水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
台風一過

昨夜は、3時頃までは何が起きるか、と起きていました。
時々バルコニーに置いてある植木鉢などの様子と、メダカの水槽の様子などを見ていたのですが、
これと言ったこともなく、3時頃には風も収まったので就寝。
朝起きて、かみさんと、何故かこのまちは台風が来るとか、

大雨が降るとか、雪が積もりそうだとか、
気象上の出来事に関しては、ほぼ何も起きないね、と話していたんです。
まあ、いわゆる気候温暖平穏なところなんですね。
ありがたい話です。

 

今まで知り合った人で、
平塚に居を構えていて、何十年か経ち、この街での生活の経験が長い人ほど
このまちは気候温暖でいい所だ、と言っているんですね。
特に、よそのまちに生まれ、そこの町の学校に行き、そこで生活していたのですが、
縁あって平塚の人と結婚し、この街で暮らすことになった、と言うご婦人方は、
ほぼ口をそろえて、このことを平塚の良さ、として挙げます

 

今まで何度となく、市民生活のチェックとして、
平塚市民に対して、このまちのよさをどのように評価しているか、ということをアンケート調査し、
そのデータ−を公表していますが、
それによりますと、ほぼベスト4は、次のような項目です。
1位、気候温暖で災害も少ない。
2位、海山川に恵まれ、近くに自然を感じるところが多い。
3位、東京、横浜に近く、都市的な利便性に優れている。
4位、箱根や熱海、江の島、鎌倉など、観光地が近い。
第5位は、道幅が広く、都市基盤が整備されている、とか、
七夕祭りなど、イベントが多く開催されている、などがあげられ、
その時の回答群、選択肢によって多少変わるのですが、
ベスト4は、いつもこの回答群で占められています。

 

まあ、無難と言えば無難な内容ですし、その地域に住んで生活するうえでは、
ほどほどに望ましい環境になっている、と思うんです。
しかし、冷静にこれらベスト4の利点をチェックしてみると、

実はいくつか問題が浮かび上がってきます。

 

まず、気候温暖ですが、いわば地理的な位置づけです。
例えば、積雪についてです。
東海道線に乗って移動をしてみればよく分かりますが、
西から小田原・二宮・大磯の景色を見ていると、
雪が積もっている。
で、平塚に入ると、雪がない。
今度は、東京に向かって馬入の鉄橋を渡るとぼちぼちと雪景色になる、なんてことがよくあります。
平塚だけ積もっていない。
今回のような台風の被害も、先ずほとんどない。
地形のせいなのか、よく分かりませんが、

結果論的に、先ずは気候温暖、と言っていいのだとは思います。

しかし、この地形は一方で、関東大震災の震源地が、相模トラフ沿いであったことを考えると、
地震の巣窟が、目の前にあるという地形になります。
まあ、いつかしっぺ返しのようなことが起きなければ、と思うんですね。

 

で、第2位の自然環境ですが、そうは言うものの、少しづつ、この環境は壊れてきていて、
比較しても仕方ないでしょうが、私達の青春時代とは、大きく変化してきています。
田園地帯と思っていところは、いつの間にか家が立ち並び、
いわゆる緑の少ない景色になってしまいました。
確かに西に富士を仰ぎ、北に大山の峰々を眺めることはできますが、
ちょっとわが町の自然と言うには遠すぎるでしょ。


第3位の東京・横浜へのアクセスですが、これはまさにちょうどいい距離ですよね。
横浜30分ちょっと、東京1時間。
まあそこには、日本の大都市のさまざまな機能が供えられているんですから、
これは間違いなく利便性として、適当な距離ではないかと思うんです。
また、これらの地域とは、通勤圏内なわけで、職場、と言う位置もちょうどいい距離だと思うんです。

 

で、第4位です。

これは若干、主観的な趣味がらみのことなんですが、
確かに、そこそこの距離で、気分を変えて休日を過ごす、なんていうのには、向いているでしょ。

 

さ、そこで、何が問題なのか、と言うと、
1位、2位は、地理的な特性や自然環境の良さです。
これは、大自然の贈り物でしょ。
3位、4位はよそのまちの条件ですよね。
つまり、1位から4位までは、私達平塚市民の努力の成果、なんてことは一つもないのです。
ちょっと、さみしい気がしませんか。

 

他から与えられたものがこのまちの住みやすさベスト4だとすると、
う〜〜ん、平塚の人間は今まで何していたんだ、とか感じませんか。

とは言え、まあ恵まれた地理的環境について、ありがたいことだ、と感じるなら、
それは悪いことではありませんよね。

 

台風一過、青空を見ながら、改めて、いいまちだな、と感じています。

 

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 12:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
洪水と言う天災

1608年、金目川流域一帯が洪水の被害にあいます。
その出水の量は、所によっては軒先まで水に浸かるというありさまで、
多くの農家が甚大な被害をこうむりました。

で、その様子を耳にした徳川家康が、勅命を下し、
水除の堤を築堤することになります。


金目川の道路沿いにそのことを銘記した案内板が立っています。
それによると、延長318間、572メートルにわたる規模で、
大堤とも、また家康公の一言で作られたということもあって、
御所様堤ともいわれてきました。

 

なんで家康公が、この平塚の片田舎の出来事に肩入れしたのか、と言うと、
1596年に、今の中原2丁目あたりに、中原御殿と呼ばれる建物が建てられました。
鷹狩が大好きだった家康公が、しばしばこの地に訪れ、鷹狩を楽しんだんですね。
まあ地形と言い、獲物の数と言い、それなりのいい狩場だったんでしょう。
初めのころは、豊田の清雲寺を休憩場所としていたのですが、
ある時、どうせならちゃんとした御所を構えようということで、
中原の地を選び、そこを鷹狩の拠点としたのですね。
ですから、このあたりには、しばしば訪れていて、それなりの親近感を持っていたのだと思います。

 

そこで1608年に金目川の洪水の惨状を知り、
より強固な堤防を作ることにしたわけです。

 

その頃の国や地域を統治する政治の大きな責務として、
二つの具体的な分野があって、
一つは「政」のまつりごと。
かなり広範囲の管理分野があるんですが、とくにお祭りを仕切る、なんてことではありません。
この政と言う概念は、主に司法的な観念が強く、民のもめごとを裁く、ということがありました。
もちろん、今でいう立法的な行為もあって、租税の徴収や、地域経済の振興やら、様々なことを管理しました。
で、その中でも特に大きな事業は、
政治の「治」に当たるもので、これは治水を意味します。
当然ですが、人々は農耕を主体の生活をしていましたので、
川の流域に田圃を開拓し、その周辺で暮らします。
いわば、水害危険地帯で暮らしているわけです。
ですから、社会的事業としては、堤防を築き、庶民の安全を確保し、

併せて、コメと言う生産物を確保する、
という大きな目的があったのです。

 

ですから、政治家としては、堤防を築き、安全を確保することは大きな使命の一つだったわけです。
ラッキーなことに、平塚びいきだった家康公のおかげで、
かなりしっかりとした堤防が築かれたのでした。

とは言え、その後たびたび決壊します。

 

1808年の大雨で、鈴川や金目川が氾濫し、大水が出ます。
この時の流れ込んだ水が低地にたまり、現在の達上池が誕生します。
洪水の水が引いた後も、窪地に残った水が池を構成し、当初は三つほどあったようですが、
その後埋め立てられ、今の達上池一つになりました。

いわば、もし出水すれば、水は低きに流れるのですから、1808年の水害が再現されれば、
あのあたり一帯は水没します。
現に平塚市の作成した洪水ハザードマップでは3メートルから5メートルのエリアに、
市民病院があります。
達上池のほとりに立っているんですものね。
ま、そんなことが起き無ければ、と思いますが、こればっかりは大自然の営み。
万一を考え、相当な対応をしておくべきでしょうね。
下限の3メートルの浸水があったとすると、少なくとも1階は水没。
かなりの医療能力が失われるはずです。
浸水ブロック板程度では対応できないでしょ。

 

洪水対策としていくつか問題があります。
一つはその情報をいかに的確に早目に伝えるかです。
よく、大雨洪水注意報などは発令されると、
どこそこに避難せよ、と言った自治会あたりの連絡があるそうですが、
過去の避難に対しては、二つの問題がありました。
一つは、出水する時は一挙に出水し、非難のタイミングを失う、ということです。
そこで、垂直非難と言う概念が言われるようになしました。
今までは水平避難です。
道路を通って、近くの小学校などに避難する、と言う対応ですね。
ところがその途中が安全とは言えない。
だったら、そのまま家の二階、屋根に避難する垂直非難も考えるべきだ、と言うのです。
ま、これも経験からの対応法ですね。

 

台風に関わらず、気圧の配置によっては
線状降水帯などと言うものが、グダグダと雨を降らし続けたり、
ゲリラ豪雨などで、集中的に雨が降ったり、
まあ、あれこれ奇怪なことが、異常気象とともに発生します。

その分経験は豊かになってゆくのでしょうが、
相変わらず、自然が暴れると、人間がそれに巻き込まれますね。

 

せめて、自分の住んでいるところに関しては、洪水ハザードマップぐらいはよく見て、
万一に備える必要がありますね。

 

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
第69回七夕飾りコンクールのご報告

まずは、七夕飾りコンクールのご報告。


以前に、ブログでも公表してきましたけど、
今回の作品は、準特選をねらう、と。
特選を狙うと言いきれなかったのは、製作スタッフが足りないと判断したからです。
まあ、ほぼ一人で奮闘するにして、できる時間はこんなとこ、と。
逆算すれば、製作にかけられる時間が見当付くわけです。
経験的に、そのような状況ではこの辺が限界だろう、と言うのが、準特選です。

逆に、ここなら狙えるかも、と。


でも、なんだかんだと市内に4〜500本ほど飾りが掲出されるようで、
中心街のメイン、パールロードとスターモールの本数は、多分、100本ぐらい。
これらが、コンクールにエントリーしているわけです。
で、特選が2席。
準特選が2席。

つまり準特選と言うのは、ベスト4に入らないといけないわけです。


で、おかげさまで、昼の部夜の部ともに準特選!!!!
やったーでしょ。


実は、早々と準特選を狙う、と豪語してしまったわけです。
これは事前取材のホームジャーナルでも、準特選を狙っている、と書かれたんですね。
つまり、周知の事実として、準特選狙い作品である、と。
もしはずれたら、立つ瀬無いな、と、きわきわで弱気になって、
デザイン等にも、いささか後悔をし始めたのです。
まあ、こうすればよかった、ああすればよかったというのは、
どんなことでもあることです。


特に、前夜あちらこちらで、飾りが引き上げられて、本番さながらに飾られてくると、
ちらちらライバルたちを見ながら、準特選ですら無理かもしれない、

と思ってしまうんですね。
ですから、もう、発表が気になって気になって。

 

今日昼ちょっと前に、共同製作所であるプラザ駐車場ビルの6階に、
後片付けに行ってきました。
一人でぽつぽつと片づけていたら、
共同製作所のスタッフの方が、スマホで、市で発表した入選者の情報を見せてくれたのです。
で、特選の欄、片野屋さん、梅屋さん、準特選の欄、平信さん、そしてうち、平塚市飲食店組合有志会。
いやあ、ぎりぎり4位で準特選受賞。
そして、この順位で、夜景の部も表彰を得て、ガッツ!!
公言通り、昼夜準特選となりました。
いやあ、うれしいことこの上ないことです。

有言実行と言うわけで、鼻高々です。

正直、うれしさより、ほっとしたところ、と言ったところでしょうか。

何しろ50店舗の方々の信頼により動き始めたプロジェクトです。

協力依頼の文章にも、準特選狙いは明言していましたから。

 

で、もう習性なんでしょうか、
来年の構想に入っています。
たまたまなんですが、シャドーボックスと言う絵画の技法があるのを知り、
これを七夕飾りに使えないか、と。
鬼が大笑いしそうな来年の話ですが。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 17:45 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
七夕飾り製作レポート

どうでもいい、と言えばどうでもいい話なんです。
もっとも、このブログ自体がどうでもいい話なんですが。
で、今日のブログは、特別どうでもいい話です。

例の七夕製作にかかわる話です。


感覚的には、正に佳境に入った、と言うところです。
すでにお伝えしましたが、
今年は、2作製作しています。
一つは、飲食店有志の会で、豪華絢爛の飾りを掲出しようと、
仲間の協賛をいただきながら、製作費を捻出しているもので、
目標としては、昼夜ともに準特選です。
テーマは、春秋の令花

で、もう一つは、ここ数年継続的に行っているのですが、
紅谷町自治会の、シニア会と子ども会の協力による竹飾り。
テーマは、歌い継ぎたい日本の童謡。
これは、いわゆる、市民飾りとしてのエントリーなんですが、
昨年は、全市の部、昼と夜景ともども入選したのです。
そこで、今年も、と虎視眈々と入賞狙いで製作しています。

やはりコンクールに出す以上、それ相応の評価を知りたいですから、
目標としては、せめて入賞と言う事なんです。

 

で、この二作を製作しているんですが、ここにきて、
準特狙いの豪華な飾りの方が、目途が付きました。
今日は、最後に残った作業で、
御所車の車輪をモーターで回す、と言う作業です。
平面を回す経験は今までもやってきたので、要領は分かっています。
ですから、御所車の中の花の籠は、難無く回ったんです。
ところが、車輪となると、車軸を回転させるわけで、
モーターからベルトで、伝動しなくてはいけないわけです。
これが初めての経験なので、どうやって良いのか、正に試行錯誤。


モーターとその先端のプーリー、そしてベルトまでは用意できたのですが、
モーターの回転を、どうやって車軸に伝えるのか、
まずはベルトの張など考慮して、木工で、車軸の軸受けを作りました。
で、とりあえず電気を通したのですが、ウンもなければスンでもない。
要は車輪が重すぎて、木の丸棒の表面をゴムのベルトが滑ってしまうんですね。
で、彫刻刀で、木の丸棒の表面にギヤを彫りこんだんです。
ある程度の、ベルトの噛みが必要だろう、と言いうことです。
でもダメなんですね。
彫刻刀の溝程度では、滑ってしまう。


さて、どうするか。
いろいろ考えたのですが、これと言った対応策を思いつかない。
ゴムのベルトは、5ミリピッチで、ぎざぎざの溝がついているので、
これとうまく連動すれば、何とか回るはずなんです。
さて、さて、と、下手な考え休むに似たり、のごとく、無為に時間が過ぎます。
で、最悪、回らない車輪でもいいか、と。
いや正に最悪の場合です。


で、ふと目に入ったのが、のれんと言うかすだれ。
竹のひごを糸で編み込んだ、いわゆる御簾ともいうべきものです。
これは、他の部分の装飾に使ったのですが、
端がいくらか余っていたのです。
そのすだれの切り端を見ていて、これが使えないか、と。
物差しを当ててみると、ひごのピッチが5ミリ。
これはいけるかもしれないと、編み糸の部分をボンドでほつれないように止めて、
ボイドがある程度固まったところで、この小さなすだれを車軸にまいてみました。
両端は針金で頑丈に巻きつけて止め、まあよほどのことが無い限り、
外れると言う事はないだろうと思うんですね。
まあでも、祈る思いです。


で、すべての工作を終えて、いよいよ通電。
モーターがゆっくり回ると、なんと車輪も回り始めました。
成功です。
でも、やはり、なんかの拍子に止まってしまうかもしれません。
だって、竹のひごがギヤなんですから。
まずは、せめて三日間だけでも動いてもらいたいと願っています。

 

この文章、多分よく理解できないと思います。
何がどういう形なのか、それをどうしようとしたのか。
さらには、竹ひごのすだれってなんなのか、とか。
まあ、分からなくて当然です。

 

でも分からなくても動くということは分かるはず。
是非とも、5・6・7の三日間のいつか、紅谷パールロードに来てみて、
ご覧ください。
運が良ければ、車輪が回るところをご覧いただけるはずです。
場所は、パールロードの中央に交差点がありますが、
そこに掲出予定です。
まだ先の話ですが、よろしくお願いします。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 21:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
七夕竹飾り製作レポート

今年の七夕は、久しぶりに大作を一つ、そして4年目となる自治会の作品を一つと、
計2本を製作中です。
ちょっとした都合もあって、予定を前倒しにして、早めに取りかかったのですが、
少しづつスケジュールがずれ込み、いつの間にか、予定通りに戻ってしまいました。

 

大作と言うのは、代官町の肉バル・マルコのオーナー中川さんが提唱し、
みんなで力を合わせて、豪華な飾りを掲出しようという運動を始めたのです。
前々から、私も飲食店のパワーを結集して、一つ飾りを出せないものか、
と考えていたので、この話には二つ返事で呼応したのです。
中川さんの構想では、市内飲食店250店舗から協賛金を集め、
その資金で、特選を狙う、というものです。
まあ、目標は高い方がいいのですが、現実とのすり合わせも大事。
で、先ずは250店舗を口説くのも大変なので、一挙に50店舗まで目標を下げ、
その代わり、特選ではなく準特選にしよう、と、
まずは実現をすることを優先したのです。

 

で、製作は私が全面的に担当することにしました。
企画からデザイン、設計から始まり、資材調達、下ごしらえ、組み立て、と、
実に数十段階の作業を丁寧に展開したのです。
本当に久しぶりに七夕づくりに没頭しました。

 

そもそもが高校2年の時に、父から、舟平の七夕飾りを作ってみてくれ、
と依頼され、手探り状態で作ってみたのです。
まあそれはちんけな飾りでした。
何しろ、子どものころから七夕は見慣れた祭りでしたが、
しょせん見る側の視点でしか見ていなくて、
いざ、作る側になってみると、全く見当はずれなデザインと製作方法だったのです。
単純に言えば、小さな飾りだったんです。

 

そこで反省をして、次は大きな飾りを作ろう、とやたらサイズの大きなものに挑戦したのですが、
正に木偶の棒のような、ただ大きいだけ。
そうかテーマがないことがデザインのねりこみにつながらなかったんだ、と、再び反省。
とは言え経験不足は数回の製作では、補えるわけもなく、
5,6回目辺りから、やっと手ごたえを感じ始めたのです。
確か、6回目で、はじめて準入選をもらえました。

賞は、特選、準特選、入選、準入選の4段階、

つまり最下位です。
準入選とは言え、受賞したのですから、意欲は盛り上がり、
来年は、と、早めに構想を練るようになったのです。
と言うことは、七夕祭りの最中に、他の店の飾りを見に行き、
参考にするんですね。

いらい、飾りを吊ったら、すぐに頭の中笑い年どうしようか、と切り返るんですね。
ま、そうこうしているうちに入選なら定席のようになってきたのです。
で、さらに踏ん張ってみると、今度は準特選がとれるようになり、
まぐれだったと思いますが、過去、2度ほど特選を取ったことがあります。
ですから、なんだかんだ、40年とチョット、七夕作りの経験を持っていたのです。
そして、紅谷町のお店の閉店とともに、七夕づくりの歴史は閉ざされたのです。

 

しかし、根は嫌いではないので、

4年前、紅谷町子ども会による七夕飾りの掲出を手掛けることになりました。
でも、かつての癖が出て、どう見ても子供が作った飾りではないんですね。
そこで、3年目に、どうせならパールロードに飾ってみたいと思い、
七夕を創る会やら、市の商業観光、パールロード商店街、紅谷町自治会のシニア会、子ども会など、
多大なる協力を得て、子どもも飾りではなく、市民飾りとして掲出したのです。
もう、こうなると、昔の癖がそのまま出てしまい、サイズと言い、デザインと言い、
往年の作風が反映された飾りになったのです。
そしたら、全市のコンクールで、昼の部、夜景の部とも入選。
じじいになって、七夕男が帰ってまいりました。

 

さてそこで、今年は準特選狙いの大作です。
昔取った杵柄なんではありますが、やはり、毎年違うデザインですから、
作り方がその都度変わるんですね。
今年のテーマは、春秋の令花。
左右に、春の令花、秋の令花、まん中に花車、と言うデザインです。
花車は、御所車を変形させたもので、要は御所車そのものなんですが、
中に花かごがゆっくり回っているんです。
そして、車輪もゆっくり回るんですね。
このモーターの取り付けを、今日一日かけてやってきました。
平面で回すのは今までもやってきたのですが、車輪のようにタテに回すのは初めて。
ベルトを駆動して、車軸を回転させるのですが、
いやその構造のややこしいこと。
でもまあ何とかやり遂げました。

 

一段落したので、

早速、紅谷町子ども会の作品に切り替えです。

ほぼ毎日七夕飾り製作漬け。

いいもんですね。

 

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 20:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
さかなまつり

今日は、朝早くから、ベジタマ最中を作り、

須賀港の漁業市場で開催されている「魚まつり」に出品しました。

 

そもそもが、ベジタマ最中と言うものが、平塚市の農水産課で企画されたもので、
水産系のキャラクタとして、タマ三郎という、決してゆるキャラとは言えない風貌の、猫の化身みたいな漁師のタマ三郎と、
農産品系のキャラクターの犬のベジタのそれぞれを、デザインして、金型に起こし、
それで、焼いたもなかの皮に、既成概念にとらわれず、中身を入れて、食べてみよう、と言うのがベジタマ最中なんです。
現在、とりあえず続いているところが、杵若さんの、栗勝りきんとん最中、もしくは湘南みかん餡最中。
サンメッセさんのチョコブラウニー最中、肉の虎屋さんのモナコロ、コロッケの入った最中、
そして我が舟平の、しらす天ご飯最中、ハムサラダ最中、海老かつ最中、などです。
まあ、これで一儲けしようという人はいないのですが、せっかく東海大の学生さんがデザインし、
平塚産のもち米で種清さんが皮を焼いて、頑張っているんだからと、なるべく、広く伝えてゆきたいと考えています。
ま、先日の緑化まつりなどにも出店しているんですが、
今日の魚まつりにも出店したんです。

まあ、魚まつりも農水産課の事業の一つですから、

そこにベジタマもなかが出てくるのは当然と言えば当然なんです。

確かこれで3年連続での出店。

 

そもそも事務局的な仕事をしていただいている農水産課が、

何かの縁の下の力持ち風にサポートしていただいているので、
私達は、そこに品物を持ちこんで、売るだけ。
まあ、なんだかんだと完売はするんですが、もともと、魚の市民市ですので、
もなかは添え物。

製造数も控えめなんですね。
まあ、町のイベントに協力しますしょう、と言った感じでしょうか。

 

その本体の魚市の様子です。
時間は、朝8時から10時まで。
場所は、須賀の港、平塚市水産物地方卸売市場。
年に一回開催されています。

その中身は、市民セリ市・元祖!漁師鍋・マグロの解体実演・マグロの重量当てクイズ
・JAあさつゆ広場の直売・他ふれあいマーケットからの出店等々で、
ベジタマ最中は、その他のマーケット分野です。

 

で、結構市場は広いんですが、朝の8時にはほぼ満杯。
一番人気のまぐろの売り場には、開会前から長蛇の列。
1人1柵、一律1000円なんですね。
ですから、この列に50人並んでいると、もうそれは5万円の売り上げと言うことです。
まあ、実際には、100人以上が並んでいます。
少なくとも、あの列の後ろに並ぼうとは思えないほどの数です。

 

そもそもが、まぐろの解体から始まります。
よく、デパートなんかの地下の食品売り場などで、イベント的にマグロ解体ショーとかやりますが、
まあ、あれが延々と何尾か分行われるのです。
ともかく眼の前で数十キロのまぐろを解体し、終わると、何人かが手分けして柵取りして、
白いトレーに載せます。
買う方は、あれこれ選択権はありません。
ラッキーな人だと、中トロのところ。
まあ、ごく普通で赤身のところ。
としても、金額としては半額以下。
日本人はまぐろ好きと言われていますが、この時の列の長さを見ていると、

なんだってそんなにまぐろを食べたがるんだ、という感じですね。
もちろん、それ以外の水産品もこれでもか、と種類を並べていて、
通りかかると威勢のいい呼び声に、思わず足を止めてしまいます。
当然ですが、相模湾の水揚げが主流で、鯵なんか、中型の方のいいのが、6〜7匹入って、500円。
金目鯛など、1.5から2キロぐらいの型のいいのでも、いいとこ2000円。
まあそれこそありとあらゆる魚種が並べられています。

一言で言えば、解放魚市場、ですね。
余りの売れ行きに、どこかのコマでは、あわてて品物を探しに行ったん簿でしょうね。
1輪車か何かに、練り物の詰め合わせを山と載せて、一袋300円だ、と叫んでいました。
生鮮の魚以外にも干物とか、加工品もいろいろとあって、それは魚好きにはたまらないイベントです。
私も、最中の販売の合間に、あちらこちら見物がてら、買い物をしました。
正直に言えば、最中の売り上げ分ぐらいは買ってしまったと思います。
一つはシラス。
確かにどこでも売っているんですが、出ていた品は、ちょっと型が大きいものだったんです。
私は、しらすは、型が大きいほどうまい、と思っています。
小さいのは、やはり味が薄いですね。
型がよかったんで、これで明日は、しらすかき揚げでも作るか、と。
ともかくその売り方が、丼一杯500円、ということで、目方ではなく見た目の量目なんです。
いかにもどんぶり勘定でしょ。
ともかく、最初の1時間は、会場内を思うに任せて歩けないくらいの混雑ぶり。
中には、クーラーボックスを肩から下げて、あれこれ買いものをしている人もいます。
これも結構な数で、あのクーラーボックスに詰め込んだ魚を

どのように食べるんだろう、と気になるくらいです。

 

まあ、平塚は、海辺のまちです。
海の恵みを豊富に与えられているまちです。
日本は四面を海に囲まれていますが、だからと言って、
海の幸を直接的に得られるというのは、それはそれでラッキーな事でしょ。
改めて、平塚の素晴らしさの発見をしました。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 12:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
早くも七夕飾り製作中です

今、大分早いのですが、七夕の竹飾りの製作を進めています。

 

ちょっとしたいきさつがあるので、先ずはその説明です。
代官町に肉バル・マルコと言うお店があって、
ここの若きオーナーシェフ、中川さんが、こんなことを思いついたわけです。
それは、
「みんなの力を合わせて七夕飾りの特選を取ろう」と言う事なんですね。
どうも最近の七夕飾りは、数はともかく、かつての豪華さが失われてきている。
そこで、みんなでお金を出し合って、そのお金で七夕飾りを発注し、
特選を勝ち取ろうじゃないか、と言う事なんですね。
当初の目標は、250軒の飲食店から、各1万円づつ集める、ということで、
南口のお店を中心に、有志を募ろうと、この活動を展開はじめたのです。
で、その中の何軒かから、「この話は、水嶋さんにしたのか」、と。
中川さんは私のことは知らなかったので、複数の店でそういうことを言われて、
それなら、と、南口の串平にやってきたのです。


私は、店には出ていませんので、会って話をすることができず、

彼は趣旨を書いた一枚のビラを置いてゆきました。
で、後日それを見て、なかなか感心な若者だな、と思ったんですね。
皆、口ではいろいろ言います。
昔はよかった、と。
挙句の果てに、七夕なんて、中心街のお祭りだから、
その周辺の店にとっては、商品の納入は不便だし、お客も偏って、
あんなのやらない方がいい、とまで言う人がいるんですね。
そんな中にあって、先ずは行動をしている、ということに感心したのです。
こう言う思いを持った若者を支援しなきゃ、と。


これまた、飲食店の中では、社会的な活動をもっとしなきゃ、と言いつつ、
若い者がもっと主体にならなきゃだめだ、と、若い者によく説教めいたことを言う人も多いんですね。
でも、おまえらが頑張らなきゃ、ということは言っても、どう頑張るのか、
また頑張ろうとして時に、先輩としてどのようなサポートができるのか、
そういうことがあいまって、初めて、若い者が頑張らなきゃ、と言えるわけでしょ。

 

で、私は彼の店まで行って、その思いを直接聞くことにしたのです。
ま、結論を言えば、その気だったんですね。
すでに、近くのお店を50軒ほど回って賛同書を集めていました。
ところが、彼はかつて七夕飾りを作ったこともなければ、どういうシステムで、
祭りが開催されているのかもよく知らなかったのです。
一方、こう言っちゃあなんですが、私は高校生の時から、舟平の飾りを作ってきました。
およそ、40年余りの長きにわたります。
この間、特選も取りましたし、準特選はほぼ常連。
まあ、どこをどう突っつけばいいのか、そのコツは熟知しているつもりです。
ただ、紅谷町の店を閉店してから、15年ほど飾りを作っていないので、
体力的な不安があったのですが、製作開始を早めにし、じっくり、ゆっくりやれば
何とかできるだろう、と考え、
その製作をすることにしたのです。


とは言え、中川さんに計画はいささか無理がありました。
例えば、あの大きな飾りをどのようにして引き上げるのか、その時に何人が手伝うのか、
これまた問題なわけでしょ。
お金は出してくれたものの、その時はお店が忙しくて、手伝うことができません、では、
実際、飾りの上げ下げ一つとっても、まともに出来ないわけです。
第一、250軒の飲食店が賛同してもらえると思えなかったんですね。
そこで、目標を一段下げてもらいました。
特選と言う事でしたが、準特選でどうだろうか、と。
特選は2席です。
この中に入り込むのは、ちょっと厳しいんですね。
でも準特選は、ベスト5ですから、ここなら今までの定席ですから、

おおよそどんなデザインで、どのように仕上げればいいのかは、見当がつくんですね。
ベスト2とベスト5は、やたら格差があるんですね。
これは、40年の経験からそう感じているんです。


そこで、まずは目標を一段下げて、準特選ということにしよう、と。
とは言え、100、200と掲出される中のベスト5ですから。
そんな簡単な話じゃないんですが。
何より、250軒の賛同は、50軒の賛同で行けそうと踏んだんです。

そこで、それに応じた予算を組み、それでできるデザインをし、設計図を書き、
素材をチェックし、準備に入ることにしました。

 

まず、この準特選竹飾り掲出のための実行委員会を組織。
言い出しっぺの中川さんが実行委員長。
私が副に入り、飲食店仲間に声をかけ、先ずは実行委員会を結成したのです。

そして、先月25日に、七夕製作会場として、市民プラザ駐車場6階が準備に入りましたので、
イの一番に顔を出して、担当の方々にごあいさつ。
何より場所取りをさっさとして、材木を運び込み、翌日から製作に入りました。

幸いなことに、我が娘の婿殿の父上が、この類のことが大好きで、
手伝ってくれることになり、
毎日、数時間ですが、作業を進めています。

 

中川さんの最初の趣旨に、このように同業のものが、力を合わせて、
平塚の誇るべきイベントに、てこ入れをする、ということが、
他の業界においても行われるようになれば、
あの豪華な飾りが立ち並んだ、かつての七夕祭りを取り戻せるんじゃないか、
と言う事なんですね。
確かに、その通り。
かつてはスターモール中心に竹飾りを掲出していましたが、

そのすべてが、商店の自前で掲出していたものです。
しかし、なかなか商売的にも、陰りが出てくれば、飾りも貧弱になって来る。
ですから、何らかの新しい力が必要なんですね。

 

ささやかながら、地域の企業・商店に対して、私達飲食店がこのような行動を起こしたことが、
ひとつのきっかけになり、先鞭となれば、それはそれで大変うれしいことだ、と思うんです。

 

ま、ともかく、現在進行中です。
大いにご期待ください。
そう、掲出場所は、紅谷パールロードの、どこかです。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今日はひらつな祭、ぜひお越しください

もう何日も事前告知してきましたが、いよいよ今日はひらつな祭です。
三日四日前から、天気が気になって、どうなるのか、と。
もう、一日何回も天気専門のサイトを見ては気をもんでいました。
そして、微妙な変化で、雨が曇りになり、曇りが晴れに変わって、
降水確率も、一週間前では、60%だったのが、徐々に低くなってきたのです。

いやしげしげと天気予報を見ていて、初めて知ったのですが、
当日と翌日の時間帯別の天気の変化については、
降水確率ではなく、降水量になるんですね。
ま、確率と言うより、何ミリ降るか、と言う事なんです。
確かに、当日の確率なんてあいまいな事より、
何時から何時までの降水量、と言う方が具体的ですもんね。


まあ、それによると、明日は夕方までは降水量0ミリです。
何よりと言うところです。
これって、誰にお礼を言えばいいのか、と言った感じですね。

 

さて、ひらつな祭は、防災イベントです。
このまちで、災害が起きた時、どこのまちと比べても、
最も死者が少なく、最も負傷者が少ない、と言うまちにしたい、という目標を持っています。
そういうことを具体的掲げたイベントなんです。
まあ、命を守る、と言うことです。

 

地震などの災害が発生したら、という想定はうんざりするほど繰り返し、行われてきました。
しかし、こういう災害は、実に地域の個性的な状況に応ずるもので、
震度もそうですし、液状化現象とか、襲来する津波の高さとか、被害の状況は、
実に様々なんです。
ですから、その対策は、必ずしも一定のものが求められているわけではありません。
ですから、地域での対応が個性的にならざるを得ないのと同様、
個々の家での対応も、当然異なったものになるべきなんですね。

 

大きな地震とかを想定する時、

社会としての対応と、個人としての対応に大きく分かれます。
時にこの二つの要素をごっちゃにして考えがちです。
先ず最大の混同は、個人に起きた被害は、

もちろん自力でどうにもならないことが多いのですが、
時に、行政体とか、病院とか、消防とか、公的なものは、

普通に機能していると勘違いするんですね。
つまり、私はやられてしまったけど、公的機関はいつも通り機能しているだろう、とか、

消防や病院も、頼めばなんとかしてくれるだろう、と考えがちなんです。

 

第一に、防災の心構えで修正すべきは、公的機関と言えど、基本的に頼れない、ということです。
現に、阪神淡路の時、ほぼ半数の病院、診療所が、

機能が低下したり、治療の対応ができなくなったそうです。
患者の数が増えているのに、それに対応する治療機能が半減しているんです。
こういうことが起きるのが地震なんですね。

 

つまり、いつもだったら電話一本で、駆けつけてくれる救急車も

基本的には、なかなかやってこないんですね。
災害が発生すると、社会的機能をどう復旧するか、ということは、個々の生活にかかわって来るものの、
実際には次元の異なる環境になってしまうんです。

 

ですから、個の地震対応と、社会の地震対応の二極があって、
ここを混同することは、おうおうにして間違えた対応を求めてしまいます。
つまり、ざっくばらんに言えば、他力本願になりがちになるということです。

 

個々の対応での基本は、死なない事なんです。
そのためにどうするか、でしょ。
防災として個々で行うことはまずそこなんですね。
ま、できれば怪我もなくです。
ここをクリアーすることは、個別の問題でしょ。
水を何とかしてくれとか、仮設住宅をどうするのか、とか、
要は個々の問題とは異なりますが、
ここをごっちゃにしないということです。
要は、先ずは防災としては命をどう守るかなんですから、
そこに焦点を絞って進めることが賢いと思います。

 

何より、家の耐震化と、家具の固定。
もししっかりと進めることが出来たら、これは確実に防災としては一歩前進なんです。
なぜなら、いくら水を用意し、着替えを準備していても、
死んだらそれまでなんですから。

水も必要ないし、着替えだって意味ないでしょ。

 

時間があったら、ぜひ、ひらつな祭に来てください。
そして、命を守る方法のヒントを得てください。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 09:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
みんな幸せだって

外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案が昨年12月に可決され、
この4月から施行されます。
まあ、この法案審議の時も、法改正に都合がいいようなデータが出され、

どうも実態と違うようだ、と野党が嚙みつくも、
原則、日本の経済環境では、少子高齢化の厳然たる実態の前には、
さしあたっての対応としては否定のしようがなかったわけです。

で、可決。

 

国会で入管法の審議の最中に、テレビ局などが、

外国人労働者の実態みたいなレポートを様々な角度で放映していました。
私はこの一連のテーマを、テレビで見ていて、
いくつかの事実を知ることができました。
それは、技能実習とは名ばかりの、低賃金労働力の確保、ということです。
したがって、実態は「帰れない」「厳しい」「給与が安い」などのローマ字の頭文字を取って新3K労働とか。
まあ、こんなことが起きているなんて、まさに日本の恥でしょ。


すべてとは思いませんが、たとえ一部であれ、
必ずしも、バラ色の世界で仕事をしていたわけではなかったのです。

 

普通に想像できることですが、
これから異国である日本に働きに行ってみよう、と。
その決意の背景には、多分その国で抱えているいくつかの問題があって、
日本に行けば何とかなるかもしれない、という思いがあったはずです。
観光客ではないんですから、物見遊山で日本で働こうとは思ってるわけもない。
なかには、日本に行くのに、ブローカーのような人たちがいて、その人たちにいくらか金を渡して、
渡航の手続きをしてもらうのだとか。
なぜか、ここに結構な金がかかるんだそうです。
そんな背景もあって、日本にやってくるときは、

それなりの意気込みと、胸いっぱいに膨らませた希望を持って、夢を描いて、

国を後にしてきたはずなんです。

 

で、彼らは、日本にやってきて、その夢はどうなったのか、ですよね。

そこのところが気になって、SCNの番組として取り上げることになったのです。

実際は、この3月1日から、湘南ケーブルネットワークのケーブルテレビの2チャンネルで
毎日、朝9時半、夕方5時半に放映されていますので、できればそれをご覧ください。
私が構成し、撮影してきたものです。

 

さて、この取材をしてきた中で、新たに知ることができたことが多々ありました。
基本中の基本なんですが、
外国籍の人が、日本にやってきて、この平塚で暮らそうとした時、
このまちの住民になるわけですから、住民登録が必要になります。
で、先ずは、市役所に出かけて行って、住民登録の手続きをするわけです。
でも、母国語しか話せない場合も結構あるので、
この場合、言語が通じ合わないと、何が何だか分からないでしょ。
そこで、市民交流課というセクションがあって、ここに、通訳する人がスタンバイしているんですね。

いま、平塚市には、4800人ほどの外国人が生活していて、
最も多いのが、中国国籍の人、888人。
フィリピン、ブラジルと続き、およそ70カ国を超える国の人が住民登録をしているのだそうです。
言語数で10ちょっと。

ま、街中で、中国語やタガログ語など、耳にすることがありますので、
そこそこの人数になっているんだろうと、感じていましたが、
ざっと全人口の2%でしょ。
50人に1人ですから、これは時代は変わってきているぞ、という感じですね。
で、これは増々今後増えてゆくわけです。

 

気になったのは、なんだかんだと言いながら、日本語が話せないと、生活も不便ですし、
情報も得られない。
広報のスピーカーで、徘徊老人の情報提供を求められても、
何が何だかわからないわけでしょ。

 

まずは日本語の習得です。

そこで、市内の公共施設で、日本語教室がボランティアによって展開されています。
また市が取材に行ったのは、市役所の松原分庁舎。
曜日や時間帯は様々ですが、私が行ったときは夕方7時ころ。
そこには、5〜6名の先生役のボランティアと、各2〜3名の外国人の人が、
簡単な日本語が書かれた資料や、時に絵などを挟んで話をしていました。
日本人は、相手方の国の言葉を使ってはいけないんだそうです。
あくまでも日本語で話をする、と言う事なんですね。

 

で、その延長で、では子供たちは学校でどのようにしているのか、と言う取材をしました。
平塚では、一校に5名以上の外国籍の子供が通学している場合は、
国際学級を設置するんだそうです。
20名を超えると先生二人と言うことで、
子どもたちが日本語を習得し、日本の授業が理解できるようにサポートするのです。

 

最も外国籍の子が多いと言われている横内小学校に行ってきました。
40名を超える登録があるそうで、専任の先生も3名が担当。
専門教室もあって、なかなか充実した対応をしていました。
ピックアップした子等にインタビューをしたのですが、
まあ、どこの子も皆可愛い。
そして元気。
インタビューの最後に、あなたはこのまちで暮らしていて、幸せですか、と聞きました。
全員が、はつらつと、毎日たのしくて、幸せです、と答えてくれました。

やらせは一切ありません。念のため。
是非ともその様子をテレビでご覧下さい。
3月31日まで放映しています。

 

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 10:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
歩道橋は必要なのか

市内立野町に住む男性の知人がいました。
場所はロイヤルホストの裏あたり。
年齢は80歳を超えたところ。
で、この方が、さる会合でしきりに訴えていたのです。
その内容は、国道と中央地下道通りの交差点、
崇善小学校の西南に位置する歩道橋についての問題でした。
歩道橋があるため、交差点西側に横断歩道がない。
ま、一言で言うと、彼の家から街なかに出かけようとすると、
横断歩道がないので、遠回りをしなくてはいけない。
もともと、足が悪く出かけるときは、車いす。
で、歩道橋の階段を使えない。
そこで、北に向かって横浜ゴム前の横断歩道を渡って、今度は崇善小学校の西側の道を通って、
やっと国道の横断歩道にたどり着くんです。
このルートで、もし横断歩道があれば、すぐに渡れる道も遠回りせざるを得ない。
そのロス、なんと600叩
車イスではちょっとしんどい距離でしょ。
では、自宅から今度は西に向かって横断のできるところまで進み、
そこで国道を渡り、東に取って返して、先ほどの交差点までは、と言うと、
これまた700辰離蹈后

なんとかならないか、と言う訴えも、ムべなるかな、と言う所でしょ。

 

国道一号線は、その昔は今のスターモールのところが、いわゆる一国と言われ、
商店街のど真ん中である、ということや、七夕、その頃はやりだした歩行者天国などの開催に当たっては、
国道一号線と言う位置付が、問題になっていたんですね。
時代とともに、交通量は増えていきましたので。
そこで、今の位置に国道を付け替えます。
ですから、私達は、なぜか二国と言ってました。
時にバイパスとか。
改めて、まあ、相当な勇気ある決断で、国道を付け替えたのですが、
結果、この交差点の問題や、
特に八幡神社前の横断については、しばしば問題が指摘されてきました。


で、この八幡さんの参道が、国道でぶった切られてしまったので、
何とかならないか、という議論が地元からも出されてのですが、
行政はこれを真剣に受け止めてきませんでした。
なぜなら、いまだにそのまんまだからです。
で、対応として、本来の参道部分に、大きな看板で「横断禁止」と言う書かれた表示を、
どんとど真ん中においています。
仕方ないですから、やや東の歩道橋を昇降するか、
やや離れた西側の横断歩道を、二段階で渡る、ということしか八幡さんで参詣する事ができません。

私は、歩道橋に下に歩道をやや広めにとれば、この問題は大きく前進すると思うんですね。
どうしてこんな簡単なことが実現しないのか、不思議でなりません。
聞くところによりますと、歩道橋の撤去には2〜3千万円の費用が必要だとか。
ま、軽い金額じゃやありませんが、市民の利便性を考えたら、これは意味のある経費になりますよね。
何より、市役所前の歩道橋は、市役所の新築工事とともに撤去されましたから、
自分のおひざ元ができるんだから、他も可能性ありでしょ。

 

そもそも八幡さんの参道は、平塚でも由緒ある昔からの基幹道路だったんですね。

八幡神社から、江戸のころの五十三次の街道、東海道までが、大門通り。

そこから、南は、現在のJRの線路がありませんから、海までまっすぐ伸びていて、

これが浜大門と言われていました。

今の扇の松の通りです。

で、話は横道にそれますが、この浜大門通りにある新光会の商店街が改名して、

その名を浜大門通りにしたそうです。

ま、今も昔も、暮しの精神的象徴である神社の参道はそれなりに大事にされてきたわけです。

 

さて、歩道橋ですが、

歴史的に振り返れば、基本は通学児童の保護だったと思うんですね。
学校のそばに歩道橋が多いことを考えれば、そういう根拠があったのだと思います。
しかし、これは併せて、少子高齢化と言う社会の減少の変化を迎えれば、
足の不自由なお年寄りが増えてくるのですから、
当然対応が変わってしかるべきでしょ。
交通事故は、人と車の交差する所で発生しがちです。
ですから、これが前提ではあるのですが、すべての道から、車と歩行者を分離することはできません。
むしろ、共生できる方法を今後も模索するべきでしょ。

 

大阪で昨年10月、自転車同士が衝突し、これにより車道側に転倒した50代の女性が、
走ってきたトラックにひかれて死亡する事故が起きました。
歩道の中央には歩道橋の階段があって、事故が発生した現場は見通しが悪い「死角」になっていたのだそうです。
ですから、しばしば自転車同士、自転車歩行者が接触し、
この歩道橋に関しては、以前から地元が危険性を指摘し、市に撤去を求めていたのだそうです。
でもそのまんま。
この事故で、行政は重い腰を上げ、市は撤去を決めた、とか。
人ひとりが死んで、相手の自転車を運転していた男性も、安全確認を怠ったとして重過失致死の疑いで書類送検。
まあ、亡くなった方も、この男性もとんだ災難でしょ。
早く歩道橋が撤去されていれば、起きるわけもない事故です。
その意味では、行政にも過失があった、と言えるでしょ。

 

歩道橋が安全で便利、なんて時代はとっくに終わりました。
このまちでも、歩道橋の必要性について、市民の目線での検討が必要ですね。

| 水嶋かずあき | 平塚のこと | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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