水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
絶滅への道

そう、これはど素人による進化論です。

 

そもそも、生物の進化と言うのは、
第一に、変化する環境への適応が引き金になっていると思います。
適応できれば、生き残りますし、適応できなければ、結果的に絶滅します。
変化する環境とは、今までより強大な捕食者が現れる、と言うのもあったでしょうね。
足が速くなって、追いつかれてしまうとか、
顎が強化されて、瞬時に噛み砕かれてしまうとか、
複数の連携が巧みになって、チームで討ち取られてしまう、とか、
ともかく、捕食する能力が徐々にレベルアップします。
しかし、捕食される方もそのレベルアップに対応しなくてはならず、
繁殖力を強化して、多少捕食されても生き残れるように
数で勝負と言う手もありますし、
危機脱出の脚力強化と言うのもあります。

チームプレーで、危険察知の連係プレーと言うのもあります。

 

食えなければ絶滅ですし、食われれば絶滅なんです。
つまり進化とは、食うための進化ですし、食われないための進化なんです。
しかし、この生命体そのものの弱肉強食の世界では、
滅多のことでは絶滅と言う事態は起こりません。
なぜか、基本的には、バランスが取れるような、メカニズムが、
相互に働くんです。

食う側が強大なれば、食われる側は減ります。

すると、食う側のパワーが補給できませんので、食う側の数が減ります。

すると、今度は、食われる側の数が増え始めます。

それに応じて、今度はまた食う側が復活してくるのです。

いたちごっことはこのことですね。


およそ5億年前あたりから、時にその時代に存在する生物種の
75%とか、多ければ95%の種が絶滅するという、
大量絶滅が5回ほど引き起こされてきましたが、
その要因は、地球の環境そのものの劇的な変化であって、
生物種が介在した絶滅と言うのは、ありませんでした。
例えば、オーストラリアの有袋類のなかで絶滅した種がいくつかありますが、
これは、人間が持ち込んだ犬などが野生化したために、
発生した事態でした。
要は人間によって絶滅したのです。


有名な、6500万年前の大量絶滅で、恐竜がいなくなりましたが、
この要因は、巨大隕石が地球に衝突し、
その影響で、絶滅したと言われています。
それ以外の場合は、地殻変動が激しくなり、プレート境で、火山が噴火をするようになり、
噴煙は、地球を包み込み、空は曇り、太陽光は地上に届かなくなり、
大気には、有害なガスが混じり、それまでの生物種が生きるには
厳しい環境になった、と言うメカニズムが働いたこともありました。
いま、私たちの共通の先祖を持つ霊長類の数が激減しているのだそうです。
ゴリラやテナガザルといった生物学的にヒトに最も近い霊長類の約60%が、
絶滅の脅威にさらされている、という研究論文が発表されました。
米科学誌「サイエンス・アドバンシズ」に掲載された論文で、
霊長類の約60%が絶滅の脅威にさらされており、

約75%が個体数減少に直面している、と言う研究結果を報告しています。
論文によると、ワオキツネザル、ウズングワアカコロブスサル、
ウンナンシシバナザル、グラウアーゴリラなどは、その個体数が数千しか生存していなくて、
中には、中国に生息するカイナンテナガザルは、

30匹を下回っているという、実態なのだそうです。
実は、全霊長類の3分の2は、ブラジル、コンゴ民主共和国、

インドネシアとマダガスカルのわずか4か国にしか生息していません。


そもそもすでに生息数が限定されているのですが、

これに輪をかけて、個体数の減少を招いているのは、

狩猟や違法ペット取引、森林伐採、道路建設、採鉱、耕作、

といった人間の活動が要因になっています。
極端な話、もしこの地球上に人間が表れていなければ、
彼らの世界は安泰だったのでしょうね。


レポートは、こう言ってます。
これらの霊長類は、中国、マダガスカル、インドネシア、タンザニア、
コンゴ民主共和国といった国の森のなかで必死に生きようとしている。
悲しいことに、今のままだと、今後25年間に多くが消滅するだろう、と指摘しています。
そこで、さあなんとかしなきゃ、となりますが、
73億匹いる、人間と言う霊長類と言えど、
いつか絶滅危惧種になる可能性は大いにあるのです。


他の霊長類同様、人間と言う種も、
人間によって絶滅の道をたどるのです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
自由貿易って正義なのか

そう、これはど素人の経済論です。


よく聞く話ですが、業界3位のA社と業界4位のB社が企業合併をし、
業界1位に躍り出た、なんてことが報じられることがあります。
これは、おそらく、資本力を高め組織を拡充し、
生産力を高め、生産物の市場価格の競争力を維持し、
ある種の市場の寡占化を目指しているからだと思うのです。


寡占化とは、少数の供給者が市場を支配することで、
まず、新規参入を困難にし、
価格競争や技術競争、サービス競争など、
利益追求するうえで好ましくないコストを排除し、
供給者は安定的な利益を確保しようと言う意図があるのです。
これは自由に競争をするという経済社会では、正当な行為と認められているようです。
たとえその結果が、消費者を取り残すことがあろうと、
その先は消費者の選択になるのだから、
高ければ購入しなければいい、と言う論理があるのです。


しかし、物によっては、買わないと生活できないものも結構あります。
まずその基礎は、まさにライフラインの電気ガス水道などです。
ちなみに、その料金を不払いにすると、先ず止められるのは電気、
続いてガス、最後の最後が水道だそうです。
ともかくなんだかんだと、庶民の生活は、しっかると首根っこを押さえられていて、
まさに大企業の言いなりにならざるを得ないところがあるのです。


これは、自由競争を前提としているので、
生活の落ちこぼれに関しては、企業の責任ではない、と言うことと、
そこは国および地方の行政が責任を持つ、と言うことになっています。
大企業は、そのための税金を払っているのだから、と言う論理があるようです。
これを社会が是認しているのは、
ここに法が介入すると、競争力が落ちて、国際間の経済戦争に負けてしまうと、
結果として国力そのものに影響する、と考えているからです。
ちなみに、韓国でサムスンの副代表が逮捕されるか否か注目を集め、
結果として拘束を解かれましたが、おそらくこの感覚があったからだろうと思います。


つまり企業間での競争は自由なんです。
それは最終的には、富が偏在するかどうかより、
競争力のある商品を作り出せるかどうかが優先しているからです。
さらに、雇用や、下請け等への関連会社の生産性や、
それら周辺のさまざまな経済活動によりもたらされる
経済的成果を必要としているからです。


しかし、だからと言って、自由競争は正義なのでしょうか。
弱いから負ける、力不足だから衰退する、と言うことは、是なのでしょうか。
負ける側で暮らしている人もいますし、衰退する中で生活をしている人もいます。
そこは切り捨てていいのでしょうか。
消費者全体が、寡占化された企業の生産物に支配されてもいいのでしょうか。
もちろん、競争の原理が今日の、文明的進歩をもたらせてきた、
と言う原則は前提になりますが、
それにしても、ここまで、競争の結果が偏ってくると
考え直さなければいけないと思うのです。


企業間での競争が自由であるように、
国家間での競争も自由であるべき、と言う、
自由貿易もこれに似たメカニズムがあると思うのです。
以前、日本経済学会と日本経済新聞社が共同で、
自由貿易に対する考えについて調査しました。
すると、経済学者の半数以上は「無条件に尊重すべきだ」
または「原則として尊重すべきだ」と答えたのだそうです。
一方、同じ質問を一般の人にもすると「無条件に尊重」「原則として尊重」は
合計2割強にとどまり、
「自由貿易が制限されてもやむを得ないケースもある」という回答が6割になりました。
ともかく、経済学者と一般の人ではこんなに考え方が違うのです。
経済学者は様々な論理を展開しているのですが、
その中心には、『比較優位』という視点があるのだそうです。
この考え方によれば、自由貿易はお互いの国を豊かにすることを説明できる、
と言うのですが、正直、かなり欠陥のある論理で、
人はそれを幸せとするか、と言う数値化できない問題をさておいて、
生産物優先のデータの展開に終始するんですね。


トランプ大統領が支持された要因は、この自由貿易の否定にあったと思うのです。
私は、トランプ氏の意見に懐疑的ですが、
市民の感情としては、十分に理解できます。
TPPからの脱退はその象徴でしょう。

そもそも、TPPは自由貿易の象徴なんですから。
ただ、問題は、自由貿易が問題なのではなく、
それによって生まれる富の配分に問題があるのです。
地球上の73億人の半分の人たちが所持する富の総額と、
超リッチマン達上位8人の所持する富が同額である、と言う偏りは、
どう考えても不愉快だし、理解できない事でしょ。


一見、職を奪われた人たちへのアピールをしたトランプ氏ですが、
なんだかんだと、富と言う観点では、
彼らに配分されるはずの富を、彼らから収奪したした一人なんですよね。


なんか、すべて経済優先のそろばんをはじく音が鳴り響く、

奇妙な世界が始まったと思いませんか。

| 水嶋かずあき | - | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ベランダの緑

マンションに引っ越して、3年とちょっと過ぎました。
初めの頃は、なんとなくの様子見的なところが多かったのです。
もちろん必要なものは引越しの時に持ってきましたが、
生活そのものをどっしりと構えられるようになるのには、
なんだかんだと二年の歳月が必要でした。
かなり引越しには慣れていたつもりですが、
年も年ですから、何かと爆発的に片づけられる、
と言うパワーもなくなっていたのです。

あわせて、箱の中で暮らしている、と言う感覚があったのですが、

その感覚は、庭がないからじゃないか、と思うようになったのです。


小学校に上がる前に、代官町から紅谷町に、中学校1年の時に松風町に。
大学時代、一度中野に、そして結婚して先ず、龍城ケ丘に、
数年後に、桃浜町に、さらに黒部丘に引っ越し、

結局松風町に戻り親と同居。

両親がなくなったので、老後にはきっと便利だろう、と
今の紅谷町のマンションに引っ越してきました。

と、なんと9番目の住まいです。
あらためて、結構あちこちウロウロしたな、と反省。

 

で、話を戻して、

今の住まいでの微妙な違和感の原因は、

庭がないことではないか、と思っていたのです。

そこで、外気に触れやすくするために、

ベランダに全面的なすのこを敷きました。

それこそ、裸足で出て行っても違和感のないようなものにしたのです。

さすがに、そうすると、今までの何倍か、ベランダに出るようになったんですね。
ベランダに出るということで、ごくごく自然に、鉢物を置き始めたのです。
もちろんそれまでもいくつかありましたが、

視点の向け方が、外に向くようになったので、鉢物を見やる機会が増えたのです。

ポインセチアもあれば、欄もありますし、シクラメンも元気に花をつけています。
菫を植え込んだ大きめの鉢もあります。
バザーで買ってきた何と言う名かも知らない可憐な花も、長々と咲き続け、
さすがに、この寒さで、息を引き取りました。

大げさですが、ちょっとした花壇です。
我が家では、93才になるおじいちゃん(かみさんのお父さん)が、
時々スーパーで買い物をして、食材をプレゼントしてくれます。
で、なぜか、必ず豆苗が入っているんです。

必ずです。
私はなぜか、豆苗の料理にひらめきを感じなくて、
大体は、茹でてひたしで食べます。
やっと片づけると、また次の豆苗が登場します。
そこで、切り取った後の根の部分を水につけて、鉢に入れて、

ベランダに出しておくと、それはそれはせっせと伸びて、
多分、また食べられるほどに伸びてきます。
次々と新たな豆苗が登場することもあって、
これを切り取って食べよう、と言う気にならないのです。
もう一つは、これまた勝手な判断なんですが、
最初に切りとった芽は、そういう運命だった、と。
でも、最初に食べられずに、次に伸ばしてきた芽は、
なんだかんだと生き延びたわけでしょ。
これを食べるのは気が引けるんですね。
奴らにしてみれば、ラッキーと言う感じだったと思うんですけど、
これまた切りとられて食べられちゃうのは、ちょっとばかりかわいそうだ、と。
そこで、ベランダではいくつもの新芽を伸ばしている豆苗が、
あちらこちらにあって、ちょっとした緑地風の景色になっているのです。

 

今度はそこにアボカドが加わりそうです。
アボカドは種を取りますが、だいたい捨ててしまうでしょ。
あのアボカドは、実は芽が出てくるんですね。
以前は土に植え替え、3メートル近くまで成長させたことがありました。
結構丈夫な木なので、外でも大丈夫でした。

それを思い出し、ベランダで育ててみようと、
早速発芽させてみたのです。
やや丸みのある方ととんがり気味のほうとありますが、
丸みのある方を下にして、種に三カ所、爪楊枝を指します。
横から見たらはす上から差し込みます。
これをグラスに水を張って、その中央に置くと、下半分が水につかるんですね。
おおよそ、一か月ほどで、まず、頭の所の皮が割れます。

次に根が下に出てきます。
そののち、芽がひょろひょろと伸びてきます。
およそ2か月ほどしたら、土に植え替えます。

アボカドは簡単ですから、ぜひ、種を捨てないで、育ててみてください。


豆苗も、アボガドも、食べておいしくさらに目に優しい緑になる、と言うことで、
結構これも楽しみになってきました。、

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 08:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
いよいよ明日です

人工知能の進化は目を見張るものがありますね。
様々な領域での展開を考えると、
いずれ、当然のように、この領域に入り込んでくる、と思っていました。
それは作曲の領域です。
音楽は、ドレミファソラシドで、1オクターブ。
半音入れて、12の音階で構成されています。
結構その範囲は狭いんです。
で、これに長短がつくのですから、
組み合わせればかなり多くの選択肢があるんですが、
心地よい流れと言うのは、ある法則を伴っていますので、
多少限定されてきます。


しかし、なんだかんだと、音階の推移と、音の長さ、全体のリズムなど、
ほぼ、出尽くしていて、なんか新曲でも作ろうか、としても、
どこか、以前聞いたことのある曲に似てしまう、
と言うことはやむを得ない所もあるのです。


よく、世界的な作曲家、ベートーベンとか、モーツアルトなどの曲を分解すると、
一定の心地よさを与える和音が中心に構成されている、と聞いたことがありましたが、
その活用としてクラシックを聴くと胎教に効果があるなど言われています。
また、奄美大島の黒糖焼酎に「れんと」と言う銘柄のものがあります。
このれんとの由来は、音楽用語で、lento、ゆるやかに、と言う意味です。
この酒造元に、以前電話で聞いたことがありました。
どうして「れんと」などと言う音楽用語を使ったのか、と。
すると、ここの酒造所は、こんな回答をしました。
まず、大きなステンレス製のタンクに仕込み、
この時に、タンクにスピーカーを取り付け、麹菌に音楽を聞かせたのだそうです。
まあ、なんとなく胎教に似ているでしょ。
そして、心地よい音楽により菌の活性を促し、よりおいしい焼酎を作ろう、と。
で、実は試行錯誤があったようで、最初は島の民謡を聞かせたのだそうですが、いまいち。
次に、歌謡曲、ポップスなど、あらゆるジャンルに挑戦したのですが、
結果として、クラシックに勝るものはなかった、と言うことなんですね。
ですから、この酒造所では、いつもモーツアルトやベートーベンのクラシックが流れているのです。
生命体にとって、心地よい音の響きがあるのだそうです。
そこで名づけられたのが、れんと。
飲んでみましたが、なかなかおいしい焼酎です。
まあ、麹菌にまで影響を与えるというのですから、
人間の脳にも音楽は、いい影響を与えます。


そこで、人間に何曲かを聴かせて、その様子の脳波で調べます。
そのデータをもとに、あるプログラミングされたソフトにかけると、
その脳の状態に対応するように、作曲をするのだそうです。
こんな研究を、大阪大学産業科学研究所や東京都市大学メディア情報学部、
その他民間の企業などが共同して、作曲をする人工知能を開発したそうです。
人工知能による楽曲生成はデータを収集後、10秒前後で完了するそうですが、
曲の長さは8小節、または16小節程度。
まだまだ、本格的な作曲にまで至っていないようですが、
人の心を読み取って、その延長上で作曲をする、と言うのは、

いよいよ人間の情緒の分野にまで、コンピューターが進出してきたのか、と思います。


私も、作曲はしたことがありますが、しょせんお遊び程度。
頭に浮かんできたメロディーをいったんギターに弾いてみて、
それを楽譜に移すのですが、出来上がって改めて聴いてみると、
どこかなんかの曲に似ている、と思うんですね。
まあ、オリジナル、なんていいながら、様々な曲のつぎはぎ的なところはどうしても出てしまいますね。
15音の動きですから、どこか限界があるものです。


さて、いよいよ明日は、歌とトークのライブです。
山奈夕夏と言うシンガーソングライターの歌と、私のおしゃべりです。
ちなみに、まだ席はありますので、当日参加ありです。
ただし、3000円いただきます。
場所は、明石町funny sunsetと言うレストラン。
鳩公園を西に行ったところです。
時間は2時開場、2時半開演。

ライブのテーマは、歌とトーク 甘辛問答、と言うことで、

なぜかこのブログのタイトルが、ライブのタイトルになっています。
主には山奈の歌を聴いていただくのですが、
間に間に私の喋りが入ります。

そして、最後の頃、私も一曲歌います。
ちなみにオリジナルの曲で「ミッシェル」と言う歌。
なんかつぎはぎの曲なんですが、勘弁して下さい。
素人が作ればこの程度、と言う曲です。
正直、だったら、コンピューターに作曲してもらえばよかったかな、と後悔。


今からいささか緊張しています。
 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
腹八分目で長生き

まず、いきなりあるレポートの紹介です。

テーマは、カロリー制限はやはり長寿に効果がある、とする研究結果についてです。


米国のウィスコンシン大学と国立加齢研究所二つの研究チームがまとめ、
これを英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表しました。
実は、両チームは1980年代後半からアカゲザルで実験を続け、
カロリー制限の効果をめぐって相反する結果を発表したのです。
そこで、今度は、両チームが共同で実験データを再解析した結果、
「効果あり」で結論が一致したいうのです。


そもそもの実験の概要は、
アカゲザルに好きなだけ食べさせる集団と、
それよりも摂取カロリー量を3割減らした集団で
生存年数などを比較する実験をしたのですが、
結果としてのデータに誤差が出たわけです。
そこで、まず、その結果についての違いの要因を分析したところ、
カロリー制限を始めた年齢がウィスコンシン大学は大人の7〜15歳なのに対し、
国立加齢研究所は1〜23歳と幅広かったのです。
つまり、研究対象のサルの年齢が違ったための、違いが出たのです。
そこで、実験開始時の年齢を若年(1〜14歳)と中高年(16〜23歳)に分け、
改めて解析すると、
若年でカロリー制限を始めた場合は寿命が延びる効果はみられませんでしたが、
中高年で始めた場合は効果がみられ、
特にオスは平均寿命の推計が全体よりも9歳ほど長い約35歳だった、
という事が分かったそうです。
また、両チームの解剖データを調べたところ、
開始年齢や性別にかかわらず、カロリー制限をしたグループのほうが、
がんの発生率が15〜20%ほど低かった、と言うことと、
糖尿病や脳卒中など加齢に伴う病気も、より遅く発症していた、など、
カロリー制限は効果がある、という結果になりました。


アカゲザルは、ニホンザルの近縁種で、ちょっと見は、ニホンザルとほとんど変わりません。
この種のサルは、動物実験に使われ、
その成果は、人間に還元されてきました。
まあ、それぞれのご先祖様は一緒なわけですから、
実験に使って申し訳ないのですが、彼らのデータは十分に人間に活用できるわけです。


今回のカロリー制限と言う切り口は、ダイエットのためであったり、
糖尿病患者の対症療法の一つというイメージがありますが、
そもそも飽食、食べ過ぎに問題があるのです。
生物の長い歴史の中で、ある種が飽食が可能であった、なんて歴史はありませんでした。
5億年前も、6500万年前も、1千万年前も、
生物が環境に応じて進化してきたすべての過程で、
いつも、十分な食料を得る、と言うことが命題でしたが、
併せて、十分な食料を得られなかった場合、と言うのも、
生き延びるための重要なテーマだったはずです。
いつでも食料確保ができるという保証はないわけですから。
ですから、腹八分目でもやってゆける、と言うシステムに
体が作り上げられていったのです。
まさに進化の一つの結論だったんですね。
この無駄な食べ方をしない、と言う事は、
すべての生物に共通しています。


ささやかな例ですが、その昔、庭に飛んでくるヒヨドリを見ていて、
不思議に思ったことがあります。
たわわに木の実を実らせた木に鳥がやってきても、
ごく一部しかついばまずに次の木に移ってしまうんですね。
どんな鳥でも、たべつくす、と言う食べ方をしないんです。
これは、全体の調和のために、自然にバランスを取ろうとしているんですね。


もしかしたら、食べつくそうとしているのは人間だけかもしれません。
さて、カロリー制限が体にいいことである、と分かりましたが、
なぜなのか、です。

 

それは、カロリー制限で、老化を遅らせ、寿命を延ばす働きをする、
「サーチュイン遺伝子」が活動を始めるのだそうです。
この遺伝子は、特別な人だけにあるものではなく、
すべての人間はもちろんのこと、アカゲザルをはじめ、
地球上のほとんどの生物が持っています。
そして人間についても、100歳以上でも運動をこなすほどの元気な老人は、
若い頃から小食で、サーチュイン遺伝子の働きが活発だったという調査結果もあります。
要は、カロリー制限を行うと、
少ないカロリーで、肉体の維持を行おうとするメカニズムが働き、
それがサーチュイン遺伝子の活動を活発化させ、サーチュイン遺伝子が働くことにより、
長寿、さらに、抗炎症、抗癌、血糖降下、放射線障害抑止などの効果があるというのです。

 

もう一度、腹八分目の健康法を見直してみませんか。
ウエストを気にしている方。
見てくれだけの問題ではありません。
長寿にも影響しているんですし、地球全体の生物のためにも、
カロリー制限を心がけるべきではないですか。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
焼けない家に住んでいるか

糸魚川の火災で、あの大火災の炎にさらされながら、
焼けずに残った奇跡の木造住宅と言うのが紹介されました。
建て主の方も、あの炎の渦に巻き込まれた時、
類焼するだろう、と覚悟したと言います。

ですから、焼けずに残った時には、驚いたそうです。

もちろん、日本中が驚いたと思うんです。

地震の倒壊に対する対応も重要ですが、

類焼に強い住宅も、今後、研究の余地があるように思います。

 

この家は、当然のことながら、その辺の住宅とは異なっていました。
一つは、外壁にステンレスを多用したことだそうです。
屋根材にもステンレスを使ったとか。
さらには、窓ガラスは二重構造にし、ワイヤー入りのガラスを使用したので、
窓が割れて炎が入り込む、と言うことを防いだようです。
ともかく、災害に強い家を目指して、建築したということでしたが、

その結果が出たということです。

 

1945年、太平洋戦争終盤の7月16日夜半、
平塚は未曾有の空襲に見舞われました。
そもそもそのころの平塚は、多くの軍需工場がある軍事産業のまちでした。
今の横浜ゴムあたりには、海軍火薬廠があり、
競輪場辺りには横須賀海軍工廠、JTの工場付近には、第二海軍航空廠、
さらに、ららぽーと辺りには日本国際航空工業などがあり、
まさに、軍需産業のまちだったのです。
したがって、平塚はアメリカの攻撃目標の一つになっていました。


ウソかホントか、あの原爆の投下候補都市のひとつだったと言われています。
広島、長崎を経て、なおかつ日本が抵抗を続けたら、
平塚辺りにも落ちていた可能性がないわけではなかった、と言うことです。


さて、その7月16日、B29の爆撃機が、なんと138機飛来し、
まさに絨毯爆撃のごとく、平塚のまちに焼夷弾を落としたのです。
焼夷弾は、火をばらまき、火事を起こすためのものです。
これが、なんと45万本も落とされたのです。
まさに雨あられですね。

これらに直接あたって亡くなった方も多かったそうです。
火事による焼死も含め、343人の市民が犠牲になりました。
そして、多くの家屋が焼失し、
当時市街地にあった10400戸余りのうち、
およそ8000戸が焼けてしまったのです。
ともかく、ざっと8割の家が焼けて、あとはまさに焼け野原となりました。

見渡す限りの焼け野原だったそうです。


当時、代官町にあった我が家は、母と姉と1歳半になった私の3人暮らし。
父は、二度目の召集で、憲兵として首都防衛に駆り出されていて、不在。
そこに大空襲です。
私は、8歳になる姉に背負われ、近くの防空壕に避難したそうです。
当時を振り返って、姉から聞いた話ですが、

背負っている弟が気になる姉は、時々声を掛けて
その無事を確認したそうです。

しかし、私は黙りこくって、一言も話さなかったそうです。
おそらく異様な雰囲気の中で、幼心に不安を感じ、緊張していたんでしょうね。


母は、気丈に、家を守る、と、毛布をかぶり、さらに上から水をかぶり、
迫りくる炎と戦い、家の壁に水をかけ続けたそうです。
おそらく女の力では、そうは多くの水を掛けられなかったと思いますが、
きっと火事場の馬鹿力、と言うことだったんでしょうね。
隣家からの炎を何とか食い止めたのです。
朝になり、あたりの様子が分かるようになって、
初めて、我が家だけが焼けずに残っていたことが分かったそうです。
周りは全部焼けてしまいました。
何しろ、8割の家が焼失したのですから、
そのど真ん中にあって、これは奇跡とも言えます。
私は、この話を何度か母から聞きました。
そのたびに、その母性の強さと、生命力の凄さに感心したのですが、
結果として、家があったことが、とてもその後の生活で、
大きなアドバンテージになった、と思っています。


東京で同じく空襲で家を失った母の兄弟たちも、
平塚の我が家に引っ越してきて、一時居候していました。
親戚との共同生活で、その後の親せきの付き合いは極めて濃密になったと思います。
そのほか、何に付けても家があるということは、

とても重要な生活の基本になる、と幼心に感じたものです。


地震の対策として壊れない家に住んでいるかどうかが、
防災の基本だ、と昨日のブログで書きましたが、
やはり、家があるかどうかはとてつもなく重要なことなんですね。

 

 

| 水嶋かずあき | - | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
壊れない家に住んでいるか?

今年の3月11日に平塚の中心街、主に、パールロード、まちかど広場などで、
第6回のひらつな祭が開催されます。
開催まであと2か月を切りました。
このひらつな祭は、防災啓蒙活動をしている諸団体が、
協力し合って、このまちの防災力を高めようと、一致協力して展開するイベントで、
年を追うごとの集客力もまし、その認知度を高めています。


その準備の会議が、昨夜、開催され、大まかな原案をまとめました。
私は、防災系のボランティア活動を続けてきたものですから、
当然のように、この組織には、初期のころから参画してきました。
そしてさまざまな人との情報交換や、
様々なレポートに触れ、自分なりに、防災の考え方を推敲してきたのです。
その結果、現在たどり着いた結論的なことは、
基本中の基本として、壊れない家に住む、と言うことなんです。


阪神淡路の死者数は、直接的な震災によるものとして、
(関連死は除く)6443人と言われています。
神戸のある大学が、このすべての犠牲者を検死した結果、
およそ、9割が家屋等の倒壊による圧死でした。
ですから、今後発生する地震被害には、圧死を避ける対応が必要なのです。
災害が発生して、生死の分かれ目になることは、
家が壊れてしまうのか、壊れないのか、がカギになるということです。
そもそも地震の被害の大半は、人間の構築物による被害、と言われています。
自分たちが作った構築物が崩壊して、自分たちが死を迎える、と言うわけです。
ですから、地震に強い、壊れない建物を作ること、
もしくは、壊れないような耐震性を補強すること、
ここにすべてが集約されるべきです。
地震が年がら年じゅう発生するので、
地震が発生したらどうしたらいいか、などと言うことで、
食料、水を最低三日分備蓄せよ、とか、
懐中電灯を枕元に置け、とか、非常用持ち出し袋に、
着替えやら、常備的医薬品やらを詰め込み、いざと言う時に持ち出せるようにしろ、とか、
実にさまざまな対応策が紹介され、注意を促していますが、
これを真に受け、何でもかんでも、標準的防災方法として受け入れていますが、
どうもこれはおかしい、と思うんです。


簡単に分類すれば、被災の状況は、おおよそ三つのタイプに分かれ、
それに応じた対応をすべきなんですね。
一つは、壊れるかもしれない家に住んでいる、と言うタイプです。
この人たちは、非常持ち出しの準備やら、倒壊による圧死を防ぐための工夫やら、
被災後の家族の落ち合う場所の確認やら、避難所の場所の確認など、
やるべきことは山ほどあります。
二つ目は、耐震性の高い家に住んでいる人たちです。
原則的には、準備すべきことはいくつか減りますが、
一番危惧されることは、どこかで出火し、その類焼に巻き込まれ、
結果として家を失う場合です。
これは想定しなければいけないので、第一の分類に近い備えが必要です。
ただ、近隣家屋との距離があったりする場合は、
自家出火以外には火災の心配がない、と思うなら、この限りではないので、
非常持ち出し品の準備とか、被災後の家族の待ち合わせ場所は不要になります。
自宅に帰ればいいのですから。
そして第三のタイプですが、これはマンション等が該当します。
原則、耐震性は高いもの、と言う前提なんですが、
周囲との隣接度にもよりますが、火災の類焼の危険性はあまりない、と思います。
ただ、最近のマンションの構造から、壁面の構造上問題で、
家具の固定がしづらいので、別途の方法で、家具転倒防止をする必要があります。
阪神淡路での死亡原因の圧死のうち、家具の転倒によるものが、1割を占めていました。
数字で言えば、600人余りが家具にはさまれて死んだわけです。
よくよく考えれば大変なことでしょ。
まさに防ぎうる災害死です。


ま、いずれにしても、何より先行すべき災害に備えるべきことは、
壊れない家にすることです。
にも関わらず、相変わらず耐震化は進んでいないようです。
各都道府県で耐震化を進めるための目標設定をしましたが、
この目標達成が困難なようで、その理由について、
各都道府県は、改修費の高さや耐震化への関心の低さなどを挙げているようです。
しかしこの意識改革が進まない最大の理由はそこそこの資金が必要と言うことで、
分かっちゃいるけど先立つものが・・・、と言う躊躇があるのです。
一応、平塚市などでも、耐震化のためのいくつかの補助制度がありますが、
正直、焼け石に水、と言う程度で、家を改修しようとする人たちにとってみれば、
その負担感を軽減させるほどのものにはなっていない、と言うのが現状です。
専門家は、改修への公的支援拡大の必要性などを訴えているようですね。
私もそう思います。
一応、1995年阪神淡路での結果により、
同年に耐震改修促進法が成立しました。
耐震性の家こそ防災の基本だ、ということです。
で、2006年の改正で住宅耐震化を進める計画づくりが、
今度は都道府県に義務づけたのです。
そこで、各都道府県はその時点で、2015年度時点の目標を設定。
改修費助成や啓発などで耐震化率アップを目指したのですが、
なかなかはかばかしい成果を得られていません。
当然のことながらそのデータは、都道府県の意識の差として現れるのですが、
幸いかな、我が神奈川県は全国で一番その数値の高い県となりました。
とはいえですよ、周囲の家と言う家が耐震工事を行った、なんて実感がありませんよね。
行政に頼っていてばかりでは前進しません。


要は、防災の基本に戻りますが、
わが身は自分で守る、が大原則なんです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
湿った雪の被害

この冬最強の寒波が来ているそうです。
すでに日本海側や北海道など、かなりの積雪があるうえに、
さらに、今日16日も日本海側を中心に大雪になる恐れがある、
と言う予測が出ています。

各地で、単なる積雪の被害だけでなく、

それに伴う死亡事故が頻発しています。

雪も降らない地方から言うのも勝手な話ですが、

十分に注意してもらいたいですね。

あの、長野県北部地震があった白馬村では、

何十年に一度の地震では家屋の倒壊があったものの、

一人の死者も出しませんでしたが、

毎年降る雪では、死者を出してしまいましたものね。

ふわふわした真っ白の見た目に騙されそうですが、

雪と言うのは凶暴な側面を持っているのです。

 

ともかく、一昨日、昨日とやたら寒かったですね。
私は比較的暑さ寒さには強いつもりでしたが、
さすがにこの寒さに、一枚余計に着るようにしています。

 

もう何年前の話でしょうか、15年か20年ぐらい昔のことですが、
この平塚に久しぶりの大雪が降った時のことです。
所要があってどうしても東京に出かけなくてはならない友人がいました。
ところが、東海道線が不通。
やむを得ず彼は、タクシーを頼んで、動いていた小田急線、厚木を目指したのです。
その時、行く道で見たという光景を話してくれました。
ちょうど、田村付近に差し掛かった時です。
送電線が張り巡らされている鉄塔がなぜか、傾きつつあったのだそうです。
で、その下を通過するや否や、いくつかの鉄塔が一斉に倒れてきたのだ、とか。
いや、スリル満点でした、と。
で、結果、そのあたり一帯に建てられていたかなりの数の鉄塔が、
将棋倒し的に倒れて、関連地域では一斉に停電になってしまいました。

 

この出来事は私も記憶にはあるのですが、見たわけではありません。
彼は、まるでスローモーションの映像を見ているように、ゆっくりと倒れた、と言ってました。
で、なぜ、倒れたのか、ですが、こう言うメカニズムがあったそうです。

 

まずは湿った雪が、送電線の上に降り積もります。
そして、普通ならこれが風に飛ばされたりするのですが、
雪が湿っているので、積もってしまいます。
電線の上はもちろん、横も、時に下側まで着雪します。
要は、雪のチューブみたいなものが電線を囲んで出来上がるのだそうです。
いくらか積もると、上が重くなるので、電線の円に沿って、位置が下に変わります。
ほぼ、180℃ぐるっと回るんです。
そして、今まで下側の部分が上になり、今度はその上に雪が積もります。
すると、また、上下の重さのバランスが崩れるので、
上が重みで下に回り込みます。
こうして、ぐるぐる回りながら、雪のチューブはどんどんと太ってゆきます。
そのうち、さすがに重みに耐えかねると、鉄塔が倒れてしまう、と言うわけです。

 

この領域の送電線に、鳥でも止まったように、ある種の器具がついていますが、
これは、その雪のチューブがぐるぐる回らないような防止器具なんだそうです。

 

以前北海道の友人に誘われて、雪まつりの見学がてら、北海道を訪れたことがありました。
で、宿泊したホテルの最上階から、町を見下ろし、あることに気が付いたのです。
その付近一帯のビルはもちろんのこと、住宅などでも、
その屋根がまっ平らなんですね。
雪がもっと降ったら、平らな屋根だと、積もって大変なんじゃないか、
と聞いたのです。
積雪のため、と考えたら、なるべく急な斜面の屋根のほうがよさそうでしょ。
それが、真っ平らなんです。
すると北海道の友人はこう話してくれました。
ある時、ビルディングの屋上には、積雪が少ない、と言うことに気付いたやつがいたんです。
よくよく調べると、間違いなく、平らな屋根のほうが、傾斜を持った屋根より積雪量が少ない。
で、なぜなのか、とさらに調べたら、雪の湿度が低いので、サラサラ。
ちょっとした風で飛んで行ってしまうのだそうです。
風で雪を飛ばすのは、傾斜の無い方が飛びやすい、ということで、

以来、その周辺の建物が新築されるたびに、平らな屋根に切り替えられたので、
今では、ほとんどの建物の屋根は平らになってしまったのだ、と言ってました。
これは雪の質がサラサラだからです。
もちろん、ここは気温も低く、雪の湿度が低いためにサラサラの粉雪が降るので、
可能な屋根の形態なのですが、

日本海側の地域では、雪が湿っているので、この技は使えません。

 

雪が湿っているために起きる被害は本当に死につながることが多いので、
注意ししなくてはいけません。

 

血液もそうですね。
さらさらに越したことはない。
 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
七夕祭りに一言

いささか時期外れの話題になってしまいますが、
平塚七夕祭りについてです。
先日、平塚青年会議所で、「七夕のまちひらつか」という、いわば広告塔を
国道1号線馬入交差点の所に立てました。
厳密には従前から交通安全を訴える看板が立っていたのですが、
ここで、まちの魅力としての七夕のアピールも兼ねよう、と言うことで、
看板の書き換えが行われたのです。
平塚青年会議所では、
一年を通して七夕を感じられるまちづくりを進めていますが、
その一つとして、平塚駅の発車ベルを、
☆ささのはさらさら、と言う歌詞の七夕さまに、変えて、
平塚駅のホームから七夕のまちイメージを作り出そうということもしました。
ま、ともかく、七夕祭りと言えば、やはり7月7日なんですが、
これをもっと広い範囲で、平塚の文化としてさらに醸成を進めて行こうとしているのが、
平塚青年会議所です。
そのためには、七夕祭り開催期間以外であっても、
何かにつけて七夕をテーマとしたイベントを開催し、
これによる平塚のまちのイメージアップにつなげてゆこう、と。
これは大いに進めていただきたいと願います。


しかし、とはいえ、七夕まつりそもそもが、期間限定のイベントなんですから、
期間外のイベントとなると、なかなか難しいでしょうね。
例えば、正月に七夕関係のイベントと言っても的外れになりがちなんですね。
そこで、むしろ通年型に目が向くわけですが、
今まででは、常設的なもの、と言うことで、
平塚駅のコンコースでも、市役所のロビーでも、七夕飾りを下げています。
相応の評価は致しますが、いかにもその対応がおざなりです。


七夕飾りを飾ることになった、さてどうしよう。
すると担当者が、七夕飾りを作る会社を探してきて、
ここでどうでしょう、と。
見積もりを取って(多分、相見積もりなど取っていないはず)
これくらいかかるそうです。
よし、じゃあそこに頼んでくれ、と言うやり取りだったんでしょうね。
何の工夫もない。
かつて、特選を取った、平塚七夕祭りの牽引したお店の意見など聞いてない。
私に言わせれば、あれは平塚の七夕竹飾りじゃない、と思うんです。
でも、人はあれを見て、あれが平塚七夕祭りの象徴、もしくは代表的作品と
感じてしまうと思うんです。


まあ、人によって感性は違いますので、いい、悪いはともかく、
基本的にデザイン上の問題がある。
何より、七夕飾りは下から見上げるものです。
ですから、下から見ることを想定して、デザインします。
そこの基本が成ってないんですね。

今度機会があったらよく見てください。

両方とも、垂直にデザインされているんです。


平塚の七夕飾りは、その発足時は、まさに手探り状態。
それこそ仙台まで視察に行ったりして、ずいぶんと熱心にその形態を探ってきたのですが、
さすがに、そこそこ年数を経ると平塚タイプの竹飾りが登場します。
それは、創意工夫に満ちたまさに庶民的で、芸術的なデザインを
飾りにしたものです。
かつての、滝口カバン、平田人形店、川万などの
特選常連のお店のものは、平塚タイプの優れた特性を表していました。
その血筋を引いたものにしてほしかったですね。
私は、市役所のロビーに七夕飾りを下げる、と聞いた時に、
担当者に、個人的ですがお願いがある、とある要望を出しました。
それは、その年の特選第一席の作品を掲出する、と言うことです。
毎年飾りを変えることになるので、ロビーにもささやかな変化が生まれるでしょ。
予算についてもそれほど心配する必要はないと思うのです。
言い換えれば中古を引き取るわけですから、材料代程度で納得してくれるはずです。
何より、製作側から言わせてもらうと、
もし、一年間、自分の作品が飾られるとしたら、
金銭的なそろばん勘定を無視しても、大いに喜ぶと思うんです。
手塩にかけて完成させて、たった3日で壊さなきゃならない、というのは、
それはつらいものです。
そのほか、七夕まつりそのものでも、まだまだ改善すべきことは多くあるはずで、
目につくイベント的活動以外でも、
年間を通して七夕を感じることのできるまちづくりはできるはずです。
日程の件、なぜ7月7日以外でも開催するのか、とか、
外国人観光客への対応の件、通訳を常時配置するとか、
一般観光客への対応の件、認定制による七夕ガイドを常備す、とか、
七夕飾り製作指導者の件、七夕師認定制度をすすめる、とか、
運営ボランティアによる運営サポートの件など、積極的に公募すべきでしょ。


色々問題はあります。
是非とも、一つづつでも青年会議所が片付けてくれることを期待します。
もちろん、このプロジェクトを進めるのに、
市民参加のもと展開を図る、民間組織が必要でしょうね。
頑張って下さい。
 

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 16:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
生活保護を受け入れる基準

生活保護受給者について、しばしば問題になります。
いくら憲法で、文化的な生活を保障しているからと言って、
実態を言えば、せっせせっせと汗水たらして働いている人たちの
税金から支払われるわけですから、
税金を払っている立場からすれば、
有効で、意義深い支払われ方を望みますでしょ。


それを、やれパチンコだの、暴力団がらみの不正受給だの、
きな臭い話が出てくると、不快な思いをする人がいても不思議じゃないですよね。


生活保護の実態は、年々増加しています。
戦後のどさくさ時代、みんな貧乏で、仕事もなかったころ、
受給者は200万世帯を超えていました。
しかし、経済状況が改善されると、その数は年々減り、
1995年には、60万世帯まで縮小します。
しかし、その後反転し、昨年は163万世帯まで増えました。
どうして、かつて減り続け、あるきっかけで、増えていったのかですが、
こう言うのって、様々な社会的要因が影響するので、
単純な要因分析はしにくいのですが、
どうも、大きく影響していそうな要因があります。
それは支給に関する窓口の姿勢です。
終戦後、日本の経済も心もとない状況でしたから、
これらの支出は財政全体の大きな重荷になっていました。
そこで、認定の基準を厳しくし、安易な支出を抑えたのです。
この効果が一番大きいと思います。
結果200万が60万ですから、絶大な効果があったということでしょ。
しかし、その後、この基準を緩める動きが出てきました。
1995年と言う年度がカギです。
以来、その数は着実に増加してゆくのです。


要は、何を基準に認定するかなんです。
ただただ同情的な視点ならば、いくらでも増えるでしょうし、
経済的な自立促進を前面に出し、
もう少し頑張ってみてください、と言う姿勢なら、
これは縮小することができるのです。

その実績はあったんですから。


ここで、生活保護と言う政策についての意味合いなんですが、
様々な要因で食べてゆけない、と言うのだから、
そこはある程度の保護をすべき、と言う大原則があります。
まあ、一種の肯定論です。
しかし、一方で、やはりまじめに働いている人で、
時に、生活保護以下の収入しかない人もいたりすると、
不公平感が生まれ、生活保護そのものの制度に懐疑的になります。
一方、財政的には、当然少ない方がいいので、

これも、大盤振る舞い、と言うわけにはいきません。
制度としては憲法の裏付けがあるわけですから、
全面的な削減はできないにしろ、財政が悪化している現在、
何らかの縮小策はやむを得ない、と考える人は多いようです。
データ−は、それを物語っています。


さ、ここで問題は、受給者の分類に現れるのですが、
高齢者世帯が80万世帯、以下、傷病者世帯が25万、
障害者世帯が19万、母子世帯が10万、その他、となっています。
ざっとですが、163万世帯のうち、高齢者世帯がその半分なんですね。
高齢化は今後急激に進わけですから、生活保護の必要な財源はますます増えてゆきます。
これは、高齢者の生活の基本的収入を補助することになりますから、
ある意味で、年金ともリンクして、

年金が下がれば、逆に生活保護は増え、

結果として、社会全体の福祉予算の拡大がさらに増進することになります。


この現象に輪をかけてもう一つの問題が出てきます。
それは若年層の受給者は増えてきている、と言うことです。
1995年から今日までに70代の受給者数は1.6倍に増えましたが、
20代の若者の受給率は3.6倍にもなったのです。
年とって、職もなく、蓄えもなければそれは保護を受けざるを得ないと思いますが、
なんと、20代の若者まで、受給を受け入れる、と言う精神が、
いささか危ない現象ではないか、と思います。


ちなみに、高齢者で、受給資格があるのに受けない人も多いのだそうです。
やはり、なんとなくカッコ悪い、と言う意地のようなものがあるようですし、
身内に知れ渡るとか、近所に知られるとか、のことが
我慢してしまうのだそうです。

ある種の気骨ある世代と言っていいかもしれません。
まさに、生活保護の原点はここなんですね。
我慢できる、何とかなる、と言うことなんです。


文化的な生活と言う憲法の保障は、あまり明確な基準がない。
だから、もっと、もっと、となれば、これは受給対象になるのではないでしょうか。
いやあ、これで何とかやります、と言う根性が無ければ、
この制度は拡大の一途をたどるはずです。
自己満足的な生活って、その基準をどんどんあげてゆくからです。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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