水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
19号、どうもまずい状況のようですね

台風は、気象現象の一つですから、周りの状況次第で被害のタイプが変わります。

記憶をたどれば、1958年、私が中学2年の時に、
狩野川台風と呼ばれた台風が襲来しました。
この時の被害は、死者行くへ不明者1,269人でした。
1000人を超える方が犠牲になるなんて、自然災害と言うのは恐ろしいものでしょ。


この時、伊豆半島に大雨が降り、その洪水の影響で被害が拡大しました。
台風としての目安である気圧は、940ヘクトパスカル前後だったようですが、
ともかく大雨が降った雨台風でした。


そして翌年の1959年、台風史上最大の被害をもたらしたという伊勢湾台風が襲来。
人的被害は、紀伊半島の和歌山県、奈良県、伊勢湾沿岸の三重県、愛知県、日本アルプス寄りの岐阜県を中心に
犠牲者5,098人・負傷者38、921人と言う大台風に挙げられています。

この被害者数と言うのは、ほぼ、阪神淡路大震災の被害者数に匹敵します。


この時の気圧は、上陸寸前まで900ヘクトパスカルと言う猛烈さでした。

台風の強度は、地震で言うマグニチュードのように、
数字でそもそものエネルギーを認識できます。
地震だと、マグニチュード6以上、7だと結構な被害を伴い、8だと大地震と言えます。
あの東日本大震災がマグニチュード9と言うのですから、

いかにものすごいエネルギーであったか、ということが分かると思います。
さて、台風ですが、周囲の状況で多少は変化しますが、
基本になるのは、ヘクトパスカルです。
以前はミリバールと言っていたのですが、いつの間にかヘクトパスカルに変更されました。
まあどうでもいいのですが、もう少し短い呼称は選択できなかったのでしょうか。


それはさておき、基準としては900としたらこれはまさに地震で言うマグニチュード8クラス。
ただ台風はそのエネルギーを海水の熱から作りだしますので、
海水温がどれほどか、ということが大きく影響します。
今年の台風が大きいのは、海水温が列島近くまで30度そこそこのため、
南の海上で発生して、日本に近付くにしたがって、温度の高い海水のせいで、熱を吸収し、発達するのです。
上陸寸前まで、900近いくまで発達するというのは、正に地球温暖化の影響なんでしょうね。
大体昔の台風は、南の海上で発生すると、しばらく初期状態では発達しますが、
日本列島に近付くと、いくらかパワーが減ってきて、前評判ほどでない、と言うのが普通でした。
それは、日本近海の太平洋側の海水温が今ほど高くなかったから、
さほどエネルギー補給をすることがないため、
発達することもなくパワーが失われてきたのです。

上陸すると、ほぼその先は熱帯性低気圧にパワーダウンするというのは、

陸上では、エネルギーが補給できないからです。

 

今までも、大体、上陸時には、幾分か力が弱まり、その後はただの雨風になっていたでしょ。

ところが15号もそうでしたが、今度の19号も、
むしろ、踏切板に近づくにしたがってスピードを上げ、勢いを増すという状態で、
そのパワーはちょっと考えられないくらいのものになりがちなんですね。

 

午前11時現在、平塚には、大雨 洪水 暴風 波浪注意報が出されています。

さらに、平塚の134号線より南、相模川河口、、金目川河口に対して、高波注意報が発令されました。

高波と言うと、海水面が高くなる現象、と安易に考えますが、
基本的には津波と同様の海水による被害が発生すると考えた方がいいようですね。

ま、いずれにしても、十分な警戒が必要です。


久々に平塚でも被害が発生しそうです。
十分気を付けましょう。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
19号接近中

今更なんですが、私はずうっと防災関係のボランティア活動をしてきて、
再認識したことがあります。


そもそもが、防災と言うと、地震への対応が主なものでした。
したがって、まずは、地震発生のメカニズムを学びます。
で、これは、地球の地学的な基本を学ばなければなりません。
極端な話、地球の断面図とか、地表部分に当たる近くの構造とか、
さらには平面的に見た場合のプレートの位置、その変化などです。


また、実際に派生した地震の状況とか、ともかく、地震に関しての勉強は、
今までの人生で地震関係以外の分野で学んだすべての量に匹敵するぐらい、
多くの時間を費やしてきたと思っています。

実際、25年前からほぼ15年間、SCNで地震番組を担当してきました。
そして、ナパサでは、ラジオの番組で、地震についての番組を
現在も担当しています。
当然ですが、これらの防災の番組を、小さいながらもラジオ局やテレビ局で放送するという事は、
それなりにネタを仕込むわけで、表面的な知識では対応できません。
併せて、地震が発生した時に、被災地などを訪れ、その実態を見聞きしてくると、
実際の防災活動の幅が広がってきます。
コティマン7の発想は、そんな中から生まれてものです。

で、そんな経験もあって、年に数回の防災講演会などの開催にもつながっていて、
それなりに防災の活動をより充実したものにしてきた、と自負していました。

 

ところがです、日本はまさに災害列島なわけですが、
災害と言っても実に多様なことが発生します。
地震に台風、大雨の洪水、津波、高潮、竜巻、雪害、火山の噴火など、
まあ、あちらこちらで、様々な形態の自然災害が発生します。
で、当然それらの被害の形態も様々なわけですが、
よくよく分析してみると、
いくつも共通のことがあるわけですね。
まあ、簡単な現象として、避難所が設けられ、そこに住民が安全のため、
非難する、と言うのは、地震や台風、大雨など、
形態の異なる災害でしょ。

 

今度の台風15号の千葉での被災状況を見ていて、
いまだ電気が普及してないところがあると聞いて、
大地震並みの被災状況じゃないか、と。
地震に対する警戒の意識をその他全般に向けるべきだったと、反省したわけです。

 

電気が止まる、水道が止まる、など、正に地震だけの話じゃないでしょ。
逆に、山地での地滑りとか、大雨だけではなく、地震でも発生する。

冷静に考えてみれば、多様な災害ですが、共通点が多くあるわけです。
そのために何をどうするかは、
単純に言えば、災害を最小に抑え、復旧を速やかにするためなのです。

 

当然、最後の最後は自助によるものになります。
防災について、どうのような準備をし、どのように対応するのか、と言うのは、
残念ながら、個にゆだねられているのです。
なぜなら、自然災害は、地域全体にかかわることで、

その地域に当然住民も生活していますが、
行政の様々な部署もその中にあって、
多かれ少なかれ被災してしまうのです。
停電が発生した、となれば、市役所も病院も停電してしまうのです。
おうおうにして、私達は、市役所や消防署や病院などに被災後、大きく頼りますが、
その頼られた方も、無傷と言うわけではない、ということを認識すべきなんですね。

 

いずれにしても、災害対策に関して、最大の問題は、
基本は自助にもかかわらず、まだまだ住民に依存心が大きいこと、
さらには、様々な情報に関して、あまり真剣に受け止めないこと、などです。

台風19号が接近中です。
単純に強風や大雨を体験するだけでなく、
防災の基本を少しは見直す機会にしてもらいたいものです。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 07:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ノーベル平和賞

ノーベル賞ウィークが始まりました。
日本人が受賞すれば、それなりに話題になりますが、選外となると、あっさりしたもの。
せめて、受賞者とその理由位、もう少し丁寧に解説してもよさそうなものでしょ。
だって、彼らの功績は、自分の国に対するものではなく、人類に対しての功績だからです。
つまり、私達が生きてゆくうえで、大いなる恩恵を受けたということですから、
日本人かどうかより、私たち人類にとってどうかについて位、

情報をしっかりと流すべきだと思うのです。

 

ノーベル賞に関して言えば、米英などは、今更なのかもしれませんが、
まだまだ日本は、日本人が受賞することを気にしすぎます。
特にひどいのが韓国ですね。
どうもノーベル賞受賞渇望症にかかっているみたい。
だって、そもそもはノーベル賞は結果でしょ。
目標として目指すものではない。
それを、受賞者をいかに排出するか、みたいな狙いを持って、
国家予算を付けて研究者を養成するとなれば、
全然話が違う。
目標は、あくまで、人類の幸せな未来のためです。

 

さて、今年のノーベル賞のなかで、気になるところは、例の気候変動に関して
国連でスピーチをしたグレタさんです。
平和賞の候補の一人だとか。
私は彼女の演説を聞いて、深い感銘を受けました。
なんて勇気のある子だろう、と。

 

ところが、何故かこの子に対して、否定的な考えを持つ大人がいるようです。
彼女が言ってることは、

私たちの世代が今後生きてゆくうえで、
現在の気候変動は、決して望ましい状況ではない。
そうしてしまったのは、あなたたち大人でしょ、と。
まあ簡単に言えばそういうことです。
子どもたちに付けを回してしまった大人としては、彼女を否定する理由はない。
情けないことに、そこそこの知識人すら、自分たち大人の責任を感じていない。


「16歳の考えに世界が振り回されたらダメだ」(橋下徹・元大阪市長)。
「洗脳された子供」(作家の百田尚樹氏)。
「お嬢ちゃまがやってることが間違ってる」(作家の竹田恒泰氏)
などで代表されますが、私はすべての大人が、多かれ少なかれ現在の気候変動の引き金となった
経済活動の片棒を担いでいると思うんです。
もちろん私もです。
何かしなくてはと思いつつ、実際の行動まで踏み込めない。
時に、70億分の1の責任だから、と、気持ちの上で、逃げに入る。
しかし、敢然と、これに立ち向かった少女がいたわけです。
上記の批判的な知識人、それに彼女を否定する大人たち。
あなたたちは、現状を正しく認識したのか、大いに疑問です。
オゾンホールがどうしてできたのか、説明できるか。
一年間で減少してゆく森林の面積がどのぐらいか知っているのか。
人類が手にする食料の偏りを認識しているのか。
この地球が持続的に生産できる食料の量と、人口のバランスをどう考えるのか。
過去5回の生物種の大量絶滅の記録を承知しているのか。
プラスチックごみの海洋汚染の対策として、どんな手が打たれているか、知っているのか。
おそらく、生半可な環境知識で、物事を判断していて、
彼女の言う、現状の把握とその起因を熟知していないのではないか、と思うんです。
何より、彼女を非難する前に、環境問題に対して、
何か具体的な行動をとったかどうかでしょ。

 

彼女の行動から、改めて多くのの人が啓発され、
世界中のあちらこちらで、Fridays For Futureを評価し、
彼女の勇気をたたえ、賛同の行動を示し始めました。
それがすべての要因ではないかもしれませんが、
今年の9月下旬の気候マーチウィークでは、
なんと世界185カ国で、760万人以上がこのマーチに参加したのです。
彼女を批判した知識人と思しき人たち、また同様の誹謗をした人たち、
あなた方は、彼女の勇気と行動力のかけらもないじゃないか。
何を言おうと、世界を動かす力のかけらもないじゃないか。


たかだか小娘が、というねじれたおとなの思いがあるんでしょうね。
なさけない嫉妬に過ぎない言葉を吐くのは、ただ品性に欠ける行為に過ぎません。
同じ大人として恥ずかしい。

 

せめて、ノーベル賞を受賞し、さらなる活動につなげてほしいと願わずにはいられません。

| 水嶋かずあき | 環境 | 07:03 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
目くそ鼻くそを嗤う

エゾシカ、国後島に生息 流氷に乗り? 生態系一気に破壊の恐れ
というタイトルの記事がありました。

記事の内容は後に紹介しますが、
このタイトルを見た時、
私は思わず苦笑したのです。

 

動物の生息状況は、微妙な強弱の関係で安定もしますし、破壊も起きます。
例えば、北海道にかつて日本オオカミが棲息していました。
明治になって北海道の開発が一気に進み、あわせて、人間にとって邪魔者であるオオカミは積極的に狩られ、
あっという間に絶滅します。
しかし、生態系はここから壊れ始め、天敵のいなくなったエゾシカが繁殖をはじめ、
今や、森林や農作物に大きな被害を与える存在となってしまいました。
簡単な話、オオカミによる生態系の維持が崩壊してしまったのです。
しかし、この現象は実は、人間が介在していたんでしょ。

 

多くの人が北海道に入植し、森林を伐採し、生態系に関与したわけです。
第一原因は人間なんです。

 

そもそも我らが先祖は、アフリカにおよそ20万年前に発生します。
というかそれまでの人類の先祖から、枝分かれをして、種としての固定が進んできたのです。
で、しばらくはアフリカにとどまっていましたが、

好奇心が旺盛で新たな生息域を探していた私たちの先祖は、アフリカを出ます。
一方はヨーロッパに向かいますが、一方は東に向かい、インド、東南アジア、さらには中国へと向かいます。
ヨーロッパ組の一部は北上し、シベリアに向かい、さらにアラスカへと渡ります。
今からおよそ1万2千年前のことです。
このころは、氷河期などとの関係もあり、シベリアからアラスカまでは陸続きだったと言われています。
で、人類はアメリカ大陸に到達し、その後、わずか2000年ぐらいの間に、南米にくまなく住むようになります。

 

その一万年後、つまり現在です。
地球は第6の絶滅期に入った、と言われるように、様々な要因で環境を破壊してきました。
つまり、なんだかんだとその生息域を拡大し、そこの環境をスポイルしてきた張本人は人間なんですね。
ですから、今回の国後にエゾシカが何匹か渡って棲息している、と言って、生態系一気に破壊、なんていうことは、
正に、わが身の錆を知らぬ言葉ですよね。
見様によっては目くそ鼻くそを笑うの類でしょ。
エゾシカの様子を、これはまずい、と言ってる人間の方がずっとまずいんですから。

 

そもそも、エゾシカは、北方四島で長い間、生息が確認されていませんでした。
で、このたび、ある哺乳類調査グループが、調べた結果、エゾシカがいると分かったのです。
その調査では、最低2頭は居るらしい、と。
しかも2頭とも雌。
これじゃあ繁殖しようもないでしょ。
女二人が絶海の孤島で生活して、子孫が増えるなんて、ありえない事でしょ。

そんなに鹿の害を恐れるなら、捕獲して、北海道に戻せばいいでしょ。
今のところの推測ですが、どのように国後まで渡ったのかは、不明だそうです。
流氷に乗って流れ着いたのか、それとも泳いで渡ったのか、いずれの推測の域を出ていません。
としても生命の力を感じますね。
人間もかつては、何らかの手段で新たな天地に向かい、そこで定着するんですが、
時に、先発隊は全滅なんてことも多かったんじゃないでしょうか。
それにもめげず、地球の隅々まで生息域を広げてきたのは、そこそこ生命力の強さの証明でしょうね。
70億を超えるまで個体数を増やしたと御言うのは、
先祖からの伝来の生命力のおかげでしょ。

 

ま、いずれにしてもエゾシカの繁殖を恐れるより、
人間の横暴な自然からの搾取を反省すべきでしょ。
だって、ほどほどというのがないんですから。

 

ところで、昨日のアイルランド戦。
凄まじかったですね。
95歳になる義父が、ラグビーって命掛けですね、と感心していました。
夜中、じっくりとビデオを見たのですが、正に肉弾戦。
怪我無しには終わることができないスポーツですね。
それだけに、昨日の試合は興奮しました。
いや、まだまだ戦いは続きますが、まずは、おめでとう日本、ですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
すき焼き・牛しゃぶ

私の友人で、市内の土屋で、平飼いと言って、ある面積を金網で囲い、
その中で鶏を飼っている人がいます。
ゲージで飼う場合もありますが、これよりは健康的に育てられるので、良質の卵が獲れるのだとか。
ところが平飼いはそれなりのあれこれ問題が発生するそうです。
まあ、一種の鳥のコミュニティが形成されるわけで、
仲間内の付き合いについては人間社会によく似ているとか。


まずは、必ずリーダーが登場するそうです。
何が根拠なのか分からないそうですが、日が経つにつれ、
群れを統括する鶏が出てくるのだそうです。
注意深く見守っていると、どうもこいつは卵を産まない。
よその鶏の面倒は見るものの自らは生産に参加しないんですね。
人間の社会もそうでしょ。
課長とかは、課の管理はするものの、直接的生産に手は出さないことが多い。
まあ、管理と言う重要な役職を全うするには、それもありなんですね。
でもまさか鶏の世界までそうとは、思わなかったでしょ。

卵を生まないどころか、良く食べるので、他の鶏に比べると、一回り大きいのだそうです。


そこで、私は、口先だけの、いや嘴先だけの鶏で、卵産を産まないなら、

はずしちまえばいいじゃないか、と言ったんです。
その養鶏家は、もちろん最初は効率を考えて、卵を産まない鶏は外したんだそうです。
すると、その群れ全体が、妙に落ち着かなくなって、コミュニケーションが悪くなるというか、
付き合いが荒くなるというか、結果的にストレスがたまって、生産量が落ちる、
と言うんです。
あなたの周囲でもこんなことがあったと、なんか思い当りませんか。
そこで、元に戻すと、群れは落ち着くというんですね。
つまり生産量が上がるというわけです。

とは言え、鶏仲間同士、トラブルがなくなるわけではない。

これはしばしば起きるのだそうです。
ここも人間社会そのものでしょ。

 

で、時にある特定の一羽が、皆の共通の攻撃目標になることがある。
すると、嘴で突っつくのだそうです。
当然突っつかれれば鳴き声を上げて、逃げます。
すると今度は次の鶏が突っつく。
逃げ回る鶏を次々と周囲の鶏が突っつき始め、しまいにはみんなで力を合わせていじめるのだそうです。
まさに人間社会そのものでしょ。
尾羽の付け根あたり、やきとりで言うぼん尻の近くが、突っつかれて血を流す。
するとますます弾みをつけて、ぼん尻を突っつく。

もう血だらけになっても、まだ突っつくのだそうです。

 

私はこの話を聞いたと言い、鶏と人間とどこが違うのか、と思いました。
どれほどの問題になっても、いじめの問題は亡くなりませんもののね。
弱い者をいじめるのは動物の本能なんですね。

 

最近目に付くのが、メディアによる集団的いじめです。
ちょっとした言葉尻をとらえて、突っつく。
隣のやつも、同じように突っつく。
集団で突っつく。
仕舞に何が目的なのか分かりませんね。

メディアですから、それなりの正義をかざすのですが、
寛容を示すのも正義じゃないですか。
重箱の隅を突っつくような追求は正義なんでしょうか。

 

私は、小泉進次郎氏のファンでも支持者でもありません。
世間で言う、将来性のある若き政治家、という視点では期待を持ってはいますが、
それ以上でもそれ以下でもありません。

しかし、ここに来ての小泉たたきはちょっと行きすぎじゃないですか。
様々な発言の言葉尻をとらえて、いたぶるのはともかく、
ステーキを食ったからと言って、環境大臣の資質を疑う、と言うのは、行きすぎでしょ。

 

以前から、牛のげっぷやおならにはメタンガスが多く含まれている、と言われてきました。
メタンガスは、そもそも二酸化炭素の28倍と言う強烈な温室効果があるものです。
で、牛の発生させるおならとゲップによるメタンガスの量は、

1頭に付きおよそ160から320リットルになるそうです。
で、このメタンガスの量が大気中に存在する温室効果ガス3.8%に相当するのです。
放っておけない問題でしょ。
かといって牛がいなくなってしまった地球はさみしいですよね。
まあ、なんだかんだと牛は飼育され続けるとは思いますが、
実体を言えば温暖化の元凶の一つなわけです。

 

そこで、小泉大臣はこう言えばよかったのかも、と思ってます。
「牛の存在が温暖化にマイナスの影響を与えているということはご存知の通りです。
つまり、この温暖化に大きな影響を与える牛を減らすことも必要なことの一つです。
そこで、私はそのための作業を今日のディナーで挑戦しました、と。

 

もう少し寒くなると鍋の季節。

この冬は、地球環境のために、

すき焼きとか、牛しゃぶを食べる人が増えるかもしれませんね。

 

 

 

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 13:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
子どもにツケを回さない

今から35年前のことです。
私が40歳になって、青年会議所も卒業し、ここで使っていた時間が、このあと余ってくる、と。
ただグダグダしたことのために使いたくない、と考えたのです。
まあ、当然、いささかおろそかになっていた商売の時間もふやしたい、と。
当たり前の話ですみません。
しかし、身についてしまったある種の社会性と言うのは抜けきれず、
ただそろばん勘定でものを判断するのは性に合わなかったんですね。
ですから、仕事の領域とその社会性を兼ねられるもの、ということで、
かわら版なるものを月次で更新しつつ、発行しようと考えたのです。


で、かわら版と言ってもA4サイズを三つ折りにしたもので、
お店のテーブルに置いてあるナフキン立に挟まる大きさにし、
各テーブルに何部か置いておく。
お客様は、出来上がりを待つ間、それを手に取って読んでいただく、

出来れば持って帰っていただく。
と言う風なことを想定したのです。
その原稿は、当時のワープロで作成し、1000部程度印刷し、
月替わりともに、今月のかわら版、として差し替えていたのです。
自分で言うのもなんですが、まあまあ好評でした。
その内容は、三つ折りですから、6面。

およそ200字程度の文字量が5カ所。
巻頭の部分が、かわら版の絵柄とタイトルが入るので、およそ半分の100文字ぐらい。
季節の食材に関わるちょっとした豆知識とか、
九星による今月の運勢とか、
今月の月替わり料理の紹介など、で構成したのです。
その巻頭部分の小さな囲みが、本来やりたかったことで、
徹底して環境問題をさまざまな角度で書き続けたのです。
およそ、20年間。
12か月を掛ければ、240テーマ。
それでもネタは尽きることはありませんでした。


しかし、一応、公的に表現するわけですから、いい加減なことは書けません。
かなり専門的なデータを読むようになり、
まあこれも、自分で言うのもなんですが、かなり専門的な領域に踏み込んでいたと思います。

その頃、すでに地球の環境が壊れ始めていたのですが、
世間ではそんなことには無関心。
こう言うのって企業が気づいて動きはじめないと、

改善には向かわないだろうと感じていてのです。
なぜなら、環境問題と企業活動と言うのは相反する位置にいたからです。

企業の諸活動で使用するエネルギーを縮小すれば、経済的なディメリットにつながることは明白です。
それまでして環境と言う問題(当時としては訳の分からない現象)に

対処しましょうなんて企業は出てきません。
まあ、それから10年ほど過ぎると、
ぼちぼち問題の認識が進み始めて、
当時、はやった言葉として、「地球にやさしい」と言うフレーズです。
まあ、ゼロよりはましですが、地球環境の現状を考えると、そんな程度ではどうにもなるまい、
と感じていたのです。
でもまあ、みんな他人事でした。

 

35年前、まだまだ具体的な現象としては、人々はピンと来ていなかったのです。
オゾン層が破壊されつつある、と言って、だからどうなんだ、という実感がない。
地球の森林が、1年間で、九州の面積に匹敵するほどの伐採が進んでいる、とか。
でも、普通に暮らしている、ヨーロッパでもアメリカでも日本でも、

森林が少なくなった、なんて実感がないでしょ。
ですから、地球温暖化などでも実感がないんですね。
中には、今は地球の間氷期だから、この後寒冷化が進む、なんて学者が出てくるありさま。
現在のように山岳氷河が消えたり、海水面が上昇して水没しそうな島嶼国が出てきたりと、
改めて目に見えるようになると、温暖化は進んでいるんじゃないのか、と思うようになるでしょ。

35年前は、とてもそんな認識すらなかったのです。


このころ、私が聞きかじった温暖化による現象について、こんな項目がありました。
まず、気象図で考えていただきたいのですが、
台風の時などテレビの画面で表示されるもので、台風の中心付近の等圧線の同心円をご記憶でしょ。
あの、等圧線の間隔が縮まるようになる、と言うんですね。
つまり、一言で言えば、風邪が強くなる、と。
何も台風だけではありません。
日常的に風の強い日が多くなる、と言うのが温暖化の現象の一つとして挙げられたいたのです。
でもその頃はまだそんな現象は縁遠かったのです。
しかし、最近になると、何かと50年に一度と言う規模の気象現象が頻発するでしょ。

まあ、異常気象の現象です。
降水量もそうですが、風もそうです。
35年前のある意味の予言がその通りになっているのです。

 

でも、今からでも遅くないかもしれない。
なんとか努力して、温暖化を止めることをしないと、本当に毎日が強風日になってしまうかもしれません。

 

何やら、ニューヨークで、小泉環境相が、力強い発言をしたようですが、
私達が暮らさせてもらっている地球が、もう少し住めるようにしなくちゃ、
子や孫に申し訳ないですもんね。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 17:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
皆達者で暮らしているか

50年ほど前の昔の話です。
当時、私の父は銃猟を趣味としていて、
当然ですが、何丁かの散弾銃と、猟犬としてのポインターを飼っていました。
父の部屋には、銃を保管するステールのケースと、庭先には、金網で囲われた犬小屋がありました。


私が20歳の時、父は銃猟を薦めて来たのです。
まあ同じ道楽を共にしようと言う事ですね。
私は銃所持の許可を得られる試験に合格し、資格を得ました。
これが、何とも妙な試験で、当時知り合いの方が試験官だったのですが、
筆記試験中に会場を見守りのため、机と机の間をぶらぶら歩いて循環していたのですが、
私の机の前に来ると足を止め、答案用紙を覗き込み、

どうも間違って回答したらしいところは指を差すのです。
もちろん言葉にはしません。
ですからそこは再考しますよね。
おかげさまで満点で試験はパス。
そしてその年の狩猟シーズンは、父のお古の水平2連中を譲り受けて、

ハンターとしてデビューしました。
初心者ですし、猟場の様子も知らないのですから、

ひたすら、山林を父の跡をたどって歩いたものです。

父がよく行く岩手の葛巻と言うまちがあって、ここの畑に続く低い丘陵地帯は、キジが多く生息していました。
で、父に連れられて、私も行ったことがあります。
この葛巻の猟師で、葛巻のポインターと言われた人がいました。
彼は、異常なくらい猟に特化した能力を発揮する人で、
自分が普段動き回るエリアについては、実に細かいことまで掌握している人だったのです。
例えば、ある小さな沢に入ろうとすると、この沢には、今年生まれたひなが大きくなって、全部で5羽ほどが住んでいるとか、
ここから飛び立ったキジは、右手の畑のふもとまで飛んでゆくとか、
まあ市役所の戸籍係みたいな知識と、保護司のように彼らの生活習慣を熟知しているんですね。
そのくらいですから、銃を使わずキジをとらえることができるんです。

 

先ずその熟知した知識を基にするんですが、
例えば、A地点で出っくわしたキジがいたとします。

鳥は身の危険を感じ、飛び立ちます。
そして、B地点に降り立つんですね。
必ずそこに向かうんです。

そもそもキジのような地べたを歩いて餌を探す類の鳥、キジを筆頭にヤマドリ、小綬鶏、鶉などは、
歩くための腿が発達しているものの、飛翔のための胸の筋肉はいまいちなんですね。
したがって、飛ぶのは飛びますが、短距離しか飛べないんです。
このキジの弱点を利用して、葛巻のポインター氏はこんな作戦を立てます。
まず、A地点でキジを追いたてる。
キジは、習性通りB地点に向かいます。
そこで、B地点に人を配置しておいて、キジがB地点に着地する寸前に、物陰から姿を現し、
バケツのようなものをかかげて、棒でたたいて大きな音を出します。
キジは降りようとしたところに人がいて、しかも大きな音を立てるものですから、
空中でUターンをします。
きっと頭の中は混乱しているのでしょうね。
ともかく力の限り、危険回避のため飛ぶんです。
しかし、キジの飛翔距離には限界があり、そもそもB地点にたどり着くのがやっとなんですね。
そこで、Uターンをした直後にキジは酸欠状態になります。
息ができなくなった鳥は羽ばたくことができなくなり、空中から地べたに向かって落ちてくるんです。
地べたでバタバタしているキジを手で抑えるんですね。
銃なんか撃たなくったって獲物は取れるんです。

 

この葛巻のポインター氏はそのぐらいの技を習得しているくらいですから、目もやたらいい。
木の藪の暗がり辺りをじっと見つめて、ほらあそこに一匹身を潜めている、なんて指差すんですね。
でも素人には、どこにいるのか全然分からない。
また、ちょっとした風の音のような音でも、今鳥が鳴いたとか、凄い時は息遣いまで聞き取るんです。

 

私は、子供のころから、鳥類図鑑が愛読書だったくらいで、鳥の判別能力は素人離れしていたんです。
したがって、まず大きさ、羽根の色、模様、飛翔体型とか、鳴き声などで判断しますが、
だいたい、身近に飛んでくる鳥の種類ぐらいは承知していました。

しかし、鳥類に関する知識も、猟場では役に立たなかったんですね。

その銃猟の履歴も10年でおしまいにしました。
身近な環境で銃を撃つ場所が無くなってきたのと、
なんか、人の楽しみとして動物の命を奪う、ということに、妙な仏心を感じてしまったんですね。

 

銃を止めて45年経ちますが、この間の大きな変化は、何より環境の変化でしょ。
その頃、花水川の土手に犬を引いて行って、鶉猟に行ったことがあります。
今そこに行って見れば、家が立ち並んでいますし、当然ウズラは居ませんし、銃が撃てる所でなくなっていますね。
町の中にもみどりが減って、秋になれば山から下りてきた様々な鳥も、出会いのチャンスが減りました。
ビルの谷間を飛び交う、カラス、スズメ、キジバト、ムクドリぐらいで、他の鳥はしばらく見たこともありません。

 

私が松風町にいたころ見たことがある鳥のリストです。
カラス、スズメ、ツバメ、ヒヨドリ、キジバト、シジュウカラ、コガラ、ヒガラ、コゲラ、
キセキレイ、セキレイ、ゴイサギ、メジロ、ウグイス、メボソムシクイ、アオジ、ジョウビタキ、
モズ、ホオジロ、カワラヒワ、ツグミ、サンコウチョウ、アカハラ、トビ、コジュケイ、オナガ、ムクドリ。
まあ、言われてもその姿かたちは知らないと思いますけど、
ついこのあいだまでは、時々は見かけることがあった鳥たちです。

 

みんな達者にしているかな。

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
いまさらですが地球環境

少なくとも、40年前は、地球環境への関心も薄く、
実害的な環境変動も現れていませんでした。
こう言うのって、一種の異常気候に現れてくるものですが、
その頃の異常気候と言えば、干ばつとか、大雨による河川の氾濫とかで、
それも、大体、地球上のどこかで発生していて、

そうそう地球の気候は安定しているわけでない、
という認識が前提でした。


まあ強いて言えば、エルニーニョとかラニャーニャ現象が、あるインタバルで発生するぐらいで、
これも大自然の営みと言ったくくりで受け止められてきていたと思うのです。

しかし、地球環境における変化が、

様々な原因とその現象として起き始めていると、指摘されるようになったのです。
多分最初は、砂漠化現象だったと思います。
砂漠の周辺部が、どんどん砂漠化し、砂漠の面積が増えてきたんですね。
まあ、簡単に言えば、人間が住める面積が減ってくる、ということです。
これに比例するように、森林面積の減少、森林伐採に関する警告が出されるようになりました。
年々、九州の面積に近い熱帯の森林が伐採されている、と。
これによって、地球上に供給していた酸素が不十分になり、
二酸化炭素の吸収力が低下する、というわけです。
それにもまして、生物多様性に重大な影響を与えるとか。


平行して、オゾンホールの問題が出てきました。
これは、成層圏のはるか上の地球大気の上部にあったオゾン層が、
薄くなってぽっかり穴が開いてしまった状態です。

最初に日本の南極観測隊が発見しました。
そしてオゾンを破壊する主犯に名指しされたのが、フロンです。
このフロンガスがオゾンを破壊し、宇宙からの有害光線のバリアとなっていたところに
穴をあけ、生物存続の危機を招くかもしれないと。
さすがに、これには世界中が対応しフロン代替え品を開発し、
フロンバスターのような機械で、冷蔵庫などのフロンガスを閉じ込めるなど、
結構本気で対応しましたね。
まあ、とりあえず、拡大するのを押さえて、NASAでは、
今世紀末には消滅する、とまで言っています。

 

冷静に振り返ってみると、地球環境の危機が表面的に問題になり始めたのは、
ここ20年ぐらい。
さまざまな企業が、企業活動の一環として、環境への取り組みをアピールし始め、
「地球にやさしい」なんてフレーズが流行りました。
で、今どうなのか、と言えば、それでも、まだまだ他人事と考える人が多く、
新たにクローズアップされた海洋汚染も、マイクロプラの問題などが表面化しました。


この星に住めなくなるかもしれない、という状況は、相変わらず次々と現れています。
基本は何と言っても、温暖化ですね。
これは、それこそ40年前から言われていて、
一日でも早く取り組まなければいけない、と言われてきました。
いずれにしても、この地球が温暖化に向かっているという事実は否定のしようもない段階に来ているわけです。
その40年前にへえそうなのか、と私が知ったことの一つに、
シベリアなどの永久凍土が溶け出して、様々な問題が発生するだろう、と言われていました。
一つは閉じ込められていたメタンガスが空中に吐き出され、
このメタンガスが、地球温暖化現象を加速させる、と言われていたんですね。
わたしは、専門家ではありませんので、そんなことは起きないだろう、と思っていたのですが、
残念なことに、そのようになってきています。
もっと恐ろしいのは、永久凍土に閉じ込められていたある種の細菌類が、
凍土の融解とともに大気中に拡散し、新たな病気が発生するんではないか、という恐れです。
まあ、ありうる状態になってきたでしょ。

 

さらには、温暖化の進行で、氷河が解ける。
で、地球の海面水位が上昇する、と言うんですね。
これもまさかと思ていましたが、先ずは山岳氷河が細くなってきました。
かつて幅何キロとか言っていた氷河も消滅したものさえあります。

問題は南極の氷山です。
現存の南西部の氷山が解けるだけで、地球の海面は6メートル上昇する、という計算があります。
確かに、地球は氷河期と間氷期を繰り返してきていますから、

海面が今より数十メートル高かったなんて時もあったようです。
しかし、それも人類が地球上の土地と言う土地にはびこる前の話です。

 

いやいや、一度本気になって、今から間に合う策を講じなくてはいけないでしょうね。

何ができるかではなく、なにをすべきか、です。
それとも、そんなことは、おれが死んだあとのことだから、と、無責任にこの問題をとらえますか。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
プラゴミの行くへ

プラスチックごみの問題が、拡大しつつあります。
そもそもが、昨年1月、それまでのプラゴミ輸入大国だった中国が、180度転換。
輸入を禁止したわけです。
その影響を受け、今度は東南アジア各国に欧米のプラゴミが輸出先を変えて、
集中しはじめます。


ちなみに、プラゴミの各国の引き受け量。
マレーシアが22万トン。
タイが19万トン、台湾が18万トン。
ベトナム、韓国、香港と続きます。
インドはベスト8位なんですが、ここにきてプラゴミ輸入禁止令が出されました。

なんとなく、プラスティック資源というより、世界のゴミ捨て場のごとき印象を持つでしょ。
一か月ほど前、カナダからのプラゴミを、フィリピンが、こりゃただのゴミだろうと、
その内容の粗悪さに腹を立て、うちはゴミ捨て場じゃねえ、と引き取るように要請しましたが、
カナダはカナダで知らぬ顔の仏。
ついにあの強面の大統領が、ゴミをそっくりカナダに送り返すという騒動がありましたね。
まあ、こうなると、資源ではなく、ただのゴミなわけです。

 

実は現場の実態が分からないので、どこまでが資源でどこからがゴミなのか、
その線引きがよく分からないのですが、
いくつかの国では、プラゴミと言えど必要な資源である、という業者もいるんですね。

 

最近、特にプラスチック汚染の現状があちらこちらから報告されています。
ミクロ粒子のプラスチックについては、すでに私達の体内に取り込まれているとか、
海はミクロのプラスチックが蔓延していて、
多くの魚類がとりこんでいるとかの話が出回っています。
特に、クジラの内臓から多くのビニール袋が出てきたり、
ウミガメにストローが刺さっていたりと、ショッキングな写真が拡散し、
このプラゴミ問題が、再認識されています。

 

時流に乗ろうとしたのか、本気で地球環境を考えたのか、
一部の外食産業では、プラのストローを廃止し、紙製に切り替えるとか。
正直その程度の対応で、どれほどの効果があるんだろうか、疑問ですね。
ストローごときではまさに焼け石に水でしょ。

 

一部スーパーではレジ袋を有料にしています。
私がよく行く食料品店では、有料です。
1枚3円。
ま、確かに、いろいろなところでこの問題を扱おうとしているんですが、

いずれにしても、プラスティックはとてつもなく便利な代物ですね。
現在のプラスティック製品が、もし製造できなくなったらどうなるのか、

と考えられないくらい、身の回りはプラ製品だらけ。
で、調子に乗って、プラに依存してきたら、じわじわとその応報が始まったわけですね。

 

日本では、ウソかホントか、プラスチックのリサイクル率は84%だそうです。
世界的にも高い数字なんだとか。
確かに、ごみ出しの分別のうるさいこと。
で、従順にこれらにみな従うでしょ。
だから世界有数のプラゴミ対策率、と思うじゃないですか。

 

でも、結論から言うと、日本は回収したプラスチックの7割以上を、“燃やして”いるんですね。
なんとなくですが、私達は、一生懸命に分別回収した廃プラは、

きっと新しいプラスチック製品に生まれ変わったりしている、と思ってきました。
でも、実態は焼却されているんです。
ばかばかしい話ですが、せっかく分離したプラゴミは、

ゴミ焼却で不足する燃料代わりに焼却炉にくべられるのだとか。
分けてもあまり意味がない、と言う事でしょ。

 

そもそもプラスティックのリサイクルは、

マテリアル、ケミカル、サーマルの3つのリサイクルがあるのだそうです。
マテリアルリサイクルは、ペットボトルがペットボトルに生まれ変わるとか、

廃プラが駅ホームのベンチになるなど、
私達が想像していたリサイクルに一番近い状態です。
ただ、このリサイクル方法だと、リサイクルする度にプラスチック分子が劣化してしまい、
最後は使えなくなってしまうのだそうです。

そこで新技術として期待されているのがケミカルリサイクル。
このケミカルリサイクルは、廃プラを分子に分解してからプラスチック素材に変えるので、
何度でも再生できるのだそうです。
まあ、最も理想的なリサイクルと考えますが、
この最大の欠点は、コストがとてつもなくかかると言う事で、
まだまだリサイクルの主流にはなれません。

 

で、つまるところ、燃してしまうサーマルリサイクルになるわけですね。
84%回収しても、7割が燃されて終わり。

なんだか、ちっとも誇らしい数字ではありませんね。

 

今年の七夕で、見附広場で、たから市と言うイベントが開催されます。
ここには、いろいろなイベントが複合的に開催されるのですが、
中でも、3日間通しで飲食売店が16店舗設置されます。
で、この中で使われる容器は、脱プラと言うことで、
生ビールのコップも紙、焼きそばの入れ物も紙。
なんでもかんでも紙製品と言うことで、まあ時流に沿った企画なんですが、
やはり、紙の分だけ費用はかさむわけです。
プラ汚染も気になりますが、それによるコスト負担も気になります。

正に痛し痒しですね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
半分は燃やして終わり

私がマンションに引っ越してきて、最初に感じたマンション生活のメリットは、
ゴミの廃棄についてでした。
一階の、奥なんですが、ゴミ収集場所があって、
そこに、いくつか置き場が決められてはいるものの、
ほとんどのゴミを捨てることができるのです。


で、何がすごいと思ったのかと言うと、いつでも、と言う事なんです。
普通は、曜日別とかにこまごま分かれていて、
一度捨て損なうと、来週まで家に中に置いておかなくてはいけない、ということになります。
でも、ゴミ収集部屋にさえ持って行けば、早朝だろうと、深夜だろうと、
日曜だろうと、祭日だろうと、ともかく廃棄することができるのです。
布団丸ごととか、何十属幣紊虜猝擇箸、何か若干の規定がありますが、
燃えるごみ(生ごみ)プラゴミ、ペットボトル、
そして資源ごみとしての、紙、ビン、缶、段ボールなど、
分類さえすれば、所定の所に置いてくればいいのですから、
まずは、ゴミカレンダーで、曜日確認なんてしなくていいんですね。
これは、生活してゆく上ではとてつもなく大きなメリットです。

 

で、あらためと思ったんですが、いつでもいいということもあってか、
ほぼ毎日、なんかのごみを捨てています。
我が家は、夫婦二人と、かみさんのお父さんの三人。
ちなみに、3人の平均年齢は79歳。
来年は平均年齢80歳のオールドファミリ―になります。
ま、ともかく、ですから、食べ盛りの子どもが何人かいる家庭から見れば、
捨てるものと言うのは少ない方だと思うんですが、
それでも、プラゴミは、最低でも2日に一回は捨てに行きます。
生ごみは、幸いかなディスポーザーがあるんで、あまり出ないんですね。

 

で、思うことは、なんだってこんなにプラスチックごみが出るんだ、と思うんです。
一度食事の準備をすると、大きめの買い物用のレジ袋は半分ほど埋まります。
考えてみると、食料品店の店頭は、なんだかんだとプラ系の容器に包まれています。
大根だって、ビニール袋に包まれていますし、レタスなんかも透明の容器に、入れこしています。
魚、肉は当然でしょ。

昔の話をしても仕方ないのですが、
その昔、肉屋さんは、竹の皮を包装用に使っていましたよね。
肉だって、油紙でくるんで、紙包装。
ふと気づくと、プラだらけになっています。

 

で、ゴミを捨てるのに分別するんですが、
うちのマンションに、もちろん誰だかわからないのですが、
なんでもかんでも、全部まとめてごみ袋に入れて出す人がいるんですね。
で、管理人さんが時々、きちんと分類してください、と貼り紙をつけたりしています。

おかげで、監視カメラを付けることになりました。

まあ、仕方ないですか。
もちろん、みんな決まり通りに、ペットボトルなんて、
ラベルをはがし、キャップは別にして、ボトルはボトルで仕分けしています。

で、これって、本当に意味があるのか、と疑問を感じることがありました。


ちらちらと噂のように聞いてはいたのですが、
ゴミの分類は意味がない、と。
で、日本はウソかホントか、プラゴミのリサイクル率が84%なんですって。
これはすごいでしょ。
日本人の生真面目さがデータ−として出た、とか言われていますが、
84%という高い数字が逆に気になってしまったんです。
そもそもが廃プラのリサイクルというのは、大きくわけて3種類。
1. マテリアルリサイクル
2. ケミカルリサイクル
3. サーマルリサイクル
の3つ。

で、1、2はともかく3のサーマルリサイクルというのは、
燃しちまう、と言う事なんです。
なんかの拍子に、キャンプファイヤーの中に、飲み終わったペットボトルを投げ込んだとします。
つまりこれだって、大雑把にはサーマルなんです。
回収率が84%、そのうちの70%がサーマル処理によるものです。
つまり、なんだかんだと半分以上は、要は燃しているんですね。
だったら、燃えるごみとして処分しても何の問題もないんじゃないの、と思うんですね。

 

ウソかホントか、ゴミ焼却の現場では、生のままのゴミだと燃焼性がよくない。
そこで、プラゴミを補助燃料として混ぜているとか。
つまりわざわざ市民に分けさせて、別々に回収して、
ゴミ焼却場で、また混ぜているとしたら、
私達の努力は意味がないという事でしょ。
これを徒労と言います。

ひどいのは、そんな風潮を作り上げていて、
いや誰ってオカミのことですよ。
事業ごみは有料だ、とか、ちょっとした分別で、これは持って行けないとか、
まあ庶民は、女将の顔色をうかがうようにごみを出しているでしょ。
まあ身近の所にはいませんが、ところによっては、分別をきちんとさせようと、
自治会の中の役員さんが、見張りをしてるとか。
もうこうなると、いい加減なルールを作りそれを市民に強制している行政の手先みたいなもんでしょ。

近々、ゴミ袋を有料にし、そのゴミ袋でないと回収しない、

というルールを実施するとか、言われています。
いやいや、その前に、私達の分類の努力がどのように生かされているか、
忠実なデータを公表すべきでしょ。

 

実は、今度の七夕のたから市と言うイベント会場で、
16コマの飲食店が出店するのですが、
この時、脱プラをテーマにして、そういう運動を興そうと、
プラスチック製の容器は使わない、ということのようです。
まあ、紙皿とか、紙コップを使うようです。
実質的な効果としては、焼け石に水の話ですが、
それはそれなりに、地球環境を考えれば、啓蒙としては意味あることだと思うんですが、
大手のフードチェーンが、ストローを紙製に切り替える、という運動に似ていて、
効果そのものよりも、うちだって環境に取り組んでいるんです的な見栄を感じますね。

何より、廃プラリサイクルの精度上げるか、サーマルで、良しとするのか、
いずれにしても決断が迫られているんじゃないでしょうか。

| 水嶋かずあき | 環境 | 19:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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