水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
半分は燃やして終わり

私がマンションに引っ越してきて、最初に感じたマンション生活のメリットは、
ゴミの廃棄についてでした。
一階の、奥なんですが、ゴミ収集場所があって、
そこに、いくつか置き場が決められてはいるものの、
ほとんどのゴミを捨てることができるのです。


で、何がすごいと思ったのかと言うと、いつでも、と言う事なんです。
普通は、曜日別とかにこまごま分かれていて、
一度捨て損なうと、来週まで家に中に置いておかなくてはいけない、ということになります。
でも、ゴミ収集部屋にさえ持って行けば、早朝だろうと、深夜だろうと、
日曜だろうと、祭日だろうと、ともかく廃棄することができるのです。
布団丸ごととか、何十属幣紊虜猝擇箸、何か若干の規定がありますが、
燃えるごみ(生ごみ)プラゴミ、ペットボトル、
そして資源ごみとしての、紙、ビン、缶、段ボールなど、
分類さえすれば、所定の所に置いてくればいいのですから、
まずは、ゴミカレンダーで、曜日確認なんてしなくていいんですね。
これは、生活してゆく上ではとてつもなく大きなメリットです。

 

で、あらためと思ったんですが、いつでもいいということもあってか、
ほぼ毎日、なんかのごみを捨てています。
我が家は、夫婦二人と、かみさんのお父さんの三人。
ちなみに、3人の平均年齢は79歳。
来年は平均年齢80歳のオールドファミリ―になります。
ま、ともかく、ですから、食べ盛りの子どもが何人かいる家庭から見れば、
捨てるものと言うのは少ない方だと思うんですが、
それでも、プラゴミは、最低でも2日に一回は捨てに行きます。
生ごみは、幸いかなディスポーザーがあるんで、あまり出ないんですね。

 

で、思うことは、なんだってこんなにプラスチックごみが出るんだ、と思うんです。
一度食事の準備をすると、大きめの買い物用のレジ袋は半分ほど埋まります。
考えてみると、食料品店の店頭は、なんだかんだとプラ系の容器に包まれています。
大根だって、ビニール袋に包まれていますし、レタスなんかも透明の容器に、入れこしています。
魚、肉は当然でしょ。

昔の話をしても仕方ないのですが、
その昔、肉屋さんは、竹の皮を包装用に使っていましたよね。
肉だって、油紙でくるんで、紙包装。
ふと気づくと、プラだらけになっています。

 

で、ゴミを捨てるのに分別するんですが、
うちのマンションに、もちろん誰だかわからないのですが、
なんでもかんでも、全部まとめてごみ袋に入れて出す人がいるんですね。
で、管理人さんが時々、きちんと分類してください、と貼り紙をつけたりしています。

おかげで、監視カメラを付けることになりました。

まあ、仕方ないですか。
もちろん、みんな決まり通りに、ペットボトルなんて、
ラベルをはがし、キャップは別にして、ボトルはボトルで仕分けしています。

で、これって、本当に意味があるのか、と疑問を感じることがありました。


ちらちらと噂のように聞いてはいたのですが、
ゴミの分類は意味がない、と。
で、日本はウソかホントか、プラゴミのリサイクル率が84%なんですって。
これはすごいでしょ。
日本人の生真面目さがデータ−として出た、とか言われていますが、
84%という高い数字が逆に気になってしまったんです。
そもそもが廃プラのリサイクルというのは、大きくわけて3種類。
1. マテリアルリサイクル
2. ケミカルリサイクル
3. サーマルリサイクル
の3つ。

で、1、2はともかく3のサーマルリサイクルというのは、
燃しちまう、と言う事なんです。
なんかの拍子に、キャンプファイヤーの中に、飲み終わったペットボトルを投げ込んだとします。
つまりこれだって、大雑把にはサーマルなんです。
回収率が84%、そのうちの70%がサーマル処理によるものです。
つまり、なんだかんだと半分以上は、要は燃しているんですね。
だったら、燃えるごみとして処分しても何の問題もないんじゃないの、と思うんですね。

 

ウソかホントか、ゴミ焼却の現場では、生のままのゴミだと燃焼性がよくない。
そこで、プラゴミを補助燃料として混ぜているとか。
つまりわざわざ市民に分けさせて、別々に回収して、
ゴミ焼却場で、また混ぜているとしたら、
私達の努力は意味がないという事でしょ。
これを徒労と言います。

ひどいのは、そんな風潮を作り上げていて、
いや誰ってオカミのことですよ。
事業ごみは有料だ、とか、ちょっとした分別で、これは持って行けないとか、
まあ庶民は、女将の顔色をうかがうようにごみを出しているでしょ。
まあ身近の所にはいませんが、ところによっては、分別をきちんとさせようと、
自治会の中の役員さんが、見張りをしてるとか。
もうこうなると、いい加減なルールを作りそれを市民に強制している行政の手先みたいなもんでしょ。

近々、ゴミ袋を有料にし、そのゴミ袋でないと回収しない、

というルールを実施するとか、言われています。
いやいや、その前に、私達の分類の努力がどのように生かされているか、
忠実なデータを公表すべきでしょ。

 

実は、今度の七夕のたから市と言うイベント会場で、
16コマの飲食店が出店するのですが、
この時、脱プラをテーマにして、そういう運動を興そうと、
プラスチック製の容器は使わない、ということのようです。
まあ、紙皿とか、紙コップを使うようです。
実質的な効果としては、焼け石に水の話ですが、
それはそれなりに、地球環境を考えれば、啓蒙としては意味あることだと思うんですが、
大手のフードチェーンが、ストローを紙製に切り替える、という運動に似ていて、
効果そのものよりも、うちだって環境に取り組んでいるんです的な見栄を感じますね。

何より、廃プラリサイクルの精度上げるか、サーマルで、良しとするのか、
いずれにしても決断が迫られているんじゃないでしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ルーシーが生きていたころの事

人間は、自分たちの先祖が、どのようにして今日にたどり着いたのか、

と言う進化の過程をとても気にしてます。
そして例によってさまざまな説が登場しているんですが、
現在はある程度、説の一本化が行われて来つつあります。

まあ、多くの学者がそうに違いない、と共通してあらすじを認めたということです。

 

先ずヒト(ホモサピエンスのこと)としての最低条件は、と言うと、
二足直立歩行です。
類人猿から分かれて、ヒトは別の進化を遂げますが、
その分岐点は、直立に歩行をしたことでした。
かつて進化の道を共にしてきたのですが、人と別れることとなったのが、
類人猿の類。
ゴリラ、チンパンジー、オランウータンなどです。
で、彼らは、二足歩行をしますが、ナッキングと言って、手の甲を地に付け、
歩行することが多いのです。
したがって、人はそれをしない分、前傾姿勢から解放されて、
直立と言う姿勢を取れるようになりました。
これは当然ですが、骨格としては直立姿勢を支えるため
骨盤の向きが変わってきます。
ですから、この骨盤の角度などが、遺跡から人骨らしきものが発見された場合、
直立を示すものか、否かが、判断の大きな基準になってくるのです。

 

そして、その時一緒に掘り出された地盤が何年前のものか、ということが計算され、
その地盤の世代に生きていた、ということになってます。

今のところの定説としては、人間の先祖、つまり二足直立歩行をするようになったヒトは、
およそ500万年前ぐらいに、登場したらしいとされています。

 

いくつかの原人の発掘された骨格の中で、もっとも有名なのがルーシー。
これは1974年11月にエチオピア法東部のハダモール村で発見された化石人骨で、
この骨は、318万年前のもので、かなりまとまった骨から、二足直立歩行をしていたことが分かり、
正に新発見となったのです。
この骨は、アウストラロピテクス・アファレンシスと言う猿人の一種で、国際アファール調査隊が、発見したんですね。
で、この時、新発見に沸いていた調査隊のキャンプで、

たまたまビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」がかかっていて、
これにちなんで、ルーシーと名付けられたのだそうです。
ま、この逸話はともかく、318万年前、とかなり具体的な数字ですが、
すでに、この時期に二足直立歩行をする、ヒトの大先輩がいたわけです。
 
で、多くの人骨化石を輩出する東アフリカの中部ですが、
大西洋からのプレートの圧力がアフリカ大陸に掛かり、
アフリカの東部が隆起します。
そこに東アフリカ大地溝帯が形成されるのですが、
この地殻変化により、それまで、海から流れ込んできた湿った空気が遮断され、
それまで、木々に覆われていたアフリカの森が、徐々に衰退し、草原へと変わってしまいます。
つまり、木がなくなってくると、樹上生活をしていた動物は、

否応なしに地上の生活に適応しなくてはならなくなるのです。
その結果、二足で歩くことの能力を身に着け、

形態としての直立型の人の原型が作り上げれられて行きます。

 

ま、少なくとも、私はそのように聞かされてきました。
ところが、こんな記事がネットで紹介されたのです。
「ヒトが直立二足歩行するようになったきっかけに超新星爆発が...」と言うんですね。
何!新説か?
で、米カンザス大学のアドリアン・メロット名誉教授らの研究チームは、
「超新星に伴う宇宙線によって大気がイオン化(電離)し、

落雷が急激に増え、世界中で森林火災が起こった」
と推測したのです。
そして「ヒトの祖先は、森林が焼失して草原となったことで、
この環境変化に適応するため二足直立歩行を進化させたのではないか」という新たな説を示したのですね。
木がなくなって、地上に降り立った結果、二足直立歩行に移ったという点では同じなんですが、
木がなくなった原因と言うのが落雷による森林火災で、木が喪失した、と言うんですね。
ま、正直どうでもいいや、と思うんですが、もし推定通りだとすると、
超新星爆発という第一次の現象が、人類誕生のきっかけ、ということになりますでしょ。

 

ただ、その時期に若干のずれがあるんですね。
そもそも地球には800万年前から超新星からの宇宙線が到来していたのだそうですが、

そのピークは260万年前頃とみられている、と言うんですね。
と言うことは、発見されたルーシーの生きていた時代は、318万年前。
微妙にズレがあるとは思いませんか。

まあ素人がとやっく言う事でもないのですが、
数字が合わないじゃん、ということです。
ま、だからなんだの世界ですが。

| 水嶋かずあき | 環境 | 20:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
魚食大国日本

海洋国日本。
四面を海に囲まれ、その海からの幸として魚食文化が発達してきました。
豊かな海からの恵みが、日本の食文化を支えてきたのです。
その日本の魚食に関する気になるデータがあります。
それは生産量と輸入量の比率が逆転したのです。
日本の漁業が直接確保した海産物の量に、海外からの輸入の量が上回ったのです。


2017年の日本の水産物産出額は1兆5755億円で、輸入額は1兆7751億円。
別段、だからなんだの世界ですが、
日本の魚食は鮮度が優れているからこそ、広く食べられてきたわけでしょ。

 

以前ロンドンのデパートで、食料品売り場をしげじげと見てきたことがありました。
まあどうでもいいことですが、日本だったら、大体、地下一階あたりにあるでしょ。
で、ロンドンのデパートは、なぜか、3階とか、4階あたりにあるんですね。
概念として地下だと思い込んでいたので、、上の階に上がるという感覚がとても不思議だったんです。
で、改めて、なぜ日本は地下にあるんでしょうね。
その理由がよく分かりませんでした。

 

ま、ともかくです、その時に並べてある魚を見ていて、
どう考えても、並んでいる肴で刺身は作れないだろう、と感じたんです。
ま、ご臨終を迎えて、何日か経っていて、見た目だけでも鱗の雰囲気が粘ついているんですね。
一番が魚の目です。
どんよりしちゃっている。
まあ、フィッシュアンドチップスのように、フライにして食べるなら、問題ないんでしょうが、
少なくとも、魚の鮮度への許容度に関しては、日本とは相当の差があると感じたんです。
なんたって、日本は魚の国だから、と、妙な誇りを感じたくらいです。

 

その日本が、魚を輸入するようになり、なおかつその量が生産量を上回ったというんですから、
これはちょっと問題でしょう。
なぜなら、いくら冷凍の技術が進化したとはいえ、
やはり、港で水揚げされたぴちぴちの魚にはかなわないでしょ。
アジフライはおいしい食べ物ですが、
鯵の鮮度がよければ、たたきとか鯵の刺身とかで食べたいですし、
よしんば、フライだ天ぷらだ、と言っても鮮度のあるうちの方がうまいでしょ。
鮮度が落ちたらフライと言う手がありますが、でもそれは一味違うものです。

 

この間のブログにも書きましたが、
鮮度勝負の魚はかなりあって、たとえばソーダ鰹ですが、普通は下魚として、雑に扱われます。
中には釣っている最中に、かかった魚がソーダカツオだと舌打ちをしたりして、
極端に嫌う人もいますが、
これが水揚げ3時間以内なら、この上なくうまい魚なんですね。
独特のモチモチした身の歯当たりは、他の魚では味わえないものです。
また、しらすもそうです。
あんな小さな体なんですから、極めて生命力が弱い。
ですから、水揚げしてから、生で食べるなら、いいとここれまた3時間が勝負でしょ。
同業を貶めるようですが、夕方になって、居酒屋さんなんかで、
生シラスあります、なんてポスターが貼ってあって、つまみに出すところがありますが、
本来は夕方食べるものではないです。
大体、シラス漁の帰港時間は、8時ごろ。
そこで、なんとか生シラスを手に入れたとして、朝飯に食べるか、遅くとも昼飯に食べるのがギリギリのところです。

鮮度が大事な魚は数多くいます。
それが、輸入量が上回ったというんじゃ、魚好きには、ちょっとばかり悲しいことですね。


そこで魚大国を自認していた日本が、このままじゃまずい、と、

国として漁業の在り方について見直そうということになりました。
つまり、漁業改革を進めよう、ということです。

政府の運営改革などを議論する自民党の組織「行政改革推進本部」は、
今年4月、5月と、漁業改革について緊急提言を行ったのです。
まずは、これまでの水産行政について、日本の水産業が衰退を続けているもの、
そのたいさくがまったくとられてこなかったのです。
その問題になった点は、漁業者に対して行政が一方的に制度を決めるプロセスなどが漁業者の自主性を奪っている、ということです。
まあ、これに限らず、官僚主導による政策展開では、何かと、上から目線が強く、
当事者の意向とか、自主性の涵養などが置き去りにされてきているのです。

そもそも日本にとって、海の存在は、国家の成り立ちを考察するうえで、
重要不可欠の要素のはずなのに、
その重要度の認識がまずかけているというんですね。
日本の国土は狭いのですが、海に囲まれいるメリットとして考えれば、
排他的経済水域・EEZの面積では、約447万平方キロと国土面積38万平方キロの約12倍の広さを持っているんですね。
この面積で言えば世界で6番目に大きな水域を持っているということです。
つまり海の活用、海洋資源の活用こそ、日本の生きる道なんです。


ぼおっとしていると、また中国にやられてしまいます。
かつては世界一の漁業大国を自負していた日本ですが、
今やその座は養殖を中心に世界の生産量の4割ほどを占める中国に奪われています。
この根底にある問題は、これまでの日本は『楽観的な水産資源評価』をしていたのです。
つまり、海にいる魚などの水産資源量を、どんぶり勘定”で把握してきたことが問題解決を遅らせてきた要因なんです。
そして何よりの問題は、『漁獲規制』に関してさほど重要なことと捉えていないことです。
際限なく、大自然が私達に魚を提供してくれる保証はありません。
個別にいくつかの魚種を特定して考えても、
資源の枯渇は時間の問題かもしれません。
あのうなぎだって、絶滅危惧種B兇忙慊蠅気譴討い襪任靴隋
絶滅危惧書としての、科学的知見に基づいて、資源の問題を提案されていても、
規制による保護を打ちだせないでしょ。
私は前々から主張していますが、うなぎ資源の保護の第一は、
天然ウナギを捕獲を禁ずることです。

簡単な事でしょ。
きめの細かい対応を積み上げるしかないでしょ。
なぜなら、魚危機といったって、魚種とか、水域の個性がある限り、
一律には進められないのです。

 

ともかく、おいしく魚が食べられるような、日本の民族色の資源確保を、
しっかりと法制化してもらいたいものです。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
地震の予知に頼るな

いやあ、とは思っていましたけど、やはりなんですね。

これは、何に共感しているのかと言うと、地震の予知に関してです。


こんな記事が掲載されていました。
「南海トラフ巨大地震について、
事前に発生する時や場所、規模を正確に言い当てる直前予知を100回試みても
99回程度は失敗する、と日本の地震学者が考えていることが、
林能成関西大教授(地震学)が行ったアンケートで分かった。」


まあ、解説するまでもありません。
地震学者が、自分自身の能力を踏まえて、
もし、南海トラフ地震が発生するとして、その予知は、99%不可能ではないか、
と考えていたことが明らかになったわけです。

 

実は、このような地震予知に関して、様々な取組が行われてきました。
古くは東海地震に関する観測体制と地震発生に関する情報伝達に対してです。

ざっとその概略をお伝えしますと、
東海地震の震源域として、駿河湾から静岡県の海岸線沖に掛けて、
地震の巣がある、と。
で、これまでの発生周期から計算すると、今起きても不思議でないほど切羽詰まっている。
例えば、ジョーカーを入れて、53枚のトランプがシャッフルをしたうえで、

テーブルの上に置いてあるとする。
で、これを一枚一枚めくる。
もし、めくった時ジョーカーが出たなら、 それは地震発生を意味するとしましょう、と。
で、1枚、2枚とめくっていったところ、

なんと42枚までジョーカーを引き当てることはありませんでした。
残りはたった一枚。
つまりこのカードをめくると、ジョーカーが現れ、
地震が発生するというわけです。
現在、私達は、残り一枚のカードをいつめくるか、という状態なのです。」
と言うのが当時の学者先生の説明でした。


結構説得力のある説明だったので、私は危機感を覚えました。
ともかく状況は切迫している。
ただ幾分か、余裕を持って構えられたのは、
発震源が駿河湾、ということで、平塚あたりは、もちろんそこそこの被害が想定されていましたが、
もろではない、ということだったんですね。

そこで、東海地震発生を予知するための態勢が組まれ、

その運用にあたって、法律の整備が行われたのです。

これは日本でも初めて、地震の観測などを法律化したもので、
そうなるとお役人と言うのは、なんでもかんでもコントロールしようとするのですね。


地震が発生しそうになるような観測状況になると、
そのデータについて専門家が集まって様々な予測をします。
これを判定会議と言うのですが、この判定会議が招集されるところから、
情報の規制が始まって、すべて国のコントロールのもと、放送する文言まで統一されていたんですね。
地方のミニ放送局とは言え、このシステムに組み込まれていたのです。
まあ、ここで騒いでも仕方ないことですから、
私はナパサで、この対応ができるようにと、準備を進めてきたのです。


ところが、そのジョーカーがいつまでたってもめくられない。
そうなると、あの話はなんだったんだ、と、関係者などが口にし始める。
そこで地震の専門家の組織が、正直、予測はできません、と、帽子を脱いだんですね。
で、専門家がそう言うんですから、じゃあまあしょうがないだろうと言うことで、
東海地震に関する法律で縛ってきたことはすべて解除されたのです。
それはそれで意味ある事だったのですが、
結果だけ見れば、大山鳴動してネズミ一匹、の状態だったんですね。

 

そこで、今度、東日本でプレート境が、連続的に地殻が割れるという経験をし、
もしこのようなことがあるとしたら、それはどこだ、となり、

注目を集めつつあった南海トラフがクローズアップされたのです。
手順で言うと、最初が、東海地震でした。
で次に注目を浴びたのが、東海・南海の領域にまたがった東南海地震でした。
そして、その後、駿河湾から日向灘までの広域の南海トラフ、ということになったのです。

 

で、地震専門家として、この領域の発生の可能性はどうなんだ、と聞かれますから、
30年以内に、80%ぐらいの確率で発生するかもしれません、と答えているわけですね。
すると、じゃあいつなんだ、と世間は不安ですから畳み掛けて聞いてくるわけです。

しかし、何が根拠で発生を予知するのか、が実は明確に絞れてこない。
で、言っていいのかどうか、迷いがあったと思いますが、
表だって発言はしづらかったのでしょうね。
でも、アンケートなら丸を書くだけで済む。
そこで、本音が出てきたわけです。
100回の予知で99回は失敗する、と。

 

でもこれで分かったことですが、いつかは分からないけど
いつかいずれ地震は起きる。
だから、いつ起きてもいいような準備が必要だ、ということです。

明日起きます、と専門家が発表した。
で、その通り発生した。
でも、準備をしていなければ、その事前の警告は何の意味もないわけでしょ。

要は、一人一人の防災意識しか救いの道はない、と言うことです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
総量は、ほぼ変わらない、とか

牧畜や農業など、かなりの分野で、人類は食料確保の技を上げてきました。
とは言うものの、基本はまだまだ大自然の恵みの中にいるわけです。

 

それにしても、ある意味懐の深い自然相手ですから、
時に気まぐれのように変わる環境の変化に、右往左往しています。

まあ、簡単に言えば、特に漁業など、
海の状況次第で、豊漁にもなり不漁にもなります。

私が子供のころからの海の幸と今までの変化は、それは驚くほど気まぐれの連続でした。
ある時は、大漁になっても、ある時から獲れなくなったり、

そうこうするうち回復したりと、それは安定しないんですね。

 

例えばです。
鯵についても、私が子供の頃はもっと獲れていたんじゃないか、と思うんです。
何しろ、ほぼ毎日ぐらい、塩焼きとか煮付けとか、たたきやらで食卓に出てきたものです。

昨日も鯵、今日も鯵、きっと明日も鯵、と言う状態でした。
ある時、妙に不漁が続き、それ以来、高級魚になってしまったんですね。
まあ話は違うかもしれませんが、居酒屋系のお店で、鯵のたたきが、700円、800円と言う値を見ると、
とてつもなく違和感を感じます。
だって、身近でかつうまい大衆魚だったんですからね。

 

それと、ソーダ鰹。
これは釣り人なんかもバカにしている魚でしたが、
私は、釣れて3時間以内、という条件ですが、
こんなうまい魚はない、と思っています。
しかし、以前ほど魚屋の店頭に出る、ということはまれになっています。
鮮度落ちが激しいということも商品になり難い要因なのかもしれませんが、
そこは料理の腕でしょ。
鮮度に応じた食べ方があるんですね。

 

よく驚くことが、金目鯛です。
平塚の魚屋さんの店頭には、ほぼレギュラーのように並んでいた魚です。
私の記憶では、金目鯛はB級魚でした。
ごくごく普通のお惣菜にしていて、まあ原則は、煮魚でしたでしょうか。
今のように、刺身で食べるなんてあまりしなかったと思いますね。

これが、高級魚として、テレビなんかで紹介されていると、

そんなに珍重するほどうまい魚か?となってしまいます。

 

その意味では、その昔さんまは、塩焼きが王道の食べ方。
それこそ刺身にするなんてことはありませんでした。
これは冷蔵施設が進化したので、鮮度保持やらができるようになり、

刺身と言う食べ方が流行ってきたのだと思いますが、
だからと言って、やはり、塩焼きにはかなわないように思いますね。

 

一番の大きな変化は、秋田で獲れたハタハタでしょうか。
ある時ぱったり獲れなくなって、
その後、禁漁期間を設けて資源の保護を進めたのですが、
かつての勢いを取り戻すまでには至っていません。
かつてはと言うと、トロ箱(間口60センチ、奥行き40センチ、高さ10数センチの箱)いっぱい、
数百円と言う頃があったと言います。
ですから秋田では、正月料理の一つではたはた寿司が出てきますし、

冬場は、しょっつる鍋としては、そのメインははたはた。
郷土料理としては様々な形で食べられていたのです。
まあ、今もなくはないのですが、その高くなったこと。
それこそ、箸にも棒にも引っかからなかった魚が、ほぼ高級魚の仲間入りしましたものね。

 

湘南の海は、背青の魚を中心に、かなりの魚種が獲れます。
そもそも相模湾は、相模トラフと言って、太平洋プレートとユーラシアプレートに向って、
フィリピン海プレートが沈み込んでいますので、海溝状態になっていて、

その海底は急に深くなっているんですね。
そこで比較的多くの魚種がいるのですが、
その主なものと言えば、鯖に鰹、鯵にイワシと言った、いわゆる青魚と言われる魚です。
で、相模湾内での漁獲高はほぼ一定しているのだそうです。
しかし、不思議なことに、10年とか20年のサイクルで、主に獲れる魚種が変わるのです。
ある時は、鯵最盛期があったかと思うと、鯖最盛期が来たり、
さらにはイワシ最盛期が来たりと、そのポジションはくるくる変わるんですね。
で、不思議なことに、相模湾の中で撮れる漁獲量と言うのは、
ほぼ一定しているのだそうです。
鰯が獲れれば鯖が減るとか、鯵が好調だと鰹が減るとか、
ま、いずれにしても相模湾と言う限定された海域での総漁獲量が一定しているというのは、
要は、あの湾の中で暮らせる魚の総量には限界があるという事なんでしょうね。

 

海水温が高くなっているそうで、おかげできびなごが少なくなった、

と言うニュースが福島発でありました。
でももうちょっと長い目で見たら、他の魚種が増えてくるはずです。
大自然と言うのは、そんな突飛なプレゼントはくれませんが、
まずまずのものは、与えてくれるんですね。

 

ありがたやありがたや、です。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
何が万物の霊長だ

私が好きなテレビ番組は、地上波ではあまりなく、どちらかと言えば

CATV系の番組に好みのものが多いですね。

その中でも、特にと言えばナショジオでしょうか。
正式には、ナショナル・ジオグラフィック。

 

もちろんご存知の方も多いと思いますが、
そもそもが、非営利団体ナショナル・ジオグラフィック協会が発行する会員誌(月刊)。
オールカラーのグラフィカルな雑誌で、本来の目的であった、

地理知識の普及と向上を理念として、運営されてきたのですが、
やがて、地理学以外に文化、自然、科学、技術など幅広い分野を取り上げている、いわば、科学雑誌です。
公式Webサイトによると、2013年11月現在、
ナショナルジオグラフィック誌は世界180か国で計850万部が発行されているのだそうです。

で、この団体が、雑誌の発行以外にも映像に力を入れていて、
その作品が、CATVで見ることができるというわけです。


雑誌でも様々な分野が取り上げられているように、
テレビ番組でも、その内容は多岐にわたり、
時々、こんな映像を取るためにどれほどのエネルギーがかかったのだろうか、と感心します。
その昔、ディズニー映画で、自然の驚異や砂漠は生きているなどの作品を見ましたが、
まあ、あれに類する内容と思っていただければいいでしょうか。

 

たまたま今朝見たナショジオです。
これは、主に動物同士の闘争をテーマにしたもので、
例えば、
アラスカの川で、遡上する鮭を捕まえようと、親子連れのクマが何頭か集まってきます。
親は、何とか捕まえて、腹を空かせている小熊に分け与えようと、必死なんです。
ところが、さほど大きくない川で、遡上する魚の数もあまり多くない。
そこで、必然的に獲物の取り合いが始まるわけです。
いや、そこまでやるか、と言うほどの激しいバトル。
嚙みつき押し倒すなど、水しぶきを上げながら延々と餌の取り合いが続きます。
Aが鮭を捕まえるとBがやってきて横取りしようとします。
Aは当然抵抗します。
うっかり口から離れた鮭をそばにいたCが咥えて逃げます。
もう、ハチャメチャなえぐい争いが展開されるんです。

 

野牛の7〜8頭の群れに、若い雄が近づきます。
この種の野牛は、雄一匹がメス複数等を従えて、ハーレムを形成するんですね。
つまり、若い雄は、グループのメスをすべて頂戴しようとしているわけです。

若いオスは何言うわけでもないのですが、そもそものその群れのボスは、

よしわかった、とばかり、後方にさがります。

西部劇の決闘のシーンで、銃を携えて、何歩か間を開けるため後退しますが、

まあ、ほぼその通り。

左右に分かれ、若い来訪者のオスと、
今までのボスである雄が向かい合います。
そして、行司がいて、軍配を返すわけでもないのですが、

時を同じうして、突進し、頭をぶつけ合います。
こういうことをしてきて子孫を作ってきたわけですから、
何万年か、何十万年かの間に頭がい骨はかなり丈夫に進化してきているんですね。
何度も何度も同じように頭と頭をぶつけあいます。
で、要は技とかではなく、肉体の屈強さの勝負なわけですから、
ピークを過ぎた老齢のボスは敗れ、すごすごと群れを離れます。
若い雄は、今日からこのメスの集団を率いるわけですね。

 

同じようにハーレムのボスの座を狙う動物の種は結構いるようですね。
アザラシがそうです。
たまたま迷い込んだのか、これまた若い雄がその群れのボスに戦いを挑みます。
これは攻め処がいろいろあるらしく、

まさにわざの優れているかどうかも結構勝敗を決める要素になるんですね。
結果として、若い雄は負けて退きますが、

負けの決定的な状況は、海に突き落とされる、と言う事でした。
リング外に放り出されたら負けなんですね。

 

動物同士のこのような争いの原因は、二つ。
一つは、生殖権としての地位を奪おうとするものです。
アメリカに生息するツグミの一種は、メスがカップルの中に割って入って、
雌と喧嘩し、勝てばそのオスをゲット、負けたら退散、という習性を持っているんですね。
ふつう、異性を巡っては、雄同士の戦いが一般的ですが、
この場合、メス同士ということで、ちょっと珍しいですね。
ま、ともかく、カップル成立のための争いと言うのは、かなり一般的な争いの一つです。

 

もう一つの争いは、食料確保です。
クマのように、一度確保した餌を取り合うとかは日常的で、
なんだかんだとコスイやつが勝つようです。

まあ、総じてなわばりを持っていて、この縄張り争いが紛争の基本原因ですね。
縄張りと言うのは、生殖相手もいれば餌も確保できるわけです。

傍から見ていると、この縄張り争いも、かなり強引に仕掛ける場合と
偶発的に発生する場合があるようですが、
ま、いずれにしてもいったん戦いの火ぶたが切って落とされると、

時に命を失う場合もあるんですね。

命がけなんです。

 

この動物の争いの様々なシーンを見ていて、

やはり、人間も動物なんだな、と実感しました。
逆に、動物たちと変わらない争いごとを繰り返しやってきているでしょ。
ま、情けない限りですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
打つ手はないのか

あまり治安はよくない、と言われている外国をたまたま旅をすることになった。
裏路地を歩いていたところ、奇妙な服装をした若者数名に取り囲まれた。
しまったと思ったがもう遅い。
全員が銃を構え、ひどい訛りの現地語で、何やらわめいている。
恐怖におびえ、両手を挙げて、金目のものはすべて差し出す、と言ったが、
通じない。
勝手に懐に手を入れて、財布やらパスポートを取り上げる。
腕時計も外された。
盗るものは盗ったんだから解放してくれ、と言うが、通じない。
相変わらず大きな声で何やらわめいている。
どうも顔を見られているんだから、やっちまおうぜ、とでも言っているようだ。
銃は頭に向けられたままだ。
このまま殺されるのかもしれない、と覚悟を決める。
そう思うと恐怖で、目をあけていられない。

 

と、こんな状態になっているのが、今の人類なのかな、と。
どうも死が近付いているかもしれないようなんですね。
でも、どうしようもない。


手の施しようというか、抜本的で効果的な対応策を打ち出せないでいる。
どうしようかと言ってるうちに、事態は刻一刻と悪化してゆく。
目を閉じて、その時を待つしかないのか、と。

 

「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」
と言う国連の組織が発表したレポートの一部がネットで紹介されていました。
これを読んだら、そういう感じると思います。

地球上に生命体が表れて、様々な環境の変化に応じて進化をし、今日に至っていますが、
この間、大量絶滅が5回繰り返されてきました。
ざっとですが、一億年ぐらいのインターバルで、発生しています。
研究者の中には、それ以前もあったかもしれない、と言っています。
ただそれ以前の生命体は、化石になりにくい形態だったので、証拠があまりないんですね。
ま、ともかく、生命体が目に見えるようになってからは、天変地異によって、環境が激変し、
それまでの環境に適応してきた種としては、生き残ることができなくなってしまったのです。


おもな原因は、これまた推測なんですが、大規模な噴火ではなかったか、と言われています。
噴煙と有毒ガスに覆われるんですから、そんな中で生き残るのは容易なことではありません。
最も有名な絶滅は今から6550万年前の第5回目の大量絶滅です。
これはご存知の通り、メキシコのユカタン半島に直径10キロほどの大隕石が衝突し、

大津波が発生、衝突で舞い上がったチリは地球上をすっかり覆ってしまうなど、

とてつもない規模と時間帯が、地球環境を激変させたのです。
その影響で、当時全盛を誇っていた恐竜類をはじめとする多くの生物種が絶滅しました。

 

で、今回懸念されていることは、同じように多くの生物種が絶滅に向かっている、と言う事なんです。
この報告書は50カ国の専門家145人が執筆した1800頁に及ぶもので、
増え続ける人口と貪欲な消費がもたらす自然破壊に警鐘を鳴らしています。

 

この報告書は、多用多岐にわたっているので、いくつか抜粋してみますが、
出来れば、オリジナルで読んでいただければと思います。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190507-48182496-bbc-int

 

以下は、いくつか気になったところです。
*1970年以来、世界人口は倍増し、世界経済の規模は4倍に成長し、国際貿易の量は10倍に増えた。
当然これにかかわる様々な経済活動が拡大しているわけです。
生産と消費、この活動が地球に影響を与えないわけがありません。

*生産性を求めて、熱帯林などが伐採され、1980年から2000年の間に失われた熱帯林の面積は、1億ヘクタールに及ぶ。
この数字、ピント来ませんが、毎年、九州と同規模の面積の森林が無くなっているということです。
要するに、草原を集約農業の耕作地に切り替えたり、原生林を農園に変更したり、
耕作のために森林を伐採したりする活動を意味しています。
人類は急激にその人口数を拡大してきましたが、
なんだかんだと食えています。
これは、食料生産の技術的なレベルアップのおかげだと思っていましたが、
こうした土地利用の変化は世界各地で、特に熱帯地域でさかんに行われている訳で、
1980年以来、農業生産拡大の半分以上は原生林の破壊によって実現したんですね。
何てことない。
自然破壊によって、私達は食べてきたのです。
もっとも、開墾とかが行われた時代がありましたが、
要はいまだに開墾によって増えた人の口を養ってきたのです。
よくよくかんがえれば、開墾イコール自然破壊なんですね。

*1700年代にあった湿地帯のうち2000年代に残っていたのは13%に過ぎない。
実は、湿地帯によって保持できている生物種と言うのは、とてつもない比率なんです。
生物多様性の砦とも言っていい所なんですね。
ここが激減しているのだそうです。
*動植物の25%の種が絶滅の危機にさらされている。

ここには、絶滅してしまった種がカウントされているのでしょうか。

*約100万種の動植物が数十年のうちに絶滅すると警告。
この絶滅のペースは過去1000万年の平均より10倍から100倍速いという。
*地球上の土壌もかつてないほど劣化しているため、地表の生産性は23%も後退している。
*プラスチック公害は1980年から10倍に増え、

私たちは毎年、3億〜4億トンのもの重金属や溶剤、有毒ヘドロなどの廃棄物を地球の海や河川に投棄している。
*2014年の時点で人類の影響を受けていないと言える海は3%しかなかった。
*魚はかつてないほど乱獲され、2015年には水産資源の33%が持続不可能なまでに捕獲されていた。
*サンゴ礁では、生きたサンゴが岩を覆う割合(サンゴ被度)は過去150年間でほぼ半減している。

 

研究者によっては、第6回目の大量絶滅が起き始めている、とまで言う人がいます。
よく考えてください。
絶滅種に人類が含まれない、なんて保証はないのです。

では、一体どんな手を打つのか。

きっとほぼ100%の人が、人ごととして受け止めているんでしょうね。

そうなったらそうなったで、じっと目を閉じるしかない、と。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 06:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
なさそうでない話

科学の進歩は著しいものがあり、おそらく研究者の現場では、
新しい発見に追いついてゆくこと自体が、大変な事なのではないか、と思うのです。

しかし、一方で、なんとかの法則と言われるようなものは、昔むかしに見いだされ、
その原則は、変わらず維持されているものも結構存在します。

 

私が高校の頃、生物で教わったのが、
「個体発生は系統発生を繰り返す」と言う法則です。
これは反復説とも言われて、1824年にエチエンヌ・セールが提唱し、のちにその説を補強した
ヘッケルが1866年、ヘッケルの反復説として提唱しました。

明治維新の2年前の話です。
これは、生物発生原則とも言われ、ある動物の発生の過程は、

その動物の進化の過程を繰り返す形で行われる、という説なんですね。
この期に及んでもこれを超える個体発生原則論は登場していません。

 

同じく、ベルクマンの法則と言うのがあって、
ドイツの生物学者クリスティアン・ベルクマンが1847年に発表したものです。
これは、恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、
近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する、というものです。
この法則の論点は、体温維持に関わって体重と体表面積の関係から生じるものである、として、
寒冷地に棲息するには、体を大きくする方が有利である、ということと、
逆に、体が大きくないと生き残れない、と言う環境適応の原則について法則を発見した、と言う事なんです。

例えば、クマの例では、熱帯に分布するマレーグマは体長140cmと最も小型ですが、
日本からアジアの暖温帯に分布するツキノワグマは130〜200cm。
また、温帯から寒帯に生息するヒグマは150〜300cm。
北極近辺に住むホッキョクグマは200〜300cmになります。
寒い地方ほど体が大きくなります。
また日本国内だけ見ても、シカは北海道から慶良間諸島まで棲息していますが、
北海道のエゾシカが最大であり、慶良間諸島のケラマジカが最も小柄です。

この法則も、1800年代の半ばに発表されていますが、
その後これを超える研究論文は発表されていません。

まあ、特に環境生態に関しては、デスクワークでは片づけられないので、
同じ化科学的領域と考えがちですが、
少し事情が異なるんでしょうね。

 

さて、話しは変わります。
インド軍が、雪の上に残されたイエティの足跡を発見した、と言う写真がネットに掲載されました。
真偽のほどはよく分かりませんが、早速、ネパール軍が反論。
あんなもの、年中見かける、あれはクマの足跡だ、と。
ま、この情報では、なんのクマか、その種類などまで触れていませんが、
なぜか、外信によれば、野生のクマとのこと。
そりゃそうでしょ、よしんば、家で飼われていたクマだったら、もっと話は簡単でしょ。
ま、100%野生に決まっています。
足跡の間隔が1メートルほど、と言うのですから、相当でかいクマでしょ。
まあ、雪山で暮らしているなら、ベルクマンの法則のように、相当でかくなっている可能性はありますね。

そもそも昔から、ヒマラヤ地方では、イエティの話は時々出てきます。
イエティといってますが、日本語では雪男。
 もしこの雪男が実在していたとしましょう。
存在すると言うことは、雌雄が揃っていなくてはいけないので、
このばあい、雄と雌とに分かれます。
で、雌雄それぞれ発見され何らかの形で学術的な調査がおこなわれ、
そのチームが、雄雌の体系など発表します。
この場合、雪男のオス、雪男のメス、とかいうんでしょうかね。
ちょっと妙でしょ。
突然変異で、羽根の色がフラミンゴみたいに赤くなったハクチョウが発見されたら、
赤い白鳥とかいうようなもんで、言葉としては違和感があるでしょ。
で、雪男のメスとなると、もっと違和感がある。
かといって、雪女と言うと、もっともっと違和感がある。
なんて言えばいいんでしょうかね。

 

ついでに話は変わりますが、1970年代、日産のブルーバードが全盛のころ、
アメリカにもかなり輸出されていました。
で、今と違って、車の名前は日本で付けられたままだったんですね。
日本でブルーバードなら、アメリカでもブルーバード。
で、様々なボディの色があるわけで、ブルーバードも白だとか、グリーンだとか、赤だとか
ま、カラフルな色合いに塗装されていたわけです。
で、アメリカでは、でも、白い青い鳥って何のことだ、
とか言われたそうですね。
日本では何の奇異な感じも無かったのに、英語の国では奇異だったようです。

 

話しは戻ります。
そもそもが雪男は存在したとします。
この場合、存在を前提にその可能性を探るのですが、
基本はある程度の生息数、つまり種を維持できる個体の数が、地球上の生物ではほぼめどがついています。
それは500個体と言われています。
500を切ると、種の維持が極端に難しくなる。
実際、私達の先祖のホモサピエンスは、ある時期500ぎりぎりまで減ったのだそうです。
なぜ回復したのかは私は知りませんが、あの時、何らかの幸運な転機があったんでしょうね。
おかげさまで、私達は地球上に存在しているんですが。

500個体以外に生存の条件は、食料です。
何を食べるのか、どのぐらいの量があるのか、でしょ。


イギリスのネス湖で目撃されたというネッシーですが、
生物学的には殆ど説明がつきません。
500個体はともかくとして、恐竜が絶滅したと言われるのが、6550万年前。
この長い間、どのように種をつなげてきたのでしょうか。
まあ正直ありえない話でしょ。
なおかつ、ネス湖自体が、生命体があふれているというなら、それらを餌にしている可能性はあるのですが、
どちらかと言うと、あまりそういう条件は芳しくないようです。
個体数が少ない、餌も豊富とは言えない、

なおかつ6550万年と言う歳月をどのようにDNAを継承してきたのか、

ということを考えれば、
あれは幻だったのだと思います。
まあ、いわゆる科学の世界では、100%否定ですね。
ロマンが壊れて申し訳ないのですが、
これが現実です。

そう、雪男も同じことです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 18:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
平成最大の災害

統計的な背景はさることながら、感覚的に平成を振り返ると、

大きな地震が結構発生したような気がします。
ま、その意味で、様々な角度で平成を回顧する番組や記事がありますが、
地震とか災害とかの観点での総括もありかな、と。


単純に昭和と平成を比較してみます。
昭和は平成のおよそ1.5倍の期間がありました。
で、マグニチュード6以上の地震の発生回数なんですが、
昭和は107回、平成は86回。

年間の平均発生数で割ると、
昭和、1.67回、平成、2.87回となります。
ざっとですが、2回弱と3回弱の違いです。


平成は昭和の時代より、1.72倍の頻度で地震が発生した、ということですね。

やはり、昭和、平成と生きてこられた方は、

なんとなくではなく平成は災害が多かったな、と感じていると思いますが、
明らかに、データ上でも、災害頻度は多くなっているのです。


思い出す限りでも、
平成5年に北海道奥尻島の津波で、230人、

翌々年の平成7年、阪神淡路大震災で、6427人、
平成16年には新潟中越地震では、68人、

そして、23年の東日本大震災では22000人、
近い所で、熊本で258人、

大阪北部地震で、5人、

北海道胆振東部で、41人と、
多くの犠牲を伴った災害が発生しています。
昭和はその前半を戦争の年代にしましたが、
平成は、地震と水害の災害の年代と言ってもよかったと思います。

 

地球上で起きるマグニチュード6以上の地震の20%は日本で発生している、とよく言われますが、
年に平均で2〜3回、マグニチュード6以上の地震が発生し、

5〜6年に1回、マグニチュード7〜8クラスの大地震が発生している、という現状を考えれば、
日本で暮らす以上、地震と向き合って生きていかざるを得ないと思いますよね。

 

こんな統計があります。
日本には、東京にある23の特別区を含め、1741の地方自治体があります。
この1741のうち、
平成年間で震度3の揺れが記録されなかった自治体は、わずか12。
内訳は、震度1は2自治体、震度2は10自治体だそうです。
つまり、1741の市町村で、震度3以上を経験している地域は1729にのぼり、
大半の市町村では震度3以上の地震を経験しているということです。
その比率99.3%です。
まあ、ざっくばらんにいえば、日本のどこでも地震で揺れた経験があるということです。

 

よく減災とかいう言葉を見聞きしますが、
災害の発生は天災ですから、これは防ぎようがない。
どんな高い堤防を立てても、津波によってはそれを超えてくるわけです。
まして、想定が甘ければ、ごく簡単に津波にやられて、電源が水浸し、なんてことになり、
結局、周辺の町々に放射能をまき散らすことになってしまうわけです。
いまだに中間貯蔵地みたいなことで、その場しのぎの対応を取っていますが、
日々増え続ける汚染水の処理すらめどが立ってないわけでしょ。
東北三県の津波による被害もさることながら、
福島原発の事故こそ、よくよく考えれば平成最大の災害だったと思います。

 

平成において、建物の構造、つまり建築基準法が強化され、地震に強い建物が増えてきました。
防災の世界では、昭和56年と言うのが一つの基準になっていますが、
その後、平成12年に、さらなる見直しが進められ、
熊本地震においても一歩前進した建築の基準が再考されています。
まさに、ここにおいても日進月歩。
以前から比べると、建物の被害はかなり少なくなってきました。
マグニチュード9とか、観測史上最大のエネルギーが放出された東日本大震災も、

津波の被害が甚大だったため、
本来の揺れによる被害と言うのに余り目が行きませんが、
震度7の割に、地上の被害が少なかったのは、

おそらく、建築物の進化があったからではないか、と思われます。

 

いずれにしても、地震とは、「人間が作ったもの」で、人間が受ける被害なわけですから、
その構造的な強化は、地震国ならではのものになりつつあります。

 

いい例ですが、韓国は地震がほとんどありません。
たまたま2017年に浦項で地震が発生し、観測史上最大級と言われるほどのもので、
死者こそ出ませんでしたが、2000棟に被害が出てそのうち52棟が全壊と言う事でした。
確かに被害だけで見ると、結構な規模の地震じゃないか、と思いますが、マグニチュードは5.4。
日本なら、マグニチュード6以上についてはカウントしていますが、
そこにも満たないエネルギー量です。
でも、平素の備えがないから、大きな被害を出してしまうんですね。


2011年に、東日本大震災の直前、オーストラリアのクライストチャーチで地震が発生。
たまたま出かけていた日本人の学生さんが何人かなくなりましたが、
これも石積みの建築物の下敷きになったのです。
要は耐震性については、ほとんど考慮されていないんですね。

 

ま、そこは、いくらか構造物の在り方としては、日本は、当然ながら先んじてはいますが、
当たり前と言えば当たり前。

そういうところなんですから。
砂漠に排水溝など造らないでしょ。
やはり自然環境に合わせて、国の作り方も進化するんです。

 

やがて、令和。
願いがかなう事なら、自然災害の少ない時代になってほしいですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
とんだとばっちり

日本が地震大国である、と言うのは言うまでもないですよね。
何しろこの狭い国土に、なんと4つのプレート境があるんです。


そもそも地震は、プレートテクトニクス、と言われる地殻の活動があり、
これは、プレートの下部のマントルという層が、地球の中心の熱により
対流を起こしていて、この影響を受けてプレートは移動するんですね。
で、動きの大きいプレートと動きの少ないプレートは、その境目で衝突をするんです。
すると、プレートとプレートの境で、ストレスがたまり、
ひずみのたまったところが、限界点を超えると、地殻の破壊が発生し、
これが地震となるわけです。


で、日本の地下では、ユーラシアプレートと北米プレート、
北米プレートと太平洋プレート、太平洋プレートとフィリピン海プレート
フィリピン海プレートとユーラシアプレート北米プレートとフィリピン海プレートが
それぞれ接しているんです。
もう、ごちゃまぜでしょ。
例えばです。
平塚はどのプレートの上に載っているかというと北米プレートの上に載っています。
で、相模湾沖合の伊豆大島ですが、これは平塚から直線距離で50キロほど。
この大島はフィリピン海プレートの乗っています。
つまり、あの大島と平塚は、地図的には目と鼻の先ですが、
それぞれ違うプレートの上に載っているんですね。
で、平塚では、最上層が北米プレートですが、その下に潜り込んでいるフィリピン海プレートがあるわけですね。
つまり、2層のプレートの上にあるんです。
ですから、まあ、安全安心の地殻ということにはなりません。
地殻の戦争があるとしたら、その最前線の真上という事ですから。

 

地球上で発生するマグニチュード6以上の地震のうち、日本で発生するのはその20%と言われています。
日本の国土の面積は、全地球上の陸地面積でのおよそ0.5%ということでから、
年間、マグニチュード6以上の地震が200回発生したとすると、面積平均で行けば、
日本では1回発生すると、平均的ということになるでしょ。
でも現実はなんと20%ですから、平均と比較すると40回発生しているわけです。
つまり、平均の40倍の確率で地震が発生している、ということになります。
正に名実ともに地震大国でしょ。

 

ですから、その地震大国の代表的都市と言えば東京なわけで、この東京が
政治、経済、文化以外においても日本を代表するとなると、

まさに地震でも代表できる可能性を持っているのです。
それが首都直下型地震ということです。


実はわたくし、恥ずかしながら、首都直下型地震についてときどき触れられることがあるのですが、
一体が何が論拠になって、首都直下型地震を恐れているのか、
と思っていたのですが、ここでさらにそのメカニズムが明確にされたのです。

ま、簡単に言えば、東京が載っている地殻は、北米プレート。
その下には、フィリピン海プレートがもぐりこみ、さらにその下に太平洋プレートがもぐりこんでいる、
といういわば、地殻のミルフィーユ状態になっているんです。

で、地震の起きる確率というか、可能性というのは、
この地殻同士のぶつかり合いで、地殻が破壊されるわけですが、
まあ、その破壊のされ方にもさまざまで、ちょっと壊れたり、大きく壊れたりとあって、
相対的には、ある期間にどのような地震が起き、

それによってどのぐらいのエネルギーが放出されたのか、
ということで、地震のインタバルを推測するわけです。

 

一番大きい地震が500〜600年に1回、東日本大震災はこれに当たります。
小さい地震は30年に1回ぐらい。
その中間の大きさの地震が100年に1回といった具合です。


で、最近になってこんなことが分かってきたようです。
南海トラフ地震について、ほぼ100年に1回、と言われてきたのですが、
どうも間違いかもしれない。
前に発生した時の状況が正確に把握できていないので、
つまり、100年、200年前のデータですから、よく分からない。
例えば、今だに、あの関東大震災の詳細は分かっていないのです。
ということは、前の地震で、すっかりストレスは発散してしまったのか、
まだ残っているのか、ということがよく分からない。
したがって、100年インタバルどおりなのか、もう少し長いのか、が分からないんですね。

南海トラフ地震は、日向沖から、四国沖、

さらにその東のエリアという風に、6区画に分けて考えられていますが、
この各区画の中で、一番東の駿河湾トラフが、空白期が最も長いのですね。
この理由なんですが、一説によると、そもそもフィリピン海プレートの上に乗っていた大きな島が、
移動して北上し、静岡の海岸にぶつかって、半島になったわけです。
ですから、伊豆半島の下はフィリピン海プレートなんですが、
この伊豆半島がでかいのと、プレート自身にしっかりと乗っているため、
他のエリアは、一定の間隔で滑り込んでいるのに、この区域は、あまり滑りこめないんですね。
つまり、ストレスがたまりにくい。
ですから、海から、フィリピン海プレートが攻めたてても、
この駿河湾エリアは、堅固に反抗している、ということになります。
したがって、インタバル理論は、状況によってことなる、という事なんですね。

 

で、問題は、東京の地下なんです。
首都圏の地下は世にも不思議なプレートの「三重構造」。
これは、簡単に言えば、トラブルをJ引き起こす要因を抱え込んでいるということです。
勢力の大きなやくざの仲間が、三つ巴になっている、と考えてください。
いつどんな形で、縄張り争いが始まって、出入りがあるか分からない、ということです。

ま、今さら言っても仕方ないのですが、
なぜこんな物騒な地盤の上に、江戸なんて構えて、
それをもとに日本の首都にし、その周辺に人口を集めてきたんでしょうね。
最危険地域に、最多人口が暮らしているという事なんです。

南海トラフも◎の注意地域ですが、東京も実はこれに勝るとも劣らない。


そして、この本命対抗の間にあるのが、平塚なんです。
どうやってもとばっちりを免れないですよね。

ともかくいざという時のために準備するしかないのです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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