水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
茄子の記念日

そういえば、我が4女5女が生まれて、2年ほどした時、
母が、この双子の将来のためにと、ブリタニカの百科事典を買ってくれました。
専用の書棚がついてきて、いくらぐらいしたんでしょうね、相当の価格だったと思います。
その母もなくなり、4女5女は30の半ばになり、4女が子供3人、5女が子供2人と言うことで、
まあ、それなりに母親になったわけです。
で、この月日の流れの中で、母の買ってくれたブリタニカは、ただの一度も読まれることなく、
何年か前に古紙商に引き取られてゆきました。
まさに、どぶに捨てる、と言った感じです。
時代の流れですね。


で、代わりに、ネットでの情報を拾えば、より速やかに、多様な意見を調べることができます。
ブリタニカなんか目じゃない。

当然、私もネットでの検索をかなりします。


最近集中的にしたのが、家康の好物というテーマです。


徳川家康は何を好んで食べたのか、ということです。
もはや江戸の頃の話ですから、その伝聞も、原典もぐちゃぐちゃになっていて、
誰かが言ったことがそのままコピーされていたりして、情報の信頼度と言うのは、低いのですが、
まあそれでも、あれこれ数多くチェックすると、ぼんやりと真実に近づけるような気がしますね。

 

で分かったこと。
家康はどうも疑い深く、いささか臆病な気質を持っていたようです。
例の、明智光秀が信長を本能寺で討ち取った時、当然ですが、この情報が家康にもたらされます。
家康は、その頃、大阪の西方面にいて、事態が不穏になったと、岡崎の居城に戻ろうとするんです。
信長とは親交厚かったので、光秀側から見れば敵に当たります。
そこで、残党狩りのごとく、追い打ちを掛けられてはたまらない、とばかり、退却するんですね。
ところが淀川河口で、対岸に渡る手段がない。
色々手配して、やっと西成の川洲の集落に佃村という猟師村があって、
ここと交渉をし、船を出してもらって、無事に川を渡るんです。
そして、這う這うの体で岡崎城にたどり着くんですね。
この時、正に命からがらだった思いが強く、

無事であったことはこの佃の連中のおかげだ、という気持ちが強く残ったのです。
後に、秀吉の時代になり、さらに、大坂夏の陣で、豊臣の衰退が決定し、
家康は天下人となります。
江戸に居を移し、そこで日本の執政を取ることになりますが、
この時、以前助けてもらった佃の村人を、江戸に招き、開拓した地域を授け、
なおかつ、漁業権を認可し、彼らが江戸湾で生計ができるように取り計らったんだそうです。
この江戸に移ってきた漁師たちの集落を、以前大阪での
村をとって佃島と名乗るようになったんですね。
いろいろ調べた中で、家康が大阪湾を突っ切って、

岡崎に向かう途上、腹が減った時に足しにしてください、と
その頃、雑魚を煮た、いわば佃煮があって、これを家康に献上したとかの話が出てきました。
家康はこの魚の煮ものを殊の外気に入って、助けてもらった恩とともに、終生思い出深い食べ物として、
しばしば食したそうです。
後に、江戸でもこの佃煮が評判になり、参勤交代の武士たちが、江戸を引き払い国元の戻るときには、
江戸みやげとして持ち帰ったとか。
そんなこんなで、佃煮は全国的に広まってゆくわけです。

 

そもそもなぜ家康の好物なんてテーマで検索したのか、と言うと、
観光協会から、「家康弁当」なるものを企画してほしいという依頼があったんです。
中原御殿は、家康の鷹狩りの拠点の一つとして建てられたもので、
しばしば、中原や、豊田あたりには、やってきて鷹狩を楽しんでいたようです。
ですから、これらの家康関連のことを、街歩き的に訪ねて、その途上で、弁当を食べる、
どうせなら家康にちなんだもので献立できないか、と言う打診があったんですね。

いろいろ調べてみて、結構いろいろな素材があることを知りました。

 

そもそも、家康は今でいう健康おたくで、鷹狩も、趣味的なことと併せて、野山を歩き回り、
足腰の衰えを防ぐ、という意味があったようです。
まあ年配者のゴルフと言った位置づけでしょうか。
ですから、食べ物も随分と気を使い、体にいいものを食す、と言う意向が強く、
生涯、麦飯だったそうです。
ある時、家来が、たまには白飯をどうか、と用意し薦めたところ、
主が贅沢をし、領民の大事な米を貪り食うわけにはいかん、
と領民への思いやりを言葉にしたそうですが、自身の健康の為という意味合いもあり、
さらには、戦費をしっかりためるための質素倹約の一環でもあったようです。

 

殊の外の好物が、茄子です。
これは、三保ノ松原で有名なところの一角に、折戸と言う集落があり、
ここで取れる小型の丸茄子がお気に入りだったようで、あれこれとアレンジした料理をよく食べたようです。
一富士二鷹三茄、とめでたいものの代表のように言われますが、
これはすべて家康の好物で、駿府育ちの家康には、いつも富士の雄姿を眺めてきて、
いわば家康のランドマークのようなもの。
何より日本一高い、と言うことも、天下人を目指していたんですから、
象徴的な思いもあったんでしょうね。
それと、幼少のころからの趣味としての鷹狩り。
さらに、武将として戦に明け暮れた中での、地産品としての折戸の茄子。
これらが好物だったことは、間違いない所のようです。

 

そして晩年、やたらと好んだのが、鯛の天ぷら。
鯛と言ってもアマダイだったようですし、天ぷらと言っても今の衣をつけたものとは
ちょっと趣が違ったようですが、まあ、一言で言えば鯛の天ぷらです。
これを食べ過ぎて腹を壊し、73歳の生涯を閉じた、と言われていますが、
まあほかの要因で亡くなったんでしょうね。
今だったら大腸がんとか。
しかし、どの情報も、家康の死因は鯛の天ぷらの食べ過ぎ、ということになっています。
家康は4月17日に亡くなりました。
後に、茄子が大好物だったとかいうことも踏まえて、4月17を音で読んで、
よいなすということで、茄子の記念日になったそうです。
まあ、そんなことほとんど知られていませんけどね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:14 | comments(0) | - | - | - |
サクラエビ盛衰記

かき揚げ天ぷらのベスト具材は、なんといってもサクラエビ。
そのサクラエビの不漁が続いているそうです。
ほんのちょっと前までは、気軽に手に入れることができたサクラエビですが、
おいしいし、海老にしちゃあまあまあ安価ですし、それだけに身近な食材でした。

 

このサクラエビ、そもそもが明治27年になって、漁網に入っていて、偶然発見された海老なんです。
以来、その優雅な姿と、小型ながらしっかりとした味わいが受けて爆発的に需要が伸びたのでした。
その主な産地は駿河湾で、由比と大井川が拠点になっていて、
それぞれに所属するおよそ100隻の漁船が許可証を持って漁をしているのです。
もともと、決して十分な漁獲量が見込めなかったことと、
寿命が短いため、その保護は当初から必要であるという認識がありました。
そこで、獲りすぎないようなコントロールが行われていて
出漁すると、時々刻々と漁船から現漁獲量が無線で報告されます。
組合では、これらを受信し、即座に合計漁獲量を算出し、一日の上限に達し次第、
今日は漁を終了してください、と無線で返し、
漁船は港に戻ってきます。
まあ、これだと獲れる船もあり獲り損なう船もあるということで、
水揚代金を全船でプールして、利益を分け合うあう「プール制」が1977年以来とられています。
実に、自律的な資源保護をしているわけです。

 

時に、多くの水産物が、乱獲によってその資源数を減らし、
その対策をしようと、それこそ国際会議でも開き、
各々の国の利益代表が、丁々発止の駆け引きをする、というのがしばしば漁業協定で観られたシーンです。
まあ、背は腹に変えられないのは分かりますが、駿河湾のサクラエビ漁に関しては、
中々、理知的で紳士的な協定をしているわけです。

 

ところが、ここに来て、サクラエビが不漁となりました。
サクラエビは春と秋の漁期があるのですが、一昨年の秋の漁期はあまりにも不良なので、

漁そのものが中止されたくらいです。
ここでじっと待つことで、資源回復ができるかもしれない、ということですね。

 

その昔、北海道のニシン漁が盛んで、その最盛期には、沖から産卵のために押し寄せる魚の群れに密度が濃く、
群れの中に漕ぎ出した舟の櫂を海中に差し込むと、

魚の押し合う力で、櫂が立った、と言われていたほどだったのですが、
突然ある時から、漁獲量が激減します。
この時はよく分からなかったのですが、
ちょうどそのころ時を同じうして、北海道の開発が進み、多くの森林が伐採されたんですね。
で、結果その森林の間を縫って流れていた川が表面的な流れに変わり、

地中の栄養分を海に運ぶことができなくなったんです。
そこでまず、岸辺の海草が育たなくなってしまいました。
そこに産卵にやって来ていたニシンも、産卵場所が無くなったのでやって来なくなってしまった、というのです。

 

しばしば、森は海の恋人、と言われてきましたが、
健全な陸地の構造が海に良い影響を与えるものなんですが、
陸地側に異変が起きると。そのまま海の生物にも異変が伝播するんですね。
したがって、駿河湾のサクラエビもこのような陸との因果関係があるのでは、と調査されました。
その原因の一つに
雨畑ダム(山梨県早川町)から雨畑川、早川、富士川を経て駿河湾に流れ込む濁った水が
餌のプランクトンの生育を阻害していると言う見解が出されました。
もっとも因果関係は確率しておらず、いまだ山梨県と静岡県はその責任のなすり合いをしているようです。

 

ここに来て、新たな説が浮上しています。

地震学者の武蔵野学院大学特任教授の島村英紀さんが、
不漁の原因の1つとして考えられるのは、湾の中の『駿河トラフ』で発生している『異常』を
サクラエビが感知しているのではないか、という新説です。
漁獲量が激減したのは、2018年の春漁から。
そもそもが、地震が発生する前には、
震源周辺の地面や大気に微弱な音や電気、電磁波などが発生する事が多いのです。
生物によっては、この微弱な兆候を感じ取り、反応することがあるようです。
有名な鯰ですが、視力が弱いため、より敏感にこれらの微弱な電気などを感知しやすいのだそうです。
したがって、地震はナマズが発生させるとかのばかばかしい話が、

かつては本気になって思われていたようですが、
これもナマズの特性であったことは間違いないのです。

 

ま、いずれにしても、台湾近海でサクラエビの生息が確認されていますので、
駿河湾産のものが手に入るかどうかわかりませんが、
当面は、サクラエビの入手に困ることはないようです。

と、一方では安心しつつも、
駿河湾を起点とする南海トラフ地震について、
その発生の可能性があるのではないか、ということですから、
手放しで安心できないわけです。

 

一難去ってまた一難にならなければいいですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:31 | comments(0) | - | - | - |
大人たちよ、ぼーと生きてんじゃない

地球温暖化という現象については、今更否定することはないでしょ。


しかし、この期に及んで、温暖化ではない、とおっしゃる学者先生がおいでになるんです。
まあ、ざっとした説は、現在は間氷期から氷河期に向かっている最中である、と。
確かに、地球の年表的な側面では、氷河期があり、間氷期があり、そしてまた氷河期があり、と、
氷河期と間氷期が交互にやってきていて、そのインタバルから見ると、
ぼちぼち氷河期だろう、というところなんですね。
でもこれって過去の地球環境での出来事で、明らかに現在のように過去の地球環境が破壊されつつある状況で、
そんなに規則正しい展開はないんじゃないか、と思うんです。
その前に、何がきっけかで氷河期になり、間氷期になるのか、

という基本的なメカニズムは解明されていないんですね。
ただ、単純な繰り返しが過去現在に至る長い期間にくりかえされた、

というそれだけの事実がベースになっています。
ですから、歴然と気温の上昇が進んでいることは明らかなので、

今更温暖化に疑義を唱えるというのは、いささか考えが浅いのではないか、と思うんですね。

 

ただ、まだ若干不明な部分というのは、地球温暖化の主犯はCO2ということになっていますが、
ここはどうも確定するには、100%と言い切れない要素があるようです。
そもそもは、ハワイでの空気中のCO2濃度のグラフと、

気温との因果関係をグラフ化したデータが公表されたのです。
で、このデータの読み方は、それこそ議論百出したのですが、

とりあえず因果関係あり、という判断がなされました。
専門家の中には、多少の疑義あり、とする人はいまだにおいでになります。
確かにこういうことは多数決ということで方が付きませんが、
とは言え、CO2が主端的役割を果たしたことは間違いないようです。
逆に、複合的要因だとすると、じゃあ共犯者はどこにいるんだ、ということになり、それはそれでとても不安な要因でしょ。
そこで、歴然としている現状だけを見てみれば、間違いなく気候温暖化は進んでいるんです。

 

もう35年前のことですが、私は地球温暖化がとても気になって、
それなりに関係する研究レポートを調べてみましたが、
もしこのまま温暖化が進むと、こう言う現象が起きるだろう、と、
当時の専門家が予言していましたが、35年経って見ると、ことごとく当たっているんです。
例えば、海水温の上昇によって、今までにない異常気象が頻発する、と。
台風、モンスーン、ハリケーン、サイクロンがそれぞれ強力になり頻発する、と。
山火事がひんぱつする。
生物種の生体数の絶滅が進む。
新たな病原菌が発生する。
などなどです。

 

今回の中国でも肺炎騒動は少し違うんですが、
たとえば、シベリアの永久凍土が溶け出す。
現にそうなりつつありますが、それこそ大昔閉じ込められた病原菌が放出されることが考えられる、
という事なんですね。
人類にしてみれば、今まで出会ったことない病原菌と出会う可能性がある、という事なんです。

まあ、ともかく実に的確に温暖化現象がもたらす様々災害について的確に予言されていたわけです。
これは、間氷期に向かっているかどうかなどの論争以前に、否応なしに向かい合わなければならない事実なわけです。

 

例のグレタさんは、これらのことを踏まえ、どうしてこんなことになってしまったのか、
ということを訴え、

それは、現在の世界的な規模で活発に展開されている人類の経済活動が大きな要因だろう、と言っているんですね。
もう大人のあなたたちはいい、先にこの世から消えてゆくんだから。
でもあななたちによって損なわれた地球の負の環境の影響を受けるのは私たち若者だ、と。

正直どうですか、この主張はまさにその通りでしょ。
反論するとしたら、うるせーと言い返すの精一杯でしょ。
このうるせーを言ってる大人のなんと多いことか(チコちゃん風)。
ついにこの人までがこんなことを言いました。


ある記者会見でグレタさんの温暖化対策の訴えについて問われたアメリカのムニューシン長官は、
「彼女はチーフエコノミストかい? まず大学で経済を勉強してきてから、我々に説明してほしいものだ」と皮肉った。
というんですね。
ちょと待て、その経済学とやらがもたらした結果が、現状なんでしょ。
ひどい話です。
A級戦犯の方々の言い分はもう聞きたくないですね。
この地球の在り方を訴えているグレタさんの勇気というより、ぞの純粋な心を、

私達は価値あるものと、認識しなくてはいけないでしょ。

グレタさんには環境問題のチコちゃんとしての役割を果たしてもらいたいと願っています。
ぼーと生きてんじゃねえよ、と。

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:16 | comments(1) | - | - | - |
カニカマ

我が家の冷蔵庫には、ほぼ100%近い確率で、カニカマが入っています。
ま、価格の割にそれなりの味わいがあって、模造品とは思えないほど、
無限煮にカニの風味に近く、優れた商品が次々に開発されています。


実際、ズワイやタラバ、毛ガニなどの茹でガニの方が、間違いなくおいしいのですが、
ときに、冷凍の技術が問題なのか、身がすかすかしていたり、パサついたものなどがあると、
これならかにかまのほうがよほどいい、と思ってしまうんですね。

私は、マヨネーズを自家製にしています。
これが規制品とは別格と言えるほどうまいんですね。
このマヨネーズをつけて食べるカニカマは、間違いなく、下手な冷凍のカニよりうまいですね。

 

カニカマが開発されて45年がたちました。
私の父がこのころ、どこかの宴席で出されたカニカマを食べ、えらく感激し、
その様子を熱く私に話してくれました。
最初は本物のカニだと思ったそうです。
で、店に人にこれは練り製品で、本物のカニ肉ではない、と種明かしをしてもらった時は驚いた、と言ってました。
この時の様子は私もありありと覚えていて、
その時、私も食べてみたい、と思ったんですね。

間もなく、一挙にカニカマを食べるチャンスが出てきて、
最初の一口で、なんと素晴らしい商品を開発したのだろう、と、父同様に驚いたものです。


先日、カニカマ専門家かみたいな主婦が、テレビに登場し、
さまざまなカニカマの紹介と、それに関わる料理の例を披露していました。
実に多様なんですね。

ま、カニカマと言ってもピンからキリで、ただ練り製品を刻んだだけ、みたいな粗雑なものもあれば、
一塊をカニの節肉のごとく見せかけたり、焼蟹風味と称して、香ばしいにおいを付けたりと、
あれこれ幅の広い商品が出ています。
中には、「ほぼカニ」とまで露骨な商品名のものもありますね。
まあ、そんなくらいですから、カニカマに関しては
通常スーパーなどで販売しているものは一通り試しました。
ま、なんでもかんでもおいしいというわけでもなく、

どこまで本物に近いか、という観点で、好みの物を買っています。

 

料理としては、先ほど述べたとおり、マヨネーズとの相性を生かしたもので、
サラダ系でしょうか。
同じグリーンの葉をたべるについても、カニカマをパラパラと散らすと、一段とうまみが増すでしょ。
天ぷらなどでも、そのままあげてもいいですし、かき揚げなどに混ぜるのもいい。
それと玉子との相性もいいですね。
中華でおなじみの、芙蓉蟹(フーヨーハイと読みます)なども、
本物だと、高くついていけないでしょ。
カニ缶もさほどうまくないですしね。
むしろ、カニカマのいいものを使った方がずっとうまい。

 

考えてみれば、あのカニカマのおかげで、

資源として枯渇しつつあるカニが保護されているのかもしれませんね。
もっとも、逆に、竹輪や半ペン、さつま揚げなどの練り製品のもとになるスケトウダラですが、
そもそもの漁獲量が減少していて、原料が枯渇するかもしれないのです。
竹輪はヤンペンを差し置いて、みんなカニカマになってしまうかもしれない、

という心配があるんですって。
でも、ここまで来ると、カニカマ優位ですね。


そのうち、ずわい風味とか、タラバ風味、また毛ガニ風味などと特殊な個性を売りにするものが

さらに登場するかもしれません。
まあ、カニ食いたい、という欲望はこのフェイク商品で、満足させましょう。

 

このカニカマは日本が生んだワールドワイドな商品なのです。
カニカマは冷凍したスケトウダラの身を急速に解凍し、もう一度急速に冷凍すると、
カニの身のような繊維ができるのだそうです。
で、この原理を利用して、造られたのがカニカマなんですが、
日本以外でも好評なようで、カニカマの消費量世界一は、実はフランスなんですって。
2位がスペインです。
ヨーロッパの人たちも、カニより安くなおかつ、おいしいとなったら、食べたがるんですね。
特にヨーロッパの人たちは、健康志向もあって、

本物のカニよりおいしくてヘルシーということも人気の要因のようです。
で、なおかつ生産量で見ても、発生の日本ではなく、ヨーロッパなんです。
カニカマの世界一の生産国はなんと、リトアニアなんです。


この夏、東京五輪の事前キャンプ地として、選手団がこの平塚にやってくるリトアニア共和国なんです。
リトアニアが世界一の生産をするようになった要因ですが、
スケトウダラがリトアニアの近海でもよく獲れるのだそうです。
リトアニアのビチュナイという会社が、カニカマのシェアNo.1です。
まあほかならぬリトアニアですから、オリンピック選手以外でも、応援したいところですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:14 | comments(0) | - | - | - |
七草の節供

このブログでも何回か触れてきた五節句の話です。
お雛様を飾る桃の節句、鯉のぼりを上げる端午の節句などです。
大本は、中国で行われていた行事でしたが、
平安期に日本に伝えられ、初めは主に貴族の間で執り行われていたのですが、
江戸の頃になって、武士の世界に取り入れられ、やがて庶民の中に浸透してゆきます。
つまり、日本文化とも言っていいくらい生活の中になじんできたこの年中行事を、
明治政府は、明治6年に禁止令を出すのです。
正直、この行事を熱心に進めることに、何の悪影響があるのか、と思いますが、
時の政府は、好ましくない風潮だ、と感じたんでしょうね。
うがった見方ですが、中国に原典があり、(日本の文化は大体そうです)
京を発生とし、江戸で大きく花開いたという文化に対して、
薩長の田舎侍は違和感を覚えていたのかもしれませんね。
その本心は分かりません。


妙な通達と庶民は感じたんでしょうね。
いままで、ご先祖から受け継いできたあの雛人形は捨てろというのか。
子の健やかな成長を願う鯉のぼりをどうしてあげていけないのか。
おそらく疑問だらけだったと思うのですが、国はそう定めたのです。
しかし、これらの違和感は根強く、禁止されたものの、しぶとく風習として継承されてきました。
この令和の時代においても、往時の面影は薄れたかもしれませんが、
五節供は脈々と受け継がれています。


今でこそ、庭先に竿竹を立てて鯉のぼりを上げる家は減りましたが、
よく河原に、メザシのように鯉のぼりを並べて、皐月の薫風に泳いでいる写真を見たことがあるでしょ。
あいかわらず、鯉のぼりは不滅なんですね。
三月のお雛祭りもそうです。

デパートの人形売り場には、ひな人形のセットが所狭しと陳列してあります。
さらには、七夕に関してもそうです。
特に平塚なんかは商業まつりとして、大々的に七夕を祝っているでしょ。

 

五節句を数の大きい順に並べると、
九月九日は重陽の節句です。
中国では、数字の奇数を陽、偶数を陰としてきました。
で、数として最も大きいのが九です。
その大きな陽の数字が重なったのが九月九日ということで、
重陽の節句ということになります。
節供にはそれぞれに植物、花の類、また食べ物が定められていて、
重陽の節供は、別名菊の節供とも言われているように、花は菊です。
たべものとしては、栗ご飯とか、秋茄子が食べられていました。
七月七日は七夕の節供です。
花はなでしこ、食べ物はそうめんでした。
平塚の七夕祭りとしては市の花がなでしこですから、偶然の一致ですが、ピッタリなわけでしょ。
そこで食べ物としてはそうめんを復活させたいと、

昨年は七夕素麺を飲食連合会として売りに出したのですが、
いまいち理解を得られませんでした。
今年もできれば挑戦してみたいですね。
五月五日は、様々な童謡でも歌われていますが、菖蒲の節供です。
女の子のひな祭りに対して、男の子の節供のようにとらわれてきました。
菖蒲という言葉から勝負をかけているんでしょうね。
花はもちろん菖蒲・あやめです。
食べ物は、時節柄、柏餅にちまき。
三月三日は、上巳の節句と言われ、要はひな祭りとして執り行われてきました。
花は桃、食べ物はあられ、菱餅、白酒などです。
で、いよいよ一月の節供ですが、
正月行事と重なって一月一日と思っている方が多いのですが、
正確には、一月七日なんです。
数字の並びから言って、9・9、7・7、5・5、3・3とくれば
1・1と考えるでしょ。
第一、節供の料理として大々的に食べるのは元旦のおせち料理ですものね。
勘違いしてもやむを得ないというところでしょうか。

 

で、どうして年の初めの節供が七日にずれ込んでいるのか、というと、
これは中国の古い風習によるんですね。
まず新年が明けると、その年の運勢を占い、無病息災、五穀豊穣とかを願うんですね。
で、まず初めに鶏の運勢を占います。
2日は狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、
して、その年のそれぞれの家畜の運勢を占います。
そして7日になって初めて人の運勢を占うのです。
したがって、この日を人日(じんじつ)の節供としてるんですね。


つまり、五節句のその年の第一節供は1月7日ということになります。
この日は、併せて七草の節供と言われているように、七草粥を食べるということになっています。
江戸の頃は、将軍をはじめ、武士全員が、七草粥を食べたのだそうです。
当然これは庶民にも反映し、日本全体で七草粥を食べたんですね。
まあそれなりの作法があるようですが、ごく普通に粥をたき、
それに、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七種の葉を炊き込みます。
旧暦の話ですから、今よりは早春の気候になっていて、
野に行けば、これらの七草が芽を出していたんでしょうね。
それを摘んで、年初に無病息災、家内繁栄を祈って皆で食卓を囲んだんですね。
とても素朴な行事でしょ。


そういえば今日は七草の節供ですが、
あなたは七草粥を食べべましたか。

| 水嶋かずあき | グルメ | 11:17 | comments(0) | - | - | - |
昔は食べ物を残すと怒られた

堺市教育委員会が、廃棄予定だった学校給食を持ち帰っていた

市立高校の教諭を減給処分にしました。
教師は「もったいないと思った」などの理由から、

4年にわたり、パン約1000個と牛乳約4200本を持ち帰っていたというのですね。

 

学校は、1年間で、夏休みとかの休暇、土日の休みなどを除くとおよそ200日とちょっと授業が行われます。
ですから、4年で800日。

1000個のパンは一日1個ちょっと。

牛乳は5本あたりを持って帰ったことになります。
で、もしですよ、誰も持ち帰らなかったら、捨てられてしまうんでしょうか。
おそらく牛乳はパック入りでしょ。

1週間やそこいら安全に飲める。
パンだって、それに近いでしょ。
何にびくびくして、食の安全とかを考えているんでしょうね。

むしろ、そんなに毎日残ると言うことの管理も問題でしょ。

我々で言う適正仕入れができてないということでもあるのです。

 

WHO(世界保健機構)によると、毎年少なくとも6億人が食中毒にかかり、

42万人が死亡しているとの推計を発表しています。
この世界的数値を日本の人口に換算すると、一年間で、7500人が死亡するということになります。
あのアメリカですら、年間食中毒死亡者数が、3000人を超える、というのですね。
実はこれが人間の生活の実態なのです。
つまり、食というのは、かなり危険な状況が続いているのです。

 

ですから、パンと言えど、パック入りの牛乳と言えど、安全である保証はない、と考えがちですが、
日本では、ここ何年か、食中毒死者数というのが、年間5〜6人と言ったところ。
世界の状況から比較すれば、食の安全は群を抜いて高い、と言えます。
しかも日本の場合その大半が、ふぐとか、茸などの自然中毒なんですね。

 

食中毒は、サルモネラとか、腸炎ビブリオなどの細菌系と、カンピロバクター、ノロウィルスなど
ウィルス系のものと2種類に分かれますが、それらのものでの死亡例はほとんどないんですね。

私の仕事は食に関わっていますので、保健所との関係が強いのですが、
何かにつけて、保健所の窓口のやり取りをします。
で、いつも感じるのですが、そこまで規制するのか、と感じることが多いんですね。
なんか、やけくそになって、食材の扱い、調理方法を規制しているんです。
正直その根拠が分からないんですね。

 

大体日本のお役所は、なんか事件、事故が発生すると、その点に絞って新たな規制を作ります。
例えば、以前何かのイベントで、携帯発電機のガソリンに引火して、

周囲の観客が大やけどををするなどの出来事がありましたが、
その直後から、イベントなどで火を扱う場合は、消火器を用意する事、となりました。
あのガソリン引火事故で、消火器があったら役に立ったのでしょうか。
もちろん、そのことが100%不要だとは思いませんが、いささか過剰は対策ではないか、と感じています。

 

とくに、食中毒に関しては、異常なくらい敏感でしょ。
焼き肉店で生レバを食べて、食中毒が発生すると、
生レバは、全国の焼き肉店で売ってはいけないことになりました。
イベントなどでカレーは一切扱ってはならない、ということになっています。
特に、あの和歌山カレー事件以降、厳しくなりました。
誰も人を殺そうと思ってカレーなど造らないでしょ。
ちょっと勘違いしていると思いませんか。

 

ですから、堺市で、かつて食中毒事故が発生し、しかも死者まで出してしまったとなると、
敏感になっていて、そのあたりの対応が厳しくなっているんだと思うんです。

 

学校給食法と言うのがあります。
これによると、児童・生徒が給食を食べる前に、校長先生は試食しなくてはいけません。
まあ、江戸の頃のどこぞの大名の殿が食する前に毒見役というものが毒見をしましたが、
似たり寄ったりです。
でも、校長は命を懸けて、生徒の食べるものが安全かどうか、なんてことで食べているわけではないでしょ。
少なくとも、味を見ているだけのことで、

安全かどうか、というチェックは不必要なほど、日本の衛生状況は優れているんですね。
でも、残り物に関して異常なくらい敏感になっているようです。

給食が終わり、その日の夜になったら、

突然腐敗してしまい、食べたら体によくない、なんて状況が発生するわけがない。
なのに、食中毒を念頭に、もし、この規制をしているなら、頭が固すぎるでしょ。

 

今回、教師を処分した理由を堺市教育委員会では、
「地方公務員法第32条と第33条に違反したため」と言っています。
つまり、本来、生徒に対して与えられるものであるものを持ちかえったということ。
言いようによっては、紙とか、教材の一部を持ちかえったと同等の考えなんですね。
ま、ありていに言えば、盗んだ、ということのようです。
でも、常識で考えてですよ、パン牛乳ですから、捨てるよりいいでしょ。
何しろ、その牛乳は、明日は生徒に出せないんですから。
いわば歴然とした不用品です。

ここのところの考えが分からないですね。
まあ、これが堺市の決まりです、と言われれば、
「法令等及び上司の職務上の命令に従う義務」に違反していると言えば言えるのでしょうが、
そもそも、廃棄処分にするという考えがおかしいでしょ。


食品ロスの問題は、いずれじわじわと社会問題として大きく取り上げられると思うんですね。
そこらの読みも必要でしょ。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 14:13 | comments(0) | - | - | - |
たくさんの命で生かされています

私は、シラスが大好きなんです。

正直、どこの産であれ、須賀港に揚がって、地元のシラス加工場で茹でられたものにはかなわないですね。
ですから、本当なら、平塚産の釜揚げと言いたいところなんですが、
須賀港までなかなか出かけられないので、ついつい、近所のスーパーなどの
棚にあるものを買ってしまうんです。

ものとしては、そもそもがシラスはサイズが小さいものですが、

それでも、大きいサイズのものを買うようにしています。

とは言え、スーパーの魚売り場に、サイズがあれこれ異なるものが並んでいることはありませんね。

ひと網で上がったものが、同時に配送されるわけですから、

チビはチビのサイズで揃っています。

ですから、細かいサイズの時は全部細かい。

 

私は、よほどのことがない限り、細かいものは買いません。
そもそもあんな小さな魚なんですから、体力もないでしょ。

それが網で引き寄せられ、荷揚げされ、加工場まで運ばれて、

茹でられるというプロセスを考えると、こまかいサイズは、体力的に持たない。
ですから、多少なりとも大きめのサイズのものがしっかりしているんですね。
大きい分だけ味もしっかりしていますし、実がグダグダする前に加工されるので、

旨い釜茹でが出来上がるんです。

 

で、このシラスは、やはり素朴に大根おろしに和えて食べるのが一番でしょうか。
もしくは、温かいご飯に山盛りにかけて、生卵をさらにかけて食べるというのもうまいものです。
丼にご飯を盛り、しらすを乗せ、生卵をかけるというしらす丼ですね。
生シラスだともっとうまいです。

 

で、自分の好みの食べ方をさんざん書いておいて、何なんですが、
このシラスを見るたびに、なんという数の命だろうか、と思うんです。
一口で数百、一食で数千の命を食べてしまうんですね。
時に申し訳ないかな、とか思うことがあります。
こんな風に仏心を持ったところで結局はうまいうまいと食べるんですから、
人というのは業の深いものです。

人間が一日三食食べたとして、一生で8万食から9万食は食べます。
ときにすきやきだったり、ラーメンに餃子だったり、ハンバーガーだったり、
まあいろいろですが、間違いなく、動植物の区別はともかく、命をいただいているんですね。
それもすごい数の命です。

 

ステーキを食べたとして、牛一頭の何百分の一か、何千分の一かを食べます。
シラス丼だと、何千匹の命を食べます。
どっちがいいのかとかの問題ではないんですが、
命一つの価値は同等だとすると、
シラスを食べるって妙に罪深くないか、と考えることがあるんですね。

 

たまたま、今朝、子持ち鮎を焼いて食べました。
まあまあの大きさで、腹はでっぷりとしていて、卵を目いっぱい抱え込んでいました。
いや、これはこれでとてつもなくうまいものでしたが、腹に抱えた卵を食べながら、
一体、何千という命の元を食べることになったのか、と思ったんですね。
食べながら、かみさんに、相当数の命を食べちまったな、といったら、
私もそう思いながら食べていた、と言ってました。

 

年の終わりには、おせち料理を仕込みます。
この中にはおせちの基本三肴と言われる数の子が入ります。
それこそ、一腹分の数の子で、何千という命の候補が、入っているわけで、
これが食卓に何十本か供されるわけでしょ。
そのほかに、いくらの醤油漬けがおせちに入っています。
これは粒が大きいですから何百でしょうか。
それと、子持ちシシャモの昆布巻き、いくらに和えるトビッコ、
去年はボラの卵のからすみも入れましたので、
なんだかんだと5種類の魚卵を詰め合わせたわけです。

人間はめでたいめでたいと食べますが、
肴の命の候補には、とんだ迷惑な話なんでしょうね。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
「なると」の正しい置き方

本当にどうでもいいことが今日の話題です。
余りにばかばかしいテーマなのでよ、読み飛ばされても結構です。

 

さてそのテーマですが、ラーメンに載せる「なると」の正しい置き方です。

正式にはなると巻と言います。

そもそも最近のラーメンは、もやしの炒めたものが載っていたり、
焼のりが添えたあったり、また、メンマが無かったり、と、以前に比べると、多少の様変わりをしています。
今の定番は、煮玉子、叉焼、のり、メンマ、刻み葱ですね。
で、ふた昔前のトッピングは、叉焼、メンマ、茹でたほうれん草、それに、なるとです。
かなり違うでしょ。
この中でも、イの一番にすたれたのが、なると。
ほとんど今では見かけません。
でも、いまだに、昔風のトッピングをしているところでは、なるとは定番です。
飲食業組合連合会で運営している競輪場のラーメンには、このなるとが載っています。
で、作業をしているところを見ていると、100%、ともかく一個入れる、という作業をしています。
なるとというのは、ご存知でしょうが白い練り物の周辺がギザギザしていて、
その中心に赤く色付けした練り物が渦巻き状に巻かれています。

これは、鳴門海峡に発生する渦潮が原型になっています。
で、このなるとを3仭宛紊棒擇辰董▲蕁璽瓮鵑両紊忘椶擦襪錣韻任后
まあ、ちょっとした彩の一つですね。
それほどうまいものでもないですけどね。
でも、なぜか定番の一つでした。
で、切ったものを平たく置くと、裏表があるので、渦の方向が変わるんです。
右向きか左向きかです。
調理場ではそんなことお構いなしに、ともかく一個を乗せる。
したがって、物によっては、右向きなるとと左向きなるとのどちらかになります。
まあ、どっちでもいいと言えばいいのですが、
正しくは、右向きに渦を巻いているのが正解なんです。

 

さてその根拠です。
こんな記事をネットで見かけました。

徳島県鳴門市と兵庫県淡路島の間にある鳴門海峡では、
世界的にもまれな自然現象「鳴門の渦潮」を観賞することができます。
他に、長崎の西海橋の下でも渦巻きは見ることができます。
で、その渦潮が左右どちらに巻いてるのだろうか、というのがこの記事のテーマ。

そもそも渦潮はどうやって発生するのかですが、
鳴門観光汽船の若山勇輝さんの回答。
「鳴門海峡は中央部が深く、本流と呼ばれる潮流が抵抗なく速く流れています。
その両岸は浅瀬になっていて流れが緩やかなので、本流の速い流れと両岸の緩やかな流れの境目付近で、
本流の速い流れに巻き込まれるような形で渦潮は発生します」と。
まあ、特殊な地形になっており、潮の干満によって水位差が生じる為という事なんですね。
そこで、では、どちら向きの渦になるのか、尋ねると、
「鳴門の渦潮は、南流時は鳴門側に、北流時には淡路島側にのみ多く発生します。
つまり、右巻きの渦潮がほとんどです」という驚きの答えが返ってきた、と。


結論は、鳴門の渦は右巻の時計回りということです。

で、これは地球の自転が関係しています。
北半球では通常できる渦は右回り。
南半球では左回りになります。
ふろの栓を抜いたり、洗面器にたまった水を流す時など、水量が減ってくると渦巻現象が見れます。
これが北半球と南半球は逆になるんですね。
ただ、風呂桶なんかは、排水口の位置とか、構造によって必ずしもそうでもない場合があるようですが、
ごく普通のボールかなんかに、バラランスの取れた排水口を付けた場合、
北半球では右回り、南半球では左回りとなるんですね。

 

以前テレビの番組で、これを実験していました。
アフリカの赤道直下で実験したんです。
赤道というのは地球の自転では、最も大きく動く場所です。
で、その赤道の線を引いた道の向こうとこちでやってみたんですね。
つまり、自転の影響を受けやすいところで北と南の違いを調べようというわけです。
線からおよそ200メートルほど離れた北で実験すると、右回りの渦ができます。
で、今度は線から200メートルほど南に行って同じことをすると、左回りになるんですね。
たかだか数百メートルの違った場所で、南と北の影響が異なるんですね。
この実験を見て驚いたことを記憶しています。

 

つまり、北半球に存在する鳴門海峡では右回りが理にかなっているわけです。
ということはですよ、ひっくり返せば左巻きになる切ったなるとでも、
発生の鳴門海峡の渦巻きが原点ですから、
それにならって、右回りの置き方をすべきではないか、と。

 

ね、どうでもいいばかばかしい話題でしょ。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
食べれるということ自体への感謝

来年早々には76歳になります。
で、再来年には喜寿を迎えます。
この時には、少しばかりにぎやかな集いをもってみようか、と。
こう言うところは親父譲りですね。

 

ま、ともかく、思えば長々と生きてきたものです。
とは言え、平均余命ではあと10年ほどあの世に行く猶予がありますので、
もう少しのお付き合いをお願いしします。

 

さて、いままでの人生を振り返って、実に良い時代にうまれてきたもんだ、と
我が身の幸運をかみしめる時があります。
きっと10年前に生まれてもそれは異なるような気がするんです。
だって太平洋戦争の過酷な環境を多感な少年期で過ごすわけでしょ。
きっと今のような心情で時代を迎えられなかったろう、と思うんです。
正直、なにより、暮らしてゆくという上で、その状況はひどすぎるでしょ。

 

私の母が、戦時中を振り返って、
あのころ夢だったことがある、と。
それは家族そろって(父は召集で不在でしたから)どこか野原に出かけて行って、
鮭の缶詰と白米のおにぎりを腹いっぱい食べる事だった、と。
実に素朴な夢でしょ。

私はこの話を思い出すたびに、本当に歯を食いしばって生きてきたんだな、と思うんです。
いまだったら、毎日でも叶うじゃないですか。
そんな程度の事が、夢だったのだそうです。

 

私は、この話を小学生のころに聞かされて、
すでに世の中落ち着きを取り戻していましたから、
鮭缶におにぎりなんて、まあまあ十分に可能な時代です。
子どもながら、そんな厳しい時代だったんだ、と思ったものです。
ですから、19年に生まれたということは、戦時中ではありましたが、
赤ん坊ですから、そんなことの経験の記憶もないわけです。
確かに物心ついた時でも、かなり厳しい食糧事情ではありました。
でも、食卓はそれなりに食材を調達できるようになりつつありましたから、
貧しい食卓であったとはいえ、それが不満だとか惨めに感じたことはありませんでした。

 

何が幸せな時代に生まれてきたか、と言うと、
生活そのものが底辺から始まったということです。
水は庭先の井戸から汲み上げました。
ですから、水道の蛇口をひねれば水が出るということに感激したのです。
風呂は、どこぞの焼けた廃工場の資材置き場から、ドラム缶を調達してきて
これをレンガを組んだ土台の上に置いて、下からまきを燃やすという、
いわゆる五右衛門風呂でした。
人ひとりがタテになってやっと入れる容量です。
何より、スノコが水面に浮いていて、最初に入るときこれを下まで降ろすんですね。
これが失敗すると、そこのとてつもなく熱い鉄板を踏んでしまう。
私はまだ子供でしたから、親に手伝ってもらってスノコ板を下まで沈めたものでした。
ですから、体を横にして入れる風呂に入れるようになった時は、これまた感激したものです。

当然今では、なんてことのない食べ物も、滅多に口にできず、
いわゆる贅沢品でした。
それですから、うなぎを初めて食べた時なんて、鮮明に記憶しています。
海老フライを食べた時もそうです。
場所、一緒に食卓を囲んだ人たち、すべて鮮明に記憶しています。
こんなうまいものが世の中にあったんだ、と。
きっとそんな幼少期の経験が、今でもうなぎ大好きで、何かというと海老フライを食べるのは、
人生を形作る貧しい経験が基礎にあったからではないか、と思うんですね。

 

その後、長じて少年時代から青年時代に成長してゆきますが、
それに伴い世の中豊かになってゆき、あわせて、食文化も多彩になってゆきました。
今では、ごくごく普通においしいものを食べるでしょ。
時々思うんですが、今の食卓って、あのころの特別な日の食卓ですよね。
お誕生日とか、節供とか、何か特別な記念すべき時に食卓の並んだものが、
今では、夕食の食卓に当たり前に並ぶ。
だからおいしいものに対する感激も鈍くなってしまっている。
私達の時代のように、おいしいものに出会った感激、なんて、今の時代の比じゃないでしょうね。

 

こう言う感激を味わえる時代に生まれてきた、ということは実にすばらしいことでしょ。
正直、少し早すぎた人、すこし遅れた人に対して、申し訳ないと思うくらいです。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 15:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
自家製マヨネーズ

料理は素材が基本だと思っています。
そりゃ、調理人の腕も当然必要ですが、
やはり基本は素材でしょ。
例えば、キロ1万円のまぐろの中トロを
刺身にして、客に出して、どうでしょう、と言ったって、
まあそれなりの評価でしょ。
しかし、売値はともかく、キロ10万円のまぐろを刺身にして、
さあどうでしょう、と言えば、客は、これはうまいね、となるでしょ。
でもこれって調理人の腕ではないでしょ。


私は、ここの店はうまい料理を出す、と言うところにある共通点があることに気づきました。
料理の素材と言えば、牛豚鶏の肉類、あとは海産の魚介類、それに野菜、根菜、穀類。
それぞれに吟味したものを出してはいると思うのですが、
比較的、肉、魚への神経は使っておいても、野菜、根菜は後回しになっていることが多いものです。
ところが、なんとなく、ですが、食べおわって、旨かったな、と口の中に余韻が残っているような店と言うのは、
いい野菜を使っているんですね。
まあ、平塚あたりだと、何人かの農業者の方が、
結構、神経を使って作物を作っているようです。
よくある話ですが、無農薬とか、有機野菜とか、ただ生産するだけでなく、
良い商品を作ろうとする姿勢で農業に携わっているんですね。
こう言う人達は、JA経由で品物を出さない人が多いようです。
言い換えれば、ただ作っている人の作物と同列に並べられるのが嫌なようです。
仕事に誇りを持っているというか、何か夢を持っているというか、
ときに、健康と言うテーマへの使命感があったりとか、
独自の職業観があるんですね。


ま、ともかく原則体にいいものを作る、それはそのまま食材のうまさにつながる、と言う事なんです。
で、これらの人たちから野菜を買っているところの飲食店は、
総じて、旨いですね。
先ほど言った様に、じわっと食後にうまさを感じるんです。
もちろん、そういうお店は肉も魚もおいしいですが、
食事ではどちらかと言うと、二番手的な位置の野菜がしっかりしていると、
結果として、肉、魚の食味を上げるんですね。

 

話は変わります。
先日のブログでも書きましたが、おせちをできれば自作していただきたい、と。
確かにどこぞに頼めば、無駄も出ないし、手間いらずだし、
味はともかく、見た目は豪華できらびやか、正月の食卓を飾るにふさわしいものですが、
一年の初めを人のふんどして相撲を取るというのも如何なものか、と言ったことを書きました。
でも、平素それなりの料理をしていないと、
これはなかなか難しい話です。
特に昨今は、なんでもほぼ完成品があるので、それこそチンでおおむねの料理は整えられます。
だからこそ、平素から何かと自作を心がけることが必要でしょ。
ちなみに、普通だったらスーパーで買っているようなものでも、
まあ、私は自作するようにしています。
ざっと挙げれば、らっきょ、まあそれほど食べるものじゃないですが、
初夏に生のラッきょが並ぶと、多少手間がかかりますが、細かく洗って下ごしらえをして、
あとは甘酢漬けまたは醤油漬けにします。
ほぼ一年はカレーのたびに、登場します。
イチゴジャム。
これは実は、冷凍イチゴを使います。
まあ安いというのが理由ですが。
このイチゴジャムも、ほぼ一年間冷蔵庫に保存してあります。
それとマヨネーズ。
これは絶対自作の方が旨いです。
電動のハンドミキサーさえあれば、いとも簡単に作れます。
2、3年前にたまたま作ってみたら、これが旨い。
以来、とてもスーパーで買う気にはならなくなりました。
で、ほぼ定期的に500グラム程度のものを作っています。
材料は、玉子黄身、植物油、酢、塩、少々の砂糖など。
これをミキサーで撹拌し、オイルを少しずつ入れるのですが、
時に失敗します。
そしてら一からやっり直し。
で、失敗の理由、玉子の温度。
冷蔵庫から取り出した冷たいものはやめた方がいい。
逆に失敗しない方法。
前回造ったものを基礎にする。
多分4、50グラムぐらいでいいと思うのですが、
これを種にするんですね。
これに黄身を入れ、混ぜながらオイルを足してゆく。
まあほぼこれで大丈夫です。

 

さっき、マヨネーズを仕込みました。
で、たまたま、知人から伊勢原の何とかという鶏卵場の品物をいただいたのです。
なかなかすぐれたものだ、という触れ込みでした。
で、ちなみに玉子かけごはんで戴いたら、うわさ通り、旨い玉子だったんですね。
この、玉子でマヨネーズを作ってみたんです。
そしたら、最初の10秒で、もうしっかりと固まるんです。
驚きました。
当然味もしっかりしているんです。
痛切に食材の品質の差を感じました。
確かに、その時、安い特売の卵かなんかしかなかったりすると
それでマヨネーズを作ることがあるんですが、
何故かいまいちなんですね。
しっかりと練りあがらない。
ちょっとだらっとしてしまうんです。

玉子と言ったって、ピンからキリですが、
やはり、いいものは良いんですね。

 

要は食材が勝負どころなんですね。

| 水嶋かずあき | グルメ | 19:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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