水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
何やら地震が頻発してますね。

なにやら関東地方に地震が頻発し、大きめの地震が来るんじゃないか、
と心配されている方が多いようです。
もし心配なら、そのための備えをすることでしょ。
大丈夫か、大丈夫か、なんて百篇言ったって、
何の足しにもなりません。

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今回の一連の地震は、東日本大震災の時の余震と言われています。

あれから9年も過ぎたのに、余震?と思うでしょ。

地球にとっての9年なんて、私たち人間が感じる1秒程度のことでしょ。

十分に余震の領域なんですね。

心配なのは、これらの余震の影響で、首都直下型の地震が誘発されないか、でしょ。

可能性は否定できない。

コロナと地震のダブルショックを東京は受けるかもしれない。

用心するのに越したことはないでしょう。

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防災の基本は死なないことです。
したがって、死につながりそうな要素を排除してゆくべきです。
阪神淡路大震災での直接死者数(関連死を除く死者数)は、5500人。
これは、神戸大学をはじめ、多くの医療関係者が、死者全員の検死をしています。
その結果、おおよそ、9割の方が圧死でした。
建物の崩壊、家具の下敷きなどです。
ざっと5千人の方が圧死、さらに、その1割の人が家具の転倒による圧死です。
つまり、家具をちゃんと止めていれば500人の人が死なずに済んだ、ということになります。
くどいようですが、防災の最大の目的は、死なずに済んだ人は死なせないようにする、ということです。
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つまり、第一は壊れない家に住むということです。

コンクリートの頑丈な家で生活するか、
今の家を耐震補強するか、まあどちらかです。
もっとも出先などで、建物の崩壊に巻き込まれてしまえば、それまでですが、
でも、圧倒的に自分の家で災害に会うというのが多いんですね。
ですから、何より、壊れない家に住む、ということが重要なんです。
ちなみに、平塚市内の世帯数およそ10万世帯ですが、
そのうち、50%はマンションや集合住宅に住んでいます。
木造系の家屋でも、おそらく昭和56年以前の建物というのは少なくなっていると思いますが、
それでも耐震基準などが脆弱な時代の建物ですので、
耐震診断をする必要があります。
死なないための基本的な手順です。
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で、第二は、家具を固定する、ということです。
家具転倒での死者数500人というのは、信じられない数ですが、
検死の結果のデータですから、人ごとと思わないことが大事です。
固定の方法はいろいろありますが、
一番単純で安上がりなのは、壁にL時金具で固定する方法です。
ただ壁の位置によってはグズグズでビスが効かない場合がありますので、
壁の芯を見るけることが大事です。
それと、賃貸の部屋の場合、壁に傷をつけられないので、
別の方法が必要です。
マンションなどの場合も壁が石膏ボードの場合が多いので、
これまたビスが効かない。
そこで、ツッパリ棒的なもので抑え込むのですが、様々な機種があるので、慎重に選びましょう。
特に、取り付け場所によっては効果が半減するので、
基本は壁に寄せて、設置することです。
要は、家具の天板の奥に着けるということですね。
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一番簡単なのは、家具と天井の間を丈夫な段ボールなどでふさぐことです。
ま、できるだけぴったりとはめこめば、ほぼ倒れることはありません。
要は地震の揺れによって、家具が徐々に上部を振り始め、

何処か限界点で、どたーんと倒れるわけです。
例えば冷蔵庫などですが、あんなに重いものが倒れるのか、
と考えられがちですが、
私の知人が、中越地震の時の自宅の様子を写真の撮って見せてくれたのですが、
アップライトのピアノが、部屋の対角線の位置にそっくり移動してしまったそうです。
とてつもない力が働くもんだ、と思ってください。
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とまあ、まずは圧死から逃れる、ということが防災のイロハです。
それ以外では、割れたガラスとか、落下物にあたったとか、怪我がありますが、
これは原則自宅治療をすべきです。
つまり救急用の医療品のセットは準備すべきです。
最低限の応急治療は家でできるようにしておくべきです。
この最大の理由ですが、病院には、一挙に怪我人が殺到します。
阪神淡路では3万2千人が負傷しました。
この人たちが一斉に病院に押し掛けるわけです。
ある病院の外科部門では、10倍、100倍の患者がやってくるわけです。
当然ですが対応できるわけがないでしょ。
それによって医療崩壊を起こします。
それで、救えるべき人を死なせてしまうことがあるのです。
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防災の基本は死なない、ということと、死なせないということなんです。
「葉隠」に、侍とは、死ぬことと見つけたり、と書かれていますが、
防災とは、死なせないことと見つけたり、なんです。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:54 | comments(0) | - | - | - |
脱プラの問題点

コロナの話題もいささか鮮度を失ってきたのか、
メディアは話題性の高いものを鵜の目鷹の目で探し出し、
何とか番組のネタに仕立てようと躍起になっているようです。
そこで白羽の矢が立ったのが、レジ袋の有料化です。
昨日のワイド系の番組ではそのほとんどが取り上げていました。
で、省令で決められた有料化について、何の疑問もなかったのか、
吹かれている笛に踊っている、という印象でしたね。
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基本は脱プラで、廃棄されるプラスチックそのものが問題なわけです。
その目標は、数値化されているわけではありませんが、
現行の無制限に使われているプラ製品を減少させ、
さらには廃棄されたものを有効利用しようというものです。
当然ですが、コントロールできずに地球に捨てられる総量も少なくしようというわけです。
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この脱プラについては、したがって、いくつかの段階に分かれます。
まずは、下流に位置する問題から考えてみますが、
自然界に捨てられるプラ製品が及ぼす被害を減らすということです。
よく、亀の胃袋やクジラの胃袋からレジ袋が出てきたとか、が写真付きで報道されることがります。
それと、分解されずに地中に埋まるとか、
マイクロプラスチックによる海洋汚染とともに、
それが魚に取り込まれ、その魚を食べる人間にも蓄積されるのではないか、
とその危険性が指摘されています。
まあ、どこをどう取っても、あまりいいことじゃなさそうです。
そこでこれらの不安と問題を抜本的に解決するには、というのが脱プラのテーマです。
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もちろん抜本的に解決できません。
一つは、あまりにも便利な素材のため、これを使わない生活など考えられないからです。
さらに、ほぼ、現在目にする身の回りのプラ製品は、
基本的に捨てることを前提としているものが多いように思われます。
つまり、プラごみを出す体制は完備している、ということでしょ。
したがって、何をどのように規制するのか、と言っても、
生活全般に大きなダメージを与えかねませんし、
その意味でも、経済的なダメージも伴うと思うのですね。
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そこで、問題は、たとえわずかであろうと、プラ製品に消費量を抑えられないか、
ということと、いかに効率的にリサイクルするか、の二つが考えられます。
今回のレジ袋有料化は、消費量を抑えようとする試みです。
いくらマイバッグを普及しようと、実はそれほどの効果はないのではと思っています。
結局、レジ袋は使い終わったら、単純に捨てられているということはほとんどない、と思うんですね。
何らかの形で、ごみの整理のために使われる。
最後にはプラごみに分類されて、ごみ収集に出される。
マイバッグだって、基本プラ製品の場合が多く、結局は多かれ少なかれ、
プラ製品の消費を下げることはなかなかできないのではないかと思うんです。
そもそもが、プラスチックの原料となる石油の量は全体の3%にすぎず、
目に見えないところでの問題もかなりあるということです。
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ですから、現状では、分解可能な素材の開発と、
有効なリサイクルシステムの構築だと思うんですね。
日本は、リサイクル率80%と言ってます。
諸外国では、この数字を驚いているそうですが、
実は、熱処理、つまり燃やしてしまうのが、そのうちかなりあって、
世界標準でいうリサイクルに回されるプラスチックごみは4分の1くらいにすぎず、
いささか、こ狡いデータを出しているんです。
なんとなく中国みたいでしょ。
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話は突然変わりますが、ウソかホントか、
中国医師の告発によると、かなりの数のコロナによる死亡者の数が、
他の死因として処理するように、当局から指示があったというんですね。
その医師の感覚では、少なくとも一桁違うはずだ、と。
私も、あのテレビから伝わってくる様子から、案外死者数が少ないな、
と思っていたんです。
もし、事実だとしたら、不都合な真実を隠すのは、どこの国の政権も同じなんだな、と感じました。
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さてプラごみの問題です。
要は、レジ袋を使わなくなるんじゃなくて有料なんですから、
絶対数を減少させるのには、あまり効果がないと思われるんですね。
だって、3円とか5円で買えるんですから、
1000円、2000円の買い物に占める割合でいえば、たか知れたものでしょ。
多少は影響がありにせよ、大山鳴動し鼠一匹と言ったところでしょ。
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何より、国及び地方行政体は、ごみの収集の真の姿を明らかにすべきだと思うのです。
あのペットボトルをラベルをはがし、キャップを分け、時に中を洗浄して出していますが。
それ相応の市民の協力は意味を持っているのか。
特に、プラごみですよね。
神経使ってキッチンでは仕分けしていますが、
どのように扱われているんでしょうか。
時に、ごみ焼却の補助的な燃料として使われているとか。
としたら、何のために仕分けているんでしょうね。
いささか空しくなるでしょ。
これらのごみ処理の行方をもう少し可視化する、というか明確に情報公開することが必要でしょ。
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レジ袋有料化によって新しい性格基準を作ろうということですが、
確かに、コロナは強烈でしたが、
マスク着用は標準的になりましたよね。
更に手洗いの励行とか、より衛生観念は進化したと思うのです。
まあ、これと同等、脱プラの政策も、いつかしっかりと習慣化されてゆくとは思いますが、
その道筋を、不都合な真実を隠すことなく、国民に見せて、協力を仰げば、
日本人は従順ですから、先は見えてくると思います。

| 水嶋かずあき | 環境 | 09:09 | comments(0) | - | - | - |
金になるというモチベーション
人間の行動で、もっとも単純な動機が金になる、ということです。
逆に、回避されがちなのが、金をとられる、です。
買い物ぶくろを有料化しようという機運が高まり、実際、いくつかのスーパーは有料ですし、
別途料金を取らないところはポイントを付けているようです。
と言っても袋の有料価格はいいとこ3円4円5円の世界。
したがって、払いたくないというより、もらった袋の活用を考えると、さほどの負担感はないものです。
むしろ、脱プラ世界へのささやかながらの挑戦と考えるかどうかのほうが、その動機が図れます。
したがって脱プラ効果があるかどうかより、そういう意識啓蒙のほうが意味があるわけでしょ。
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話は変わりますが、私たちがまだ子供のころ、つまり昭和20年代。
朝鮮動乱あたりの時代です。
まだまだ掘っ立て小屋が一部残っていたり、
犬は放し飼いが多く、犬殺し、と人は呼んでいましたが、野犬狩りをする人がいたり、
街角には、傷痍軍人の人たちが、義手や義足を付けて
アコーデオンを弾きながら街頭で募金を募っていたり、
学校の給食は脱脂粉乳とコッペパン一個だったり、
シラミやノミに悩まされていたり、
まあ、ともかく貧しい生活だったころです。
もちろん戦争中から見れば、多少はましになったのだと思いますが、
それにしてもひどい生活環境だったと思います。
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そのころでも子供は子供、何もみじめさを感じることはなく、
目の前に広がる生活については、そういうもんだ、という程度の認識だったんですね。
あっけあかんとしたものでした。
で、そういえばいつの間にか見ることが無くなったというのが、ネズミです。
今は、生活をしていて、その姿すら見ないでしょ。
でも当時はごく普通に、人間と同居していました。
とはいえ、病原菌を運び込むといって、忌み嫌われていました。
何とか退治しようとあの手この手で捕まえようとしたものです。
特に我が家ではすでに飲食業をしていたので、ネズミは大敵。
仕事の一つがネズミ退治でした。
普通には針金で作ったネズミ捕り捕獲機を仕掛けて、翌朝何匹か入っていると、
捕獲機ごと水につけて水死させるのです。
きっと、下水管なんかが不十分な構造だったんでしょうね。
近隣の家から伝わって侵入してくるので、まさにイタチごっこならずネズミごっこ状態で、
捕まえても捕まえても次々と家に入ってい来るのです。
まあ、ネズミはその意味で最も身近な動物に一つだったと思うんですね。
昭和でいえば、20年代後半ぐらいまで、ネズミを捕まえて交番に届けると、いくらかお金をもらえたのです。
いくらだったのか、その制度がいつごろまで実施されていたのか、記憶は定かでないのですが、
ともかく交番にネズミを持ってゆけば小遣いになった、ということは確かです。
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これは何とか撲滅したい、というある種の公衆衛生的な政策なわけで、
国家予算を組むほどのことはなかったと思いますが、
あることを推進するのに、金になる、ということはそこそこの成果を得るものなんですね。
だから、一匹いくら、という報酬を与えたわけです。
それによって、ネズミが減ったという実感はありませんでしたが。
ま、いずれにしても何か成果を求めたいなら、賞金というか、報奨金を付けるという、
手があって、場合によってはそこそこ成果は上がる場合もあります。
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西部開拓時代に、小さな町の片隅に保安官事務所があって、その入り口近くに、
極悪人の似顔絵かなんかに、この者を捕えたら賞金を出す
といったポスターが貼ってあった、なんて西部劇で見たことがあるでしょ。
WANTED DETH OR LIVEとかで、死んでいてもかまわないみたいな文言が書いてある。
平穏な生活を乱すものに賞金を付ければ、付けないより退治できる可能性がある。
で、賞金稼ぎが登場するわけです。
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で、現代社会でも平穏な生活を脅かすものというのは必ず登場してきます。
ごく普通には、警察とかがその退治にあたるんですが、何も人間とは限らない。
そこでそういう場合様々な対処法が使われるわけです。
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コロナ騒ぎの陰に隠れて、あまり報道されませんでしたが、
なぜか今年の春、東アフリカでバッタの大群が発生しました。
それはニュースで見たのですが、こいつらがその後勢いを増して、
中東を横切りインド・パキスタンに侵入。
一部は中国に上陸したというんですね。
なんという生命力でしょう。
コロナは目に見えませんがバッタはよく見える。
それはそれなりに恐怖ですね。
何しろ、植物という植物を食べつくしながら移動するので、
これによる食糧生産への影響はかなりありそうだ、ということです。
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バッタの大群による被害で食料供給危機に直面するパキスタンで、
対策の一環としてバッタを養鶏の飼料とする試みが行われているのだそうです。
なかなか賢い政策です。
パキスタンの首相は、穀倉地帯パンジャブ州でのバッタ対策として、実証実験を承認したのだそうです。
それは、バッタを飼料として利用しようという作戦です。
かつて、紛争で荒廃したイエメンで
飢餓対策にたんぱく質豊富なバッタを食べるよう推奨した取り組みを参考にしたのだそうです。
そういえば、日本でもイナゴを食べる習慣がありますが、まあ似たり寄ったりです。
害虫駆除と同時に、食糧問題の一助にする、という一石二鳥の作戦です。
そもそも人類の先祖が東アフリカの大地溝帯に現れた時、
何を食べていたかというと、木の実と昆虫だったようなんですね。
きっとバッタは当時にご先祖にとって好物の一つだったんじゃないかと思われるんです。
だから、いまさらでしょ。
まあ、パキスタンでの取り組みは、人が直接食べるのではなかったようです。
まず、村人たちが集めたバッタを当局が買い取り、乾燥して粉末状にし、飼料に混ぜる。
場所は、バッタが飼料用に適さなくなってしまう殺虫剤を農家が使用していなかったことから、
パンジャブ州オカラ地域が選ばれました。
殺虫剤を回避したところはさすがですね。
で、バッタを捕まえる方法なんですが、地元住民にこのように教えたんだそうです。
網は使い物にならない、と。
バッタは夜になると木や植物に群れをなして止まっており、
日が昇るまでの涼しいうちは動かないため捕まえやすい。
この寝込みを襲って直接捕まえてしまうという方法です。
そして、バッタ1キロ当たり20パキスタン・ルピー・約13円が支払われることになりました。
地元住民らは夜通しバッタを採集したのだそうです。
金になるってすごいモチベーションを与えるでしょ。
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ところがですね、20トン集まった時点で当局の予算が尽きて、この計画は終わりになりました。
まあ、ちょっと情けない話なんですが、それでも効果は歴然とあった。
彼ら地元民にしてみれば、農作物を守れると同時に、いくらか金になるわけですから、
それは頑張りますよね。
集められたバッタは、同国飼料生産最大手の会社に送られ、
養鶏飼料に使われている大豆の10%をバッタで代用することになったそうです。
まあこれがすべての解決につながったわけではありませんが、もう一つ副産物が見えてきたそうです。
それは、殺虫剤をむやみに使用しないということへの啓もうになったのではないか、ということです。
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このあと、奴らがやってくるかもしれない中国などにとってはいい参考になりそうですね。
こういう人海作戦というのは中国のお得意とするところですものね。
| 水嶋かずあき | 環境 | 11:03 | comments(0) | - | - | - |
不吉な警告
今日、8時58分、茨城県沖、深さ50キロのところでマグニチュード5.5の地震が発生しました。
震源に近くの町の震度が3程度でしたので、
まあ、最近たびたび発生している地域の小規模の地震の一つですね。
とはいえ、地震って何が怖いかというと、通常、前震・本震・余震の三段階に発生することが多いのです。、
特に、大地震といわれるものは、ほぼこの形態をとります。
で、実際発生した地震、例えば、今日の茨城沖地震は、千葉での地震などとの関連性など考えれば、
前震なのか、これが本震なのか、という判断がなかなかできない。
まあ、結果として、あとで仕分けはされていますが、起きた時は判断できない。
つまり、もし本震だとすると、さほど警戒することもないのですが、
これが前震なら、もうひとつこのあと、本格的なのがやってくる、と考えるべきでしょ。
なにしろ、ここが分からない。
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恐ろしい統計があります。
ある地震学者が、仲間の地震学者、いわば地震学会に所属している人たちに、
特に、南海トラフ地震について、私たちが予報を出したとすると、
(ぼちぼち地震が起きそうです、という警報のこと)
どの程度の正確性があるだろうか、とその自信のほどをアンケートとして取ったんですね。
すると、その集計結果では、99%不正確な警報となる、という答えでした。
つまりですよ、地震の予測って、まるでできない、ということでしょ。
100回出して、1回言い当てれるのが精いっぱいということですから、
こんなこと繰り返していたら、オオカミ少年の話になってしまいます。
オオカミ少年現象は、「習慣化による受信濾過」 といって、何度も繰り返されているうちに、
大脳として、取るに足らない情報、として処理されると、
いつの間にかその情報に鈍感になってしまう、ということで、
オオカミ少年の訴えを、正面から取り上げられなくなる、ということですね。
ちなみに、日本ではなぜか、その結果少年がオオカミに食べられてしまう、という結末になっていますが、
本来は、羊(少年は羊番をしていた)が食べられてしまった、というのだそうです。
まあ、どっちでもいい話ですが。
したがって、地震学者の先生は、予知できません、と言ってるんです。
それほど、大地の営みは複雑で、人間が知りえないことが多すぎるわけです。
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ですから、今回の千葉、茨城の群発的地震については、前震としての位置づけができないんですね。
さ、そこで、素人地震学者の登場です。
はい、水嶋かずあきです。
私の見解。
要は、東日本地震(東日本大震災というのは災害名です)というのは、太平洋プレートの沈み込みによって、
日本海溝の西側にひずみが溜まりました。
で、これが割れたわけです。
この地震の驚異的な点は、はじめ北のほうで始まったプレートの崩壊が、順に南に降りってきて、
ほぼ茨城沖まで連続して近く崩壊があった、ということです。
まあ一種のドミノ倒しの原理ですね。
まさかこれほどの範囲で地殻がこわれるって想像していなかったんですね。
あの時のマグニチュードは「9」です。
マグニチュードというのは、例えば、6と7の違いはおよそ30倍。
7と8との違いも30倍、そして8と9との違いも30倍なんです。
つまり、マグニチュード7に比べるとマグニチュード9というのは、およそ900倍になる、ということです。
ちなみにマグニチュードというのは、地殻が壊れて発生するエネルギーのことです。
通常マグニチュード7というと、結構な地震です。
今年1月27日にトルコ東部で発生した地震では、36名の死者が出ました。
この時のマグニチュードは6.8です。
おそらく建築の様式も原因と思いますが、マグニチュード6.8で死者が出るんです。
それが、マグニチュード9というのは、トルコ東部の地震の1000倍のエネルギーということですから、
これはとんでもない経験をしたわけです。
この時に、地図でいえば日本海溝の西側が、上から徐々に割れて下まで降りてきた。
で、今回の群発的地震が発生している部分は、その時の割れ残りではないか、と思うんです。
まあこれが全面的に割れたとしても、さほど大きなものにはならないのではないか、と考えるんですね。
むしろ、それによって、地殻に別な力が働いて、お隣の地殻に影響することが怖いですね。
もしそうなると、首都直下型地震です。
人間は地べたの下のことはよく分かっていないですから、単なる推測ですが、
茨城沖と東京直下の地盤の関係は、結構親しい間柄かもしれないでしょ。
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やはり本命は南海トラフでしょ。
なぜか、地震学者の専門家たちは、南海トラフの割れはじめは駿河湾トラフということにしていますが、
私としては、相模湾トラフと駿河湾トラフは双子のようなものですから、
南海トラフから相模湾トラフが外れることがいささか問題だと思っています。
駿河湾トラフと相模湾トラフは、フィリピン海プレートが、楔のような形で訪米プレートに突き刺さっているんですね。
いわば二等辺三角形の右辺と左辺の関係です。
ですから、駿河湾トラフの動きには、相模湾トラフも連動するんではないか、と。
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ま、いずれにしても、コロナ騒ぎで、すっかりそちらの意識が言っていますが、
ここに南海トラフ地震、予想ではマグニチュード9クラスの地震が発生したら、
正に日本沈没ですね。
避難所では、超過密状態で、コロナはあっという間に広がる。
医療崩壊はいとも簡単に起きる。
コロナで手いっぱいのところに地震の負傷者が押し寄せるんですから。
きっと地獄図になりますでしょ。
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まあ、情けないですが、そうならないように祈るばかりです。
| 水嶋かずあき | 環境 | 10:15 | comments(0) | - | - | - |
南海トラフは大丈夫か
今日、午後1時30分から、FM湘南ナパサで「ナパサで防災」
という番組が30分間放送されます。
担当は私水嶋です。
で、頭の中がコロナだらけになってしまって、その意味で間違いなくコロナに感染してしまったんですが、
ふと、そういえば、今日は防災番組の担当があった、と。
で、改めて、従来取り扱ってきた災害に対する問題意識などが、隅に追いやられている、
と実感したんですね。
考えてみれば、コロナコロナと騒いでいるからと言って、
大地の中で生まれてくるひずみはひずみでたまってくるわけで、
地上ではコロナで取り乱しているようなので、暫くこちらは遠慮しましょうか、とはならないでしょ。
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改めて、まずは地震の脅威を再認識すべきなのではないか、と。
喫緊のテーマは南海トラフですよね。
ここのデータも、いくらか再計算されてようなので、
一応新数値を紹介しておきます。
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まずは、党南海トラフ地震が最大規模で発生した場合です。
それによる死者数は、32万人から23万人に減りました。
これは、地震で発生する直接死の基本が建物や家具の倒壊による圧死が、
およそ9割なので、耐震化などの対応が進んで来ていることと、
当初計算していたより、津波の被害が少なさそう、ということなどが関連して、
およそ30%ほどの数値を引き下げました。
なんとなくこういう数字を知ると、妙に安心するでしょ。
死ぬ人がざっと10万人ほど減った、と。
なぜか、減った数の中に自分は入っているんですね。
ここでも正常性バイアスですね。
自分は助かる、と。
とはいえですよ、23万人の方々が亡くなる。
東日本大震災の10倍です。
どう考えてもとんでもないことでしょ。
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で、被害の金銭的な面ですが、
総額で220兆円ですって。
コロナでの財政出動の倍です。
平年の一般会計と特別会計の半分を足した金額。
おおざっぱに、日本の年間運営費の7割ほどの被害が発生する、と言われています。
これによる福祉的費用の増大などは見込んでいません。
今回のコロナのような、一人10万円とか、休業補償とか、そんなものは想定していません。
各建物資材などの損失、道路や鉄道、電機、上下水道などの公共的インフラの損失などです。
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この南海トラフ地震は、駿河湾トラフが、実はかなりの年月割れていないんですね。
ですから、ぼちぼちじゃないか、と考えられています。
そこで、かつて東海地震なるものが取りざたされていたんですが、
東日本大地震で、トラフが連続して割れる、という状況を目の当たりにしたものですから、
これって、東海でもありうるんじゃない、ということになって見直したんですね。
そもそも南海トラフという自信に対する警戒心は以前からあったんですが、
ここにきて、東海、東南海、南海が一連托生で、一気割れするんじゃないか、というわけです。
まあそうなると、東日本並みのマグニチュード9とかのクラスになるだろう、と。
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そこで、再チェックして、様々な被害想定を出したわけです。
それによりますと、平塚は、
震度5強、津波の高さ2〜3メートル。
そうなると、バランスの悪い家具は倒れます。
食器は棚から飛び出して割れます。
風呂の水は半分飛び出します。
もし夕方なら、かなりの火災が発生します。
けが人や時に死者が出る可能性があります。
津波は、3メートルとして、駆け上がってくるので、海岸の地域は建物被害が出るはずです。
まあ、のんきに家にいる人は、津波で命を落とすかもしれません。
結構な被害でしょ。
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で、私個人としての疑問なんですが、これらの国の防災計画の中に、
南海トラフの震源的位置づけに、なぜか相模トラフが入っていないんですね。
そもそも、フィリピン海プレートが南から押し込んできて、北米プレートとぶつかって、
その下に潜り込んでいるわけなんです。
そのひずみとして相模トラフがあるわけなんですね。
この相模トラフは、三角形の楔のように日本列島につきっ刺さっているのですが、
その三角形の右の稜線が、相模トラフで、左の稜線が駿河湾トラフなんです。
つまり、電車でいうなら、二人座席の隣り合わせて座っている状態なんです。
で、片方が崩れる、というんでしょ。
それこそ肩が触れ合っている相模湾側が何でもない、というのがよく分からないのですね。
多少の影響があるんじゃないか、と。
何しろ、相模トラフこそ、」あの関東大震災の震源だったんですから、
まあ、立派な前科持ちなわけです。
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南海トラフの対応もいいのですが、平塚の防災そのものを、上からのデータだけで判断するのではなく、
もっと自律的にチェックする必要があるんじゃないのでしょうか。
天災は忘れたころにやってになる来ますから。
ボーとしていると飛んでもないことになるかもです。
| 水嶋かずあき | 環境 | 09:54 | comments(0) | - | - | - |
鎖国が始まった

もしかすると、このあと、爆発的感染拡大があるかも、と専門家委員会のコメント。
まあ、油断するなよ、ということですね。

 

有史における、人類としての感染症に関する最大の危機は、14世紀の発生したペストでしょう。
何しろ当時の世界人口4億5千万人いたのが、このペストで3億5千万人になってしまったようです。
1億人も亡くなったんですね。
凄いことでしょ。

ヨーロッパを中心に拡大したのですが、ある村では90%の人が亡くなったそうです。

ですから、コロナに関しては、現状では、まだまだ比較にならない数字ですが。


で、現在のコロナと14世紀のペスト大流行と単純な比較をしてみます。

時代を経てのプラス要因
1、医療技術の向上
2、公衆衛生の向上
3、情報伝達の向上
まあ、それ以外のいくつかの要素もあるでしょうけど、
まずはこんなところでしょうかね。
で、マイナスの要素です。
1、人口の拡大密集化
2、往来の増大、接触チャンスの拡大
3、都市化の進展
と言ったところでしょうか。

 

さて、マイナス面で考えてみます。
当時の世界人口は4億5千万人ですから、ざっと現在の17分の1。
つまり、600年から700年の間で、17倍に膨れ上がったわけです。
地球の面積は変わらないわけですから、人口密度は平均で17倍になったということです。
ちなみの現在の世界の人口密度は、1平方キロあたり50人です。
およそ300メートル四方に50人の人がいる、ということですね。
このコロナ騒動の初期に濃厚接触と言うことが言われましたけど、
人口密度が高くなるということは、そのチャンスが増えるわけでしょ。

 

例えば、世界で人口密度の低い所と言うと、モンゴルなんかその一つでしょ。
あの見渡す限りの大平原に、ぽつんと人が暮らしている、なんて映像を見た限りでは、
濃厚接触が起こりようもなさそうでしょ。
現に、極めて低い感染者数ですものね。

そのことで考えれば、ぽつんと一軒家に住んでいる人も、安全そうですよね。


ちなみに、日本の人口密度は、336人。
中国は広いですからその半分以下の140人。
最近、感染拡大でやばそうなイタリアは、199人。
イランに至っては、45人ですから、基本的にはその国の人口密度は関連性がないみたいですね。
むしろ、少なくとも14世紀と圧倒的に違うところは、都市化でしょうか。
あのころはまだ産業革命前ですから、農耕にしろ、牧畜にしろ、
人ひとりを養うのに、そこそこの面積が必要だったわけでしょ。
ちなみに14世紀の人口密度は、1平方キロに3人。
ところが産業革命以降、1平方キロ当たりの面積での人を養う能力が劇的に向上したわけです。
つまり、人の塊が偏在してきたわけです。
農耕牧畜以外で養える人の数が増えたこと、それが都市化の要因です。
つまり構造的に濃厚接触が可能になってきたわけです。

 

その昔、ゲルマン民族の大移動なんて言葉を世界史で習いましたが、
いまや、世界中の民族が年がら年中大移動している。
国と国の間の往来が極端に増えたわけですね。
正に、国境なき時代に突入しているわけです。
いいものもすぐに広まりますが、このような厄介な感染症もすぐに広まる。

ですから冷静に、ペストとの比較と言っても何の基準もないのですが、
もし、あのペスト菌が、現代であの勢いをもって登場していたら、
かなりの打撃を受けたでしょうね。

 

しかし、正に目に見えない強敵とは言え、
国境封鎖が続々とおこなわれていますが、
正に現代の鎖国になってしまうんでしょうか。

 

国単位での封鎖が始まって、改めて、国の意義を考えさせられます。
どっかに境目を引くわけでしょ。
たまたま人間が決めたあるラインですよね。
大阪と兵庫のこともそうです。
境界の境目に人にしてみたら、なんかの拍子にむこうだっかもしれないでしょ。
それなりの地域の境というのは行政上の区分なんでしょうけど、
こんな状態で、改めてなんなんだろう、と考えてしまいますね。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:32 | comments(0) | - | - | - |
3.11の記憶

アメリカの人々にとって、9.11は生涯忘れられない日になっていると思います。

正に前代未聞の航空機がビルディングに突っ込むというテロですから、ただただ驚愕と

それによって失われた犠牲者への哀悼として、心に刻むべき日になったんだと思います。


私達、日本人にとって、3.11は生涯忘れられない日になっています。

 

震災の翌年のことです。

この日を心に刻もう、と、3月11日、午後2時46分を期して、
みんなで黙祷をしたいと考えたのです。

 

2011年の10月ごろだったと思います。
私たち飲食業組合連合会で、被災地に炊き出しに行こうということになり、
バスに食料、資材など積み込んで、20名ほどで、東松島市に向かいました。
その町の一角にある仮設住宅で暮らしている人たちを元気づけ、
私達の町のおいしいものを味わってもらおうという企画です。

その時、昼ごろ到着し、先ずは市庁舎にお伺いし、
連合会として集めた義援金100万円を復興のために使ってくださいとお渡しし、
そのあと、市内の被災した現場をバスで見ることになったのです。
もう、数か月は経過していたので、いわゆる残骸はそこそこに片づけられていましたが、
逆に、土台しか残っていない住宅の跡地などみると、かえってその殺伐とした景色に、
心ふさぐ思いがしました。

 

あちらこちらの被災現場をバスで見て回っているときのことです。
何時もなら観光バスでも走っていそうな海辺の風光明媚な道路を走っていた時、
後部座席にいたメンバーから、ここで海に向かって黙とうしませんか、という提案があったのです。
私は、そう言われてそれはそうだ、と思い、運転手さんに停車してもらいました。
道には車は殆ど走っていませんでしたから、そこにバスを止めたからと言って、
さほど迷惑をかけることはあるまいと考えたのです。
その道は、松島を巡る観光道路として整備されたもののようで、

海辺の南岸をぐるりと回り込んでいたのです。
道の南側は海で、そこには高さ2メートルほどのコンクリートの堰堤がありました。
ここの階段を上がり、私達は堰堤の上に横一列に並んだんです。
正面には穏やかな初夏の海の水面がきらきらと光っていました。
きっと、あの沖の方から、黒い波が牙をむいたように、こっちにやってきたんだろうな、
と想像すると、まさに、背筋が寒くなるような感じがしました。
みなが堰堤に並び終わったところで、私は「黙祷」と声を掛けました。
何十秒か、静かな時が流れました。

 

東松島市での活動は様々に記憶に残っているのですが、中でもこの黙祷の瞬間が、
くっきりと脳裏に残っているんですね。

そんなこともあって、翌年の3月11日にひらつな祭が開催されたので、
その中で、2時46分にどうしても黙祷をしたい、と思い、
その時間のステージを使い、道行く人にも参加してもらって、黙祷をしたのです。

 

1人でも多くの人に、黙祷に参加してもらおうと、
黙祷と大きく描いたポスターを作りました。

もちろん自費です。
A2サイズのもので、カラー。
確か100枚ほど印刷したと思います。
事前に街なかにあちらこちら貼り出してもらいました。
出来れば、ひらつな祭の会場で、それが無理なら、自宅でも仕事場でも、
その時いるところで、東北の被災地に向かって黙とうして下さい、

とお願いをするポスターでした。

 

そのポスターの最後の一枚を私は、松風町の自室に貼っていたのですが、
引っ越しの時、たくさんの廃棄物が出て、その中に紛れ込んでしまったんですね。
今思うと、あれは捨てずに、新しい部屋の一角に貼っておくべきだったと。
災害への備えを、正しく進めることと、災害で失われた多くの命を悼み、
自分の中で、その思いが風化しないような意味も込めて、
マンションの自室にポスターを貼るべきだった、と後悔しています。

 

あれから9年。
確かに、少しづつあの時の思いは風化しつつあるように思います。

| 水嶋かずあき | 環境 | 10:51 | comments(0) | - | - | - |
19号、どうもまずい状況のようですね

台風は、気象現象の一つですから、周りの状況次第で被害のタイプが変わります。

記憶をたどれば、1958年、私が中学2年の時に、
狩野川台風と呼ばれた台風が襲来しました。
この時の被害は、死者行くへ不明者1,269人でした。
1000人を超える方が犠牲になるなんて、自然災害と言うのは恐ろしいものでしょ。


この時、伊豆半島に大雨が降り、その洪水の影響で被害が拡大しました。
台風としての目安である気圧は、940ヘクトパスカル前後だったようですが、
ともかく大雨が降った雨台風でした。


そして翌年の1959年、台風史上最大の被害をもたらしたという伊勢湾台風が襲来。
人的被害は、紀伊半島の和歌山県、奈良県、伊勢湾沿岸の三重県、愛知県、日本アルプス寄りの岐阜県を中心に
犠牲者5,098人・負傷者38、921人と言う大台風に挙げられています。

この被害者数と言うのは、ほぼ、阪神淡路大震災の被害者数に匹敵します。


この時の気圧は、上陸寸前まで900ヘクトパスカルと言う猛烈さでした。

台風の強度は、地震で言うマグニチュードのように、
数字でそもそものエネルギーを認識できます。
地震だと、マグニチュード6以上、7だと結構な被害を伴い、8だと大地震と言えます。
あの東日本大震災がマグニチュード9と言うのですから、

いかにものすごいエネルギーであったか、ということが分かると思います。
さて、台風ですが、周囲の状況で多少は変化しますが、
基本になるのは、ヘクトパスカルです。
以前はミリバールと言っていたのですが、いつの間にかヘクトパスカルに変更されました。
まあどうでもいいのですが、もう少し短い呼称は選択できなかったのでしょうか。


それはさておき、基準としては900としたらこれはまさに地震で言うマグニチュード8クラス。
ただ台風はそのエネルギーを海水の熱から作りだしますので、
海水温がどれほどか、ということが大きく影響します。
今年の台風が大きいのは、海水温が列島近くまで30度そこそこのため、
南の海上で発生して、日本に近付くにしたがって、温度の高い海水のせいで、熱を吸収し、発達するのです。
上陸寸前まで、900近いくまで発達するというのは、正に地球温暖化の影響なんでしょうね。
大体昔の台風は、南の海上で発生すると、しばらく初期状態では発達しますが、
日本列島に近付くと、いくらかパワーが減ってきて、前評判ほどでない、と言うのが普通でした。
それは、日本近海の太平洋側の海水温が今ほど高くなかったから、
さほどエネルギー補給をすることがないため、
発達することもなくパワーが失われてきたのです。

上陸すると、ほぼその先は熱帯性低気圧にパワーダウンするというのは、

陸上では、エネルギーが補給できないからです。

 

今までも、大体、上陸時には、幾分か力が弱まり、その後はただの雨風になっていたでしょ。

ところが15号もそうでしたが、今度の19号も、
むしろ、踏切板に近づくにしたがってスピードを上げ、勢いを増すという状態で、
そのパワーはちょっと考えられないくらいのものになりがちなんですね。

 

午前11時現在、平塚には、大雨 洪水 暴風 波浪注意報が出されています。

さらに、平塚の134号線より南、相模川河口、、金目川河口に対して、高波注意報が発令されました。

高波と言うと、海水面が高くなる現象、と安易に考えますが、
基本的には津波と同様の海水による被害が発生すると考えた方がいいようですね。

ま、いずれにしても、十分な警戒が必要です。


久々に平塚でも被害が発生しそうです。
十分気を付けましょう。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
19号接近中

今更なんですが、私はずうっと防災関係のボランティア活動をしてきて、
再認識したことがあります。


そもそもが、防災と言うと、地震への対応が主なものでした。
したがって、まずは、地震発生のメカニズムを学びます。
で、これは、地球の地学的な基本を学ばなければなりません。
極端な話、地球の断面図とか、地表部分に当たる近くの構造とか、
さらには平面的に見た場合のプレートの位置、その変化などです。


また、実際に派生した地震の状況とか、ともかく、地震に関しての勉強は、
今までの人生で地震関係以外の分野で学んだすべての量に匹敵するぐらい、
多くの時間を費やしてきたと思っています。

実際、25年前からほぼ15年間、SCNで地震番組を担当してきました。
そして、ナパサでは、ラジオの番組で、地震についての番組を
現在も担当しています。
当然ですが、これらの防災の番組を、小さいながらもラジオ局やテレビ局で放送するという事は、
それなりにネタを仕込むわけで、表面的な知識では対応できません。
併せて、地震が発生した時に、被災地などを訪れ、その実態を見聞きしてくると、
実際の防災活動の幅が広がってきます。
コティマン7の発想は、そんな中から生まれてものです。

で、そんな経験もあって、年に数回の防災講演会などの開催にもつながっていて、
それなりに防災の活動をより充実したものにしてきた、と自負していました。

 

ところがです、日本はまさに災害列島なわけですが、
災害と言っても実に多様なことが発生します。
地震に台風、大雨の洪水、津波、高潮、竜巻、雪害、火山の噴火など、
まあ、あちらこちらで、様々な形態の自然災害が発生します。
で、当然それらの被害の形態も様々なわけですが、
よくよく分析してみると、
いくつも共通のことがあるわけですね。
まあ、簡単な現象として、避難所が設けられ、そこに住民が安全のため、
非難する、と言うのは、地震や台風、大雨など、
形態の異なる災害でしょ。

 

今度の台風15号の千葉での被災状況を見ていて、
いまだ電気が普及してないところがあると聞いて、
大地震並みの被災状況じゃないか、と。
地震に対する警戒の意識をその他全般に向けるべきだったと、反省したわけです。

 

電気が止まる、水道が止まる、など、正に地震だけの話じゃないでしょ。
逆に、山地での地滑りとか、大雨だけではなく、地震でも発生する。

冷静に考えてみれば、多様な災害ですが、共通点が多くあるわけです。
そのために何をどうするかは、
単純に言えば、災害を最小に抑え、復旧を速やかにするためなのです。

 

当然、最後の最後は自助によるものになります。
防災について、どうのような準備をし、どのように対応するのか、と言うのは、
残念ながら、個にゆだねられているのです。
なぜなら、自然災害は、地域全体にかかわることで、

その地域に当然住民も生活していますが、
行政の様々な部署もその中にあって、
多かれ少なかれ被災してしまうのです。
停電が発生した、となれば、市役所も病院も停電してしまうのです。
おうおうにして、私達は、市役所や消防署や病院などに被災後、大きく頼りますが、
その頼られた方も、無傷と言うわけではない、ということを認識すべきなんですね。

 

いずれにしても、災害対策に関して、最大の問題は、
基本は自助にもかかわらず、まだまだ住民に依存心が大きいこと、
さらには、様々な情報に関して、あまり真剣に受け止めないこと、などです。

台風19号が接近中です。
単純に強風や大雨を体験するだけでなく、
防災の基本を少しは見直す機会にしてもらいたいものです。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 07:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
ノーベル平和賞

ノーベル賞ウィークが始まりました。
日本人が受賞すれば、それなりに話題になりますが、選外となると、あっさりしたもの。
せめて、受賞者とその理由位、もう少し丁寧に解説してもよさそうなものでしょ。
だって、彼らの功績は、自分の国に対するものではなく、人類に対しての功績だからです。
つまり、私達が生きてゆくうえで、大いなる恩恵を受けたということですから、
日本人かどうかより、私たち人類にとってどうかについて位、

情報をしっかりと流すべきだと思うのです。

 

ノーベル賞に関して言えば、米英などは、今更なのかもしれませんが、
まだまだ日本は、日本人が受賞することを気にしすぎます。
特にひどいのが韓国ですね。
どうもノーベル賞受賞渇望症にかかっているみたい。
だって、そもそもはノーベル賞は結果でしょ。
目標として目指すものではない。
それを、受賞者をいかに排出するか、みたいな狙いを持って、
国家予算を付けて研究者を養成するとなれば、
全然話が違う。
目標は、あくまで、人類の幸せな未来のためです。

 

さて、今年のノーベル賞のなかで、気になるところは、例の気候変動に関して
国連でスピーチをしたグレタさんです。
平和賞の候補の一人だとか。
私は彼女の演説を聞いて、深い感銘を受けました。
なんて勇気のある子だろう、と。

 

ところが、何故かこの子に対して、否定的な考えを持つ大人がいるようです。
彼女が言ってることは、

私たちの世代が今後生きてゆくうえで、
現在の気候変動は、決して望ましい状況ではない。
そうしてしまったのは、あなたたち大人でしょ、と。
まあ簡単に言えばそういうことです。
子どもたちに付けを回してしまった大人としては、彼女を否定する理由はない。
情けないことに、そこそこの知識人すら、自分たち大人の責任を感じていない。


「16歳の考えに世界が振り回されたらダメだ」(橋下徹・元大阪市長)。
「洗脳された子供」(作家の百田尚樹氏)。
「お嬢ちゃまがやってることが間違ってる」(作家の竹田恒泰氏)
などで代表されますが、私はすべての大人が、多かれ少なかれ現在の気候変動の引き金となった
経済活動の片棒を担いでいると思うんです。
もちろん私もです。
何かしなくてはと思いつつ、実際の行動まで踏み込めない。
時に、70億分の1の責任だから、と、気持ちの上で、逃げに入る。
しかし、敢然と、これに立ち向かった少女がいたわけです。
上記の批判的な知識人、それに彼女を否定する大人たち。
あなたたちは、現状を正しく認識したのか、大いに疑問です。
オゾンホールがどうしてできたのか、説明できるか。
一年間で減少してゆく森林の面積がどのぐらいか知っているのか。
人類が手にする食料の偏りを認識しているのか。
この地球が持続的に生産できる食料の量と、人口のバランスをどう考えるのか。
過去5回の生物種の大量絶滅の記録を承知しているのか。
プラスチックごみの海洋汚染の対策として、どんな手が打たれているか、知っているのか。
おそらく、生半可な環境知識で、物事を判断していて、
彼女の言う、現状の把握とその起因を熟知していないのではないか、と思うんです。
何より、彼女を非難する前に、環境問題に対して、
何か具体的な行動をとったかどうかでしょ。

 

彼女の行動から、改めて多くのの人が啓発され、
世界中のあちらこちらで、Fridays For Futureを評価し、
彼女の勇気をたたえ、賛同の行動を示し始めました。
それがすべての要因ではないかもしれませんが、
今年の9月下旬の気候マーチウィークでは、
なんと世界185カ国で、760万人以上がこのマーチに参加したのです。
彼女を批判した知識人と思しき人たち、また同様の誹謗をした人たち、
あなた方は、彼女の勇気と行動力のかけらもないじゃないか。
何を言おうと、世界を動かす力のかけらもないじゃないか。


たかだか小娘が、というねじれたおとなの思いがあるんでしょうね。
なさけない嫉妬に過ぎない言葉を吐くのは、ただ品性に欠ける行為に過ぎません。
同じ大人として恥ずかしい。

 

せめて、ノーベル賞を受賞し、さらなる活動につなげてほしいと願わずにはいられません。

| 水嶋かずあき | 環境 | 07:03 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
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