水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
大阪万博大丈夫か

南海トラフ地震に関して、
さまざまな防災関連機関が、予測数値を発表していますが、
おそらく、基本となるデータがあるんでしょうね。
したがって、どこかで一致した数値になるんだとは思うんですが、
覗きに行ったサイトごとに、微妙に違いがあるんです。

ま、それはともかく、
まず一番の不安は津波ですよね。


でもまあ、ここいらなんだろうなと言うデータによると、

我が平塚は、南海トラフ地震発災後、約30分後に
5〜6メートルの津波がやってくる、と想定すべきです。
もちろん、もっと低いことを願いますが、
いざとなって、用意した高さが想定外に高かった、なんてことで、
命が奪われるとしたら、意味ないでしょ。

 

いい例が、福島原発ですが、
科学的な見地での推定が10メートル越えの津波の可能性あり、
と、データを突きつけられていながら、年間6回もの対策会議を
専門家を交えて開きながら、防潮堤建設費をケチったために、
この会議の最終会議で、おそらくそういう事態は起こらない、
と、何とも意味のない結論をひねり出して、
この問題にけりを付けたんですね。

防潮堤の高さは、従来の6メートルのままでいい、と。
要因は金がかかることと、専門家の出したデータを信頼しなかったことです。
その結果はご存知の通り。
防潮堤建設費の1000倍近い後始末代を支払うことになってしまったわけです。
しかも、貴い命の犠牲を多く出してしまいました。


こう言う状態を正常性バイアスと言います。
自分に都合のいい状況を想定し、対応をおろそかにすることです。
いろいろ考えて、自分の考えが正しいと思いこむことです。


よく、大雨が降って、農家のおじいちゃんが畑が心配だから
ちょっくら見周りに行ってくる、と出かけようとする。
家のものが心配して、こんな雨のさなか、危ないからやめてくれ、と懇願する。
おじいちゃんは、この程度の雨が何だ、とばかり自分の判断が正しいと確信する。

過去の人生経験で、この程度の雨で、危険な状態になったことは一度もなかった、

と言うのが判断の基準になっているんです。
家のものがとめるのも聞かないで、長靴はいて、出かけてゆく。
しばらく帰ってこないので家のものが心配して畑に行ってみると、
増水した側溝に落ちて溺死していた、なんてことがあるでしょ。


これを正常性バイアスと言いうんです。

私達は、実は大半がこの正常性バイアスに引っかかっています。
私は、防災活動を長く携わってきました。
およそ20年を超えます。
この間のさまざまな活動は、結局、正常性バイアスとの戦いだったように思います。
災害と言うのは、基本的に他人事ですし、
専門家がいくら警告しようと、起きるわけはないだろ、と思い込みたいのです。


雷に打たれて命を落とす人は、日本国内では大体年間15人前後。
まあ、1億2千万から見れば、宝くじに当たるより少ない確率です。
だから雷と言う天災を甘く見る。
確率では非常に低い。
でもゼロではない。
その少ない確率が自分に該当するということは、ゼロに近いからゼロ、と考えるんですね。
そんなくらいですから、おそらく、このブログを読んでいる人の中でも、
雷への対応法の基礎的行動、と言うのを知らないと思うんですね。


一応ざっと説明すると、
高いもの、樹木とか、柱などが近くにあった場合、ほぼその高さの距離離れることです。
15メートルと目測したら、その根元から15メートル離れることです。
そして、爪先立ちでしゃがみ込む、これを雷しゃがみと言いますが、
この位置で、この姿勢でやり過ごすことなんです。
まあ、恐らく人生でそんな場面に遭遇するということは99.9999%ないと思いますが、
ないかもしれないというより、あるかもしれない、と言う選択の方が防災的見地では正解なんです。

福島原発が本当にいい例でしょ。

 

さて、そういう意味では、南海トラフ地震は、一応あるかもしれないを前提に想定すべきです。
なんてったって、30年間の中で発生する確率は、80%なんですから。

そんな前提で、ふと不安になったことがあります。
大阪万博です。

まあ、お喜びのところ、水を差すわけじゃないですが、
7年後ということですが、開催前に発災する可能性はゼロではないわけでしょ。
いざ発生すると、大阪は、そこそこの被害が想定されています。

まずは、死亡は7700人と言う予測。
これは阪神淡路を超える数です。
津波は1時間30分後に到達、その高さ4叩


ご存知でしょうが、予定の場所は海に突き出た埋立地、夢洲です。
ここに世界中の国のパビリオンを作ろうというんでしょ。
もしですよ、この開催期間に発生したらどうなるんでしょうね。
海の中に埋め立てたところですから、もろでしょ。
怖いですね。
開催期間中で、何万と言う人が見物中だったら、まさに地獄絵でしょ。

 

そんなこと言ってると、何もできなくなる、とか言われそうです。
ま、確かに。
でも、それって、正常性バイアスの一つなんです。
この正常性バイアスこそ、望ましい防災活動を足を引っ張っているんですね。

ただ、何事も起きないことを祈るしかありません。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
壊れない家を

一昨日は、紅谷町の住人、マンション関係の人たちを対象に
地震の勉強会を開催しました。
1時間ほどの時間でしたが、皆さんにお話をさせていただきました。
人に向かって話をするのですから、それなりに資料等を調べ直し、
自分の考えも付加して、中身を練り上げたのですが、
これまで、自分が考えてきたことを改めて再チェックをすることになったわけです。
そして、今までの想定があまかった、と反省しています。

 

また、今まで、FM湘南ナパサの水曜日午後1時半から、30分間
ナパサで防災、と言う番組の第2週と第5週を担当してきました。
第5週は3か月に一度は巡ってきます。
まあ、年で言えば毎月の12回と年4回を足した数が担当部分だったわけです。
たかだか年16回のことなんですが、
このテーマを決めるのも結構大変で、
さらには番組内で話す内容についてはあれこれ資料調べをしなくてはならず、
ある意味いい勉強になったのですが、素人にはいささか荷が重いかな、と感じていたのです。


そもそもこのナパサで防災と言う番組は、毎週水曜の1時半から定時で放送されていて、
第1週は、山田美智子さんが、SCNでの番組「地震その時あなたは」の音声を流す、
と言う企画になっていて、

防災番組なんで、同じ枠で放送しています。
で、第2週と第4週を渡辺豪さんが担当。
第2週と第5週を私が担当しているんです。


ところが、ここで、ちょっとしたアクシデント。
渡辺さんが、健康上の理由で、3か月ほど療養することになり、
取り敢えず一時降板という事になってしまったんですね。
そこで、ピンチヒッターで水嶋が担当せよ、と言う指令が、クラブから出されて、
盟友の健康回復のためならと、引き受けることになったのです。
つまり、第1週以外は私の担当になったのですね。
3と5だけでもふうふう言ってたのに、2・3・4・5となったのですから、
ちょっと緊張しています。
そんなにネタがあるのだろうか、と。

 

ただ、防災系、特に地震に関して言えば、驚くほど様々なデータが改定されていますし、
この世界も日進月歩で、予知のための対応がグレードアップされています。
もっとも、私達ど素人が、手に入れられる情報には限界がありますが、
まあ、その意味では活性化している分野ですので、
その気になれば、何とか短期間なら乗り切れるかな、という感じですね。

 

そんなこんなで、ちょっとばかり、

従来より地震に対する取り組みのバランスの比重が大きくなってきているのですが、
おかげさまで、新たに再認識という事が、出てきました。


それは、住居の耐震性という事です。
地震など防災の基本は、いかに緻密な想定をするのか、にかかっています。
言い換えれば、災害発生時、およびその後の復旧時における生活をどうするのか、
という事の想定が、防災の第一歩になるのです。
したがって、想定と言っても前提条件として、震源の位置、地震の大きさや、発災した季節、時間帯など、
実に多様ですし、それぞれによって、状況が変わってくるのです。
その一つ一つを緻密に想定しなければ、適切な備えが準備できないのです。
で、様々な状況を一つ一つつぶしてゆくと、
前提として、家が残っているのか、それとも倒壊してしまうのか、
によって、準備すべきことが、ガラッと変わってしまうんですね。


例えば、私自身のことで言えば、
松風町に住んでいたころは、昭和56年以前の建物でしたので、

家屋が倒壊するかもしれないという前提でした。
そこで、庭先にスチール物置をおいて、

そこに発災時の非常持ち出し品をぎっしりと詰め込んでいました。
基本的には、よく言われる持ちだし品と、防災グッズの類です。
で、紅谷町のマンションに引っ越してきたのですが、
このマンションは免震構造ですので、おそらく倒壊とか、住めなくなるとかはない、という前提になります。
そこで、住む家が無くなってしまう想定で、かつて準備していたのですが、
住むところは残る、という前提で想定すると、不要なものが出てくるし、

被災後の生活の様々なことに大きな違いがあることに気が付いたんですね。
例えばです。
昼間の発災を想定すると、家族はばらばらになっているでしょ。
お父さんは職場とか、子供は学校とか、お母さんは買物とか。
すると、家が壊れるかもしれない、となると、どこかに集合場所を決めておかなくてはいけない。
また、決められた避難所の場所を確認し、実際歩いて行って見る必要があります。
でも、家が残っているなら、そんな必要はないでしょ。
集合場所は我が家でいいですし、避難所に行く必要もない。
持ち出し品を詰めたリックサックもいらない。
組立の段ボールトイレも要らない。
ビニール袋と凝固剤があれば、トイレは何とかなります。
着替えを持ちだすこともない。
食事だって、冷蔵庫のものを整理しているうちに、数日は過ぎるはずです。
棚にしまってあったカンパンなど、食べることはないと思うんですね。


住む家が、残っているかどうかで、地震の対応は、根本的に変わってくるのです。、

つまり、防災の第一歩目の行動は、木造で耐震構造でない場合、
まず、耐震診断をし、必要なら耐震補強をすることなんです。
ここが改めて重要であるというのが、再確認したことです。
 

| 水嶋かずあき | 環境 | 04:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
道路緑化率

平塚には、街路樹の植えてある道が、近隣都市と比べて、多いのではないか、と思い、
その証拠を探したのですが、
データ上では、全国のベスト100にも入らないんですね。
データは、人口比とか道路距離比とか、結構さまざまな細かいものが含まれているのですが、
どんな部門にも平塚は顔を出さないのです。
県下では、横浜をはじめ、藤沢、相模原、横須賀など、
なんだかんだとランキングに入っているのですが、
それだけに、どうした平塚、という感じなのです。


種目別では、高木部門(3メートル以上)、中低木部門(3メートル以下)の二つ。
データ面では、道路距離比、人口比、道路面積比、などがあります。
ま、いずれにしても、いつも平塚のまちは車で走っているからそう思い込んだのか、
意外や意外、さほどでもなかったんですね。

印象としては、神戸、札幌、横浜、金沢、仙台など、
道路緑化の進んだ町だ、と感じていたのですが、
実際これらのまちはランキング上位。
印象とデータは符合していましたが、平塚は思い込みが強かったようです。

 

ま、それはともかく、時々、業者が剪定をしていますが、

作業が終わった街路樹を見ながら、どうしてそんなに枝を払ってしまうのか、
と思っていました。
これは私の好みなのかもしれませんが、
整然と剪定された木よりも、自然のまま、のびのびを枝を張った木の方が美しい、
と思っています。
その趣味で言うと、どうして平塚の街路樹は、ことごとく、短くしてしまうのか、
と疑問でした。
で、ある時、その周りをよく見てみると、電線が上を通っているんです。
なるほど、このまま伸びれば、電線に当たってしまう。
つまり危険回避として、樹高を制限せざるを得ないんですね。
よく見れば、幹ばかり太くて、樹木としては異様な樹高の低さです。
出来れば、それこそ仙台の街路樹のように、10メートルは優に超すような緑で覆うような街路樹が
この平塚にもほしいな、といつも思っていたのです。

 

でも、電線がそれを不可能にしているんですね。
だったら、電線を埋めてしまえばいいじゃないか、と。

市内にも、無電柱化の道があちらこちらに有ります。
まずは、紅谷パールロードのモール工事の時に、同時に無電柱化をしました。
電線を地下に埋設するのです。
これでまちの景観ががらっと変わったんですね。
普段は案外も見落としがちなんですが、そのほかの道路でも電線の地下埋設工事をしたところはいくつもあります。
花水の商店街、須賀へ行く駅前からの道、西紅谷、スターモールなど。
改めてよく見てみると、すっきりした街並みになっているんですね。
ところが、これが結構金がかかるんです。

 

誰が出すのか、となると、東電だって、自治体だっていやがりますね。

結局、そこそこ覚悟したうえで、無電柱化を進めるのですが、
このご時世ですから、計画すらおぼつかないわけです。

 

そこで、視点を変えて、そのまま地面に埋めてしまうという工法が、実験的に実施されています。

それは京都市。
電線や通信ケーブルを専用管路に入れずに

そのまま埋める新工法の実証実験を左京区の東一条通で始めるそうです。
実験は昨年に続き2回目で、この後5日間ほどかけて、前回埋めた通信ケーブルの状態を確認します。

 

この新工法は「直接埋設方式」といって、正に字の通り。
これだと、今までの管にいったん入れて埋設していたのと違い、
掘削面積が小さく、管路も不要なため、費用を大幅に削減できるそうです。
この工法は、無電柱化が進んでいる欧州の各都市で採用されてきましたが、
日本ではまだ実用化されていません。
まあ、こう言った斬新な事へは、日本のお役所は臆病ですから、
なかなか手を付けないんですね。

 

でもまあ、あの京都が始めるっていうんですから、これは結果次第では、一気に広まりそうです。
確かに、京都の街並みには、電線は似合わないですからね。

 

この工事には、専用の重機が効果的なんだそうで、
まだ日本にはないので、アメリカかどこかから借りてきて、
一応それで試験的にやってみる。
この地下埋設工事専用重機は、パワーショベルを使うより、5倍ほど早く作業ができるのだそうです。
まあ、簡単に言えば、掘削幅が狭くできていて、従来の日本の技術なら、
お茶の子さいさいでこの重機を作り出すことができるのではないか、と思われます。
ま、何はともあれ、電線が蜘蛛の巣のように張り巡らされた街並みが、
かなりすっきるすることが一日も早く来ることを願います。

 

そして、街路樹たちが、のびのびと育つ景色を楽しみたいものですね。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 18:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
防災活動の最強の敵

私は、およそ20年余り、様々な形で防災活動を進めてきました。

 

FM湘南ナパサが、1994年7月に開局しましたが、

これが大きなきっかけになっています。
その開局数か月前のことです。
前々から、当時の社長だった松上さんから、
ナパサ開局の準備を手助けしてくれ、と頼まれていました。
で、いつどのように手を出したらいいのか、判断できずにいたところ、
5月の連休の頃に、立ち上げを準備していたスタッフから、
現状では、多分うまくいかないと思う。
何とか参加してほしい、という、かなり切実な申し出があり、
では、と腰を上げたのです。

 

ともかく7月1日開局。
この開局を華々しくし、地域に大いに認知してもらいたい、
という事で、開局3日間の特別番組を制作することになり、
このプロデュースを任されたのです。
そこで、時間もない中、急遽スタッフをかき集め、準備に入りました。
ともかく知人友人には片っ端から声を掛け、ほぼ素人集団でしたが、
短期間でしたが、なんとか、このプロジェクトが動けるようになったのです。


で、いよいよ本番、7月1日のことです。
私達の番組はそれなりに分担して、放送が始まりました。
時を同じうして、ラスカ6階のホールで、開局記念式典が開催されたのです。
ナパサの株主でもあったので、この式典には出席いたしました。
この時、あいさつで登壇された、当時の石川市長が、
「これで、いよいよ我が平塚にも、防災の砦が建ちあがりました。」と言ったんですね。
わたしは、それを聞いていて、え、防災の砦?と思ったんです。


さあ、そんな心構えはかけらもなく、ナパサって、市民ラジオであることは間違いないけど
防災の砦だったのか、と、この言葉をしみじみと受け止めたんですね。


以来、防災という事が頭から離れることなく、
ナパサが防災の砦、足らんとするための、様々な活動に手を染めることになりました。
ナパサをお聴きの方は耳にしたことがあると思いますが、
ナパサでは、この24年の間、防災ジングルと言うものを、流し続けています。
ジングルとは、ラジオ局が、この曲はナパサです、という事を知らせるもので、
音だけ聞いているとどこの局か分からないといけないので、
ジングルでラジオ局の名前を告知するわけです。
いわば表札のようなものですね。


私は、年中流すジングルだからこそ、この局の存在意義を主張すべきだ、と考え、
防災の準備に必要なものを並べ、これをジングルで流そう、と歌詞を作ったんです。
で、そのジングルの歌詞は
「カンパン、現金、飲料水、ズックに軍手にヘルメット、
いつもの薬に懐中電灯、ラジオにナパサ」と言ういたって単純な内容です。
24年間、日に十数回流すとして、なんと10万回ぐらいは流れている、という事です。
もちろん、それ以外でも、防災系の番組にも関わってきました。
現在では、ナパサで防災、と言う番組で、
第3、第5の水曜日午後一時半から30分間、防災啓蒙の話をしています。

 

そんなことも影響しているんですが、
こと防災の情報には敏感になっていて、それなりに知識を詰め込んできましたが、
最近しみじみ思うことは、かなりの頻度で、情報が書き換えられるんですね。
例えば、神奈川に発生する恐れのある地震、となると、
5年単位ぐらい位で、数値が変わってきます。
また新たな指標のようなものが発表されたりします。

例えば、地盤に関する情報です。


以前から、地盤の軟弱度が、揺れに大きな影響を与える、と言われてきました。
しかし、具体的にどうなのか、という事は、大まかな概念ぐらいしか知らされていなかったんです。
ところが、全国の地盤についての細かい地区割りをした情報が出され、
これが大いなる参考になっています。
ま、簡単に言えば、揺れにくい地盤と揺れやすい地盤があって、その段階的な状況を
メッシュで示しているハザードマップが発表さたのです。
これによって、地震被害が起きやすいのか、少しはましなのか、が判断できます。
地盤が軟弱なら、何をさておいても耐震補強をすべきなんですね。
こう言うことが分かってきました。

またそれ以外にも、この24年間では、阪神淡路、中越、東日本、熊本、大阪北部、北海道胆振東部など、
死者を伴う被害が発生した大地震が次々と起きました。
そして、冷静に観察してみると、その都度経験値的なものが蓄積されていって、
地震に対する防災の社会的環境は驚くほど進化してきています。


例えば、阪神淡路で、通電火災と言いう問題が起きて、これに対する対応が進んでいます。
また、消防ホースの取水口のサイズが、行政単位ごとに異なっていたのが、統一され、
隣町の消防がやってきても、消防活動ができるように改善されました。
中越では、エコノミー症候群による死亡が相次ぎ、これらの対応が一般化されました。

 

さまざまな経験が最も生かされているのは、建築基準法の改定です。
1981年に、大きな改定がされて、耐震性の強化がなされましたが、
それでも不十分という事で、2000年に再改定。
しかしのこ新基準でも、まだ不十分のようで、最近では、新たなデータをもとに
より耐震性のある建物が作られるようになっています。

 

また、被災後のボランティア活動もかなり広く行われるようになり、
やってきたボランティアに対する対応も、効率的に行われるようになってきました。

ま、ともかく、建物の耐震性の向上、情報の伝達システムの強化、支援物資や、ボランティアの活用など、
かなり向上しています。

 

しかし、相変わらず一般市民は、まだまだ何とかなる、と言う防災上最大の障害である
正常性バイアス、という、自分は何とかなるという楽観的な認識が強く、
状況の進化と、認識のレベルが一致していないんですね。
もっともっと、基礎的な知識を広げてゆく必要がある、と実感しています。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 13:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
確率だけの問題じゃない

下手な猟師も数撃ちゃ当たる、と言うことわざがあります。
私が銃猟を始めた昭和40年頃は、まだ5連銃と言うのがあって、
私はそれを使っていました。
5発の銃弾を装着するんです。
で、獲物が出てくると、引き金を5回引けば、5発の弾が発射されるんですから、
なんだかんだと当てる確率は高いのです。
実際は、獲物は遠く逃げるわけですから、2〜3発撃つと、射程距離から離れ、
5発撃ち続けたことはありません。
でも、腕のいい人が使えば、そその限りではないと思うんですね。
そんなこともあって、昭和の終わり頃には、5連中は禁止されて、最大で3連という事になりました。
要は確率の問題ですね。
それと、資源保護の意味があったと思います。

話は変わりますが、先日、愛知県小牧市の民家で見つかった黒い石が隕石と確認されたそうです。
国内での隕石の落下は15年ぶりで、今後「小牧隕石」として学会に登録される見込みとか。
国内で52番目に確認された隕石となるそうで、
火球の目撃などある割には、石の塊として存在するのは案外少ないんですね。
屋根を突き破ったとかで、いい災難でしたが、
売れば修理代ぐらい出るのか、と思ったんですが、物によりけりのようで、
今回のものは、好事家が買ったとしても数万円程度、
グラム数百円と言うのですから500gのこの隕石では、修理代までは出ないようですね。
矢張り単なる災難でした。

屋根に天から降ってくるものが当たる確率なんて、極めて希少なことなんでしょうが、
これは自然のもの。
人工のものは、かつて打ち上げた人工衛星など、宇宙ごみとして、落下してくる危険性があるそうです。
およそ地上400キロぐらいから4000キロぐらいまでの宇宙空間に、
約20000個、10cm未満1cm以上のものは約50万個あります。
また、現在運用中の人工衛星は約1000個あり、運用が終了した人工衛星についても約2600個ありそうです。
これらは、要は宇宙ごみ候補で、いずれ地上に落下して来る可能性は大です。
とは言え、ほぼ燃え尽きると言われていますが、
内容によっては、地表まで到達するというものもあり、
いざ落下となると、夜中に屋根を突き破られることだってあるわけです。
ま、その場合、おそらく火災保険で適応できるだろうと言われていますが、
確率から言ったら、雷で命を落とすよりはるかに少ないわけで、
それこそ、杞憂と言っていいかもしれませんね。

かつて中国の杞の国の人たちが、空が落ちてきたらどうなるのか、
と、憂いたと言う話が、杞憂の語源ですが、
現代では、空そのものは落ちてはきませんが、空から、何やら落ちてくるという事になり、
ある種の杞憂も存在するかもしれません。

その中国で、2020年までに、照明用の人工衛星、いわば「人工の月」を打ち上げ、
街灯の代わりに都市部を照らし、電気代を削減するという計画があるのだそうです。
何とも奇抜なプランですね。
四川省成都市が開発中の「照明衛星」は本物の月と共に輝きくのだそうですが、
なんと、その光は本物よりも8倍明るいというんですね。
この第1号が成功すれば、2022年にはさらに追加で3機を打ち上げる予定と言いています。
この人工月は太陽光を反射し、街灯の代わりに都市部を照らすのだそうですが、
その対象は1機当たり50平方キロの範囲をカバー。
されれば、成都市の電気代を、日本円で約200億円節約できる見通しだという。
されに、災害で停電が発生した際にも、この衛星からの光が被災地の救助活動に役立つとそのリットを挙げているんですね。
まあ、滅多にありそうもないことですが、それはともかく、
宇宙空間を何の規制もなく使っている事とか、地域全体の夜が明るくなることによる
自然形態への影響とか、冷静にチェックすれば、限りなく多くのディメリットがあるように思えるんです。
根がポジティブなのか、注意力が散漫なのか、想定する力がいい加減なのか、
こうした計画を本気で考えるという事の身勝手さは、最近の中国の特有のものですね。
何より、平塚市の面積は67.8平方キロですから、
この人口月が真上にあっても、いいとこ平塚市全体にしか恩恵がないんですね。
妙に非効率的だと思いませんか、
そして、我が街も、我が街も、と言い始めたら、
日本の10倍に人が住む、中国の上空は人口月だらけになってしまいそうです。

月って、風流な存在として認識されていますよね。
花鳥風月とか雪月花とか、自然への畏敬の念とともに、美しい存在として認識しているわけです。
いくら8倍の明るさがあるとか言っても、なんかちょっと違和感を感じる計画ですね。

そのうち、杞憂が本当になってしまうかもしれません。

| 水嶋かずあき | 環境 | 08:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
野生動物への洞察

私は、自然科学系の番組が好きなので、よくナショナルジオグラフィックを観ます。
CSのチャンネルの一つです。
略称・ナショジオは、車の改造とか、飛行機事故とか、その他いろいろとジャンルがあるのですが、
その中でも、野生動物の生態を追う、と言う内容のものが、私は好きなんですね。
野生動物を通して、今の、地球が置かれている現状を垣間見ることができますし、
動物たちの生態から、人間としての振り返りができますし、
こう言う番組を制作する人たちの情熱とか、ご苦労を知ることができるんですね。

 

野生動物と言うのは、

そもそもが備えている先天性の情報判断能力だけで生きているようなものです。
確かに、一部動物の中では、子どものころから狩りに参加させ、

大人になって食い扶持に困らないような教育的な行動をするものもありますが、
基本的には、DNAとして継承してきている生物体としての形質と、
状況判断のシステムをフル稼働させて、生きているんですね。


例えば、草食動物の一種なら、群れて行動することが有利であるという判断をします。
逆に、ライオンなどの肉食動物に襲われるのは、群れから離れた時が一番危険なんです。
ですから、群れようとするDNAを持った個体が生き残るわけで、
その資質が継承され、結果として群れるようになるわけです。


さらには、肉食動物に追われた時、逃げおおせる脚力があるものが、生き残る。
したがって、その種の草食動物は、足が速くなってゆくんですね。
ところがそのままじゃあ、今度は肉食動物は、何かと逃げられてしまうので、
それに負けない脚力を身に付けないと、生き残れない。
で、足の遅いやつは餌を得られないので、鈍足のDNAは継承されにくくなるんです。


ま、逃げるも追うも、競い合っているわけですね。

 

私達の概念に、種の維持、と言うDNAがあって、それに応じた行動をしている、
と考えがちですが、どうもそうとばかりは言えないようなんです。
確かに、種と言うのは、ある一定の固定数が確保できないと、絶滅に向かってしまいます。


確たる基準ではないようですが、そのめどはおよそ500個体数と言われています。
500を切ると、なんだかんだと絶滅への道を歩み始める。
逆に、500を維持すれば、繁殖の可能性があるんだそうです。
ですから、絶滅のそのボーダーを何とか維持することが、

自然を好きに破壊してきた人間の償いの仕事の一つなんですね。


ちなみに、私達現生人類のことをホモサピエンスと言いますが、
このホモサピエンスはアフリカ大陸の北の方で発生した、と言われているんです。
で、当然ですが、種として、その数を増やしてゆくのですが、
なんかの要因で、生活領域を移動することになったんですね。
他の種の人間に追われたのか、食料調達がうまくいかなかったのか、
自然現象とかが影響したのか、ともかく、種として確立してから、
居住区を南に移し、今の南アフリカ辺りまで南下します。
この時、どうも個体数は500そこそこまで減ったらしい、という事を言ってる学者先生もいます。
つまり、ホモサピエンスは、絶滅寸前のところまで追い込まれた歴史があるんですね。
いやあ、この時ちょっと間違っていたら、私達は今存在していないんですね。
まさにこう言う事って奇跡でしょ。


こう言ういくつかのドラマチックな出来事があり、その一つ一つの艱難辛苦を乗り越えてきたわけですね。

で、ホモサピエンスは、それから校回復をし、アフリカ大陸を北上し、
さらには、アラビア半島をへて、世界各地に散らばってゆくわけです。
当然、この日本にも渡来し、南方系と北方系のホモサピエンスがまじりあって、
今の日本民族の基礎を作るわけです。

で、人類の今日の栄華の基礎には、様々な経緯があるんですが、
その他の動物の各種は、自然環境に恵まれれば繁殖をしますが、
なんかの拍子に、時に絶滅に向かうわけです。
極めて脆弱な基盤の上で種が成立しています。


ですから、総体的に見ると、動物は種を維持するためのDNAを持っている、と考えがちです。
もちろん種によっては、種の維持をしようとしている種もいますが、
実はそれほど一般的ではないんです。


例えばライオンです。
集団を率いている雄ライオンが老齢化すると、若いライオンにリーダーが入れ替わります。
この時、新たなリーダーは、自分の子どもでない子ライオンは、ほぼ、かみ殺してしまいます。
種の維持ではなく、個のDNAの継承が優先するんです。
種の維持が優先するから、同種を殺すことはないでしょ。
このように動物の種によっては、しばしば同種を殺す、と言う行動をとります。
これは、単独の種はもちろん、群れで生きる動物たちにとっても、ありうることなんですね。

 

さて、人間はどうなんでしょうね。

こんなに同種を殺すという動物はあまりいませんね。

つまり、どうも人間は、そういうDNAを持っている動物なんでしょうかね。

悲しいことですが、その意味では、人類に平和は縁遠い話なのかもしれません。

殺し合いとまでいかなくても、せめて、もっと仲良くできないのでしょうか。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
テラフォーミング

テラフォーミングという言葉があります。
家で言うなら、リノベーションです。
中古住宅を、より快適な住環境に再生する事を
リノベーションと言いますが、これの惑星版がテラフォーミングです。


ここで、惑星の環境を再生するというのは、地球の事ではありません。

可能性としては、火星ですね。
この火星を、人間が住めるようにその環境を変えてしまおう、という事です。
どのようにやるのか、どの範囲なのか、そのコストはだれが負うのか、
また、その火星にはだれが行くのか、
さらに根本的な問題として、なぜそうするのか、など、
どうもわからない事ばかりです。


地球以外の惑星に移住してみようというテラフォーミングの発想は、
きっと、人間が大空を飛び回る、という夢をかつて持ったことがありますが、
どうもこれに近そうなんですね。
要は夢です。


大空を飛ぶという場合、様々な要素から、技術開発がなされ、
ライト兄弟の挑戦から始まって、なんだかんだと実現してしまいました。
しかし、このテラフォーミングの場合、いかにもとてつもないことでしょ。
それこそ中古住宅のように骨格が使えて、
壁や床、多少の間取りをいじるという程度ですが、
火星の場合、根本的な作り変えになるはずです。
まずは大気を作り出さなきゃいけない。
大気は薄く、いわゆる気圧と言うレベルでは
地球の100分の1だそうです。
成層圏を超えるところまで大気はあるのですから、
それこそ窒素やら酸素やら炭素やら、大気を構成しているものをどうやって、火星の地表に作りだして行くのでしょうね。
それも火星に存在する物質を使ってです。
さらには、
重力だって地球と同じというわけではないのです。
およそ地球の3分の1。
この違いは、おそらく大きな障害だと思うんです。
現在の重力が前提で、今の私たちの骨格や筋肉が作り出されてきたので、
重力の違いは。現状の人間の肉体では長期にわたって考えると、
耐えきれないのではないかと思うんですね。

 

逆に、地球が今の3分の1の重力だったとすると、さまざまな生物の進化を想定した場合、
今の動物たちのような、手足があって、頭があって、胴があって、と言う形態は異なっていると思うんです。
今の人間とは全く違う形態の動物が誕生していたはずです。
この違いを、火星でカバーできるのか、という事です。


そのほか、放射線被ばくや土壌の過塩素酸塩や過酸化物など有害物質も存在するそうです。

 

ざっと、地球での生物の進化を考えてみましょう。
生命体そのものが地球に登場したのは、40億年とも38億年とも言われていますが、
これはいわゆる原子生命体のことで、シアノバクテリアなど、単細胞の生命体に過ぎませんでしたが、
これが、ほぼ7億年前ぐらいまで続くんです。
つまり、30億年かけて、次の段階に進化するきっかけを得るんですね。
これは多細胞型細胞になることです。
このきっかけはいわゆるコラーゲンと言う物質を作り出したことで可能になりました。
つまり今の生物の基礎がつくれるまでに、長い時間がかかったという事です。
ここで、一挙に生物的な外見が多様化します。
そして、何回かの生命体の絶滅期を経験しながら、そのたびに、大きなステップアップをします。
で、およそ4億年前に、それまで海の中でしか暮らせなかった生命体は、
動物植物とも、地上に進出します。
これは今までも海からの脱出を図ってきましたが、
紫外線とか、放射線の類のいわば殺人光線が地上に降り注いでいたので、陸での生活ができなかったのです。
ところが、植物系の生命体が、光合成で酸素を作り出し、これが徐々にたまってゆき、
やがれ成層圏にまで届くようになり、ここでオゾンを作り出したので、
これによって、紫外線などの大半を除去することができるようになり、
生命地の基本であるDNAが保護されるようになったのです。
つまり、私達が今こうして地上で生活できるのは、
オゾンが、殺人光線のバリアとして機能しているからなんです。

 

火星には大気そのものがないんですから、火星の地表に降り注ぐ殺人光線をどう防ぐんでしょうか。
まあ、夢物語を語る人たちはいても結構なのですが、
どれほど他の惑星への移住が困難な事なのか、
どれほどコストがかかりうことなのか、
さらに重要なのは、誰が行けるのかでしょ。
このプロジェクトの原点は、地球が住めなくなったら、という事が前提です。
現実に、70億人を送り込むことはできないはずです。
という事は厳選された誰かが移住する。
大半は過酷な環境に変化しつつある地球に残される。
この問題が最大の問題でしょ。

 

こんな、テラフォーミングのために、つまらぬコストを掛けるなら、
現在、壊れつつある環境を、何とか元に戻すという事にエネルギーを転嫁すべきでしょ。
もっとも、このテラフォーミングは、どう急いでも200年以上かかる、と言われていますので、
私達は、すでにいない人間なんですけれど。

| 水嶋かずあき | 環境 | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
スーパーモンスターウルフ

野生動物による、農作物の被害、また人間への直接的な被害などがしばしば報じられています。
農作物の被害と言うと、猪とか鹿。

人間への被害と言うと、熊とか猿。


千葉では、キョンが大繁殖をして、農作物を食い荒らしているようです。
キョンより大型の在来種の鹿もあちらこちらに出没し、植林した木や、農作物の被害が出ているとか。
中には、島と島を繋ぐ橋が完成したら、その橋を渡ってやってきて、畑の作物を食べてしまうそうです。

猪の被害に至っては、もう枚挙にいとまがないくらい。
最近、猪がかなり泳ぎ達者という事が分かってきたようで、目撃例によると、30キロぐらいは泳ぐそうで、
四国の瀬戸内海では、島にいた猪が、香川に渡り、沿岸の地域で被害が出ているとか。

 

また、女性ばかり襲うというヘンタイ猿が大暴れしたとか、

北海道ではヒグマが人家付近をうろついているとか、その様子がニュースで流れたり、しています。
さらには、いまさらニュースにもならないのでしょうが、カラスの被害は、

有効な対抗策もなく、ほとんど仕方ない状態になっています。

 

ま、ともかく、野生動物と人間が、なかなか仲良くできないで、
こちらが強いと、絶滅に向かわせますし、あちらが強いと、さまざま被害が生まれます。
要は、人間対野生動物の争いなんですね。
そもそも、大自然の法則では、何らかのバランスを図る機能が働き、
多少の増減はあっても、それなりに共存してきたはずなんです。
大事なのはバランスなんですね。
言い換えれば、アンバランスになると、一挙に不都合が生じてきます。
特に、人間にとっての不都合です。


そこで不都合を解消するために様々な方法がとられてきました。
その一つ、不都合な野生動物の駆除をするのに、天敵の野生動物を当てるという、
いわば、天敵作戦と言うのがあります。
ところがこれがなかなかうまくかない。

 

一つの例です。
奄美とか沖縄の島々では、毒蛇のハブが生活を脅かすことが多く、悩みの種でした。
彼らがどれほど悩んでいるかと言うと、北谷に住んでいた友人から聞いた話です。


住まいを新築する時は、周囲の藪を切り払うそうで、そこにいるかもしれないハブに対しては、
異常なくらいに警戒をするそうです。
たまたま、1辰阿蕕い瞭譴落ちていたとすると、瞬間的に飛びのいて、ハブかどうか確認をし、
そうでないと胸をなでおろす、とか言ってました。
サトウキビ畑の収穫などは、ともかく、ハブがいるかどうかを警戒しつつ作業をするとか。
私達が想像する以上に、彼らは悩まされてきたわけです。


そこで、マングースに目が付けられました。
マングースはインド原産で、コブラの天敵として知られています。
ジャコウネコ科の雑食獣で、主にネズミや鳥、昆虫などを食べるんですね。
1910年、インドから輸入された21匹のマングースが沖縄本島に持ち込まれます。
まだ、明治の頃は、ハブの毒を消す血清がなく、かまれると死亡につながるので、
ハブの被害は深刻な問題だったのです。
そこで東大の先生がマングースに注目、ハブと戦わせる実験を行いました。
マングースはハブにかまれても死ぬことはなく、最後はハブの頭に食いついて、見事にしとめたのです。
で、早速、ハブ退治として沖縄本島に導入されたわけです。
しかし、結果として、これは失敗に終わりました。
マングースは、確かにハブと対決したら勝てるのですが、
マングースにしてみれば、それは厄介な話で、何もよりによってそんな敵と戦うことはないわけです。
それよりも、ニワトリやアヒルを襲って食べたほうが、ずっと簡単でしかも成果は大きい。
で、結局ハブ退治には成果を出せず、今度はマングースの被害が広がってしまったわけです。


よくよく考えてみれば、ハブとマングースの、限定された場所での戦いだったわけですね。
正に、ボクシングのリングの上での戦いだったわけです。
マングースもこれは本気になって戦います。
たとえば、ボクサーがリング上で戦うことを、いつももそうして、

そのへんを歩いている人を殴るか、と言えばそんなことをしないでしょ。
マングースだってそうです。
いつもはいつもの過ごし方があるんですね。
ま、ともかく、今度は、マングース退治に躍起になっているわけです。


奄美大島でも、同じ経験をします。
奄美大島は、ある時期、10万匹以上のハブが生息し、人間や家畜が受ける被害は沖縄以上に深刻だったのです。
で、1979年、対策として30頭ほどのマングースが放たれました。
それから、自然繁殖を繰り返し、現在推定生息数1万頭と言われています。
特に、奄美王島特有の野生動物に深刻な被害が発生している、ということです。
地域の事情がありますが、それぞれに微妙なバランスで、動物相が形成されているのですが、
これが、ちょっとした力が加わると、バランスを崩し、繁殖する動物と、衰退する動物に分かれるのです。

北海道からしばしば、熊や鹿の被害が伝えられますが、
その大本は、日本オオカミが絶滅したことで、生態系のバランスが崩れた、と言われています。
このオオカミは、言うまでもなく、人間が滅ぼしたのです。
でも、考えようによっては、もしオオカミが現存していたら、それはそれで、人間が飼っている家畜が襲われたり、と、
それなりの被害はあったとは思いますが。

 

ま、そういう意味からも、実は、こう言う種別のせめぎ合い、たとえば動物同士、人間と動物という具合の
バランス化は、絶えず発生していることで、ある局面を私達は見ているのに過ぎないのです。
大自然の大きな法則と、生命の循環を法則を考えれば、

この地球上では、人間の一人勝ちなんですから、

多少のおこぼれを動物が得ても、仕方ないことではないか、と思います。


とは言え、農家にとってみれば、農作物の被害は直接収入に関わってくるので、どうにかしろ、と言うでしょうが、
少なくとも、現行の法律では、安易な駆除方法で対応できないのが現状です。

そこで、さまざまな方法が開発されている様ですが、
“スーパーモンスターウルフ”と言うのが登場しました。
まあ、一種のロボットなんですが、

先ずはその外見はオオカミで、その形相は牙を剥き出して、恐ろしい顔つきをしています。
センサーで、動物が近寄ってくると、吠えたり、大きな音を出したり、スピーカーが鳴ります。
これでイノシシなどはびっくりして逃げ出すそうですが、ちょっとした欠点がありました。
センサーの反対側の方向、つまりこのオオカミの背中側にはセンサーが効かないので、
スーパーモンスターウルフの背後では、結構堂々と畑の作物を食べているのだそうです。

まあ、改良すれば済むことなんですが。
野生動物も、なかなか一筋縄ではいかないと言うことですね。
当たり前ですが、彼らだって命がけなんですから。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
地震予知

これだけ科学が進歩し、様々な観測危惧を駆使してもなおかつ、
地震の予知は、まだまだのようです。

 

言うまでもありませんが、地震は、地殻の変動で発生します。
その変動の要因は二つ。
一つは、プレートと言う地球の表面を覆っている地殻で、
タマゴで言えば殻の部分です。
このプレートは地球の表面を数十のグループに分かれて覆っています。
ちなみに、日本列島は、西からユーラシアプレートと東からの北米プレートの大陸プレートと、
東南からの太平洋プレートと西南からのフィリピン海プレートの海洋プレートの
4つプレートの上に乗っています。
で、地震の最大のメカニズムは、このプレートが地球内部の熱によって、
少しづつ動いていて、プレートの境で、押し合いへし合いがあり、
その圧がたまると、どこかひずみを解消しようと、
地殻の一部が破壊されるのです。
プレート境での地震です。
東日本大震災はこのメカニズムで発生しました。

 

もう一つは、活断層で発生するもので、
これは、プレート同士の押し合いで地殻全体に圧がかかるため、
プレート境周辺に限らず、陸地の内部で発生する崩壊で、
熊本や北海道胆振東部の地震などがそうです。
そもそも活断層と言うのは、プレート圧によって、
ひずみがたまったところが、かつて崩壊した履歴を持っている地層のことで、
いわば地震を起こしたことがある、と言う地層の傷痕のことです。
そもそもそうなりやすい状況なわけで、
したがって、活断層とは、今後も何かというと崩壊する可能性があるという事です。


平塚にも、高麗山周辺、日向が丘周辺、岡崎から伊勢原へ向かう3つの活断層が確認されています。
もっとも、よく言われていますが、これら分かっている断層は、
なんだかんだと地面の上から見えている範囲で、
隠れ断層のようなものは、無数に存在しているかもしれない、と考えるべきです。

さて、したがって、日本列島と言うのは、安心できる場所なんか、
ほとんどない、と言っていいでしょうね。
であるがゆえに、地震を予知するという事は、重大なテーマなんですね。

 

そもそも、地震の予知と言うのは、3つの要素を満たす必要があります。
一つは、何処で、です。
震度7クラスの地震でも、50キロ離れるとその揺れは半減します。
震度で言えば、5弱とか4クラスです。
100キロ離れれば、さほどの被害は無く、
震度で言えば、3とか2クラスに減少します。
ですから、何処で、といいうのは重要なんですね。
基本ピンポイントに近い予測ができなくては意味がありません。
神奈川県のどこかでは意味がないんですね。

 

次に規模です。
どのくらいのエネルギーなのか、という事です。
これはマグニチュードと言う数値で表現されますが、
7とか8とかの地震が問題なわけです。
ちなみに、マグニチュード2以上の地震は、日本では、年間2万回以上発生しています。
そして、マグニチュード4以上となると700回ぐらい。
つまり、小さく、さして被害も発生しないような地震は、
年がら年中発生しているわけです。
ですから、地震予知は、マグニチュードで言えば、7とか8クラスの地震について求められているわけです。
このクラスの地震になると、建物被害、人的被害が発生します。
時に、ライフラインに被害が生じ、地域全体での生活に大きな影響を及ぼすようなことになりがちです。
まあ、時に前兆として、マグニチュードの低い地震が発生し、
これを軽んじて見逃し、そのあとで、大きな地震が発生した、という事もありますから、
小さいエネルギーだから雑に扱っていいと言うわけではありませんが、
生活する市民にとっては、やはり、マグニチュードの大きさは重要なんですね。

 

そして3つ目は、いつ、です。
そのうち、とか、30年以内に80%なんて数字は何の意味も持たないのです。
30枚のカードがあって、その中にジョーカーを混ぜたとします。
で、これを切って、伏せて、上から一枚づつめくってゆきます。
ジョーカーが出たら地震が即発生するとします。
で、今年はどうかな、と恐る恐るめくります。
ジョーカーが出なければラッキーでしょ。
こうやって、一枚一枚、30年分をめくって行けば、
いつかはジョーカーを引き当てるわけです。
さて、地震学者の優れた方々が、30年後までに80%と言いましたが、
今のカードをめくるやり方だと、30年後までに100%という事が条件でしょ。
つまり、確率としての数字で言うなら、厳密には38枚のカードが必要という事です。
まあそんな屁理屈はともかく、
今年はどうか、という前提ですから、一年間と言う不明確な時間帯になります。
例えば、2019年はどうか、と言う事は何の役にも立たないでしょ。
42キロ走ったって、ゴール寸前で抜かれれば優勝は逃します。
つまり、せめて、数日前までの精度が必要でしょ。
あと三日以内に発生するとか、です。
ここが大体だと、予知とは言えません。

 

整理しましょう。
どこで、どの大きさで、いつ発生するのか、という事がそれぞれ明確にならないと地震の予知とは言えないのです。
よーい、ドン、と走る前の体制づくりは、二段階で待ち構えていました。
このよーい、とドンの間がもし、一か月、時に半年と空いたら、
おそらく一般の市民は、間が取れないと思うんですね。

現状では、関係者は躍起になって努力はしているんですが、これと言った精度を得られない。

ですから、地震の予知に関しては、私達は頼ってはいけないんです。


大事なことは、予期することなく発生することを前提に、準備をする、という事が、
改めて重要である、と思います。

| 水嶋かずあき | 環境 | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ハト・カメ・サイ・シカ

いまさらですが、多くの種が絶滅したり、絶滅の危惧が持たれたりしています。

 

有名なのが、リョコウバトです。
大きさは、よくその辺で目にするハトとほぼ同じ、40センチぐらい。
そもそもは、アメリカ大陸に生息していて、南北に渡る鳥で、
移動のための時期が来ると一斉に舞い上がり、

その群れの多さは、太陽の光を遮った、と言われるほどたくさんいたんですね。
1800年、北アメリカ全土で、50億羽いたとされています。
これが一斉に移動するんですね。
きっと壮観だったでしょうね。
しかし、この鳩は、うまい鳥と評判がよかったので、プロのハンターたちに、大量に撃ち落され、
塩漬けにして、樽に詰められ、全米各地に送られたんだそうです。
まあ、いい商売になったんでしょうね。


リョコウバトの欠点は、こうなると旨い肉であったことのほか、
一回の繁殖期に一個しか卵を産まないので、
繁殖力としては、弱かったことがあだになりました。
したがって、人間と言う天敵が現れた途端、急激にその数を減らしてゆきます。
1800年に50億羽いたハトも、

1896年にはオハイオに、わずか25万羽の生息数が確認されていましたが、
なんとその10年後の1906年には、野生としては絶滅します。
ゼロです。
飼育下にいたものも、生殖力が弱いので人工的な増殖ができなく、
要は時間とともに数を減らしてゆきます。
そして、1908年に7羽が生存していましたが

1910年にはいよいよ最後の一羽になってしまいます。
この鳥はマーサと呼ばれていました。
マーサはなかなか長寿で、推定ですが25歳ぐらいではなかったか、と言われています。
ま、いずれにしても1914年にはこのマーサも死んでしまいます。


要は、人間に食べられてしまったので、リョコウバトは地球上から姿を消したのです。

 

ピンタゾウガメと言う種類のゾウガメがいました。
ガラパゴス諸島のピンタ島に棲息していたものです。
このカメも食用に捕獲され、その数を減らしてゆきます。
1971年、たまたま発見されたピンタゾウガメで、何処をさがしても、他に仲間はいないので、
このカメがピンタゾウガメの最後の個体という事で、
ある意味世界的に有名になったのです。
その名は、ロンサム・ジョージ。
一人ぼっちのジョージという事です。
わたしは、ロンサムジョージの存在を、なんと、ゴルゴ13で知りました。
ストーリーは覚えていないのですが、ロンサムジョージが登場したことだけは覚えていました。


このロンサムジョージも、2012年に息を引き取りました。
推定で、100歳ぐらいだったらしい、とのことです。
このゾウガメも、人間に食べられたので、絶滅してしまったのです。

 

最近、キタシロサイの最後のオスがお亡くなりになったとか。
哺乳類ですから、オスがいなくなるという事は、いずれ種が絶滅するわけです。
メスは2匹いるので、このオスの精子を冷凍保管して、
採取した卵子と人工授精させ、この受精卵をミナミシロサイの雌に、借り腹しようという計画が進んでいます。
まあ成果が上がるかどうかは分かりません。
なんとか、そのDNAは継承させようという事なんでしょうね。
このキタシロサイが絶滅に追いやられたのは、
その角が漢方薬として引っ張りだこで高価な取引が行われ、
そのため密猟が絶えなかったようです。
要は、密猟者の欲に殺されたのです。

なんだか、さみしい話ですね。
腹を満たそうと、結局人間たちに殺されてしまった動物たちが多く、
いったん金になるとなると、あっという間に絶滅の道を歩むんです。

 

千葉の勝浦市で2001年に閉園した大型観光施設「行川アイランド」の管理不十分なことで、
飼っていたキョンが逃げ出し、周辺で大繁殖しているとのことです。
キョンは中国南部や台湾に生息するシカ科の草食獣で、体高は最大約50センチ、体重は10キロぐらい。
要は、ミニ鹿です。
この逃げ出したキョンは千葉県南部を主なすみかにしており、
農作物などに被害が出ているというんですね。
推計生息数は2001年度末に約千頭だったのですが、
その後増え続けて11年度末に約1万8100頭、17年度末に約3万5900頭と、爆発的に増えています。
県と自治体は駆除に取り組んでいて、昨年は、3475頭を捕獲。
しかし、メスは早ければ生後半年前後で妊娠、出産するため、捕獲数を上回る勢いで増加しているのだそうです。

で、こう言う場合、いかに捕獲するか、も問題ですが、
捕獲したものをどうするかによって、捕獲のテンションが変わるんですね。
つまり、捕獲後の利用法がまだ十分に確立していないことが問題なのです。


とは言え、この鹿の皮を活用して商品の開発も徐々に進んでいるようです。
ちなみに、よく車のふき取り用に、一時、セーム皮を使いましたが、
このセーム革と言うのは、鹿のなめし革のことですから、
利用方法は、ありそうでしょ。
で、その肉なんですが、キョン肉は台湾で高級食材として扱われ、

角や骨は漢方薬として珍重されているという話ですが、
これも、ルートを開けば、消費のニーズはありそうでしょ。
出来れば、日本で独自にシカ肉料理を開発、広めればいいと思うんですね。
食べた人の評価は、おいしいとのもと。

 

今日は、キョンのしゃぶしゃぶだ、なんて言うのもありでしょ。

なんだかんだ、人間の欲に結びつけば、3万頭ぐらいあっという間でしょ。
50億羽のリョコウバトを100年でゼロにした人間ですから。
キョンぐらい何てことないはずです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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