水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
危険な熱さ

今の日本の熱さは、危険な暑さ、だそうです。


また新しい表現が出てきましたね。
確かに猛暑日と言うのも分かりますが、危険な暑さの方が暑さの凄さが出ていますね。
避難警報が発令されました、より、危ないですから逃げてください、の方がピンとくるでしょ。
今後の中で、自然災害に関しては、おそらくどう考えても、
正常性バイアスが働くのですから、
もう少しリアリティのある表現で警告を発したほうがいいでしょうね。
何しろ、自分だけは大丈夫、と考える人が多いことが、防災の最大の問題なんですから。

 

さて、もう40度越えは、さほど驚かなくなりました。
まあ、無責任ですが、自分のまちではないので、ぐらいの薄情さがあるかもしれません。
で、昨夜、風呂につかりながら、考えたんです。
もし、外気温が40度で、家の窓を開け放ち、風呂場の扉を開け、
風呂のふたを外しておいたら、
風呂は40度になるのか、と考えたんです。
なんかほかの要因が邪魔しないとしたら、
風呂は湧かすまでもなく、40度になるはずでしょ。
おそらく相当時間はかかるでしょうが、理屈ではそうなるでしょ。
我が家はややぬるめの湯が好きなので、
そもそもが38〜9度ぐらいなんですね。
だからちょっとばかり熱い湯に入れる、ということになりませんか。

 

昔、うちの店に、通称「オゲ」と言う板前さんがいて、

彼が、我が店を退職し、自分の店を持ったんです。

なかなか腕のいい板前でした。

その店も、まあまあ繁盛していたのですが、
なぜか、数年すると、店をたたむと言うんですね。
で、どうするのか聞いたら、UAE(アラブ首長国連邦)のアブダビのホテルで、
日本食レストランをやらないか、という誘いがあり、
その話に乗ることにした、というんです。
で、まあ、それなりに計画を立て、店の内装などは、私もその設計を手伝ったりしたのです。
オゲのいささか向う見ずな性格が幸いして、いざ開店したら、そこそこのお客様に恵まれたんですね。
で、半年に一度ぐらい、様々な用具の調達やら、食材の調達先の交渉やらで、
日本に帰ってきて、その都度、結構こまごました報告をしてくれたのです。
その中でも、アブダビがどれほど熱い所なのか、という話がいくつかあり、
その話を思い出しては、日本の熱さはまだまだだ、と思うんですね。

 

その1
オゲが、事前に調査のため、最初にアブダビを訪れた時の事。
飛行機を降りると、まだそのころは、タラップを下りて、空港の施設のビルまでは、
徒歩で行かなければいけなかったのだそうです。
まあ、簡単な話、今の空港なら、ゲートを通ると、搭乗するところまでは長い廊下がありますが、
この廊下が無く、アウトドア状態なわけです。
で、タラップを降りて、翼の下をくぐる時、
顔に熱風が吹きつけられる。
その時、オゲは飛行機のジェットエンジンの排気が、
当たっているんだ、と思ったそうです。
で、翼の下を通り抜けてもまだ熱い排気が当たる。
おかしい、と思ったら、それは普通に空港に吹いている風だった、というんです。

 

その2
ホテルに入って、シャワーを浴びようとしたら、熱湯に注意、と書いてあったんで、
気を付けて蛇口をひねったところ、
ジュジュジュと水道管を通る音がして、湯が、湯気を上げながらほと走って出てくるのだそうです。
よく、湯の沸いたやかんから湯を注ぐとき、最初にジュジュッと音がして、
湯気がほとばしることがあるでしょ。
あんなようなものだそうです。
ですから、やけどをしてはいけないので、蛇口をひねったら、
熱湯を浴びないように、体を離し、
様子を見ながら、時々手を差し出して湯加減を見て、
ぼちぼちいいだろう、とシャワーを浴びるそうです。

建物の蓄熱で水道管が暖められてしまうんですね。
つまり、シャワーはまず100℃から始まるんだそうです。

 

その3
車を駐車していると、太陽光に照らされて、
車そのものが異常な熱さになるのだそうです。
よく、ボンネットで、目玉焼きが作れる、と言われますが、それはその通りだそうで、
鉄でできている車の温度は、改めて乗り込んだときの熱さと言ったら、
口で言い表せないほどの高温になるそうです。
で、(昔のことですから)ポケットのキーを取り出し、
キーを差し込んで、これをひねり、スターターを回すわけですが、
時々、一発で掛からないことがあったりすると、

差し込んだキーがその数秒で熱せられたしまい、
素手では持てないほどの温度になってしまうんですって。
仕方ないので、上着の裾の内側に手を入れて、
洋服越しにキーをつかんで、エンジンをかけるのだそうです。

 

その4
乗ってる車が、なんかの拍子にクーラーが不調になることがあったんだそうです。
すると、もう異常な温度になるので、やむを得ず窓を少し開けて風を入れる。
当然ですが、結果として、熱風が入ってくるわけです。
これが顔にあたる。
もう目の周り、口の周りは、一目でわかるほど水気が無くなって、
白っぽくなり、それは苦しい思いをする、と言ってました。

 

ともかく、やたら熱い所のようですから、
この類の話は山ほど聞かされました。
ですから、それに比べれば、日本での猛暑もまだまだ大したことないようで、
正に、上には上があるんだ、と、時々思います。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
平均寿命と平均余命

2017年の日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳で、いずれも過去最高を更新したそうです。

前年からの延びは男性0.11歳、女性0.13歳で、男性は初めて81歳を超えた、とか。
いや結構な話です。
主な国・地域との比較では、女性は香港に次ぐ2位、男性は香港、スイスに続く3位。
まあ、日本は長寿国と言っていいでしょうね。
ちなみに、医療、介護等のお世話にならないで元気な状態を何歳まで保てるのか、
と言う健康寿命、という視点があります。
これでは、男71.11才、女75.56才で、これは世界で一番だそうです。
増々結構な事でしょ。

 

で、この類の話の時に、
すべて平均寿命と言っているため、しばしば誤解をされています。
そこで、この勘違いを修正しておきましょう。


まずは平均余命と言う数値があります。
これは、それぞれの年で、統計的にその年齢の人が何歳まで生きられるか、
という数値です。
ちなみに、私はあと半年で75才ですから、
75歳の年齢の数字を見てみますと、
12.14と言う数字が書いてあります。
これは余命ですから、平均的であれば、あと12年と1か月と2日生きられる、という事です。
昨年は75歳の人は12.03でしたから、75才になったところでの余命は12年と10日でした。
この1年で、みんな死なないように頑張ったので、いくらかデータが更新され、生きながらえる時間が増えました。
と言っても22日間伸びただけです。
そう、ざっと3週間。


3週間前に何をしたか、と考えますと、七夕飾りの製作に没頭してました。
6月30日のことですが、あれからあっという間の今日でしょ。
つまり、3週間なんて、なんてことのない期間なんですね。

伸びて得したなんて実感はないでしょうね。
ま、それを言えば、日々、ただ漫然と過ごしているんだったら、
1年も3週間もあまり関係ないでしょ。
ただデータとしては、あと12年ほど生きながらえる、という事です。


私は、しばしばこのブログで死の事を書きますが、
まあ自分の年も年なんで、どうしても迫り来るものへの見極めをしたい、
という気持ちがあって、頭の中で絶えずチェックしているテーマの一つなんですね。


で、かつて、父が存命中に、では、私はいくつまで生きながらえるのか、と考えました。
それもしばしばです。
そこで、父と比較し、3つの点でチェックしました。
まずは、健康的な肉体を持っているかどうかです。
父は頑強な体を持っていました。
私もこのDNAを受け継いでいると思います。
したがって第一のチェックは五分五分です。
次に、精神的な問題です。
ざっとですが、その象徴を、良い友達に恵まれているか、という観点でチェックしました。
これは質も量もです。
父は多くの友人に恵まれていました。
私もこの点では劣ることはないと自負しています。
で、ここでも五分五分です。
で、最後の3点目、は健康管理です。
これは比較にならないほど、私はいい加減で、父は優れていました。
ですからここで、10年マイナスとしたのです。


つまり、父とその子の寿命レースなんですが、
父の死亡年齢より、私は10歳若く死ぬ、という推計です。
で、父は、96才でなくなりましたので、
私は、86歳で死ぬ、という計算になったのです。


これは、父の生存中からそういう計算式を想定していましたので、
まあ、できれば父には長生きしてもらいたいな、と。
だって、10年マイナスとは言え、その分私も長生きできるからです。

で、今年発表された平均寿命と言う一覧表によれば、
私は75+12年と1か月と2日生きられそうで、
当初の計算の86才との誤差は1年ほど。
つまり、まあまあそのあたりが寿命だろうと、めどがつくわけですね。
あと12年です。

 

ところで、最初のテーマ、平均寿命と平均余命ですが、
そもそもが、平均寿命とは、その年生まれた0歳児が、あと何年生きられるか、という事ですね。
つまり、これは平均余命表の第一行目の数字のことなんです。
ですから、平均余命表というのは、
それこそ100歳を超えても、リストとしてその年の欄はありますが、
平均寿命となると、その余命票の1行目のことですから、
平均寿命表と言うものは本来存在していないんです。

ですから、できれば、平均寿命が何歳なった、などという事が気になるんでしたら、
自分の余命がどのくらいか、という事をチェックしたほうがいいですね。
0歳児の平均余命に一喜一憂することもないでしょ。

 

ちなみに私と同年代の男で、現在生きている人は、75%、
女では、88%。
少しづつ仲間が減ってゆきます。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
宝の星

なんと、地球の内部には、あのダイヤモンドが1000兆トンほど内蔵されている、
というニュースが流れました。

となると、1000兆トンのダイヤっていくらぐらいなの、となりませんか。

 

ダイヤモンドの価格ですが、通常宝石として取引されているものを参考にすると、
まあ、状態によりかなり価格はばらつくんですが、ざっと、1カラット60万円前後です。
1カラットと言うのは0.2g。
で、この地中に埋まっているとされるダイヤモンドが、
1カラット単位で換金できたとすると、
1gで、300万円、1圓韮械芦円、1トンで、3兆円。
これかける1000兆ですから、
もう常識の単位ではないでしょ。

念のため、数字にすれば、

3.000.000.000.000.000.000.000.000.000円です。


もっとも、このダイヤモンドが、よしんば採掘できるようになって、
市場に出回れば、ダイアモンドの価格は一挙に下落しますよね。
ごく普通の石になってしまう。
庭に敷き詰める石を、ダイヤモンドにする人も出てくるかもしれない。
そのうち、そういう人が増え始め、
酒を飲み飲み、ダイヤもいいけど、日が当たるとまぶしくっていけないね、
なんて愚痴が出てくるかもしれない。
いや、もっとも、原石のまま使うんで、そんなにはキラキラしていませんけどね。

 

中学の時、科学の先生が、授業で、人口ダイヤモンドの話をしてくれました。
いささか古い話なので、うろ覚えなんですが、
モアッサンという科学者が、人口ダイヤモンドを作ることに成功した、
という事になった、と。
ダイヤモンドは、組成は炭素のみですし、高圧力と高温下で、炭素が変形したものだから、
実験的に高圧高温状態を作りだせれば、理論的には可能なんだ、と先生は説明したのです。
私はこの話を聞きながら、えらく感動し、あの高嶺の花のダイヤモンドが、
人工で作れるようになったんだ、と思い込んでいたんです。
で、後日談があって、この話は、

連日実験が繰り返され、これに付き合っている助手がいささか嫌気がさして、
ある時、その実験装置に実際のダイヤモンドを混ぜたのだそうで、
これを見て、モアッサン博士は、やった〜〜!成功だ、と喜んだ、という話なんですね。
まあ、果てしなく先の見えない実験に付き合わされていた助手の気持ちもわからなくないな、と。
でもそのダイヤを買う金はどうしたのか、と思ったりもしたのです。

 

まあ、こういう話は金でしょ。
1000兆トンのダイヤとなれば、
一体いくらになるんだ、という事になるじゃないですか。

 

そう言えば、先日ハワイのキラウェア火山の噴火の際に、
火山弾の中に、かんらん石が混じっていた、というニュースがありました。
そのニュースでは、噴火した溶岩の一部が、噴出後、何らかの化学的な変化が加わって、
かんらん石になった、と書いてあったんですね。
まあ、ニュースの出所が明らかでないのですが、
少なくとも、噴出した溶岩の一部が、化学変化でかんらん石になるとは考えにくいんです。
この説で言うと、場合によっては、ダイヤモンドも飛んでくるかもしれないでしょ。
このかんらん石と言うのは、橄欖石と書かれます。
明るい緑色で、宝石としても珍重されていて、名前はペリドット、8月の誕生石です。
で、実は、このかんらん石は、地球の構造から言うと、
マントルと言う層があるのですが、これは基本的にかんらん石で構成されているんです。
地球の構造をタマゴに置き換えると、殻の部分は地殻ですね。
上に海が載っているか、露出しているかはともかく、地球の表面を覆っています。
で、その下は、マントルです。
ざっとしたイメージで、玉子の白身の部分です。
で中心に黄身があって、これが核ですね。
外核と内核に分かれますが、ほぼ、鉄でできていて、
内核は個体で、外核は液状になっています。
この玉子の白身部分がマントルですから、
地球をぱかっと割ると、相当部分がマントルが流れ出て来るのです。
1000兆トンなんてレベルではありません。
これがほとんどペリドットと言う宝石なんですね。
ですから、噴火して溶岩がペリドットになったわけでなく、
そもそも溶岩がマグマとして地表に登ってきた時に、
ペリドットを抱え込んでいた、というのが本来考えられることではないか、と思うんですね。

 

そう、私たちの地球は、実はダイヤが1000兆トン。
ペリドットが、もう、うんざりするくらい持っている星なんですね。

とても現実的でない話ですが、それはそれで夢みたいな話でしょ。

何しろ、宝石の上で生活しているんですから。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
熱中症と日射病

平成30年7月豪雨、これが今回の西日本豪雨災害の正式名称。
ちょっと着心地の悪い服を無理やり着せられた見たいで、
なんとなくフィット感がありませんね。

西日本豪雨災害、とかではいけないんでしょうか。


ま、それはともかく、被災地では、この猛暑ですから、
人手が足りないとか、ライフラインがいまだ普及してないとか、
交通渋滞が起きているとか、まあ、様々な問題が発生していますが、
きっと一番の問題は熱中症でしょう。


多くの人に症状が出て、病院に搬送されているそうです。

これは何も、被災地ばかりでなく、それこそ日本中どこでもでしょ。
まあ、それほどの猛暑という事ですよね。
何しろ、40度越えがでましたので、
こうなると、晴れの雨のと言う前に、

明日の最高気温の予想の数値が一番気になる、と言ったところでしょうか。

 

さて、そういえば、と記憶をたどってみたのですが、
私達が若いころ、と言って2,30年前ぐらいまで、
熱中症なんて症状は聞いたことななかったですね。
まして子供の頃の夏場の注意事項には、日射病と言うのが警戒されていて、
出かけるときは必ず帽子をかぶる、というのがセオリーの一つでした。
それも麦藁帽の一種なのか、薄い経木のリボン状のものを縫い合わせたもので、
いくら頑張っても、その夏が終わると、もう使いものにならなくなっていた、という代物でした。
これをかぶって出かけるわけですが、子供心にともかく怖いのは日射病で、
これにかかると、脳がやられて、あほになると言われていたんですね。
で、あの日射病と熱中症はどこがどう違うのか、
という事が、これほど熱中症のことが取り上げられていながら、よく知らなかったのですね。
そこで、いつもお世話になっている、ネット様に教えてもらったところ、
こういう事でした。


まず、そうだったのか、という事ですが、


熱中症と言うのは、日射病と熱射病の総称なんだそうです。


日射病とは、戸外で強い直射日光にさらされておこる症状です。
で、熱射病とは、暑いところに長時間いたためにおこる症状です。
よく、訳知り顔にテレビのワイドなどで、
熱中症は、何も昼だけでなく、夜室内でも発生します、などと、警告していますが、
それはその通りなんですが、室内は主に、熱射病のことで、
被災地で、ボランティアが作業中に熱中症で病院に搬送されました、

などとのことは、日射病の分類になるのだそうです。

 

もう一度整理します。
戸外で直射日光などにさらされて発生するのが日射病で、
室内でも熱い所に長時間いたために発生するのが、熱射病。
で、この両方を含めて熱中症という事のようです。
要するに、熱中症は、気温の高い環境下において

身体の適応の障害によっておこる様々な状態の総称なんですね。

 

で、この熱中症で、時に死に至ることがあるのですが、
この症状を起こしやすいのは、子供と高齢者。
まあ、共に十分な体力に欠けるので、熱中症に餌食になりやすいのですが、
先ずお年寄りの場合、妙に頑張る癖があるので、
もうひと踏ん張り、と無理をします。
実はその状況に耐えられるだけの体力はないのですが、
ここでも正常性バイアスが働いて、なあに、大丈夫だ、と楽観的に構えがちなんですが、
時すでに遅し。
大丈夫のメカニズムは壊れてしまって、突然不調を訴える。
めまいだの、吐き気、異常な発汗など、見た目にもわかるようになる。
やがて失神し、あわてて病院に担ぎ込む、というようです。
大事に至らなければそれでいいのですが、時に死につながることがある。
怖いでしょ。


子どもの場合は、もちろん体力が弱いこともありますが、
体が小さいので、大人から比べると、地面からの輻射熱をより多く受けるのだそうです。
なんとそんなハンディがあったのですね。
これは、ベビーカーなどでも同じことが言えるそうで、
地面に近い所に赤ん坊がいる、という事を念頭に置いておくべきです。

 

さて、かく言う私は、数年前、熱中症らしきものが発症しました。
昼日中、車に乗って、何軒か挨拶周りをしていた時のことです。
歩いていて、突然わけもなく不快感が襲ってきて、普通に歩けなくなったんです。
で、頭はぼーとしてくる。
取り敢えずクーラーの効いた車内に戻り、体を休めたのですが、
まあ、軽い熱中症だったようです。

 

いずれにしても、これからもっと暑い日がやってくるかもしれません。
要は、涼しい環境を維持することのようです。
こまめに水分補給と、電気代など気にしないでクーラーで室温管理。


まずは、年寄りには過酷な夏を、何とか乗り越えましょう。
何しろ、何かというと、高齢者が犠牲になってしまいますから。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
義援金の行くへ

今回の西日本豪雨に関しては、

気象庁命名により、平成30年7月豪雨、と言うのが正式な呼称のようです。

そこで、平成30年7月豪雨の被害を受けて、かれこれ10日。

被災地からは、悲しい知らせが相変わらず、届いてきます。

 

これに応じ、復旧もそれなりのピッチで進んでいるのですが、 

日本全体でも、義援金の募金がかなりの規模で始まっています。
言葉の解釈なので、どうでもいいのですが、
義援金は、ほぼ、個人に当てて集められたもので、
支援金となると、公共のものの修復などに使われるので、
大雑把には、義援金は私、支援金は公という性格があるようです。

 

かつての東日本大震災の時は、私達、料理飲食業組合連合会でも
かなり本腰を入れて、募金活動をしました。
ま、組合加入のすべての店舗が協力してくれるわけでもないのですが、
それでも、総数で、500店舗ほどが店頭に義援金募金箱を置いてくれて、
総額で、250万円ほどを集めることができました。
これは、決して私達の実績ではなく、お客様の協力のもとに行われたわけですから、
平塚市民の皆様のご厚情である、と思うのです。

で、熊本の時は総額で150万円ほどが集まり、
このまちの人の心の温かさを感じたものです。

 

東日本では、仙台市と、東松島市にそれぞれ現金を送り、
東松島市には、連合会として、仮設住宅で暮らす人たちに
炊き出しに出かけてゆきました。
なんだかんだと200食ぐらいの夕食を提供しました。

で、熊本では、南阿蘇村のさる養老施設で、
被災のためにそこで仕事をする人がやめてしまい、
まあ少ないスタッフで要介護者のケアをしてるのですが、
人手不足で、疲れもたまってきている。
そこで、電動のベッドがほしい、という要望があり、
これを金額の限り買ってもらおう、という事で送らせてもらいました。

 

義援金は、お客さまの善意で集められるんですが、
この集まったお金をどこにどのように渡すのか、という事になると、
なかなか判断しがたいものがあります。
被災地に誰か縁のある人がいて、その人のルートでどこかに渡されるという事もかつてはありましたが、
被災地に知り合いがいる、という可能性は、それほど高いわけではありません。
そこで、せっかく集まった善意のお金なんだから、と、
どうしても、渡し先を慎重に選んでしまうものなんです。

で、こういう時、必ず出てくるのが、義援金は、赤十字に託す、という案です。

 

ところが不思議なことに、大体、3人に1人ぐらいは、
赤十字経由でちゃんと被災地にわたるのか、という事をいぶかしく思っている人がいるものです。
こういう意見が出ると、なんとなく、不安が議論の場を支配してしまい、
よく分からないという理由で、
赤十字以外のルートを探してしまうものです。
実際私もこう言う場を何回か経験しました。
世間一般でも、集まった義援金で、赤十字のスタッフは、私的な使い方をしてるんじゃないか、
と言う疑心暗鬼があるようです。
ごく、一般的な会話の中でも、そういう事を言う人は必ずいるんですね。
なんとなく信用できない、とか。

ちなみに赤十字の名誉のために言っておきますが、

そういう心配は一切ない、と断言できます。

クリアーに運用される、と言うシステムになっているんですね。

少なくとも、平時の赤十字の運営諸経費は、全く別会計なんだそうです。


で、要は、義援金をどう使いたいのか、ということにつきるんですね。
例えば、赤十字経由にした場合、いわゆる、100%クリアーに使われることは保証できるようですが、
問題があって、それはどこの赤十字の支社であれ、
すべて、労働厚生省の配分委員会に振り込まれます。
この配分委員会はそこそこの経験者立場の人が構成していて、
赤十字の代表もその一人です。
で、ここで、どこにどのくらいどんな名目で配分するか、という事を検討するのですが、
事態は時々刻々と変化するので、ある程度納まってから最終決定をします。
つまり、実に、その実行は遅い対応になるのです。
これが最大の欠点です。


次に、ともかく全国から集まった義援金が一か所に集合するので、
個別に、真備町に人に使ってもらいたい、と言っても、
拠出した人と受け手の因果関係は極めてあいまいで、
時に、拠出した人の意図は無視されてしまいます。


まあでも、全体で考えれば、
復興には役だったのではないか、という事実は間違いない所なんですが。

 

そういう事で、復興先とか目的をピンポイントで、しかも即座に進めたい、と思うなら、
個別に相手方を探すしかないようです。

 

まいずれにしても、私たち飲食連合会でも、被災地の復興に寄与したいと、

これから募金活動を展開いたします。

どこかで募金箱を目にしたら、その時に釣銭の一部でいいのです。

ご協力をお願いします。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
平塚の洪水ハザードマップ

3年前の7月の私のブログに、平塚市における洪水の心配を書きました。
で、その心配は、解消に向かっているのかと言うと、
先日の西日本洪水の被害状況を見ていると、
やはり他人ごとではないな、と。

 

一番の心配は、金目川水系の付近です。
金目川の水源は秦野の山中で、ここを出発点としています。
この金目川の水系は、そもそもどんな構造なのか、整理してみます。


基本になるのは、金目川、下流の名称は花水川ですね。
この本流たる金目川は、秦野市内の中小の川や沢が流れ込み、
平塚市内に入っては、土屋の山中から流れ込む座禅川があります。
そして、秦野街道沿いに南に向かい、
上平塚あたりで鈴川と合流します。


鈴川は、大山の阿夫利神社よりちょっと北当たりの山中が水源です。
この鈴川は、伊勢原の丘陵地帯を水源としています。
さらに伊勢原の丘陵地帯を水源とした渋田川があります。
で、同じく伊勢原市内を水源とする歌川があり、
これが横内の西北あたりで渋田川と合流します。
で、この渋田川は、鈴川と御殿の西あたりで合流し、
その500メートル下流で金目川と合流します。
さらにその下流200ほどのところで高根川と合流した河内川が金目川に合流します。

 

なんだかよく分からないでしょ。
ざっとフローにしてみます。
歌川→→↓
渋田川→→↓
鈴川→→→→→↓
金目川→→→→→→→→→相模湾

座禅川→↑ 河内川→↑

という事です。
さ、ここで問題なんですが、この合流地点の状況です。
真備町の小田川と高梁川の合流地点で問題が発生したように、
大山や秦野盆地、伊勢原あたりに降った雨が、各河川を増水させ、
さらに、金目川沿いの広い水田地帯の雨が一挙に金目川に流れ込みます。
これらの合流点が、上平塚辺りなんです。


平塚市の洪水ハザードマップによれば、この地域は浸水3メートルとか、5メートル。
秦野街道を走ってみればわかると思いますが、
あの金目川沿いの土手は、ただ、盛り土してあるだけで、
越水(川の水位が土手の高さを超えること)した場合、
単に浸水地域が広がるだけでなく、
その外側部分がえぐられ、土手の崩壊につながりかねません。
少なくとも、素人目にも、そのような構造のような気がするんですね。
となると、あの、倉敷市の惨状が再現されない保証はないな、と。

 

さらに問題は、この合流点の東側に市民病院が建っているのです。
ここは、浸水5鍛楼茲任后
市民病院の傍らには誕生池がありますが、
これは1808年の台風の時に出水し、
その時出来た水たまりが、誕生池になったと記録されています。
つまり、水は低きに流れますから、
市民病院は、池ができるような低い所に建っている、と言う事です。
可能性として、2〜3メートルでの水没したら、市民病院は、
全く機能しなくなるはずです。

そうなったらどうするのか、というのは、以前から気になっていたのですが、
市民病院の入り口のすぐ左側に、何やら、守衛さんが詰めているところがあります。
きっと、コンピューター関係の器材があるところではないか、と思うんですが、
ここの入り口に、防水用の柵のレールが取り付けてあって、
きっと、水が出てきたら、板を差し込みつつ、
水の浸入を防ぐようになっているのだと思います。
もし出水したらですよ、どうも構造的に、ここ以外は浸水しそうですね。

何かのついでに病院に行った時に、注意して見てください。
ホント、あの程度の設備で大丈夫なんでしょうか。
私は大いに疑問です。

 

ま、それ以外でもあのあたりが水没したとなると、
それは結構大きなダメージになるんでしょうね。
まずは、出水した時、どこに逃げるのか、
事前にシミュレートしておくことが重要です。

長持に住んでいるわが娘に、先日こんこんと説明をしました。

何しろ、いかに生き残るかですから。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
この土地誰のもの

地球がこの宇宙空間に形成されたのが、46億年前、と言われています。
大雑把にいえば、誕生当初は、マグマオーシャンと言われ、
火山などから噴出する熱くドロドロしたマグマが地球を覆っていました。
で、近くの小型の星や隕石などの合体、吸収が一段落すると、
今度は、中から出てきた水蒸気が、表面に降り注ぎ、
毎日が大雨、という状態が続きます。
それこそ来る日も来る日も雨なんです。
天気予報なんか必要なかったんですね。
今日は雨、明日も雨、と言ってればいいんですから。
そして、雨は、また熱せられて水蒸気になり、空中に放出され、
雨になって降り注ぐ。


この繰り返しで、地球の表面温度が下がり始めます。
降った雨は、海になります。
そして、地殻の変動で地殻が表面に出てくるようになり、
大陸が登場します。
地球は海と陸に分かれます。
さらに、この陸地は、地球内部のマントルの動きに影響を受け、
ゆっくりではありますが、地球の表面を移動しはじめます。
大陸そのものもが離合集散を繰り返し、
時に巨大大陸、パンゲアなど、すべての陸地が一つになったりすることもあれば、
また離れたり、とするわけです。


現在の地球儀に表されている陸地の形を構成したのは、数万年前。
しかし、ここからもさらに、多少の隆起や、陥没などで、
海の面積が増えたり、陸地の面積が増えたり、
特に、前の氷河期が終わると、氷河によって変形した土地が多く露呈され、
現状の基礎になる地形が定まったのが、
ほぼ、1万年前ぐらいのようです。


日本列島も、それまでアジア大陸と陸続きだったのですが、
大陸の一部が陥没し、徐々に海水が侵入、今の日本海の基礎を作ります。
そして、このころ、日本列島には、南方から渡ってきた種族と、
北方から降りてきて大陸経由で入ってきた種族がいて、
これらの人たちが私達のご先祖になったのです。

まあ、どうでもいいような日本列島が出来上がった歴史ですが、
これは、長い時間の中での変化です。


つまり、これからも変化するという事ですね。
今まであったところが無くなったり、新しく地面が作られたり、と、
私達が理解している日本列島の地形は、これからも変わるんですね。

 

さて、そういう前提で考えると、
数万年前、この地にやってきて、
主に、農耕で食料を確保し、その地域を住みやすい場所として、
定住を始める。

そして、ここは私の住むべき土地だ、住む権利がある、と思うようになるんですね。


もともとはだれのものでもなかったんです。
大自然の中で、草木に覆われ、虫や鳥や獣が生きる場にしていました。
そこに人間が割って入ってきたという事ですね。
つまり、誰かが、ここは私の土地だ、と主張したわけでしょ。
そして多くの人がその所有を受け継ぎ、
今日に至ります。


時に権力と暴力で土地の所有が決められたり、
金銭で権利が移転したりと、
そのいきさつはともかく、誰かがなんらかの理由で土地を所有してきました。
今では、それこそ、チリ紙一枚分の面積ですら、誰かの所有になっています。

 

さて、時代とともに価値観は変わり、かつてありがたく伝承してきた土地も、
場所や面積や、その人の生活形態など、様々な要因で、
その権利そのものをどうでもいいや、と思う人が出てきたのです。

と言うことで、

所有者が誰なのか分からない土地が全国的に増え続けているそうです。


今までの制度が少しずつ現状に合わなくなってきました。
まあ、大雑把にいえば、その土地を所有していることの権利の確保と、
それによるさまざまな経費的な負担。
また手続きなど、面倒に感じ、勝手に放棄してしまっている、というのが現状です。
土地は、そもそもの所有者である親が死亡したら、何らかの手続きで子に相続されるのですが、
ここの時点であいまいな処理で済まされると、
今度は、その子の権利が、孫に移るわけです。
で、戸籍的にも、その後の流れが掌握できなくなると、
一体どこのだれが現在所有の権利があるか、
という原則が把握できなくなります。


東日本の大震災で、町そのものを高台に移転する話が出てきましたが、
土地の所有者の了解が必要にもかかわらず、このような背景で、誰が本来の所有者なのかが、
役所の書類だけでは把握できなくなってきている、という現実があり、
復興が遅々として進まなかった要因にこの問題っがあったそうです。

 

そこで、そもそも持っている権利は生きているので、
問題に対応して、政府が「相続登記」の義務化を検討しているそうです。
とは言え、その法的手続きそのものが、うまく言ってないのですから、
これは、正直、ある経年の中で、所有権の放棄、という判断をしていいのではないかと思うんですね。

正当な手続きが不明の場合、

公的なある宣言をし、それから数年を経たら、所有権を失うというものです。

つまり、いったん公的なものの所有とする、という事です。
まあ、大体、そんな土地の権利なんかどうでもいい、と考えるのは、
それなりの価値しかないからです。


東京の銀座のどまん中の土地の権利を、どうでもいい、と思う人はいないはずです。
そのどうでもいい土地であっても、権利がある以上、次の計画に移れないわけですから、
これはこれなりに、旧来の概念を捨てるしかないでしょうね。

何しろこんな状況で、所有者不明の土地が、全国で、
九州の面積に匹敵するくらいあるのだそうです。
やがて、北海道の面積に近付くとも言われています。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
土用丑の日

ニホンウナギは、絶滅危惧種毅造睚類されています。

この分類によると、どの程度危惧されているか、
という事がピンと来ないでしょ。


だって、世間では土用丑の日にはうなぎを食べよう、と、
大体の食品スーパーでは凄まじい量のポスターが貼られていて、
いったい、あのうなぎの絶滅危惧度は何なんだ、と思いませんか。

 

そこで、先ず絶滅危惧に関する基本的な知識。
これは実態調査で、分った範囲で、次のように危険度をランキングしています。

まず、最上級の「絶滅」。
これは、実際この地球上では一切見かけなくなってしまった種のことです。
まれに、はく製などの標本が現存しますが、
基本的に生きているものはいなくなってしまった、という種です。

オガサワラオオコウモリとか、ニホンオオカミとかがいます。
次が「野生絶滅」。
これは、動物園や研究機関では何とか生体が保存されているものの、
野生種としては絶滅してしまった種、という意味です。
キタシロサイの精子を保存して、他の種に交配させたりして、
取り敢えず「絶滅」を回避できた、というニュースが流れましたが、
要は「野生絶滅」である事には変わりありません。
次は「絶滅寸前」の種で、
野生で生体は認められるものの、
「現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用するならば、
その存続は困難なもの」とされている種で、
絶滅危惧毅舛叛簗粘轅毅造瞭鹵奮に分類されています。
さらにこの下のランクには、「危急」と言われる状況が分類されていて、
さらにもっと下には低リスク段階として、
「保全対策依存」「準絶滅危惧」「低危険種」
などがあります。

 

で、ニホンウナギは、この上から4番目にあたり、
概念としては、
現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用するならば、
その存続は困難なもの、という解釈のランクです。

つまり、このままじゃまずいぞ、と言われているんですが、
国としては、これといった対策は講じていません。
相変わらず、春になって、海から遡上していくるシラスウナギを
禁漁にしよう、なんて動きはありません。
まあ、多少の制限はあるものの、
基本的には獲り放題です。
とは言え、天然資源が枯渇しつつあるわけで、
(だからこそ絶滅危惧種毅造覆鵑任垢)
これは絶滅危惧の認定の条件である、
「現在の状態をもたらした圧迫要因」が続けば、絶滅の恐れあり、
としているにもかかわらず、
何一つ圧迫要因を制限しようとしていません。
唯一、圧迫要因の一つか、と思われるものが、
価格の高騰です。


何しろ、あのか細い、シラスウナギ一匹が600円なんですから。
これに餌をやり、多少の歩留まりも考えて、原価が算出され、
人件費やら、施設の償却やら、多少の企業の利益だとかを総合的に算出すれば、
常識的に、一匹600円を割ることはないでしょ。

うなぎは、シラスウナギを確保してから、一年半ほどかけ、
大きくさせ、一匹250グラムぐらいをめどに出荷します。
目方で考えれば、それなりの算は立つのでしょうが、
一匹と言うシビアーな視点で見れば、
元が600円ですから、鰻屋のお重に収まった時は、3000円の4000円のと、
くそ高い金額になるのです。
まあ、あまりの高嶺の花に、今年の丑は無理に食べなくてもいいや、
と言う人も多くなるわけで、
これはこれで、絶滅から救う一つの要因でもあると思うのですが、
じゃあ、河口でしらすの捕獲を止めるか、と言えば、
止めることはないはずです。
何とならば、それなりの変動はしつつも、そこそこ実入りのいい話で、

しかも禁じられていないからです。

 

完全養殖が成功したと言われて久しい年月が経ちましたが、
今でに市場には出てこない。
きっと一匹育てるのに、
白衣を来た研究者数名で数匹という実績じゃないか、と想像します。
少なくも完全養殖は無理。
そこで、考えられる対応方法は、
矢張り極端な禁漁でしょうね。
しらすの捕獲制限です。


それと、併せて、天然ウナギの禁漁です。
河口で難を逃れて、無事に川を遡上し、なんだかんだと生き延びて成長し、
月日が満ちると、マリワナ海溝に向かって産卵の旅に出ます。
この親うなぎの絶対数が激減したから、子が生まれてこないのでしょ。
ですから、海に向かわせる親を保護することが、絶滅から、鰻をすくうことなんです。

 

今更、食べるな、というのは酷な話でしょ。
でも、天然ウナギを捕獲しない、というキメは、それなりにできることではないですか。
よく、誇らしげに、ウナギ専門店が天然ウナギ、とか看板を立てていますが、
なんとなく、受け入れ難いですね。

絶滅危惧種のランクアップを手助けしているのか、と。


ま、今度の土用丑の日は、
鰻を食べるなとは言いませんが、
天然ものを忌避するぐらいの事はすべきでしょ。

何はともあれ、国が、この問題について、本気になって取り組んでもらいたいものです。

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
夏だ!そうめんだ!

七夕も終わり、暑い日差しが容赦なく降り注ぎます。
この熱さが、豪雨被害に地域の復旧の妨げにならなければ、と、懸念してしまいます。
何の手助けもできないことが、申し訳ない、という気持ちになりますが、
そんな気持ちも、何の役にも立たないんですね。
ま、いずれせめてお金ぐらいと、義援金の募金をしてゆこうと思っています。

 

さて、この暑いさなか、当然、冷たいものを飲み、冷たいものを食べたいと思います。
それを見越したように、毎年この時期になると、
素麺の詰め合わせをいただきます。
ありがたいことです。
そんなこともあって、最近素麺が頻繁に食卓に登場します。
ただ、素麺をつるつると飲みこむように食べると、
それなりの満腹感を得るので、
どうも、微妙に栄養バランスが崩れてくるのではないか、
と心配するんですね。
ですから、ちょっとしたものでいいので、
副菜的なものを添えるといいでしょ。

 

さて、夏の麺と言えば、そうめん、ひやむぎ、冷やしうどん、冷し中華、冷麺などあります。
まあ、ごく普通に、麺類は熱いと冷たいの両方で食べられているわけですね。

 

で、先ずごく初歩的な知識として、
ひやむぎと素麺の違い。
現在は、単純にメンセンと言って、麺の太さによる区分をしています。
機械で生地を練って、ローラーにかけ、麺切にかけて、
その麺切の刃の間隔によって、細くしたり太くしたりと、作るんです。
ちなみにJAS規格では、
そうめん:直径1.3mm未満
ひやむぎ:直径1.3mm以上、1.7mm未満
うどんは直径1.7mm以上と分けられています。
なんとなく機械的ですが、うどんより細いのがひやむぎで、
それより細いのが素麺という事です。

しかし、歴史的に見れば、そんな単純な分け方ではないのです。


そもそも、小麦粉の練り製品から始まります。
そのままぶっきらぼうに、ちぎって茹でたのが、すいとんの類です。
で、これがやがて手で延ばしたものが作られます。
これは一方で、ひたすら細く延ばされ、素麺になります。
したがって、素麺の本来は手延べ麺という事になります。
一方、生地を薄く延ばし、包丁で切ったものとして、キリムギが登場します。
これが冷麦のもととなるものです。
切麦の切る巾を狭くしたもので、これを暖かい汁で食べると、
温麺系のアツムギと言われるものです。
今ではアツムギなんて言いませんが、いわゆるうどんです。
このアツムギを冷たくしたものが、冷麦です。
ですから、冷麦として売っているものでも熱い汁で食べれば、アツムギという事になります。
もっとも、そういう基本的な情報は知らされていませんので、
あったかい冷麦、とか言いそうですね。

 

で、これらのうどん系の麺ですが、基本は、小麦粉と塩、水で製造します。
手延べで素麺を作るときは、これに油を混ぜることがあります。
多分延ばしやすくなるんでしょうね。

ま、気にしなければ単なる微妙な太さの差が、素麺か冷麦か、という事になります。

 

日本の食文化の基本はそのほとんどが中国大陸から伝播されたものです。
素麺も、奈良時代に中国から伝わった「索餅(さくべい)」が元とされているそうです。
索餅とは、小麦粉と米の粉を練り、それを縄のようにねじったもので、
その後鎌倉時代を過ぎたころに、中国から麺を手延べする方法が伝わり、
索餅の麺タイプとして、「索麺(そうめん)」が誕生します。
その後当てる字が変わり、「素麺(そうめん)」になったようです。
 
さて、その素麺の食べ方ですが、
ゆでて、水で洗って、水気を切ります。
よく、氷水などで浮かすことがありますが、
あれは邪道ですね。
麺の腰が弱くなり、水気を吸って、味わいが悪くなります。
ざるで水気を切ったら、
一口サイズに丸め、平ザルに小山を並べるように盛るのが正解です。

で、この時、つけ汁は、今時めんつゆがよくできているので、

これを好みの濃度に割ればいいのですが、
私は、生卵を蕎麦猪口に割りいれ、よくかき回し、これにめんつゆを入れ、
味を調えます。
ま、タマゴかけご飯用の玉子だと思ってください。
これを付け汁として、さらっと素麺を付けると、
まあ、こんなにうまいものはありません。
是非とも試してみてください。

| 水嶋かずあき | - | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
老いては子に従え!

生老病死。
なぜ生を受けたのか。
なぜ老いるのか。
なぜ病むのか。
なぜ死を迎えるのか。

これはお釈迦様が、人生の中で、どうしても解けない大きな疑問だったので、
それを解きほぐすために、
当事シャキ族と言う部族の王子で、結婚をし、子どももいたのですが、
その真理を求めて、居城を出た、と言われています。
いわば悟りを求めた、というわけです。

 

で、与えられた命の意義をどのように理解し、いかに生きるか、
という事が基本なんですが、
動物の宿命として、命の後半は、ポスト生殖期と言われ、
見様によっては、種の維持だけを観点に考えると、おまけの命になるわけです。
そのおまけの部分に、老があります。
これは少なくとも現代の科学で解明されているのは、
DNAが劣化するからです。


よく、リボンのように螺旋で長い紐をDNAの模式図として見たことがあると思いますが、
あの、DNAは、自分の寿命が尽きる前に、次代のものを作り出して、
そのDNAのリボンに、自分が持っている情報をコピーするのです。
この時に、裾の部分がほどけて、若干の情報を失うんですね。
ですからこれを繰り返してゆくと、
当初の精度が劣化してくる。
例えば、皮膚の部分一つとっても、赤ん坊のころに与えられていた情報は、
幾分か劣化するので、肌の張りとかみずみずしさは失われてゆくのです。
老化と言うのはそういうメカニズムになっているので、仕方ないことです。
DNAと言う命そのものを司っているおおもとの情報が、
劣化してゆくんですから。


で、ま、ともかく、どうして老いるのだろうか、お釈迦様は疑問に思ったのです。
この「老」は、ほぼ「病」に直結します。
体のさまざまな機能が劣化してゆくんですから、
体力も衰えますし、内臓の諸器官の機能も衰える。
ま、考えられないような、障害が突然現れるわけです。
私が5年前に発症した重症筋無力症も、
お釈迦様の時代だったら、死に直結していたと思うんです。

多くの人が、幼少期に命を失い、成人として生き残ったにせよ、
さまざまな環境の変化で、人は命を失ってきたはずです。
特に、医学的な知識も技術のなかった大昔では、何やらよく分からない症状で人が生気を失う。
ただ、周りは見守るだけで、手の施しようがない。
そして、愛する人を失って行くのです。
「老」は「病」に直結し、しばしば「病」は「死」に繋がってゆくのです。
言い換えれば、ポスト生殖期を迎えたお年寄りは、かなりの確率で死に接している、と考えるべきです。
これは縁起悪いとか、不吉だとか、精神論で超えられる問題ではありません。
現実なんです。

 

我がかみさんのお父様、私の義父という立場の人ですが、
このお父さんと、私たち夫婦は同じマンションにいて、
朝ごはんと夕ご飯を一緒に食べます。
食後しばらくうちの居間でテレビを見たり、本を読んだりと、リラックスしていますが、
それ以外は自分に部屋に戻ったり、ぶらぶらと出かけたりします。
主に、散歩とパチンコです。
年齢は94歳。
で、驚くことに、一切病気がないので、医者に掛かっていません。
当然ですが薬も飲んでいません。
私は、20歳も若いのに、机の引き出しは、ああだこうだと、
処方してもらった薬の山です。

 

確かに、90過ぎても、ぴんぴんしている人もいます。

しかし、大半は、その内側に劣化したDNAによる肉体を抱え込んでいるのですから、
見た目だけでなく、「老」は、その先の死に近い位置にあるわけです。
ですから、普段日常はともかく、
何かというと「老」は「死」に直結しがちです。

 

今回のような水害でも、やはり高齢者が犠牲になります。
現在判明している死者のうち、年齢が明らかになっている141人のうち、

60歳以上が100人で7割を超えたのです。
年代別では60代が25人、70代が37人、80代が29人、90代が9人。
要因別では、土砂崩れに遭ったとみられるのが71人、
川の氾濫(はんらん)に巻き込まれたり水路に転落したりしたのが59人、
状況不明などその他が11人。
つまり、特に高齢者が多く巻き込まれる要因は見当たらないでしょ。
土砂に埋まってしまうことに年齢は影響しないでしょ。
濁流にのまれてしまう確率に、高齢者が多いという要因もないでしょ。
でも、多くの場合、死は、高齢者を選択するんです。

 

今回の水害の状況をテレビニュースで見る限り、
正常化バイアスが年を取るほど顕著になるようです。
中年のせがれが、一人ぐらい父のもとに駆けつけ、
早く避難しと、と言いますが、年を取った父親は、
言う事を聞きません。
大丈夫だ、と。
死ぬぞ、と言うと、おれは死なん、と言い張ります。
結局は説得されて家を出ますが、
その時はもう胸まで水に浸かっているんです。

 

今まで無事に生きてきた、という、正常化バイアスを作用させてしまう、
年寄り独特の自負が正常な判断を狂わせるんですね。

体力の衰えもさることながら、
判断力の衰えもあるという事を、よく認識すべきです。
老いては子に従え、ですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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