水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
とんだとばっちり

日本が地震大国である、と言うのは言うまでもないですよね。
何しろこの狭い国土に、なんと4つのプレート境があるんです。


そもそも地震は、プレートテクトニクス、と言われる地殻の活動があり、
これは、プレートの下部のマントルという層が、地球の中心の熱により
対流を起こしていて、この影響を受けてプレートは移動するんですね。
で、動きの大きいプレートと動きの少ないプレートは、その境目で衝突をするんです。
すると、プレートとプレートの境で、ストレスがたまり、
ひずみのたまったところが、限界点を超えると、地殻の破壊が発生し、
これが地震となるわけです。


で、日本の地下では、ユーラシアプレートと北米プレート、
北米プレートと太平洋プレート、太平洋プレートとフィリピン海プレート
フィリピン海プレートとユーラシアプレート北米プレートとフィリピン海プレートが
それぞれ接しているんです。
もう、ごちゃまぜでしょ。
例えばです。
平塚はどのプレートの上に載っているかというと北米プレートの上に載っています。
で、相模湾沖合の伊豆大島ですが、これは平塚から直線距離で50キロほど。
この大島はフィリピン海プレートの乗っています。
つまり、あの大島と平塚は、地図的には目と鼻の先ですが、
それぞれ違うプレートの上に載っているんですね。
で、平塚では、最上層が北米プレートですが、その下に潜り込んでいるフィリピン海プレートがあるわけですね。
つまり、2層のプレートの上にあるんです。
ですから、まあ、安全安心の地殻ということにはなりません。
地殻の戦争があるとしたら、その最前線の真上という事ですから。

 

地球上で発生するマグニチュード6以上の地震のうち、日本で発生するのはその20%と言われています。
日本の国土の面積は、全地球上の陸地面積でのおよそ0.5%ということでから、
年間、マグニチュード6以上の地震が200回発生したとすると、面積平均で行けば、
日本では1回発生すると、平均的ということになるでしょ。
でも現実はなんと20%ですから、平均と比較すると40回発生しているわけです。
つまり、平均の40倍の確率で地震が発生している、ということになります。
正に名実ともに地震大国でしょ。

 

ですから、その地震大国の代表的都市と言えば東京なわけで、この東京が
政治、経済、文化以外においても日本を代表するとなると、

まさに地震でも代表できる可能性を持っているのです。
それが首都直下型地震ということです。


実はわたくし、恥ずかしながら、首都直下型地震についてときどき触れられることがあるのですが、
一体が何が論拠になって、首都直下型地震を恐れているのか、
と思っていたのですが、ここでさらにそのメカニズムが明確にされたのです。

ま、簡単に言えば、東京が載っている地殻は、北米プレート。
その下には、フィリピン海プレートがもぐりこみ、さらにその下に太平洋プレートがもぐりこんでいる、
といういわば、地殻のミルフィーユ状態になっているんです。

で、地震の起きる確率というか、可能性というのは、
この地殻同士のぶつかり合いで、地殻が破壊されるわけですが、
まあ、その破壊のされ方にもさまざまで、ちょっと壊れたり、大きく壊れたりとあって、
相対的には、ある期間にどのような地震が起き、

それによってどのぐらいのエネルギーが放出されたのか、
ということで、地震のインタバルを推測するわけです。

 

一番大きい地震が500〜600年に1回、東日本大震災はこれに当たります。
小さい地震は30年に1回ぐらい。
その中間の大きさの地震が100年に1回といった具合です。


で、最近になってこんなことが分かってきたようです。
南海トラフ地震について、ほぼ100年に1回、と言われてきたのですが、
どうも間違いかもしれない。
前に発生した時の状況が正確に把握できていないので、
つまり、100年、200年前のデータですから、よく分からない。
例えば、今だに、あの関東大震災の詳細は分かっていないのです。
ということは、前の地震で、すっかりストレスは発散してしまったのか、
まだ残っているのか、ということがよく分からない。
したがって、100年インタバルどおりなのか、もう少し長いのか、が分からないんですね。

南海トラフ地震は、日向沖から、四国沖、

さらにその東のエリアという風に、6区画に分けて考えられていますが、
この各区画の中で、一番東の駿河湾トラフが、空白期が最も長いのですね。
この理由なんですが、一説によると、そもそもフィリピン海プレートの上に乗っていた大きな島が、
移動して北上し、静岡の海岸にぶつかって、半島になったわけです。
ですから、伊豆半島の下はフィリピン海プレートなんですが、
この伊豆半島がでかいのと、プレート自身にしっかりと乗っているため、
他のエリアは、一定の間隔で滑り込んでいるのに、この区域は、あまり滑りこめないんですね。
つまり、ストレスがたまりにくい。
ですから、海から、フィリピン海プレートが攻めたてても、
この駿河湾エリアは、堅固に反抗している、ということになります。
したがって、インタバル理論は、状況によってことなる、という事なんですね。

 

で、問題は、東京の地下なんです。
首都圏の地下は世にも不思議なプレートの「三重構造」。
これは、簡単に言えば、トラブルをJ引き起こす要因を抱え込んでいるということです。
勢力の大きなやくざの仲間が、三つ巴になっている、と考えてください。
いつどんな形で、縄張り争いが始まって、出入りがあるか分からない、ということです。

ま、今さら言っても仕方ないのですが、
なぜこんな物騒な地盤の上に、江戸なんて構えて、
それをもとに日本の首都にし、その周辺に人口を集めてきたんでしょうね。
最危険地域に、最多人口が暮らしているという事なんです。

南海トラフも◎の注意地域ですが、東京も実はこれに勝るとも劣らない。


そして、この本命対抗の間にあるのが、平塚なんです。
どうやってもとばっちりを免れないですよね。

ともかくいざという時のために準備するしかないのです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 14:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
プラゴミのゆくへ

その昔、バカとはさみは使いよう、ということがよく言われていました。
今はあまり使わないですね。
使い方ではパワハラになりそう。
ことわざも、場を見ての使いよう、とかいうことですか。


さて、言いうまでもなく、切れない「はさみ」とか、「バカ」とか、
使えないものでも、使いようで役に立つということですが、
厄介者扱いされてきた廃プラスティックも、使いようで役に立ちそうなんですね。

 

そもそも、日本は廃プラスチックのリサイクル率84%の優等生なんですが、
それでも、まだまだ十分とは言えないようです。
そこで登場したのが、道路の舗装材に使おう、というアイディアなんです。
あのプラスティックをこまごまと破砕して、アスファルトに混ぜるんだそうです。
もともとこのやり方は、日本でも試行錯誤が繰り返されてきたようですが、
いよいよ本格的な実践に移る時が来たようです。

 

まずは廃プラスティックの現状です。
その量ですが、2015年の全世界のプラスチックごみの発生量は3億200万トン。
と言ってもよく分からないでしょ。
ざっとした計算ですが、人間1人当たり年間で50キログラムのプラゴミを出していると言うことです。
もともと軽いものでしょ。
それでも50キロですって。

特に日本はアメリカに次ぐプラスティック消費国。
実際には、世界平均をはるかに上回るんでしょうね。
で、近頃、このプラスティックゴミが埋め立て処分場から川を経て、海に流れ込み、
やがて細かく割れて、5ミリ以下のマイクロプラスティックとなって海水の中に溶け込んで、

これを魚など海洋性の生物がとりこみ、
様々な問題を引き起こしています。

 

で、浜に打ち上げられたクジラの胃からプラスティック製品が出てきたとか、
ストローが突き刺さったウミガメの写真がネットで公開されたとかで、
特にプラスティック悪者論が拡大し、何とかしよう、という世界的な運動になりつつあります。

 

で、どうしたかというと、プラスティック製のストローを使うまい、

と言う運動が一部企業で取りざたされました。
スターバックスは、全世界全店舗で2020年までにストローをプラスチック製から紙製に切り替えると発表。
追っかけ、すかいらーくも2020年までの切り替えを発表。
アメリカン航空は機内で竹製のストローに切り替えると発表。
そのほか、ヒルトンホテルや、ディズニーランドなどでも、プラスチック製ストローを使用しないと宣言。
まあ、ちょっとした流行りでしょ。

 

そういえば、今から10年ほど前に、

平塚の飲食業の組合で、地産地消として、地場産の小麦を使った麺を開発しようという動きがあり、
ニシノカオリという小麦を栽培することになったのです。
で、刈取りの時に、そもそもストローとは麦の穂を使ったものだから、

この刈り取った麦の穂をただ捨てるのはもったいない、と。
なんとか、活用しようと、ストローとして使うことを考えたのですが、
保健所でのチェックが厳しく、実際、単なるアイディアに終わったんですね。
ま、アイディアも状況が悪ければ、水子に終わってしまうということです。
さて、突然飲食サービスの大企業が、ストロー転換とか言い始め、
プラスティック汚染防止に一役買いましょうとかの姿勢を見せたのですが、
一体、たかだかストローを紙製に取り換えるだけのことで、どんな状況の改善が行われるというんでしょうか。
私は、それはそれでいいことだと思いますが、これらの企業が使っているその他のプラスティックについても
削減の計画を発表すべきではないかと考えます。
でないと、単なる受け狙いのスタンドプレーとなってしまうでしょ。

 

さて、このプラスティック問題は、すでに10年以上前から、環境学者などから警告が出されていました。
でも、企業側としては、便利なプラスティックを他のものに切り替える気はなかったんですね。
で、ここにきて、とやかく世間で言われるようになったんで、

やっと、とりあえず何かした風な形をとろうとしているわけです。

まあ問題の解決って、こうして、微妙な前進を積み重ねるしかないんですね。

 

さて、道路の舗装に話を戻しましょう。
一つの観点は、道路舗装に素材として優秀な性質があるらしい、ということです。
もう一つは、廃プラスティックの処分として、有効な方法らしいと言うことです。
世界中で排出されるプラゴミですが、プラスチックのリサイクル率は全世界平均14%で、
まだまだ、問題は取り残されたままです。
そこで、この道路舗装の骨材としての活用が注目を集めるわけです。
プラスチック混合アスファルトは従来のアスファルトより軽いのですが、耐久性が増して6倍長持ちするという。

これはすごいでしょ。

5年や10年インタバルぐらいで舗装の改修をしていますが、これが6倍に伸びる。

まずはそれだけでもコストダウンでしょ。

国や自治体によっては、道路舗装の際、プラスチックごみから再生した滑材を混ぜなければいけない、

という法的規制をかけているところもあるようです。

 

そもそも日本の国の道路は世界でも有数のアスファルト依存国なんですね。
ですから、この技術を活用すれば、今まではリサイクルしているとは言いつつも、

実際は燃料的に燃して、処分しているサーマルリサイクルですから、
環境的にも望ましい方法ではありません。
道路の舗装材として使えるなら、これがベストでしょ。
おおむねですが、アスファルトに、1割程度の骨材を混ぜるのだそうです。

たかだか1割ですが、
日本中の道路の延長距離を考えれば、結構なものになるはず。
ぜひとも、真剣に骨材開発と、その活用を進めてもらいたいものです。

 

ま、ストローの切り替えもいいんですが、その程度では埒が明かないでしょ。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
地震の星

2億年前、という気の遠くなるような昔々の話です。
その頃は、地球上では、すでに多くの海洋生物が活発な活動をしていましたし、
水の中にいた生物は、植物も動物も、陸に上がって新しい環境に適応していました。
で、この2億年前と言うのは、パンゲニア大陸と後に名づけられた超大陸があったのです。
今は地球のあちらこちらに様々な大陸が存在していますが、
なんとその頃はたった一つの大陸だったんです。

 

当然周りは海に囲まれていますが、面積としては今の陸地とほとんど変わらない面積だったんですね。

現在は、ユーラシア大陸、その下にアフリカ大陸。
海を渡って、北米大陸、南米大陸、太平洋の南にはオセアニア大陸、そのさらに南に南極大陸、と、
塊としては、大雑把に6つのグループに分かれます。
これらが、すべて陸続きだったわけです。
ちょっと考えられませんが、実際そうだったようです。

 

で、2億年と言う歳月をかけ、地球の内部のマントル層内の対流により、
その上に載っている地殻、プレートと言ってますが、これが移動するんです。

よく地球を玉子にたとえます。

黄身が核で、白身がマントル、カラが地殻と言う風にです。
この比率で最も大きな違いは、地球の直径と地殻の比率は、
玉子にたとえると、その直径に比べて、卵のカラの何十分の一ぐらいの比率にしかならないほど、
薄いものなんです。
まあ、ピンときませんが、薄っぺらなラップ程度の厚さの地殻なんです。
で、これがマントルの対流で移動するんですね。
プレートによりけりですが、移動速度で早いものは一年で10センチぐらい。
たかだか10造任垢、1万年で10万センチ、つまり1キロ移動します。
100万年で100キロ、1億年で1万キロになります。
地球の赤道の長さは4万キロですから、その4分の1の移動が可能なんです。
つまり、2億年前に、一塊だった超大陸が、一斉に北に南に、西に東に移動をすれば、
たとえ1年に10造任癲■臆年と言う歳月で、現在の位置にたどり着くということは100%可能な事でしょ。
ま、とはいえ、年速(一年間の速度と言う意味です)10造覆鵑董体で察知できる速度ではないのですが、
時間をかければこういう結果になる、ということですね。
で、これは今後も移動し続けるわけで、さらに2億年かけると、
多分、1周回って元の位置に戻り、何度目かの超大陸を形成するだろう、と言われています。
ま、その時の地球上は、今の人間を超えた奇妙な生き物が徘徊しているかもしれませんけど。
間違いなく人間はいないですね。

 

で、このパンゲニア大陸状態をとりあえず出発点とすると、
今のインド半島は、アフリカの南東部にくっついていました。
これがひたすらインド洋を北上し、ユーラシア大陸に衝突したのです。
そのスピード、運動量は移動距離から考えても、すごいパワーだったんですね。
ですからこの衝突で、ユーラシア大陸は、ぐいぐい押されて、そのしわ寄せのように陸地が盛り上がり、
一部に大きな山脈を形成することになります。
これがエベレスト擁する、ヒマラヤ山脈です。

 

ちょっとこの小型版ですが、
フィリピン海プレートに載っていた島が、プレート運動で、北上し、
今の静岡県に衝突し、伊豆半島になりました。
その影響で、丹沢山塊が出来上がったと言われています。
きっと、高麗山もその副産物なんでしょうね。

 

で、パンゲニア時代に、インド亜大陸と隣り合っていた陸地の塊は、東に移動し、
今のオーストラリア、ニュージーランドになったのです。
この塊の南に付いていた大陸は、さらに南下し、南極大陸になりました。

当然ですが、これらの移動が活発に進むときは、そのプレートとプレートの間に大きな力関係が働き、
火山活動が活性化したはずです。
併せて、驚くような大きな地震が繰り返し起きたんでしょうね。

言い換えれば、プレート移動が行われる限り、つまり地球に内在するエネルギーが残っている限り、
地球には火山活動と地震活動がつきものというわけなんです。
ま、そういう星なんですね、この地球は。

ですから、地震活動が起きにくい地域と言うのはありますが、
地球上から地震が無くなるということはないんです。
特にプレート境では、これは宿命的な事ですね。
残念ながら、日本列島は、4つのプレートがぶつかり合っているので、
地震列島ということになっています。

ですから、それ相応の覚悟で備えるというか、まあ、放っておいていいわけないですね。

 

地球のそもそもの活動として発生するのが地震なんですが、
バカなことに、人間の無知なる活動で地震を発生させることがあるんですね。
ま、正直その無知ぶりに驚きました。
それは、お隣の南北朝鮮半島国です。

 

先ず韓国。
おととし11月に韓国の南東部、浦項(ポハン)市でマグニチュード5.4の地震によって、

広範囲に建物が倒壊するなど被害が発生。
100名以上の人が重軽傷を負いました。
なんとこれが、周辺で進めた地熱発電開発が原因だったのだそうです。
これは、地熱発電を開発しようと、地下に高圧の水を注入したために地殻に変動があり、
地震を引き起こした、と言う事なんですね。
その被害総額85億円とか。
さすがに、これにより、政府は開発の中断を決めました。
まあ、当たり前の決断ですね。
地震がめってに起きない、と言われるところで発生したので、
まあ、そんなことがあるんだ、と思ってましたが、
なんと人間の地球へのちょっかいが原因だったんですね。

 

それともう一つ。
今度は北朝鮮です。
北朝鮮北東部の咸鏡北道吉州(ハムギョンブクトキルジュ)から北北西へ約45キロの地点で、
マグニチュード2・8の地震が起きました。
日本ではマグニチュード2.8なんて、蚊に食われた程度でしょ。
でも、ここはめったに起きない地域なんです。
これは北朝鮮が2017年に実施した6回目の核実験で地中の構造に変化が起こり、
誘発された地震と観測されています。
なんと、この地震は、「核実験により自然に誘発された地震」と表現されていますが、
自然じゃないでしょ。
人間のちょっかいで発生した地震でしょ。

ま、ちょっとありえないことですが、そもそも地殻は動いていて、その過程で一部が壊れる、

それが地震です。
ですから、地球は地震を伴って活動している星なんですね。
何もわざわざ、人間がそのことに手を貸すことはないでしょ。
本当に困った人たちです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
桜はまだかいな

日本人にとって花見は一大イベント。

もっとも、最近は外国人観光客も、花見シーズンに訪日し、花見を楽しんで知るようですね。

美しいというものを好むのは、万国共通なんですね。


この行事は、平安期に貴族が宮廷の花の木で、春到来を慶び、
その下で花見の宴を開いたことが始まりで、のちに江戸の頃には庶民に広がったとか。
時代の変遷はともかく、寒い冬が明け、春がやってくるというのは、

どんな民族も歓びをもって迎えてきたわけで、

その意味でも、桜は春到来の象徴なんですね。

 

で、平安期では、初めは梅の花を観て花見としていたそうです。
やがて、梅よりは鮮やかで大量の花をつける桜に切り替わったんですね。
歌に「梅は咲いたか、桜はまだかいな」と言うのがありますが、
正に、梅、桜、と花見の対象が受け継がれたわけです。

 

桜は、日本の代表的な花。
ですから、「はな」といったら桜を指しているんですね。
古来からの歌集にも花を謳った和歌は数多くあります。

その中でも、はなを題材にした有名な和歌がこれ。


ねがはくは はなのしたにて われしなん そのきさらぎの もちつきのころ

 

これはご存知、西行の時辞世の句といわれています。
このはなは、桜のこと。
出来るなら、桜の花の下で生涯をとじたい、と。
このころは太陰暦ですから、きさらぎの望月の頃とは、
二月の満月に近い時、ということで、今でいう三月下旬。

 

西行は、出家していたわけで当然仏教に帰依したいましたから、
お釈迦様が入滅した2月の15日の頃に、私も桜の木の下で生涯をとじたい、、
と願ったわけです。

 

このころの桜は、山桜が中心で、
今はやりのソメイヨシノのような豪華さはありませんでしたが、
それでも、多くの人の心をひきつけてやまなかったんでしょうね。

 

私も人後に落ちず、桜は大好き。
油絵にも桜をよく描きました。
なんだかんだと二作に一つは桜を描いています。
桜の魅力の一つに

散る桜の風情があります。

咲いている静の美と、散る動の美の両方が味わえる珍しい花です。

大体花が散るなんて、何の風情もないでしょ。

でも桜には、それがまた風情なんですね。

よく考えれば、これはなかなかのものなんですね。

 

ですから、花見も、ちょっと盛りを過ぎたころ、

ま、峠を下り始めたころが一番ですね。

枝には花が盛りと咲いているんですが、一方では、はらはらと散り出している。

散るびらを、盃で受けるなんて、最高の瞬間でしょ。

そんな花見は堪らないですね。

とはいうものの、なかなか花見の機会もないのですが、
せめて、渋田川の桜まつりで、土手沿いをぶらぶらするぐらい。
今年は、4月7日。

そう言えば、昨年、渋田川桜まつりに、ラーメンの出展をしたのですが、

あいにく暖か過ぎて、花は散ってしまったんです。

渋田川桜まつりではなく、渋田川葉桜まつりになってしまったんですね。

でも、人出は例年並みなんですね。

一体何しに来るんでしょうね。

 

ま、ともかく、道をぶらぶら歩くのではなく、

花の下にゴザでも敷いて、花の宴を開きたいですね。

 

その桜の木が、二つの要因で、存続が危ぶまれているんですね。
一つは、害虫。
クビアカツヤカミキリ。
カミキリムシの一種で外来種。
首のところが真っ赤なのですぐわかります。
これが大繁殖をしていて、桃や梅、そして桜の木などに産卵し、
幼虫の頃に木の幹をかじり、内部ぼろぼろにしてしまうんですね。
で、結局枯れてしまう。

 

もう一つは、ソメイヨシノの寿命が来ているということです。
大体ソメイヨシノの盛りは50年ぐらい。
その先は老いさらばえて、樹勢が落ち、やがて枯れてしまうのだそうです。
そうなると、ちょっとした風などで倒れる可能性があります。
そこで危険回避のため、切り倒してしまうんですね。
で、どこの桜並木も、ほぼそんな周期に入ってきていて、
植え替えをしなくてはいけないのだそうですが、
旧木を切り倒し、新しく植え替えるのに、一本100万円ほど掛かるとか。
これじゃあ、なかなか植え替えも進まないでしょ。

虫にやられ、寿命が尽きるとなると、往復びんたの蹴っ飛ばし状態でしょ。
ま、だからと言って桜が尽きることはないと思いますが、
ちょっとばかり心配と言えば心配ですね。

 

ま、私の寿命が尽きる前に花の寿命が尽きるとは思えないので、
西行を気取って、はなのしたにてわれしなん、と行きますか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 06:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
怪我するやつが悪い

3月10日にひらつな祭を開催し、まあまあの方々が来場し、
それなりの成果があったとは思っています。
ま、しかし、まだまだ伝えたいことは山ほどあるんです。

そこで、改めて、その一部を書いてみます。

 

それは、災害による負傷と言う問題です。
確かにだれだって好き好んで怪我する人はいないと思いますし、
そのちょっと先が「死」だとしたら、死も怪我も似たり寄ったりのことで、
避けるべきでしょ。


阪神淡路のデータです。
直接死(地震そのもので亡くなった方)が5500人ぐらい。
よく、6343人とか犠牲者の数が公表されていますが、
この数は、直接死プラス関連死の合計なんです。
で、そのうち、440人ほどが家具の下敷きになって亡くなりました。
そして、負傷者総数は約34000人。
うち、家具、または家具のガラスの破損で怪我した人は、およそ8割。
27000人を超えます。
つまり、家具が固定されていたら、
おそらく、440人の死者と、27000人の負傷者の数は激減していたに違いないのです。

 

ちなみに、平塚を襲うであろう地震の予測なんですが、
大正型関東地震、もしくは相模トラフ地震などの地震が発生すると、
平塚は直撃されます。
この関東型の場合で、死者1220人、重傷600人、中等傷4000人、軽傷4200人、
と予測されています。
つまり、阪神淡路のデータを下敷きに計算すれば、
家具を固定しておけば、150人の無駄な死を防げますし、
怪我をする人だって、7000人の負傷を防げるわけです。
実は、多くの人が勘違いするんですが、
病院も地震の被害を受けるんです。
阪神淡路の場合、何の損傷もなく病院としての機能を駆使出来たところは、
全病院、クリニックのほぼ半分。
何らかの支障をきたして、十分な対応ができなかったところが半分と言うことです。
ま、なんて言ったて、突然と34000人のけが人が押し寄せてきたら、
普通に対応できるわけがないでしょ。
包帯や薬品など、衣料品が不足する。
押し寄せる患者の対応に人手がとられ、治療にあたるスタッフの数にしわ寄せがくる。
まあ、どう考えたって、まともな状態ではないでしょ。

そこで、どうしても救える人が救えなくなりがちになる。
あたら、目の前で、運び込まれた人が命を落としてゆく。


東日本大震災の時、このような状態になり、
後に福島県内の病院が、状態が状態なら救うことができたはずの命をカウントしたのだそうです。
何故か、原発の被曝地域は外したんだそうですが、きっとここはもっとひどかったんでしょうね。
ま、それはともかく、その調査では154人の人が不十分な治療体制によって、命を落としたそうです。
なんということでしょうね。

津波にのみ込まれたわけでもない。
時が時なら命は救えたはずだったんです。
ですから、病院としては、最善を尽くすのだと思いますが、
やたらと押し寄せる負傷者で混乱が生じるのは、半分やむを得ないところ、と考えがちです。
しかし、これは何とかなる、いやする、ということで、改めこんなことを心がけたらどうしょうか。
繰り返しますが、家具を固定することです。


十分な効果があれば、
平塚の場合でも、負傷者は8800人から、1760人まで減らすことができるんです。
これって、画期的な効果が出てくると思いませんか。
88人の治療をするところ、18人の治療でいいんですから、
ずっと機能喪失をする可能性は低くなったでしょ。


怪我をしないということは、自分も痛い思いをしなくて済むのですが、
それ以上に、救える命を救う事ができるというわけです。

 

そして、もう一つ、軽傷程度では、自分で何とかする、と言うのも重要です。
最低限の治療方法をマスターすること、さらに、一時的な事なんですから、
薬局なんかも、軽傷者の初期的手当てを出来るようにすべきでしょうね。

 

ま、基本は、押し寄せてくる負傷者の対応として、トリアージと言う方法をとります。
これは、初期段階で、傷病者の程度をチェックし、治療の優先順位を判断します。
腕に巻きつける色別の用紙があって、黒、赤、黄色、緑の4色に分かれています。
黒は、心肺停止状態、ま、お亡くなりになってしまった、と判断されたものです。
赤は、緊急に最優先で治療する、と言う段階です。
黄色は、赤の人の治療が終わったら、次に取り掛かるレベルの人です。
青は、とりあえず帰されます。
このように判断して合理的に、混乱を少なくしようというシステムなんです。

ところが、中には、判断がずれて、青を付けられ、放っておかれて、
数日が亡くなってしまった、というケースもあるにはあるんですね。

 

東日本大震災で亡くなった被災者の遺族が病院を提訴した、というニュースが流れました。
このトリアージに特別な免責規定が無かったのですが、
現実としてこういう事態が発生すると、法的整備を検討する必要がある、

といった、災害医療の関係者の声も出てきました。

 

この裁判は、東日本大震災で被災した石巻の女性(当時95歳)の遺族から提訴されました。
病院正面玄関で行われたトリアージの際、女性は治療不要の「緑」と判定され、
院内の待機エリアで待つ間に脱水症で死亡した、と言うのです。
必要なケアを受けられないまま搬送3日後に死亡したのは病院に責任があるというのが主張のようです。

 

難しい問題ですね。
95歳と言う高齢、しかも持病をいくつか持っていたということで、
平常時であっても、延命は難しい状態でしょ。
このトリアージに責任があったのか、ということは、判断しがたい所でしょ。
ご遺族の気持ちは分かりますが、前代未聞の大惨事のさなかのことなんですから、
完全な治療機能を要求されても、なかなかそうはいかないですもんね。
こういう提訴で、システムがしっかりするのはそれなりに意義あることですが、
現場の自主判断の責任を強く問われると、さらに混乱が増すのではないか、と心配しますね。

基本的には、負傷すること事体を災害のせいにするのではなく、

災害は起きることが前提なんですから、負傷しないことを自己責任として目指すべきでしょ。
つまり、怪我をするのは自分が悪いということ考えを持つべきなんですね。
怪我をしないための最大限の事前努力をすることで、
生かせる命がある、と言う事を自覚すべきです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
食品ロス対策が法制化する

当たり前すぎるのか、それなりに重要だからか、
新しい法案が、超党派で提案され、4月中には可決する見込みだそうです。
それは、食品ロス削減推進法。
もったいないとか、表現され、まだ食べられる食材を、平気で捨ててしまう。
ここを何とかしよう、ということです。

 

環境問題が、地球規模で取りざたされ始めた頃、
そもそも、この地球が養える人間の数はどのぐらいなのか、ということが以前から試算されてきましたが、
おおよそ80億人と言われてきました。
これは、その試算当時の人の食形態を数値化し、当時の食料生産高で割ったところ、
80億人と言う数字が計算されたのです。
これは、20年ぐらい前から変わっていません。
そして、その80億人に地球人口がたどりつくのが、2025年です。
あと、6年しか猶予がありません。


ところが、人の食形態には、とんでもない問題を抱えていたのです。
それは、まだ食べられる食材を、廃棄していた、という実態があったんです。
つまり、もし一切を廃棄しなければ、80億人は100億人ぐらいの可能性があるということですね。

例えばです、国際連合食料農業機構と言う組織があって、
ここの調査によると、世界全体で、年間に廃棄される食料の量は、13億トンと計算しました。
総生産量が40億トンですから、およそ3分の1が捨てられている、ということです。
これは計算方法が幾分か盛られている、という感じがしますが、
まあ話半分でもすごい数字でしょ。


ちなみに日本では、年間15キロ、北アメリカでは115キロ、ヨーロッパで95キロ、
東南アジアでさえ、11キロが廃棄されているのだそうです。
世界的には日本はまあまあかと思われがちですが、
世界で餓えに苦しむ人々は10億人以上に達し、子供の死者は年間6000万人、
1日あたり1万7000人が死亡している、となると、
捨ててしまう食料が、自分が買ったものだからどうしようと勝手でしょ、とは言えないでしょ。
なにしろ、人類の死亡原因に第一位は餓死だそうです。
1人100キロも50キロも食べれる食料を無駄にしているということと、
6000万人という日本人口の半分が、飢えで苦しみ、命を落とす、と言う状態が両方存在しているわけです。

ま、簡単な話、食料の不均衡配分、と言う事です。

 

この、ばかばかしいような人間の英知の欠如は、
人間の生物的本性が表れているんでしょうね。
人が食えなくったって、自分が食えればいい、と言う事ですから。

 

ちょっとみんなで考えれば、私達が年間で廃棄する量の、せめて半分を、国外から買わないようにする。
そうすれば、飢え苦しみ人たちに、回って行く可能性が生まれるでしょ。
権力者とか、金持ちとか、様々な力の差がある人がいますが、
弱者に、少しばかりの分け前で、6000万人にうちの一人でも命永らえる、としたら、
食品ロスに取り組み事はむしろ遅すぎるくらいでしょ。
去年亡くなった人は生き返ってこないんですから。

 

私は個人的な偏見であることを自覚しつつ、デブが好きになれないんです。
特にテレビに出てくるデブなタレントは、食に対する自制心が欠如しているという事だけでなく、
人の食べる分まで確保してしまっているという不平等なふるまいが日常なわけでしょ。
自分の財布の中の金で買ったものをとやかく言うな、と言うかもしれませんが、
やはり6000万人の命と考えたら、そのデブになった食料は、ある種の罪でもあるわけでしょ。
ま、見てくれ云々ではなく、ほどほどとか、中庸とか、平等は大事な事でしょ。

 

さて、この食品ロスでの大きな問題があります。
それは家庭における廃棄物ですが、年間で、1000万トンを超えます。
このうち38%が食べ残しです。
そしてなんと、手つかず食品が50%を超え、さらにそのうちの25%が賞味期限前のものなんです。

なんていうことでしょうか。
いくら、金を払ったのは自分だからと言って、賞味期限前に捨てるというのは、
頭おかしいんじゃないの、となりませんか。

確かに、今スーパーに並んでいるものを、飢えで苦しんでいる人たちのところに届けることはできません。
でも、捨てる瞬間に、5秒に1人の子が、餓死している、ということを思い浮かべるべきでしょうね。

 

私達飲食業は、食材を扱うプロです。
ある大先輩の調理師がこう言いました。
調理場の隅に置いてあるゴミペールをあけて見るんだ。
で、そこにまだ食べれるものが捨ててあったら、
そりゃ、その調理人はクズだな、と。
剥いた大根の皮、椎茸のへた、ビワの種、魚のあら、
大きい魚のこけらなんかも調理の仕方で食べられるんです。

この食品ロス法は、きめの細かい動きの積み重ねが必要な法律です。
今まで、そんなもんだとやってきた方向から、少し向きを変えるハンドルの切り方が必要です。
そのために、くどいようですが、
「今捨てた食べ物で生かせる命あり」

ぐらいのことを書いて貼っておいたら如何でしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
地震は必ずやってくる

地域における防災活動の、ある意味集大成ともいえる「ひらつな祭」が10日に開催されます。


私はこれに関わりを持って来ましたが、それは、地域防災に関して、ある種の責任を感じたからなんです。
25年前にFM湘南ナパサが発足し、このラジオ局は、地域防災の要だ、と、当時の石川市長さんから言われ、
改めて防災意識を強く持つようになったのです。
以来、様々な形で防災活動を展開してきましたが、
そのたびに思うことは、ほとんどの人が、災害はやってこないだろう、と
呑気な受け止め方をするんですね。


「いつか来る、その時のためにいかに備えるか」が防災なんです。
このいつか来るが、あやふやな捉え方をしているために、
その次の備える、と言う段階がいい加減になってしまうんです。
全く準備をしていないのは論外ですが、

さして効果のない対応をして、防災をしてるつもりになったり、
意味のない対策にエネルギーをつかったり、と。

 

ですから、正直、私達の立場からは、何とか正面から受け止めてほしい、と思っても、
なかなか笛吹けど踊らずで、その努力にむなしさを感じてしまう、と言う事なんですね。

 

例えば、現在最も脅威が予測されているのが、南海トラフ地震です。
これは、その大本は東海地震として位置付けられていました。
駿河トラフの一部から地殻が割れはじめ、静岡沖にまで広がる、と言う地域に発生する地震です。
これは、法律まで定められ、発生の危険が迫って、判定会議が招集され、それによる判断とか、
実際発生した場合の対応とかが、事細かにマニュアル化されていて、
放送局は、これに応じた放送をすること、と定められていたのです。
しかし、そのうち、そのうちと言いながら、20年以上が過ぎ、
いやいやよくよく調べたら、震源域は、東海から南海にまで伸びるぞ、と言うことになり、
東南海地震と言う名称と概念に切り替わったんです。
いささか規模が広がったんですね。

 

そこで、東日本大震災が発生。
プレート境における大規模な地震が目の前で起きたわけです。
岩手の沖から始まって、宮城沖、福島沖、茨城沖と、その割れ目が連動して
広域で地殻が破壊されたわけです。
まあ、ありうることと想定はされていたものの、実際発生して、びっくり。
と、この経験が大きく影響して、改めて南海トラフの現況を注目して調べてみたら、
スロースリップをはじめ、ちらちらとその前兆が出てきているんですね。
そこで、一気に南海トラフ地震と言う概念に切り替わったんです。

ただ、世間ではそういっていますが、
この幅広い想定域はいくつかに区分されていて、
その中でも駿河トラフでの地震発生空白期は最も長く、
ある意味、最もストレスがたまっているのは、駿河湾なんですね。
ですから、東海地震として警戒されていた地震の想定規模とエネルギーは、
名前が変わったからと言って、全くと言っていいほど、想定被害の規模が、縮小したわけではないのです。
ついつい、東海地震が東南海地震に変わり、さらに南海トラフ地震として注目を集めると、
地震の震源が遠のいて行っていると思いがちですが、
南海トラフ地震が発生したら、従前から心配してきた東海地震が同時に発生する確率は、無限に100%に近いはずなんです。
それどころか、隣の地殻の破壊によって、単独で駿河湾で発生した時に比べると、

相乗的にエネルギーが増加される可能性の方が高いんですね。
ま、一言で言えば、東日本大震災以上の破壊力を持った地震が発生しそうだ、ということです。
それが、30年間の間に80%の確率で発生するだろう、というわけです。

 

これは前にも説明しましたが、いつ起きてもおかしくない、という意味なんですね。
なんとなく、30年間の猶予がある、それも8割程度で、と思いがちですが、
確率と言うのは、そういう意味ではありません。

野球で、打者が3回の打席で1回ヒットを撃てば3割を超える打率になります。
この打者が、3回目の打席でヒットを撃つということではなく、
最初の打席でヒットを撃つこともあるわけでしょ。
そう考えるといつ起きてもおかしくない、と考えることが正当な考えでしょ。

 

地震調査委員会の平田直委員長がこうコメントしています。
東日本大震災の地域に対して、この間起きたんだからしばらく起きないだろう、と言うのは間違いだ、と。
もうしばらく地震がない、と思わず、再び強い揺れや高い津波が来ることを十分考慮し、
8年前のような大きな被害が出ないように準備してほしい、と。
専門家がそういっているんです。

ここにきて、地震の発生確率は全国的に上昇しているようです。
ま、地球がそういう状態になりつつある、ということです。
宮城県沖での巨大地震に限らずほとんどの領域で、
マグニチュード7〜7.5という大規模地震の発生確率がより高く見直されているのです。
特に、青森県東方沖及び岩手県沖北部では、それまで90%程度、と言っていた
(としてもすごい確率ですが、)確率が90%以上に修正されました。
これはもう逮捕状が出たようなものですね。
明日と言わず、今日かもしれない、ということです。

地震で、ひずみが若干解放された、と思っている地域ですら、決して確率ゼロではないんですね。
まあ、地震の巣窟の上で私達は暮らしているんですから、
もっともっと真剣に対応しなくてはいけないはずです。

 

そのためにも、是非とも、ひらつな祭に来てみてください。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 13:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
南海トラフがちょときな臭い

今でも、お医者様は、首から聴診器をだらりと下げて、
何故か、白衣の前をはだけて、病院の廊下を行き来することがあります。
で、もし、コントかなんかで、お医者様のキャラを演じようとしたら、
きっと、白衣と聴診器は必需品なんでしょうね。
とは言え、最近は、そういう病気にかかったことがないのか、
聴診器を当てられた経験がほとんどありません。

 

その昔、病院に行くとまず胸の前をはだけて、
そこに聴診器が当てられる。
ところどころ位置を変え、体の兆候を耳で確かめ、
ふむ、とかいいながら、病気の診断結果を告げたりしたものです。
そういえば、その前は打診とでもいうのでしょうか、指で、トントンとたたいて、
病気の診断をしていた時代がありましたね。
まあ、今は、レントゲンとか、MRIとかCTとかがありますから、
結構、体の内部をより精密に調べることができます。
ですから、指でたたいたその音の感じで、病気を診断するって、
ある意味、ものすごい技術だったわけですよね。

 

話は変わりますが、
もし人間の体の兆候を、打診などで知ろうとするように、
地球と言うとてつもないものの中の様子を、何らかの方法で知ることもできるんじゃないか、とも思うんですね。
現に、振動や電波などを地球の内部に送り込み、その反動で、
地球の中心部は、ほぼ、鉄とニッケルで構成されている、と分かっているようです。
しかも、液状である、と。
ですから、比較的表面の近くなどなら内部がどうなっているのかは、
かなり高い精度で分かるんじゃないだろうか、と思いますでしょ。
で、実際ボウリングするわけです。
ところがこれが一筋縄ではいかない。
ボウリングで深くなればなるほど、地熱が上がってきます。

通常、5〜6000メートルほどで、200度を超えるそうです。
するとボーリングのドリルの先端が、機能しなくなって、掘り進めることができなくなるのだそうです。
世界でのボーリングの記録は、世界ではロシアの12000叩日本では6000辰いい所。
つまり、地殻と言うのは、所によってその厚さが違いますが、
大体、30キロから50キロぐらい。
つまり結構頑張っても、ほんの表面的な部分しか分からないわけです。
注射で言えば皮下注射の深さまでもいかないでしょうね。
ですから、CTやMRIなどの人間の体内探査から見れば、
地球の内部探査は、ごくごく表層のしかもごくごく一部と言う事なんです。
でも、少しで深く掘る事によって、プレートの動きが分かって、

地震の発生などの予知に活用できるのではないか、と考えるでしょ。


そこで、海洋でのボーリングをする専門の船があって、その名を探査船「ちきゅう」と言いますが、
このちきゅう号が、南海トラフの様子を探りに、穴を掘り続けたのです。
ところが、やたら固い岩盤にぶち当たって、目標を達成できませんでした。
今月の8日に、海洋研究開発機構が、探査船「ちきゅう」で南海トラフの掘削を断念した、と発表したのです。
ま、正直、それがうまく行ったとしても、どこまで、地震発生の予知の精度を上げられるかは、疑問でしたから、
それほどがっかりする情報でもなかったのですが、
逆に、地球のガードの固さを知ったように思いました。
人間どもに、おいそれと懐をのぞかせないぞ、と言わんばかりでしょ。

 

とは言え、やはり、最大の関心事は、南海トラフ地震は、今後どのようになりそうなのか、
と言うことは何としても知りたいですよね。
ちなみに、もしこの10月までに南海地震が、想定している規模で発生したら、
当然ですが、消費税どころじゃなくなります。

 

そもそも30年以内に80%と言う確率を想定しているんですから、
これは、いつ起きてもおかしくない、と言う事でしょ。
ま、たとえて言えば、
30年、80%をそれぞれ具体的に表すとしたら、
まず、1年12か月として12枚のカードの山を作ります。
これが30個あるわけです。
この30個の山に、地震が起きるというカードが1枚入っています。
ただし、80%ですから、20%に相当する6個の山には、地震が起きないというカードだけが12枚あると言う事です。
さて、残りの24の山には、地震が起きるというカードが必ず入っているのですが、
これが何枚目に入っているかはわかりません。
そこで、30個の山のどれかを取ります。
で、上から、一か月経つたびに一枚めくります。
この時、地震が起きないというカードを引けばその月の中では起きません。
こういう風に、一枚一枚めくり、24の地震が起きるというカードが入っている山だったら、
その年の中で、地震が発生するという事なんです。
つまり、地震が起きない、と言う12枚のカードの山を運よく、6山連続で引き当てたら、
次の年の山には、地震が起きるというカードが入っているという事でしょ。
30年で80%と言うのはそういうことです。
やはりいつ起きてもおかしくないでしょ。

 

最近それらしき兆候も多々あるようです。
気象庁の発表によると、2月6日に石垣島近海(M4.7)、
10日に奄美大島近海(M4.8)、11日には紀伊水道(M3.7)。
震源の深さは、いずれも約40キロ。
つまり、フィリピン海プレートの境界に近い所で発生していて、
しかも深さが共通していると言うことは、
一枚のプレートが、ひずみをため込んでいる、ということになるんですね。

スロースリップなる現象も最近確認されています。
このスロースリップとは、地震発生の露払い的な位置づけがあって、
これも前兆に一つ。
地層掘削で、情報を集めようとしたのですが、
ま、それ以外でも、ちょっとやばそうな兆候がいろいろ出ているんですね。

 

正直その気になって、備えたほうがいいと思います。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
マンションの防災

また、今年も恵方巻きが大量に廃棄されましたね。

底の浅い食文化など、定着しないでしょ。

やぶ枯らしさんの言うように、共食いだったわけですから。

 

さて、今日のテーマ。

 

私は、父の逝去とともに、それまで松風町の住家を離れ、
紅谷町のマンションに移り住みました。

そこで、今までとは違う形態の生活が始まったのです。
第一は、隣人たちとのコミュニケーションです。
松風町では、父が地域活動と縁遠かったため、自治会の行事とかは不参加が前提で、
向こう三軒両隣も、公園だったり、マンションだったりで、ほとんど接触ゼロ。
家への出入りは、車が主体ですから、車で出てゆき車で戻る。
隣人と顔を合わせること自体が無かったのです。
ところがマンションに住んでみると、
玄関ロビーや、ゴミ置き場、エレベーターの中で年中顔を合わせるわけです。
それに、役員も連続してやることになって、

まあ、マンション管理に関して、中心的に携わっている人たちとは、親しくなります。
そんなこんなで、松風町時代に比べると、雲泥の差で、

隣人とのコミュニケーションが豊かに展開されるようになったのです。
これは、実にうれしい成果でした。

 

第二の変化は、防災に関することです。
それまでは、木造二階建ての家に澄んでいて、多少の庭もあったので、庭先にスチール物置を一基置き、
そこに防災用の備品やらを収納していました。
父と二人で、家の周りをぐるりと見ながら、もし倒壊するとしたら、

この家はどんなふうに倒れるだろうか、と予測したのです。

で、倒れても影響のなさそうな場所にその物置を置きました。
いざとなった時に、中のものを取り出せるようにです。
そもそもが私は長いこと防災活動をしてきているわけですから、

その防災備品に関しては、実に事細かに整備してありました。
発生が冬か夏かは分からないわけですから、夏シーズン中心の着替えと、冬シーズン中心の着替えと、
2パターン用意しました。
一次避難用のものをリュックに詰め、いつでも持ちだせるように一番手前に置き、
正に準備万端整えてあったのです。
当然ですが、家具類はすべて金具で固定。
家は木造ですから、十分にビスが効きます。
そこで、簡単、安価な方法で家具の固定をしたのです。

 

で、マンションに引っ越してみて、引っ越しの荷物の整理をしながら、かなりの防災備品が廃棄されました。
どう見ても必要ないんじゃない、ということです。
そこで、改めて、防災の知識として、私が学んできたことが、ガラガラと崩れたのです。
つまり、家が壊れるかもしれない、ということが前提の防災対策と、
家は壊れない、と言う防災対策が、全く異なる、と言う事なんです。
例えばです。
夏冬それぞれにシーズンを前提とした着替えの準備は、家が壊れなかったら、
箪笥の中にあるんですから、改めて持ちだす準備はしなくていいでしょ。
非常食に関しては、ある程度のものはストックするにしても、
カセットコンロのガスと水さえ十分に用意してあれば、先ずは冷蔵庫のもの、
やがて、乾物、缶詰と食べる素材の順番をきちんと計画立てれば、
食べるか食べないかわからないカンパンの缶詰を10個も20個もストックする必要はないでしょ。

さらに事前行動として、よく、被災後家族の集合場所を決めておく、なんてことも、
家が残っていれば、家に戻ってくればいいのだから、余計な予備行動は必要ないでしょ。
現金も、薬も、家にあるんですから、持ち出し品の中に入れる必要はないでしょ。
よく、防災用の持ち出し備品リストと言うのがあって、
いくつかのパターンがありますが、細かいのだと、およそ、50から60項目ぐらいが記載されています。
で、家が壊れる可能性がある場合、そのほとんどが準備すべきものとなります。
しかし、家が残っている場合は、その半分ぐらいで済むんですね。
要は、電気・ガス・水道の普及までどのように食いつなぐか、だけ考えればいいのです。
避難所での不自由な生活を想定する必要はないんです。

 

ただ、マンションにもデメリットがあります。
それは家具の転倒防止に関することです。
木造の家では、簡単に転倒防止金具で家具を固定できました。
しかし、マンションでは、壁の下地が石膏ボードの場合が多く、ビスが全く効かないのです。
したがって、市販のツッパリクンの類の固定器具で対応するしかないんですね。
でも、私はこれが確実な方法だとは思えません。
一つは、地震は発生地点が南か、東か、西か、確定的でないでしょ。
やってくる方角から、縦波横波がやってくるのです。
つまり揺れの方角が違うんですね。
したがって、ツッパリクンでも幅の狭いものは、初期の揺れで外れてしまう可能性があります。
つまり多少の幅がないと、時に外れる可能性があるということです。

 

そこで、これらの問題を考え、独自にcotyman7と言う固定器具を開発しました。
これは、3月10日の中心街で開催されるひらつな祭で公開しますし、
起震車で、実際に箪笥の転倒とともに、cotyman7の効果を実験します。
時間があったら、お越しください。

極めて優秀な固定器具です。

 

マンショでの家具転倒率のデータがあります。
これは、東日本大震災での記録なんですが、マンションは階が上になるほど揺れ幅が大きく、

ま、当たり前ですが、それによる転倒率が大きくなってゆきます。
そのデータによると、1〜2階・17%、3〜5階・24%、6〜10階・32%、11階以上47%です。
見事な数字でしょ。
上ほど転倒するということです。
家具の転倒は、阪神淡路大震災で直接死した5500人のうち、家具の下敷きになって死んだ方が10%、
およそ500人をこえる、と言うんです。
これは神戸の大学で、すべての被害者の死因を検視した結果だそうで、極めて信頼性の高いデータです。
つまり、家は壊れなくても死の可能性はある、ということですね。

考えれば、地震の災害から命を守るのは、壊れない家、倒れない家具の二つに尽きるんです。

 

ま、もう一つ、南海トラフ地震では、平塚海岸の押し寄せる津波は、

地震発生後30分到来し、その高さ4メートルを想定しているようです。
海岸地区の方は、これに対する対応も必要ですね。
心して準備しておきましょう。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
絶滅危惧種

生物多様性という言葉が登場し、
環境問題のキーワードとして理解されてきました。
この多様性とは、まさに言葉通り、

地球上の生命体は、38億年前に、原子生命体として出発し、

長い歴史の中で様々に変化・進化し、現在にたどり着いています。

多様性とは、この地球上での営みの中から得たさまざまな生命体の多種多様さのことです。

これが、著しい速度で、種が失われていってるのが現実で、

種の相互関係の中で種の存在を得ているという実態から、

多様性の維持は、我が身の問題である、と言うことなんですね。

 

しかし、現実的な見方をすれば、
過去、地球は5回にわたる生命種の大量絶滅を経験してきました。
およそ、4億5千万年前を第1回とし、直近(と言っても6500年前のことですが)
第5回目には、例の恐竜絶滅を伴う経験をしてきています。
言い換えれば、地球の環境は絶えず変化し、その変化の中で、劇的な変化、
つまりその時存在していた生物種がついてゆけなくなるような変化が発生すると、
バタバタと種そのものが絶滅してゆくのです。
逆に、今までありがたいことに、100%の絶滅が無かったので、
その大量絶滅が発生するたびに、時に20%ぐらい、少なくても5〜6%の種が生き残ったので、
次の時代には、この生き残りが次なる変化・進化をし、新たの種の繁栄を作り出してきたのです。
恐竜が絶滅してときには、哺乳類の先祖が生き残ることができました。
我らの先祖となったものです。

 

今や、ほぼ学説的に定着してきましたが、この時の地球環境の激変は、
メキシコのユカタン半島に、およそ直径11キロもの巨大な隕石が落下したことである、とされています。
この時の衝撃はものすごく、およそ1キロにならんとする津波が発生しただろうと言われています。
1キロと言うのは津波の高さのことです。
東日本大震災での津波の高さが、高いところで16メートル、と言うことから考えても、
高さ1000メートルの津波の威力がどれほどのものだったか、そのパワーは想像を超えていたはずです。
併せて、衝突の衝撃で粉じんが舞いあがり、これが大気の中をゆっくりと拡散し、

やがて地球全体を覆ってしまいます。
太陽の光が届かなくなって、多くの植物が枯れてゆきます。
草食系の動物が、先ず死にはじめます。
これにリンクして肉食系の動物も巻き添えを食って絶滅する種が続出します。


だったら、哺乳類の先祖だって絶滅の巻き添えを食ってもおかしくないわけでしょ。
ところが我らが先祖は生き残ったんです。
で、ここからは科学者の推論なんですが、
衝突の衝撃で、各地で火災が発生したり、いくつかの火山が誘発的に噴火活動が始まったり、と、
正にこの地上は阿鼻叫喚の状態だったわけです。
そして植物が激減してゆく。
さ、ここで生じた現象は、大気中の酸素の濃度が下がってきたのです。
つまり、従来の呼吸方式では酸素不足になってしまうというんですね。
ところが、われらが先祖は、横隔膜と言う機能を作り出していたようです。
これによって、薄くなった酸素でも効果的に呼吸に取り入れることができたのだ、とか。


ま、ともかく生物種は、環境の変化を前提にしていていますが、
ただ、その変化の速度はゆっくりとしか対応出来ないのです。
ですから実態としては、現状維持に無限に近い状況での機能を進化させてきたわけですから、
「現状」が変わると、これについてゆけなくなるんですね。
で、種の絶滅になってしまう。

 

今日、ネットのトップに、
「ワシ、タカ、フクロウなど世界各地にすむ約550種の猛禽類の52%で個体数が減っており、
18%が絶滅の危機にひんしているとの調査結果を
国際的な鳥類保護団体バードライフ・インターナショナル(本部・英国)などの

研究グループが21日までにまとめた。
日本でも34種中14種で数が減り、北海道のシマフクロウなど3種の絶滅危惧種も含まれている。」
と保護対策の強化を訴えたそうです。

 

つまり、いくつかの例外はありますが、保護対策とは、
彼らが全盛を誇った環境に戻すということです。
常識的に保護強化と言われても、その基本は彼らが進化してたどり着いた環境が大前提になります。
森林の面積、その森林が養ってきた彼らが捕食してきた野生動物の種と数。
単純にここが基本です。
ある一定面積に動物が棲息できる植物の種や木の実、木の芽、昆虫など、
例えばウサギや野鼠、リスなどが十分に繁殖できる森が必要なんです。
これが彼らのエサなんですから。
にも関わらず、人間は森を切り開き、小動物たちが生存しにくい環境に変えてしまいました。
ですから、今絶滅を危惧されている動物たちを、強制的に人間か保護し、

ある程度の種を繁殖させることはできると思います。
佐渡のトキのように、多少の種の数を維持することはできるでしょうが、
この方法は、限界があります。


やはり、大自然の懐の広さにはかないません。
ですから、保護の強化を求めるということは、このメカニズムを前提とするなら、
人工的な囲い込みをいかにするか、ということと同時に、
森の回復をしなくてはならないということです。
せめて、もうこれ以上、原野に人間が進出することはないという対応をしない限り、
彼らは次々と地球上から姿を消してしまうんでしょうね。


いささか悲観的ですが、もう、「このストーリーは誰にも止められない」のではないかと思います。
そして、いずれ人間の番がやってくるんでしょうね。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 12:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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