水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
ご当地ラーメン

ラーメンといえば、今や国民食。
それだけに地方地方で独特の発達をしてきています。
地名のついたラーメンが数多くあるのがその証拠ですね。
旭川ラーメン、札幌ラーメン、会津喜多方ラーメン、佐野ラーメン、横浜家系ラーメン、
さらに我が湘南のサンマーメン、高山ラーメン、和歌山ラーメン、
博多ラーメン、長崎ちゃんぽん、熊本ラーメン、鹿児島ラーメン、沖縄ソーキソバなど、
まあ、原則的に言えば、ラーメン甲子園でも開催できるような広がりがありますね。
上にあげたのはそのほんの一部。
それこそ市町村別にも挙げられるんじゃないだろうか、というほどご当地を名乗っているラーメンがあるんですね。
で、それだけに、特徴的なものも多いわけです。

 

かく言う私もラーメンは大好きなんですが、その気になって食べてしまうと、すぐ体重に影響するので、
歯を食いしばってなるべく食べないように我慢しているんです。
でも、やはり我慢にも限界があって、いいとこ、月に一回ぐらいは、気も緩んで、
ま、いいか、とラーメン店に入ってしまいます。
ですから、なんかの拍子に、思ったほどのものが出てこないときは、むちゃくちゃ腹が立ちます。
だって、毎日でも機会があるなら、また次、と流すことができるのでしょうが、
滅多にない機会を、つまらないラーメンに出会ってしまうと、
それは、ひどく後悔することになってしまうんですね。

 

一度、サンマーめんを食べたくなって、

紅谷町のさるサンマーメンを売りにしているラーメン屋さんに入ってみたのです。
ご存知と思いますが、サンマーメンは、ここ湘南のご当地ラーメンなんですね。
いきさつとかはよく知りませんが、

よその地域の人たちはサンマーメンという名称すら知らないようなんです。
もやし中心のトッピングで、しかもクズでとじてある。
まあ、確かに独特のものですが、最近やや人気うすのようで、ご当地ラーメンの欄からも外れそうです。
で、そのラーメン屋での出来事です。
昼のピークも過ぎて、カウンターには先客が一人。
私はその先客からやや離れた、しかし、調理人の真ん前あたりに座ったんです。
で、サンマーメンを注文。
様子を見ていると、その先客、調理人とは親しい関係らしく、妙に内輪話で盛り上がっているんですね。
調理人は、その客との話半分、私の注文を作ること半分といった感じで、仕事をしているんです。
正直、真正面を向いて仕事をしているわけではなかったので、手際が悪い。
私はその手順を見ていて、もやしを炒めるタイミングが早すぎないか、と思ったんです。
麺が茹で上がる時間を考えれば、もやしに火が通りすぎるんじゃないか、と思ったんですね。
案の定、麺が茹りあがって、丼に移された時には、もやしはぐちゃぐちゃ。
もやしの唯一の特徴のあのしゃきしゃき感が見た目でも失われていそう。

ぐたっとしているんですね。
もう、出てくる前に、うまいわけないだろ、と調理過程で判断できたんですね。
ま、思った通り。
これじゃあ、ご当地ラーメンの名が泣く、と思ったのです。
まあ、それぞれ各地でご当地の看板を掲げているというのは、

それなりの自負と誇りと熱意で作っているからなんですね。
その意味でも、サンマーメンの行く末は、ちょっと不安ですね。

 

さて、今月の4日から、競輪場の売店が中央の広場の東側に新規にオープンしました。
その右端のところが、連合会が出店している場所です。
店名は、縁起をかついで、「大当たり七福」。
ここは、ラーメンを中心に献立を構成しました。
今までは、パートのおばちゃん任せ。
ですから、ラーメンスープも、顆粒やら固形やら、いわゆる出来合いのスープを湯で解くだけ。
しかし、今回は、中華職人歴25年というベテランさんに来てもらって、スープも基礎から作っています。
先日仕込に立ち会ったんですが、ラーメンどんぶりに入れる醤油だれも、
20種類以上のものをあれこれ配合するんですね。
いやその手間のかかる事。
しかし、何しろ25年のベテランさんですから手を抜かない。
当然うまいラーメンができるわけです。
しかも400円と格安。
で、体重コントロールの関係で、試食すらままならないわけです。
そして、開店三日目にして、

午後のゆっくりした時間帯に所用で出かけたついでに、ラーメンを注文したんです。
もちろん一人のお客としてです。
で、店の前のテーブルで食べることにしたのですが、

その席はあいにく先客がいて、競輪新聞かなんか置いてるんですね。
私が座った時は、車券でも買いに行っていたんだと思うのですが、居なかったんです。
出来上がったラーメンを持って席に座り、一口すすったところで、

その相席のお客さんが戻ってきたんです。
で、座るなり、私に話しかけてきました。

うさんくさい親父です。
よう、今度の準決勝は誰が来ると思う?と。
私はそばをすすりながら、

申し訳ないけど、私は競輪をやらないので分からない、と言いました。
と、怪訝そうな顔をして、じゃあなんだってそこでラーメンを食べているのか、と。
ま、確かにそうですね。
この疑問は当然です。
私は、こう説明しました。
噂によると、ここのラーメンはとてもうまいらしい。
だからラーメンを食べに来たんだ、と。
するとその親父、じゃあ俺も食ってみようかな、と注文をするためにいきなり立ち上がってんです。
素直ないい親父だな、と思いました。

ま、それだけ、ラーメンというのは何時でも食べてみたいものなんでしょうね。

 

全国で、ラーメンのトッピングで人気があるものないものを調査しました。
当然、地域差が出ます。
しかし全国の平均で言えば、次のようになりました。
先ず載せることはない、とされたもの。
「のり」で16.5%、「紅しょうが」15.7%で、「なると」が12.4%、「とうもろこし」が12.2%がワースト4。
あった方がいいのベストは、「たまご」で98.4%、2番目が「チャーシュー」で97.9%、3番目が「ねぎ」で97.8%でした。
まあ人の好みですから、どうでもいいと言えばいいのですが、のりがワースト1位というのは、意外でしたね。
もっとも、のりがラーメンに乗るようになったのは、少なくとも私が大人になってからですから、
今は、このあたりでは標準のようですが、ここ3〜40年ぐらいのことではないか、と思っています。
もしかすると、ワースト1位ののりも、神奈川ではそんな悪くはないのではないか、と思いますね。

 

まさに、ご当地ラーメンのごとく、トッピングにもご当地があるのでしょうから。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
三茄子

東海大学が、東京の渋谷に拠点を置き、総合大学としての形態を整えたものの、
次第に手狭になり、新たなキャンパスを東京以外のところに設けようと、
その候補地の検討をしていた時のことです。
当然複数の候補地が挙がったのですが、そのうちの一つが平塚市だったわけです。
場所は、北金目。


で、創立者である松前総長が、その候補地のいくつかを視察したんですね。
そこで、候補地の一つである平塚に、下見にやってきました。
この時、西に富士の雄姿が、思いのほか大きく見る事が出来たんですね。
ちなみに、そこから富士山頂までは、およそ50キロほど。
この富士が見えるということがえらく気に入り、結局平塚に湘南キャンパスを建設することになったのです。
確かに、金目や片岡あたりの道から見える富士は格別雄大なものを感じます。

富士がよく見えるというので、平塚の地を選択した人がほかにもいます。

あの、徳川家康公です。
家康公は、大の鷹狩り好きで、平塚の地にしばしば足を運んだそうです。
初めのうちは、豊田の青雲寺などを休憩所代わりに使っていたようですが、
何度か来るうち、どうせなら、別荘を構えてしまおう、と考えたようです。
まあ、天下人ですから、別荘の一つや二つ何てことない。
とは言え、ただの家ではなく、御殿と称される立派なものだったようです。
で、それなりに場所選びをして、今の中原御殿に建てることにしたんですね。
この時、今でいう建築プロデューサーたる人が、最終的な場所選びをし、
中原になったわけですが、
この時の条件が、御殿から富士が展望できる、ということのようでした。

 

家康公は、出身が駿府ですから、幼少のころから、朝に晩に富士山を仰ぎ見ていたのです。
正に、心のランドマークタワーだったわけですね。
ですから、おそらく戦乱の時代にあっても、あちらこちらと飛び回る中、
ふるさとに戻って、富士を見ると、きっとほっとするものがあったんだと思います。
まあ、その時代ですから、高い建物もなく、家もまばらだったでしょうから、
遠い、近いはあっても富士の姿を見えるところは、それなりにあって、

その都度、故郷のことを思い浮かべていたのかもしれません。

 

現に、今に伝わる中原御殿の絵、今でいう建築パースのようなもの、では、
中原御殿全体の形と、その後ろには、富士の山が描かれています。
私は、この家康公の富士好きと、鷹狩が趣味ということと併せて、
どうも、一富士二鷹三茄子(なすび)は、家康公の好みを並べたものではないか、
と考えていたんですね。
ですから、茄子については、これといった確証がなかったものの、
三つ挙げたもののうち、二つが家康公の好みと思えば、三つ目もそうだろう、と。
で、いろいろと調べてみると、どうもそうらしい。

 

従来、縁起のいいものとして、一富士二鷹三茄子、ということが言われてきました。
確か、初夢に見るととくに縁起がいい、という吉祥として一般的に受け止められていましたが、
その根拠がどうもあいまいだな、と思っていたのです。
だって考えてください。
富士は、日本一の山ですから、まあ吉祥と言えますよね。
まして、富士は不死に通じますので、誰が何と言おうと、ダントツの吉祥でしょう。
で、鷹がどうして吉祥なんだ、と思いませんか。
確かに勇壮な砦、しかも、生物界においての食物連鎖上、最上位にいますが、
そこそこ好みが強くないと、鷹を挙げるのは違和感があるでしょ。

 

まして三番目は茄子ですよ。
どうして茄子が縁起いいんでしょうね。
これはまあ、よく実がなるということから、子孫繁栄とかの解釈をするんでしょうか。
親の意見と茄子の花は千に一つの無駄がない、といわれます。
解説するまでもないのですが、枝に咲かせた茄子の花は、何一つ無駄なく実を結ぶ、
という事ですから、かなり収穫が多い、というイメージがあるんですね。
ですから、それなりの吉祥と言えば吉祥なんですが、、
もう一つしっくりしない。
何しろ縁起のいいものベスト3に入るということがピンとこないでしょ。

 

で、この時点で私は大いに疑問を持っていたんですね。
前述のごとく、調べてみると、縁起がいいかどうかはともかく、
家康公の好みと一致してるじゃないか、と。

すると、諸説の中に、家康公の好んだ茄子というのがあって、
なんと品種まで絞り込んでいるんですね。
それは、折戸茄子だそうです。

 

静岡県三保の折戸で主に栽培されていて、

文献に徳川家に献上されていたという記録が残されているそうです。
現在の折戸なすは野球ボールほどの直径でまん丸の球状の茄子です。
その昔、徳川家に献上されていた折戸なすは、親指ほどの大きさだった、という記録があります。
まあ、小茄子ですね。
辛子漬けでもするとよさそうですね。
江戸城で、家康公がふるさとで栽培された茄子を、殊の外好んだとしてもこれは不思議じゃないですね。

 

最近、平塚の観光協会から、中原御殿で、かつて家康公が鷹狩を楽しんでいたという史実にちなみ、
家康弁当なる物を作らないか、という話が持ちかけられました。
私は、どんな内容が想定できるんか、と考えたのですが、
何をさておいても、茄子を使った一品は入れるようだろうな、と考えています。
まあ、今時ですから、ネットをあれこれ検索すれば、

家康公の好みを知ることができるのではないか、と思うんです。
いつか全体の構成ができたらこのブログででもお知らせします。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
一事が万事

たった一つのあることで、そのほかのことも分かる、ということでしょうか。
人は多くの側面を持ち合わせていますが、ちょっとした言葉、ちょっとした行為で、
その他の部分も垣間見えてくるわけです。
ま、気を付けなくてはいけないことは、
一部を持って全部を類推するので、時に、不正確な判断をしてしまうことがあります。
ま、一種の誤解ですね。
こういうことが起きることもあるので、一事が万事と言っても、
十分な配慮が必要です。

 

さて、とはいえ、なんとなくこれに当てはまるか、と言いう事なんですが、
こんな記事が掲載されていました。

「天ぷらの衣」をはがして食べる女性客に、店主がカチンと来て、
そういう食べ方をしないで欲しいと注意をし、
これを受けた客たちは、不快感を示したものの、

店としては、結局料金はいらないから、退店してもらうことになった、
という、まあ、客と店の喧嘩みたいな出来事です。
もちろん、細かい言葉簿い使い方とか、店の言い分、客の反応など、
詳細は分からないのですが、大雑把に判断しても、
これはやはり客の問題だと思うんですね。

記事の内容を再現します。
  
このいきさつを書いたものが投稿されたのです。

投稿者は、その天ぷら屋で合コンをしていたらしく、
相手の女性たちは、天ぷらの衣を取り除いて食べたのだそうです。
で、その様子を見ていた店主が、
「あなた方の行為は我々に対する侮辱です」
「当店が自信と誇りを持って提供する天ぷらをこのようにして食すことを我々は望んでいません」
「特に衣の食感は我々が力を入れているところであり、それを取り除かれることは大変遺憾であります」
といった類のことを言ったらしい。

確かに、店主の言うとおり、天ぷらという料理は、正に、衣、命なんですね。
カリッとしかもあっさりと仕上げる。
ものによっては、あえて衣をまとわせる。
天ぷらの技は、粉の選び方、解き水の作り方、その温度、混ぜ方などすべてのプロセスに求められます。

そして、油の調合、油の温度、上げている最中に温度が上下しますが、このコントロール。
どこかずれても、ベストにあげることは難しい。
天ぷら屋さんとしては、天ぷらを揚げることで料金を頂戴するのですから、
ここは最大の神経を使うのです。
まあ、大したことじゃないと思われても結構ですが、
腕のいい職人が挙げた天ぷらは、胃もたれしないもんです。
ネタにまとわせた衣の量も、最小で最大のうまみを出すからです。

何より、同じ量の天ぷらを揚げても、油の減りようが少ないんです。
そんな神経を使い、技を駆使した衣をはがされたら、ちょっと待て!となるでしょうね。
 
女性たちは不服そうで、投稿者の友だちは合コンを台無しにされたことについて怒ったそうです。

ま、こんな食べ方をする女性とは、付き合わぬ方がいいですね。
却って、客観的な判断をする機会が得られたんじゃないですか。
だって、そもそもそのお店は天ぷら屋なんでしょ。
寿司屋に入って突然天ぷらが出てきたわけじゃない。

天ぷら屋としては、衣とは「キモ」の部分です。

 

実際、一度私も同様の経験をしたことがあったのですが、
十数名で、食事をしていた時の事です。
隣に座った女性が、天ぷらの衣をはがして食べ始めたのです。
ま、きっとカロリーを気にしてそうしたんだと思うんですが、
この人は一人で食事をしているなら、これは仕方ないですが、みんなの前でです。
私は、どうしてはがすのか、と聞きましたら、案の定カロリーを気にしている、と。
で、そこで言い合うこともないので、そうですかで終わったんですが、これは二つの対処法があります。

 

一つは、手を付けずにどなたか天ぷらのお好きな方は居ませんか、と言って、

仲間内に回して、誰かに食べてもらう。
中の海老だけ食べてしまい、残った衣だけ食べてくれる人はいませんし、第一失礼でしょ。
ですから、お皿そのものを差し上げる、ということです。
第二に、普通に食べます。
その時に余分に摂取したであろうと思うカロリーは、
その日のその後の食べ物でコントロールすればいいのです。
まあ、ちょっと控えるというか、その日、または翌日に控えめに食べれば、
一回食べた天ぷらで、急に太るわけがない。
太るというのは、ちょっとずつ余分に食べるからです。
ですから、トータルでコントロールすればいいんですね。

ま、それと、天ぷらの衣ごと食べたからと言って、その油が体脂肪に直につながる訳じゃないのです。
油分が体内に入ると、体の脂肪になってしまう、という勘違いをしている人が多いのですが、
これは間違いなんですね。

 

体に中に蓄積され、いざという時のエネルギー源としてのストックが脂肪ですが、
だからといって、摂取した油がそのまま脂肪になるわけじゃありません。
体内の脂肪の大もとは炭水化物です。
炭水化物と言ってもいろいろありますが、
すべての炭水化物は、消化の過程でブドウ糖に分解され、血液中に流れます。
ブドウ糖が血液中に増えたことを察知すると、膵臓からインスリンというホルモンが出て、
余ったブドウ糖をグリコーゲンに変え肝臓や筋肉の細胞に取り込みます。
ただ、グリコーゲンとして細胞内に取り込める量には限界があり、
余ったブドウ糖が中性脂肪に形を変えて脂肪細胞に取り込まれるために、肥満が起きます。

 

油は、炭水化物ではありません。
ですから、カロリーとしては高いのですが、そのまま体内で脂肪になるわけじゃないんですね。
このメカニズムを知らずして、天ぷらの衣をはがすのは、
正直言って無知のなせることです。

 

ある法律家が、この出来事をネット上で法的に解説していたのですが、
食べ方のルールを書いた張り紙が必要だった、というのです。
???でしょ。
天ぷら屋に限らず、最近は『とんかつの衣はがし』、『焼き鳥の串外し』、『寿司のシャリ残し』などあるそうです。
で、正しい食べ方を知らないからと言って、その食べ方を貼り紙に書くって、ちょっとおかしいんじゃないか。
なんか文化そのものの否定みたいでしょ。
日本には、日本で培われた食文化というものがあって、
おかげさまで、私達は、成長し、生活できているわけです。
時代とともにそういうことに偏りが出てくるということはありうることですが、

だからと言って、天ぷらの正しい食べ方、なんて貼り紙をするのは、情緒もくそもない。
法律家の欠点はここですね。

 

純粋に法的に、どういうことかと言うと、
「客がどんな店に入るのかを自由に選べるのと同じように、
店も、客を選ぶことができる。
そして、食べ方についてのルールを守れる客だけを入店させることも自由。
しかし、その場合、あらかじめ『店主の指示した食べ方を守っていただかないお客様は退店していただきます』
といった張り紙でもしてあって、客がそれを見て入店した場合、
店と客さんとの間には、そのルールに従って食事をするという合意があったといえる。」
というんです、この法律家は。
ま、確かに法的にと言えばそれまでですが、
世間の常識というものが法律の前に存在するわけで、
怒って帰った客の擁護をすることもない、と思うんですね。
衣をはがした女も、その女の肩を持って店に抗議した男も、
どっちも常識という点では、何か欠落している。
どうして食べ物をそんなに粗末に扱うのか、ということです。
そして、そんなしつけをされてしまったのか、と。
いわゆる、親の顔が見たい、という事でしょ。

 

合コンが台無しになって、すごすごと退店する客に、
私なら、良かったね、馬鹿な女をつきあわずに済んで、
また、常識を持って場を仕切れなかった男もだらしがないね、

と、声をかけたと思います。

| 水嶋かずあき | グルメ | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
中学校完全給食

ハマ弁が、迷走しています。
これは、横浜市が中学校の給食で、完全給食が実施しがたいということで、
あれこれと手段を講じる中で、いわゆる弁当業者の配達による調達を選択したわけです。
しかし、これが評判がよろしくない。
私の記憶が間違いないなら、横浜市が委託した弁当業者は、
例の大磯の食べ残しで問題になった弁当業者と同じはずです。
で、理由はとも角、要は注文数が少ない。

子どもたちのわずか、2.8%が注文しているにすぎない、ということが明確になったんです。
この数じゃ業者も大変ですよね。


弁当というのは、私も経験しましたが、
いっぺんに大量に調理できるので、生産性は高いのですが、
配達と容器回収に手間がかかると、いきなり採算割れになってしまうのです。
ですから、業者的には、配達箇所は少なくて、一か所の数が多い方がいい。
ちなみに、2.8%ではあちらこちらの学校に、ちょぼちょぼ置いてくる事になるので、
採算性は低いに決まってます。
企業的に考えたら、きっとこの仕事は辞退したいのではないか、と思いますね。
でも継続しているということは、最低保証とかの取り決めがあるんでしょうね。

 

以前、弁当屋をやっていたころ、土屋のさる業者から、配達の依頼を受けたのです。
私は採算性を考えたら、断ろうと思ったのですが、その業者が知り合いだったこと、
かみさんが、断るのはよくないと、反対したこと、
さらに、一日最低個数が6個、と言われたことなどで、しぶしぶ引き受けたのです。


その時は、土屋に行く途上に2件の顧客がいましたので、まあ、ちょっと延長ということで、
配達を始めたのですが、数日後に、数がいきなり2個になったんです。
え、約束違うじゃん、と思ったのですが、来週あたりからまた数が復活します、と。
結論を言うと、その後、ずーと2個でした。
挙句の果てに、中間の顧客も、配達が止まり、結局、2個の弁当、計1100円也を、
毎日土屋まで届けたのです。
駅周辺から、片道25分。
まあどう考えても、割に合わないでしょう。


正直、弁当業界は、こんなギリギリのところで商売していますから、
企業的な方針を考えれば、原価率を下げて対応するしかない。
ですから、値段の割には、ろくでもないものが配達される可能性は大なんです。

大磯、横浜とミソ付けてきたこの弁当会社の内実を考えれば、
その程度の価格ではこんなものしか作れません、というのが本音のはずで、
それを、うまいのまずいのと言われたら立つ瀬がないでしょ。
ですから、業者弁当で給食の代行するには、限界がある。

 

行政が、完全給食を躊躇するのは、財政負担が大きいからなんです。
初期投資、つまり、給食施設を作る費用ですね、これがバカにならない。
時に、土地収用の費用も考えれば、それでなくても厳しい財政状況が圧迫されることは火を見るより明らかです。
さらに、運営においてもなかなかコストがかかり、負担ゼロというわけにはいきません。
平塚市の小学校の給食を例に取れば、
父兄の負担は、一食当たり228円。
これは原材料費だけのことで、調理、配達、管理などの人件費、光熱費などは行政持ち。
飲食業的に言えば、原材料費の3倍が売値です。
ですが、行政は儲ける必要がないので、その製造費用は、まあ、いいとこ同額としましょうか。
そこで、年間200食として、さらに生徒数1学年2500人、3学年で7500人として、
228円を掛けると3億4千万円ほどの負担になります。
まあ、現状の財政状態では、躊躇するかもしれませんね。

 

ちなみに、全国の中学校の給食の実態なんですが、

先ずは給食と言うと、完全給食、捕食、ミルク給食の三種類があります。
で、完全給食に限ってみると、
全国での実施率、86.6%です。
東京、京都、岐阜、福井など15都府県は100%。
神奈川はと言うと、全国平均の半分、44%にとどまっています。
ともかく、神奈川は中学校給食においては完全治立ち遅れているんですね。

県内では、21市町村が実施、実施していないのが、平塚をはじめとする14市町。

 

かつて、さる女性が中学校給食を実施したい、という運動を起こしました。
まあ、その後これといった成果が出ていないので、騒ぐだけ騒いで終わりなのか、という印象を持っていますが、
行政にしてみれば、財政という背は腹に変えられない部分と、
市民のニーズ、他都道府県、他都市との比較などから、
やるところはやってるわけなので、なかなか難しい問題であることは間違いないです。

 

で、様々な意見がある中、よく考えると、
学校給食と、自家製弁当との比較論になるわけですね。
それぞれのメリットディメリット。
大きくは、くどくど書いてきましたが、実施するだけの財政的余裕がない、ということ。
実施願望派は、本音で言えば、母親の負担軽減なんです。
これらの事情を精査した結果、

肝心の、子どもの意見が反映されていないんですね。

 

私は数年前、この問題を取材し、ビデオにまとめたことがありました。
この時子どもたちにもインタビューをしたのですが、
子どもは、100%、弁当がいい、というんです。
いくつかの理由がありました。
まずは好みのものを母は知っている。
食べなれた母の味つけがいい。
食べる量が適切で、不足や食べ残しがない。
アレルギーなどがある場合、これに対応した食材になっている。
そして、最後。
母の愛情を感じる、ということです。

 

さ、これを学校給食は超えられるのか、ということですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:08 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
サイズいろいろソーセージ

私の好きな食べ物の中に、ウィンナソーセージがあります。
ソーセージとしては、最も小さい、いわばSサイズですよね。
日本では、最近、いくらかソーセージのバリエーションが増えてきましたが、
それでもまだまだソーセージに関しては後進国。
もっとも食文化というのは、やはり長い年月をかけて定着するものです。
日本のように、それまで獣肉を食べることを忌み嫌ってきた民族ですから、
明治になって、食の西洋化が進んだとは言うものの、
四足を食べるようになったとはいえ、たかが150年。
そりゃ、加工食肉の文化としては歴史もなく、
貧弱な食文化にしかなっていなくても、やむを得ぬことです。

 

ドイツに行った時のことです。
ベルリンのまちをぶらぶらと歩いていたんです。

私は、食材店があると、ふらりと入って中を観察するのが好きなんです。
これは習性と言うか、職業意識と言うか、海外であれ、国内であれ、どこに行っても、
最も興味を持って、見るところなんです。

 

ですから、デパートの類だったら、食料品売り場。

そのまちの市場、特に朝市なんで大好きですね。
まるで、主婦のように、うろうろとひと通り見て回ります。
それぞれの地域性がもっともよくあらわれるところでしょ。
日本なら、その地方の食習慣がもろにでていますし、
海外なら、お国柄、民族の文化が顕著に表れるわけです。

 

で、ドイツで最も驚いたことは、
ソーセージ売り場というのがあって、
その面積は、ちょっと小さめのコンビニクラス。
コンビニの棚に、どこもかしこもソーセージがびっしり並んでいると思ってください。
種類がどのぐらいあるか、なんて、数えきれない、が答えです。
サイズもL・M・Sと様々。
十分な知識もありませんが、
素材の豚肉も、その部位によってあれこれだと思いますし、
きっと、牛肉や羊などのソーセージもあるんでしょうね。
たぶん、メインは豚肉だと思うのですが、
いろいろなものが混ぜてあって、少しずつ違うのと、
国内の地方地方の独特の造り方のソーセージが一通り並んでいるんでしょうね。

 

で、考えてみれば、それだけのソーセージが並んでいるのですから、
それなりに売れているという事でしょ。
売れないものは、売り場からは外されますから。
これはどんな国でも同じこと。
つまり、カウントできないほどの種類のソーセージそれぞれにニーズがある、と言う事でしょ。
逆に言えば、その微妙な違いを味わい分けている、食の能力って、凄いと思いませんか。

原則として、ソーセージは、羊の腸に香料を混ぜた挽肉を、詰めたものです。
以前は、腸詰なんて露骨に表現していましたね。
いまは、そんなことを言う人は減りました。
肉屋の店先のガラスのショーケース越しに、腸詰を一キロ、なんて注文しても、
今時の学生アルバイトだったりすれば、何のこと、ときょとんとするでしょうね。

 

で、ソーセージは三つに分かれています。
正にL・M・Sですね。
で、Sのウインナの場合、使う腸はヒツシです。
ですから細くて小さい。
国は、ウィーンですからオーストリー。
次のMはフランクフルトソーセージです。
これは食べごたえがありますね。
豚の腸を使います。
国は、ご存知ドイツですね。
で、Lサイズのは、ボロニアソーセージと言います。
これは牛の腸を使うので、最も太い。
ボロニア、と言うのは、
スペインにも、オーストラリアにもありますが、これはイタリアの地方のこと。

 

こういうのって、なぜか規格と言うものがありまして、
「ウインナー」は、太さが直径20mm未満。
「フランクフルト」は、太さが直径20〜36mm。
「ボロニア」は直径36舒幣紊箸いΔ海箸砲覆辰討い泙后
いや、ご自分のものがウインナか、フランクかはたまたボロニアか、なんて判断はしないで下さい。
ただ、ソーセージの場合、平常時のサイズですから。

 

さて、日本では、、まだまだ圧倒的にウィンナのシェアーが多いようです。
で、その中でも日本ハムのシャウエッセンが、まあまあ、売れているんでしょうか。
あのパリッとした食感はなかなかのものですものね。
で、このシャウエッセンが、突如手のひら返しのようなことをしたんです。
それまで、シャウエッセンでは、自社製造のソーセージを電子レンジで温めるな、と言ってきました。
多分、自分たちで試食して、電子レンジで温めると、本来の食味が失われる、ということだったんでしょうね。
ですから、電子レンジは使うな、といってきたんです。
で、ここでレンジ解禁に踏み切りました。
もっとも、いくらかうるさい条件が付いています。
「お皿にうつしてラップをかける。500Wで、3本なら約30秒、6本なら約60秒が目安」だとか。

 

平塚のフリーデンのソーセージはかなりうまいソーセージです。
フリーデンの人に聞いたんですが、一番おいしい加熱方法は、
熱湯で2分だそうです。
ま、さほど面倒な調理過程ではないので、
私は手鍋で湯を沸かし、2分を守って加熱しています。
確かに一番おいしいかもしれません。
シャウエッセンだって、きっと2分の熱湯加熱でしょうね。
ラップかけて、何してかにしてなんてやってるうちに、湯は湧くんじゃないでしょうかね。

話は変わりますが、あのシャウエッセンって、どうして、袋が二つなんでしょうね。
きっと何か意味があると思うのですが、家庭で、一回に食べる本数が、データ上6本と言う事なんでしょうか。
どうせなら、一袋にして、ちょっとでも値を引いてくれるとうれしいのですが。

| 水嶋かずあき | グルメ | 13:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
味わいの原点

最近のテレビ番組は、芸人という第三の勢力が幅を利かしています。
以前は、歌手・俳優が基本だったような気がするんですが。
いまや、芸人抜きでは番組構成ができなくなってきているようです。

ま、これはこれで結構なことです。
新たにタレント(能力)が発揮できる場所が増えてきたわけですから。

 

で、彼らの仕事の一つに、食レポなるものがあります。
基本は、先ず何を食べるのか、が映し出されます。
天丼なら、天丼そのもの。
続いて、海老天ぷらかなんかを箸で持ち上げたもののアップの画像。

ブツドリと言います。
そして、いよいよ食べるシーン。
一口頬張ります。

一噛み、二噛みします。

すると、レポーターの表情が、露骨に変化し、うまい、と一言。

まあ、だいたいこんなところでしょ。
これって、食レポじゃないでしょ。

 

旨いかどうかなんて、報告すべきこととしては、最後の最後。
視聴者は、画像で見るだけですので、その内容を想像するしかないんです。
ですから、その想像を想定して、より具体的に表現するのが、本来でしょ。
で、一時妙にもてはやされましたが、味の宝石箱や、なんていうのも、失格。
宝石箱と言うきらびやかさを味覚にたとえたのでしょうが、
宝石箱を食べたことのある人なんていないし、
甘いのか、酸っぱいのか、旨味はどうなのか、食感はどうか、歯ごたえは、など、
口の中の反応をもっと明細に伝えるべきでしょ。

 

そんな中、最近時に貧しいボキャブラリーの人は、あまい、と言います。
あまさに感心する。
それと、柔らかい、と言うほめ言葉。
じゃあ豆腐でも食ってろ、と言いたくなるでしょ。
以前もブログに書きましたが、通常、牛肉の良い食材としてのランクは、A5とか言われますね。
それも、できれば、和牛の銘柄牛。
で、私としては、どうしてA5の霜降り肉がおいしいのか、よく分からなかったんです。
大雑把な感想としては、柔らかすぎて、舌に残らない。
つまり、食感として不満が残るんですね。
ま、すっかり総入れ歯にでもなってしまったら、これはこれでありがたいことかもしれませんが、
少なくとも自分の歯が残っていて、普通に噛み砕くことができるのなら、
柔らかければいいとは思えないんですね。
実際、まぐろなんかでも、おいしいのは、中トロでしょ。
大トロは、脂身がうまさを伝えてくれるけど、かみごたえがなさすぎるでしょ。

江戸の頃は、今より、食事の咀嚼回数が多かったようです。
つまりそれだけ、歯もあごも発達していました。

ですから、鮪のトロ系の部分は評価されずに、むしろ赤身を評価していたんです。

 

最近、歯列矯正をしている人が多くなりましたけど、あれは、食事時に咀嚼回数が少なくなり、

それによって、あごの骨が退化しつつあるからなんだそうですね。
人間の体は環境に応じて微妙に変化します。
余り食事時に、かまなくなると、あごが、必要の範囲まで退化するんです。
しかし、歯自身はその情報の取り入れ方が遅れるので、あごの骨が小さくなっても、

歯自身が小さくなっていないので、いままで収まっていたあごの骨が小さくなって歯がはみ出てしまう。
そこで、歯列矯正をするんですって。
要は、嚙む回数が減ってきたんですね。
つまり、咀嚼する能力が落ちてきているんで、柔らかい、が受ける要素になっているんです。

 

ま、それはともかく、この食レポで気に入らないことは、
口に入れて、ひと嚙み、ふた嚙みした時点で感想を言うことです。
咀嚼して、トータルな状況を作り出して、それを舌に載せ、
食材の香リ、味覚、歯ごたえなんかを、総合的に評価すべきじゃないか、と思うんですね。

 

私は、ハムサンドが好きなんです。
ま、ハムでなくても、ベーコンでも、ソーセージでもいいのですが、
要は、豚肉の加工食材と、パンの絡み具合が好きなんですね。
このうまさは、最初の二嚙み、三嚙みぐらいじゃ、味が出てきません。
噛んで噛んで、舌で練りまわして、正にペーストに近い状態まで咀嚼すると、
これが何とも言えない味わいになるんですね。
のどに落とす瞬間のうまみは、えも言われないほどうまさを感じます。


この、撹拌して作り出される旨味の、良く似ているのが白飯です。
白いご飯は、どちらかと言うと、おかずとおかずの合間の、口の中の味覚を
リセットするために食べていると思います。
例えば、ハンバークを食べて、その味が口の中に残らないように、白いご飯を食べる。
口の中の味覚がリセットされたところで、里芋の煮っ転がしを食べる、と言うようにです。
テーブルの上の位置づけも、主菜、副菜、しるもの、ご飯、という感覚で、
ご飯の順位が低いでしょ。
でもよくよく味わってみると、これがなかなかのものなんですね。
特に、おかずにちょっと遅れでご飯を口に入れ、一緒に噛み砕くと、

これまた絶妙のハーモニーが口の中で展開されます。
おかずの味プラスご飯による新たな味わいを経験することがあります。


これの極め付きがおにぎりじゃないか、と。
白飯と、塩、のり、それに、具材が、これは分けて食べないですから、
口の中で、ミックスされます。
じっくりと味わってみて下さい。
具材だけではこれほどのうまさを味わうことはできないはずです。
極端な話、のど越しの味を味わってほしいんですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
この季節、なんてったって鍋

寒い日が続きます。
昨日みたいに、雨がしょぼしょぼ降ったりすると、余計、体の芯まで冷えてしまいますね。
こういう時は、やっぱり鍋でしょ。

日本人は、もしかすると世界の中でも、もっとも鍋好きの民族かもしれませんね。


鍋を食べる理由聞いたアンケートがありました。
1位は、寒さをしのぐため、2位は、みんなで仲よく食卓を囲むため、
3位は、野菜を多くとるため、と続きます。
ま、当たり前すぎる理由が並びました。
つまり当たり前だからこそ、みんなが好むんですね。
そこで、好きな鍋ベスト10です。
男女、年齢を超えて総合1位は「すき焼き」 75.5%
2位 「しゃぶしゃぶ」 56.4%、3位 「寄せ鍋」 53.0%、4位 「水炊き」 47.7%
5位 「カニしゃぶ、カニ鍋」 32.3%
以下、「ちゃんこ鍋」、「カキ鍋、土手鍋」、「もつ鍋」、キムチ鍋」、「石狩鍋」と続きます。
ま、ここまでは多分大体は食べたことがあると思います。

 

このほか、順位は低いのですが、食べたいランキングとしては上位のものがあります。
つまり、いろいろな理由でチャンスが少ないんですね。

でも、これはちょっと違って食べてみたい、と言う鍋です。

この上位に、ふぐちりやすっぽん鍋が入ってきますが、これって、ちょっとお値段が張るんで、なかなかチャンスがない。
その意味で、好きとは別に、願望のような意味での食べたいランキングなわけです。

 

以前、40年ほど前の話ですが、京都の老舗で、すっぽん鍋を食べたことがありました。
会費は結構な値段で、その当時で、1万円を超えていました。
ですから、その値段から、とてもいろいろと期待したんです。
で、宴が始まると、先ずは突出しが出てきて、まあ、これはごく普通で、想定内。
すると、早速、主役の鍋が持ち込まれ、くつくつと煮上がると、仲居さんがおもむろに蓋を取り、
中のものをすくって銘銘に分けてくれます。
最初に少しばかりの葱中心のお野菜、次にすっぽんのどこか(部位までは分かりません)。
確かほんのふた切れほど。
で、メインはこれで終わり。
で次はどうなる、と期待したところ、早速ご飯を鍋に投入。
え!もうシメかよ、と思ったんですが、さっさと溶き卵を入れて仕上げ、これまた銘銘に分け入れて、終宴。
正直、高いだけじゃん、という感想、半額でも又行きたいとは思いませんでした。
根が貧乏人なんですね。

 

ふぐちりも、お店で食べると、やたら高級なものなんですが、
今は、安全に調理済みのものが宅配で取り寄せることができます。
実とあらと、皮がついてきて、決して手が出せないほどのものではありません。
金額的には、上等のすき焼を食べる程度でしょうか。
下関の色々なところで、このみがきのフグを通販していますから、一度お試しください。
てっさ(フグの刺身)がメインですが、一緒にあらもついてきますから、これ鍋を楽しみつつ、
刺身で一杯と言うことで、大体、1人前2000円ぐらい。

 

ま、そもそも鍋は庶民的な食べ物ですから、このあたりの贅沢鍋は外して、
ごくごく気楽に楽しむことも大事です。
この上記ランキング以外でのお勧めは、なんといってもしょっつる鍋でしょうね。
秋田の郷土料理です。
しょっつる、と言う字は、塩・魚・汁をつづめて呼ばれるようになったものです。
しょっつるは魚醤の一種で、大豆の醤油ができる前は、魚醤が調味料の本流でした。
まあ、歴史のある調味料なんですが、これが独特の風味があって、しょっつる鍋のうまさを支えています。
中の具材は、主にハタハタなんですが、以前はうんざりするほど取れていたのが、
最近は漁獲量が減って、なかなか手に入らなくなりましたが、
この魚と、地元産のこれまた風味の豊かな野菜で、煮込みます。
ハタハタのメスの腹に卵があって、やや緑色の粒の大きいものなんですが、
これを半煮え状態で食べるんですが、食感と言い味といい、独特のものがあります。
同じ秋田の郷土鍋できりたんぽ鍋があります。
基本は比内地鶏の出汁で、鶏肉、野菜たっぷりな鍋で、最初からシメ替りにきりたんぽを入れて煮込みます。
これまた鍋の出汁と相まって絶妙な味わいです。
さすが寒い地方だけあって、鍋の熟達度は優れたものがあります。

 

最近は食事も国際色豊かで、ほぼ世界中の鍋料理を楽しみむことができますが、
お隣韓国では、キムチチゲが代表でしょうか。
素材としては日本で十分にそろえられますので、ちょっとピリ辛を楽しみのもいいでしょうね。
何より体が温まりそうです。
中国では、火鍋でしょうか。
最近流行ってきました。
この火鍋は、30年ほど前に中国に行った時に初めて食べました。
いや旨くて感動しましたね。
鍋の中央が巴形の仕切りがあって、一方に普通のだし汁、一方に薬膳系のピリ辛のだし汁。
好みの応じてどちらかのだし味で楽しむことができるのです。
で、ここがちょっと変わっていたのですが、先ずレストランに入ると、鍋が出てきます。
鍋の具材は、店の中をワゴンを引きまわしているウェイトレスが近付いてきたら、
ワゴンの上に載っている食材で好きなものを取るんですね。
ただし、食材が載っているさらには一種類だけ。
豚肉、と言ったら一皿豚肉です。
豆腐は豆腐、ねぎはねぎ、カモメはカモメという具合です。
ですから、大人数じゃないと、食べ残すか、少ない種類下食べることができないんですね。
ま、これも中国らしいかな、と思います。
ベトナム料理で、トムヤンクンというのもありますが、強いて分類すれば鍋料理。
ま、なかなかの人気ですね。
あんな暖かい所でも鍋があるんだ、と驚きます。
調べてみるとアフリカだってあるんですね。ま、要は、スープのごった煮みたいなもので、
それを私達が鍋料理、と言ってるような所もありますが。

 

ならば寒いアラスカとか、要はエスキモーの料理に鍋はないのか、と思い調べてみましたが、
基本は、エスキモーは生肉を食べるんだそうです。
野菜の類が十分取れないので、肉に火を通すと、ビタミンなどが壊れてしまうから、
と言うのが生肉を食べることの大きな理由だそうです。
これまた知恵なんですね。

 

ま、雑念に捉われず、素朴にみんなで鍋を囲んで、ワイワイと食べるなら、
何を入れようといいじゃないか、と言うのが基本ですね。

 

お詫び:ベトナム在住歴の長いわが友人から、トムヤムクンはタイの料理ではないか、と指摘がありました。

その通りです。修正してお詫びいたします。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
義理チョコ禁止令

私たちの生活の中で、さまざまな行事が行われ、

それに関わる食の文化と言いうものがついています。

で、そのいくつかの話です。


もともと、なんかずれていたと思っていたのですが、ここにきてさらにずれ度合が増してきました。
急性の文化、企業主導の文化は、その本質の認識が甘く、

時に、蛇行し、その基本の意味すら失ってしまうものです。

 

今年も、スーパーなど、恵方巻きが大量に廃棄されたそうです。
去年、これは問題になって、食品ロスの観点からも問題になっていました。
そもそもは、関西の一部の地方の風習を、これは商売になると、大々的なPRを掛け、
節分には恵方巻き的な行事食を企業レベルで押し付けてきたわけです。
私はすくなくとも、以前は、そんなことは知りませんでしたから、
これが広がり始めた時に、はじめてそのような風習があることを知りました。
いいとこ、十数年ぐらい前のことです。
ところが昨今は、もう1月ぐらいから予約を受け付け始め、
大体のスーパーではポスターとともに、恵方巻きの販売に力を入れてきたわけです。
しかし、去年あれだけの商業的な敗北をしたにもかかわらず、2年連続で失敗を繰り返すなんて、
ちょっと考えられないでしょ。
今年は幾分か控えるか、という判断するでしょ。
それとも、控えてもなお、売り上げを落とし、大量廃棄につながったのか。


ま、ともかく、この文化的な行事食は、その原点は実にあいまいなんです。
諸説あるんですが、私はたぶんこれだろうと思う説があります。

 

それは、大坂のお大尽が、放蕩のさなか、色町で芸者を挙げて夜な夜な遊びまくっていたんですね。
で、金持ちのわがままで、こんなことを言い出したのです。
近くの寿司屋から太巻きを取り寄せ、座敷に呼んでいた芸者衆に、
これはわしのチンコだ、と思って食べてみろ、と。
で、もっともらしく食べたものに、祝儀を出そう、という提案をして、
芸者衆は媚態の限りをつくしながら、丸かじりをしたのだそうです。
で、この話が面白かったので、太巻きの丸かじりと言うのがその界隈ではやり、
いつの間にか、節分に食べるという恵方巻きに変化したのだそうです。

 

で、このことを聞いた広島のセブンイレブンのオーナーが、

大阪には節分に太巻き寿司を食べる風習がある、とその原点も知らず、聞きかじりで、
恵方巻きとして、1989年に仕掛けたわけです。
恵方巻きという名称は、それ以前の文献は一切ありませんから、

きっとこの企画で付けられたネーミングなんでしょうね。
ところが、これがそこそこ当たったんですね。
で、これが、2000年代になって、急速に広がったわけです。
まさかその原点が、さるお大尽のチンコ見立て太巻き、であるとは知らずにです。
こんな根の浅い食文化が、定着するとは思えないでしょ。

 

そもそも、太巻きをその年の恵方に向かって、丸かじりするなんて、無様な形じゃないですか。
今時の食形態として、ちょっと疑問を感じますよね。
かといって、切ってお皿に載せたら、それこそチンコの輪切りでしょ。
まあ、正直、行事食と名乗るには、底が浅くないでしょうか。

 

バレンタインのチョコレートもそうです。
バレンタインデーのそもそもと関係なく、企業が売らんかなの思惑で、チョコレートの企画をしたことが原点です。
1936年、洋菓子のモロゾフがまずは仕掛けました。
1958年、メリーチョコレートカンパニーが、伊勢丹でバレンタインセールで売り出します。
と言うことは、下地があったということですね。
で、1960年、森永製菓が、新聞広告で大々的にバレンタインデーにはチョコを贈ろう、と言う広告を出します。
これが決定打になって、バレンタインデーでは、

女性から男性に好きであるという感情を表現できる、と言う雰囲気が作り出されます。

 

考えてみれば、今時の風潮とは当時は大きく異なっていて、
女性から男性に、恋心を表現するなんて、はしたないこと、とされていましたから、
そのチャンスを与えられて、この日に乗じて、好きな男性へのアプローチをする女性が一気に増えてきたのです。
ま、その意味では、最近の女性はずっと積極的ですから、それこそ毎日がバレンタインデーのようなものですし、
別段チョコなんか必要ないわけでしょ。

 

でも、やはり2月14日は特別な日のようでしたが、

なぜか曲解されて、義理チョコなるものははびこってきたんですね。
私なんかは年代的にこの風潮の少し前に、青春時代だったものですから、

バレンタインチョコの経験はほとんどゼロに等しい。
いや、もてなかったことも含めてです。
ですから、いいとこ、かみさんとか娘たちからのチョコが数個、という状態でした。
正直、それほどうれしいものではなかったですね。

 

で、ここにきて、義理チョコは、社内の空気を乱すということで、女性への負担軽減と言う意味から、
禁止令を出しているところが出てきたそうです。
結構な事でしょ。
もし、そういう状況においてもなおチョコをもらえば、これはそこそこ意味深じゃないですか。

 

いずれにしても、バレンタインデーのチョコレートのプレゼントは、
日本においては、歴史的には80年を超える歳月を過ぎてきたものですし、
そもそもが、男女の愛情の表現なんですから、形態は変わっても、ほほえましい行事食でしょ。
いい意味で、長続きするといいな、と思います。
少なくとも、旦那のチンコの丸かじりよりは、はるかにましでしょ。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:25 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
親方になったはさみ

以前にもブログに登場しました伊藤雅易師匠の話です。
伊藤師は、かつて紅谷町の一角で一粋と言う料理店を出していて、
その後、中里の自宅を改造し、同じく一粋の名で料亭を、しばらくの間経営していました。
伊藤師の料理人としての知識・感性・技は、ちょっとその辺では見当たらないほど、

優れたものを持っていて、鳥保貴柳庵の鳥海さんの発案で、

伊藤師を先生とした料理教室を開催しようということになったのです。

そして、この料理教室に参加する中で、私は、驚くほどたくさんのことを教わったのです。
伊藤氏は、明治生まれの頑固者でした。
ある時、何か用事があって外出することになり、
かみさんに、今日は午後から出かける、と言ってあったのです。

で、時間になって、玄関に出たら、履物が揃えて出ていない。
と、自分で出そうなんてことはしない人なので、はだしでそのまんま出て行ってしまう。
これに、かみさんが気付き、ご亭主の履物を手に、大声で呼びとめながら後を追ったことがある、

と言った逸話があるほどです。
ともかく頑固で横着なところがありました。
しかし、料理人としての才能は溢れていて、その内容は、際限の無さを感じたくらいです。
この料理教室は、月一で開催され、もちろん指導は伊藤師。
生徒はと言うと、市内の料理店の主か、その板長。
まあプロの集団です。
とっかえひっかえ10人ほどが生徒として名を連ねていましたが、
この10人が束になっても先生の料理には敵わない。

ともかく、素材に対する考え方、料理法に関する原則的な手法、献立の組み上げ方など、

毎回、多方面の内容を披歴してもらいました。

 

で、いつものように教室が終わり、みんなで後片付けをしていたんですね。
鍋を洗ったり、皿を拭いてしまったり、と手分けして始末するんですが、
なかには、庖丁を研いでいる人もいるわけです。
この庖丁の後始末と言うのは、実はかなり個性差があって、
さっと拭くだけの人、軽く磨き砂で曇りを取る人、荒砥、仕上げ砥、と丁寧に研ぐ人、と。
まあ、切れ味次第なんですが、それぞれに、片付けのフィナーレのように、

最後は一斉に包丁の始末で終わるわけです。
大体は、砥石の上を行ったり来たりと、裏表丁寧に磨くんです。
で、この様子を見ていた伊藤師が、なんだお前たちの包丁研ぎは、と口を挟んできたんです。
生徒とはいえ、一応、その道のプロ、中には20年、30年の猛者もいるんですね。
その連中に、基本たる包丁の研ぎ方に口出ししてきたわけです。
私は、何を言うのか、興味津々でした。
で、一言、
「お前たちの包丁研ぎは、研ぐなんてものじゃない。
これは鉄を減らしているだけだ」と。
切れのいい状態になれば、当然そこで終わるんです。
ですから、包丁研ぎは何回か砥石の上を行き来させたら、一定のインタバルで刃を指先で触り、
その具合を確かめるわけですが、
伊藤師のよると、要は、削り過ぎだ、と言う事なんですね。
私はその言葉を聞いて、素直に、包丁研ぎについて考えを改めました。
確かにそうかもしれない、

擦すりゃあいい、というもんじゃない、と。

 

昨日、かみさんとララポートに散歩がてら買い物に行こう、ということになりました。
で、午後からぶらぶら出かけて行ったんです。
なんとなく、いわゆるウィンドショッピングをしながら、はっと気づき、
キッチンばさみの切れが悪くなって、

ビニール袋を切る事さえうまくいかなくなっていたのを思い出しました。
で、新しいのを買おう、と。
ゾーリンゲンの商品の並んでいるお店に入って品物を見たんですね。
で、値札を確認すると、なんと、5000円。
キッチンばさみで5000円かよ、と思いました。
余りの感覚の差に手を引っ込めてしまったのです。
で、近くのキッチン用品のお店に切り替えて、2000円ほどのものを買い求めました。
家に戻ってから、切れの悪いのは捨ててしまおうか、と思って、

前任のはさみをよくよく見たら、ゾーリンゲンのものだったのです。
あの、5000円と同じものです。
そうだったのか、これはゾーリンゲンだったのか、と再認識。

 

そう言えば、キッチン用品のいくつかは母が買い求めて、水嶋家で受け継がれてきたものが多く、
これをマンションに越してきた時に持ってきたわけで、はさみもその一つ。
そこで、廃棄する前にものは試しと、研いでみたのです。
最近の食材は何かと言うとビニール袋に入っていて、
準備段階ではさみで袋を開ける、と言う作業があります。
包丁に次ぐぐらいの必要度の高い道具です。
しかし、包丁ほど、切れ味を確認することはありません。
つまり、研ぐなんてことはあまり意識にないんですね。
でも刃物です。
そこで、一応研いでみたのです。

当然ですが、結構切れ味が戻ったんですね。
しかも、磨き砂で柄の交差する所の汚れを丁寧に掃除したら、新品同様になりました。

なんだ新品買ってくることなかったな、と。
ま、でもせっかく新品飼ってきたのだから、先ずはこれが現役の最前線で使おう、と。
で、復活したゾーリンゲンは、引き出しにしまったんです。

 

ま、横綱を引退して親方になったようなものですね。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
物価の優等生

私は、どちらかと言えば、たまご好きなんです。
何かというと、玉子を入れた料理を作ります。


で、10数年前、体調が不良になり、病院に行き診察を受けました。
採血をし、1週間後にその診断結果を聞きに再度、病院に出向いたのです。
先生は血液の診断レポートのリストを片手に、コレステロールの値が高いので、
玉子などは、一日一個以下にしてください、と、言ったんです。
まあ、端的な指示ですので、分りました、と。
で、余計な事だったんですが、私はこんなことを言いました。
よく言われるイクラなんかもコレステロール値が高いとかのようですが、
これなんかも気を付けた方がいいですか、と質問したのです。
これに、先生は、イクラを毎日は食べないでしょ、とあっさり一言。
確かにそうですね。
でも玉子は毎日食べる可能性はある。
だから気を付けるように、と言うアドバイスだったわけです。


確かに、日本人の鶏卵消費量は世界で第3位。
国民一人当たり年間で、330個を食べるそうです。
つまり、ほぼ、1日1個でしょ。
平均ですから、中には、一日2個食べる人だっているわけです。
ちなみに1位はメキシコ、2位マレーシア、3位が日本、4位が中国となっています。

日本人は卵好きな民族と言う事なんでしょうね。
冷蔵庫には、必ず玉子入れの引き出しがついていますでしょ。
あれは国民性の表れかもしれません。
ですから、台所を守る主夫としては、玉子と牛乳は欠かせませんね。

 

で、ちょっと前までは玉子1パック10円ちょっとの時代だったんですが、
じわじわ上がってきて、ほぼ200円のラインになっていたんですね。
で、上がってきているときは、少しづつ上昇と言う感じを受けるのですが、
上り切ってしまうと、そんなもの、という感覚になります。
ですから、先日、スーパーの店頭で、1パック100円と言う卵を見た時は驚きました。
どうしたんだ、何かあったのか、という感じです。

で、やはり何かあったようです。


15年ぶりの安値とか。
卸値で、キロ100円と言う値がついたんだそうです。
大体卵は中くらいの大きさで、1個65gぐらい。
ですから10個で65円と言う事でしょ。
卸値ですから。
売り場では100円でも売れるわけです。

 

玉子は、その需要のピークは年末だそうです。
おせち料理やら何やらで、玉子好きの日本人は、玉子料理を食卓に並べます。
ですから、需要オーバーでどうしても根が上がります。
ところが正月になるとその反動で、反落するんです。
暮のうちのストックで、新たな消費が起きません。


鶏卵の面白い所なんですが、人間様の需要がどうであれ、

鳥たちは、一緒になって休みを取る、なんてことはありません。

せっせせっせと毎日卵を産み続けるわけです。
人様は正月休みは、ニワトリには関係ない話なんですね。
で、人間が勝手に需要を落とそうと、玉子は産まれてきてしまう。
そこで、需要と供給のバランスが崩れ、値も崩れるわけです。


玉子は物価の優等生とよく言われてきました。
おいしくて手軽で、多様な食べ方ができる、しかも安いという事ですから、
まあ、戦後の日本人の体力健康づくりに大きな寄与をしてきたわけです。
江戸の頃の寿司屋さんで、それこそまぐろにヒラメ、アナゴに鯛などのネタと並んで
玉子焼きと言うのがあったそうです。
で、当時、一貫あたり最も高いのは玉子だったんですね。
まあ、簡単な話、ニワトリの名の通り、庭先で飼われていただけのことですから、
生産量もあまりない。
そこで、正に需要と供給のバランスから、贅沢な食材だったんですね。

それが品種改良と飼育法の改善で、玉子生産はもっとも安易な手段になったんです。
つまり大量生産が可能になりました。
ですから、ずうーと物価の優等生だったわけです。

 

そこで、鶏卵業者は、差別化した卵を生産しはじめます。
極端な商品としては、ヨード卵光と言うのがありますね。
1個60円ぐらいします。
なかなかのブランド品なんですが、確かに高いだけの品質はありますね。
私はマヨネーズは自分で作っています。
味の素やキューピーなどのブランド品のマヨネーズより、

自分が作ったマヨネーズの方がずっとうまい。
で、このマヨネーズ作りは、ヨード卵光を使います。

やはり高いだけのことはありますね。

 

お手軽価格の玉子あり、高品位の高級な玉子ありで、
日本の食卓からは、玉子が消える日はないでしょうね。
平均で330個食べる国民ですから。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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