水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
耐震診断アプリ

天災は忘れたころにやってくる、とよく言われました。
のど元過ぎれば熱さ忘れる、という言葉もあります。

 

東日本大震災の時に東北3県を襲った大津波。
で、町の名前は忘れましたが、結構な数の被害者を出したある町のことです。
大津波が襲来し、海辺の建物をなぎ倒し、
併せて、多くの人命を奪った津波が引いて、
やれ一段落と、人々が復旧に取り掛かった時のことです。
海岸線から数百メートル離れた所に、
身の丈ほどの石碑が倒れていたんですね。
確かにそこに石碑があることはだれも記憶にあったのですが、
その石碑になんという文字が刻まれていたかは、
誰も覚えていなかったのです。
で、ともかく、石碑を起こして、もう一度もとのようにしようと、
大勢の人間が力を合わせ、えいや、と立てたのですが、
その時改めて、石碑に刻まれた文を読んでみると、
先人が、かつてその地方で発生した津波の被害のことを記録として書き、
なおかつ、この石碑よりの海寄りに家を建てるな、
と忠告を与えたものだったそうです。


そんな大災害は、一生のうちそう何度も経験するわけでもなく、
人々の記憶も薄らいでしまうので、
このように石に刻み、将来の子孫に警告として建てたはずなんですね。
でも、のど元過ぎれば、熱さを忘れるんです。
現に、そこの住人達は、被害にあって初めて、

石碑に書き込まれていたことを確認したくらいなんですから、
いつか見慣れた景色として、誰も注意を払わなくなってしまったんですね。
そして、天災は忘れたころにやってくるなんです。

 

私達は、大きな災害に出会うたびに、次はなんとか被害を減らそう、
と知恵を絞ります。
そしてそれを次に伝える。
おかげさまで、多くの犠牲者の命と引き換えに、私たちは身の安全を守るすべを身に付けてきました。
何より建築基準法を強化し、耐震性を向上させてきました。
そもそも、地震は大地の造営活動ですから、
これは人間の力ではどうにもできない。

そして、地震による被害の大半は、
人間が作ったものによる被害なんですね。
活断層の真上の原っぱはともかく、普通の大草原ともいえるような原っぱの上にいた時に、
大きな地震が起きても、被害は発生しないでしょ。
でも、人間が作った家の中とか、構築物の近くでは、時に身体的な被害を受けます。
地震の被害は、人間が作ったものによって、発生する被害なんです。
つまり、地震に強い建物を作る、という事が防災の基本なんですね。

 

で、このたび、南海トラフ巨大地震などに備え、阪神高速道路会社が
スーパーコンピューター「京」を活用し、
総延長260キロに及ぶ全線の同時被害予測に取り組む、

というニュースがネットで紹介されていました。
世界屈指の計算能力を持っている京を使えば、
さまざまな状況を瞬時に計算し、被害を具体的に測定できる、と言うわけです。
それはそうですね。
人間がぐだぐだ計算しているうちに、あっという間に答えを出すんですから、
さまざまな状況への対応策をシミュレートしてくれるわけです。

 

地震によって受ける家屋の被害には、三つの要素があります。
一つは、そこの地盤です。
硬くしっかりした地盤の上に建っている家は、軟弱な科地盤の上に建っている家より、
何倍か丈夫だそうです。
ちなみに、2倍としましょうか。
この時しっかりした家が倒れないぎりぎりの震度でも、
弱い地盤の上の家は倒壊してしまう可能性が大なんです。
ま、何倍か、という事はそういう事でしょ。


そして、二つ目は、建築年度です。
少なくとも昭和56年以前に建物は、かなりやばいと思った方がいい。
素人が、家を眺めまわしたって、その建物が地震に強いか弱いかはよく分からないのです。
ですから、耐震診断をした方がいいです。
平塚市では、この耐震診断は無料ですから、
不安がある人は必ずやるべきです。


で、三つ目は、構造です。
平屋で、部屋が細かく分かれていて、屋根材が、軽量のスレートなどの場合、
かなりがんばれます。
逆に、広間がたくさんとってあって、二階建てでしかも瓦で屋根が葺いてある、
と言った場合、かなり危険です。
で、これらは、素人でも、地盤については、ネットで調べられますし、
建築年度については、これまた、登記所で調べられますし、
家の構造については、これまた目視でも出来ることです。
出来れば、これらの条件を入力すると、
ある程度の耐震性が判断できる、と言うアプリでもあるといいですね。
なにも、京を使うまでもないのですから。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
防災と言う概念

昨日、平塚の美術館の一室で、防災フォーラム@平塚、という
防災のためのセミナーが開催されました。
主催は東海大学で、災害に強い平塚市を目指して、と言うサブタイトルのもとに、
東海大学と平塚市がコラボして、
地域連携をさらに推し進めようという意図も含まれているようです。

 

防災と聞いて、是非ともお勉強しておきたいと、思い、
あの寒い中、1時開会に間に合うように、自転車をこぎこぎ会場に向かいました。
会場は、すでに多くの人が着席していて、この類のセミナーの割に参加者が多いのですが、
よくありがちな前の方の席は空いていて、
後ろの壁際の席はびっしり座っている、というパターン。
なんだかんだと100人弱の参加者数。

予定としては、1時にスタートして、4時半終了と言うロングランのセミナー。
正直、夕方の予定もあり、こりゃ、申し訳ないけど、途中退席と、決め込みました。
で、内容なんですが、
JAXAの衛星利用運用センターの所長さんとか、
国土地理院の応用地理の担当者とか、が、先ず招待講演をします。
パワーポイントを使って、
災害発生時におけるそれぞれの分野のノウハウをいかに活用するか、みたいなテーマなんですが、
基本的に、日本地図が前提の解説なわけです。
せめて、神奈川県が地図の最大部分になっていなければ、
災害に強い平塚市を目指す、というテーマから浮くでしょ。

確かに、この時代ですから、災害に必要な情報は、
宇宙から見てた災害に必要な情報は十分に活用できるだろう、という事は分かります。
また、特に地形の変化を伴うような災害については、
国土地理院の情報は有用だろうと思うのですが、
正直、ピンとこないのですね。
少なくとも、平塚で、防災活動をしてきた私としては、雲の上の話なわけです。
正に、虫瞰図が必要な状況に、鳥瞰図の情報が
どこまで有用か、という感じなんです。


せっかく、地域との連携を、防災と言う観点で推進しようと
一生懸命に企画していただいたのですが、
主催側に、地域の実情というものが十分咀嚼されていないな、と思ったんです。
形の上では、大局的な観点での話、
さらに現場に絞り込んだ話など、
実に、練り上げられたトータルな構成ではあるのですが、
若干蛇足的な要素があったわけです。

 

大体、この類のセミナーの構成は、頭でっかちになり、

かつ、登場人物が多すぎる、という事になりがちです。
3時間半のセミナーにあれもこれもと詰め込むわけです。
その結果、どれも十分な時間が取れず、
それぞれが消化不足になりがちで、講演が終わって、質問は、と問いかけられても、
何を聞いていいのかわからないくらい、具体性がないんですね。
そもそも質問をするというのは、分からないから聞くわけで、
その聞くべきところがもともと分からなければ、
質問のしようがないという事でしょ。


基本的に、このフォーラムを構成した方々のお考えの中に、
そもそも、防災とは何を目指すことなのか、
という事が抑えられていないように思ったのです。

 

以前から私は、防災とは、
防ぎうる災害死、が軸になった活動のこと、と言う定義をしています。
つまり、防(ぎうる)災(害死)という事です。
確かに、個人や社会の財産が、損傷を受けることも大きな打撃ですが、
最大の打撃は、人の死です。
ですから、様々な防災活動がありますが、
基本は、災害死をどう防ぐか、という事を起点に
それぞれのテーマ展開を計画すべきなのです。
つまり、ある防災活動をしているグループがあったとします。
それは、先ず第一義として、その活動によって、死者を減らすことはできるのか、
という事なんですね。


例えばです。
熊本地震の死者は50名。
しかし、その後関連死として認定された方の数は120名です。
正直、異常に多い数です。
ちなみに、岩手、宮城、福島などの
東日本大震災の災害関連死の比率は8%前後です。
1万人で、800人、と言うのがそのデータでした。
しかし、熊本は240%です。
東北三県の実態の30倍と言う数値です。
どう見ても異常でしょ。

そもそも、直接死が発生するのは、その瞬間がほとんどで、
一難去った後に、様々な要因で、死を迎えることになり、
あの災害が無ければ生きていたはず、と言うのが、災害関連死です。


しかし、被災した、という事との関連性をどこまで認めるのか、
という事の線引きが不十分なんですね。
熊本の場合、関連死として認められると、500万円の弔慰金が行政から支払われます。
不届きな推測かもしれませんが、この制度に適応してもらおうと、
駆け込み的な認定が行われたのではないか、と邪推をしてしまいます。
正直、東日本大震災の大津波の後の地域の医療体制は、大きなダメージを負いました。
それは熊本の比ではなかったはずです。
にもかかわらず、30倍と言う関連死が出たという事こそ、
防災の本来の意味があるんじゃないでしょうか。


つまり、東北三県より、医療機能がしっかりしていたはずの熊本で、
こんなに関連死を出した、という事をしっかりと検証することが、
次なる関連死を減少させることになるはずで、

そのことそのものが防災でしょ。

 

つまり、昨日のセミナーも、こう言った、

より具体的な事がテーマになっているべきではないか、と思うんですね。
サブタイトルが災害に強い平塚市を目指して、と言うのですから。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
鳥の羽の色

最近、かなり頭頂部が薄くなってきました。
お辞儀をするともろばれです。
額のごく一部が白髪になってきましたが、
まだまだ髪の毛全体としては、黒です。

白髪とはげとどっちを選ぶ、と言うのも、究極の選択に一つですよね。

ま、選びようもなく、どっちかになってしまいますが。

 

人の髪の色は、染めれば別ですが、
本来のものとしては、黒、茶、金髪、白と言ったところ。
間違っても緑や青はありません。
で、改めて考えてみると、大半の動物の毛の色は、
黒、こげ茶、茶、赤茶、黄色、灰色、白と言った色です。
ライオンも、キリンも、チンパンジーも、トラも、白熊もパンダも、
この色の組み合わせに過ぎません。

基本的に地味な色ですよね。
で、なぜなんだろう、と、疑問を持ったんですね。
いかにも色彩的に淋しいでしょ。

それに引き換え、鳥は、極彩色のものがいくらでもいるじゃないですか。
キジやイソヒヨドリ、メジロ、四十雀なんかも可憐な美しさがあるでしょ。
熱帯のジャングルに分け入れば、インコ類など、極彩色の鳥が山ほどいますよね。

 

日本で極彩色と言えば、ヤイロチョウと言う鳥がいます。
これは羽の色が実に多様に彩色されていて、
それが多くの色を持つ鳥、という意味で、ヤイロチョウと言われています。
ヤイロは八色ではなく、多色と言う意味だそうです。
高知県の県鳥で、確か絶滅危惧種の分類だと思います。
ま、ともかく、身近のところではカワセミなどでもそうですが、
実に鮮やかな体色でしょ。
鳥はなぜあんなに色鮮やかなのに、哺乳類は限定された毛色なのか、
という疑問です。

 

すると、なぜ鳥の色は鮮やかなのか(色鮮やかな鳥がいるのか)
という事を研究している人がいるんですね。
それらの方々の論文を読んでみたのですが、
思わず頭痛が起きそうなくらい、やたら難しい言葉が登場し、
理解しようとすればするるほど眠気が襲ってくるのです。
そこで、ざっとまとめた乱暴な結論のですが、
鳥の羽が色鮮やかなのは、構造色、というものである、という事が分かりました。


例えばです。
赤いバラの花びらをすりつぶせば、赤い色のが出てきます。
しかし、インコかなんかの赤い羽根をすりつぶしても、
赤い色は出てきません。
基本的に鳥の羽の色は茶か黒、または白なんですね。
安心でしょ。
哺乳類と変わらないんです。

 

そもそも、羽根と言い体毛と言い、色を持っているわけですが、
これはメラニン細胞が合成することのできるメラニン色素によって色合いが決まります。
つまり、羽または毛の基本的な色はそこまでなんですね。
トラの場合とか、シマウマの場合とかは、これらの表皮の部分部分の毛根で、
きっと、色調調整をしているんでしょうね。
だから、それぞれの色合いの体毛を持っているんです。
ところが、鳥の場合、羽根の基本色を超えた色合いは、
羽根の表面の、まさに顕微鏡的な領域で、
ある構造を作り出しているんです。
この構造により、色の反射を一定の色に絞り込んでいるわけです。
つまり、光は波長によって色が変わります。
光が当たる、これを反射する、この反射した光を私達は見ていて、
それから色の識別をしているわけです。
ですから、特定の色だけ反射するような羽根の構造であれば、
元は灰色の素材でも、反射によって、赤なら赤の色を発色しているように見える、
という事なんですね。
実はもっとややこしいメカニズムがあるんですが、
大雑把にはそういうことです。
ですから、物理的に羽根の表面の構造物をいじってしまえば、
違う色の鳥になってしまうという事です。
ま、可能かどうかは分かりませんが、理屈ではそうなる、という事ですね。

 

その昔、童謡でよく歌った歌。
赤いとり小鳥、なぜなぜ赤い、赤い実を食べた、

と言う歌がありましたね。
まあ、夢を壊すようですが、ごく一部を除いて、食べ物で羽の色が確定するという事は、
これで、まちがいだと分かりましたね。

 

人の探究心、科学の力は、時に夢を壊してしまうんですね。

進歩なのか、退歩なのか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 12:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
災害の想定

何やら、北朝鮮での雲行きいささか怪しくなってきましたね。

米朝ともに、いくらか狂気じみている性格の人がトップですから、

一挙に、えいやっと始まるかもしれない。

でも、なんとなく、困ったもんだと言う人はいますが、

もし、北のミサイルが飛んできたら、と言う想定を具体的にはしていないでしょ。

まあ、そういう意味では、一億総楽観的な民族なんですね。

 

ミサイルよりは、はるかに確率の高い地震の方を想定しておくべきです。

 

災害に対する対応、事前の備えと言うのは、
人によってばらつきがあります。
大きく2種類。
ある種の人たちは、呑気に構えて、そんなことは起きないだろうという、超楽観主義的な人達です。
超楽観主義、と言うのは、正確には、性格的にずぼらで、
面倒くさがりで、やや無責任なところがあります。
反対に、超ビビりの心配性の人もいます。
やたらと心配し、こうなったらどうしよう、ああなったらどうしようと想像を膨らまし、
殆どありえないようなことまで想定し、過剰なまでの準備をする人たちがいます。
ま、お分かりのように、
程々と言うのが必要です。


なぜなら、呑気な人が実際災害に遭遇すると、
不十分な準備のため、時にけが、さらには死に至るような被害を受けてしまう恐れがあります。
あれほど家具の転倒に気を付けるように、と言われていたのに、
なあに、この箪笥が倒れてくるわけない、と言っていた箪笥が倒れて、
結局死んでしまった、という事があるからです。
ちなみに、家具転倒で亡くなった方、
阪神淡路の場合、全死亡者6400名余りの1割になります。


一方、心配性の人は、心配のあまり、不安な状況を目で確かめようとするんです。
よくある話ですが、
洪水になって、自分の畑が心配だからと、様子を見に行って、
用水路で流されて水死、なんてことがあります。
要は適切な状況判断を、なかなかしにくいのが災害です。
簡単に状況を判断できるならそれに越したことはありませんが、
とかく情報不足になります。


したがって、呑気ものにも、心配性にも、十分な判断材料が与えられないんですね。
ですから、平素の癖が出て、時に、災害の被害者になってしまうわけです。

大事なことは、日頃からしっかりと想定をしておくことです。
そして、その想定が適切かどうか、
繰り返しチェックすることなんです。

 

例えばです。
まず第一にすることは、自分が住んでいる家は安全かどうか、という事です。
二つの観点でチェックします。
一つは、地盤が固い地盤かどうか。
柔らかい地盤だったら、1・5から2倍の確率で家屋は倒壊します。
次に家屋の耐震性をチェックします。
震度6強・震度7クラスの最強の地震が来ても、壊れない、と言う建物に住んでいるかどうか、です。
で、答えがNOなら、早速耐震補強が必要です。


いずれにしても、いざ大きな地震が発生したら、この家では過ごすことができそうもない、
という想定がされるようでしたら、
そこで、初めて非常用持ち出し品のチェックをします。
つまり、現在の家以外のところで生活するための必需品をしっかりと準備することなんです。
そこはつまり、避難所です。
避難所と言うところがどんな状況で、どんな生活になるのか、
という事を想定することです。
まずは、一家で、避難所生活を始めるわけですが、
避難したその日と、その後の数日経過した状況と、1週間、2週間たった時とは
状況がどんどん変わります。
この場合、しょっぱなの3日間をしっかり想定しておきます。
過去の、阪神淡路、中越、東日本東北3県、熊本などでの避難所生活をした人々の証言を整理すると、
最初の日が、ほぼ、配給される食料はありません。
おにぎり程度が配られるのが、翌日から。
しかも、一家で2個とか、一日2食とか。
絶対的に腹がすくそうです。


それと水とトイレの問題。
水道は普及に1週間は覚悟した方がいいでしょうね。
ですから、水は自給のもの。
1人1日3リットルが基準です。
これは持参したほうがいいようです。
ま、初日は命からがらの避難ですから、いいとこ、3リッター程度。
3リットル×3日では一人10キロ近い水を、背負って逃げるというのは、
体の動きを鈍らせますので、しょっぱなは身軽な方がいい。
落ち着いたら家に戻って、何とか、残りを運ぶという事でしょうか。
3日を過ぎれば、避難所にも十分な水が支給されるようです。
それと、案外重要なのは、薬だそうです。
通院している人は特に、薬が切れたら症状に影響するので、
ここは慎重に準備すべきです。

 

必要なもの、大して必要でないものの区分をしっかりとし、
置かれた状況に対応できるように想定することが大事です。
ですから、基本は、状況の想定を極力緻密にすることが
防災の第一歩になります。

 

で、やっぱり、ミサイルは来るのかな?

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
特定外来生物

今から、2億年から3億年ほど前に、地球はパンゲニア大陸と言われている
超大陸を形成していました。
それまでのいくつかの大陸が、なぜか地殻の運動で、一か所に寄り集まってきたんです。
神様が、大声で全員集合!と声を掛けたのかもしれません。
で、その後、また神様が大声で、解散!と言ったので、
また個々バラバラに離れてゆきました。


ちなみに、地学者の計算によると、今の5大陸の状態は、
1億年後には、再度全員集合となり、
また新たな超大陸を形成するだろう、と予測しています。
出来れば、一度パンゲニア大陸、と検索して、
地球の大陸形成の歴史をじっくりと見てもらいたいのです。
その変化のさまを言葉では到底言い尽くせないのです。


パンゲニア大陸の一つになった形から、少しづつ大陸が移動し、
アフリカ西岸が南アメリカから離れて、やがて大西洋が形成され、
今の位置に落ち着きます。
さらに、アフリカ大陸の東南にあったインドが、せっせせっせと北進し、
今のユーラシアのど真ん中にたどり着いて、インドとなります。
まあ、以前は、とてつもなく大きな三角の島だったんですね。
オーストラリアも、アフリカの先っぽについていました。
さらに日本です。
今の地球の位置で言うと、シベリアの北部にとっついていた小さな島でした。
これがぐるりと回って、今の位置に収まります。
ま、ともかく、こう言った地球の造営運動を見てみると、
やれ尖閣だ、竹島だ、など、小さい小さい。
地学者の計算が正しければ、
また、1億年後には、大陸は集合するらしいので、国境も何もないでしょ。
もっとも、その前に、人類はこの地球上から消滅していると思いますけど。

 

さて、そんな観点で見てみると、
かつて、アフリカ西岸に繁殖していた植物があったんですが、
これが、なぜか南アメリカ、ブラジルの一部に棲息しているんですね。
これは、大陸が移動する前に分布していたもので、

別れ別れになってもそれぞれの地で頑張って生き抜いてきたんだ、という事です。

ましてや、人間が勝手に引いた国境と言うものがありますが、
この国境と言うのは、他の動物にとって何の意味も持たないわけでしょ。
秋に、シベリアを飛び立って、ひたすら南下する鳥がいたとします。
目的地は東南アジアで越冬しよう、と言う習性のために渡っているわけです。
この鳥が、眼下に広がる日本の国を見て、
今、日本上空を飛んでいる、なんて認識があるわけないじゃないですか。
国境なんて勝手な話でしょ。


先日小型のワニが鹿児島に漂着した、というニュースが流れました。
このワニだって、意図的に日本を目指したわけではないでしょ。
生物種は、その生息域を広げようとする本能を持っています。
繁殖のためのある種の挑戦ですね。
その結果、様々な生物が混在するようになる。
まあ、たまたま動物園で買っていた種が逃げ出した、とか、
ペットとして飼っていた動物を、手放してしまったとか、いきさつはいろいろですが、
その動物にとっては、日本と言う国の意識なんてないわけですから、
自然の環境として、棲息に適当ならば、それは子孫を残し、

棲息域を拡大しようとするわけです。

ごく普通に、これを自然の営み、と言います。


所が人間はせこいもので、自分たちに不都合な種は排除しようとします。
千葉の小型のシカ、きょんだって、和歌山の台湾サルだって、
日本と言う国の成立のちょっと前に移り住んでいたら、
そうは目の敵にされなかったわけでしょ。
単なる時間差の問題ではないですか。
先か後か、と言う。


その後のため、特定外来生物、とかレッテルを張られて、
目の敵にされる、って、
なんとなく人間の自分勝手な価値観を彼らに押し付けているんじゃないか、と思うんですね。
確かに、農作物などの被害を考えれば、対策を講じるべきだとは思うのですが、
同じ指名手配でも、重要犯人扱いでしょ。
その最大の理由は、特定外来種を規制する法律で定めたからです。
「特定外来生物による生態系、人の生命・身体、農林水産業への被害を防止し、
生物の多様性の確保、人の生命・身体の保護、
農林水産業の健全な発展に寄与することを通じて、
国民生活の安定向上に資すること」とされています。

 

一言で言えば日本の自然環境が壊れる、と言うのが大きな主旨です。

もですよ、もし、自然界の環境が破壊されるという事なら、
そのA級戦犯は、人間でしょ。


アリゲーターガ−ととんでもない魚だ、と言うなら、

アリゲーターガ−だって言い分があるはず。
きっと、アリゲーターが、「よく言うよ!」とか言っているんです。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
浦項は対岸の火事非ず

15日に発生した韓国・浦項の地震ですが、
マグニチュードは5.4。
被害としては、17日現在で負傷者77人、死者ゼロ。
家屋の倒壊など、財産被害は、1300件余りが申告されたそうです。
被災者の方には申し訳ないのですが、
地震大国の日本としては、それほどの規模の被害とは思えないんですね。
でも、現地では大騒ぎ。
著名な芸能人などが義援金をいくらいくら寄贈したなどと言う記事が見受けられます。
国会では、野党議員が、文現政権への天罰だ、と言ったとかで問題になっていたり、
まあ、ありがちなことですが、この後連鎖的に大地震がやってくるのでは、
と過剰な不安を抱いていたりと、例によって冷静な判断がしにくい国民性が、

こういう時に表れるものなんですね。

決して自慢できることではありませんが、
マグニチュード5・4と言う規模の地震は、
日本では、まあ、まあありきたりと言うか、けっこうざらにあるというのが実態です。


この地球上で発生する様々な地震の中で、
マグニチュード6以上の地震の発生率で、
日本及びその近海での発生はなんと、22.9%。
地球上で発生する地震の、ざっと、5回に一回は日本で発生しているのです。
ですから、6以下の5・4と言う数字では、
だからなんだ、という感じでしょ。


韓国のショックの要因は、二つあります。
つまり、5・4程度で発生してしまう被害の内容という事です。
明らかに、建物の耐震基準が低いという事です。
おそらく日本ほど厳しくないんでしょうね。
だって、日本ではたびたび地震が発生し、そのたびに厳しい基準が定められ、
その基準を満たさなくてはいけない、という建築法上の指導があるわけです。
第一段階では、昭和56年での規制がありました。
つまり、いくらなんでも昭和56年以前の建物は、

甘い基準だったので、何とか耐震検査を受け、危険がありそうなら、

耐震補強工事をしてください、と言う行政上の指導があります。
で、昭和56年(1981年)以降では、19年後の2000年に、
さらに新たな耐震基準が示されました。
で、今回の熊本地震での実態から、まだ問題があって、さらに堅固な設計が展開されると思います。
だいたい、今時建築するのに、耐震性を考えずに家を建てるなんて考えられないでしょ。
この辺の文化の違いがあるんですね。


ですから、地震の経験の少ない所が、ちょっとした地震が発生すると、
とかく被害が大きくなるんです。
日本にしてみれば、犬にほえられた程度が、韓国ではクマに襲われた、という事になるんですね。


さらに、浦項地震の被害で、
マグニチュード以上の大きな被害が発生したのは、地盤の状況にもあったようです。
各地で液状化の減少が散見されたようで、
そもそもが液状化を引き起こす地盤と言うのは、
同じ揺れでも被害を大きくしてしまうのです。
例えば、蒟蒻の上に建てられた家は、揺れに弱いでしょ。
でも、堅焼きせんべいの上に建てられた家は、そうは揺れそうもないでしょ。
地盤が軟弱だと、同じ揺れでも、それを増幅させてしまうのです。
地震で家が壊れるかどうかの境目は、
耐震性の強い構造か、地盤がしっかりしているか、この二点に絞られます。
ですから、浦項の被害状況を調査している専門家の報告では、
間違いなく地盤にも要因があった、という事になります。

 

そもそも、私たちは地震に敏感であるとともに、ある程度の地震には免疫ができていて、
家が揺れても、様子を見ながら、その対応を考えますよね。
海外からの観光客などは、ちょっとした揺れで大騒ぎをするそうです。
経験がないときっと恐怖なんでしょうね。
いいか悪いか、私たち日本人は、揺れに身をゆだねながら、
地震の規模、いわば震度を推し量ることができるでしょ。
今のは震度3だな、とか。
ですから、特に他国の地震に関しては、いまさらという感じを持っているのか、

あまり関心がないように思うんですね。
それこそ、浦項の地震だって、大丈夫、何てことないから、ぐらいでしょ。
その程度のマグニチュードで何大騒ぎしているんだ、みたいなところがあるわけです。


しかしですね、このある意味地震に対する日本人の自信が、
どうも防災上の意大きな障害になっているような気がするんです。
防災と言うのは、地震の怖さと併せて、それに対応できる能力と、
冷静な判断が必要なんです。
ただ怖がっているだけでもダメですし、
また、やたら何とかなるという大雑把な気持ちでもダメなんです。

ですから、冷静で客観的なデータをもとに、我がこととして、
地震発生による被害を想定することが大事なんです。


さて、そのデータですが、
なんと、地球上で発生している様々な規模の地震が、
急に増えてきています。
およそ、2000年を境に、10倍以上の確率で各地に地震が多発しているんですね。

その昔、地球で生物の大量絶滅事件が5回も発生しています。
その間隔は、およそ8000万年から1億年ぐらいの間で発生してきました。
その中には、ともかく地球のありとあらゆるところで火山活動が活発になり、
大気が汚染され、噴煙で太陽光が地表に届かなくなり、
地震や地割れ、山崩れなど、まさに、阿鼻叫喚の地獄のような状況になったことがありました。

過酷な環境の変化に多くの生物種が死に絶えたのです。
つまり、地球はいつどこでどのような変化をするか分からないという事なんです。
地殻がどのような理由で動き、どのようなきっかえでそれが活発になるのか、
なんて、まだ現代の科学では予測できないのです。
でも、現象として、地震は明らかに増えているのです。

注意しましょう。

 

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
正しい恐れ

FM湘南ナパサ開局の時に、ボランティアとして番組制作にかかわり、
この時に、防災と言うテーマが、コミュニティ放送局の大きな使命である、
という認識をしたのです。
以来、防災にかかわる様々な活動をしてきました。
1994年以来ですから、なんだかんだと23年。
まあ、専門家でもないのですが、一つのことを長々やっていると、
妙にテンションが上がったり、冷めてみたりと、
それなりの山谷を超えてきて、その先には、
いくつか、定説的なものを構築するようになってくるものです。


ま、いろいろな分野のものがありますが、
私としては、基本的には「正しい恐れ」に尽きると思っています。
防災活動と言うのは、そもそもが啓蒙啓発活動が99%で、
実際発生して、わが身が被害をこうむるなんて経験は、
実は大半の人がしていないわけです。
阪神淡路、中越、東日本、熊本など、
この20数年で様々な大地震がありましたが、被災地支援などの活動に参加はしたものの、
我が家が壊れたわけでもありませんし、身内がけがをしたとかの経験もないわけです。
大半の人がそうでしょ。


そこで、防災活動と言うのは、
経験したことがないものが、経験したことのない人に、
ああだこうだと、様々な啓蒙啓発活動をしているわけです。
ですから、時々軸がぶれるんです。
でも、23年もこんなことしていると、ぶれる軸と言えど、ある範囲の中でぶれるので、
そのあたりを集約すると、おおむね、防災の核となる精神ぐらいは習得できるんですね。
で、その結論が、「正しい恐れ」です。


ある類の不安に対処するという事ですから、
心配性の人は、やたら不安がりますし、大雑把な人は、大して気にも留めないものでしょ。
足りなかったり多すぎたりしがちなんですが、

ちょうどいいというのが、正しい恐れです。


例えば、木造二階建ての松風町の我が家から紅谷町のマンションに引っ越しました。
で、しばらくすると、松風町から引っ越しの時に持ってきた非常持ち出し品を詰めた
大きめのリュックサックの整理をかみさんがしているんです。
何しろ、ちょっとした野外生活が出来るくらい、あれこれ品目が詰まっているんですね。
どちらかというと、うちのかみさんは、心配性なので、

様々な状況を想定してあれもこれもと詰め込んでいるんです。
そこで、自称・災害対策指導員の私は、こんこんと何が必要で何が不必要かを説明しました。
簡単に言えば、木造家屋と、耐震構造のマンションでは、準備するものが異なるんです。
だって、家がつぶれて住めなくなる、という想定と、
取り敢えず家は確保できるという想定では、持ちだす者の品目が、異なるわけでしょ。
一緒のわけがない。
ですから、マンションに来て、かなりのものを持ち出す必要が無くなったわけです。
まあ、対応としては、ライフラインの普及までどのように生活を維持するか、という事だけなんですね。


ちなみに、電気ガス水道では、どのような普及状態になるのか、
という事も知っておいた方がいいのです。
例えば、熊本では、電気は翌日普及しています。

水道で3日後、ガスが一か月という事でした。

東日本では、被害領域が広かったのですが、それでも電気は2日後に50%、
1週間後には、96%が回復しています。
また、水道は50&の回復に3日かかり、100%の復仇には3週間かかりました。

ガスに至っては、35日を要しています。
こう言う基礎的な知識が重要なんです。
それに応じて、どのように対応するかでしょ。


水について、一人、一日あたり2リットルと言われていますが、
これが3日間、家族の頭数となると、時に2リットルボトル(2キログラム)を
10本近く持ちだす、となると、実際避難行動に障害がでするでしょ。
いざとなれば給水車が出動しますしね。
三日以降は何とかなる、と。


何でもかんでも自分で用意するのか、
はたまた、なんでもかんでも、行政などが用意してくれるはずだ、と言うのも、
それぞれ問題アリなんです。
正しい恐れと言うのは、そういう自立性の範囲で、
過剰にならないという事なんですね。
つまり、状況をしっかりと想定するという事こそ、正しい結論に近づけるという事です。
ともかく、非常時なんですから、不必要なエネルギーを掛けるのは、

ある意味、問題になるという事なんです。


毎月第三水曜日午後1時半から、
FM湘南ナパサで「ナパサで防災」と言う番組を担当しています。
3か月に一回は、第5金曜も担当します。
この番組は、その番組名の通り防災がテーマですが、
何回も放送していると、しょせん素人ですから、ネタが尽きてしまうんですね。
そこで、今度は充電とばかり、様々な情報を集める、それを整理して伝える、
という事の繰り返しになります。
まあ、ありがたいことなんですが、
その意味ではそこそこの防災に関する知識が身に付きました。
時間があったら、水曜日の午後1時半、ナパサで防災をお聞きください。
よろしくお願いします。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
超小型原発

原子力発電について、私の個人的な感情としては、

核のごみの処理方法すら先が見えていないのだから、
これは、基本的に廃止に向かってのプログラムを策定し、
それに沿った実務的な行動をすべきである、と考えてきました。
既存の原子力発電に対しては、いまだにその考えは変わっていません。

なぜ、そう思うのかと言うことですが、

人類として、チェルノブイリの事故、さらには福島における原子炉の事故、
など経験しただけで、その背景を説明する必要なないと思います。

 

あまり取り上げられていませんが、東日本大震災の時、
ご存知のように、東北三県では甚大な被害を出しました。
その死因は、9割の方々が水死でした。
まあ、津波の被害という事です。
しかし発災後の、直接死ではなく、関連死と言うデータがあって、
これによれば、
岩手、関連死64名、直接死5796名
宮城、関連死926名 直接死10772名、
福島、関連死2147名、直接死1810名、となっています。
岩手、宮城ともども、直接死のおよそ8%前後の数値が、関連死の比率になっています。
にもかかわらず、福島は、関連死の比率は、なんと118%。
岩手、宮城に準じた比率を想定すると、147名。
しかし、それを2000人上回っています。
言い換えれば、地震、津波の被害に加えて、原発事故が発生し、
それによる避難など、過重な状況に追い込まれ、
医療体制の不備、またストレスなどによる身心消耗など、
死亡者が相次いだわけです。
言い換えれば、原発事故が無ければ、2000人の人の命を
永らえることができたはずなんです。
露骨な表現すれば、原発事故で、2000人が殺されたともいえるわけです。
ですから、理由・要因はともかく、原発はない方がいい。

 

とは言え、昨今の社会情勢、私達の生活慣習から、
じゃあ、エネルギーをどうするのか、という事が差し迫った問題として、
前面に出てくるはずです。
まして、地球温暖化の対応策として、化石燃料によるエネルギー確保に関しては、
排出されるCO2がらみで、そろそろ、新たな方向性が必要、という事になってきました。
正に痛し痒しでしょ。

 

さ、そこでです、次世代のエネルギー源を考えなくてはいけません。
太陽光だとか、風力など、小規模ながらエネルギー源について、

チャレンジが展開されてきましたが、どれも、今ひとつぱっとしません。
で、結局、そうこうするうち、原発に戻ってしまうのか、と思っていたら、
原発は原発でも、小規模原発が研究されていて、
それなりの可能性が見えてきた、と言うのです。

 

私としてのイメージは、1行政体に1個ぐらいの規模のもので、
ごく普通に、ゴミ焼却所レベルで建設され、地域の電力はこれで賄える、
と言った規模のものです。
実際に、4S原子炉と言われているものです。
4Sの意味はSuper-Safe, Small & Simple。
安全なことは折り紙つきで、小さくてシンプルな構造のもの、
という事で、東芝が開発してきました。
これにビルゲイツが話に乗っているとか。
ま、雲の上の話なので細かいことはともかく、
小型のこの原子炉は、そのシステムそのものが従来のものとは異なり、
燃料棒の差し替えなどをせずに、30年間稼働させ、寿命が来たらそのまま廃棄、という事のようです。


ともかくメカニズムは理解できなかったのですが、
とても安全なシステムになっているらしいんですね。

で、これらの新たなマシンの開発は、かなり実用化に近付いているようです。
ともかく安全第一ですから、

素人ながら、これらの開発には、第一定義が安全なんだと思うんですね。
で、安全が確認できたら、順次、旧来の原発は閉鎖・解体し、
小型原発に切り替えられたらいいな、と思いました。

 

さらに、勝手ながら、超々小型原発を開発できたら、
素晴らしいと。
それは自動車エンジンが原発になって、これで、自動車が走る、と言うレベルの小型化です。
なんか交通事故とともに放射能がまきちらされるんじゃないか、とか心配ですが、

こんな夢物語が実現するのは、何十年何百年先の話でしょ。

それでも、地球の環境を損ねることなく、安全にエネルギーが取り出せるとしたら、
人類が全力を挙げて、開発しても意味のあることです。


なんか可能性を感じるんですが、しょせん素人の夢なんでしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 13:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
これでいいのか生活保護

しばしば議論されるテーマに生活保護の問題があります。


これは、私たちが働いて納めた税金が、他の誰かの生活費に回っているわけですから、
時に、おれの稼ぎで食っているようなもんだろう、と、おごった考えになりがちで、
そうとらえられる実態もあるようです。

これらの漠然とした「うまいことやってる感」が
そういった考えの人たちの中にあるのは、
一部、不正受給している人の実態が、なんかの拍子に明るみに出たりすると、
けしからん、という事になるのです。


まあ、それはそれでそう思うこと自体は、当然ですが、
それがすべて、生活保護制度全体の評価になってしまうのは間違いです。

確かに、年々受給者数は増え、その負担額は、財政を圧迫してきています。
厚生労働省は、

「生活保護受給額の等級を示す市区町村ごとの「級地」を30年ぶりに見直す。
等級の下がる自治体は受給額が低くなる。
早ければ来年度にも入れ替える」としています。

 

この生活保護の支給額は、地域差があって、
その地域における様々な生活費、物価などの格差に応じて、
ランキングされています。
例えば、一か月15万円で生活できる地域と、
それでは足りない地域があるので、一律と言うわけにはいかず、
さまざまなデータによって、金額が決められているのですが、
この等級を見直す、というわけです。

受給条件はかなり厳しいものがあって、
たとえば、中古のおんぼろ軽自動車であれ、
車の所有は出来ません。
まあ、車の乗るという事はぜいたくとみなしているんですね。
足があるんだから歩け、という事でしょ。
ともかく、生活保護は世帯単位で行われるので、
世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、
その最低限度の生活の維持のために活用することが前提になっているので、
原則、どうやってもどうにもならないという状況が、支給の前提です。
この場合の資産の活用とは、
預貯金、生活に利用されていない土地・家屋等があれば
売却して、生活費に充てることが優先します。

 

生活保護制度とは、
資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮している人に対し、
困窮の程度に応じて必要な保護を行い、
健康で文化的な最低限度の生活を保障し、
その自立を助長する制度、なんです。
これらは行政の担当者が、受給資格がある、と判断するわけですが、
物理的なものはともかく、
その困窮の程度に応じて、とありますが、どこまで具体的でどこまで客観的なのかは、
人の判断だからぴしっと判断できているかどうかは確かなものではないでしょ。

 

よく、昼間からパチンコ屋に出入りしている、などと、
自立を助長する制度であるにもかかわらず、
むしろ依存を助長しているという実態もあるようです。
私の知人の知人に生活保護を受けている人がいて、
同じような仲間に、金貸しまでしている、と言う人がいました。
こうなると、パチンコ屋に入り浸っている方がまだましでしょ。
金回りが悪いから保護を受けているのに、
何故か小金を貯め込んで、金貸しなんですから、
この話を聞いた時には、開いた口がふさがりませんでした。


くどいようですが、この制度の根幹は、自立の助長です。
人間なんだから、それは境遇としては貧しい状況になっても、
頑張って、自力でその状況を打破する、という事が前提でしょ。
つまり前向きな生き方をするための制度であって、
受給が決まったという事は、自立へのスタートを切ったという事のはずです。
受給が決まったことがゴールではない、という事を、しっかりと伝えているのでしょうか。
なんとなくの予感ですが、
受給資格の諸条件のチェックはしていると思うのですが、
そこでクリアーすると、では支給します、と。
余計なお世話でもなんでもなく、

その受給者が前向きになれるような様々な補助的作用をしっかりすべきでしょ。
とは言え、ここがこの制度の悩ましい所なんですが、
例えばシングルマザー。
子どもの養育には時間もお金もかかります。
パート程度では家賃がせいぜい、と言ったら、これは憲法で保障する、
健康で文化的な生活には程遠くなりますよね。
また、孤独な超高齢者。
年金も掛け損なって、これと言った収入源がない。
働くと言ったって、もう体はボロボロ。
自分の身一つ面倒見るのが精いっぱい、となれば、
これは何とかしてやらなくては、となるでしょ。

 

ま、それぞれに事情があるのでしょうが、
大雑把に括れば、普通に家族を形成し、お互いに助け合って生活していれば、
そんなことにはならないでしょ。

家庭が破壊されたか破壊したのか、

いずれにしても寄り添って生きる家族と言う力がかけていることが

保護を求める要因のおおきなものではないか、と思うんです。

 

ただ、自立を進めるはずのものが、依存を拡大しているとしたら、
どこかでもう一度この制度を考え直すべきじゃないでしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
土の中の小さな音

地震がなぜ発生するのか、と言うメカニズムは、
ほとんど解明されています。

 

そういえば、3年前のひらつな祭の時に、
私が、ちびっこ青空防災講座、とか銘打って、ブースを出展したのです。
以前も紹介した家具転倒防止木枠のPRも兼ねて、
子供たちを対象に、ちょっとした地震検定のようなものを行ったんですね。
で、こういう時は、大体お母様方が一緒ですから、
なんだかんだと、親子防災講座、みたいになってしまうわけです。
一応、お母様にもその検定を受けてもらいます。
で、質問の一つに、地震は、なぜ起きるのでしょうか、という質問があり、
その回答群に、まともな答えと一緒に、なまずがあばれるから、と、

半分冗談の回答を入れておいたんです。
と、なぜかある母親がそれに丸をしたんですね。
で、私は、思わずえっと思って、本当になまずが暴れていると思ったんですか、
と質問したら、はい、親にそう聞きました、と答えられました。


ま、特殊な例だと思うんですが、
そういうこともありうるわけで、
いくら専門家がアカデミックに地震のメカニズムを解明しようと、
一般市民には、実はそれほど重要な情報ではないのですね。
それより、何をどのぐらい準備しておけばいいのか、とか、
緊急時の家族との連絡の取り方、などの方がずっと重要なのです。

しかし、この発生メカニズムの解明とともに、
それに伴う諸現象により、少しでも早く地震発生の予知が出来れば、
これに越したことはありません。


実際、様々な観測機械が進化して、
さらには、コンピューターの計算能力が向上しているので、
地震の予知の可能性は向上してきています。
ただ、世間の期待に十分応えられるのか、となると、
これはいささか不安定なところがあって、
予知が外れた時の社会的な混乱を考えると、
なかなか、えいっと予知を発表することはできないのです。


ですから、過日、東海地震に対する予知体制は、絶対的な回答を出せない、
という事で、何やら見直し、みたいな言い方で、

継続的な観測体制を休止状態にしました。
まあ、地震学者が、自信を無くしたんですね。


2009年に発生したイタリアの中部地震で、多数の犠牲者が出た時のことです。
この発生以前に、大地震の兆候がないと判断した防災庁付属委員会メンバーの学者ら7人の判断が、
被害拡大につながったとして、過失致死傷罪に問われ、判決公判が最大被災地ラクイラの地裁で開かれ、
同地裁は全員に求刑の禁錮4年を上回る禁錮6年の実刑判決を言い渡した、と言うのです。
いやたまったものではないですよね。
こう言うことが外国の例ではありますが、その責任を地震学者に負わせてしまうと、
誰も、口が重くなるでしょ。
そこで、じゃあ、自信がないので、予知の活動はやめます、となりうるでしょ。
とは言え、重大な被害が発生する可能性はあるわけですから、
極力、予知を何とかしたい、と考えるのは、専門家だったら、
当然のことでしょ。


そこで、地震発生時に岩盤と岩盤が擦りあうかすかな音のパターンを

コンピューターに学ばせれば、

地震の発生が、予知できるのでは、と考えた人がいたんです。


地球の奥深くの岩石から響く小さな音が、

地震の発生を1週間前に知らせてくれるかもしれない、と。
これはメカニズムから言うと、
地球を取り巻く十数枚のプレートは、地球内部のメカニズムによって、
あちらこちらに移動しています。
で、当然ぶつかり合うプレート同士があって、大陸性のものは頑強ですから、

海洋性のプレートをその下に引き込みます。
今迄海の底だったプレートが、大陸のプレートの下を移動するのですから、
海底だった時のさまざまな突起が、大陸プレートに潜り込んだとき、
ぷつぷつとはがされるんですね。
かさぶたがむしりとられるようなものです。
で、これらの押し合いから、その周辺の岩盤にひずみがたまる。
すると、岩が割れるんですから、当然、音がするんです。
この音を、かすかなんですが、捉えたものを、コンピューターで解析し、
情報を蓄積する中から、地震につながる兆候を予測してゆこう、という事なんですね。

 

コンピューターも人工知能の時代に入りましたが、
ある一定の条件を与えておけば、自分で学習し、
その成果を無限に高めることができるそうです。
たとえば、囲碁の基礎を教えると、自分で様々な手を考案し、
現在、人間では絶対に勝てないほど強くなるのだそうです。
これら、人工知能によって、とてつもない計算を積み重ねることで、
至って速やかに処理出来るのですから、
特に、予測予知については、かなりの精度のものが可能になるはずです。
地中から聞こえる音、と言う着眼点がすごいですね。
いつの日か、これらの成果のもと、防災体制もしっかりと構築できるようになれば、
不幸な被害を減らすことができる、と思うんです。
次の大きな地震が襲ってくる前に、成果が出ると嬉しいですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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