水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
外来食材

その昔、この辺りでは栽培されていなかった農産品も、
今では普通に栽培されています。
この平塚で、リンゴが成っている、なんて知らなかったでしょ。
いまさらですが、キウィもブルーベリーも結構生産されているんです。
アスパラも平塚産がありますしね。


人類は、農耕と言う技術を手にした時から、
その種を持ち運び、それまでなかった作物を生産できるようになってきたのです。
そもそもで言えば、お米だって、日本列島に持ち込まれたものでしょ。
薩摩芋も、薩摩の国からなかなか禁制品として外に出してもらえませんでしたが、
荒地でも栽培できるので、飢饉から人々を救える、と言うことで、
青木昆陽がその栽培法の開発に当たり、

一気に日本中にその栽培方法が伝えられます。


初夏の頃に出回る竹の子ですが、いかにも、
竹と言えば、昔から日本中に生えているように思いがちですが、
孟宗竹のような大竹は、その昔はなかったんです。
これも、中国から沖縄に伝わり、江戸の中期になって、
薩摩の国に伝わり、いったんここに留め置かれますが、
様々な人がこの竹を欲しがったんですね。
その一つは小田原の商人が手に入れて、小田原に移植したそうです。
京都を含め、多くの竹林は、18世紀になって作られたものなんです。
日本の農産品は、多くが中国から渡来したものが多いのですが、
その中国にも、よその地域から入ってきたものがあります。


中国にとって、西北部の国境を接する隣国を「胡」と言ってました。
大雑把には、外国、と言う概念です。
この外国から渡来した食材は、胡と言う字をつけたんですね。
胡椒、胡桃、胡瓜、胡麻などの字を見ると、
中国にとっては外来品だったんだな、と分かります。
要は、思いのほかおいしいとか、簡単に栽培できるとか、
何らかのメリットがあると、あっという間に広まるわけです。


メロンの面白い物語があります。
原産地については諸説あって、中東あたり、という説があるのですが、
その前に、東アフリカで栽培されていた、という説もあって、
その根拠として、そこから北に伝わり、紀元前2000年には、エジプトに定着した、と言うんですね。
何より、エジプトのそのころ描かれた壁画にメロンが登場すると言うのが根拠です。
ところが最近の遺伝子研究で、メロンの故郷は、インドと言うことが確定したようです。


ま、それはともかく、これが東西に分かれて伝わります。
中東からトルコ、地中海地方に伝わり、やがてヨーロッパ全体に広まります。
ヨーロッパに伝わったメロンは改良を重ね、アメリカ大陸に渡ります。
一方、インドから東に伝わったメロンは、中国に入り、ここで、瓜として進化します。
その昔、黄色い色をしたまくわ瓜と言うのが夏には盛んに八百屋さんの店頭に並びましたが、
あのメロンのおおもとになった瓜です。
西に向かったメロンはアメリカ大陸に渡り、ネット系のメロンとして完成します。
東に向かったメロンは、まくわ瓜として日本に渡来します。
で、西回りのメロンと、東回りの瓜が日本でドッキングします。
アンデスメロン、プリンスメロン、マスクメロンなど、他種にわたるメロンが栽培されていますが、
西回りの種と東回りの種が、日本で出合った成果なんです。


いまでこそ、新たに登場した食材は、現地での呼称をカタカナにして呼びます。
しかし、一時前は、なぜか、先ず漢字に変えるということで、
まあ、当て字なんですが、それぞれに漢字の名前をあてがわれました。
逆に今となっては読めない、と言う字が多いのですが、

ちなみにいくつか漢字検定をしてみましょう。


]騨芹 芽花椰菜 2巓榛 だ佚畴 ヨ枝
ξο〆 Т転 彌猴桃 扁桃 鳳梨
以上10問です。

 

さてその回答です。
.僖札 ▲屮蹈奪灰蝓 カリフラワー ぅ▲好僖薀ス ゥ譽ぅ
Εクラ Д丱淵 ┘ウイ アーモンド パイナップル
いくつ正解だったでしょうか。


そう、正解ゼロが、標準です。
答えられる方がおかしいと思います。

 

ちなみに、数奇な運命をたどったメロンですが、
甜瓜、と書きます。
甘い瓜と言うことですね。
覚えたからといって、なんの役にも立たない知識です。
お役にたたず、すみませんでした。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
半公半私の概念

小学校のPTAをめぐり、加入していないのに不当に会費を徴収されたなどとして、
熊本市で、訴訟があり、PTAへの入退会が自由だとの説明も受けないまま、
入会した覚えもないのに約1年半にわたって会費を支払わされたと、
この間のPTAに会費の返還などを求めたのだそうです。


で、一審では、会費納入袋を使って会費を納めていたことなどから
「入会していたと認めるのが相当」として請求を棄却しました。
そこで、原告は上訴し、このたび、福岡高裁で和解した、と言うことです。
双方が合意した和解条項には、
PTAが入退会自由な任意団体であることを将来にわたって保護者に十分に周知することや、
保護者がそうと知らないまま入会させられたり退会を不当に妨げられたりしないよう
PTA側が努めることなどが盛り込まれた、と言うのです。


いや、たかだか、PTA会費を巡って、高裁まで訴訟をするなんて、
よほど何か、腹に据えかねることがあったんでしょうね。
だって、裁判費用を考えてみれば、
戻ってくる金額なんか、割が合うわけないでしょ。
ま、物事、そう考えちゃ身もふたもないのですが、
私は、この訴訟をあまり快く思いませんでした。


親は何かの信念があったのだとは思いますが、
親が争う姿を見ていた二人の子供はこの状況をどのようにとらえたのでしょうね。
また、学校と言うコミュニティで、子らの立場が、無風状態のわけがない、
と思えば、親の正義感だけで突っ走った感が否めないのです。

それより、周囲の人々に対する敬意や、感謝の念の希薄さを感じてしまいます。


あの太平洋戦争で、日本は、ありとあらゆる社会の構造が、崩壊してしまいました。

教育の環境もその一つです。
平塚では、大空襲のせいで、校舎も焼けてしまい、

しばらく青空教室で授業が行われた学校もありました。

これは、全国、どこも似たり寄ったりの状態でした。
そこで、この教育環境を少しでも整えようと、

主としてGHQ主導で始まったのが、PTAの組織化です。
アメリカではすでに、安定した学校教育の環境づくりの手段として、
PTAと言う組織が機能していたので、
これを日本に持ち込んだのです。
まあ、ネーミングから言って、日本産の組織とは思えませんけどね。
当初は、学校の教育施設が未整備で貧弱だったので、
これを少しは資金的に補おう、と言う意味が強かったようです。


50年近く前のことですが、私が通っていた浜岳中学で、当時、ブラスバンド部を創設しよう、
と言う機運が高まりましたが、楽器を調達する資金がない。
こういう時はPTAですね。
まさに親と教師たちが一致協力して、廃品回収を行い、
ついにその費用をねん出しました。
まあ、そんな存在がPTAなんです。
私も、かつて、PTAの役員を仰せつかり、2年ほど経験したことがあるんですが、
強制的で窮屈な組織、と言う感覚はありませんでしたね。
今はどうなんでしょうね。
確かに入退会は自由ですが、負っている使命はしっかりとあるのです。

正直、PTAなしで、現在の小中学校の運営が円滑にすすめられる、とは思いません。

憲法で、小中学校を義務教育と定めていますが、

これは、子どもを通学させることを親の「義務」としている義務教育なんです。

ですから、子どもの教育は、親の義務なんですね。

子どもの教育は、親が負っていることなんです。
それでなくても、学校行事の多さや、教職員一人一人にかかる負担が増えていて、
放課後のクラブ活動の指導すらままならない、と言う状況ですから、
親たちのボランティアな活動は、とても重要だと思うのです。


私の友人が前にこんなことを言ってました。
初夏の頃、そろそろ学校でも水泳の授業で始まるので、
プールの清掃をしなくてはいけない。
かといって、結構な労力がかかるので、先生と生徒たちだけではままならない。
で、PTAが協力することになり、屈強なお父さんたちが駆り出されたのだそうです。
当然ぐずぐず言う人もいたそうです。
我が友人は、PTAの役員会で、このぐずぐず言ってる連中に、
こう言ったそうです。
いろいろ事情はあると思いますが、よく考えてください。
このプールは、あなたのお子さんも使うんです。
自分の子供のためですから、協力願いたい。
そして、もっと大事なことは、
それが、たくさんの他の子供のためでもあるということを、
どうかよく理解してほしい、と。


私のため、と言うのは力が出ますが、
おうおうにして、人のため、と言うのはあまり力が出ません。
でも、学校教育と言うのは、知力や体力、さらには情緒や美意識、
そして、社会性を学ぶところなんですね。

半分は私のためですし、半分はみんなのため、と言うことから、

社会性を身につける第一歩を経験するところなんです。


この訴訟を起こした詳細な事情は知る由もありませんが、
社会性を学ぶところ、と言う前提に立てば、
入退会は自由と言う自由も自由とは言うものの、入会している人たちの権利と尊厳を考えたら、
訴訟までして争うことでもないだろと思います。
だって、より、社会的な行動をしている人たちに対峙したんですから。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
防犯カメラ

いや、今更、驚くのもなんですが、
最近のビデオカメラの性能の向上はすごいですね。
例の金正男氏暗殺事件の空港での映像の鮮明なこと。
あの広いロビーを、事細かく撮影していて、それでいて、
結構、細密の画像ですものね。


昨夜のテレビの夜のワイドで、
テレビ局が入手した画像をさらに鮮明にする技術で調整した結果、
どうも、頬や手の甲などに赤い斑点が認められ、
これはVXガスによるものではないか、と、その変色具合から
推測している専門家がいましたが、
そこまで写るんですね。


これは、カメラの性能、と言うか、IC系の技術向上のたまものでしょう。
私は、かれこれ、SCNのケーブルテレビで、
20年ほどテレビ番組の製作を関わってきました。
初期のころのカメラと言えば、かなりレベルの低いものでも、
20万円以上はしました。
しかも、確か専用のテープを装着していたと思います。
ですから、編集なども手間がかかり、
編集機にテープをセットすると、

年がら年中、送ったり巻き戻したりするので、やたら時間がかかったものです。
カメラのサイズも、スニーカーの紙箱クラスの大きさで、
三脚と併せて、よいしょ、と言う感じでかついだ位です。
いまじゃあ、それこそ家庭用のサイズのもので十分な性能があり、
時に、ジャンバーのポケットに入れられるくらいですから、
まあ、撮る方は楽なんですが、
インタビューなんかの時は、そんな小さなカメラで大丈夫ですか、などと言われることもあるんです。
ちょっと格好がつかないくらい小さくなってますね。


それでいて、消費する電力は少ないですから、単三クラスのサイズのバッテリーで、
かれこれ1時間は撮影できます。
記録容量も格段に向上して、あの小さなSDカードで、128ギガバイトと言う容量のものまであって、
普通に撮影したら、6〜8時間やそこら、映像を収められそうです。
容量が拡大するということは、画像がきめ細かくなって、
ある時、撮影ポジションが悪く、画面の上がやたら空いてしまい、ちょっと不恰好だったので、
トリミングしてもらったのですが、
この時、上部を3割ぐらいカットし、

およそ本来の画像の70%ぐらいまで修正したんですが、
画質が全然落ちないんです。
ホント性能のレベルの高さに驚きました。
実は、この撮影したカメラは、テレビショッピングで買った、2万円を切るものだったんです。


カメラ自体の性能もさることながら、
今回の金正男氏の事件で改めて驚いたのが、
カメラの設置数の多さです。
もう、この時代、アフリカの砂漠や、アマゾンのジャングルの中を除けば、
ありとあらゆるところに、防犯カメラが設置されているでしょ。
商店や会社の内外、さらには公的な広場や、道路上を監視するものまで、
ありとあらゆるところにあります。
こうなると、何をやっても実は証拠が残ってしまいます。
改めて、防犯カメラの意味が分かりました。
これだけあったら、犯罪を起こしても見つかってしまう、
だから、やめておこうか、と言う意味で、防犯なんですね。

我がマンションにも、ありとあらゆるところに、カメラが設置されていて、
いざ何かあったら、記録に残っていますし、
何より、こんなに監視されていては、悪いことはできません。


何年か前のマンションの総会の時のことです。
住民の1人が、このマンションには一体どのぐらい防犯カメラが設置されているのか、
と質問したのです。
で、管理会社の社員が、事細かに説明しました。
これを聞き終わって、その質問した人は、
と言うことは、屋上にはないのか、と。
確かに屋上には設置していませんでした。
そこで、管理会社の社員は、
玄関から始まって各階階段、エレベーター周りはすべてカバーしていますから
屋上に出るまでの間に、何らかの場所では、記録に残ります、と、回答したのです。
するとこの質問者、でも、何かあったらどうする、と。
かなり強引にしかも大きな声でくどくどその不安を言ったので、
結局、屋上にも監視カメラを新たに設置することになったのです。
ちなみに、うちのマンションの屋上は地上65辰旅發気任后
外から侵入する可能は、ゼロなんです。
いや、可能性はあるかも。
唯一、ヘリコプターに乗って屋上に下りるか、
スーパーマンが飛び降りるかと言う可能性は残っています。
と言うことで、
心配性の爺さんのおかげで、我がマンションは万全なんです。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ベジタマもなか、第2弾

1月26日にアップしたベジタマもなかの第二弾です。


ざっと概要を復習しますと、
農産品系キャラクターとして、ベジ太が誕生し、
水産品系キャラクターとして、ひらつかタマ三郎が誕生し、
それぞれ、着ぐるみとして、関連のイベントなどで活躍しています。
で、これらのキャラクターは、
そもそもが、平塚産食材の消費振興に役立てようと、言う目的で開発されました。
これには、東海大学の池村先生のゼミ生たちが、これにあたり、
若く創造的なパワーで、形を作りだし、ベジ太とひらつかタマ三郎を世に送り出したのです。


で、この第二弾として、ベジ太とひらつかタマ三郎をさらにデザイン化して、
最中の皮として焼いてみよう、と言う事になり、
それぞれの皮が焼きあがったのです。
さ、そこで、今迄通り、小豆の餡子を入れたんじゃ、面白くもなんともない。
そこで、なんでもあり、と言うことで、何かを入れてみよう、
と言うのが今回のプロジェクトの目的なんです。

 

想像をしてみてください。
あなたなら、あのもなかの皮に何を入れますか?
本当に何を入れても自由なんです。
と、いうことを想像すると、結構楽しいですし、あれこれ考えるでしょ。

 

で、何を入れたらいいと思いますか、と言う提案に、
いくつかのお店が反応しました。

 

ところで、なぜもなかなのか、何ですが、
このプロジェクトのテーマが地産地消なんです。
簡単に言えば、平塚を食べる、と言うことです。
そこで、先ずはもなかの皮が平塚産じゃなければ、意味がないでしょ。
ここが一つのポイントなんですね。
海岸の菫平の一角に、種清商店と言う、最中の皮を製造しているところがあります。
何でも、神奈川県内で最中の皮を製造しているところは、数軒。
もちろん平塚では、ここだけなんです。
先日実際に、最中の皮を焼いているところを見学してきました。
今回のテーマがテーマですから、
皮に使うもち米は平塚産。
で、このもち米をまず搗いて粉にします。
うすの中に入っているもち米を、杵がごっとんごっとんと搗いて、粉にするんですね。
そういう機械があるんです。
で、この粉を蒸してもちにします。
蒸した米を搗いてもちにするんじゃないんですね。
蒸しあがったもちは、のし棒で薄くします。
大体2〜3个阿蕕ぁ
これを20僂裡貝造阿蕕い涼産に切り分けて、さらに3センチ×1センチぐらいの大きさに切ります。
工場には、鉄製の、ぐるぐる回る焼器があって、電気でぐるぐる、ゆっくり回ります。
もちろん、ガスで熱くなってます。
ここに、金型が4つとか6個とかつけられていて、
これのふたが空いているところに、先ほどの小さく切った持ちを入れ、
ぐるっとまわします。
すると、すでに焼かれた金型が、口を開け、これを取り出します。
詳しいことは、SCNの2チャンネルで、4月1日から、市民クラブTVの枠で
この様子を放映しますので、ご覧ください。
あのちょとしたもちの一辺が、最中のお皮に変身するんですね。

 

ちなみに、この皮を持ち帰って、いろいろ入れて試食しましたが、
一番が、アイスクリームだったですね。
最中入りのアイスって売ってますが、
なんだかんだと、皮が湿気てます。
でも、この焼きたての皮で食べると、皮がパリッとしていて、
香ばしくて、アイスのねっとりした食感と、皮のサクサク感が実に見事にマッチするんですね。

 

ま、ともかく、あれこれやってみて、

今日、21日、午前中に、最中づくりに参画したお店が、試作をして、
試食をする会が持たれました。
試作で出されたのが、およそ10点ちょっと。
例によって私は3点提案。
一つは、伊達巻玉子、もう一つは、いもきんとん、さらに三点目は、
ポテトサラダ。
基本的には、主たる食材は平塚産です。
よその所は、いろいろありますが、アイスクリーム系では
NOBUさんがイチゴを入れたアイスクリーム。
これが結構いけました。
マコピーヌさんも出品しましたが、
最中のベジ太の顔を細いチョコで筋書きをして、それは代え愛らしく仕上げていました。
虎屋さんはコロッケ、竹万さんは豚の角煮をご飯に混ぜたもの、
鶯さんは、カオリ麺の焼きそば、杵若さんはみかんで作った餡。
そのほか、(実は食べきれなかったので)色々あって、
これらが、3月3日、4日、5日の三日間、市民プラザで試食出来ます。
まあ、発足したばかりのプロジェクトなので、
まだまだ製品としては未熟ですが、
見様によっては、ただ面白いだけのものとも言えます。
さらなる試行錯誤の中で、
いつか、平塚を表現する一つの分野に成長すれば大変望ましいことだ、と思います。
3月、3日、4日、5日、市民プラザに足を運んでください。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
儒教と漢字の国

私は、孔子に始まる儒教は、中国、朝鮮、日本において、
精神的な影響を多く与えてきたと思っています。
元は中国発の思想でしたが、国を統治する上でのリーダーシップ論や、
人々の人間関係に対する平穏な関係を築く上での具体的な方法論を提起していた、と思うのです。


したがって、中国の歴史的な観点では、この影響が大きく表れていて、
時代時代のなかで、儒教思想を指導する人々の手によって、
若干の主旨の違いはあっても、統治者達に大きな影響を与えていました。


お隣の朝鮮半島においても、強い影響を受け、これもまた時代のなかで
若干の盛衰はあったものの、人々の道徳的規範の中に根付いていました。
中国も朝鮮も、日本も、漢字と言う文字の文化的な共通点と、
儒教と言う精神的な基盤は、同根のものとしていた歴史があります。

 

儒教は、仁、義、礼、智、信の五常という徳性を身に付けることにより、
父子、君臣、夫婦、長幼、朋友などの関係を良好に維持することを教えていました。
ちなみに、
仁とは、 人を思い遣る事で、孔子は仁を最高の徳目としていた、と言うことです。
義とは、 利欲に囚われず、すべきことをすることで、そもそもは正しいと同義語です。
礼とは、 仁を具体的な行動として、表したもので、
    もともとは宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味していたのですが、
    のちに、人間の上下関係で守るべきことを意味するようになりました。
智とは、 学問に励み、体得した知を、生きざまに生かす事です。
信とは、 ウソ隠し立てをしないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること、などです。

いまさらですが、人間が人間らしく生きようとするうえでの、極めて基礎的な
「性(しょう)」を表しています。


儒教について、日本では、道徳的観点でとらえられ、
少なくとも宗教としてはとらえていません。
私は中国に行った時、居間に小さな祭壇らしきものがあって、

その中に孔子の肖像が掲げられているのを見たことがありますが、
ほぼ、仏陀やキリストと同様に信仰の対象としているのを知り、
なんか違和感を覚えたことがあります。

日本とは違うな、と。
多分、地方や家系によって異なるのだと思うのですが、
ある意味、孔子教なんですね。
日本では、なんだかんだと、仏様神様とは一段異なったところに位置していて、
人間学の大先生、と言った受け止め方だと思うのです。
つまり、それほど片意地張って構えていたわけではない、と言うことです。
もともと日本人の大半が、宗教に対して、片意地張って構えてはいないと思うのですが。
逆に、その分、深く浸透していて、いわゆるモラルと言うか、規範と言うか、
徳性豊かな考えで生きてきていると思うのです。
結果として、それが日本人の社会性に繋がっていると思うのです。

 

親切であるとか、優しいとか、穏やかであるとか、ルールを守るなど、
最近ネットでよく見かける中国人の日本人に対する評価で、
その国民性、民度の高さを評価する文が掲載されますが、
こう言うことの根底にあるのだと思うのです。


ですから、最近の中国の反日的な姿勢や、覇権的な国策、など見ていると、
どこが孔子の子孫なんだろうか、と思うのです。
また、朝鮮においては、儒教思想は色濃く受け継がれてきた、と言うことですが、
昨今の、反日的思考と、そこに取られる対日政策など、
どこが儒教の国なんだ、と思うんですね。


仁、義、礼、智、信のどれも、危うくなっていませんか。
領土問題は、領土拡張と言う、国家としての本能的行為の現われなんですが、
これらを執拗に取り上げています。
確かに、日本の国も、かつては問題行動が多すぎましたが、
もう70年と言う歳月が流れた過去のことです。
過去を穿り返しても、未来は開けません。
もっと未来を展望することが、重要ではないでしょうか。
過去にこだわる事に使われるエネルギーを
未来を拓く事に使われるエネルギーに転化しないと、
遅れをとるんじゃないかと思うんです。
なんとなく、両国とも、儒教の国であることの自覚が薄くなってきていると思うんです。
もったいない、と。

余計なお世話でしょうか。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
銃社会の悪循環

先日、あるテレビの番組で、アメリカ人の若いパパが、
もうすぐ小学生、というぐらいの年の娘を膝に抱きながら、
カメラのインタビューに答えていたんです。
そして、実にさりげなく、そろそろこの子にも銃の扱いを教えなきゃと思ってる、と。
そして、当たり前のように、自分の身は自分で守ることを教育するんだ、
と誇らしげに話をしていました。
もしこのインタビューが、ごく普通の情景で、
しかも、この若いパパが、教育熱心な父親、ととらえられていたとしたら、
アメリカって国は、不幸な国だと思うんです。


日本では考えられないでしょ。
7歳の子供に、銃の扱い方を教えるというんです。
状況の判断など未熟な人間に、時に、人の命を奪う銃を使えるようにするというんですから、
私達の常識では、理解不能でしょ。
アメリカには、現在2億4千万丁の銃が存在しています。
全国民の88%が銃を所有しているというのです。
アメリカのどこかの街角に立って、この中で銃を所有している人は手を挙げて、
と言ったら、ほぼ全員が手を挙げるはずです。

手を挙げない人は、10人に一人。


ですから、それに応じた銃の事件は頻発しています。
ちなみに、2014年、日本での発砲事件は6件でした。
二か月に1回あるかないかの出来事です。

きわめて非日常的な数字です。
アメリカでは、年間に3万3千6百回の発砲事件が発生しています。
ほぼ、毎日100回の発砲事件が発生しているのです。
つまり、銃による事件は日常的なんですね。

 

最近、CATVで、アメリカンドラマをよく見ます。
大体は、事件もので、時に超能力的な主人公が明快な頭脳で事件を解決したり、
時に、科学的な器材を使いこなして、犯人を追いつめてゆくなど、
若干の違いはありますが、だいたいは、謎解きもので、
最後は、真犯人を追いつめるか、射殺するか、
まあ、問題解決で、the endとなります。


物語のあらすじは、ある殺人事件から始まります。
で、なんだかんだと犯人を絞り込み、犯人のアジトに踏み込むことになります。

この時、目星をつけた家のドアーを蹴破り、
両手で銃をしっかり握り、体を低くしながら、慎重に左右を警戒し、踏み込みます。
数名が捜査に加わったとしたら、全員が銃を構えています。
このシーンは殆ど演じられるので、もう見飽きてるほどなんですが、
私は決まってこのシーンが演じられると、日本のドラマと比較してしまうんですね。

日本のドラマでも、同様に犯人探しのストーリーはありますが、
犯人逮捕の時に、銃を構えているのを見たことない。
二か月に1度の国と、毎日100件の国の違いですね。

 

そもそもの物語は、銃殺されている死体の発見から始まります。
日本での物語で、銃殺された死体から始まることはありませんでしょ。

だいたいは、鈍器で後頭部を殴られたか、首を絞められたか、ナイフで刺されたとか、
階段の上から突き落とされた、とか、要は、銃は登場しませんよね。
殺され方ひとつ比較しても、日本は良い国です。
ドラマのストーリーとして、という意味です。

 

まあ、ともかく、銃社会として、アメリカは世界の国々と比較して
群を抜いて銃を多く持っている国なんです。
しばしばこれは、アメリカ合衆国修正第2条と言う憲法によるものだ、と言われています。
これは、1791年、今から220年以上前に制定された法文なのです。
その内容は、
「規律ある民兵は自由な国家の安全保障にとって必要であるから、
国民が武器を保持する権利は侵してはならない」と。

いざと言う時に組織される兵隊組織で、この時、武器を所有していないと

侵略者に対抗できない。

したがって、このような条文ができたわけです。

独立戦争が1783年に終結し、まだ10年もたっていないのですから、
独立国としての安全保障の進め方が、まだまだ民兵組織に頼らざるを得なかったのでしょうね。


アメリカはそもそもが合衆国ですから、州単位の自立性が基本にあります。
ですから、連邦政府から各州がちょっかい出されるのを嫌うんですね。
そこで、一度制定した憲法に、追加条項として、修正が加えらたのが、修正第2条で、

これにより、銃の保持を認めたのですが、
あくまでも、規律ある民兵と規定していて、
どこにも、何人たりとも、なんて書いてないんです。
これは、自衛隊が駆けつけ警護をできるようにした、都合のいい勝手な解釈と同様、
誰もが銃を持ち易くするための、拡大解釈です。
当然、銃が多く販売できたらいい、と思う企業があるわけで、
この勢力に、市民のささやかな平和主義者の思いは打ち消されてしまうんですね。

 

銃が普通に存在するから銃犯罪が起きる。

銃犯罪が起きるから、それから身を守らなくてはいけない。

身を守るために銃を持つ。

みんなが銃を持つから銃犯罪が起きる。

と言うこのループを悪循環、と言います。

銃無し世界の平穏なことを、日本はアピールするべきでしょ。

 

 

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
プレミアムフライデー

経済が活性化するのは、いいことだ、とされています。
逆に、不活性化すると、いわゆる景気が悪い、と忌み嫌われます。

 

冬の寒い夜、中心街と言えど、ろくに人は歩いていなくて、
そんな時、どこかの居酒屋かなんかに入っても、客はまばら。
店主に、どうも景気が悪いね、と話しかければ、我が意を得たりと、
これじゃあ、首でも括るようだ、と。


景気が悪くて、売り上げが低迷すると、気が滅入ってしまいます。
反対に、景気が良くて、お客がたくさん来てくれると、気分が軽やかになります。
忙しくなった分、体もたくさん動かさなくてはいけないのですが、
そんなことは何てことありません。
売り上げが上がって、お金の心配がないことが何よりなんです。
景気がいい、っていうのは、誰もが望むことなんですね。
老若男女、古今東西です。


で、人間社会の進化は、ひたすら好景気を求めて動いてきました。
国際社会も、一国も、テーマは景気がいいことです。
少しはよその国が不景気だって、自分の国の景気が良ければそれで万々歳なんです。

内戦で、隣国が戦争状態になろうと、それによる軍需が発生して、景気がよくなれば、

正に万々歳なんでしょ。

人間性とか、正義とか、世界平和とか、皆口先のことになったでしょ。


身近な世間様の中でも、隣が多少不景気でも、自分のうちが景気良ければ、
まあまあ良しとするわけです。
逆に自分の所が不景気でも、隣が一緒に不景気だったとすると、ちょっとばかり安心するでしょ。
隣だって不景気なんだから、仕方ないか、と妙な比較をしてしまうんですね。
実は、人間って、相対観の中で生きているんです。
簡単に言えば周囲との比較ですね。


みんな景気が良ければ、いささか浮き足立っても、
自分もこの好景気のおこぼれに預かりたい、と。
例のバブル期の時がそうでした。
普通であることが、ちょっとばかり損しているような気がしたんですね。
だから自分も時流にのって、甘い汁を吸いたい、と、
慣れない株かなんかに金をつぎ込む。
不動産に手を出す。
で、バブルがはじけて、あらら、となったわけです。
何てことない、日本人はみんなとなり百姓なんですね。
隣が畝を耕したから、うちも耕す。
隣が種をまいたから、うちも種をまく。
隣が刈り取ったからうちも刈り取る。
隣の様子に合わせて農作業を進めてきたのが、隣百姓の由来です。
そんな民族ですから、となりに、つまり世間一般の動向に合わせると、安心するんです。
みんなが貧乏だったら、貧乏も気にならないんです。
戦争中がそうでしたでしょ。
お国が戦争に勝つために、欲しがりません勝つまでは、と、
様々な消費の欲求を押さえてきました。
でも、みんな我慢しているんだから、なんとか我慢できるんです。
要は、世間様の傾向がどうかで、消費は決まるんですね。
もちろんお金があって、欲しいものが手に入れたい、と思えば、
それはそれなりに品物を手に入れます。
これははたでとやかく言うことじゃないでしょ。
でもです。
個人の消費行動に口を出して、もっと消費しろとか、
もっと欲しがれ、と言うことは越権でしょ。
最近国の経済政策に中に、
ともかく国民に消費させよう、と言う傾向を感じるんです。
欲しくないものはほしくないでしょ。
消費の原点は、欲しい、と言う欲求を満たすことで、
国の経済のために、世の好景気のために、
欲しくもない物を買おうとはしないと思うのです。

 

39歳以下の世帯主の家計の消費意欲が昨年度は、
過去20年で最低だった、と経済財政諮問会議で報告されたそうです。
これに対して、政府は将来不安などが背景にあるとみて、
今後、子どもの教育費の負担を減らす策などを検討していく、と言うんですね。
どうも、国は、まだわかっていないようです。
金があるとか、ないとかによって消費の動向が決まるのは、
少なくとも、何年か前に終わりを告げたんですね。
要は、欲しいものがあるかどうかなんです。
教育費に金がかかるから、消費を控えた、と言うのは、その構造の一つかもしれませんが、
教育にお金を回すということも、消費の一面なわけで、
従来型の、物を買うという、消費の概念にとらわれている限り、
国の経済政策は、相変わらず物を作り物を売る、と言う流れから
脱却できないと思うのです。


本当に、国民が望んでいることは何か、と言うことを、
旧来の経済的視点でなく、新たな視点で、しっかりと見る必要があるのではないでしょうか。
国も産業界もプレミアムフライデーを、恰好にしようと、躍起になっているようですが、
消費の本質が変質してきている、と言う現状認識がない限り、
笛を聞いた国民が、踊り出すとは思えないのです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
おでんツンツンは不起訴

ちょっと変わった出来事だったので、ご記憶の方も多いと思います。
と言うか、つい最近のことですからね。
例のコンビニで商品のおでんを指でつついたとして、
ネットの動画でその様子が拡散され、
結果、威力業務妨害などの容疑で男が逮捕されました。
あわせて、この様子をビデをに映していた女も拘束されましたが、
名古屋地検半田支部は16日、不起訴処分にしたと発表したんですね。
で、なぜ不起訴なのか、と言う処分の理由について、
半田支部では明らかにしなかったそうです。


正直、奇異な出来事ではありましたが、
起訴するほどのことではない、と言うことなんでしょ。
ざっくばらんな言い方すれば、
そりゃ、しゃくし定規に法に照らせば、犯罪と言えば犯罪です。
でも、これと言った重大な損害があったわけでもなく、
本人も深く反省しているので、不起訴にしました、と言うことでしょ。
だったら、なぜ逮捕したのか、でしょ。
少なくとも犯罪の嫌疑があったから逮捕したのであって、
逮捕した以上、法に照らし合わせて審理すべきで、その結果、
まあ、釈放、と言ったことは安易すぎませんか。


一般的には、犯罪が発生すると、法に照らして、違反が認められれば、
身柄を拘束するわけでしょ。
要は嫌疑の段階です。
で、法的な手順を踏んで、立件が可能なら、起訴します。
そこから先は、検察と弁護人との戦いで、最終的に裁判官が判断をします。
で、有罪になったり、無罪になったりするのです。
ここで、実は問題がいくつかあります。
まず、嫌疑があるということで逮捕しますね。
そのうち起訴されるのは、およそ半分、55・2%の人です。
つまり警察に捕まっても、44・8%の人が、不起訴処分で解放されるのです。
この数字ってなんとなく危うくないですか。


一つは、勝てる相手としか戦わない、と言う姿勢です。
おおよそ、2件に1件しか、立件しないのです。
立件しなかった残りの44・8%は、勝てるのか、勝てないのか、微妙なんでしょうね。
だから、あいまいなグレーゾーンの犯罪は切り捨てる。

つまり、こいつはいける、と確信できるもの以外は、
裁判にかけない、と言うことです。
まちがいなく勝てる相手としか試合をしない、と言うことですね。
そりゃ勝率は良いに決まってます。
ですから、日本の第一審有罪率は、99・98%なんです。
つまり、起訴されたら、有罪となるんですね。
関係者によっては、99・98%の有罪率を誇っているかもしれませんが、
冷静に見れば、犯罪の母数として、不起訴を取り込んだうえでは、
有罪率は、55%まで落ちるんです。
うがった見方かもしれませんが、そういう業績第一主義があるのかもしれません。


危うい数字の二つ目の理由は、だったら、44・8%は、誤認逮捕なのか、でしょ。
いや軽微な犯罪だったから、とか、
本人の反省が著しいから、とか、
被害者から起訴が取り下げられたから、とか、
和解が成立したから、とか、
立証する証拠が不十分だったから、とか、いろいろあるんでしょうね。
不起訴の理由が。
と言うことはですよ、とりあえず逮捕なんでしょうか。
だって、半分は釈放されるんですから、
まずは逮捕しておいて、事情を勘案する、と。
で、半分は釈放なんですから、その人たちは、とりあえず逮捕しておいて、
精査する時間を確保する、と。
でも、結果、半分は釈放なんでしょ。
明らかに、このやり方はとりあえず逮捕でしょ。


私は、逮捕されたことがないので、逮捕された時の気持ちはわかりませんが、
強権を持って身柄を拘束され、手錠でも掛けられて、取調室に連れ込まれて、
ああだこうだと、まさに根掘り葉掘り聞かれ、
時に、気の荒い取調官だと、机かなんかバンと叩かれ、
その日の取り調べが終われば、監房に放り込まれ、
なんとなく不自由な時間を過ごすんでしょ。
我が友人で、選挙違反の嫌疑で、調べられた奴の話を聞きましたが、
なんとなく、人格を否定されているような取扱いだったというんですね。
もし、本当に無実だとしたら、たまらないことでしょ。
いやいや、もしかすると不起訴になった人の半分は、
儲けた、と感じているかもしれませんね。
法の解釈は、情実が入り込んでくるのが常ですから。


でもやはり。結果として不起訴は犯罪が認められない、と言う意味ですから、
これは、誤認逮捕に無限に近い。
おでんツンツンは、事実は事実でですが、不起訴と言うことは、
犯罪として成立しなかったわけで、よくないことは歴然としてますが、
だったら、はなっから説諭でよかったんじゃないか。
不起訴と言うのはいかにも、犯罪として成立していない、ということと同時に、
少しは怪しげだった、と言うことの烙印を押されませんかね。


よく言う、白黒つけるのが、この世界に負わされている使命だと思うのです。
グレーを、疑わしきは罰せず、とかいう言葉で逃げるのは、
半端過ぎませんかね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:13 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
美しき星

火星探査機 キュリオシティが地球に映像を送ってきて、
それを見た人たちが、やれこれは生物がいた証拠だ、とか、
火星に移住できるか、とか、

あまり、私達の生活に役に立ちそうもない議論をしているようです。
一体何の意味があるのか、と疑問なんですね。

 

平尾昌晃さんの、作詞作曲によるミヨちゃんと言う歌がありました。
私が高校生の頃に流行った歌です。
高校2年生の主人公は、同級生のミヨちゃんが好きになります。
色が白くてちっちゃく、美人でもないミヨちゃんなんですが、
つぶらな瞳に魅かれてしまうんですね。
で、ある時、どこかの誰かと寄り添って歩いている姿を目撃してしまいます。
ミヨちゃんは、今まで見たことのなうような笑顔をしていたんですね。
主人公の僕は、思わずがっくりと来ます。

はかなく初恋が終わったと感じるんです。
その時思わず恨みつらみを親にぶつけます。
「父さん母さん恨むじゃないが、
も少し勇気があったなら、も少し器量よく生まれたら」と。
人間って、も少しこうだったら、と、自分に与えられた条件を、
勝手に心の中で変更して、
もし、そうだったら、今よりまともな生活ができたかもしれない、
と思うものです。
身近なところで言えば、両親の経済能力です。
もう少し金持ちの家に生まれたら、と言う願望は、大半の人が思ったはずです。
それと容姿についての願望もありますね。
この主人公のように、も少し器量よく生まれたら、ってね。

 

私の双子の娘が、まあ当たり前なんですけど、よく似ているんです。
で、姉の夢が、ある時、私、愛(妹)ちゃんみたいな顔だったらいいのに、
と思った、と言うんですね。
私は、どっちもどっちだと思うのです。
そもそも、人によっては見分けがつかない、と言われているのですから。
つまりです、ことほど左様に、人は与えられたものに、あまり満足していない、と言うことです。
ですから、うまれた国や、生まれた町や、肌の色、体型や容姿、
言語や学校や、友達、時に宗教であったり、生活に影響がある慣習であったり、
何かと現状をわずかながら否定する条件を、しばしば夢見るわけです。
他を認識する、と言う意味では悪くないと思うのですが、
それ以前に、与えられた条件を受け入れる、と言うことが重要です。
時にそれは感謝に結びつくからです。

 

私は最近、何でもかんでも、与えられた条件を受け入れられるようになりました。
まあ、やっと人並みの感覚になった、と言うのかもしれません。

 

そして、特に、最近思うことは、地球と言う星に生まれてきたことの感謝です。
もちろん、他の星に私が生まれる確率なんて、ゼロなんだろうと思いますが、
ふと、どのような環境の星があるかどうかわかりませんが、
なんとなくですが、地球でよかったな、と思うのです。

 

わたしの部屋は紅谷町のマンションの5階の西向きの所。
一畳ちょっとのサイズの西向きの窓が、唯一、世間を眺められるところです。
この窓から眺める景色は、それは素晴らしいものです。
視野に飛び込む景色の大半は、ビルです。
大体、7〜8階の建物。
で、その隙間から、高麗山が見えます。
その後ろは空です。
この高麗山の後ろに、陽が沈みます。
火によって異なるのですが、オレンジ色の光りを放ちつつ沈んだり、
西空の雲をピンクに染めたり、それは千変万化。
日々異なるパノラマ的な景色を見せてくれるのです。
朝は朝で、白いビルの壁を一瞬ピンクに染めて、朝日が昇ってきます。
西空に雲がたなびいているときは、
その雲を同じようにピンクに染めます。
これは、本当に瞬間に近いくらい短い時間です。
でもそれだけに、美しい朝の風景なんですね。


夜明け前、ぽっかりと月が浮かんでいることがあります。
満月の時など、部屋の中に月光が差し込んでくるくらいです。
小さな、西の窓から見る景色は、まちがいなく地球の美しさそのものだ、と感じるんですね。
そして、朝に夕に、この美しいパノラマを見るたびに、
なんて美しい星に住んでいるのだろう、と思うんですね。

 

平塚に暮らすことに、日本人であることに、人間であることに、
そして、この地球に生まれてきたことに、限りなく誇りを持っています。
だから今更、火星探査なんかするな、と言いたいですね。
そんな余力があるんだったら、

もう少し、地球が美しさを保てるような努力をすべきだはないか、と。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
あなたもいずれ高齢者

昨日、運転免許更新のための高齢者講習に行ってきました。
福澤さんがオーナーの湘南モータースクール。
代官町の一角にある自動車学校です。
受講料が5600円で、講習にしては、ちょっと高い、と思っていたのですが、
福澤さんに、先日、高齢者講習って、おいしいシステムなんじゃない、と、
ゲスの勘繰りで、受講者としての割高感を言ってみたら、
そんなことないんだよ、と。
だいいちよう(彼の口癖です)、先生一人で3人しか担当できないんだよ。
つまり、やたら人件費比率が高いから、それほどおいしいってわけじゃない、
と言う答えだったんですね。
行ってみて、なるほど、ありゃゲスの勘繰りだった、と。
定刻1分前に、講習室に入ると、すでに私以外は着席していました。
当然ですが、70歳以上の人ばかりです。
とはいえ、元気なお年寄り、と言う感じでしょうか。
さすがに自動車を運転している現役ですから、よぼよぼの人はいない。
席は、横3列縦3席、計9人が受講。
教壇には、3名の先生の名札が立っていました。
つまり、先生一人当たり3人の生徒、と言うことなんですね。
福澤さんの言う通りです。
ほぼマンツーマンに近いでしょ。
先生一人で生徒3人ですから。
で、早速ビデオを見ながらの安全教育。
そのあとは、視力の検査。
と言っても、単純なものでなく、暗闇を想定しての視力とか、
動体視力とか、いろいろ調べるんですね。
視野についても調べました。
年を取るとどうしても視野狭窄と言って、左右の見える部分が狭くなってくるのです。
それぞれの結果が、評価されるんですが、私はどれも、同年代では標準的。
なぜか、視野に限っては、190度近くて、普通、160度前後なんだそうですが、
視野に限っては広いようです。
で、そのあと、反射神経と集中力のテスト。
画面に出てくる様々なマークに、ブレーキまたはアクセルを反応させるのです。
これもまあまあ、同年代としては、平均的。
しかしよく考えるとなんですが、同年代では平均的、などと安心してはいけないのでしょうね。
だって、その評価票の下に、40代、50代の平均値があって、
それと比較すると、劣る、と言う評価なんです。
70代ではまあまあです、なんて言われても、全体的に見れば明らかに劣っている。
ここが大事でしょ。

だって、運転と言う資格は、年齢が高いから下駄を履かせる、と言うものではないでしょ。
絶対的な基準で行われるべきものですから、年の割には結構ですね、と言うもんじゃない。
いや、自分の首を絞めるようなことを言いますが、
実際、世間で、高齢者の交通事故が発生すると、
殆ど、年齢が付記されていますよね。
交差点で追突、死亡1、重傷2、と下の見出しとともに、運転手の年齢が78才とか、出るでしょ。
つまり、これは明らかに社会現象なんです。
高齢化社会のひずみと言ってもいいでしょうね。
そのひずみの真っただ中で、高齢者講習を受けたわけですから、
年の割にまあまあ、と言う評価については、いささか疑問を感じたわけです。

 

だって、本来、望ましい視力や反応の仕方などの基準があって、
それに対してどうなのか、と言うことが、評価になるべきです。
昨日受けた9人とも、きっと、年の割にはまあまあだった、と安堵してると思うのです。
いや、望ましい能力より、かなり落ちている、と言う反省はあまりしていなかったと思うんです。
年寄りにはつらいことですが、あなたは相当能力が落ちています。
十分気を付けて運転してください、と言うべきですよね。

 

さて、高齢者運転者に関しては、ますます厳しくなります。
特に、75才を過ぎると、まず、認知機能検査を受けることになります。
凄いでしょ。
国の公のシステムとして、どこまでボケているか、と言ったたぐいのことを調べて、
まあ、ある基準をクリアーできれば、普通の免許をもらえるんですが、
ちょっとでも引っかかると、普通2時間の講習のところ、3時間の高齢者講習を受講します。
もちろん、講習を受講すれば免許証を更新できます。
でも、認知機能検査の結果、もう少し問題がある人は、
臨時適性検査または医師の診断を受けます。
臨時適性検査または医師の診断を受けない場合は、
免許停止の行政処分の対象となります。
そして、認知症だと認められた場合は、免許の取り消しを含む行政処分となります。
認知症ではなかった場合は、3時間の高齢者講習を受講すれば免許証を更新することができます。
と言う具合に、徹底して、認知症対策が法制化されました。

 

更新までの間に、一定の違反をすると、認知症の疑いがかけられるんですね。
そうすると、講習の段階が一段階厳しくなります。
一定の違反とは、信号無視、通行禁止違反、通行区分違反、進路変更禁止違反
横断等禁止違反、指定場所一時不停止等、指定通行区分違反、優先道路通行車妨害等
横断歩道等における横断歩行者等妨害等、
だいたい、かつてうっかりと言いながら犯した違反がずらりと列挙されています。
要は、軽微なものであれ、交通違反をするということ自体、
認知症の疑いがある、と言うことですね。
いや、厳しいと言えば厳しいですが、
時に人の命に係わるんですから、高齢者としては、受け止めざるを得ません。

 

ちなみに、あなたも、いずれ高齢者になりますので、
今のうちに、よく理解しておいた方がいいですよ。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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