水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
フォッサマグナ

フォッサマグナという言葉を覚えていますか?
少なくとも、中学の地理では習っているはずです。
これは日本語で言えば、大地溝帯とか中央地溝帯とか言うのですが、むしろフォッサマグナの方が、
特異な響きがあって、覚えやすいですね。
私もただ、テストに出るといけないんで覚えておこう、と言った程度だったんですが、
これがまた、調べてみると色々と興味深いものがあるんです。

 

まず、日本列島の地図を思い浮かべてください。
東日本と西日本の地形上の流れが、
中央で突然折れ曲がっているでしょ。
内側の部分は新潟当たり。
外側の部分は関東南部。
で、これはなぜか、と考えた人がいたんですね。
その人の名は、ハインリッヒ・エドムント・ナウマン。
1885年にフォッサマグナ発見と言うのですから、明治17年、今から133年前のことです。
まあ、地学的な解説はともかく、このフォッサマグナの発見で、
日本列島がどのように出来上がったのかが、解明されるようになりました。

 

きっと、おぼろげながらフォッサマグナという言葉を記憶している人の大半は、
日本の中央を南北に走る大地溝帯、と言う程度でしょうね。
で、もう少し詳しく覚えている人は、静岡と糸魚川を結ぶラインである、と言うんです。
そう、正確には、糸魚川静岡構造線と言います。
さて、そもそもこのフォッサマグナは、大地溝帯でしょ。
つまり、線ではなく帯なんです。
したがって、糸魚川静岡構造線と言うのは、フォッサマグナの西側のラインなんです。
つまり帯の端っこですね。
で、じゃあ東側の帯の端っこはどこか、となるのですが、
ナウマン先生は、その東側は、新潟県直江津と神奈川県平塚を結ぶラインと言ったんです。
えっ?でしょ。
平塚と言う場所はフォッサマグナの東側のラインなんじゃないか、と、ご本家ナウマン先生の研究の成果です。
その後、あれこれ研究した人たちが次々と意見を言い出し、
まず、新潟県柏崎と千葉県銚子を結ぶラインが提唱されます。
そして、1970年には、南側の位置が少しづれて、柏崎と千葉県千葉市を結ぶ「信越房豆帯」説を発表。
1988年には、北部が修正され、新潟県上越と銚子を結ぶラインという説が提唱されます。
さらに、北部を大きく修正した新潟県新発田案が出てきます。
要は、諸説紛々、定まらず、それなりの根拠はあるのだと思いますが、
元祖フォッサマグナ説には、はっきりと平塚が登場しているんです。
まあ、喜んでいいのか、それほどのことでもないのか。

 

そもそも日本列島はどのように出来上がったのか、という事なんですが、
しばしばこのブログでも、プレート運動について触れてきたとおり、
日本列島の西側は、ユーラシアプレートという大きな塊の東の端の乗っています。
で、東の部分は、北米プレートと言う塊の上に乗っています。
で、4億年とか5億年の昔、両方のプレートが接近し、押し合いへし合いが始まります。
つまり、もともとに日本の国は、東と西に分かれていたものが、ドンとつながった、という事なんですね。
いわゆるフォッサマグナは、そのぶつかったところの中間部分になるわけです。
岩石が堆積したり、隆起したりで、この地溝帯は陸地として形作られてゆきますが、
まあ、言ってみれば、アキレス腱的な弱さを内在していたんでしょうね。
この弱さに付け込んできたのが、フィリピン海プレートです。
南側から押し上げてきて、日本列島の一部になってしまいます。


そもそもで言えば、伊豆半島は、列島からはなれた島の一つだったんですね。
それが、徐々に近づいて、ついに立派な日本列島に一部になったんです。

 

こうしてみると、私達の暮らしている日本列島は、
今でこそ、地図で表されている形になっていますが、
数千万年単位では大きく変化しているんです。
で、我が平塚は、そのプレートの押し合いへし合いの最先端に近くに乗っているわけですから、
まあ、まさに盤石の土地である、とは言えないんですね。


平塚は、北米プレートの先端。
相模湾に浮かぶ大島はフィリピン海プレートの先端。
フィリピン海プレートは年間で、南に向かって8センチ移動していると言われていますが、
100年で、8メートル、1000年で80叩■泳年で8キロ辰任垢ら、
6万年後には大島まで歩いて渡れる、という事になりそうです。

まあ、あまりに先の話ですが。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 10:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
判子の役割

私の父は、現在大門通りに店舗を構えている東曜印房の次男坊として生まれてきました。
父の父、私の祖父は、42才で脳梗塞を患い、若くして逝去します。
父はまだ高校生でした。
家業の大黒柱を失い、水嶋家は風雲急を告げます。
父は、高校を中退し、当時、印章店を手伝っていた叔父とともに、
東京の新宿にハンコやを出店し、印章業を継ぎます。
本店は、長兄がそのまま継承します。
その後、日本は、太平洋戦争に突入し、
父は、兵隊にとられ、新宿の店は自動的に閉店。
終戦で、復員し、しばらく長兄の営んでいる印章業を手伝います。

 

とまあ、我が家の原点はハンコやなわけです。

私は、印章業で、ある時期養われていたにもかかわらず、
長じて、ハンコに疑問を持ちます。


かなりの書類に、ハンコが要求されています。
いくつかの団体に所属していますが、
そのうちのひとつなど、役員の全員の三文判を持っていて、
事務局員が、必要に応じてその判子を押し、書類を作成します。
もちろん、書類に判子を押す、という事は本人に了解を取りますので、
第三者が勝手に押すめくら判のようなことはしませんが、
仮にそうであっても、じゃあ、何の意味があるんだ、と疑問でした。

 

まあ、古くからの日本の文化として、判子を押すという事は、本人の了承の印(しるし)だったわけです。
おそらく他の国では、サインなんでしょうね。
しかし、これまた、よく似た書き方をすれば、第三者が手がけることも可能でしょ。
要は、了承のしるしは、サインであれ、判子であれ、100%の正確性は無理がある、という事です。

 

手持ちの色々な印があって、どれを何に使っているのか、分からなくなることがあります。
特に、銀行の通帳の判子は、うっかり間違って似たものを持って行ったら、
窓口で照合され、これは違うと、突っ返されることがあります。
私は、その昔、おじの店で印章を彫っている職人さんに聞いたことがありました。
もし、実印の類の重要な印鑑で、失くしたとする。
そしたらそれと同じように彫ってもらえるか、と。
すると、その人、ま、かなりのベテランだったのですが、
もとになる判子の鮮明に押したものがあれば、それは可能だ、と。
なんか、いささか法に触れそうなことですが、
彼は腕前を自慢するためもあってか、そう言ったのです。

という事はですよ、判子の裏づけとなるものは何なんだ、と。


特に、文具店などの店頭にある、機械彫りした三文判が、
あの回転するケースに、かなりのものが並んでいるのを見ると、
何のために判子が必要なのか、と思うんですね。
 

その昔、武将たちが手紙をやり取りする時に、
間違いなくこの文を書き、署名したのは私です、と言う印に、
花押と言うものがありました。
ちょっと崩した書き方で、筆順など、他人にはまねしがたいもので、
署名のすぐ横に、判子のように書き添えます。
読む方も、その花押を判別できて、
例えば、これは間違いなく、秀吉公からの手紙である、と判断するんです。
ま、これもまねはできるはずです。
もっともまねされないように、花押を書く方も、繰り返し練習し、
時に、筆順を反対にするなどの工夫をしたようです。
私はこの花押の存在を知って、二十歳のころ、自分なりの花押を作り、練習したことがありました。
これはいまだに、サイン代わりに、使っています。
花押歴、50年という事です。

 

ま、それはともかく、日本の長い伝統と歴史のもとに、
書類には、判子が押してある、と言うのが習慣化されてきました。
確かに、判子が押してあると、妙に絵柄として、書類が締まって見えるんですね。
自分の名前で発行する領収書は、そのベースそのものから、カラ―で作画し、

文字を入れ、判子の赤い部分は、お絵かきのプログラムで作り、
プリントアウトして使っています。
間違いなく、意味のない判子なんですが、それでもその赤い色がいかにも
領収書ぽくて、見ていると妙に落ち着くんですね。
いや単なる習慣の延長だとは思うんですが、
判子の赤はそういう効果を持っていると思います。

 

さて、時代は進むんですが、いよいよ公文書などでも、

判子不用のシステムに切り替えありつつあるようです。
これは、ぺーパーレスとともに、今後、ますます加速してゆくのではないかと思うんですね。
つまり、判子の意味は何なんだ、となると、どうしてもそこに行き着くわけです。

 

茨城県では、これまで紙文書で占められていた県庁の決裁事務について、
電子決裁率がほぼ100%に達した、と発表したのです。
ほぼ100%です。
要は、もう判子はいらないという事でしょ。
茨城県庁では年間26万〜27万件の決裁事務があるのだそうで、
これにいちいち判子を押すというのも、実にばかばかしい作業でしょ。
なんか胡散臭い書類が作られたらどうする、と言う心配があるようですが、
そこは、今時のコンピュータのシステムで、
一度作成した文書は改竄不能、と言う処置ができるようです。
例の、文科省の改竄など、もうできなくなるわけです。
これはこれで、大きな進歩でしょ。


とくにお役人は判子が大好きですから、
その辺りが公務員の意識改革に繋がれば、
それはそれで結構なことですよね。

 

まあ、本家の商売は、それなりに何とかなる、ということで、
時代の流れを受け止めるしかないですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
弦斎そば

私は、SCN(湘南ケーグルネットワーク)の番組を作るボランティアの集団、

SCNクラブに所属しています。
主には、市民クラブTVと言う番組枠の30分の作品を制作しています。
このクラブは、およそ10人前後の会員が、その時々に、こんなテーマで作品を作ってみたい、
と提案をし、おおむね、何とかなりそうだ、と判断すると、どうぞ、ということになるんです。


まあ、原則的に、手を挙げれば何とか製作の権利を得られる、という事なんですね。
基本はチームを作って製作しますが、一人で企画し、撮影し、編集して納品、と言う猛者も数名います。
ま、それぞれ個性的な作り方なんですが、
私の場合、企画、撮影はともかく、編集ができない。
あの複雑な仕事を、きっとこなせないと思うので、ここは局のスタッフにおんぶにだっこ。
そのかわり、シナリオだけはなるべく綿密に構成します。

で、年に数本手掛けるのですが、いまだに、どこか物足りない作品になってしまうんですね。
もうこうなると、基本的な能力の問題なんでしょうね。
じじいに、せめて百メートル13秒ぐらいで走ってみろ、と言われているようなもので、
できないものはできない。

 

不思議なもので、でもなんか思いつくと作品にしてみたくなるんですね。
と言うわけで、わがままなボランティアなんですが、
またまた、その虫が動き始めています。

と、その前に、クラブ員唯一の女子大生が、結構意欲的で、
こんな作品を作ってみたいと手を上げたわけです。
例によって、どうぞどうぞ、とオヤジ連中が了承。
さてとは言え、まだまだ、経験不足。
どうぞと言ったものの、不安もあって、結局私が後見人のごとく、サポートすることになりました。

 

で、テーマが蕎麦。
そこで、その女子大生がいろいろネタ仕込をして、シナリオ作成。
まあまあのストーリーが出来上がったんですが、一応検討をし、

なんだかんだと、蕎麦は蕎麦でも
その出所を村井弦斎さんの食道楽を中心に、構成をすることになったんです。
で、取材をしながら、改めてそうだったのか、と言ったところを紹介します。

 

まず、村井弦斎さんの食道楽の中で、冬の巻の128頁に新そば、と言う表題で、
蕎麦に関する記述が出てきます。

 

今からかれこれ20年近く前のことです。
当時、村井弦斉の会が結成され、食道楽の記述をベースに、再現料理に挑戦をしていたのです。
南京豆の煮豆から始まって、弦斉カレーなど手を広げていた時に、
この新そばという記述に目が行き、
弦斎そばの再現をしようという事になりました。
その担当として、そば処名古屋のオーナー大竹さんに白羽の矢が当たり、
協力を依頼したところ、二つ返事で引く受けてくれたのです。
で、そばに関しては皆素人ですから、この仕事は大竹さん一人が背負うことになったのです。
大竹さん、それなりに本を読み返しては、食道楽の記述に沿ったそばの試作を繰り返したのだそうです。
で、試行錯誤の末にこんなところにたどり着きました。


先ず、そば粉です。
これは北海道のある地方のしかもある人が栽培しているそばの独占的な契約をし、
蕎麦の実を確保しています。
この蕎麦の実は、通常は茶色いのですが、成熟する前の緑色の実を使用しています。
これはその方が香り高いのだそうです。
青い実と言うのは、えんどう豆で言うと、グリンピースみたいなもので、
若いうちに収穫をします。
これは農家にとってみれば、収穫量が100%になる前に刈り取るわけですから、
通常の収穫量から見れば、いいとこ、6割7割にしかならないそうです。
つまり、普通より高い原料を買っているという事です。
で、この実を製粉会社に特に依頼し、石臼で、挽いてもらっているのだそうですが、
これまた、回転速度が速いと熱を持ってしまって、風味を損なう。
ですから、ゆっくりゆっくり引いてもらうのだそうです。
当然作業性は落ちますから、これまた普通の製粉の代金より、割高になってしまうのだそうです。
つまり材料費的には發なることは仕方ないんですね。
なぜなら、食道楽には、そのあたりが微にいり細にいり記述されているんですから。
再現となったら、ここは前提になります。


そして、食道楽には、そばつゆについても細かいレシピがついています。
それによると、どう考えても塩辛すぎる汁になる、と言うんですね。
そこで、大竹さんあれこれ悩んで多くの醤油を試しまくったそうです。
結論を言えば、いい醤油はこのからさをあまり感じないんだそうです。
そう、いい醤油ですから、これまたいささか高い。
そうなると、汁のもととなる旨味は鰹節ですから、
これは、焼津の製造元に直談判をして、最高級品の鰹節を手に入れ、
めんつゆを作っているのだそうです。
蕎麦の実からその挽き方、さらにはその汁まで、
江戸から明治に引き継いできた日本の食文化の神髄を忠実に再現したのです。

 

で、この名古屋さんでは、毎日、手打ちでそばを仕込んでいるのですが、
この弦斎そばに限っては一日20食限定です。
もっと作ればいいでしょ、と私が言ったら、
いや、材料の関係で、これ以上つくれない、という返事。
その日によっては、昼のうちに売り切れてしまい、
のんびり出かけてゆくと、品切れ、という事があります。
先日も、番組を制作する取材も兼ねて、おそばを食べてみることになったのですが、
あいにく、弦斎そばの最後の一つが、ギリギリで間に合ったくらいです。

 

なんだかんだとこの作品、名古屋さんの提灯持ちみたいな内容になってしまいましたが、
まあ、あれだけ、作ることに妥協をせず、おいしさを追及しているんですから、
その努力に少しはエールを送れれば、と思っています。

 

10月1日から月末まで毎日、午前は8時半から、夕方は5時半から、繰り返しSCNで放映されますので、
市民TVを是非ともご覧ください。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
カツカレー

133-129=4と言う引き算に自民党がこだわっているようです。
安倍陣営で、最後の活入れと勝つことを意識したのか、最後のシメの集会で
カツカレーが出されたのだそうです。
で、これを食べた人数が133人。
食べた以上、うちの仲間だ、という前提です。
にもかかわらず、投票結果は129。
ん?となると、4人分少ないじゃないか、と。
ま、陣営側としては、133票はいけたと思ったんでしょうね。
そこで、裏切者、として、4人の犯人探しが始まったようです。

ま、勝利した陣営なんですから、そんな姑息なことは本気ではないとは思いますが、
それにしても、なんか大人げないやり取りですね。


政党というのは、それぞれ異なる個性の集合体ですから、
一般的な傾向はあるにせよ、いろんな考えがあるのが本来。
ですから、ノーサイド的な状況は望めないにしても、
国民の多くの支持を得て議会の壇上に登壇しているんですから、
相応の見識と良識の持ち主の集団であるはずでしょ。
カツカレーの4個分ぐらい、流せないんですかね。
言い換えれば、そのぐらいの誤差を読んでいなかったという事でしょ。


それが4個で済みました、と言うのと、
4人の裏切者が出た、と言うのと、どっちが大人の集団でしょうか。

 

あの大坂なおみちゃんが、大フィーバーですが、
全米オープンに優勝した直後に受けた取材で、
好きなものに、かつ丼、とんかつ、カツカレー、それに抹茶アイスを挙げていましたが、
このシーンを見ていて、きっと、これは、カツカレーのブームが来そうだな、と思ったんです。
で、いきなりの自民党のカツカレーでしょ。


私もそうでしたが、カツカレーと聞いた時、そそられるように、
私も食べたい、と思ったものです。

確かに好きな食べ物の一つですね。
もちろん、自分で作れなくはないのですが、
豚肉に衣をつけてあげて、なおかつ、炊き立ての飯に、カレーのルーが必要でしょ。
ちょっと面倒ですよね。
何てことない献立ですが、冷やし中華の次に作るのが面倒な食べ物です。
ですから、それほどの頻度で食べるわけではないのですが、
カツカレーと言うと、どこか出かけた先で食べることが多いですね。

 

ちなみに、辛口と甘口の評価を一つづつ。
いやカレーの辛口甘口という事ではなく、食べた味とかお店の評価、といいう事です。
先ず辛口から。
これは市民病院のレストランで食べたカツカレーです。
市民病院は、そのレストラン運営を公募していたので、どんな店舗が入ったのか、気になっていました。
そこで、友人の入院見舞いのついでに昼時だったもので、レストランに行ったのです。
で、カツカレーに決定。
まあ、そこそこの値段で、特に高いとは思いませんでした。
まあ、こういうのは仕方ないのでしょうが、食券を買ったら先ずはセルフサービス。
水は自分で取りに行きます。
そして、待つこと10分ほど。自分のカツカレーができたので、カウンターまで取りに行きます。
トレーの上に、カツカレーと、ちょっとしたサラダ。
ちょっとしたという意味は、ちょっとしかない、という意味です。
私の悪い癖で、トレーの上の原価を瞬間的に計算してしまうんです。
サラダは、キャベツの千切り中心で、しかもちょっと。
ドレッシングを入れても、およそ、5円程度かな、と。
カレーは、ルーが60円、ライスが45円。
で、肝心のカツですが、明らかに冷凍もの。
肉のボリュームから言って、おそらく一枚80円ぐらい。
合計、190円ぐらいでしょうか。
正確な金額は覚えていないのですが、750円は払ったような気がします。
粗利560円、これはもうけすぎだ、と。
まあ正直、うまくもなんともなかったので、よけい不満が残りました。
何が根拠で、あんなレストラン運営会社を選択したんでしょうね。
その理由がわからないです。
ちょっと辛口すぎましたか。
市民の病院なんですから、改善をしてもらいたい、という気持ちの表れです。

 

さて、甘口の方。
これは、もともとここのルーの味が気に入っているんで、
評価が高くなると思うのですが、ココイチのカツカレーです。
私としては、カレーうどんを一番に推薦したいところですが、
テーマはカツカレーなので、カツカレーの評価を。


実を言えば、市民病院のカツカレーを食べてすぐだったので、
あえて比較評価するためにカツカレーを注文しました。
うたいは手仕込み。
手仕込み、という言葉は、私は調理関係者ですが、普通は使いません。
揚げ足とるなら、じゃあ、他のは足仕込みかい?となるでしょ。
まあ、きっと冷凍品を揚げてるわけではないです、という意味なんでしょうね。
で、先ずはカレーのルーは定評があるので、省略。
問題はとんかつです。
肉の量目は100グラムぐらい。
まあ、これがなかなか、さすが手仕込み、と言う味なんですね。
結果としては、ルーに絡めて食べてしまうのですが、
衣のサクサク感は重要でしょ。
まさにこれぞカツカレーですね。
なおみちゃんに教えてあげたい。
そこで、値段なんですが、717円。
水は持ってきてくれてですよ。
安くてうまい。
まあ全国にチェーンをのばすだけのことはある、と。

 

辛口の評価のお店はごめんなさい。
でも、正直な感想なんです。
少なくとも、なおみちゃんを連れてゆくとしたら、
前者にはいかないですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
まだ働かなきゃいけないのか

神奈川県の最低賃金が983円となりました。
この最低賃金が上がると、当然ですが働く人たちは喜ばしいと思うでしょうが、
支払う側は、しぶしぶこの決定に従うわけです。
気持ちとしては、まさにお悔みですね。
いや、983だからゴロとしてそう書いただけです。

 

日本の都道府県で一番高いのは東京の985円です。
900円台は、東京、神奈川、大坂の三つです。
で、低いのは東北とか九州などで、
大雑把に、中央から離れれば離れるほど、最低賃金の額は低くなってゆきます。
最も低い県では762円です。
神奈川と比較すると、221円の違いがあります。
同じように1時間働いても、220円もの差があるという事ですね。


この最低賃金は、都道府県別に定められていて、
きっとさまざまな指数を掛けたり割ったりして、基準数を算出するんでしょうね。
決定の背景は分かりません。
まあ、このぐらいの数字でいいんじゃない、と誰かが決断するんです。
決断した人は、この数字とは全然縁のない人のはずで、

きっと何十倍もの時給を得ているような人ではないか、と思います。
この最低賃金の額は、言ってみれば生活レベルそのものが数値化されているようなものです。
このぐらいもらえないとやってゆけない、と言うところのギリギリの下限。
とは言え、労働生産性を考えると、これ以上は払うと、赤字になってしまう、と言うぎりぎりの上限の交点が、
この最低賃金の数字なんでしょうね。

 

もう、50年ほど前の話です。
大学時代の親友が、卒業後、生まれ故郷の秋田に帰り、地元の企業に就職しました。
で、しばらくして、元気かい、みたいな電話をしたんです。
その時に、たまたま給料の話になりました。
サラリーマンですから、いくらもらっているのか、と聞いたのです。
まあ、正直大した額じゃなかったんですね。
で、そのことを言うと、
そうなんだよ、このへんでは「こんな額」がまあまあいいとこなんだ、と。
決して満足しているわけではなのでしょうが、
郷に入れば郷に従うがごとく、「こんな額」で納得しているわけです。
私は、確かに、こっちに比べると低いけど、でもそもそもの物価が安いんだろ、と、突っ込んだら、
そりゃ、東京に比べたらいくらか物価は安いけど、

でもさ、ハイライト(彼が吸っていたタバコ)は、同じ額なんだぜ、と言ったんですね。
この会話は鮮明に記憶していて、そりゃそうだろう、と。
なるほど、ローカルだからと言って、全国区の商品は、安くするわけにはいかない。
でもね、と思ったんです。
もし物価、つまり生活費が東京と秋田が同等だったら、やってゆけないでしょ。
逆に、そういう経済環境だから、762円でもやってゆける、と。
ざっとですが、東京と秋田は3割の格差があるんです。
東京の会社に勤務していて、地方の営業所か何かに赴任して、
東京での給与をもらえれば、
自動的に3割昇給したようなものでしょ。
その意味では、神奈川は、日本でもそれなりに経済指数が高い所である、という事なんでしょうね。
まあ、神奈川の実態は横浜の経済力に引き上げられて、

平塚あたりではしぶしぶお付き合い、と言ったところだと思います。

 

なんだかんだと、時給1000円時代がやってくるわけです。

以前、要は働いて食う、という事を、食だけに関して計算したのです。
つまり、家賃とか、服飾費だとか、通信費だとか、の費用は別にして、
ただひたすら食うだけの数字を計算してみたんです。
簡単な話、3食分食うことにかかる費用、食材費と水道光熱費、電気代などです。
もちろんあまり贅沢はしません。
という事で、一日いくらぐらいかかるか、がおよそ1000円となったんですね。
朝食250円、昼(外食ではありません)300円、400円、水道ガス電気が50円。
で、この食うための費用を稼ぐのに、若く基本給の少ない人とか、パートとかの場合、
1時間仕事すると、一日分の食費が稼げるわけでしょ。
ですから、それ以外の仕事の時間の稼ぎは、様々な費用に消えてゆくんです。

 

ま、ともかく、1時間働けば、飢えずに済む、という事なんです。

つまり私達が、普通に一週間仕事したら、最初の一日で、食うにたる稼ぎをしているという事になるので、
残りの4日間は、他のことのために働いているという事になるでしょ。

 

石器時代の人類は、狩猟と採集で、食い物を賄っていました。
で、逃げ回る獲物を追いかけまわし、広い原野をウロウロと食べ物を探すわけで、
わが身を養える食料を確保するのに、さぞ貸し、エネルギーを使っただろう、と考えていたんですね。
まあ、労働生産性は当然のこと、現代から見れば相当に効率が悪かっただろう、と。
もしかしたら、日が昇ったら、動き出して、日が落ちるまでうろうろしてたんじゃないか、と。

 

そしたら、このころの人類の生活を研究したいた学者先生が、
その頃の遺跡などから、様々な状況を類推すると、
石器時代の人たちは、およそ3時間程度食料をあさっていたらしい、と言うんですね。
9時に仕事を始めれば、12時には終わっているんです。
海外旅行をしようとか、50インチのテレビを買おうとか、そんな余計な支出はないんですから、
取り敢えず、腹一杯食べれれば、それ以上動くことはないわけです。
で、一日3時間です。

 

この後、農耕牧畜を発見しますので、このことで、さらに食料の確保は楽になります。
つまり、現代人は1時間で成し遂げますが、かといって石器時代にあっても3時間で何とかしていた。
これだけ、人類は進化した生活を送れるようになって来たのに、
その差、わずか2時間です。
これって、ちょっと考えてしまいますよね。
つまり、余分なものを欲しがって、余分な労働をしてるんじゃないか、と。

 

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 02:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
日本のトップが決まります

以前にも触れましたが、今日はその祥月命日のような日に当たりますので、
ひとこと、書きます。
今日、9月20日、自民党総裁が決定する予定です。
巷のうわさでは、安倍3選が確実視されているとか。

 

その前に、日本国が選択してきた議院内閣制について
整理しておきます。
ま、比較して分りやすのでは大統領制です。
これは大統領と言う国のトップを国民が選挙によって選択します。
また議会を構成する議員も選挙で選択しますが、
この場合、行政・立法・司法の三権が分立しています。


議院内閣制は、議会と政府(内閣)とが分立した上で、政府は議会の信任によって存立する、
と言う制度です。
ざっくばらんに言えば、国の首相を議員が選び、首相は、各行政分野のトップ・大臣を選び、
行政府を構成する、という事です。
大統領制と比較すると、行政と立法が同根のため、三権分立がいささか弱い、という状態です。
先日の国会で、財務省とか文科省などで不祥事が相次ぎ明るみに出ましたが、
国会でのやり取りを見ていると、その責たるトップの大臣が国会議員ですから、
要は仲間同士でしょ。
そのため、追及の手加減がはっきりしていたですよね。


ま、ともかく、日本における政治制度は、議院内閣制なんです。

で、私は国のトップを選ぶのはやはり国民の総意を反映すべきだ、と思っていますが、
現状、議員内閣制になっているので、ま、これはこれで受け入れてはいます。
しかし、いささか引っかかるところがあるんですね。
それは、本来、トップは、国会議員に選択権があるわけですよね。
確かに、現状は、自民党が与党で、その与党の党首が国会では首相になるわけで、
ここは一致しているわけです。
しかし、自民党の総裁選挙は、党員にも選挙権が与えられていて、
その票数は、国会議員と同数という事になっています。
この地方党員票と言うのが、どのように決められているのかは知りませんが、
議員数と党員の選挙権利数が一致しているところを見ると、
議員一人当たりの党支部が一票を持っていて、
この支部内でだれに投票するのか決めるんでしょうね。
つまり、制度上は、国のトップを決定するのに、
一部の一般市民の意志が反映される、と言ういびつな状態になっているという事です。

この制度は、一般市民で、党員になるなら、選挙権は与えられていて、
その結果を反映させる、というわけで、
見様によっては極めて民主的なんですが、
国の制度としての議院内閣制から言うと、ちょっとばかりルール違反じゃないか、と思うんです。

 

ちなみに、議員の中で、最も多い党員を獲得したのは、1万票とチョット。
つまりこの支部では、1万人のトータルな意向が、誰にするかを決めるわけです。
で、議員の中でも党員をなかなか集めきれない人も多く、
ノルマの1000人を切る人も結構いて、
自民党の公表では、7割がノルマを達成した、という事ですから、
逆に3割の人が達成できなかったという事です。
ちなみに、自民党員になると年額4000円の会費が徴収されるので、
そこまで費用を負担しようとする人もなかなかいないと、
特に新人の議員さんは頭が痛いそうです。
何しろ、1000人に満たない場合は、

不足する人数分を各2000円、議員さんが負担しなくてはならないので、
これが結構厳しいとか。


かつては550万人もの党員がいた自民党ですが、
野党に転落し、一挙に激減。
一時は70万人台まで減少しましたが、その後回復。
ここでやっと106万人という事のようです。

とは言え、この106万人がすべて投票するのかとなるとこれまた話が別で、
投票率は、都度減少気味であるとか。
つまり、あなたの一票で首相が選べるといううたい文句は、
実態、国会議員票で決まるんで、この制度では、しらけるのも当たり前でしょ。
したがって、議員の相当な努力がないと、党員1000人はなかなか難しいのかもしれません。
つまり、制度として、国で議員内閣制は承知のうえで、
いくらか民主的な方法を選択しつつも、
実態は、市民には選挙権が実質的に行使されていない、という事になるからです。

 

私が持っている漠然とした不満は、
この国のトップを決めるという重大な選択の時に、
106万人の自民党員はともかく、
大半の国民が、蚊帳の外に置かれている、という事ですね。
つまり議院内閣制が本当に素晴らしい政治システムなのか、
もう一度チェックすべきでしょ。
これは、9条の前に議論すべきことではないですか。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
地震予知

これだけ科学が進歩し、様々な観測危惧を駆使してもなおかつ、
地震の予知は、まだまだのようです。

 

言うまでもありませんが、地震は、地殻の変動で発生します。
その変動の要因は二つ。
一つは、プレートと言う地球の表面を覆っている地殻で、
タマゴで言えば殻の部分です。
このプレートは地球の表面を数十のグループに分かれて覆っています。
ちなみに、日本列島は、西からユーラシアプレートと東からの北米プレートの大陸プレートと、
東南からの太平洋プレートと西南からのフィリピン海プレートの海洋プレートの
4つプレートの上に乗っています。
で、地震の最大のメカニズムは、このプレートが地球内部の熱によって、
少しづつ動いていて、プレートの境で、押し合いへし合いがあり、
その圧がたまると、どこかひずみを解消しようと、
地殻の一部が破壊されるのです。
プレート境での地震です。
東日本大震災はこのメカニズムで発生しました。

 

もう一つは、活断層で発生するもので、
これは、プレート同士の押し合いで地殻全体に圧がかかるため、
プレート境周辺に限らず、陸地の内部で発生する崩壊で、
熊本や北海道胆振東部の地震などがそうです。
そもそも活断層と言うのは、プレート圧によって、
ひずみがたまったところが、かつて崩壊した履歴を持っている地層のことで、
いわば地震を起こしたことがある、と言う地層の傷痕のことです。
そもそもそうなりやすい状況なわけで、
したがって、活断層とは、今後も何かというと崩壊する可能性があるという事です。


平塚にも、高麗山周辺、日向が丘周辺、岡崎から伊勢原へ向かう3つの活断層が確認されています。
もっとも、よく言われていますが、これら分かっている断層は、
なんだかんだと地面の上から見えている範囲で、
隠れ断層のようなものは、無数に存在しているかもしれない、と考えるべきです。

さて、したがって、日本列島と言うのは、安心できる場所なんか、
ほとんどない、と言っていいでしょうね。
であるがゆえに、地震を予知するという事は、重大なテーマなんですね。

 

そもそも、地震の予知と言うのは、3つの要素を満たす必要があります。
一つは、何処で、です。
震度7クラスの地震でも、50キロ離れるとその揺れは半減します。
震度で言えば、5弱とか4クラスです。
100キロ離れれば、さほどの被害は無く、
震度で言えば、3とか2クラスに減少します。
ですから、何処で、といいうのは重要なんですね。
基本ピンポイントに近い予測ができなくては意味がありません。
神奈川県のどこかでは意味がないんですね。

 

次に規模です。
どのくらいのエネルギーなのか、という事です。
これはマグニチュードと言う数値で表現されますが、
7とか8とかの地震が問題なわけです。
ちなみに、マグニチュード2以上の地震は、日本では、年間2万回以上発生しています。
そして、マグニチュード4以上となると700回ぐらい。
つまり、小さく、さして被害も発生しないような地震は、
年がら年中発生しているわけです。
ですから、地震予知は、マグニチュードで言えば、7とか8クラスの地震について求められているわけです。
このクラスの地震になると、建物被害、人的被害が発生します。
時に、ライフラインに被害が生じ、地域全体での生活に大きな影響を及ぼすようなことになりがちです。
まあ、時に前兆として、マグニチュードの低い地震が発生し、
これを軽んじて見逃し、そのあとで、大きな地震が発生した、という事もありますから、
小さいエネルギーだから雑に扱っていいと言うわけではありませんが、
生活する市民にとっては、やはり、マグニチュードの大きさは重要なんですね。

 

そして3つ目は、いつ、です。
そのうち、とか、30年以内に80%なんて数字は何の意味も持たないのです。
30枚のカードがあって、その中にジョーカーを混ぜたとします。
で、これを切って、伏せて、上から一枚づつめくってゆきます。
ジョーカーが出たら地震が即発生するとします。
で、今年はどうかな、と恐る恐るめくります。
ジョーカーが出なければラッキーでしょ。
こうやって、一枚一枚、30年分をめくって行けば、
いつかはジョーカーを引き当てるわけです。
さて、地震学者の優れた方々が、30年後までに80%と言いましたが、
今のカードをめくるやり方だと、30年後までに100%という事が条件でしょ。
つまり、確率としての数字で言うなら、厳密には38枚のカードが必要という事です。
まあそんな屁理屈はともかく、
今年はどうか、という前提ですから、一年間と言う不明確な時間帯になります。
例えば、2019年はどうか、と言う事は何の役にも立たないでしょ。
42キロ走ったって、ゴール寸前で抜かれれば優勝は逃します。
つまり、せめて、数日前までの精度が必要でしょ。
あと三日以内に発生するとか、です。
ここが大体だと、予知とは言えません。

 

整理しましょう。
どこで、どの大きさで、いつ発生するのか、という事がそれぞれ明確にならないと地震の予知とは言えないのです。
よーい、ドン、と走る前の体制づくりは、二段階で待ち構えていました。
このよーい、とドンの間がもし、一か月、時に半年と空いたら、
おそらく一般の市民は、間が取れないと思うんですね。

現状では、関係者は躍起になって努力はしているんですが、これと言った精度を得られない。

ですから、地震の予知に関しては、私達は頼ってはいけないんです。


大事なことは、予期することなく発生することを前提に、準備をする、という事が、
改めて重要である、と思います。

| 水嶋かずあき | 環境 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ハト・カメ・サイ・シカ

いまさらですが、多くの種が絶滅したり、絶滅の危惧が持たれたりしています。

 

有名なのが、リョコウバトです。
大きさは、よくその辺で目にするハトとほぼ同じ、40センチぐらい。
そもそもは、アメリカ大陸に生息していて、南北に渡る鳥で、
移動のための時期が来ると一斉に舞い上がり、

その群れの多さは、太陽の光を遮った、と言われるほどたくさんいたんですね。
1800年、北アメリカ全土で、50億羽いたとされています。
これが一斉に移動するんですね。
きっと壮観だったでしょうね。
しかし、この鳩は、うまい鳥と評判がよかったので、プロのハンターたちに、大量に撃ち落され、
塩漬けにして、樽に詰められ、全米各地に送られたんだそうです。
まあ、いい商売になったんでしょうね。


リョコウバトの欠点は、こうなると旨い肉であったことのほか、
一回の繁殖期に一個しか卵を産まないので、
繁殖力としては、弱かったことがあだになりました。
したがって、人間と言う天敵が現れた途端、急激にその数を減らしてゆきます。
1800年に50億羽いたハトも、

1896年にはオハイオに、わずか25万羽の生息数が確認されていましたが、
なんとその10年後の1906年には、野生としては絶滅します。
ゼロです。
飼育下にいたものも、生殖力が弱いので人工的な増殖ができなく、
要は時間とともに数を減らしてゆきます。
そして、1908年に7羽が生存していましたが

1910年にはいよいよ最後の一羽になってしまいます。
この鳥はマーサと呼ばれていました。
マーサはなかなか長寿で、推定ですが25歳ぐらいではなかったか、と言われています。
ま、いずれにしても1914年にはこのマーサも死んでしまいます。


要は、人間に食べられてしまったので、リョコウバトは地球上から姿を消したのです。

 

ピンタゾウガメと言う種類のゾウガメがいました。
ガラパゴス諸島のピンタ島に棲息していたものです。
このカメも食用に捕獲され、その数を減らしてゆきます。
1971年、たまたま発見されたピンタゾウガメで、何処をさがしても、他に仲間はいないので、
このカメがピンタゾウガメの最後の個体という事で、
ある意味世界的に有名になったのです。
その名は、ロンサム・ジョージ。
一人ぼっちのジョージという事です。
わたしは、ロンサムジョージの存在を、なんと、ゴルゴ13で知りました。
ストーリーは覚えていないのですが、ロンサムジョージが登場したことだけは覚えていました。


このロンサムジョージも、2012年に息を引き取りました。
推定で、100歳ぐらいだったらしい、とのことです。
このゾウガメも、人間に食べられたので、絶滅してしまったのです。

 

最近、キタシロサイの最後のオスがお亡くなりになったとか。
哺乳類ですから、オスがいなくなるという事は、いずれ種が絶滅するわけです。
メスは2匹いるので、このオスの精子を冷凍保管して、
採取した卵子と人工授精させ、この受精卵をミナミシロサイの雌に、借り腹しようという計画が進んでいます。
まあ成果が上がるかどうかは分かりません。
なんとか、そのDNAは継承させようという事なんでしょうね。
このキタシロサイが絶滅に追いやられたのは、
その角が漢方薬として引っ張りだこで高価な取引が行われ、
そのため密猟が絶えなかったようです。
要は、密猟者の欲に殺されたのです。

なんだか、さみしい話ですね。
腹を満たそうと、結局人間たちに殺されてしまった動物たちが多く、
いったん金になるとなると、あっという間に絶滅の道を歩むんです。

 

千葉の勝浦市で2001年に閉園した大型観光施設「行川アイランド」の管理不十分なことで、
飼っていたキョンが逃げ出し、周辺で大繁殖しているとのことです。
キョンは中国南部や台湾に生息するシカ科の草食獣で、体高は最大約50センチ、体重は10キロぐらい。
要は、ミニ鹿です。
この逃げ出したキョンは千葉県南部を主なすみかにしており、
農作物などに被害が出ているというんですね。
推計生息数は2001年度末に約千頭だったのですが、
その後増え続けて11年度末に約1万8100頭、17年度末に約3万5900頭と、爆発的に増えています。
県と自治体は駆除に取り組んでいて、昨年は、3475頭を捕獲。
しかし、メスは早ければ生後半年前後で妊娠、出産するため、捕獲数を上回る勢いで増加しているのだそうです。

で、こう言う場合、いかに捕獲するか、も問題ですが、
捕獲したものをどうするかによって、捕獲のテンションが変わるんですね。
つまり、捕獲後の利用法がまだ十分に確立していないことが問題なのです。


とは言え、この鹿の皮を活用して商品の開発も徐々に進んでいるようです。
ちなみに、よく車のふき取り用に、一時、セーム皮を使いましたが、
このセーム革と言うのは、鹿のなめし革のことですから、
利用方法は、ありそうでしょ。
で、その肉なんですが、キョン肉は台湾で高級食材として扱われ、

角や骨は漢方薬として珍重されているという話ですが、
これも、ルートを開けば、消費のニーズはありそうでしょ。
出来れば、日本で独自にシカ肉料理を開発、広めればいいと思うんですね。
食べた人の評価は、おいしいとのもと。

 

今日は、キョンのしゃぶしゃぶだ、なんて言うのもありでしょ。

なんだかんだ、人間の欲に結びつけば、3万頭ぐらいあっという間でしょ。
50億羽のリョコウバトを100年でゼロにした人間ですから。
キョンぐらい何てことないはずです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
敬老の日に

私も、あと3か月と3週間でめでたく、後期高齢者の仲間になります。
となると、おそらく敬老の日などでは、老いを敬われることもあるだろうという気がします。
しかし、現実は、 電車の中で席を譲ってもらうことはないでしょうし、
それこそ、十把一絡げで、ただのくそじじい扱いになるのだろうと覚悟しています。

 

以前、敬老の日にちなんで、ある新聞社が、いわゆるお年寄りにアンケート調査をしたんですね。
対象は、70代80代90代の方々。
で、その中の質問に、もし戻れるとしたら、何十代に戻りたいですか、という質問です。


。隠安絖■横安絖30代ぃ苅安絖ィ毅安絖Γ僑安絖Шのままでいいという回答群です。


もしこのブログを読んでいるあなたが70代以上だったら、答えてみてください。
69歳以下だったら、答えられません。
なぜなら、ここの差は実は大き過ぎるんですね。
例えば、30代に人には、40代50代60代は経験していないんですから、答えようがないでしょ。


で、この回答ですが、最も多かったのは、60代だそうです。
意外でしょ。

まあ、せめて20代とか、30代などの若く元気な時代に戻りたいのか、
と思ったら、直前の60代なんです。
詳しい理由は分かりませんが、多分こうだと思うんです。


私の経験も含めてですが、60代になると、経済的な責任が軽くなりますでしょ。
この理由が大きいのかもしれません。
経済的な責任って、個人にあっては、家族などの食い扶持に直接かかわりますから、
ああだこうだ言ってられないでしょ。
わがままが言えない。
したがって、ときにやりたくないこともやらなくてはならず、

基本的に、ストレスが生じやすくなりますよね。
また、さる企業の一員ならば、企業全体に対する責任がありますから、これまた、好き勝手にはできない。
多少体が不調でも、頑張らなきゃいけない。
眠くたって、起きて働く。
寝不足だ、なんて言ってられない。
まあ、結構な無理をしてしまいますよね。


でも、60代になると、時に定年退職だったり、状況によっては年金で何とかなるなら、
まあ、気楽なもんでしょ。
かといって、70代になっての肉体と言うのは、驚くほどあちらこちら不調を訴え始めるでしょ。
まさに、堰を切ったように、今までの無理が、たたって、体がぎくしゃくしてくる。
となると、まだまだ肉体的にもエネルギーが残っていて、
なおかつ、がむしゃらにやらなくてもいい時代と言うのは、
ほんのわずかな時間しかなく、それがほぼ60代になってからなんですね。

で、この人生の黄金期を過ぎて、あっという間に70歳。
きっと、もっと、あっという間に80才になるんでしょうね。
体調は不調な個所が増えてくる。
関節が痛いとか、目がかすむとか、せき込むことが増えるとか、
年中便秘に悩むとか、歯茎がしょっちゅう腫れるとか、
階段を上がっても、20段以上は一気に上がれないとか、
物覚えが悪くなるのは当たり前。
人の名前が思い出せないのは普通で、親せきや友人などでも縁の薄い人などは、

生きているかどうかもおぼろげになってくる。
一日中眠気があっても眠りが浅いので、頭がいつもぼおっとしている、などなど。
枚挙にいとまがないですね。


でも、なんだかんだともう少し生きていたいと思うわけでしょ。

 

最近の調査です。
何歳まで生きたいかという「希望寿命」が20代では男女ともに80歳を切り、平均寿命を下回ったそうです。
全国の20〜79歳の男女1万4100人に実施し、
長生き志向について聞いたところ
長生きしたくない、と答えたのは全体の41.2%。
世代別では60〜70代が最も少なく38.0%。
まあ、ある意味、それなりに人生は良いもんだという部分を知ってるわけですから、
あえて、死に急がないんですね。
若いほど、希望寿命は短いんです。
それだけ人生が分かっていないのかもしれません。


具体的には、20代の男性は78.1歳、女性は76.9歳が希望寿命ですから、
寿命と言う天からの授かりものを幾分か雑に考えていると言っていいのでしょうね。

 

この調査ではそのほかのことも聞いているんですが、
老後に不安を感じるか、という問いには、
世代別では、40代の87.6%が最も高く、60〜70代の73.6%が最低だったそうです。
総じて、8割の人が老後に不安を感じているそうですが、
何に不安を感じているのか間では詳細のデータがありません。
ま、その要因は「お金」の不安が最も多くとのことですが、
要は、自分自身の事なのか、いわゆる世の中のことなのか、
ここも定かではありません。


だって、地球温暖化がもたらす将来は、なんとなく不安でしょ。
またいつ地震が起きないとも限りません。
極端な話、経済戦争が引き金になって第三次世界大戦が起きないという保証はない。
リーマンショックを超える大きな経済的な不況が来ないとは限りません。
世の中、自分の健康以上に不安要素は山ほどありますでしょ。
老後への不安と言うより、
将来の不安と言う方が正確でしょうね。

このままで大丈夫か、と。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
韓国起源説

実に、ばかばかしいような低レベルの論争でしたが、科学の力のおかげでやっと決着がつきました。
ネットなのでは盛んに情報が伝えられていましたから、
ご存知と思いますが、ソメイヨシノ韓国起源説のやり取りです。

やはり、ソメイヨシノは日本が起源と言うことが分かったわけです。

この起源説、例によって、様々な文化発祥の起源を、韓国であるという、

今までもしばしば主張されてきた韓国による起源説の一つです。

 

これらさまざまな主張をざっと並べてみると実に多様にあります。
剣道・剣術は起源を韓国とし、侍も韓国が発生と言う。
ただ、剣道の近代化を成し遂げた国は「日本で間違いない」としているようです。
したがって、武士道の精神は韓国にその大本があって、日本で進化したものである、という主張。
居合道や抜刀術もその起源は韓国にあり、日本刀は韓国の刀が原型となっている、と言う。
さあ、こうなるとなんでもかんでも韓国起源という事になるのですが、
柔道、空手、合気道、挙句の果てに相撲まで韓国が起源だそうです。
相撲に関しては古墳時代にすでに日本にあったとされていて(その物証もあり)
似たような格闘技はどこの民族でもやっていたわけです。
モンゴル相撲もそうですが、だからと言って相撲の起源はモンゴルだ、なんて言ってないでしょ。
茶道も起源は韓国だそうで、驚くことに、千利休は韓国人だと主張しています。
さらに歌舞伎の起源も韓国だそうです。
私が大学時代に教わった、出雲阿国が歌舞伎の原点という事は、嘘だったのかしら。
またなんと、法隆寺の壁画を描いたのは韓国人だそうで、
食文化となると、ほとんどの食べ物が韓国起源だそうです。
日本酒も寿司も刺身もそうです。
そしてついに沢庵漬けの草案者と言われている沢庵和尚も韓国から渡来したとか。
正に驚きでしょ。
何故か日本文化の根幹をなしているような事柄は、ほとんど韓国起源だ、と主張しているのです。


中でも一番の驚きは「道」と言う概念は韓国なんだそうです。
剣道とか、柔道とか、華道とか、茶道とか、さまざまに修行を積み重ねることから、

人としての生きざまを見出してゆくと言うのが道の概念でしょ。
まあ、これは人の生き方そのものですから、起源も何もないものなんですが、
ともかく、これと言った史実や裏づけとなる文書もないまま、
韓国が起源だ、と主張するのは、人の道に反しているでしょ。
韓国の「道」ってそんなもんかい、と思いませんか。

 

この、ないものねだりと言うか、僻みなのか、
過大な競争意識や自己主張から何が得られると思っているんでしょうか。
日本と言う国を上から目線で見て、留飲を下げる程度のことでしょ。
こう言う考え方に安住しているとしたら、ひたすら過去を見続ける民族として、
あまり明るい未来はないんじゃないか、という気がするんです。

 

さて、ソメイヨシノですが、韓国の主張は、起源は済州(チェジュ)にあるというというものでした。
で、今時は科学が発達していますから、DNAやらゲノム分析で、その素性が解析できるんですね。
その結果、日本のソメイヨシノと済州の「ワンボンナム(王桜)」は異なる種であることが確認されたそうです。
なんと、韓国は110年前からこの主張をし、ソメイヨシノの起源は韓国だ、と言い続けて来たわけです。
まあ、あっけなく論争は終止符を打ちました。


これは、言いがかりをつけた韓国内で済州に自生する王桜のゲノムを完全に解読した結果です。
日本でむきになってそれは違う、と反証のための動きをした結果ではありません。
1人相撲の結果、行事軍配は、日本に上がったんですね。

まあ、だからなんだという感じですが、
韓国でもそのような動きと技術があったことは、敬意を表すべきでしょ。


あの、意地っ張りが、いさぎよく、科学が出した答えを認めたんです。
彼らはかつてこう言ってました。
まずは日本の花見と言う習慣についてです。
なかなか風流な行事ですから、韓国でもこれは評価されていて、
日本で生まれた文化として認めていましたが、
ここが韓国なんですね。
その大本となる桜は韓国起源だ、と言い始めたわけです。

 

ま、日本における文化的な事は、多くは、大陸から伝わってきたものです。
それが朝鮮半島経由なら、時に韓国起源のものもあったと思います。
また、中国経由のものもありました。
極端な話、文化と言う流れの川下が日本なんですから、
そのプロセスのどこかに位置していれば、起源を名乗る可能性はあるんですね。


中国はシルクロードの時代から、
中国の西方を胡と称していました。
つまり外国、という事です。
で、ここを通じて伝わってきたものは、胡の字が付けられたんです。
胡椒・こしょう、胡桃・クルミ、胡麻・ごま、胡瓜・キュウリ、胡菜・あぶらな、胡蒜・ニンニクなどです。
彼らは、自国で常食するようになっても、中国が起源だ、なんて言いませんでした。
西方から伝えられたものです、という事でその名を呼称し、そのまま日本にも伝わってきたのです。
ちっとも肩に力が入っていないでしょ。
この肩の力を抜く、と言う事が韓国ではできないんですかね。


未来志向をしっかりできるようになれば、
この不毛な韓国起源論争は自然とおさまると思うんですが。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE