水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
物売りのコツ

昨日は、一日、と言っても10時から7時まで、ラスカの1階星の広場で

ベジタマ最中の特売をしました。
一応、最中の会の責任者なので、設営の準備から、終売の時間まで、

と言っての中抜けをしましたけど、ほぼ一日ついていたので、
さすが、最近働いていない事もあって、終わってみると、いや、足腰が痛いこと。
でもとても楽しかったです。

 

以前も、よくイベントなんかで物売りをしたのですが、
どんな時でも共通しているのは、用意した商品量と売れ行きの関係。
残ってしまったら元も子もありません。
ざっと数字にすると、
例えば、500円のお弁当を10個作ったとします。
全部売れて、5000円。
まあ、材料代や販売経費など考えると、利益は1割も出ません。
取り敢えず、1割として500円になります。
ですから、1個残ったら、何の儲けもないわけでしょ。
そこで、売り切る数の予測をするのですが、これがなかなか難しい。


ですから、どうしても完売を目指して、少な目の数を用意するのです。
ところが不思議なもんで、少な目に用意した時に限って、

売れ行き快調だったりするんですね。

午後1時完売を目指しているのに、時に12時前に売り切れたりすると、後悔するんです。
もっと作っときゃよかった、なんて。
欲が深いものですね。
でも、まちがいなく売れ残りのつらさを知っていますから、
これでいいのだ、と言い聞かせるんですね。

 

売るにもそれなりのコツがあります。
今でもベルマーレの試合がある当日は、フードパークと言って、

公園の路上にキッチンカーが並んで、飲食物を売っていますが、
以前、これによく出掛けて行ったものでした。
で、ベルマーレのホームゲームですから、アウェイのサポーターが続々とやってくるわけです。

彼らは共通してユニフォームのレプリカを着込んでいますので、一目瞭然。
そこで、アウェイのサポーターに向けて、声を掛けるわけです。
この時、「何をどう言うか」ということと、「どのように言うか」によって
売れたり売れなかったりするんですね。
いや露骨なほど違うものです。


まず、言う事の中身ですが、当然ながら興味を引くようなことを言わなければいけません。
ありきたりの、お弁当いかがですか、なんていうのは最低。
だって、その前後のお店が全部お弁当を売っているんです。

ですからわれらが特徴を言うことです。

その頃のメニューとして、しらす丼と言うのを売っていました。
一応、平塚の地産地消という事で、こう言うメニューが必要なんです。
よそからやって来るサポーターは、試合観戦のついでながら、

その土地の何か特徴のあるものを食べてみたい、と思っているのです。
今更、自分のまちでも売っているハンバーガーチェーンのハンバーガーを
わざわざ平塚で食べることはないわけでしょ。
ですから、地産地消と言うのは、こう言う場合の基本です。


そこで、しらす丼と言うわけです。
最初のうちは、湘南名物しらす丼、と言っていました。
まあ表現としては間違いないでしょ。

しかし、ちょっと言い方を変えてみたんですね。
しらすの前に、釜揚げ、と付け加えました。
湘南名物、釜揚げしらす丼、という事です。
このたった一言釜揚げ、という言葉が、興味につながるんですね。
売れ行きがアップしたんです。
釜揚げ、という事がよく分からなくても、

なんか特別なものらしい、と思ってもらえればいいわけです。


さて、次のどのように言うのか、ですが、一番いいのは、お客様の近くです。
店の中から声を掛けるのは、限界があります。
お客様との距離がありすぎるんですね。
ですからベストは、物を売る、と言うよりは、

コミュニケーションを図るという観点が必要です。
例えば、平塚のシラスはどのような漁法かご存知ですか、と問いかけます。
もちろん知らないはずです。
そこで、
少量引上げ方式でしらすを取ります、と説明します。
少量引上げ方式なんて言葉はありません、勝手に作りました。
この漁法は、ちょっと取れるとすぐ引き上げて、これを何度も繰り返すんですね。
したがって、次から次と入ってくるしらすに、網の中で押されて身を傷めることがないんです。
だからおいしい、と言うんです。
これってお客様とのコミュニケーションの一つです。


とは言え、この類のやり方に付き合ってくれる方はごく少数。
そこで、店の中から声を掛ける時は、
当たり一帯に響くような大声で怒鳴ればいいというものではなく、
狙って声を掛けるという事です。
コツとしては、通る人の中で誰かに狙いを定め
その人も耳に向かって声を掛けるということです。
ちょっと漠然としたやり方と思えるかもしれませんが、
何故か、それが効果があります。
実際、その狙った人の前後の人にも聞こえているはずなんですが、

ピンポイントで狙った耳に声を掛けると、それなりに届くんですね。

半分は気のせいかもしれませんが、
要は心構えという事なんでしょうか。

 

ま、そんなことも踏まえて、ラスカの星の広場で最中を売っています。
売るというより、お客様と話をするという事でしょうかね。
ま、それが一番です。

 

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
タマゴってどう書く

以前、このブログでも触れたことがあるのですが、
何やら、そのあたりの話題がネットで蒸し返されていたので、再度登壇です。


ま、決して、大それたテーマではないのですが、
要は、玉子か卵か、と言う、タマゴの字の当て方の問題です。
卵が先か玉子が先か、みたいなところで、ここではニワトリが出てきません。
一般的なとらえ方としては、
カラのついたままの生卵を「卵」とし、
料理になると「玉子」と表記する、という事のようです。
ま、大きな間違いではないのですが、肝心なことが抜けています。
それは、「蛋」と言う字が論争に登場していないのですね。
本来、漢字としては、「卵」か「蛋」のどちらかで、
これは、中国の古い文字では、それなりに使い分けています。
ですから、日本における、玉子か、もしくは卵かと言う区別は、
日本語的な領域での区別になっています。


つまり、玉子は日本での造語の一つである、という事です。
原点たる中国の漢字では、まちがいなく卵か蛋のどちらかなんです。
これについてはその分け方においても多少の説が入り混じりますが、
大体は、鳥のタマゴを蛋と言い、それ以外のもの、
例えば、魚とか、蛙とかのタマゴは、卵と書きます。
説によっては、鳥とそれ以外のもので、爬虫類、両生類、魚類、などのタマゴと区分している、
と言いますが、漢字は、そもそも象形から始まっていますので、
誰が産んだか、なんて区分はせず、どのような形か、から始まっているはずです。


例えば、これはカメのタマゴだから、鳥以外なので、卵の字を使う、
なんて区分をするはずがない、と思うんです。
ですから、これは形状から判断しているはずです。
つまり、鳥のタマゴは単体ですよね。
ですから、これは蛋なんです。
でも、イクラとか、カエルのタマゴと言うのは集合体でしょ。
ですから、卵と言う字を使うんです。
卵と言う字をよく見てください。
どう見ても単体の卵の形をしていないでしょ。
したがって、卵と言う字を鳥の卵に当てることはないんですね。
ただ日本の漢字の歴史を見てみますと、蛋と言う字の登場はかなり遅くて、
なかなか使われなかったようです。
強いて言うなら、蛋白と言う字で初めてつかわれたようで、
それも、江戸の末期、川本幸民 (かわもとこうみん)と言う人が、
ドイツの化学書 『化学の学校』 のオランダ語版を和訳した 『化学新書』に
登場します。
『化学新書』 を和訳するにあたって、多くの新しい化学用語を
日本語として表現せざるを得ず、
この中で、「蛋白」 という言葉がはじめて出てきます。
元は、卵白と訳すべきところ、
卵と言う字を使いたくなかったらしく、あえて、タマゴとしての蛋を当てたのだそうで、
この時、訳者が、そのまま卵白と言っていたら、
卵白質が足りない、などと言う言い方になっていたのかもしれませんね。


ま、いずれにしても中国の漢字としての語源では、
ニワトリのタマゴは蛋と書くようです。
今度、本格中華の店に行ったら、そのメニューをよく見てください。
カニタマは、芙蓉蛋と書いてあるはずです。
間違っても芙蓉卵とは書かれていません。
とは言え、ここは日本ですから、そこまで厳格に扱う必要はありませんが、
私は、たまたまその語源を知ってしまったので、
卵と言う字を使うことに抵抗があります。
この字をよくよく見れば、奇怪な感じがしませんか。
ですから、何であれ、玉子と書きます。
生であれ、料理の名称であれ、玉子です。
そもそも字面からしてかわいいでしょ。
まん丸の形で、しかもその子ですから、ぴったりの当て字じゃないですか。


そういえば、茸と言う字も、見様によってはクサ冠に耳ですから、
確かに茸でいいのでしょうけど、木の子の方が可愛いでしょ。
木に寄生して生えるんですから、木の子がピッタリでしょ。
キノコを油でさっと炒めて、タマゴでとじるとします。
茸の卵とじ、と書かれているより、
木の子の玉子とじ、の方が食欲がわきませんか。
 

ところで、話は変わります。

今日から3日間、ラスカ一階入り口横の星の広場で、

ベジタマもなかのフェアを開催します。

ベジタマもなかの会というのがあって、ベジタマもなかの普及を進めているのですが、

この会が主として、8品ほどのもなかを販売します。

是非とも、お買い求めください。

話のネタ程度で結構ですから。

お願いします。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
食品衛生、どこか過ぎていませんか

ここにきて、また食品ロスの問題が提起されています。
10年ほど前、食品ロスの問題が俎上に上がったことがありましたが、

この時の要因は、食材の自給率が問題がもとになっていて、

自給率39%しかなく、今後、国際間で、食料がの戦略的な要因になった場合、

日本の国は、お手上げになる、という、安全保障的な観点も含まれて、
もっと自給率を上げよう、という提案が農水省辺りから出されたのですが、
いつの間にか、まあ、なんとかなるんじゃない、で終わってしまいました。


で、ここに来て、世界的な観点で、食品ロスは、人類の問題、としてクローズアップされてのです。
ま、簡単に言えば、76億人の人口を養うのがいっぱいいっぱいなのに、
今後、80億、90億と人口が増えていったら、
絶対的な食糧不足になる、という事が明らかになったからです。
まあ、現状ではそこそこ賄えているわけですが、それでも、
世界では、およそ8億人の人々が、飢餓状態にあり、
健康で活動的な生活を送るために必要かつ十分な食糧を得られていません。
そして、これにより1分間に17人が、飢餓でなくなっているそうです。
こういうことって、時にオーバーに伝えられるものですが、
話半分としても、一方で肥満体が問題になっている国があるかと思えば、
食べることのできる食材を廃棄している所もあるとなると、
これはやはり、何かおかしいことだと思うのです。

 

2011年に発表された国際連合食糧農業機関(FAO)の報告書によると、
世界中で、毎年、13億トンの食品ロス・廃棄が発生しているのだそうです。
これは地球から人間が確保する食料の約3分の1を占め、
これによって、飢餓人口8億人を救ううことができる、と言われています。
極端な表現ですが、私たちの無神経な食事の仕方で、
1分間に、17人の命を奪っている、と考えられませんか。


そして、このことは様々な国で問題になっていて、
各国が食品ロスに注目し、その削減に力を入れ始めた、そうです。
フランスでは、大型スーパーで売れ残った食品の廃棄を法的に禁止するらしいです。
これらの動きの中で、
国連も、2030年までに世界の食品ロス半減を目標に掲げました。

 

さて、日本でも、ぼちぼちですが、食品ロスに対する動きが再燃してきました。
で、具体的にどうするのか、という事です。

食材を扱うさまざまなプロセス一つ一つに問題があるのですが、
まずは、もっとも一般的な私たち自身の食事と言う観点で考えてみましょう。

 

大きく、家で食べる、外食をする、それぞれで、状況は大きく異なります。
外食の場合、廃棄率でみると、
例えば、一般的な食堂・レストランでは3.1%、結婚披露宴では22.5%、

宴会では15.2%、宿泊施設では13.0%となっています。
食堂・レストランは、食べる人が身の程をわきまえて、オーダーします。
ですから、おおむね食べ切ってしまいます。
でも、宴会や宿泊施設では、ほぼコースで出てきます。
つまり嫌いなものなどまで出てきますし、それほど空腹でなくとも、そこそこの量が出てくるので、
どうしても残してしまうことが多くなります。

一挙に、レストランの5倍近くが無駄になります。

さらに多いのが、結婚披露宴の22・5%。

披露宴と言うと、やたら、演出が凝っているせいか、なかなか落ち着いて食事ができません。
さらには、両家の見栄もあるのか、1〜2品は余分なコースになっています。
したがって、22・5%もの廃棄になります。

これは業者自身が改めるべきですね。

売り上げ至上主義から離れて、全人類のための視点で献立を考えられないでしょうか。

基本的には、食べ残しのないコースを薦めるべきですし、
さらには、テイクアウトをもっと積極的に展開すべきです。

 

以前知人の結婚式で、たまたま食欲もなく、

次々と出てきた料理も、途中で食べられなくなってしまったんです。

そうこうするうち、メインディッシュとしてイセエビの黄金焼きが出てきました。
どう考えても食べられそうもないので、持ち帰りたい、とウエートレスに言ったら、
その上の責任者が出てきて、ダメだ、と言うんです。
私は、調理関係者だし、この料理は傷んでいるかどうかぐらいは判断できる。

持ち帰っての食品事故については、自己責任として考えるから、

どうか包んで持ち帰れるようにしたい。

せっかくの料理を無駄にしたくないんです、と、言ったんです。
でもダメでした。
後日、私はこの時、ホテルに提案しました。
事前にお客様によく説明したうえで、こんなカードを添えたらどうですか、と。

「このたびはご来店いただきありがとうございます。

このお料理は、おいしくかつ、安全に作りましたが、

それでも十分に日持ちがする保証はありません。

出来るだけ速やかにお召し上がりください。

なお、これによる食品衛生の事故等が発生しても、

当ホテルでは一切の責任を負いかねますので、ご了承ください。」


もともと、日本の宴席では、持ち帰りは当然の習慣でした。
今より、はるかに衛生環境は悪かったにもかかわらずです。

宴席では、箱膳に次々と料理が出されますが、その脇には空折りがついていたものでした。
食べ残した料理は、自分で空折に詰め、もって帰ったものです。

お父さんが宴会から戻ってくると、その時の料理の一部がおみやげになる。
子供たちはそのご馳走を楽しみにしていたものです。
少なくとも、こんな時代には、食品ロスなんてなかったと思うんですね。

 

日本における食品ロスの障害になっているものの一つに、
日本の保健衛生行政、食品安全行政の姿勢も影響しています。
これは、食材を提供する側に大きな責任を負わる、という基本的な姿勢にあるんです。
確かに、だからと言ってここを緩めることは賛成できませんが、
理にかなった規制になっていない。
特に、私は飲食関係ですから、強く思うのですが、
食品衛生管理と言う観点では、矛盾が多いように思うのです。
食品を提供する、飲食業系、また食品加工業系、また販売業系の
それぞれが、食品安全の基準を守ることは前提ですが、
消費者の責任ももう少しあっていいのではないか、と。
いわば自己責任と言う領域が必要だろうと思うのです。

要は消費者としての自覚です。

こうした根本における様々な領域における自覚が、

食品ロスを減らす第一歩になるのではないでしょうか。

 

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
正しい恐れ

FM湘南ナパサ開局の時に、ボランティアとして番組制作にかかわり、
この時に、防災と言うテーマが、コミュニティ放送局の大きな使命である、
という認識をしたのです。
以来、防災にかかわる様々な活動をしてきました。
1994年以来ですから、なんだかんだと23年。
まあ、専門家でもないのですが、一つのことを長々やっていると、
妙にテンションが上がったり、冷めてみたりと、
それなりの山谷を超えてきて、その先には、
いくつか、定説的なものを構築するようになってくるものです。


ま、いろいろな分野のものがありますが、
私としては、基本的には「正しい恐れ」に尽きると思っています。
防災活動と言うのは、そもそもが啓蒙啓発活動が99%で、
実際発生して、わが身が被害をこうむるなんて経験は、
実は大半の人がしていないわけです。
阪神淡路、中越、東日本、熊本など、
この20数年で様々な大地震がありましたが、被災地支援などの活動に参加はしたものの、
我が家が壊れたわけでもありませんし、身内がけがをしたとかの経験もないわけです。
大半の人がそうでしょ。


そこで、防災活動と言うのは、
経験したことがないものが、経験したことのない人に、
ああだこうだと、様々な啓蒙啓発活動をしているわけです。
ですから、時々軸がぶれるんです。
でも、23年もこんなことしていると、ぶれる軸と言えど、ある範囲の中でぶれるので、
そのあたりを集約すると、おおむね、防災の核となる精神ぐらいは習得できるんですね。
で、その結論が、「正しい恐れ」です。


ある類の不安に対処するという事ですから、
心配性の人は、やたら不安がりますし、大雑把な人は、大して気にも留めないものでしょ。
足りなかったり多すぎたりしがちなんですが、

ちょうどいいというのが、正しい恐れです。


例えば、木造二階建ての松風町の我が家から紅谷町のマンションに引っ越しました。
で、しばらくすると、松風町から引っ越しの時に持ってきた非常持ち出し品を詰めた
大きめのリュックサックの整理をかみさんがしているんです。
何しろ、ちょっとした野外生活が出来るくらい、あれこれ品目が詰まっているんですね。
どちらかというと、うちのかみさんは、心配性なので、

様々な状況を想定してあれもこれもと詰め込んでいるんです。
そこで、自称・災害対策指導員の私は、こんこんと何が必要で何が不必要かを説明しました。
簡単に言えば、木造家屋と、耐震構造のマンションでは、準備するものが異なるんです。
だって、家がつぶれて住めなくなる、という想定と、
取り敢えず家は確保できるという想定では、持ちだす者の品目が、異なるわけでしょ。
一緒のわけがない。
ですから、マンションに来て、かなりのものを持ち出す必要が無くなったわけです。
まあ、対応としては、ライフラインの普及までどのように生活を維持するか、という事だけなんですね。


ちなみに、電気ガス水道では、どのような普及状態になるのか、
という事も知っておいた方がいいのです。
例えば、熊本では、電気は翌日普及しています。

水道で3日後、ガスが一か月という事でした。

東日本では、被害領域が広かったのですが、それでも電気は2日後に50%、
1週間後には、96%が回復しています。
また、水道は50&の回復に3日かかり、100%の復仇には3週間かかりました。

ガスに至っては、35日を要しています。
こう言う基礎的な知識が重要なんです。
それに応じて、どのように対応するかでしょ。


水について、一人、一日あたり2リットルと言われていますが、
これが3日間、家族の頭数となると、時に2リットルボトル(2キログラム)を
10本近く持ちだす、となると、実際避難行動に障害がでするでしょ。
いざとなれば給水車が出動しますしね。
三日以降は何とかなる、と。


何でもかんでも自分で用意するのか、
はたまた、なんでもかんでも、行政などが用意してくれるはずだ、と言うのも、
それぞれ問題アリなんです。
正しい恐れと言うのは、そういう自立性の範囲で、
過剰にならないという事なんですね。
つまり、状況をしっかりと想定するという事こそ、正しい結論に近づけるという事です。
ともかく、非常時なんですから、不必要なエネルギーを掛けるのは、

ある意味、問題になるという事なんです。


毎月第三水曜日午後1時半から、
FM湘南ナパサで「ナパサで防災」と言う番組を担当しています。
3か月に一回は、第5金曜も担当します。
この番組は、その番組名の通り防災がテーマですが、
何回も放送していると、しょせん素人ですから、ネタが尽きてしまうんですね。
そこで、今度は充電とばかり、様々な情報を集める、それを整理して伝える、
という事の繰り返しになります。
まあ、ありがたいことなんですが、
その意味ではそこそこの防災に関する知識が身に付きました。
時間があったら、水曜日の午後1時半、ナパサで防災をお聞きください。
よろしくお願いします。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
超小型原発

原子力発電について、私の個人的な感情としては、

核のごみの処理方法すら先が見えていないのだから、
これは、基本的に廃止に向かってのプログラムを策定し、
それに沿った実務的な行動をすべきである、と考えてきました。
既存の原子力発電に対しては、いまだにその考えは変わっていません。

なぜ、そう思うのかと言うことですが、

人類として、チェルノブイリの事故、さらには福島における原子炉の事故、
など経験しただけで、その背景を説明する必要なないと思います。

 

あまり取り上げられていませんが、東日本大震災の時、
ご存知のように、東北三県では甚大な被害を出しました。
その死因は、9割の方々が水死でした。
まあ、津波の被害という事です。
しかし発災後の、直接死ではなく、関連死と言うデータがあって、
これによれば、
岩手、関連死64名、直接死5796名
宮城、関連死926名 直接死10772名、
福島、関連死2147名、直接死1810名、となっています。
岩手、宮城ともども、直接死のおよそ8%前後の数値が、関連死の比率になっています。
にもかかわらず、福島は、関連死の比率は、なんと118%。
岩手、宮城に準じた比率を想定すると、147名。
しかし、それを2000人上回っています。
言い換えれば、地震、津波の被害に加えて、原発事故が発生し、
それによる避難など、過重な状況に追い込まれ、
医療体制の不備、またストレスなどによる身心消耗など、
死亡者が相次いだわけです。
言い換えれば、原発事故が無ければ、2000人の人の命を
永らえることができたはずなんです。
露骨な表現すれば、原発事故で、2000人が殺されたともいえるわけです。
ですから、理由・要因はともかく、原発はない方がいい。

 

とは言え、昨今の社会情勢、私達の生活慣習から、
じゃあ、エネルギーをどうするのか、という事が差し迫った問題として、
前面に出てくるはずです。
まして、地球温暖化の対応策として、化石燃料によるエネルギー確保に関しては、
排出されるCO2がらみで、そろそろ、新たな方向性が必要、という事になってきました。
正に痛し痒しでしょ。

 

さ、そこでです、次世代のエネルギー源を考えなくてはいけません。
太陽光だとか、風力など、小規模ながらエネルギー源について、

チャレンジが展開されてきましたが、どれも、今ひとつぱっとしません。
で、結局、そうこうするうち、原発に戻ってしまうのか、と思っていたら、
原発は原発でも、小規模原発が研究されていて、
それなりの可能性が見えてきた、と言うのです。

 

私としてのイメージは、1行政体に1個ぐらいの規模のもので、
ごく普通に、ゴミ焼却所レベルで建設され、地域の電力はこれで賄える、
と言った規模のものです。
実際に、4S原子炉と言われているものです。
4Sの意味はSuper-Safe, Small & Simple。
安全なことは折り紙つきで、小さくてシンプルな構造のもの、
という事で、東芝が開発してきました。
これにビルゲイツが話に乗っているとか。
ま、雲の上の話なので細かいことはともかく、
小型のこの原子炉は、そのシステムそのものが従来のものとは異なり、
燃料棒の差し替えなどをせずに、30年間稼働させ、寿命が来たらそのまま廃棄、という事のようです。


ともかくメカニズムは理解できなかったのですが、
とても安全なシステムになっているらしいんですね。

で、これらの新たなマシンの開発は、かなり実用化に近付いているようです。
ともかく安全第一ですから、

素人ながら、これらの開発には、第一定義が安全なんだと思うんですね。
で、安全が確認できたら、順次、旧来の原発は閉鎖・解体し、
小型原発に切り替えられたらいいな、と思いました。

 

さらに、勝手ながら、超々小型原発を開発できたら、
素晴らしいと。
それは自動車エンジンが原発になって、これで、自動車が走る、と言うレベルの小型化です。
なんか交通事故とともに放射能がまきちらされるんじゃないか、とか心配ですが、

こんな夢物語が実現するのは、何十年何百年先の話でしょ。

それでも、地球の環境を損ねることなく、安全にエネルギーが取り出せるとしたら、
人類が全力を挙げて、開発しても意味のあることです。


なんか可能性を感じるんですが、しょせん素人の夢なんでしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 13:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
来季に向けて

ベルマーレ、先ずは優勝とJ1昇格を果たし、めでたい限りなんですが、
前回昇格の時に、やはり弱小球団としての悲哀を味わいました。
それは、球団運営費、ま、行ってみれば企業規模のようなものです。
さまざまな項目がありますが、単純に、総売り上げで言えば、
J1・J2の計40チーム中、22位。
人件費、まあ、選手のギャランティの総額のようなものですが、
これが40チーム中、21位。
つまり、ほぼほぼ真ん中あたりという事です。


J1レベルで考えれば、ともに最下位という事です。
市民球団ですから、まあこんなところで上等なんでしょうが、
経営規模が小さいと、当然ギャランティが少なくなります。
つまり、選手に対して、十分な報酬が払えない、という事になります。
したがって、ちょっとばかりいい動きをする選手がいると、引き抜かれてしまいます。
つまり、ベルマーレより高い報酬を提示するんですね。
これを義理だ温情だで縛れない。
選手の寿命は短いですから、できるだけ稼げるときに稼いでおきたいんですから、
この選択は仕方ないと思うんです。
昨日の味方は今日の敵という事になります。


ここがサッカーと野球の大きな違いですね。
チームへの所属を強く拘束しているのが野球で、
所属チームの選択権が広いのがサッカーです。
ですから、前年の選手が何人残っているのか、なんてことが、
チーム力を想定する大きな要素になってきます。
つまり、うちのチームという構成は、年々変わるので、
チームそのもののサポーターなのか、選手のサパーたーなのか、
ここが悩ましい所です。


日本人的には帰属意識が強いですから、
サッカーチームの猫の目的な人事に、正直戸惑ったことがありました。
ですから、シーズン初めの何試合かは、背番号と選手名が
なかなか一致しない、という事があります。
まあ、そういうこともサッカーのだいご味、と言う人もいますが、
やはり、せめて主力は何シーズンか、維持している方が、親愛の情もわいてきますよね。

 

選手が移動する要因は、当然、ポジション的に活躍できそうなチームという事と、

年棒の金額だと思います。
ちなみに、ベルマーレは総人件費およそ7億ちょっと。
で、香川一人の年棒が、7億ちょっとですから、あれれ、という感じでしょ。
メッシやロナウドは別格ですが、海外でプレーする日本人プレーヤーは、
ほぼ、億単位の年俸を得ています。


これは、野球でも同じでしょ。
言葉や習慣に不安がある中、大リーグに次々と有力選手が流出するのは、
ひたすら、年俸の高さでしょ。
田中マー君は23億円、ダルビッシュは12億円、岩隈は16億円、
前田は12億円、とそれぞれ言われています。
まあ今度出てゆく大谷はどのぐらいなんでしょうね。
本人が安くてもいいとか言ってるとかですが、それでも10億20億の世界でしょ。


張本さんが、次々と日本から有力な選手が流出するが、

これでは日本のプロ野球がダメになる、とか嘆いていましたが、

じゃあ、どこの球団が、10億20億だすんだ、という事でしょ。
残念ながら、そういう意味でのプロスポーツのレベルは、まだまだ日本は低いんですね。

 

今季は、巨人がリーグ優勝を逃し、CSすら手に届かなかった体たらく。
もし来年も優勝できなかったとすると、球団ワーストタイの4年連続のV逸となってしまいます。
そこで、若手の育成に力を入れているものの、
ここは例の札束攻勢で、即効性のある選手補強をする、とオーナーが言ったとか。
これって、今年に限った話ではないでしょ。
巨人って、まさに金に飽かせて、出来上がった選手を集めてきましたよね。
それで戦力を維持してきた。
まあそういう体質なんです。
だから、なかなか若手が育たない。
逆に選手育成能力が弱いんじゃないか、と思います。

 

そこに行くと、ベルマーレのチョウ監督は、
育成上手ですね。
時に、再生工場とか言われるほど、
不調だった選手をよみがえらせる。
多くの選手が、育成された、と実感しているようです。
ただ、不安なのは、サッカーは、所属チームを変えることを何とも思っていない世界なので、
せっかく育てても、ほいっとよそに移ってしまうことが普通ですので、
来年は果たして何人残るのか、とびくびくしています。

ま、いずれにしても補強も行われるでしょうから、
J1でも十分に戦えるチームとして、来年も頑張ってほしいですね。
ちなみに、19日最終戦、対町田がホームで開催されます。
一年間の労をねぎらい、活躍をたたえて、応援しましょう。

| 水嶋かずあき | ベルマーレ | 10:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今度はパラダイスですって

正直、何の理由か分からないのですが、
年金の額が、毎月変わるんですね。
で、最近は、なんだかんだと月に千円近く多くなることがあります。
そうするとにんまりですね。
二か月で千円ですから、それこそ煙草代にもならない。
いや、吸ってませんけど。
昨日も、とんかつでも食べようか、と、スーパーで豚ロース2枚のパックを買いました。
で、今朝、これを料理しようとパッケージを見たら、
3割引きのシールが貼ってあったんです。
買う時は気が付かなかったんですが、朝になってこれを見て、
500円の3割ですから、150円得した、と。
実に、庶民の金銭感覚なんてささやかな額で右往左往して、
見様によってはかわいいもんでしょ。


しかし、世の中には、とてつもない金持ちがいて、
ウソかホントか、地球上の人間74億人のすべての稼ぎ高、
その具体的な額は知らないのですが、
ともかく、その総額の半分に値する額と同じ額を、
たった8人の超高額所得者が稼ぎ出しているんだそうです。
3億7千万人の稼ぎと8人の稼ぎが同じ、という事です。
なんか面白くないでしょ。


一方で、その日暮らしの人もいれば、時に、飢えで死んで行く人がいる中、
そんなに稼いでどうするんだ、と思いませんか。
プール付の豪邸を構え、自家用ジェット機を所有し、
王侯貴族のような日々を過ごすことに、何の喜びがあるんでしょうね。
マネーゲームを繰り返し、会社を買収し、雪だるま式に資産を増やしてゆく。
これを成功者とでも思っているのでしょうか。
この世の支配者にでもなったと勘違いしているのでしょうか。


この大金持ちたちが、さらに金を貯えこむのが、タックス・ヘイブンと言うシステムです。
タックス・ヘイヴンとは、一定の課税が著しく軽減、
ないしは完全に 免除される国や地域のことで、何らかの経由で、
そこに財産やら所得やらを経由させ、
税逃れをしようとしている人の手助けをする国や地域のことです。
タックス、税金、ヘイブン、避難所、という意味です。

 

以前、パナマ文書と言うのが出てきて、これに記載されている多くの著名人のリストが公表されました。
で、なんとこれにかかわるジャーナリストが自分の車に爆薬を仕掛けられ、
殺されてしまいましたね。

なんか、映画みたいな出来事ですが、恐ろしい力が働いているのだと思います。
つまり、大金持ちの強欲が殺人にまで及んだという事です。


で、最近、この第二弾が公表されました。
題して、パラダイス文書です。
まあ、税金天国とでもいうのでしょうか。
これまた、タックスヘブンの地域から流出したのですが、
なんと4000人からのリストだそうです。
なんだかんだとこれにも日本人の個人名やら、会社名が登場します。
凄いことに、このタックスヘイブンは、世界中に50カ国もあるのだそうで、
地球そのものがタックスヘイブンになっているんですね。
もしかすると、地球外のある星の異星人から、地球にはいいシステムがある、とばかりに、
金を預けに来ているかもしれない、と思えるくらいです。

 

こうして、ますます地球人の所得格差は開いてゆき、
富の偏在化はますます進行するのです。
私は、自分が貧乏人だからひがんで言うわけではないのです。
老後を、贅沢さえ言わなければ平穏に過ごせる資金は確保しています。
だから、不満として言うのではないのですが、
不安は残るのです。
なぜなら、今までの人類の血みどろの争いの根底には、
格差への不満が根っこにあるからです。
格差は不満を呼び込みます。
これは平和へ進もうとする力を大きく削いでしまいます。
つまり、富の偏在は良いことではないんですね。


自由経済主義が、これを助長しているわけでしょ。
せめて、国際間で、このタックスヘイブンについて、規制すべきではないかと思います。

 

で、まずは国内ですね。
日本の大企業はこのタックスヘイブンを活用することによって
税逃れをしています。
なんと、東証に上場している上位50社のうち45社が

タックスヘイブンを活用しているんですね。
今回のパラダイス文書の出所のケイマン諸島だけでも、
日本の大企業は55兆円を経由していて、
この額は、アメリカに次いで世界第2位の規模だそうです。

このリストの当事者にインタビューすると、すべての個人、会社が、
違法性はない、と口をそろえて言っています。
つまり現行法では問題がないという事です。
どうでしょう、現行法に抵触しなければいいんでしょうか。
そういう考えで経済活動をしているのでしょうか。

 

ここでの法律とは、人の作った法律にすぎません。
少なくとも、神の定めた法では、これを認めていません。
「くどいようだが」とマエフリをしながらイエスは言っています。
「金持ちが天国に行けるのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」と。
これって一つの警告なのではないですか。
人みな神の子として等しい。
故に、その富の分配においても平等であれ、と言う。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
何か、ドクトクの海老らしい

今、漁期が始まってテレビのニュースなどでしきりに取り上げられていますが、
ずわいがにが、初値という事もあって、1パイ30万円の高値が付いたとか。
まあ、これはご祝儀相場なんで、ただの話題にすぎないのですが、
これらのニュースで、このずわいがにの呼び名が、しばしばばらつきます。


基本的には、本名はずわいがに。
後は取れる場所で名前が変わります。
越前、福井の海で獲れれば越前ガニ。
また、西に移って、丹後半島から島根県沖の日本海に生息しているズワイガニは、
松葉ガニと呼ばれます。
これらはかなり厳密で、水揚げされる漁港も京都府から島根県の漁港に限定されています。
同じ松葉でのエリアであっても、

このずわいがは、その生息域と水揚げする漁港などで名称が変わり、
間人、大善、柴山などそれぞれの地域の名称がつきますが、

ま、これはその地域での話で、築地に来たときは、松葉という事になります。


ですから、素人としては、ずわいも松葉も越前もいっしょくたで、何の問題もありません。
要は、どういう名称であろうと、ある名称を言ったときに、

聞いた人がそのイメージが共有できればいいのです。


昔々、サザエさんの漫画で、サザエさんが大阪のおじさんを訪ね、
近くの食堂で食事をしようという事になり、
おじさんが、マムシでもどうか、と言ったんですね。
サザエさんは蛇のマムシだと思って、私は食べないと断る、と言う筋の漫画でしたが、
大阪ではうな重のことをまむしとしばしば言います。
これは、言う人と聞く人のイメージがずれているために問題になるのですが、
要は、食材と言うのは、ある程度の共通性、いわば標準語的な意味、がありますが、
獲れる地方などでその呼び名は変わります。
いわば方言とでもいうことです。
ですから、どんな名称だろうと、基本的にはその呼び名でいいわけですね。


そういえば、新潟の長岡で食事をし、その中の一品に、菊の花びらのおしたしが出されたのです。
私達はそこでの食品名を、菊の花びら、と、ごくあるがままで、呼んだのですが、
土地の人に、これは「もってのほか」という名称なんだ、と言われたのです。
随分変わった呼び名だったので、聞いた人は皆一様に驚き、
なんでそんな呼び方をするのですか、と、異口同音に質問したのです。
すると、きっと、とあいまいにしながら、菊と言うのは、そもそもが天皇家のご紋です。
これを食べてしまおうというのだから、まさに、もってのほか、だ、と言うことでしょうね、と。
関東で、もってのほか、なんて言っても誰も菊の花びらだとは思わないでしょ。
まあ、この狭い日本でも、地域地域で名称が変わるのは、仕方ないことですし、
何より、そういうよびなが、長い生活の中から生まれてきたもの、という事で、
正に、愛すべき方言として、私達は受け入れてきています。

 

さて、話はがらりと変わります。
例のトランプ大統領の訪韓時の夕食に、ドクトエビなるものが登場した、と報道されました。

まあ、いかにも韓国らしいと言えばらしいですね。
竹島の領有権については、両国の主張があり、少なくとも、日本人としては決着がついていない、と。
そんな政争の火種を、アメリカ大統領の歓迎晩さん会に出したわけです。
しかも、ドクトエビ、と言う食材名で。
それなりに調べた結果で正解かどうかわかりませんが、
どうもドクトエビと言う名称は、一般的でないようです。
一般的に韓国の人に、その海老を見せて、これはなんという名前の海老ですか、
と聞けば、きっとほとんどの人が答えられないだろう、と。
まあ、形状からは、ボタンエビに近いと言われています。
甘エビの一種だろう、と言う人も。
ともかくこのニュースで初めて知った人もいるので、
何ともその本来の名称が分からないのです。
ま、としても、独島近海で獲れたのだそうで、ここは間違いないでしょ。
でも、それを、取ってつけたようにドクトエビ、とかいうのも、明らかに日本へのあてつけでしょ。
そもそも、食材と言うのは、原則、その名称を言う人と、

それを聞く人に共通のイメージが作れなければいけません。
それを、これ見よがしに、トラぶっている国境問題の象徴として、
貴賓たるべきアメリカ大統領の歓迎晩さん会に出すというのが、
世間知らずもいいとこだ、と非難されていますが、
確かにそれは否めないですね。


私は、政争の具として海老が使われたという事自体が腹が立つのですが、
真に韓国産でもっともおいしい海老、という評価があって、
しかもそれが衆目の一致するところで、広く認知された海老ならばともかくですよ。
もしこれに準じた献立として、日本で、ずわいがにの茹でたものを出したとしましょう。
これを松葉だか、越前だかで表現すれば多少のトラブルがあるでしょうが、
間違いなく越前の海の幸であるなら、
ずわいだろうと、越前ガニだろうと、誰も文句言わないでしょ。
食には、それ相応の文化的な背景があるんです。
その意味でも、一夜漬けのような命名の海老を出すって、
食の文化程度が低い、と言われても仕方ないですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
情報と言う権威

よく、社長付きの秘書が、何かと偉そうにあれこれ口出しをすることがある、と聞きます。
まあ、一種の権威のようなものを持ちがちだ、という事なんですね。
これは、ある意味当然のことで、社長のところに集まってくる情報を
ほとんど共有しているから、だそうです。


つまり、情報と言うのは、一つの立場を作り出します。
人はそこに価値がある、と認めた情報を欲しがります。
時には、この情報の提供を飯のタネにしている会社もあります。
何を売ってるのか、と言えば情報を売っているんですね。
ものとか人とか、具体的な生産性に直結するものだけが商売のネタになるとは限らない。
特に、現代はそういう時代です。

 

その昔、多分学生の頃、いやこれは私だけでなく、どなたも、という意味ですが、
一次産業とか、二次産業、三次産業、といった産業の分類を教わったと思うのです。
ごく普通のこととしてこれは頭の片隅に入っているでしょ。
で、当然、その分類については無条件で記憶したのですが、
どうもその頃の授業の中で、なんで一次で、なんで二次なのか、
さらに、三次と言う分類の持つ意味は何か、という事については教わらなかった気がするんです。
もし、社会科の先生が、そのことを説明したら、私は記憶に残っていると思うのです。
で、まあ、これは後に、考えたことだったのですが、
人間が食って行くために携わる仕事の分類で、
一次は、ご存知の通り、農水産系の食料生産にかかわるものです。
そして、二次産業は、工業製品など造る分野です。
そして三次産業は、人が人に関わる産業形態です。
で、実はこの一から三までの分類は、人類に歴史における発生順に分類されました。
(ではないかと言う推測ですが。)


まず、人は、野に山に狩りをしたり木の実や種を採集したり、

川や海で魚をとらえたして、食料を確保していました。
これが一次です。
で、より効率的に生産性を上げるため、鍬を作ったり、斧を作ったり、

ふねをつくったり、と、いわゆる道具を作りだしました。

これによって食料の確保は、一段とレベルアップしたはずです。
もちろん、この二次産業の分野は、その後無限に拡大してゆきます。
農耕をしている人に、鍬を作る人が現れ、一次と二次の関係が強まります。
最初はきっと片手間に鍬を作っていたのでしょうが、そのうち専門に作るようになります。
正に産業として自立するわけです。


次の段階で、生産性が上がってくると、必要な消費以上のものを作り出すのですから、
これを不足しているところに補おう、と言う流れが生まれます。
いわゆる物々交換がその原点となります。
ここに携わる人は、生産の現場にいる人の片手間な行動から始まったのでしょうが、
やがてこれも専門に携わる人が登場します。
流通業の原点です。
この三次産業は、具体的な生産物を持ちません。
しかし、まちがいなく物を運ぶといった、肉体的な行動を伴うので、
三次までは、人が生産に携わっている、と言う領域に入ってきます。

 

さて、その後、人間界はより複雑な発展を遂げ、
一〜三次までの分類以外でも人は食ってゆける、という状況を作り出します。
つまり、一・二・三次以外のところでも職業として成り立つようになってきた、というわけです。
ま、これはそれなりに、文明文化の進化だと思うのです。


そこで、四次産業たる分類が認知されつつありますが、
ざっと、ソフトウエア産業とか、情報通信産業、技術開発など医療など、基本的には、
物質やエネルギーなどの大量消費を伴わない産業をそのように仕分けているようです。
これには、メディアや芸能界なども、その範疇にあります。
これらの四次産業的分野でも、やはり特筆すべきは情報産業です。


主に、情報と言うソフトと、それを伝達するハードの合いまった進展が必要なのですが、
まさに現代はそれが、絶妙のバランスで展開されています。
まあ、顕著なのがスマホでしょ。
ハードも進化してますし、情報のコンテンツも多様になっています。

 

かつて、情報は権威でした。
一家の家長たる親父は、職場を通じ、世間に触れ、
世の中の動き、つまり情報を家に持って帰ります。
それを家族に伝えます。
情報を持ち帰る親父は敬意に値する存在なわけです。
ところが、最近は、そんな立場はすっとんで、
情報を持っているのは、家で家事を主としている主婦業の女性です。
時間の合間に、スマホに、やれトランプがどうしたとか、
どこそこで殺人事件が発生したとか、
時に、誰と誰が離婚したとか、結婚したとか、余計なお世話ですが、妊娠したとか、
まあ、細かいことをよく知っているんですね。
親父は仕事中なのでテレビも見れないし、スマホもいじれない。
家に帰ってくると、かみさんが世間の動きを教える、という事に逆転したんですね。
いやいや親父の権威はもうかけらも残っていません。


もう、実態は、まちがいなく男女協働社会になっています。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:51 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
電気飛行機

民主党政権時代、流行もののように事業仕分けが行われました。
まあ、これはこれで結構なことなんですが、
この仕分け作業には、その実態を検証するためのデータの整理や、
実施する人の時間やら、ともかく膨大なエネルギーが必要で、
実際やってみると、検証すべき案件をすべてチェックするのに、

10年単位の時間がかかりそうという事と、

市民も、飽きやすく、結果としてだからなんだ、と言ったところに落ち着き、
うやむやで終わった感じがするんです。
残念でしたね。

 

で、藤沢で行われた市民参加による事業仕分けを見学したことがあったのです。
この公開事業仕分けは、
市民選抜の数名の委員と、専門家と、仕分けを仕切る人とかで構成され
これを一般市民が見物するのです。
担当部署のものが、おそれおそれ事業の提案をします。
すると、様々な立場の人が、様々な意見を言い、
最終的に、場の雰囲気を集約して、仕切り人が、可否を宣言します。
つまり、事業として実施するのか、やめるのか、という事です。
この時、いくつかの事業案が提案されましたが、
その一つ、電気自動車の市民普及のための補助金制度、というものがありました。
この案件も色々な角度での意見が出されたのですが、
私はその様を見ていて、結論に至るに必要な精密なデータがない、と思いました。
なんとなく、CO2排出への情緒的な嫌悪感が前面に出て、
ガソリン車よりはいいだろう、という観点と、
その割には、負担すべきコストが高すぎる、という意見の対立でした。
そしたら、仕分け人が、専門的観点として、こんなことを発言したのです。
自動車のCO2排出については、三つのプロセスで考える必要がある。
一つは製造過程で排出されるCO2の量。
次に、走行中に排出するCO2の量。
最後に、解体の時に排出するCO2の量。
これらを見てみると、走行中の排出量は少ないという点だけで議論するのは間違いである。
と言ったんですね。
そしたら、見事にこの論理に引っかかって、全員事業を否決したんです。
私はただのオブザーバーですから、ただ見ているだけでしたが、
じゃあ、ガソリン車の製造と解体のトータルな過程の総CO2排出量と比較したのか、
と思ったんです。
おそらく素人考えでも、製造、解体の排出するCO2の量は、ガソリン車だろうと電気自動車だろうと、

そうは変わらないんじゃないか、と。
とするなら、この議論では、排出するCO2の総量については、明らかにメリットがある、と思うんです。
ただ、地方行政体が負担するコストパフォーマンスと言う点で考えると、確かに問題はある、という事です。

 

さて、最近の自動車の世界ですが、自動運転とEV化の動きは、驚くほどの速度で進んでいますね。
まあ、いいことだとは情緒的には思うのですが、

問題は、このバッテリーに充電するために必要とする電気の量はどれほどっものなのか、と言うことです。
その電力を作り出すために排出されるCO2のことは計算に入っているのか、という事がいささか気になりますね。

 

ここでは、製造と解体のプロセスを省略して、
実質的に例えば、100キロの走行をするとして、
従来のガソリン車、モーターとエンジンのハイブリット車、現在目指しているE垢亮屬覆匹料蠡佝羈咾鯡棲里砲垢戮でしょ。
今、私たちに与えられているE垢離ぅ瓠璽犬任蓮
CO2を一切排出しないわけですから、当然望ましい形態である、と考えがちですよね。
いままで、充電するのに必要な電力のCO2換算を明示してこなかったでしょ。
これでは、藤沢の事業仕分けとあまり変わりがない。

 

ま、それにしても、おそらく、電池の改善も進んでいますので、
EV化はそれなりのメリットがあるんでしょうね。
その意味でも、航空機が電気化をするという事なんで、
その波はかなりの勢いで押し寄せてきている、と思えます。

 

英国の格安航空会社であるEasyjetが、
10年以内に電気旅客機を運航する計画を明らかにした、と言うのです。
これは、飛行機会社の思惑なんですが、
当然、そういう飛行機そのものが必要なわけで、
飛行機の提供は、電気飛行機の開発を行っている
米国のベンチャー企業Wright Electricと組むんだそうです。
まあ、実現には若干時間がかかるでしょうが、
大空でガソリンをまきながら飛んでいると言われる航空機が、
電池で動くようになるとすれば、
それなりに画期的なことですね。

人によっては、短距離路線向け電気旅客機を開発している会社もいくつかあり、
小型機からその枠を広げてゆきそうです。
そのうち、電気飛行機の時代になるんでしょうね。


心配事が一つ。
当然のことながら、飛行機事故も増えると思うんです。

今のところ、日本で飛行機事故で亡くなる方は、ほぼ、16人前後。
そこは自動運転で何とかなるのでしょうか。
いやはや、この先は読めないですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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