水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
ゴミの分類

我がマンションでは、一階の一部がゴミ置き場になっています。
で、それこそ24時間、そこにごみを持ち込んで捨てられるので、
自分の都合で、ごみが捨てられる、と言う実に快適な条件が与えられています。
それまで、松風町に住んでいたころは、ゴミカレンダーがキッチンの横に貼られていて、
それに従って、今日は燃えないゴミだとか、粗大ゴミだとか、指定された日に分類されたものを捨てていました。
うっかり、日にちを間違えると、次のチャンスまで、手元に置いておかなくてはいけない、など、
ゴミ捨てのための生活サイクルがあったような気がするんです。


でも、ありがたいことには、マンションでは、それが無く、
たまったらいつでも捨てられる、と言うのは、なかなか素晴らしいことなんですね。
実際、引っ越してこのシステムを知り、マンションの利点に一つになっている、と思いました。

 

で、このごみ捨て場に、時々、違反ごみが捨てられることがあります。
ま、おそらく知らないために、うっかり捨ててしまったんだと思うのですが、
まあ、ゴミの主は、その程度の神経の持ち主ですから、
このゴミは捨てられません、とかの貼り紙をしても、捨てた本人にはなかなか伝わらないようです。
例えば、布団の類は、何十センチかに木ってなければいけない、とか、
バッテリーの類は捨てられないとか、そもそも、行政が収集するごみの内容以外のものは、
ここでも、捨てられないのです。


で、時々あるのですが、ペットボトルをそのまま捨てる人がいるんですね。
一応のルールとしては、ラベルをはがす、キャップは別にする、という、シンプルなルールなんですが、
これが守れない人がまれにいるんです。

で、なんだって、こんなに分類するのか、と思ったら、
捨てられたごみのその後の流れがあって、
これの流れをスムースにするためにも、ある程度の分類が必要なんだ、という事が分かったのです。

 

中国が、資源ごみの輸入を禁止しました。
これは、資源に活用するために、ゴミの分類をしなくてはならないのですが、
ゴミの内容によっては、しやすいものとしにくいものがあって、
時に、雑に処理すると、結果として、環境を汚している、という事につながるんですね。
つまり、おおもとで、丁寧に仕分けしてあれば、再資源化しやすいのですが、あれこれ混在したままだと、
えらく手間がかかる。
今までは、それも仕事と、受け入れてきたのですが、目に余るような混在状況だと、
さすがに二次的なごみとして排出されてしまうんですね。
これで、中国の環境は汚染されてきたそうです。


で、世界の各国からゴミ処理場のように中国に輸出されてきた資源ごみを、
受け入れない、と、いう事になりました。
それまで中国では、およそ1500万トンの資源ごみを受け入れていたのです。
日本からは、143万トン出していました。
では、行き先のない、この143万トンをどうするのか、という事でしょ。

 

そもそもの資源ごみは、主に三つの方法で再生されています。
ちょっと専門的になりますが、先ずは、
マテリアルリサイクルというものです。
これは、廃プラスチックを溶かし、もう一度プラスチック原料やプラスチック製品に再生する方法で、
コンテナ、ベンチ、土木建築資材、シートなどに再生されます。
ただこれには、分類がかなり高度に進んでいないとできません。
二つめは
ケミカルリサイクルというものです。
廃プラスチックを化学的に分解するなどして化学原料に再生する方法で、
モノマー・原料化、高炉還元剤、ガス化、油化などで、これンp主体は、工場などで出る廃材料が主で、
これも廃プラスティックの純粋性が高いものと言うのが条件です。
第三が、サーマルリサイクルというもので、
廃プラスチックを焼却して熱エネルギーを回収したり、固形燃料にする方法です。
固形燃料化、セメント原燃料化、廃棄物発電、熱利用焼却などがあります。
まあ、ざっくばらんに言えば、分類が雑で、混在しているものがある場合、
大体、燃して終わり、という感じです。
ゴミ焼却炉などで、補助的な燃料として使われることがあるようです。

 

という事で、日本国内で処理しきれない資源ごみが、
143万トンあるという事ですから、逆に、相当レベルの悪い分類が要因ではないか、と思いますよね。

ストローの規制問題が出てきて、後を追うように、一般論的にプラスチック製品の制限が出てきています。
海でのマイクロプラスティックなどが警鐘の要因になっていますが、
実は、私達の身の回りから、
不要なごみが、コントロールされずに投棄されているということでしょ。

こういう事が問題になるって、何もワールドカップの競技場の清掃だけでなく、
大きな環境問題として、一人一人の心がけの集積である、という事の表れですね。

ま、せめて、ごみ出しの基本ルールは守りましょ。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ストロー犯人説

何やら、プラスティック製のストローが悪者になっているようです。

最近にわかにクローズアップされたものが、マイクロプラスティック(MP)。
これは、投棄されたプラスティックが海洋を漂流し、
太陽光や、海水などで分解され、小さな粒にばらされて、海水中に溶け込む。
これを魚介類が、餌などと一緒に捕食し、魚などの体に残る。
もちろん何らかのダメージがあるのではないか、という疑念は払しょくできていません。
で、さらなる問題は、これらの魚介類を人間が捕食し、
ぐるりと回って、人間の体内に蓄積された場合、これまた、何らかのダメージがあるのではないか、
という話です。

そもそも自然界にないものが、環境の中に溶け込んでしまうということ自体、

大きな問題なわけです。


マイクロプラスティックは、きめの細かい砂粒ぐらいのサイズのもので、
海水中から取り出されたものは、
さまざまな種類のプラスティック。
当然着色されたものは、もともとも製品になった時の色を持っていて、
見様によっては、結構きれいな砂粒、と言った感じなんですね。
で、実際、どの程度の問題を抱えているのか、
という事は、まだ具体的なデータにはなっていないので、
多分、体にいいわけはない、という前提で、問題提起されているのが現状です。


もちろん、だからと言って、この問題を軽視しているのではないのですが、
よく理解できないことは、なぜストローなのか、という事です。

 

もともと私はストロー嫌いで、直接グラスから飲むタイプなんですね。
もっとも、クリームソーダなんては、
直接飲もうとすると、アイスクリームが、先ず口元に来るので、
この場合はストロー派。
まあ、その場その場ですが、ストロー派いるはずで、
ここにきて規制の動きに関しては、どう対応するのか、という事なんですね。

 

ま、とりあえず、2020年辺りを目途に、大手の飲料チェーン店は、
ストローを廃止する、と言っています。
ざっと、プラスティック製品より紙製の方が、単価的には5倍ほど。
ま、1円対5円と言う感覚です。
この4円の差は、企業的には大きい。
だから、切り替えると言っても、きっとなんだかんだとその対策に時間がかかるだろう、と思います。

 

そこで、まず消費者としては、ストロー辞退をすればいい。
逆に、店としては、ストローをお使いになりますか、と聞けばいい。
最近、スーパーでは、レジ袋が有料になったり、

買い物袋持参の場合、若干のポイントを付けたりと、レジ袋をむやみに使わない傾向があります。

ま、これと同じですね。

多分、当初は客は怪訝な顔をするだろうけど、
海洋汚染の一助として、ストローの使用を控える運動ご理解ください、
とか付け加えればいいわけでしょ。

ま、どうしてもという方は仕方ないけどね。

 

私は、かつて環境問題への取り組みで、
竹の箸運動と言うのを平塚市料理飲食業組合で展開したことがありました。
そのころは割り箸がかなり大量に使われて、

地球の樹木を無駄使いしている、と非難された時期があったのです。
そこで、では、木の箸よりはましだろうと、竹の箸を使う運動を展開しました。
で、第二段階で、この使った箸を活用して、竹の炭を作り、これを各店舗で、お客様に提供する、
という事までしました。
ま、現在ではこの事業は中止しましたが、理由は、
置き箸に切り替わったところが多くなってきて、飲食店で割り箸を使うことが激減した、ということです。
振り返れば、あっという間に、置き箸になったんですね。
当初は衛生的な面、あとは客の気分の問題として、置き箸がいいのは分かっていても
なかなか切り替えられないんじゃないか、と思っていましたが、
思いのほかやってみれば抵抗がなかったんですね。
そこで、竹の箸も含めて、割り箸の消費が激減したわけです。
竹の箸の炭も、原料不足になってしまったというわけです。

で、事業は中止となったのです。

 

ま、この経験から、ストローもきっとあっという間に次の手段に変わるだろうと思います。

私達が子どもの頃は、ストローとは、まさにそのもの、麦の穂が使われていましたね。
両切の麦の穂が、いくらか束になっていて、その中から一本取りだし、
いわゆる飲み物を飲むストローとして使っていました。

十本に一本ぐらい割れていて、いくら吸っても吸えないものもあったりしましたが、
これはこれでご愛嬌。

で、いつの間にかプラスチックになってしまったのですが、
逆に、麦の穂からプラスティックに変わったように、

プラスティック以外のストローへの切り替えは何てことなくできるものだと思います。

第一候補は、紙のストローでしょうが、

なにも、提案したように、使うかどうか、という事も重要なことではないか、と思うんですね。

 

そもそも、ストローが目の敵のように取り上げられた要因は、
たまたまウミガメの鼻の穴の中にストローが刺さっていた、と言う映像が、

ネット上に流れたことがきっかけだったと思うんです。
だって、マイクロプラスティックの大本は、ストローを規制したぐらいでは解決できません。
むしろ、他のプラスティック製品、ボトルなどの方が、圧倒的は比率のはずでしょ。

まあ、ストローを使うかどうかより、ゴミとして、海洋投棄しないことが第一でしょ。

 

海洋の平均的なプラスティック汚染の数値では、
日本近海が27倍、という圧倒的な汚染度なんですね。
日本自体の廃棄もあるとは思いますが、

海流に乗って、中国、東南アジアから流れ込んできている可能性は大です。
ストローのようなちまちましたプラスティック製品より、
もっと大きなものに対する規制も考えるべきでしょうが、
やはり根幹は、ゴミ処理の在り方に帰結するのではないかと思います。

 

これも大事な環境保護なんですから。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
食い止められるのか、温暖化

いくらか暑さが和らぎましたね、とお隣さんとあいさつしたものの、
今日は台風接近で要注意。
この台風も前代未聞のコースをたどっているとか。
正に、異常気象に振り回されっぱなしです。

 

日本で記録的な猛暑が続いていますが、
世界各地も異常な高温に見舞われているそうです。
アメリカのカリフォルニア州や北アフリカで50度以上を観測したとか。
今朝のテレビのワイドでは、アメリカのデスバリーからの中継がありましたが、
屋外の温度計では、50度越えの数字は表示され、
レポーターは今にも倒れるんじゃないか、と思いました。
何しろ、眼の前の炎にあおられた状態がずーと続くんだそうです。

驚いたのは、北欧の北極圏では30度超えを記録したそうです。
もう、世界的な規模の灼熱の地球と言うわけでしょ。


そりゃそうですよね。
地球温暖化、と言うのは、地球全体の問題なんですから、
どこもかしこも異常気象だらけなわけで、日本だけじゃないというのは、当然なんです。

 

さて、この温暖化の問題は、すでに30年ほど前に兆候があって、
このままだとまずいぞ、という事で、
先進的な知見を持っている人たちが警鐘を鳴らしたのですが、
これがなかなか多くの人たちには届かない。

たまたま、環境問題を手掛けていた私は、できる限りの資料を集めてみたのですが、
しょせん素人のやることで、なかなか的確なデータを得られなかったのです。
でも、まあ、何かしなくては、と思い、
我が店で、発行していた舟平かわら版と言う月次の刷り物を
客席に置いて、お店の情報とともに、環境問題の啓蒙をする一文を掲載し続けたんですね。
私が、ちょうど40歳を迎えた年のことです。


環境問題に関する世間の認識は遅々として進まず、
随分と歯がゆい思いをしたものです。
その後10年ほどすると、急に風向きが変わって、
地球温暖化、と言う環境問題の側面が大きく取り上げられるようになってきました。
もっとも顕著だったのは、企業の広告などに、

「地球にやさしい」という商品のコピーが使われるようにあったことです。
この「地球にやさしい」は、見様によっては、言い訳がましいことで、
少しはましでよ、て言う程度でしかありませんでした。
つまり、なんだかんだと、それまでよりのものより、

地球環境を損なう程度が低くなっています、と言ったところですから、
地球にやさしいと言いつつ、まだまだ地球をスポイルし続けたのです。

 

初期の環境問題に、オゾン層の破壊と言うのがありました。
これは、成層圏にオゾンと言う層があって、
宇宙からやってくる有害光線をシャットアウトする役割があったんですが、
これが破壊され、紫外線をはじめ多くの有害光線が、地表まで届き始めたわけです。
このままでは、生物のDNAが破壊されてしまい、
人間にも、大きな影響が出てくる、と懸念されたのです。
そこで、その原因を調べたら、フロンと言うガスが影響しているらしい、と。


特に、工業系産業界では、万能の液と言われ、さまざまな工程で使用されていたのです。
また、冷蔵庫やクーラーなどの冷媒として重宝されていたので、
これを使用禁止、という事になりました。
そこで、代替えフロンが開発されたのですが、
オゾンを壊さない代わりに、地球温暖化を促進するものだったんですね。
温室効果ガスは、主に二酸化炭素、メタン、代替フロンなどのこと、
とその三悪人の一人としてリストアップされているくらい、
この代替フロンもまた問題児なんですね。

あちらを立てればこちらが立たない、という状況なんです。

 

ま、それにしても基本は二酸化炭素、CO2が主犯のようです。
このCO2が怪しい、となったのは、ハワイのマウナロアが大気中のCO2濃度を測定し、
その濃度の上昇とともに、地球の平均気温が上昇している
とその因果関係を公表したことに始まります。
この図表の見方は学者先生によって異なり、
その異なった意見が、いまだに対立をしていて、
一部の学者は、地球温暖化は一時の現象に過ぎず、全体としては氷河期に向かっている、
などと主張する人もいます。

ま、これは専門的な見地の結論ですから、素人には、ああそうですか、と言うしかないのですが、
たとえ、CO2と、地球温暖化の因果関係が無かろうが、
現実に、地球全体の温度が上がってきているんですから、
主犯はだれであれ、犯人は分からないまでも、人ひとりが殺された殺人事件が発生した、
と言った事実は事実なんですね。

 

にもかかわらず、この、CO2主犯者疑惑説に乗じて、
アメリカはパリ協定を離脱し、
より産業活動のしやすい条件を保持しようとしました。
まあ、稀代まれな先見性の欠如した大統領が登場したものです。

北極圏が30度と言う状況一つ見ても、いや温暖化は進んでいない、と言えるんでしょうかね。
出来ればこの大統領を一日、デスバレーに放置してもらいたいものです。

 

ま、いずれにせよ、今後はこのままでは今より悪くなりそうです。
子や孫が平穏に暮らせる環境が確保できることを、
ただひたすら祈るばかりです。

| 水嶋かずあき | 環境 | 12:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
平塚の洪水ハザードマップ

3年前の7月の私のブログに、平塚市における洪水の心配を書きました。
で、その心配は、解消に向かっているのかと言うと、
先日の西日本洪水の被害状況を見ていると、
やはり他人ごとではないな、と。

 

一番の心配は、金目川水系の付近です。
金目川の水源は秦野の山中で、ここを出発点としています。
この金目川の水系は、そもそもどんな構造なのか、整理してみます。


基本になるのは、金目川、下流の名称は花水川ですね。
この本流たる金目川は、秦野市内の中小の川や沢が流れ込み、
平塚市内に入っては、土屋の山中から流れ込む座禅川があります。
そして、秦野街道沿いに南に向かい、
上平塚あたりで鈴川と合流します。


鈴川は、大山の阿夫利神社よりちょっと北当たりの山中が水源です。
この鈴川は、伊勢原の丘陵地帯を水源としています。
さらに伊勢原の丘陵地帯を水源とした渋田川があります。
で、同じく伊勢原市内を水源とする歌川があり、
これが横内の西北あたりで渋田川と合流します。
で、この渋田川は、鈴川と御殿の西あたりで合流し、
その500メートル下流で金目川と合流します。
さらにその下流200ほどのところで高根川と合流した河内川が金目川に合流します。

 

なんだかよく分からないでしょ。
ざっとフローにしてみます。
歌川→→↓
渋田川→→↓
鈴川→→→→→↓
金目川→→→→→→→→→相模湾

座禅川→↑ 河内川→↑

という事です。
さ、ここで問題なんですが、この合流地点の状況です。
真備町の小田川と高梁川の合流地点で問題が発生したように、
大山や秦野盆地、伊勢原あたりに降った雨が、各河川を増水させ、
さらに、金目川沿いの広い水田地帯の雨が一挙に金目川に流れ込みます。
これらの合流点が、上平塚辺りなんです。


平塚市の洪水ハザードマップによれば、この地域は浸水3メートルとか、5メートル。
秦野街道を走ってみればわかると思いますが、
あの金目川沿いの土手は、ただ、盛り土してあるだけで、
越水(川の水位が土手の高さを超えること)した場合、
単に浸水地域が広がるだけでなく、
その外側部分がえぐられ、土手の崩壊につながりかねません。
少なくとも、素人目にも、そのような構造のような気がするんですね。
となると、あの、倉敷市の惨状が再現されない保証はないな、と。

 

さらに問題は、この合流点の東側に市民病院が建っているのです。
ここは、浸水5鍛楼茲任后
市民病院の傍らには誕生池がありますが、
これは1808年の台風の時に出水し、
その時出来た水たまりが、誕生池になったと記録されています。
つまり、水は低きに流れますから、
市民病院は、池ができるような低い所に建っている、と言う事です。
可能性として、2〜3メートルでの水没したら、市民病院は、
全く機能しなくなるはずです。

そうなったらどうするのか、というのは、以前から気になっていたのですが、
市民病院の入り口のすぐ左側に、何やら、守衛さんが詰めているところがあります。
きっと、コンピューター関係の器材があるところではないか、と思うんですが、
ここの入り口に、防水用の柵のレールが取り付けてあって、
きっと、水が出てきたら、板を差し込みつつ、
水の浸入を防ぐようになっているのだと思います。
もし出水したらですよ、どうも構造的に、ここ以外は浸水しそうですね。

何かのついでに病院に行った時に、注意して見てください。
ホント、あの程度の設備で大丈夫なんでしょうか。
私は大いに疑問です。

 

ま、それ以外でもあのあたりが水没したとなると、
それは結構大きなダメージになるんでしょうね。
まずは、出水した時、どこに逃げるのか、
事前にシミュレートしておくことが重要です。

長持に住んでいるわが娘に、先日こんこんと説明をしました。

何しろ、いかに生き残るかですから。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
老いては子に従え!

生老病死。
なぜ生を受けたのか。
なぜ老いるのか。
なぜ病むのか。
なぜ死を迎えるのか。

これはお釈迦様が、人生の中で、どうしても解けない大きな疑問だったので、
それを解きほぐすために、
当事シャキ族と言う部族の王子で、結婚をし、子どももいたのですが、
その真理を求めて、居城を出た、と言われています。
いわば悟りを求めた、というわけです。

 

で、与えられた命の意義をどのように理解し、いかに生きるか、
という事が基本なんですが、
動物の宿命として、命の後半は、ポスト生殖期と言われ、
見様によっては、種の維持だけを観点に考えると、おまけの命になるわけです。
そのおまけの部分に、老があります。
これは少なくとも現代の科学で解明されているのは、
DNAが劣化するからです。


よく、リボンのように螺旋で長い紐をDNAの模式図として見たことがあると思いますが、
あの、DNAは、自分の寿命が尽きる前に、次代のものを作り出して、
そのDNAのリボンに、自分が持っている情報をコピーするのです。
この時に、裾の部分がほどけて、若干の情報を失うんですね。
ですからこれを繰り返してゆくと、
当初の精度が劣化してくる。
例えば、皮膚の部分一つとっても、赤ん坊のころに与えられていた情報は、
幾分か劣化するので、肌の張りとかみずみずしさは失われてゆくのです。
老化と言うのはそういうメカニズムになっているので、仕方ないことです。
DNAと言う命そのものを司っているおおもとの情報が、
劣化してゆくんですから。


で、ま、ともかく、どうして老いるのだろうか、お釈迦様は疑問に思ったのです。
この「老」は、ほぼ「病」に直結します。
体のさまざまな機能が劣化してゆくんですから、
体力も衰えますし、内臓の諸器官の機能も衰える。
ま、考えられないような、障害が突然現れるわけです。
私が5年前に発症した重症筋無力症も、
お釈迦様の時代だったら、死に直結していたと思うんです。

多くの人が、幼少期に命を失い、成人として生き残ったにせよ、
さまざまな環境の変化で、人は命を失ってきたはずです。
特に、医学的な知識も技術のなかった大昔では、何やらよく分からない症状で人が生気を失う。
ただ、周りは見守るだけで、手の施しようがない。
そして、愛する人を失って行くのです。
「老」は「病」に直結し、しばしば「病」は「死」に繋がってゆくのです。
言い換えれば、ポスト生殖期を迎えたお年寄りは、かなりの確率で死に接している、と考えるべきです。
これは縁起悪いとか、不吉だとか、精神論で超えられる問題ではありません。
現実なんです。

 

我がかみさんのお父様、私の義父という立場の人ですが、
このお父さんと、私たち夫婦は同じマンションにいて、
朝ごはんと夕ご飯を一緒に食べます。
食後しばらくうちの居間でテレビを見たり、本を読んだりと、リラックスしていますが、
それ以外は自分に部屋に戻ったり、ぶらぶらと出かけたりします。
主に、散歩とパチンコです。
年齢は94歳。
で、驚くことに、一切病気がないので、医者に掛かっていません。
当然ですが薬も飲んでいません。
私は、20歳も若いのに、机の引き出しは、ああだこうだと、
処方してもらった薬の山です。

 

確かに、90過ぎても、ぴんぴんしている人もいます。

しかし、大半は、その内側に劣化したDNAによる肉体を抱え込んでいるのですから、
見た目だけでなく、「老」は、その先の死に近い位置にあるわけです。
ですから、普段日常はともかく、
何かというと「老」は「死」に直結しがちです。

 

今回のような水害でも、やはり高齢者が犠牲になります。
現在判明している死者のうち、年齢が明らかになっている141人のうち、

60歳以上が100人で7割を超えたのです。
年代別では60代が25人、70代が37人、80代が29人、90代が9人。
要因別では、土砂崩れに遭ったとみられるのが71人、
川の氾濫(はんらん)に巻き込まれたり水路に転落したりしたのが59人、
状況不明などその他が11人。
つまり、特に高齢者が多く巻き込まれる要因は見当たらないでしょ。
土砂に埋まってしまうことに年齢は影響しないでしょ。
濁流にのまれてしまう確率に、高齢者が多いという要因もないでしょ。
でも、多くの場合、死は、高齢者を選択するんです。

 

今回の水害の状況をテレビニュースで見る限り、
正常化バイアスが年を取るほど顕著になるようです。
中年のせがれが、一人ぐらい父のもとに駆けつけ、
早く避難しと、と言いますが、年を取った父親は、
言う事を聞きません。
大丈夫だ、と。
死ぬぞ、と言うと、おれは死なん、と言い張ります。
結局は説得されて家を出ますが、
その時はもう胸まで水に浸かっているんです。

 

今まで無事に生きてきた、という、正常化バイアスを作用させてしまう、
年寄り独特の自負が正常な判断を狂わせるんですね。

体力の衰えもさることながら、
判断力の衰えもあるという事を、よく認識すべきです。
老いては子に従え、ですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
要はお金

まあ、十分に想定されていたことですが、
早くも、支援する側とされる側の判断の乖離が生じてきました。


日本人の心の温かさだと思うのですが、
多くの人が支援を申し出る。
でも、それは基本的に支援側から言えば、出来る事であって、
受ける側のやってもらいたいこととズレがある、という事なんですね。
ボランティアにしてもそうです。
出来ることとしてもらいたいことの仕分けがうまくできない。
そこで、不適切な組み合わせで現場に向かうボランティアだって出てくるわけです。
ですから、ボランティアとして支援をしようとする場合、
まずは、相手のニーズをよく聞き取り、極力それに沿った活動をすることです。
体の細い女性に力仕事は頼みません。
当然ですが、現場では、それなりの適性を活用しようとするものです。
しかし、時に、ボランティアの善意が優先して、
現場でのニーズとマッチしない場合が出てきます。
この時は、遠慮なくそれぞれがミスマッチを認めるべきですね。
でないと、せっかくの善意が損なわれてしまいますから。

 

政府のプッシュ型支援と言うのを聞いて、
悪くない、と思いました。
しかし、この被災地への支援と言うのは、
ニーズとのすり合わせをしないまま行われる可能性もあるわけで、
この時、無用のものとなってしまうのです。
例えば、臨時トイレとかで考えてみると、早すぎても遅すぎてもダメなんです。
早すぎれば、汚物の処理はできないのに、使われては困ります。
かといって、避難所の人数が膨らみ、
平常時で、その数が足りなければ、これはこれで困ります。

支援内容と物資に関しては、実はジャストフィットしていないと、
遅くても早くても、少なくても多くても、意味がなくなるんです。

中越の地震の時に、十日町に出かけて行ったのですが、
この時、中央の避難所のようなものが、体育館に設置されていました。
そこに、東京のさる製パン会社から、菓子パンが山のように届けられていたのです。
私が行ったのは、被災後6日目。
もうこの時すでに、菓子パンで腹を満たそうという人はほとんどいませんでした。
例の、箱の横に企業名が書かれたプラスチックの大きなトレーが山積みになっていて、
そこには、ご自由のお取りください、と書かれた紙が貼ってあるのです。
でも、誰も取ろうとしないのです。

 

で、その日の、夕方にかけて、山形のどこぞのまちから、
炊き出し隊がやってきて、直径2メートルほどの大なべで、
芋煮鍋を作り始めたのです。
皆ハッピをまとい、チームワークも抜群で、手際よく仕事をしていました。
その、司令官的な立場の人が、
大声で、指示を出し、味の調整をするのです。
そして、やぐらに組んだ鍋の中を、大しゃもじでかき回していました。
見様によってはこれそのものがある種のイベントなんですが、
これに避難所にいた多くの人が遠巻きになって見物し、
いざ出来上がると、まさに長蛇の列を作って、ボールに芋煮を入れてもらっていたのです。
山積みになった菓子パンのすぐ横でです。


実は人間は、贅沢なようですが、被災後1週間もすれば、
食べたいものも、非常食的なものから脱却し、
一時の腹ふさぎのものでは満足できなくなるんですね。

こういう変化をいかに予測するかです。
でないと、良かれと思ってしたことが、ちょっとのずれで、
大きなお世話になってしまうんですね。


言っちゃあなんですが、日本はこれらの自然災害の経験則は、世界でも有数でしょ。
しかし、なかなかそれらの経験が生かされていないと思うんですね。
これは、国がとかの問題ではなく、一般市民のレベルでもそうです。
特に国においては、状況を整理して、どの時点でどのようなものが支援としてふさわしいのか、
ちょうどいいタイミングで支援できるような情報を、
もっとしっかりと国民に知らしめることですね。

 

倉敷市では、他地域からの支援申し出の受付を一時停止しました。
それでなくても混乱のさなかです。
それに輪をかけるように、日本中から善意が押し寄せてくるのです。
おそらく、被災後の日数、復旧状況、現場のニーズなど、すべての条件を、

よく知らずしての支援です。
本来、現状にマッチさせた支援が必要なんですね。

 

で、結論的に出てくることは、「要はお金」なんです。
私は、今まで、東日本の時に、飲食連合会の全店で義援金を募り、
250万円を集め、熊本地震では、100万円を集めました。
人の善意と言うのはあるんです。


今回も、「要はお金」と言うことではないか、と思います。

分かりやすい話でしょ。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
結局は住民の防災意識

西日本豪雨災害は、台風などの災害を除けば、
最大級の被害をもたらせている、と言っていいと思います。
まさかここまで、多くの地域を巻き込んでの惨禍になるとは思いませんでした。
今日の昼ごろで、犠牲者は134人、そして依然60人の安否が不明となっています。
ざっと、200名からの犠牲者となると、記憶にないくらいの規模です。

 

そして不思議なのは、広島の被害者数の多さ。
テレビを見ながら、多くの人は、そういえば広島って、以前も土砂災害で、
多くの犠牲者を出したことがあった、などと言う会話をしたことと思うのですが、
たしかに、マサド(真砂土)の問題も絡んでいるとは思いますが、
結局は、過去の経験を生かし切れていなかった、ということではないですか。

 

被害もない、よその地域からとやかく言うのも気が引けますが、
災害が発生するたびに、
過去の経験がどれほど生かされてきたか、といいう反省が行われます。

これは、そこの住民に対する意味もありますが、

つまるところは、政策的な対応がどのぐらい進んだか、という事です。
これは、地方も中央もともに、反省が次の対策に生かされたか、と言うことです。

 

地震に関しては、建築基準などの強化により、
住んでいる家が倒壊しない、という条件は強化されていると思います。
しかし、水害に関しては、その発生源が多いことと、
比較的、地方の2級、3級河川が、その原因になりがちなこともあって、
なかなか問題解決能力がレベルアップしてきません。

 

特に、水害の特徴として、時に、予見できたはずの被災地域の特定も、
なかなか、後手、後手になりがちで、
情報の処理的な問題で、犠牲者が多くなったことは、大いに改善すべきです。


50年に一度の大雨について、このブログでも触れましたが、
5キロ四方の地域の切り分けをしたうえで、

過去50年間に、その地域に降った雨量が算出されていて、
これが基準で、50年に一度と言う算出をしています。
これは雨がどのぐらい降ったか、です。
しかし、降った雨がどうなるかまでは、計算されていません。


そこで提案なんですが、

地域を子キロ四方のメッシュに割るのではなく、

山の峰による分水嶺ごとに区分し、

その地域の水は、ここに流れてゆく、と言うことを

一つの単位とすべきだ、と言うことです。


どんな小さな山でも、分水嶺があるはずで、
この分水嶺を基準に、雨がどこに流れるか、という条件を設定します。
さらに、森林がどのぐらい覆っているのか、などの土地の保水性、
また河川の排水能力、地盤の特性など、
およそ考慮できるさまざまな条件を数値化し、
それこそコンピューターで計算させれば、
どのぐらいの雨量で、どの地域が危険になるか、
と言うデータは作れると思うのです。


つまり、どのぐらい雨が降るかによって、それぞれの地域の水害発生率のようなものが、
事前に把握できている、という事です。

これは予測ですから、現在降り始めから24時間たって、累積でこのぐらいの雨量になった、と。
したがって、今後、何時間で何ミリの雨が降った場合、危険度が上がってくるので、
非難しろ、と情報を出せるわけです。


漠然としたある地域の降水量、ということではありません。
分水嶺によって区分された地域なのですから、
これは、その一定の地域全体での雨量を考えるわけです。
多分相当複雑な条件をいれないと計算できないかもしれませんが、
まあ、少しばかりの予算を取れば、人命をもっと救えるはずです。
素人ながら、何か対策は取れないのか、と考えた上の提案です。

 

今回、政府は被災した自治体からの要望を待たずに、
国が判断して支援物資を送り届ける「プッシュ型支援」を強化するとのこと。
例えば、被災地での支援では、
これまでは避難所にエアコンを設置する場合、
国と自治体で費用負担の割合や、撤去は誰が行うのかなどを
あらかじめ調整してきたのだそうです。
しかし、これをしていると、予算の実効性が欠けるので、
まずはともかく、必要な処置をする、
調整はそのあと、という事で、「プッシュ型支援」と言うのだそうです。
これは結構なことですね。
いわゆるお役所仕事をいかに避けるか、
といいう一種の危機管理に関する対応性が、より現実的になったという事です。

 

ま、これは結構な話ですが、今回もやはりいくつかの問題が露呈しました。
それは、情報の伝達において、受け手の方が、ゆるい意識があったという事です。
いつでも防災はこのゆるい意識との戦いなんです。
危ないから河川に近づくな、と言ったって、

大丈夫と言う正常性バイアスが働いて、危険な所に一歩進んでしまう。
まあ、なかなか難しいのですが、
矢張り、防災は、ここの何とかなるという楽観的な意識との戦いになるわけですね。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
驚くほどの犠牲が伴いました

1991年、長崎県島原の普賢岳が噴火、
その取材をしようと、避難勧告領域の中に侵入したマスコミ関係者を主に、
地元の消防団員など、43名の犠牲者を出した大火砕流が発生。
当時は各報道に大きく、取り上げられました。


私は、この報に接し、そんな危険なところに人が住んでいる、
と言う事の矛盾を感じたのです。
大自然は、実に気まぐれで、
その気まぐれの隙間で私達は生かされてきたのですが、
時に人間の傲慢で、そのボーダーラインを一歩踏み込んでしまう。
するとそのしっぺ返しを受ける。


正に、火山のふもとと言う、危険な環境なんですから、
出来れば、そこには住まない方がいい。
とは言え、暮らしの拠点をその危険なところに構えざるを得ない事情があるわけです。
それは、時に、火山が持っているメリットとして、

肥沃な大地を構成し、温泉なんか湧き出れば、
その利点を活用した生活ができるので、
多分、それなりの理由があったのだと思うのですが、
あのような、悲惨な出来事は発生すると、
一挙にマイナス面だけが取り上げられてしまいますでしょ。


で、火山に近辺に関わらず、人間が住居を定める要因に、

当然ですが暮らしの利便性と言うことが優先します。

そこの自然環境が、時にマイナスに働くことがあろうと、
それはめったにないことなので、平常時に、利便性を得られれば、
それなりの判断の基準を超えるという事です。

つまり、多少危険があろうと、それはめったにないことなので、気にはしない。
それより、その地の利を得るほうが、生活にとってはメリットが多い、
という判断です。

 

中越地震の時に、知り合いの家が被災しました。
その少し前に大雨が降り、
川沿いの家屋が被害を受けたのだそうです。
で、彼は、少し高台のところに土地を買い家を建てたのですが、
大雨の時の被害が無くってよかった、と思ったそうです。
ところが、その高台の埋め立て分譲地の家は、
地盤が脆弱だったため、分譲地に建てられた家々の大概が

大きな被害をこうむったそうです。
水害は逃れられたけど、地震で被害をこうむったと。
地の利とは何なんでしょう、と、ぼやいていました。

 

そもそも人が集い、生活の拠点とする地の利とは、
先ず、平らであること、水の利がある事だと思うのです。
人類の大きな文化形成のいくつかは、
大きな川沿いに、発達しています。

ナイルしかり、チグリスユーフラテスしかり、黄河しかりです。
特に、農耕が発見されてからは、川が大きな要因になり、
その周辺に人が集ってきます。
川はしばしば暴れますので、その結果周辺はほぼ平らになります。
人が暮らすには、望ましい環境なわけです。


しかし、いいことばかりではありません。
川はしばしば氾濫し、しかも周囲は平野なんですから、
その氾濫した水は、耕作地に覆いかぶさってしまうわけです。

長所と短所は隣り合わせなんです。

 

なんとなく、様々な経緯で、人は集落を作り生活を始めます。
その中心にあるのは、川です。
時に、安全を脅かすものの、普段の暮らしに必要なものですから、
安全のために高台で暮らそうとは思わないんですね。
まあ、なんとかなる、と。
要は防災の必要性は、ここにあるんです。
そこで、逆に、だったら川を管理しよう、と。
要は治水です。


日本の歴史を紐解くと、
いわゆる地域の活動の大半は、治水のための地域の人々の努力の歴史でもあります。
治水工事を成し遂げた人は、時に名君と謳われることも多かったようです。
ま、古今東西、日本の地形から考えれば、治水は大命題だったわけです。
近代のさまざまな都市の管理において、
相当なレベルで、水をコントロールしてきている、と思いましたが、
まだまだ、全然なんですね。

 

このような異常ともいえる大雨が降るということは、
矢張り、温暖化の一つの なのかもしれませんね。
とすると、これは天災ではなく、人災なのかもしれません。

 

多くの犠牲者のご冥福をお祈りします。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
千葉85、横浜82

関東では千葉が揺れ、関西では大阪の北部が揺れ、
火山の噴火もあちらこちらではじまっています。

で、このたび、政府の地震調査委員会が全国各地の地震の発生確率をまとめた
予測地図を発表しました。
これによりますと、発生の確率が高い方が、赤い色合いが濃くなっていて、
濃いオレンジとオレンジ、濃い黄色と黄色の5段階。
色の塗られていない地域はありません。
まあ、できれば一度じっくりとその地図を眺めたほうがいいと思います。


いまさらですが、地図を見てみると、この国は地震大国なんだな、と思います。
おそらく、もしこのような危険性を色で示した地図をヨーロッパの国々に当てはめても、
ほとんど白または黄色なんでしょうね。
ま、勝手な推測ですが。

 

で、この中で、最も発生確率が高いとされているのが、関東。
例の、南海トラフ地震要警戒地域は、確率的には、これより落ちます。
1位は、千葉85%。
2位は、横浜82%。
3位は水戸の81%でした。
でも冷静に考えて見て下さい。
私達には何が根拠で、千葉が85%と算出されてか分かりませんが、
千葉の85に比べれば横浜は82だから、ちょっぴり安心なのか、
とかの問題ではないでしょ。
3%の差が、例えば、5年とかの猶予がある、という保証はないですものね。
第一、たとえ50%だったとしても
30年以内に発生する確率ですから、
一年以内でも当たりですし、明日でも当たりなんですね。
つまり、これらの確率は、危険度を表すものではあるんですが、
100から引いた数字で安心度を示すものではない、という事です。


第一、この計算が出来上がった時点で、大阪の確率は56%と計算されていたのです。
確認しますが、この一覧地図は、震度6弱以上という条件です。
大阪は震度6弱だったでしょ。
例えばこれが一月ほど早く完成していて発表されていたら、
大阪は、56%だってさ、と少しは安心する所でしょ。
ところが死者まで出す地震が来て、もし発表後だったら、
話が違うじゃないか、となりませんか。
つまり地震予報の問題はここなんです。
受け止める側の問題になるんですね。


発表したほうがそれなりのデータを示しても、なかなかその通りに結果にはならない。
むしろ、虚を突かれるように、警戒の薄い地域に発生したりします。
ですから、この発生確率については、安心を示すものではない、
という大前提で眺めなければいけないんですね。

で、改めてですが横浜が82%、超危険地帯の指定です。
平塚までわずか30キロ。
震源から30キロと言うと、震度で言えば、ほぼ1ランク下がります。
しかし、この予測地図が言いたいことは、6弱以上ですから、6強とか、7とかの可能性もあるという事でしょ。
横浜が大きな被害を蒙ったら、平塚だって、無傷では済まない、という事です。

 

この計算の根拠となったのは、プレートにひずみがだいぶ蓄積されている、
と言う要因があります。
大雑把な位置関係ですが、静岡から糸魚川に抜けるフォッサマグナと言う地形があって、
ここから西南の日本と、東北の日本は、それぞれ別のプレートの上に乗っています。
で、ある時接近して、一つに合体、今の日本列島の原型が出来上がります。
で、西南は、ユーラシアプレート。
東北は北米プレートの上にそれぞれ乗っていて、
この北米プレートに向けて、太平洋プレートがぐいぐいと押し込んできています。

その歪みの結果が東日本大震災です。
ユーラシアプレートには、フィリピン海プレートが、これまたぐいぐい押しこんできています。

太平洋プレートとフィリピン海プレートも押し合いへし合いしていて、
その境目が日本海溝というわけです。
ま、地球の地殻を十なにがしかのグループに分けられて、
それぞれが陣取り合戦をしているようなものです。
特に、海洋系のプレート、太平洋プレートとフィリピン海プレートは、
その地殻の厚さが、薄い分だけ、動きやすく、それぞれ、年に7,8センチから10センチぐらいは、
日本列島に向けて押し寄せてきているのです。
ですから、数百年もたてば、相当ひずみがたまり、
これを開放するために、接点が破壊されるので、これがエネルギーになって、
地震が発生します。
つまり、何処をどうとらえても、地震は発生するという事が大前提なのです。

 

平塚は、北米プレートの上に乗っています。
と言っても端っこのところで、馬入の河口と大島の中間点辺りまでは、
フィリピン海プレートですから、一応地面としては北米プレートの上ですが、
すぐ下にはもぐりこんだフィリピン海プレートがあるんです。
ま、地震の巣窟の上に乗っているまち、という認識が必要でしょうね。

今回の発表には、平塚市の30年のなかでの確率が数値になっていませんが、
地図的に見れば赤いゾーンの上ですので、
基本的には、横浜並みの危険度がある、と言う認識が必要でしょうね。

正直、本気になって地震の対応が必要です。


何よりも、家の耐震、家具の固定をその気になってやってください。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
Cotyman7

ネットでは、昨夜のサムライブルーの快勝の報道一色。
テレビでも、これでもか、という例の得点シーンを繰り返し放映。
まあ、試合は、タラレバを言えばきりがないのですが、
11対10の数的優位の割に、スコアーが2:1と言うのが、ちょっと気になったんですね。
微妙に慎重になりすぎた、という感じがします。
ま、試合の評価はともかく、
あわせて、大阪の地震の続報がいささか冷静さを持って伝えられるようになりました。
少なくとも、それを見る限り、なんでこんな基本的な事が出来ていなかったのか、
という事ばかりなんです。

 

先ず、被災後の生活についてですが、どう考えたって、水とガスは基本でしょ。
電気は比較的早く開通するのですが、
ガス、水道は地下埋設なので、地震の被害を受けやすく、かつ、復旧に時間がかかるものなんです。
ですから、生活自衛という視点では、
水とガスは十分に用意しておくべきなんです。
基準で言えば、最低、一人一日3リットル、3日分が準備すべき水です。
家庭などでは長期保存水などを用意することはありません。
普通の2リットル入りのボトルで、量販店などのスーパーなどでは、
賞味期限2年半で、一本、80円前後。
で、長期保存は一応保証は5年ですが、一本250円前後、約3倍です。
そもそも水は原則腐ることはないので、普通のボトルでも十分なのです。
まして、2リッター入りのものは、500ミリグラム入りから見ると、
保存性が高いのだそうです。
これは単純に実験的な数値なんですが、
容量が多いと保存性が高まるという因果関係はよく分からないそうです。


で、1世帯2.5人として、3日間で、22リッター程。
切のいいところで、段ボール1箱が6本入りですから、これが12リッター。
ですから、2箱用意すればいいでしょ。
で、2年半たったら、取り換えればいいわけですから、
取り換え直後は、たっぷりとその水を使えるわけです。
ですから、被災直後から、水の配給に並ぶ人の列を見ていると、
全くと言っていいほど備えができていないからなんですね。


それと、ガスですが、これはカセットコンロと、ガスボンベを余分にストックしておけばいいことです。
大体、1日分の料理をするのに、カセットボンベが1本あれば余るぐらい。
せめて、1週間分としては、半ダース、6本でしょ。
これも準備しておけばそれほどのスペースが必要なわけじゃないはずです。

 

さて、ブロック塀のことですが、これは実は官民の境に存在するので、
不運にも、道路側に倒れれば、所有者の責任が問われるわけで、
一度その耐震性をチェックしてもらう必要があります。
細かい規定は省略しますが、
平塚市の場合、ブロック塀の改修などには、
15万円ほどの補助が出ます。
そして、どうせブロックを改修するなら、生け垣にしたらどうか、という事で、
この際、緑化を進めようと、市では、生け垣を推奨しています。
樹種とか、地上高とか、基礎部分などの条件はありますが、
これも10万円の補助が出ます。
ぜひ検討してみてください。


自分の家を守るつもりが、不特定多数の人を傷つけることになったら、
寝覚めがよくないでしょ。
是非とも前向きの検討をしてください。

 

それと家具の固定です。
以前、防災活動をしている人で、家具の固定を進めているグループの作業についてゆきました。
で、どんなことするのか、と言うと、家具と天井の間の距離を計り、
そこにピタッと収まるような木枠を取り付けるのです。
したがって、現場で寸法を測り、一度道端に止めてある軽自動車の上で、木材の切断をして、
組み立て、現場に収める、という手順で、
これが結構時間がかかるんです。
半日で2世帯ほど回るのがやっとでした。


そこで、もっと簡便に出来る方法があるはずだ、と色々と考え、
最後の数センチを高さ調整できる器具を取り付ければいいのでは、
と思って、それに適する器具を探したのです。
すると、ユニディの資材置き場に一角にそれがあったんですね。
プラモクレンと言う名称のものです。
これは、ビルなどの建築現場で、床下に給排水を配管するために
二重床にしなくてはいけないのですが、この床の隙間をあけて
なおかつ床面を水平に取るための器具で、
いわば床下を支えるものですから、それは丈夫なものなのです。
まあ、言葉ではわかりにくいでしょうが、要はアジャスターのしっかりしたもの、
と思ってください。
これを使って、天井と家具の天板の間に木枠をはめるというものです。
先ほどの内容の木枠より、はるかに早く準備が出来るんですね。
しかも費用が安い。
大体、一個1000円ぐらいです。
千円で家具が固定できるわけです。


この構造を考え出した時、家具を固定するので、
ちょっとひねって、cotyman7と名付けました。
cotyは固定です。
これに何となく強そうなmanを付け、しかも震度7でも大丈夫、という意味の7なんです。

改めて、実際に作って、わが家と我がマンションにいくつかの世帯には設置しましたが、
それで終わっていたので、もう少し啓蒙する必要があるかな、と。


だって、今回の大坂北部地震でも5名の死者のうち、
2名が転倒した家具の下敷きになってお亡くなりになったのでしょ。
何やら、南海トラフ地震も発生するのでは、などと言う話も出ています。
あとから後悔しないためにも、今のうちに家具固定はしておいた方がいいと思います。
何しろ、人命にかかわることですから。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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