水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
売れる商品を作ってないんじゃないの

商売が繁盛する要因は、いくつかあります。
〇流に乗っている事
▲灰好肇僖侫ーマンスのいい商品を作り、または扱っている事
お客様を大事にする事

もちろんこれ以外にも、あれこれ細かく言えばありますが、
ざっと大きくはこんなところでしょ。


1の、時流に乗るというのは、かつてあまり重きを置かれませんでしたが、
昨今の社会情勢の激しい展開では、
その時の、いわば波に乗るというのが大きな要素になっていると思うんです。
食べ物屋の話になるんですが、
かつては、「のれん」なんてことが幾分か商売繁盛の要素になっていました。
その昔、うちのお店で調理師をしてたものが独立することになったのです。
当時、我が店では資金的にもあまり余裕が無く、資金面での支援ができませんでした。
そこで、彼の業績を何とか評価したいと考え、我が店名を名乗ることを薦めたのです。
いきなり何とかという店を開店させるより、少しは知られていた店名を名乗る方が、
幾分かのアドバンテージが得られるだろう、と考えたからです。
まあ、その時代ですから、それなりの効果はありました。
いわば「のれん分け」と言うやつです。
しかし、昨今では、この、のれんの効用と言うのはほとんどなくなってしまいました。

むしろ、新しい店名だと、どんな店だろう、と興味を持たれるようで、
新規開店でも、それなりのPRをすれば、開店当初でも
十分にお客さんがやってくるのです。


時流と言うのは、むしろ、その時の流行ものだとかを巧みにとらえることです。
スマホをはじめ、情報化が進んできたとなれば、ホームページ程度ではなく、
しっかりとした、即時的な情報がやり取りできるようなシステムを持つことでしょうね。
カードの支払いが、簡単にできるようにするなんて言うのも、時流の一つでしょうね。
実際の話ですが、私らの飲食業では、何か連絡をしようと思っても、
FAXのない店はかなりありますし、パソコンで、メールで書類添付ができない、なんて店はざらなんです。
したがって、スマホすら持っていない店主が結構いるので、
このご時世生き残れるのか、なんて心配をしてしまいます。
まあ、しょせん店主が高齢化し、否応なしに現役引退となったら、
お店を閉めるまでのことです、と、結構あっけらかんとしているので、
何とかしたほうがいいですよ、と言いつつも、仕方ないか、で諦めてしまうんですね。
正に、時流放棄です。

 

2のコストパフォーマンスですが、
これは、当然ですが、安くていい商品がいい。
安かろう悪かろうでは意味がない。
3年前にある大型家具店で、ダイニング用のイスを2脚買いました。
まあ、わが家用なんで気張ることもないか、と、比較的安いランクのものを買ったんです。
で、ここに来て、その椅子のビニールレザーの張物が、もろけてきて、
表面がぱらぱらと禿げはじめたのです。
まあ、擦れて取れるだけならともかく、尻について、歩き回るところに
その破片が落ちるんですね。
点々とゴミとして。
3年持たないの?と思うでしょ。
こんなイス聞いたことない。
私は、家具作りが趣味なんですが、自分で作ったイスの方がよほどしっかりしています。
そこで、クレームの電話を入れたのですが、
まあ、保証期間1年が過ぎているので、どうしようもない、というわけです。
ちょっとばかりその対応に腹が立ちましたね。
つまり、一年以上たったら、うちの商品は保証しませんと言う事でしょ。
非常識な使い方ならともかく、普通にイスとして使ったんですけどね。
まあ、どう考えても「お値段以上・・・」なんて代物じゃねえ、と思いました。
確かに安い価格の椅子でしたが、安かろう悪かろう、と言うのも店の言い分ではないでしょ。
じゃあせめて、5年10年持つようなものを作り、相応の値段をつけることが大事でしょ。

基本はやはり品質ですね。


食い物屋で言えば、味です。
先日、さる仲間と忘年会で、新橋の中華料理屋さんで会食をしました。
8人ほど集まり、一室仕切られた小部屋で、丸テーブルを囲んだんです。
すでに、テーブルセットがしてあって、しゃれた金色のナイフォークとか、
箸置きとか、ナプキンもしゃれたおり方をしてあって、高級感漂っていたのです。
何しろ会費1万円ですから、庶民にしてみれば、わくわくの中華料理を期待するでしょ。
でも、食べ終わって印象に残っているのは、金色のナイフォークで、
しかも、それを使う料理は一品も出てもこなかったんです。
私はいつか使う料理が出てくるだろうと思っていたんですが、
結局箸で終わりました。
正直、料理に関する満足は半額以下でしたね。
大体、仕事が仕事ですから、出てくる料理はかなり詳細まで、記憶に残るのですが、
あんなに印象の薄い料理は初めてでした。
つまり、舌が少しも感動しなかったんですね。

 

で、三番目のお客を大事にしているかどうかです。
まあ、最近は標準的なマニュアルが浸透しているんでしょうから、
そこそこに客扱いが向上してきましたが、
まだまだ、これがサービス業でとる態度か、と言うところがあります。
特に、行政の窓口で、時々感じることがありますね。
まあ、以前からみれば、相当に改善されてきましたが。

 

これらのさまざまな要素で、客はお店や商品を選択するものです。
この原則を外れて、売れない原因を探っても解決はできません。

 

トランプ大統領が、アメリカの車が売れない、と大騒ぎをして、関税をかけるとか言ってますが、
アメリカの車が商品として魅力ないからでしょ。
関税なんて手段ではなく、
すぐれた商品を生み出すための支援を、国としてすべきでしょ。
なんか大きな勘違いをしていると思うんですけどね。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
忘年会幹事心得

いよいよ今年も師走を迎えました。
何やら聞いたところでは、師(先生)が走るから師走とか諸説あります。
いや、師とは、僧師のことで、要は坊さんが走るからだ、というのが有力。
その語源的な資料としては、平安末期のものに見ることができるとか。
で、なんで走るんだっていうと、今はそうではありませんが、
むかしは、お盆の時に各戸で、法要を営むのが習慣で、
お坊さんは檀家回りをし、お経をあげるのです。
これが、むかしは、盆と暮の二回あって、暮れにもあちらこちらの檀家を回らねばならず、
ついつい急いで走ったので、師走になったとされています。
という伝承があるんですが、じゃあ、盆は走らなかったのか、となりませんか。
ま、わけのわからないことに文句付けても仕方ないのですが、
いずれにしても、何者かの師が走ったようですね。

 

さて、師走となれば、忘年会。
最近は忘年会も質が変わって、むかしのように、大きな単位での飲み会が行われなくなりました。
ごくごく内輪の小さな単位での飲み会になってきたようです。
我々の業界では、最も顕著に忘年会の実態が把握できるのですが、
まず、予約の数が減ってきた。
1組当たりの客数が減ってきた、と、要は忘年会の売り上げが減りつつあるんですね。
ま、共に一年の労をいたわりあって、やがて来る新年への望みをつなぐ、

という意味合いが薄くなってきているんですね。


私はある時期、仲間と忘年会を開催する時に、望年会と称して、
前向きの飲み会を開催したものでした。
ま、どんな理屈をこねようと、だからと言いて、参加しない人は参加しないものですね。

最近の若い社員は、飲み会を嫌がる傾向がある、と言われています。

なんとなく、その時間が拘束されるような気がする、と言うのと、
しょせん先輩の自慢話を聞く会になるから、なんてこともいやがる理由のようです。

 

話はガラッと変わりますが、
先日、紅谷町のシニア会の懇親会が開かれました。
ま、時期から言って忘年会ですね。
で、年よりが集まる飲み会では、最初のうちは、あれこれ噂話とか、世間話が中心になるのですが、
途中から、おうおうにして、病気自慢大会になってしまいます。
体の具合の悪くなったところと、その治療法、時に入院手術の報告、
薬の種類とその効果、など、要はみなそれなりに経験があるので、どうしても話題がそこに落ち着くのですね。
で、そのシニア会の席でも似たり寄ったりなんですが、いよいよ話題は、墓と葬式の話になってしまいまして、
これって、ものすごい飲み会だな、と思ったのです。

 

話を忘年会に戻しましょう。
宴会幹事心得です。
ともかく、いろんな人が集まるんですから、ただ会場を予約して、料理の内容を決めて、
日時場所、会費を皆に伝え、当日は会場に入り口で会費を集め、最後に精算するのが、幹事の仕事ではありません。
そこで、幹事が楽しい宴会ができるように気を配る事、幹事心得です。


その1 まず、参加募集ですが、不参加者を少なくすることが仕事です。
去年は5人不参加だった、としたら、今年はゼロが目標です。
テーマはともかく100%忘年会を目標にしましょう。
まず、これを公言します。
そのために、ともかく、どうした、と言われるくらい、熱心に口説き回る事ですね。
ああだこうだと断る人がいますが、そこを何とか、と口説く。
女性とか、アルコールがダメな人とかの参加費に差をつけるのもありですね。
また、その日はどうしても外せない用事がある、なんていう人には、
半額会費で、フルタイム参加できないからといって、全部を断ることを避けるようにします。
最初の一時間だけ、と言うなら、せめてそれだけでも、と半額にするとかです。
ま、あれこれの手を使って、先ずは職場全体で参加できるようにしましょう。
この100%参加を実現すると、先ずは乾杯時で大いに盛り上がり、職場の一体感が生まれます。
ただの忘年会ではなく、まちがいなく職場での士気が上がる、

ある種のステップアップセミナーみたいなものです。

 

その2 料理の内容を含め、会場の能力を最大限に発揮できるようにします。
できれば、予約会場には、事前に下見をし、さらにできれば、個人的に飲食をしておくことが重要です。
その際、ホールのマネージャーと顔見知りになっておき、ちょっとは常連風な雰囲気を作っておくことです。
当日、どうしてもお店の人とのやり取りが必要ですから、
この時実にスムーズになるんですね。
周りの人も、幹事が店の常連だ(と勘違いしようと)と思うと、安心できるものなんです。
この時に、料理の内容、酒の内容など決めておきましょう。
最近は、無精して、飲み放題ということを選択しますが、
お店によっては、制度の微妙な違いがあって、事前によく理解しておくことが必要です。

 

市内のある店で、仲間と忘年会に行ったのですが、飲み放題にもかかわらず、
生ビールは一人一杯まで(他は飲み放題でしたが)ということで、制限されていました。
これは大半の人が知らなくて、店に対する不満を口にしたんですね。
なぜなんだよ、に、店はそういう決まりだからの一点張り。
結局、気まずい雰囲気になり、みな、二度と行くか、となってしまったんですね。


そして、肝心なことは、飲み放題が得なのか、その場注文の方が得なのか、です。
これは、メンバーの酒量を把握しておけば、分かることです。
いざ飲み放題で臨んだところ、半分が、コーラだウーロン茶だとなると、損してしまいますね。
料理の内容については、どんな内容かを聞くだけにとどめます。
注文を付けると、材料の手配や、調理師の得手不得手にかかわるので、
時にいやがられます。

 

その3 トータル予算について
要は宴会内容とのコストパフォーマンスですから、
ここがよければ幹事の評価が上がります。
出来れば、この際ですから、あちらこちらの協賛をいただいてしまいましょう。
関連の会社などで、お金は無理でも品物ならOKと言うところがあるはずです。
途中、抽選会でもして、賞品として配る手があります。
その際、提供会社名を読み上げ、株式会社××さんからのお歳暮です、とか言って渡すことです。
また、関連の上司の所に行ってご招待しましょう。
参加できないとなっても、金一封は出てくるのではないか、と期待します。

 

などなどきりがないのですが、もし幹事に指名されたら、
ちょっとした気遣いで、良い結果を出せます。
チャンスだと思って、頑張ってください。

| 水嶋かずあき | グルメ | 13:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
食文化帰化第一号

「盛ったご飯をえん堤に、ルーを水に見立てた「ダムカレー」を出す店が全国で増えている。
日本ダムカレー協会によると、この3年で3倍に増え、現在150店以上。
ダムの形を忠実に再現したものから、多様なトッピングで彩られたものまでさまざまだ。」
と言う記事がネットで紹介されていました。


文章の下には、ダムカレーと称するさまざまなカレーが写真入りで掲載されています。

実は、そんなカレーがあったのか、と初めて知りました。
これといった基準もないようで、
要は、カレー皿の中で、白飯をダムと見立て、一方にカレーのルーを入れたり、
らっきょなどの薬味を分けてみたり、ちょっとした副菜を盛り付けたりと、
見た目そのものは様々です。


記事の通り、日本ダムカレー協会なるものが結成されているようで、
面白そうとばかり、ダムの近くの地域では、
地域振興的な意味を持って、このアイディアに参加したところもありそうです。

 

そもそもカレーは、明治になって取り入れられた洋食の一種で、
インド発ヨーロッパ経由の食文化なんですね。
ですから、インド発のカレーとヨーロッパ経由のカレーでは、多少違いがあります。
インドでは、カレーはそれぞれの家の数だけ種類がある、とまで言われていますが、
しいて言えば、日本の味噌汁に、決定的な作り方が無いように、
家庭のさまざまな事情で出来上がって来るのが日本の味噌汁。
出汁も味噌も具材も、実に多種多様でしょ。
これと同じで、インドでもカレーについて、原則的な作り方は無く、
それぞれの家のキッチンで作られるものが、我が家のカレーなんだそうです。
とは言え、基本としては、まあ、こんなところか、と言う作り方としては、
玉ねぎのみじん切りをソテーし、これに生姜やニンニクの香りをしみこませ、

ナッツのペーストでとろみをつけ、各種の香辛料を入れ、

スープと具材を併せる、と言うやり方です。
具材は、肉、魚、チキン、野菜、なんでもありです。


ヨーロッパ式は、植民地であったインドの食文化のカレーがイギリスに伝わり、
そこで、いわゆる洋風な作り方が加味されて、出来上がりました。
日本の現在のカレーはこれに近いですね。
まずは、くし切りにした玉ねぎをソテーします。
これに小麦粉をまぶしてさらにソテーします。
つまり、ポタージュやシチューなどのベースの作り方と同じですね。
そこから先は、カレー粉を入れ、スープと具材を混ぜてゆきます。


単純な分け方をすれば、スタート、前半が少し異なるだけの話で、
今となっては、これと言った判別はしがたい所があります。

ま、インドでは、さすがに本場だけあって、
ターメリックをはじめとする、いわゆるカレー粉を構成する各種の香辛料は、
それぞれ別々になっていて、それぞれの家庭の配合比で、入れているようです。
日本では、そこまで面倒なことをしないでしょ。
全部配合されているいわゆるカレー粉を使っています。

正確には、ミックス香辛料です。

 

さて、このカレーが日本に入ってきたのは、いわゆるヨーロッパタイプ。
ややスープっぽい粘度のものでした。

恐らく、ヨーロッパでは、カレーポットなるものにルーを入れたものを食べたのだと思います。

少なくとも、日本のようにライスとカレーを一皿に盛り込むということは無かったはずです。

そこで、明治の頃の洋食を受け入れ始めた日本では、当時としては平たい洋皿しかなかったですし、

ライスに掛けて食べるという食べ方でした。
ですから、ライスを盛り、カレーをかけると、皿からこぼれることがあったんですね。
そこで、工夫されたのが、ご飯を皿に盛り、真ん中に穴をあけて、つまりドーナツ状に盛って、
その真ん中の空いたところにカレーのルーを入れ、これを崩し崩し食べるという食べ方だったんですね。
つまり、ダムカレーそのものです。
年配の方で、そう言えば、昔子どもの頃にそんなカレーを食べたことがある、という方が、いるはずです。
この盛り方は、村井弦斎さんの食道楽を読んでみると、そのような工夫をしつつ食べたのだろう、と思われます。

 

今やカレーは日本食ですね。
食文化帰化第一号と言っていいかもしれません。
何より、大量に作れて、うまい。
そもそも、子どもの頃、キャンプに行くと、初日の夕飯はカレーでしたものね。
具材を煮て、ルーを投入すれば完成なんて、手抜き料理としてはうってつけでしょ。
ですから、大集団の料理となると、このカレーが重用されました。
その昔、海軍で、夕飯にこのカレーが出され、

当時は、なぜか、カレーについて詳しく記述していた弦斎さんの本の影響もあってか、
カレーのことをゲンサイと呼んでいたようです。
海軍の水兵さんの日記に、今日の夕食はなんだ?と言う仲間の質問に、

炊事当番の水兵さんが、ゲンサイだよ、と答えるシーンの記述があります。
まあ、横須賀の海軍カレーの元祖は、村井弦斎さんの食道楽である、と言う事ですね。

 

さて、ダムカレーの記述を読んで、ここでも元祖弦斉カレーが復活したな、と思いました。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 15:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
食における自己責任

へえ、そんなこともあるんだ、程度で飛ばし読みをしていたのですが、
改めて、そのニュースを読んで、
結構これは大事な事じゃないか、と思ったんですね。


何が大事かと言うと、この状況に自分がならないという保証は、ゼロ%ではない、という事なんです。

すでに、この記事を読まれた方も多いと思いますが、
オーストラリア・シドニーに住むサム・バラードさんが、
ナメクジを食べて、重篤な症状を引き起こし、先日逝去されたというニュースです。


ニュースによれば、友人たちとワインを飲んで楽しんでいたところに、ナメクジが登場。
サムさんがふざけてこれを食べてしまったというんですね。
数日後、体調を崩し、病院で診察を受けたところ、
ナメクジに寄生していた広東住血線虫という寄生虫を一緒に体内に取り込んでしまったために、
その寄生虫に感染、頭痛や神経麻痺、筋力低下などの症状につながったというのです。
8年間の闘病生活の後に、お亡くなりになってしまった、という事です。

 

そもそもが、ナメクジは、カタツムリの殻が退化し、なくなったもので、
厳密には生物学的に異種になりますが、大きな分類では、サザエなどの巻貝などと同じなんですね。
フランス料理にエスカルゴが食材として珍重されていますが、
まあ、見様によってはナメクジもそれの親戚みたいなものです。
だから、食べても不思議はないわけですが、生でとなると、話は別です。


なんと、ネットを検索していたら、ナメクジの食べ方なるサイトがありました。
いやいや、何とも奇抜なテーマでしょ。
で、その中では、確かに生食は危険だ、と触れています。
その上で、「ナメクジを食べたい!」と言うのであれば、
貝のように塩水を沸騰させた中に入れて、

充分に過熱したものを食べるようにしましょう、ですって。
そこまでして食うものか、と思いませんか。


大体、食べ慣れないものは、食べてはいけないんです。
いやこれは、食わず嫌いとは違います。
みんなが食べているものは、食べていいんです。
でも、奇妙なもの、普通はだれも食べないものは、止めた方がいい。


数年前でしたが、その年、日本で食中毒で亡くなった方が2名いました。
大体、年に、1〜2名の方が食中毒でなくなるのですが、
その年の場合は、1名が自分で釣ってきたフグを自分で調理して食べ、
ふぐ毒で亡くなりました。
もう一人の方は、山で獲ってきた茸を食べて、茸毒でなくなりました。
食べなれないものを口にしたからです。

 

以前確かこのブログでも書きましたが、
我が友人の友人が、東南アジアのどこだかの国に遊びにでかけ、
そこで、蛇の刺身を食べたのだそうです。
ま、イカモノ食いです。
帰国してしばらくすると、皮膚のそこここが痒い。
医者に行ってみてもらうと赤くあちらこちらが腫れていて、
その一つから、なんと細く小さいミミズのような虫が出てきたのだそうです。
で、他の腫れたところをメスで切ってみると、そこからも虫が出てきた。
医者は、そんな虫は初めて見たので、処方の仕様がない、という事で、
目に見えるところは、切開して取り出し、あとは様子を見ましょうと、
入院させ、どこかが赤くはれると、そこから切り出す、という事をしたのだそうです。
医師は、その虫が脳に入らないことを祈るしかありません、と言っていたそうです。
幸い、ある時期を過ぎたら、そういう症状が無くなり、おそらくこれで全部出ただろうと、
退院することができた、という事でした。


まあ、イカモノ食いは、大体調子に乗ってやることですが、
そんな一時の悪ふざけが、時に死につながる恐れあるわけですから、
特に食べ物に関する悪ふざけは止めるべきですね。

 

で、ナメクジの話に戻ります。
その昔、確かにナメクジは普通に見かけたものです。
で、何故か、女性は、ナメクジとか、こう言うもの、

たとえばゴキブリなんか、病的に嫌うでしょ。
うちの母もナメクジ嫌いで、台所の流しのふちなんかをナメクジが動いていると、
塩をたっぷり振りかけて、退治していました。
もうそんな光景は、なかなか見ませんものね。
いい時代と言っていいのでしょうか。


ま、いずれにしても、ありがちな事として、
買ってきた白菜とか、キャベツとかの葉の内側に、小さなナメクジを見かけたことがあります。
そんな頻繁ではありませんが、経験ゼロというわけではありません。
例えば、外側の葉をむしって捨てて、商品として陳列されたキャベツの、
むしられた葉の内側にナメクジがいなかった保証はないでしょ。
捨てられた葉と、残された葉の間にいる場合があるんじゃないか、と。
そうすると、広東住血線虫に汚染されていないという保証はない、という事になるでしょ。
だから、生野菜を口にする時も、畑でナメクジなどと接触していることがあるため、

十分に洗うことが大切だ、というんですね。

 

いずれにしても、食による病変は、基本的に自己責任という事です。
気を付けましょう。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
命を食べている

農林水産省が、日本における食品ロスについて、
大変憂慮していて、この問題に関する様々な手段を講じていますが、
これがなかなか国民の間に浸透していないんですね。


何より、把握しているデータが、あまり十分とは言えないんです。
例えば、食品ロスの現場である食品を取り扱う事業系と、
その消費の末端である家庭系の、それぞれが、どのくらいのロスをしているのか、
と言う推計が、年間で、事業系300〜400万トン、
家庭系が、200〜300万トン、と言うデータを提示しています。
これって、あまりにも、大雑把すぎませんか。
だって、それぞれ100万トンの誤差があるんです。
事業系で、基礎となる数字が33%も揺らぎ、家庭系では50%も差があるという事でしょ。
何も、農水省を非難しているのではなく、
この問題の実態が、つかみにくい、という事としてとらえるべきなんですね。

 

事業系としては、収益に関わることですから、
その生産過程においては、ロスを減らすということは大前提でしょ。
正に、トップからの至上命令だと思うんです。
したがって、売らんかなのための過剰な剥きすぎ、などを除いて、
基本的には、有効活用は企業自体が模索しているんだと思うんです。

例えば、コンビニで売られているおでんの大根は、機械的にサイズをそろえるので、
少なくとも、私達が作るおでんの大根より、余分に剥かれているはずです。
私達なら、頭とか、しっぽについては、みそ汁の具にしたり、大根おろしにしたり、
ほぼ全面的に使いますよね。
でも製品の規格を優先させるとなると、サイズが小さくなる部分などは捨てられているはずです。
こうなると、捨てている企業の問題だけではなく、
そういうものを選択する消費者の私達にも、なすべきことがあるという事になります。

 

家庭系の問題の最大のことは、賞味期限の問題です。
大体私はあの賞味期限の提示制度そのものが気にくわないんですね。
これは、生産者側から言えば、何か食品事故が発生した時に、
表示の起源が長かったために、起きてしまった、と言う事例が発生したとしましょう。
そう表記したことが悪かったのだったら、期間を短くしよう、と思うでしょ。
要はある種の責任範囲を小さくした責任逃れです。
ですから、賞味期限は、数字通り解釈してはいけない、と思っています。


何より、私達には、食物の体内に取り込んでもいいのか、という、
ある種の毒見係として舌があるわけで、
単にうまい、とかまずいとか見極める器官ではありません。
ですから、舌の判断をもう少し信頼すべきで、
全然何でもないないものを、単に、生産者側が提示している日にちを基準に、
過ぎてしまったから捨ててしまう、と言うのは、あまりに雑な対応だと思うんですね。

 

こんなデータがあります。
手つかずで廃棄された食品の総量は、
家庭から排出されるごみの総量の22%に当たります。
つまり、ゴミ袋の中身は、調理クズのほか、食べ残しなど、78%が相当するのですが、
食卓にも上らず、冷蔵庫から直にゴミ袋に投げ捨てられる食品が、22.2%あるというんですね。
およそ5分の1です。


これを食費に換算してみましょう。
二人世帯を基準にしてみますと、総食費から、外食、飲料を引くと、
その平均は56,717円になります。
世帯数の平均は、2,5人ですから、単純に日本の家庭の月平均食費総額は、70,900円になります。
この22.2%ですから、その金額は、15,740円となります。
一か月で、15,740円も捨てているんです。
1世帯あたり、年額で188,900円となります。
買うだけ買って食べずにです。


こんな雑なことをしていて、家計が苦しい、なんて言うな、と思いませんか。

その手つかずで廃棄される食品のうち、
なんと、賞味期限前のものが、24%もあります。
またこれを金額に換算しましょうか。
食材として買物する総金額の5,3%に相当しますので、
年間で、45,100円の食材が、
ただ買い求め、賞味期限前にもかかわらず、捨てられているわけです。
食材にしてみれば、犬死もいいところです。

 

ま、うっかりしていたとか、もらい物で好きでないものだったとか、
食べそこなうことはよくあり、気が付くと期限切れだった、という事はあることだとは思うのですが、
食品の在庫をしっかりと管理していればそんなことはなくすことができるはずです。

 

食品ロスは、外食産業、レストランとか、宴会場とか、旅館とか、

様々な場所で、様々な実態があるのですが、
食品ロスの主なステージとなっている家庭での無駄を、
先ず省くべきです。


そのためのも、無駄な買い物を避けること、

冷蔵庫の管理をしっかりすること、そして、多様な状況に対応できる調理技術を付けること、
さらに何より、食品に対する感謝の気持ちを忘れないことです。
食べ物は、みんな命なんですから。

 

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 09:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
なんて名前?

何やらSNS上で話題になっているとか。
それが、アルバイト経験を描いた漫画「ケーキ屋で働いてた話」。
要は、販売員として応対する際、

客が指差しでケーキを注文することに困ったという主人公の話なんです。


確かに、ガラスのケース越しに、隙間なく並んでいるケーキの前には、
その名前と金額が書いてあるプレートが立っているのですが、
客が見るのは主に金額。
名前はと言うと、口にしたこともない単語なわけです。
それも一般的なイチゴのショートケーキとか、モンブランとか、シュークリームとかならともかく、
新作なんだか、創作なんだか、ちょっとばかりトリッキーなネーミングだったりすると、
なんだこりゃ、となりますよね。


ケーキ屋さんにして見れば、してやったりとばかりの名前なんでしょうが、
客にしてみれば、その意味すら理解できず、大体カタカナが並んでいるのを、
舌をかまないように発音するのが精いっぱいでしょ。
そこで、ついつい指さしをしてしまうわけです。
「これと、そう、その隣のこれを二つづつ、あ、それにこれも入れて」とか。
名前じゃなく、これですませます。


で、この漫画では、基本的に客の視点と店員の視点は違うので、
その違いをネタにしてるわけです。
確かに、ガラスケースの向こうとこっちでは微妙に違うので、店員の目から見た客の指の動きは、
いささか、やりにくい場合もあるかもしれません。

 

以前こんな笑い話を聞いたことがありました。

ケーキ屋さんの店頭で、ガラスケースを覗きこみながら、

中年のお父さん風の人が、注文をしていたのです。
例によって、指を差しながら、

これと、これと、それにこれも、とか言っていたんですね。
店員さんは、それがよく分からなかったので、

プライスプレートに書いてある名称で言ってもらえれば分かりやすいと思って、
「あの、お客様、申し訳ありませんが、名前を言っていただけますか」と。
客はきょとんとして、ややあって、「はい、井上です」と言ったとか。

まあ、これもありうる話でしょ。

 

確かに商品を買う時、なんという名称か分からないまま、

店員さんに、こんなもの、と、商品の内容を説明し、
売り場に案内されることがあります。
実際、いまだに、何か買おうとすると、名称不明のまま、購入することは多いですね。

 

よくあるのが魚屋さんの店頭です。
大体は、名前がついていますが、もし、あれが、何も書いて無く値段だけだったら、
指さすしかないでしょ。


話は変わ理ますが、江戸の頃の魚屋さんの話です。
きっと今の魚やさんとは商品の並べ方が大違いだと思うのですが、
まあ、魚の上に名前とか値段なんか書いたものを乗せてなかったんでしょうね。
で、うまそう、と思ったものは、値段を聞いて買う。
ところが、何の魚かぐらいは承知のうえで買いたいわけです。
魚は、大きさにもよりますが、三枚におろしたり、皮を引いたりして並べたりすると、
なかなか見た目で区別がつきにくい、
特に白身魚の場合、ヒラメなのかタイなのか、皮を引いてしまうとよく分からなくなるんですね。
そこで、客は何の魚か、と聞きます。
店の方の職人も、それは承知しているのですが、紙に字を書くのも面倒なので、
捌いた魚の身の上に、その魚の尾を刺して、並べるんです。
すると、なんの魚か見分けやすいという事だったのです。
この、柵にして並べた魚の身に尾を刺したので、「刺身」と言われるようになったとか。
まあいわれてみるとそうかもしれませんね。
もっとも、その尾を見てもなんだかわからなければ話になりませんが。

 

こんな位ですから、今は回転すしに押されて、少なくなりましたが、

いわゆるタチの寿司屋さんでは、客の座るカウンターの前にネタケースがあって、
ここにずらりとネタが並んでいます。
客は、たこをくれ、とか、まぐろを握ってくれとか、いわゆる注文の時に、
ネタの名前を言います。
で、慣れていればいいんですが、たまにしか寿司屋に行かない人は、
ネタケースの中のネタを正確に注文するのが、難しい場合がありますね。
特に、勘八だか、わらさだか、シマアジだか、となるとなかなか区別がつかない。
まして、白身系はよく分からない。
イカだって、するめややり、赤いかなど、皮をむかれていると、もうその素性は分かりません。
ですから、どうしても指さしをします。
その赤貝の隣のと、これと、それから、あなごの向こうのやつと、あと中トロを握って、とかいうんですね。
中トロ以外は、指さしです。
まあ、これが間違って出てくることはないと思いますが、
寿司やさんにしてみると、時にとなりを握ってしまうこともあるそうです。
指がピンとしてりゃいいんだけど、ちっとばかりよれてると、

どこを差しているんだか分からないことがあるんだ、と。

 

その意味では、回転寿司はなかなかのシステムです。
回転テーブルの上をやってくる皿を取り上げればいい話です。
名称が分からなくても、見た目で選べる。
なおかつ、皿の模様でいくらかわかる。
これは安心ですよね。
たとえば、タチの寿司やさんのネタケースの前に、商品名と一にぎり当たりの価格が書いてある、
なんてお店見たことないでしょ。
ネタの名前分からない、と言うのと、いくらか分からない、という事と比較すると、
間違いなく回転すしが選択されることの理由が分かりますね。

 

最近、若い人たちと飲みに行くと、
聞いたことのない飲みもを注文しています。
おじさんとしては、なにそれ、とか聞きただします。
まあ、よく理解できなくても、少なくとも今まで飲んだことのないものですね。
そのほか、洋食系でも名前の分からないものが増えてきました。
グルメ談義は得意の分野のつもりでしたが、ちょっとした会話についてゆけないのです。

それでなくとも名前が出てこないんですから、
食べたこともなく、飲んだこともないものの名前まで、
到底覚えられないでしょ。


かくして、年よりは時代から取り残されてゆくんですね。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 12:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
子ども食堂

時々、話題に上がるのですが、子ども食堂と言うのが、少しずつ拡大して実施されてきました。

 

もともとで言えば、東京都大田区の「気まぐれ八百屋だんだん」の近藤博子さんが、
孤食の子どもたちの存在を知り、少しでも状況が改善されたら、と始めたのがはじまり。
気さくなおばちゃんが、子どもたちに、お腹がすいたらいつでもおいでと

開放的なコミュニティ形成の基礎を作ったわけです。
この時命名したのが、子ども食堂だんだん。
だんだんは、近藤さんの出生の地・島根の方言で、ありがとうと言う意味。
で、これが2012年のこと。

 

時あたかも、国で、子どもの貧困対策が立法化され、
子どもの貧困対策に国が挙げて取り組もう、という事になりました。
2013年のこと。
ちなみに、この法律の第一条を転記します。


第一条 この法律は、子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのないよう、
貧困の状況にある子どもが健やかに育成される環境を整備するとともに、
教育の機会均等を図るため、子どもの貧困対策に関し、
基本理念を定め、国等の責務を明らかにし、
及び子どもの貧困対策の基本となる事項を定めることにより、
子どもの貧困対策を総合的に推進することを目的とする。


と、まあいっているのですが、
この類のことと言うのは、どうもあまり本気になって取り組もう、と言う様子がないんですね。
と言うのも、この類の法律と言うのは、基本的な方向を指し示すだけで、
具体的な動きは、周辺の関係者に任せてしまうことが多いのです。
そこで、任せられた方も、じゃあ何をするのか、となるでしょ。
予算的にも、十分なものが用意されているわけでもない。
何より、子どもの貧困対策と言うのは、
子ども自身に責任があるわけではないですから、
その大本の、親の領域を根本として正すべきで、
ある種の生活保護の延長になるんじゃないのかと思うんですね。

 

直に、子どもへの対応は、時に、取り違えが発生する可能性が高い。
行政の、事なかれ主義で展開される対応と言うのは、
さまざまな状況に応じたフレキシブルな対応が難しいのです。

そこで、民間における自発的な活動の方が、ずっと信頼性が高いわけですね。
行政が費用を負担することもないですしね。

 

で、問題は、この貧困対策とこども食堂が、ダブってしまったんですね。
したがって、なぜか、子ども食堂=貧困家庭対策、みたいな構図で認識されるようになったのです。
まあ、はっきり言って大いなる誤解ですね。

とはいうものの、子ども食堂に対する世の反応は実に敏感で、
2012年発足した1軒目から、3年後に300余り、さらに3年後の2018年4月の時点で、
2300軒余りとなりました。
この食事の機会は100万食に及んでいます。
急激な拡大です。
この急激な拡大が、ある意味、現場に大きな混乱を起こしています。
いや、正確には、世の中の認識に大きなブレが生じてきたと言う方が正確です。


大きく、貧困対策系のこども食堂と、学習支援が結びついたケア系こども食堂と、
孤食や、居場所や、コミュニティ形成を目指したコミュニティ形成系の子ども食堂の
二つの潮流が分かれてきた事です。
どちらが正統と言うわけではありません。
それぞれが目指しているところが異なるのですが、
ただ、これを十把ひとからげで世間がとらえていることなんです。


特に、貧困対策系の場合、そこに出入りするという事が

貧困家庭の子と言う看板をしょっていることになりがちですし、
コミュニティ形成系にあっても、貧困家庭の子という見方をされがちなんですね。
まあ、よくも悪くも、子どもの貧困対策法が、時に邪魔をしてしまっているのです。

 

子ども食堂の一つの流れとして、学習支援の活動があります。
これは、子どもが勉強をする場は、学校、家庭、塾、と言った場が考えられますが、
必ずしも、この三つの場ですべてが収まるわけではありません。
そこで、第四の場として、学習支援の、現代の寺子屋が展開されています。
これは、現役の先生とか、教職経験者、大学生など、子どもの学習の手助けをしようとするボランティアな活動です。
ここに、空腹を満たし、共に食事をする中からコミュニケーションを図ろうとする、
ケア付きこども食堂が生まれてきました。
現状からみると、正確には、食事つきの学習支援活動、と言ったところでしょうか。

 

ま、ともかく、様々な目的、方法で子供たちの食の面でのケアをしようと言う活動が広がってきているという事です。

 

無料、または100円、200円で食事のチャンスがあって、心温かい人たちと、同年だ老いの子供たちと触れ合い、

一時の安らぎや、孤食からの解放など、子どもの心を優しく育てることができる、

正にありがとうを実感できる場づくりでもあるのです。

この子ども食堂の発展こそ、ある種の世の中の動きとしては、大きな可能性を感じるものです。


半端な知識で色眼鏡で見ることなく、善意の活動を率直な視点で見ていただきたいことと、
ま、できれば少しは手助けしてみようか、という思いが大事なのではないでしょうか。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
弦斎そば

私は、SCN(湘南ケーグルネットワーク)の番組を作るボランティアの集団、

SCNクラブに所属しています。
主には、市民クラブTVと言う番組枠の30分の作品を制作しています。
このクラブは、およそ10人前後の会員が、その時々に、こんなテーマで作品を作ってみたい、
と提案をし、おおむね、何とかなりそうだ、と判断すると、どうぞ、ということになるんです。


まあ、原則的に、手を挙げれば何とか製作の権利を得られる、という事なんですね。
基本はチームを作って製作しますが、一人で企画し、撮影し、編集して納品、と言う猛者も数名います。
ま、それぞれ個性的な作り方なんですが、
私の場合、企画、撮影はともかく、編集ができない。
あの複雑な仕事を、きっとこなせないと思うので、ここは局のスタッフにおんぶにだっこ。
そのかわり、シナリオだけはなるべく綿密に構成します。

で、年に数本手掛けるのですが、いまだに、どこか物足りない作品になってしまうんですね。
もうこうなると、基本的な能力の問題なんでしょうね。
じじいに、せめて百メートル13秒ぐらいで走ってみろ、と言われているようなもので、
できないものはできない。

 

不思議なもので、でもなんか思いつくと作品にしてみたくなるんですね。
と言うわけで、わがままなボランティアなんですが、
またまた、その虫が動き始めています。

と、その前に、クラブ員唯一の女子大生が、結構意欲的で、
こんな作品を作ってみたいと手を上げたわけです。
例によって、どうぞどうぞ、とオヤジ連中が了承。
さてとは言え、まだまだ、経験不足。
どうぞと言ったものの、不安もあって、結局私が後見人のごとく、サポートすることになりました。

 

で、テーマが蕎麦。
そこで、その女子大生がいろいろネタ仕込をして、シナリオ作成。
まあまあのストーリーが出来上がったんですが、一応検討をし、

なんだかんだと、蕎麦は蕎麦でも
その出所を村井弦斎さんの食道楽を中心に、構成をすることになったんです。
で、取材をしながら、改めてそうだったのか、と言ったところを紹介します。

 

まず、村井弦斎さんの食道楽の中で、冬の巻の128頁に新そば、と言う表題で、
蕎麦に関する記述が出てきます。

 

今からかれこれ20年近く前のことです。
当時、村井弦斉の会が結成され、食道楽の記述をベースに、再現料理に挑戦をしていたのです。
南京豆の煮豆から始まって、弦斉カレーなど手を広げていた時に、
この新そばという記述に目が行き、
弦斎そばの再現をしようという事になりました。
その担当として、そば処名古屋のオーナー大竹さんに白羽の矢が当たり、
協力を依頼したところ、二つ返事で引く受けてくれたのです。
で、そばに関しては皆素人ですから、この仕事は大竹さん一人が背負うことになったのです。
大竹さん、それなりに本を読み返しては、食道楽の記述に沿ったそばの試作を繰り返したのだそうです。
で、試行錯誤の末にこんなところにたどり着きました。


先ず、そば粉です。
これは北海道のある地方のしかもある人が栽培しているそばの独占的な契約をし、
蕎麦の実を確保しています。
この蕎麦の実は、通常は茶色いのですが、成熟する前の緑色の実を使用しています。
これはその方が香り高いのだそうです。
青い実と言うのは、えんどう豆で言うと、グリンピースみたいなもので、
若いうちに収穫をします。
これは農家にとってみれば、収穫量が100%になる前に刈り取るわけですから、
通常の収穫量から見れば、いいとこ、6割7割にしかならないそうです。
つまり、普通より高い原料を買っているという事です。
で、この実を製粉会社に特に依頼し、石臼で、挽いてもらっているのだそうですが、
これまた、回転速度が速いと熱を持ってしまって、風味を損なう。
ですから、ゆっくりゆっくり引いてもらうのだそうです。
当然作業性は落ちますから、これまた普通の製粉の代金より、割高になってしまうのだそうです。
つまり材料費的には發なることは仕方ないんですね。
なぜなら、食道楽には、そのあたりが微にいり細にいり記述されているんですから。
再現となったら、ここは前提になります。


そして、食道楽には、そばつゆについても細かいレシピがついています。
それによると、どう考えても塩辛すぎる汁になる、と言うんですね。
そこで、大竹さんあれこれ悩んで多くの醤油を試しまくったそうです。
結論を言えば、いい醤油はこのからさをあまり感じないんだそうです。
そう、いい醤油ですから、これまたいささか高い。
そうなると、汁のもととなる旨味は鰹節ですから、
これは、焼津の製造元に直談判をして、最高級品の鰹節を手に入れ、
めんつゆを作っているのだそうです。
蕎麦の実からその挽き方、さらにはその汁まで、
江戸から明治に引き継いできた日本の食文化の神髄を忠実に再現したのです。

 

で、この名古屋さんでは、毎日、手打ちでそばを仕込んでいるのですが、
この弦斎そばに限っては一日20食限定です。
もっと作ればいいでしょ、と私が言ったら、
いや、材料の関係で、これ以上つくれない、という返事。
その日によっては、昼のうちに売り切れてしまい、
のんびり出かけてゆくと、品切れ、という事があります。
先日も、番組を制作する取材も兼ねて、おそばを食べてみることになったのですが、
あいにく、弦斎そばの最後の一つが、ギリギリで間に合ったくらいです。

 

なんだかんだとこの作品、名古屋さんの提灯持ちみたいな内容になってしまいましたが、
まあ、あれだけ、作ることに妥協をせず、おいしさを追及しているんですから、
その努力に少しはエールを送れれば、と思っています。

 

10月1日から月末まで毎日、午前は8時半から、夕方は5時半から、繰り返しSCNで放映されますので、
市民TVを是非ともご覧ください。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
カツカレー

133-129=4と言う引き算に自民党がこだわっているようです。
安倍陣営で、最後の活入れと勝つことを意識したのか、最後のシメの集会で
カツカレーが出されたのだそうです。
で、これを食べた人数が133人。
食べた以上、うちの仲間だ、という前提です。
にもかかわらず、投票結果は129。
ん?となると、4人分少ないじゃないか、と。
ま、陣営側としては、133票はいけたと思ったんでしょうね。
そこで、裏切者、として、4人の犯人探しが始まったようです。

ま、勝利した陣営なんですから、そんな姑息なことは本気ではないとは思いますが、
それにしても、なんか大人げないやり取りですね。


政党というのは、それぞれ異なる個性の集合体ですから、
一般的な傾向はあるにせよ、いろんな考えがあるのが本来。
ですから、ノーサイド的な状況は望めないにしても、
国民の多くの支持を得て議会の壇上に登壇しているんですから、
相応の見識と良識の持ち主の集団であるはずでしょ。
カツカレーの4個分ぐらい、流せないんですかね。
言い換えれば、そのぐらいの誤差を読んでいなかったという事でしょ。


それが4個で済みました、と言うのと、
4人の裏切者が出た、と言うのと、どっちが大人の集団でしょうか。

 

あの大坂なおみちゃんが、大フィーバーですが、
全米オープンに優勝した直後に受けた取材で、
好きなものに、かつ丼、とんかつ、カツカレー、それに抹茶アイスを挙げていましたが、
このシーンを見ていて、きっと、これは、カツカレーのブームが来そうだな、と思ったんです。
で、いきなりの自民党のカツカレーでしょ。


私もそうでしたが、カツカレーと聞いた時、そそられるように、
私も食べたい、と思ったものです。

確かに好きな食べ物の一つですね。
もちろん、自分で作れなくはないのですが、
豚肉に衣をつけてあげて、なおかつ、炊き立ての飯に、カレーのルーが必要でしょ。
ちょっと面倒ですよね。
何てことない献立ですが、冷やし中華の次に作るのが面倒な食べ物です。
ですから、それほどの頻度で食べるわけではないのですが、
カツカレーと言うと、どこか出かけた先で食べることが多いですね。

 

ちなみに、辛口と甘口の評価を一つづつ。
いやカレーの辛口甘口という事ではなく、食べた味とかお店の評価、といいう事です。
先ず辛口から。
これは市民病院のレストランで食べたカツカレーです。
市民病院は、そのレストラン運営を公募していたので、どんな店舗が入ったのか、気になっていました。
そこで、友人の入院見舞いのついでに昼時だったもので、レストランに行ったのです。
で、カツカレーに決定。
まあ、そこそこの値段で、特に高いとは思いませんでした。
まあ、こういうのは仕方ないのでしょうが、食券を買ったら先ずはセルフサービス。
水は自分で取りに行きます。
そして、待つこと10分ほど。自分のカツカレーができたので、カウンターまで取りに行きます。
トレーの上に、カツカレーと、ちょっとしたサラダ。
ちょっとしたという意味は、ちょっとしかない、という意味です。
私の悪い癖で、トレーの上の原価を瞬間的に計算してしまうんです。
サラダは、キャベツの千切り中心で、しかもちょっと。
ドレッシングを入れても、およそ、5円程度かな、と。
カレーは、ルーが60円、ライスが45円。
で、肝心のカツですが、明らかに冷凍もの。
肉のボリュームから言って、おそらく一枚80円ぐらい。
合計、190円ぐらいでしょうか。
正確な金額は覚えていないのですが、750円は払ったような気がします。
粗利560円、これはもうけすぎだ、と。
まあ正直、うまくもなんともなかったので、よけい不満が残りました。
何が根拠で、あんなレストラン運営会社を選択したんでしょうね。
その理由がわからないです。
ちょっと辛口すぎましたか。
市民の病院なんですから、改善をしてもらいたい、という気持ちの表れです。

 

さて、甘口の方。
これは、もともとここのルーの味が気に入っているんで、
評価が高くなると思うのですが、ココイチのカツカレーです。
私としては、カレーうどんを一番に推薦したいところですが、
テーマはカツカレーなので、カツカレーの評価を。


実を言えば、市民病院のカツカレーを食べてすぐだったので、
あえて比較評価するためにカツカレーを注文しました。
うたいは手仕込み。
手仕込み、という言葉は、私は調理関係者ですが、普通は使いません。
揚げ足とるなら、じゃあ、他のは足仕込みかい?となるでしょ。
まあ、きっと冷凍品を揚げてるわけではないです、という意味なんでしょうね。
で、先ずはカレーのルーは定評があるので、省略。
問題はとんかつです。
肉の量目は100グラムぐらい。
まあ、これがなかなか、さすが手仕込み、と言う味なんですね。
結果としては、ルーに絡めて食べてしまうのですが、
衣のサクサク感は重要でしょ。
まさにこれぞカツカレーですね。
なおみちゃんに教えてあげたい。
そこで、値段なんですが、717円。
水は持ってきてくれてですよ。
安くてうまい。
まあ全国にチェーンをのばすだけのことはある、と。

 

辛口の評価のお店はごめんなさい。
でも、正直な感想なんです。
少なくとも、なおみちゃんを連れてゆくとしたら、
前者にはいかないですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
旨いというメカニズム

旨いを感じるのは、味覚です。
でもその味覚については、まだまだ未知な部分が多く、
専門家や研究者の間で、議論がなされ、決着がついていないことが多くあります。

つまり、なぜ、うまいと感じるのか、という、舌が持つ機能の分析が、未知のところがあるのです。
とは言え、原則的なアウトラインは分かってきました。


例えば塩や砂糖の結晶などの化学物質は、
私たちの口内にある感覚細胞に触れる事によって、一連の反応を引き起こす。
口内の細胞は、甘味や塩味を帯びた何かに対する知覚を他の神経細胞へと伝え、
その神経細胞が徐々にこの情報を脳へと伝達するのですね。
その主な機能を持つのが、味蕾(みらい)です。
この味蕾は、舌の表面や軟口蓋にある食味を感じる細胞で、
人間の舌には約10,000個存在しているそうです。

もっとも、この数は年とともに減ってゆき、高齢になると、

ある種の味覚音痴になるのは、味覚を感知する器官の数が減少するからなんですね。

ですから、味を覚えた子供の方が、味覚的には優れているのです。

 

で、おそらく、このブログを読んでいる方も、ええ、そうだったの、
と言うと思うんですが、
舌の表面に味を感知する細胞があって、
それは場所によって感じるものが異なり、こんな風に分布しています、と言って、
舌の図と、その主に感じる味覚の種類が書いてあった舌の味覚地図のようなものを
見たことがあると思います。
と言うより、その味覚地図を勉強させられたでしょ。
舌の絵が描いてあり、色分けや斜線、丸囲いなどでエリア分けがされていて、
それによると、先端部分は甘味、前の方両サイドが塩味、奥の方両サイドが酸味、
付け根に近い部分が苦味と分かれていて、
それぞれの味を感じる、または感じやすい、というものでしたね。

それが、現在、この図は100%否定されています。
実際、そんな分布で味覚が働いている、という事はないという研究が、
その後に確認され、今は、微妙にそういう部分はあるかもしれないけれど、
甘いも、酸っぱいもした全体で感じる、と言うことが定説になっています。
このことは、実は、ごく最近まで私も知りませんでした。
と言うより、むしろ得意げに、舌をペロッと出して、
指で位置を指し示しながら、この辺が甘みを感じ、この辺が塩味を感じるんだ、
とか説明していたくらいです。
全くいい面の皮です。

 

この味覚地図の大本は、1942年に、当時ハーバード大学やクラーク大学で教鞭を執っていた
ボーリング博士によって提言されたものだったのです。
この味覚の分類は、甘い、塩辛い、酸っぱい、苦いの4分類です。
西欧の味覚の科学の分野では、うまい、と言う味覚は長い間含まれませんでした。
ですから、この時代では、4種類ですね。
で、味覚として、旨味を感じる部分がある、と言う旨いと言う味覚を提唱したのは、
日本人の池田菊苗博士です。
博士は、L-グルタミン酸ナトリウムというものを発見し、
これによって、味覚は旨味を感じるというメカニズムが解明されたのです。
これで味覚の分類は、甘味、塩味、酸味、苦味に旨味の5つになりました。

まあ、これらが渾然一体となって、味を感じるわけですが、

 

では、なぜ味を感じるのか、という事なんですが、
これは私の私見です。
そもそも動物の一種として、木の実を食べ、草の葉を食べ、昆虫を食べ、
獣や鳥や魚を食べていた、私達の先祖が原始生活を送っていたころ、
口は、その食材が食べていいものかどうかをチェックする機能を持っていました。

話は変わりますが、今日昼ごろ、まちかど広場で見た光景です。
小さな子が、持っていた菓子の袋から、広場に屯っていたハトに、
その菓子を投げ与えていたのです。
いささか大き目だったので、ハトは一口で食べられず、
咥えたまま、地面に叩きつけて、割ろうとしていました。
うまく行けば、砕かれて口に入るものを飲み込むんです。
このとき、あまりに小さくなったかけらを、別のハトがつついて行くんですね。
でも、小石のような餌でないものを口にすると、当然ですが吐きだします。
つまり、くちばしの中の舌が、食べていいものと食べてはいけないものの判断をするんですね。
きっと、唐辛子のかけらなんかは、これはやめておこう、となると思うんです。
子どもがビールを飲めないのは、あの苦味が体によくない、
と、本能的な判断をするんですね。

原則、苦みがあるものは、要注意のものなんです。
逆に、甘いものとか、脂肪などは、カロリーも高く、体のエネルギー源になりますので、
積極的に取ろうとするわけです。
油気のあるものは、旨いと感じるでしょ。
つまり、体にとっていいものは、旨いと感じる機能を持っているのが、舌なんです。
旨い、は人間の食文化でもなんでもなく、本能的感覚なんです。

 

その選択機能が舌なんで、うまいものをうまいと思い食べるのは、極めて本能的な事なんですね。

で、この5味に、最近、6味目を足そうという研究が進んでいます。
それは、脂旨味です。
まぐろで言えば、中トロ、大トロ、
牛肉で言えば、差しの入ったA5ランクの牛肉とか、
とかく、脂旨味は、現実的に、うまいと評価されています。
ま、ダイエット中の方はともかく、今でこそヘルシーとか言われて見直されていますが、鶏肉だって、
油気の少ない胸肉は、モモより安かったですもんね。
つまり、うまさでは、モモだったわけです。
さんまだって、9月に入ってからのものは、脂がのって旨くなるでしょ。

で、どうして脂旨味はうまいと感じるのか、と言う味覚的なメカニズムが、まだ研究途上のようなんですが、
理屈はどうであれ、脂肪分は体にとって望ましいものなんですから、

舌は、積極的にOKを出すわけです。

舌がどう感じるかが旨味なんですから、

その大元が良し、と言うものはうまいということでしょ。

つまり、
基本は、脂肪のようなカロリーが高いものを摂取しようとするのは、

動物として、そういうDNAを持っているからです。

 

甘みを抑えたりとか、脂を嫌ったりとか、

なんて食べ物の本質をないがしろにしているのか、

と私は思います。

DNAがOKと言ってるんですから。

いくらダイエットしているとは言えですよ。

これって食べ物への冒涜に近いような気がするんですが。

| 水嶋かずあき | グルメ | 13:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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