われ始める。
となると、現状の派閥均衡型資格が前提な以上、
どの親分についていればその可能性があるのか、という読みも加わるでしょ。
まあ、きっとこれらの複雑な要因が派閥を形成し、強化してゆくわけです。
.
今回の組閣も見ている限り、間違いなく石破派は外されたでしょ。
マスコミなどで伝えられる限り、主流派にしてみれば、何かと怨念があったらしい。
でもですよ、ここがポイントなんですが、
それでも、石破派の面々は自民党でしょ。
政党というのは、ある政治理念で思いを一つにする人たちの組織ですよね。
しかし、ある時点で共通の考えがある、と思っても、
状況は変わるわけで、その変化が度々出てくると、
少しづつ主義主張というものの距離が出てくる。
例えばですよ、ほんと例えばの話です。
戦争が勃発したとしますね。
戦前の様々な問題については共通の認識があっても、
戦時となると、また別の判断が必要でしょ。
強硬に力で押そうとする考えもあれば、できるだけ穏便にすべきだ、という考えもある。
ある事象に対して、肯定か否定か、分かれる。
戦前の平時には、同じ政治理念だと思っていても、戦時となると微妙に判断が異なってくる。
そうなると、以前のような、同じ政治理念とは言えなくなるでしょ。
まあ、これは極端な例ですけど、状況次第で、時に賛成だったり、反対だったり、
まあ、これを是々非々ともいうのかもしれませんが、
政治的課題は何百何千とあるはずです。
そのすべてに同じ考えを共通して持つなんてこと自体あり得ない。

しかも、その課題は絶えず入れ替わる。
ですから、政党と言えど、全く同一の価値観を持った人々の集まりとは言えない。
実際、自民党の議員先生に様々な問題に対する答えをアンケート調査できたら、
右傍から左傍まで、ずらりと並ぶことになると思うのです。
その幅の広さをも超えて、一つの政党として、
ある問題には一丸となって、またある問題には、喧々諤々の議論をし、
賛否が割れたら結論は持ち越しとか、
様々な選択をしているわけです。
.
つまりです、現在日本の政界に存在するさまざまな政党の、
特に野党系の政党での、主張の違い以上に、自民党内での違いがあるんじゃないか、と。
例えば、それはなんだかんだ言ったって、10人の組織の意見の幅と、100人の組織の意見の幅は、
100人の組織の意見の幅の方が大きいに決まっています。
数が多いというのはそういうことです。
個性の集団なんですから。

にもかかわらず、自民党が一つの政党として成り立っているのは、
その幅の広さを抱え込んでいるからなんでしょ。
しかし、野党に目を転じてみれば、
この抱え込む容量が小さい。
些細なことで角付き合ったり、どうでもいいことにこだわりを捨てられなかったり、
要は大同団結という大義のかけらもない。
この器量の狭さに、国民は危惧を抱いているのです。
.
政治家に求められる資質として、実行力とか、説得力とか、発想力だとかとともに、
大局観とか、先見性とか、要は物事を大きくとらえることも大事でしょ。
その意味で、小異に引っかかってしまうということは、大同につながらない。
野党は野党で、いつまでもそのパイを大きくすることができないでいるような気がするんですね。
与党のアンチという存在をそろそろ考え直すべきじゃないでしょうか。
.
ここにきて様々な政権の動きがネットで伝えられています。
その中にあって、ある野党のシンボル的存在の女性議員は、
とかく、反論を繰り返している。
私はその内容を見て、感じたのですが、
この人は本当に日本の国をいい国にしたいと思っているのか、
もしそう思っているなら、もう少し建設的なものの言い方があるだろう、と。
意見を100%否定するって、子供じみていますよね。

思考の熟度が低い。

いったん状況を飲み込んでみれば、また違った考えだって出てくるはずです。

例えば、スーパーコンピューターは、癸韻任△襪戮ですね、とか。

 

| 水嶋かずあき | - | 10:40 | comments(1) | - | - | - |
リモートで済ませていますが

そういえば、昨日は連続投稿をして、3000通目のブログとなったのです。

歳月にして8年と2か月ほど。
ちょっとした記念でしょ。
まあなんとなくですが、こんなところが毎日投稿をすることの支えなのかもしれませんね。
ある意味意地みたいなところがあって。
今日はやめようか、なんて日はあるにはあるんです。
一番の理由は、文章を打ち込もうというテンションが上がらない。
ま、疲れたとか、何か精神的なストレスがたまったとか、
要は気が向かない時があるんですね。
でもそこで、じゃあお休み、となると、
書かない理由が判然としていないわけですから、書かないと言う理由のボーダーが下がってしまう。
ぐずぐずと後退しながら、結局、ぽつぽつした五月雨的な投稿になってしまうような気がするんです。
ですから、ここは意地になっても、なんとか書き続ける。
まあ、傍から見れば、バカみたいな目標と思うかもしれませんが、
何もなく、ぼおっと過ごしているよりはましだろう、と。
いずれにしても、私にとって、ある種のボケ防止的な事も含めて、
肉体的に、不可能になるまで続けてみよう、と思っているんです。
なんか、私のわがままな目標のために、
わざわざおこしいただいて、お読みいただいている方々には、申し訳ないと思うのですが、
もう少しお付き合いください。
.
さて今日のテーマです。
WITHコロナとかで、生活環境が激変してきましたね。
正直、私たちの年代のロートルにしてみると、
ここでの変化って、なんか人間の根本にかかわるようなことまで含まれているので、
大丈夫かよ、と心配なんですね。
.
話しは変わりますが、私が大学入学の時の話です。
高校3年の秋過ぎまでは大学に進学しようという気などさらさらなかったので、

碌に勉強もせず、ぶらぶらしていたんですね。
その年の暮れ、親に強く勧められて、大学進学を目指そうか、

と幾分か考えが変わってきてはいたのですが、
大学生活で、何を得ようとしているのか判然と整理できていなかったんです。
大学で身につけた知識や教養で、商売がうまくやって行けるとも思いいませんでしたし、
何よりも人生そのものの意義を見出していなかった年齢ですから、
4年の間目指すべきものが何なのか、と言うことが皆目見えてこなかったんですね。
で、親の強い勧めで、じゃあ行ってみようか、と考えを変えた大きなきっかけは、
4年間遊ぶ、ということでした。
これは親には正直に話しました。
4年間遊ぶということで大学進学を考えるけど、それでもいいか、と。
両親は、口をそろえてそれでもいい、と。
つまり親公認の、4年間の遊び放題期間を確保したわけです。
で、4年間まさに遊び放題。
実に楽しい学生生活でした。
で、改めて振り返ってみると、この4年間で、様々に接した人との絆とか、
学友から教わったものの考え方とか、要はその後に人生にとても役に立つ基礎的な経験を
山ほどさせてもらったのです。
間違いなく、遊びの中からでしたが、多くの物を学び取ったんですね。
親の見立ては正解でした。
私の大学生活から遊び部分をのぞいたら何が残るのだろうか、

というくらい、その時間は重要だったと思うんです。

.
さて、話はまた変わりますが、先日テレビで、ある大学生が、
コロナ禍による大学の授業が、リモートで行われていることに
多いなる不満を言っていました。
確かに大学では何を学ぶかですから、

そこでの講義は何らかの形で聴講しないと大学に行った意味がないですよね。
でもそれが、画面を通じてのリモートとなると、これはただの放送大学でしょ。
それなりの学費を払い込み、その結果が放送大学では話が違うじゃないか、と。
もっともですね。
あの学友達と何の意味があったかもわかりませんが、徒党組んでうろうろしたり、
近くの喫茶店で、コーヒー一杯で半日だべってみたり、
休講を幸いに、新宿まで繰り出して映画を見たり、
およそ授業以外で過ごした時間の中に大学生活の意義深いものが凝縮していたような気がするんです。
そのおそらく大学のよさの半分を超える重要な過ごし方を、
リモートという形で、とりあえず了解してくれというのは、なんか的外れな感じがするんですね。
.
これに限らず、
今年私が関わっているいくつかの組織の総会が、書面による決議になりました。
物足りないと言えば物足りないのですが、
しかし、通常の総会など、まあ数十人単位での会合になり、
その中であえて発言する人というのはほんの一握り。
大半が一言も言わないのですから、ある意味いてもいなくても同じでしょ。
だったら書面による決議でもそう問題はないだろう、ということになってしまうんですね。
だったら、これからも書面決議でどうだ、ということになりかねない。
まあ味気ない時代になりそうですね。
やはり、なんだかんだとその人の顔を見て、声を聴いて、心の微妙はひだを感じ取って、
コミュニケーションは進んでゆくのだと思うのです。
リモートによる意思の疎通は、おそらく微妙に分かったつもりになりがちで、
分かったつもりが積み重なってゆくと、何処かでとんでもない結果に結び付くのではないか、と思うんですね。
.
まあ、こういった心配が、年寄りの冷や水であるうちはいいのですが、
ふと気が付くと、人間の社会的動物としてのある機能を喪失させる可能性があるんじゃないか、
と心配になるんですね。
ヤッパ、これは年寄りの冷や水か?

 

| 水嶋かずあき | - | 10:11 | comments(2) | - | - | - |
お役所仕事

お役所仕事、という言葉がありますが、
だいたいは、あまりよくない意味で使われているようです。
その一つ、結果が出てくるのが遅い、という、はたから見てだらだらした処置。
まあ、きっとそれなりに努力しているんだと思うのですが、結果としては、
どうも機敏に動いているとは思えない。
やろうと思えば、1時間後には答えが出るはずが、あえてて、明後日、とか言われてしまう、
と言った感じがあるでしょう。
.
以前、弦斎公園で、弦斎まつりを開催した時、併せて公園の前の道に
道路愛称をつけようということになったのです。
で、現在の弦斎通りと言う名称に決まり、
それを表す道標を立てることになったんですね。
これは、以前このブログでも書きましたが、御影石のそれは立派なものを立てました。
で、この工事は、それまでのアスファルト舗装の一部を60センチ角で切りとり、
そこに基礎工事を施し、その上に道標を立てるというやり方だったのですが、
この道標を寄付してくれた猪俣君から電話がかかり、
「あのまま工事が進むときっとまたアスファルトで埋め戻すだろう」と。
確かにそうなると、見ようによっては電柱のような無様なことになる。
そこで、「60センチ角に切ったふちに御影のピンコロ石を並べ、
せめて、竜のひげ(と言う派の細い草)でも植えたらどうだろうか」と言う提案があったんですね。
実にもっともな話です。
費用は持つから、と言うんですね。
そこで、この提案を道路の担当に話をしたんです。
ま、簡単な話、どう見ても間違いなく望ましい提案のはずです。
にも関わらず了解の返事が来るのに、3日もかかりました。
だって、工事はどんどん進むし、もう気が気じゃなかったんです。
誰が考えても、YES以外の答えがないようなものでも、
窓口から係長へ、係長から課長へ、順に上程される。

それぞれ半日がかりです。
で、課長はいいんじゃない、となると、係長に伝える、
係長はそのことを窓口に伝える、これまたそれぞれ半日はかりです。

まあ、のんきな伝言ゲームに3日かかったんですね。
その時のいい訳が、もともとアスファルトを掘削すると、元に戻すというのが、決まりだったもので、
と言ってました。

この、のろのろ対応に前例主義が関わってくると、とても厄介なんです。

.

そういえば、松戸市役所で、すぐやる課と言うのを創設した時は話題になりましたものね。
民間のどんな会社だって、いつでもどこでもすぐやるでしょ。
にも関わらず、お役所では、普通のことでも話題になる、と言ういのがお役所仕事なんですね。
.
で、お役所仕事のもう一つの典型が、その前例主義による決済です。
前はこの案件はどう処理したか、と言う前例に沿って、物事を決めるというわけです。
ま、確かに、以前と同様の案件だったら、前はYESだったら、今度はNOとは言いにくい。
そこで、以前どんな判断をしたかが基準になるんですね。
前例とは、以前、優秀な人間がある判断をし、これ以上の判断はない、と言う事例のことです。
でも、いいかえれば、10年前の判断が今も継承されているとすれば、

10年間何の進歩もなかったということでしょ。
10年間、その判断をした人間の能力を超えた人が輩出されなかったということになりませんか。
.
この前例主義を何とか変えてゆかないと、行政体は、効率的な運営ができなくなる、と考え、
ある時、市の総務部長さんに面会を申し出、
前例主義を乗り越えるための考え方をトレーニングしたらどうか、と提案したことがありました。
実は、私は、この類のトレーニングプログラムを策定をしたことがあって、
これを行政体職員のプログラムに改編してみたのです。
このセミナーのタイトルは、
「未来を作る前例づくり」と言う妙なタイトルです。
直面する問題の状況分析をし、その解決法を、ロジカルに、時に情緒的にアイデアを出して、
具体的な問題解決策を策定する、と言うものです。
おそらく数時間かけて進めるセミナーですので、口で説明するのは難しいのですが、
いまの悪しき前例を打破するために、問題解決策を探し出そうというわけで、
時にこの答えが前例になる可能性はあるわけです。
そこで新たなる前例づくり、と称してセミナーをしたらどうか、と、
およそ2時間ぐらい熱心に説明しました。
この間、ずうっとにこにこ顔で、話しを聞いていて、話しが終わってから、
10日たっても一か月たっても、何の話もなかったんですね。
無視されてしまったんです。
ま、冷静に考えれば、そういうものを受け付けない、というのも前例なんですね。
今まで積み上げてやってきたやり方に、口出しをしてほしくないのです。
.
私が危惧していることは、前例主義を大前提に事業を組み立てている限り、
職員の創造性は伸びませんし、アイデアとかが活かされない。
正に旧態然とした組織運営の中で、そんなもんだ、で満足する行政体になってしまう。
財源の自主的活用部分がどんどん減ってきているのですから、
つまりお金がないのですから、この状態で市民生活を充実させようと言うのは、
正にアイデアをいかに活用するしかなんですね。
その源泉を封じ込めてしまうのが、前例主義なんです。
.
河野太郎さんが、行政改革担当大臣ですって。
ちょっと残念なポストではないか、と思うのと併せて、
最も得意とする分野なんですから、思う存分、前例主義の打破をしていただきたいと期待しますね。
国が動けば、地方も動くかもしれないでしょ。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:01 | comments(0) | - | - | - |
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