水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
デブになるメカニズム

昨日のブログで、タピオカを食べすぎると、(いや、飲みすぎると)デブになる、と書きました。


そう言えば、デブってどこからきた言葉なのか、と。
で、語源を調べたのですが、納得できるような説に出会えませんでした。
その中でも、まあこれかも、と言うのは、
double chin ダブルチン と言う英語で、
日本語で言えば二重あご、まあ太っているということです。
で、日本でのデブと言う言葉は、明治以降の言葉だそうです。
しかし、江戸の頃にすでに「でっぷり」という言葉があったようで、
これは漢字交じりに書くと、出っ張りが音として変化したのではないか、と。
でっぱり→でっぷり→デブ、ということです。
ま、どうでもいいことですが、いずれにしてもいささかあいまい。
しかし明確なのは、太った人をやや蔑む表現であるわけですね。

 

そこで、デブ連から、反攻がありました。
ちょっとその言い方はないでしょ、とばかり、
ぽっちゃり、という言葉に変えてきています。
これって比較的デブの女性が、自分のことをいくらかオブラートにくるんで、
ぽっちゃり、とかポチャとか表現します。
まちがって、太った男が、自分のことをポチャなんて言ったら、
運転席の窓ガラスを開けられ、ぼこぼこに殴られてしまいそうです。

 

その昔は、デブは経済的に裕福であったり、社会的に高位の立場にいたりと、

まあ、痩せている人から見れば、羨ましい存在だったようですね。

少なくとも、現代ほど、デブは軽蔑されていなかったようです。

ま、今では、軽蔑までされなくとも、デブであることが賞賛されるということもない、と思っています。

ただし、ごく一部のタレントを除いてですが。

私はデブを売り物にしているタレントを好きになれません。

基本は不摂生が表れていると思うからです。

 

ではどうしてデブになってしまうのでしょうか。
ま、これは生物としての基本的なメカニズムの一つで、
飢えに対する耐性を獲得するようになっているんですね。
要は食べれるときに食べておく、そして食料が枯渇した時に、

体内に溜め込んだエネルギ―で、食糧不足になった時をしのぐ、というわけです。

 

飢=食糧不足、に対する対応は、生物種によって異なります。
例えば、リスやクマなど、冬眠するという方法で無駄なエネルギーを使わない、と言う方法があります。
また、うなぎなどの場合、餌を十分に取れなくなると、体の中で非常警報が発令され、
すべての細胞が、非常時体制に切り替わり、餌を十分に取れなくても、飢餓に対する態勢がぐんと向上します。
時に、半年ぐらいは餌が無くても生きてゆけます。


ただ、普通の生物の場合、非常時が前提ですから、

コンスタントにエネルギーが貯蓄できるときは貯蓄するということになります。
したがって、現代の人間の場合、飢えを経験しませんので、

食べる時に意識的なコントロールをしないと、
食べ過ぎ→肥満、ということになってしまうんですね。

 

これは、いたって簡単な図式で、「摂取カロリー量」−「代謝量&排泄量」で表され、
答えがプラスだと太る、ゼロだと現状維持、マイナスだと痩せる、ということです。
カロリー量と言うのが、理解しにくいので、私はもっとわかりやすい計算式を使います。
それは、「飲食物の総重量」−「代謝量&排泄量」です。
代謝と言うのはいわば車が走るのに必要なガソリンのエネルギー量のことで、
ぼーっと生きていても、細胞が生きていますから、なんだかんだとエネルギーを消費します。
単純に言えば、運動すればそれなりに消費するわけです。
また、脳みそで使う分もあるので、とても複雑な要因を計算しなくてゃいけません。
また、カロリーと言うのは、脂肪分とか炭水化物とか、物によってカロリー数が変わるので、
これまた複雑な計算が必要になります。
そこで、私は、単純に摂取した飲食物の総重量を基準にしてみました。
だってこれなら、体重計ですぐに分かるでしょ。
この理屈は、500gの食料を摂取したら、体重は、500g増えます。
それ以上でもそれ以下でもありません。
で、代謝と排泄は計りにくいので、単純に、体重計の結果が、たいしゃとはいせつによるものだ、と考えます。
体重70圓凌佑両豺隋△修瞭食べた食料の総重量が1圓箸靴泙后
翌朝、体重を計ったら、70.1圓世辰燭箸靴泙后
つまり、100gが体に残ったわけですね。
カロリーはどう影響するのか、ですが、単純に、排泄されやすい、汗とか小便とかはともかく、
消費しにくい、つまりいつまでも体に残るものと、さっさと消費されたり、排泄されたりするものがあるんですね。
これは、複数日の流れで考える必要があり。
即座に亡くなるエネルギーと、日持ちの良いエネルギー源があるからです。
ですから、単純に体重計での数字をめどに、食を控えたり、もとに戻したりすれば、
体重コントロールができるようになります。

 

いずれにしても、人間の体は、普通に食べていると、太るようにできています。
これは仕方ないんですね。
そう言う生理的な仕組みになっているからです。
でも、理性的に考えれば、飢えに対する警戒は必要ないでしょ。
ですから、むしろ、人間の理性として、そこそこの体重コントロールはしなくてはいけないんです。

 

この後、食糧難の時代が来るはずです。
でもいつ来るか分からない状況に備えるのも大変でしょ。
ですから、先ずは、いま、無駄な食料を消化しないということですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
靖国神社の位置づけ

国賓としてアメリカを訪れた方が、アーリントン国立墓地で、
献花をする様子などが映像で流れることがあります。
ダダ広い墓地に整然と墓標が建っていて、
日本の墓地とはいささか趣が異なるようですが、
この墓地では、無宗教を含め、一切の宗教の区別が無く、
キリスト教はもちろんのこと、イスラム教、ユダヤ教の他に、
仏教や日本の新宗教である天理教、金光教、創価学会などの宗派まであるのだそうです。
正に寛容の場ですね。


南北戦争から始まって、第一次、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などの犠牲者、
9.11のテロの犠牲者も、建国、発展の支えとなった、という理由で、
ここに埋葬されているそうです。


その始まりは、1864年のこと。
以来、アメリカ国民の敬虔な祈りの場として、特別なものとして存在してきました。

強いて比較すると、このアーリントン国立墓地に当たるのが靖国神社です。
創建は、明治天皇の発議によるとされていて、
日本国の発展維持に貢献されたとする、いわば戦没者の英霊を祀る所です。


古くは、戊辰戦争の犠牲者から始まり、西南戦争、日清日露の大戦、
さらに太平洋戦争の犠牲者など、全246万体が慰霊されています。

創建の時期も1860年代と近く、
アーリントンと、靖国神社の意図、目的もほぼ同じです。

いわば、祖国のために命を賭した英霊を祭るという意味では同じですね。


しかし、アーリントンの場合、多くの外国の貴賓が公式に参拝するのに、
なぜか、日本の靖国神社は、それが見受けられません。
ともすると、自国の総理大臣が参拝するとすると、とてつもなく大きな雑音が聞こえてきます。

この原因はたった一つ。


1978年、宮司に就任した故松平永芳が、就任直後A級戦犯合祀を強引に進めた結果、
その年の10月に、実現します。

これは実に微妙な問題で、人によってはA級戦犯の人たちは、

国家の発展どころか、国民を不幸な経験をさせた張本人たち、
と言う解釈をする人が多いのです。

 

日本の太平洋戦争に関する思いは、様々ですが、
それでも、そのような道の選択をした責任ある人たちと、
それに巻き込まれ、BC級で命令のもとに行動したことも死刑の判決を受けた1000人の人たちとの違い。
まして、南方の島で戦死し、原爆の被曝で命を失った人たちは同列ではないだろう、という意見は、
私はもっともだと思うのです。

 

なぜ、どんな理由で松平永芳さんがその区別ができなかったのか、分りませんし、
またその決定を、何の反対もなく、神社として、実行したのか、それが理解できないのです。
冷静に考えれば、正に玉石混淆、十把一絡げ状態でしょ。
口惜しくも、戦地の露と消えた兵隊さんへの哀悼の気持ちを、

同じレベルでA級戦犯として裁かれた人々へ
同じように持てと言われても、それなりの違和感を感じるでしょ。

 

現に、昭和天皇は、この合祀に反対だったようです。
合祀後、ただの一度も靖国にお参りをしていません。
沖縄に、また激戦があった東南アジアの国々に、
戦没者慰霊の旅を続けてこられた方です。
深い反省の念を持っていながら、靖国にだけは足を向けませんでした。
靖国神社創建150周年にあたって、

神社としては、天皇の参拝をお願いしたそうですが、
断られたそうです。

 

神社の持つ意義、その創建はおじいちゃん曾じいちゃんに当たる明治天皇です。
にも関わらず、ということを考えると、なぜ合祀だったのか、
普通に考えれば、間違えた選択だったとしか思えません。

 

メディアの対応も含め、靖国参拝はトラブルのもとになります。
ですから、玉ぐし料の奉納と言う手で、安倍さんは済ませていますが、
参拝よりたちが悪いでしょ。

知り合いの葬儀に、都合でいけないから、香典を友達に頼んで届けてもらう、と言う手口ですよね。
これって、手抜きでしょ。
なんか、英霊に対する誠意を感じませんね。
行けば行くでとやかく言われるんで、ま、行ったとみなしてください、ということでしょうか。

 

それより、どうして、分祀に踏み切れないんでしょうね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
風化が進む戦争体験

あすは終戦記念日です。
ポツダム宣言受諾により、敗戦を受け入れ、それを国として公表した日です。
3年8か月にわたる太平洋戦争が終結を迎えた日です。


いくら国が始めた戦争とは言え、負けたんですから、

国民には、それはそれなりの屈辱感と寂寥感があったとは思いますが、
一方で、戦地にあっては、過酷な戦闘に巻き込まれ、いつ死ぬかという生存の不安が付きまとい、
本土にあっては、空襲におびえ、物資、食料が不足する中、悲惨な日々を送っていた国民にしてみれば、
解放の日になったはずです。

 

無条件降伏と言うと、いかにも、10対0の一方的比率の、
弁解の余地が全くないという状況での敗戦、と言う感じに捉われますが、
あのポツダム宣言をよく読めば、
降伏において無条件、つまり有無を言わせずという状態を突き付けられたのは、
時の政権であり、時の軍部なのです。
欧米諸国は、軍部・政権と国民を分けて考えていました。

 

たとえて言えば、今韓国が、NOアベ、YESJAPANと言ってるようなものです。
国と国民は本来一体ですが、時に指導者層の暴走に巻き込まれてしまうことがあるので、
ある国の姿勢と言うのは、注意深くチェックしなくては、なかなか本来の実態を把握できないんですね。
ポツダム宣言ではそのことが顕著に表現されていて、
この戦争を終結させることは、政権・軍部の暴走を阻止することだ、という考えが随所に読み取れます。
つまり国民には罪はない、ということです。

 

そして、戦後処理として、戦犯の裁判が行われました。
いわゆるA級戦犯とBC級戦犯の裁判です。
基本的な概念としては、A・B・Cとその罪の重さが軽くなって行くと考えがちですが、
むしろ、ABCの区別が別の概念分類で、
A級は、平和に対する罪で訴追された者で、
B級は、通例の戦争犯罪
C級は、人道に対する罪という風に分類されています。
とはいえ、やはり罪の重さから言えば微妙にABCの序列があるようですね。

 

A級戦犯容疑者として、100人余りが逮捕され、うち28人が極東裁判に起訴されました。
で、絞首刑7名、終身禁錮刑 16名、禁錮20年1名、禁錮7年1名の判決が下されました。
BC級ではおよそ5700人が裁判にかけられ、およそ1000名が死刑判決を受け、実行されました。
つまり、A級でも死刑を免れた人もいれば、BC級でも死刑になった人もいるので、
単純に罪の重さのクラス分けではないということです。

 

年配の方はご記憶だと思いますが、
テレビドラマで、私は貝になりたい、と言う作品がありました。
フランキー堺さんが主演。
終戦後、バラックのような建物で、床屋をやっている主人公のところに、
突然ジープで憲兵がやってきます。
そして逮捕され、裁判にかけられます。
容疑は捕虜の虐待。
ランク分けで言えばC級戦犯と言うことです。
で、この捕虜虐待と言うのが、妙な話で、捕虜に牛蒡を食べさせた、と言う事なんですね。
その捕虜の申告では、木の根を食べさせられた、と。
ドラマの主人公の言い分は、捕虜が痩せてしまったからせめての栄養補給としてごぼうを食べさせたんだ、と。
まあ食文化観の違いです。
とは言え裁判ではそのことが理解されず、主人公は死刑の判決を受けます。
なんと理不尽な裁判なのか、正義や真理はどこにあるのか、と言う事なんですが、
いよいよ、死刑執行の直前、主人公はもう人間として生きているのは嫌だ、
そして、また生まれ変わることができたとしても、人間には生まれ変わりたくない。
そう、深い海の底で静かに生きる貝がいい。
私は貝になりたい。
と言うわけす。

C級であっても死刑になったのです。


理不尽な裁判への批判より、
そう言う空気を作り出す戦争と言うものへの批判がテーマのドラマでした。

 

なんか、そういう戦争への批判、反省、懺悔と言ったものが、やはり風化してきましたね。
核兵器廃絶条約を批准しなかった日本政府の姿勢は、
やはり大いなる違和感を感じます。
おそらく、まだ原爆の悲惨さを傷として痛みが残っていた、30年前、50年前だったら、
日本は先頭に立って批准したいたんじゃないか、と思うんです。

現政権の愚鈍さの現れです。

 

終戦記念日に、風化させない平和を希求する心、
これをしっかりと持つことが大事です。
命を落とした310万人の御霊の為にも。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
再び寛容について

先日の広島における平和祈念式典で、松井広島市長が、
そのあいさつの中で、ガンジーの言葉を引用した、と言うことを
私のブログで紹介しました。
どんな言葉だったのかと正確に言うと、
「不寛容は、それ自体が暴力の一形態であり、
真の民主主義精神の成長にとって障害となる。」という言葉の引用です。

以来、私は寛容と言う言葉についていろいろと考えました。
結論を言えば、すべての人間が寛容の心を持った時に、
(可能不可能はさておいてです)
この地球の上に、真に平和が実現するのだろう、ということですね。


南アフリカ大統領だったマンデラさんも、要は寛容の精神を説いていました。
いま、国を代表して、ぎゃんぎゃんと相手をののしる事が流行っているようですが、
彼らに、ガンジーさんやマンデラさんの爪の垢を煎じて飲ませたら、
地球の上に穏やかな時間を瞬間的にでも取り戻せるるのではないか、と思います。

人に様々な歴史があるように、国にも民族にもさまざまな歴史があり、
若いころぐれていた人が、大人になって見違えるほどの人格者になった、
と言ったような国自体の変遷だって有ります。
部族間で、際限ない殺戮が繰り返されていたアフリカのある国が、
優れたリーダーを輩出したおかげで、
見違えるような民主的で先進的な国に変貌させた、なんて例だってあります。
南米の国で、一触即発の状態にあった隣国同士で、
それぞれの首相、大統領の奥方が話し合い、

このまま行けば自分達の愛する子どもを戦場に送り込むことになる、と、
危機感を共有し、それぞれのご亭主に働きかけ、衝突を回避させたばかりでなく、
軍隊を放棄させるなど、この地球の国にとっての理想的な状況を作り上げた国もあります。
要はリーダーが何を考えるかです。


北のカリアゲ君とか、アメリカのトランプ君とか、南のムン君とか、
もしかすると日本のアベ君とか、もっともっと寛容の心を持てたら、
隣国とのぎくしゃくした状態にはならなかったでしょうね。

さほど、寛容の精神と言うのは大事なことです。

 

私達は、寛容と言うと、
「心が広くて、よく人の言動を受け入れること。他の罪や欠点などをきびしく責めないこと。
また、そのさま。」とあるような解釈をしています。
ま、いいじゃない、と受け流すことも含め、人間相互の穏やかな関係を保とうとすることです。
そもそも人は、普通に、寛容と言う状況を得るための努力をしていると思うんです。

 

この寛容と言う概念は、現在の解釈とは全く別次元で生まれたものだったのです。
元来は、異端や異教を許すという宗教上の態度についていわれたのですね。
そもそも宗教の原点は実は寛容にあるんですね。
人は多かれ少なかれ欠点を持ちます。
その欠点とは、人と人の融和の障害になるものです。
ですから、宗教では、寛容を目指すということこそ、本来の宗旨になるものなのです。


そしてこの寛容の精神は、

やがて少数意見や反対意見の表明を許すか、否かという言論の自由の問題に転化します。
正に、表現の不自由展での議論のようなものです。
そしてその概念が推敲されてゆき、ついには民主主義の基本原理の一つとなるのです。


ガンジーさんが語り、マンデラさんが訴えたことは、何より寛容と言う人の心の温かさこそ、
民主主義の根幹ではないか、という認識ですね。

フランスの18世紀の哲学者、ボルテールは
「君のいうことには反対であるが,君がそれをいう権利は死んでも守ろうと思う」と語り、
これは寛容の精神をよく示した言葉として引用されます。
しかし、寛容にも限界があるはずです。
寛容が成立する条件として、理性、良心、真理への信念に基いたものへのことであって、
民主主義を破壊しようとする言動に適用するのはまちがいである、ということです。
ここを間違えると、ワイマール共和国のような悲劇を招いてしまいます。
まさに、自由を侵害する力まで自由として認めるのか、ということですね。
正しいとされる想念から外れたものまで、寛容を当てはめるのは危険だ、ということです。
とは言え、またその線引きが難しいのですが。

 

大体、国民が不寛容に陥って、周辺の国などとの間で、不寛容な動きが生まれてきたら、
まあまあ皆さん、ここは寛容の精神を取り戻し、もう少し穏やかな心を持ってください、と
国民を指導するのが、指導者の役割でしょ。
なぜなら、私達のようなちっぽけで、心の狭い人間より、国、国民を指差し導びく役割があるのが、
国会議員であり、各大臣であり、首相なわけでしょ。
多くの人の代表ですから、私達より、ずっと大人(たいじん)と言う事でしょ。
大きな器を備えている、と言ったらいいでしょうか。
ですから、国民がちまちましたことで右往左往しているなら、
安定と平穏に導く役務があると言うことです。
不寛容の空気を、寛容に切り替えさせるのが、リーダーの使命の一つではないかと思うんです。
ま、現状では、正直、立場が逆になってますけどね。

細かい経緯とか理屈はさておいて、あとちょっとだけお互いが寛容になることで、
どれほど過ごしやすい環境になるのか、ということを考えるべきでしょうね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:45 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
酸素のおかげでしょ

私の身のまわりでもタバコを吸う人は結構います。
ところが不思議なことに、同世代とか、やや年齢の近い人の中には、
逆にタバコを吸う人は殆どいません。
理由は分かりません。
年を取るとともに、たばこを吸い続けると言う勇気が無くなってくるのでしょうか。
あれ程のヘビィスモーカーだった人が、次に会った時に、吸ってない。
で、どうしたと聞くと、ほとんどの人が、あっけないほど簡単に、やめたんだと言うんですね。
やめる時に未練はなかったのか、と聞くと、未練無し。
なんとなく、やめちまおうと思って、その日から吸ってない、とか。
実は、禁煙というのは、そうかもしれない。

そんな大そうに覚悟したり、構えたりするものじゃなさそうです。


私の場合もそうでした。
止めちまうか、と思った瞬間から吸ってないですから。

大体、歯ぎしりしながら、未練たらたら状態でタバコを止めようとすると、
心の中に葛藤が生まれてくる。
止めた方がいいのは分かっているんだけど、やめられないという意志の弱さ。
で、ねじ伏せるように、喫煙願望を抑え込もうとする。
でも吸いたい願望が大きくなり、心の中で戦い始める。
それそのものがストレスなわけです。
こんなストレスを抱え込むなら、まだ吸っていた方が精神的にも、肉体的にも
ましなんじゃないか、と思い始める。
どこかの医師が、やめるというストレスの方が体によくない、なんてことを言っている記事を読むと、
我が意を得たりとばかり、禁煙の意志が崩壊してゆく。


で、結局また吸い始め、短期間ながらの禁煙は、元の木阿弥になってしまう。
そこに残されたものは、意志が弱い、という現実を受け入れざるを得ないということです。
つまりマイナスの経験となって、心を一回り小さくしてしまうんですね。
たかだかタバコで、と思うかもしれませんが、禁煙に失敗すると、
間違いなく、人生の展望において、一歩後退します。


だって、そんなことですらできなかった人間と言う事なんですから。

 

私も喫煙期が長く、何度も禁煙に挑戦しました。
3〜4回はチャレンジしたと思います。
当然ですがそのたびに挫折するわけです。
なぜなら禁煙を繰り返したからこそ3〜4回なわけで、
もし一回で禁煙していたら、3とか4とかはないわけでしょ。
で、最終的に禁煙を成し遂げたのは、ある思いを持ったからです。
実に底レベルな理屈なんですが、
それは、たばこを止めている人間は、文化的である、ということです。
そう、私は文化的でありたい、そこそこのインテリジェンスを維持したい、

と言う願望があったものですから、
喫煙はそれに反する、と思ったんですね。
正に、ばかばかしいほどの屁理屈ですが、これが最後の切り札になったんです。

 

真に禁煙に踏み切れない人が、電子タバコに移行し、
ブラックよりグレーの方がまだましじゃないか、と思っているんだと思いますが、
やはり、電子タバコとは言え、それを吸うっていうことは低レベルな行為だと思うんですね。
だいいち、電子タバコが安全とか、それによる副流煙が無害である、なんて結論は得ていないでしょ。
むしろ煙草に依存する精神の弱さは相変わらずなわけで、
依存と言う精神の崩壊については、麻薬と変わらないわけでしょ。

 

電子タバコについても、次々と問題が発生してきていますね。
米食品医薬品局(FDA)は

現在、電子タバコの使用が原因で発生した127件の発作の原因を調査中なんだそうです。
確率だとか、症状のレベルだとか、具体的なダメージだとかについては、

明確なパターンは発見できていないそうです。
実態は、研究者にとっても、

電子タバコの長期的使用と健康被害の関連をまだ解明できていない段階です。
白かもしれないし、黒かもしれない。
で、白だったらとやかく言われることはないだろう、とでもいいそうですが、
本当にそれだけのことなんでしょうか。

 

私は、市内の北口駅前ロータリーの一角、また、まちかど広場の一角に喫煙コーナーがあり、
愛煙家が集まってきて、ぷかぷかやってるのを見るたびに、

みっともない絵柄だと感じているんです。
いい親父が、若い女が、たばこを吸っている様子は、絵にはならないでしょ。

 

そういう見た目以上に、大切な視点があります。
今から6500万年前、白亜紀がとじられた例の隕石衝突による大量絶滅が起きましたが、
この時恐竜が絶滅。
しかしすでに哺乳類の先祖は発生していて、極悪の環境を乗り越え、

生き残り、今日の基礎を作りました。
あの恐竜が絶滅し、ネズミサイズの小さな私たちの先祖が生き残った要因について、
多くの学者が、肉体的構造に違いがあったと、断定しているんです。
その差なんですが、哺乳類は横隔膜を備えていたと言うことです。
隕石が衝突し、ものすごい粉じんが大気中に舞う。
太陽の光が遮られ、多くの植物が死滅する。
酸素供給源の植物の死滅で、大気中の酸素濃度が低くなる。
ですから、酸素を取り込める能力が優れていた哺乳類に有利に働いたわけです。。
そこの差が、生き延びることの分岐点になったというんです。
つまり肺機能が恐竜たちより勝っていたということです。

 

私達は大変優れた肺機能を持っている生物です。
その機能を阻害しているのがたばこでしょ。

酸素を取り入れるための肉体的機能を雑に扱えば、まあろくなことはないでしょ。

生命活動の根幹が、酸素を取り込むことです。
生きてこれたベースですものね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 16:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
スポーツだって進化すべき

私は高校に入ると、そのまま躊躇なくバスケット部に入部しました。
中学までは、文系少年だったので、
どこかで体育会系の場に身を置きたいと考えていたからです。
当時、湘南高校は平塚からは越境せざるを得なかったのですが、
敢えて、中学時代の残影を断ち切れるという環境の選択をしたのです。
何時までの文系じゃなかろうと。
いわば友達の視線を断ち切れる越境と言う選択の大きな要因がそこにありました。
運動部に入部するという事に何の躊躇もなかったのは、そう言う要因だったのです。

 

で、バスケット部を選択したのは、さしたる理由はありませんでした。
しいて言えば、ブロンディと言うアメリカの4コマ漫画の中で、
ブロンディが、朝出勤の時、かみさんにごみを出してくれと頼まれるのですね。
で、ゴミの袋を抱えて、庭を通り抜ける時、
庭の端にあるごみ置き場までゆくのが面倒に思うのです。
そこで、ブロンディは、ちょっと離れたところから、
そう言えば昔はバスケットをやっていたんだ、と思いだし、
ゴミの袋を離れたごみ置き場に投げます。
まるでシュートでもするようにです。
しかし、外れてしまい、ゴミは辺りに散らかり、
まあ、余計な事をしてしまった、と後悔するという筋です。


このことが頭の隅にあって、ホント、なんとなくですが、バスケット部を選択したのです。
いやたかだか4コマ漫画ですが、そんな影響ってあるんですね。

で、ともかく、ボールを触ったこともないのに、バスケット部に入部。
まずはチェストパスから始まって、バスケのイロハを教わっていったのです。
ま、それまでの文系少年ですから、技の習得は、はかばかしくなかったんですね。
翌年の春には、右足がけがで、不調になり、結局1年で退部しました。
しかし、この1年で鍛えられた運動能力はその後もいろいろと生きてきたのです。

脱文系少年です。

 

ま、それはともかく、その頃は、3点シュートなんてありませんでした。
そのほか、細かい所でのルール改正が積み重なって、
少なくとも私がコートを駆けずり回っているころのバスケットは、

相当に前時代的なものになってしまいました。

さまざまなスポーツが驚くほどのピッチで、制度、ルールが変わってゆきます。
人間の能力が向上してきたこともあるのだと思いますが、
単に、勝利を求める以外の精神が強く前面に出すようになってきたと思うんです。

 

例えば、最近話題になった高校野球の大船渡高校が県の決勝で、佐々木君が登板回避をしました。
結果として、大船渡は甲子園の切符を後一歩のところで失うのですが、
これについても、ああだこうだと世間が口を挟みます。
まあ、簡単に言えば、先ずは勝ちがありきだ、と考える人と、
それ以前に、スポーツによって健全な精神と肉体を鍛えるんだ、という考えの人との差でしょ。
どっちが正しいのか、と言えば、少なくとも、傾向としては、

スポーツによる人間の鍛錬が、優先しつつあると思います。
勝ち負けに関して言うなら、あくまでも結果論だからです。
2大メジャー大会を連覇した大坂なおみ選手がその後振るいませんが、

もし真に勝ち切れる力があるなら、
次の大会であんな簡単に初戦敗退などしないでしょ。
メジャーリーグで日本人選手が活躍していますが、あの田中にしろダルビッシュにしろ、
時に、あっけなくホームランを打たれるでしょ。
単に勝ち負けだけで推し量るんだったら、負けて終わりでしょ。

 

話は戻りますが、例の佐々木選手の件で、張本ご意見番が、
あれこれ難癖をつけました。
彼は、いわば勝ち負け論者です。
それ以外の視点を持てないのが残念ですね。

 

例えば、高校生のサッカー大会は、ハーフが40分です。
大人より5分短い。
今は知りませんが、私が高校のときは、バスケットは、

ボールの直径が大人用より、2〜3センチ小さかったです。
ボールの扱いで、体に無理が来ないようにです。
とするなら、高校野球で投球回数を設けて、

100球なら100球投げた時点で、はい交替、と言うのも手ですし、
何も9回の裏表まで戦かわなくてもいいじゃないですか。
7回終了とか。
だいいち、9回まで戦いあおうという理由がよく分からない。
きっと3アウト制なもんで、3人ずつ打者が回ったとしたら、と言う前提なんでしょうか。
まあ、1試合で全打席が27打席なんて試合なんて、万分の1の確率でしょ。
なんか新しいルールになると、違和感を唱える人が出ますが、
要は、今までのパターンに慣れ切ってしまっただけのことです。

 

何より、私なんかオールドマンは、ストライクとボールのコール順が変わって、

未だに慣れないですもんでね。
野球が体に染み込んだのは、

ツー・ワンと言えば、ツーストライク・ワンボールに時代ですから。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 17:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
のど元過ぎれば熱さ忘れる

来週木曜日、15日は終戦記念日です。
私は以前からこの終戦記念日、という表現が好きでなかったのです。
なんとなく、片意地張った感じがするでしょ。
いさぎよく敗戦記念日と言うか、もしくは心機一転、平和記念日とするか、
どっちかでしょ。

 

話は変わりますが、
終戦の年、昭和20年の日本人男女の平均寿命です。
これが、不思議なことに、公式の平均寿命は昭和22年、1947年から、
データが始まり、20年、21年は空欄になっているんです。
戦後のどさくさで、そんなことカウントしている時間が無かった、のか
公式にデータとして公表するに忍び難かったのか、
どっちなんでしょうね。

 

ところが不思議なもんで、世間では男23.5歳、女30.0歳と言われています。
そんなくらいですから、いわゆる諸説あって、男25歳とか、女38歳とか説もあります。
ま、どっちにしても、現在から考えれば、とてつもない数字なんですが、
どうも、このころは平均寿命という考え方と、
その算出方法が今とは違ってたようなんですね。


そもそも平均寿命と言うのは、その年に生まれてきた子供の平均余命のことなんです。
今年男81歳、女87歳と言うことですが、今年生まれてきた子の平均的な寿命は
男の子なら81まで、女の子なら87まで生きるでしょう、と言う事なんです。
平均寿命と言うと、今生きている人のすべてが、大体その年まで生きられる、と考えがちですが、
これは違います。
だって、じゃあ81を過ぎたじいさんが生きているのはなぜだ、みたいになるでしょ。
正確には、それぞれの年齢に応じた余命と言うものがデータ化されていて、
これは、生命保険会社などが持っている、平均余命表に記載されています。

しかし、じゃあ、どのように算出するかなんですが、
まあ単純に、その年に亡くなった方の年齢の総和÷亡くなった人数、ということです。
多少はこれにややこしい算出方法が絡むんですが、それはともかく、ざっとはそういうことです。
したがって、昭和20年に亡くなった日本男子は、平均して23.5歳だったということです。
ま、これが戦争という事態の悲劇的な事です。
その国の平均寿命を著しく変えてしまうほど、偏って命が失われるのです。
戦争ですから、要は殺されるのです。


この戦争で亡くなった方310万人。
真珠湾攻撃からおよそ3年8か月、1344日。
一日平均で2300人、来る日も来る日も犠牲者を出しつづけました。
これだけの数の日本人が殺され続けたわけです。
数字だけ見てもすごいことでしょ。

ですから若いもので構成されていて兵隊さんがなくなれば、

平均寿命は若くなるんですね。

考えてみれば、ともかく若い人が死んでいたということです。

 

私の父は、習志野の騎兵連隊に所属し、シナ事変に出兵しました。
で、帰ってきて、首都防衛として再招集。
幸い戦死を逃れることができました。
いま、マンションで同居しているかみさんのお父さんも、出兵し、
南方の島に行きましたが、ひょんなことで無事帰還しました。
わが父は戦争体験をほとんど話しませんでした。

そしてかみさんのお父さんも、戦争体験は殆ど話しません。
こちらが、興味を持ったところを聞けば、それなりの答えはありましたが、
こと、戦争体験については寡黙を貫きました。
きっと忌まわしい思いに再度触れてくないんでしょうね。

ある種のPTSDですね。

 

多くの戦争体験が消えつつあります。
我が父は96歳でなくなりました。
かみさんのお父さんも今年95歳。
戦争の悲惨さを体で感じた世代は、消えゆくのみです。

 

どうしたら、この思いを次の世代に引き継ぐことができるんでしょうね。
なんとなく、そういう活動そのものがノスタルジックな感傷と捉えられそうな世相ですね。

 

のど元過ぎれば熱さ忘れる、と言う事なんでしょうね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
寛容の民族

今朝の広島市における原爆死没者慰霊式・平和記念式典において、
松井広島市長の挨拶をテレビの中継で聞きました。
普通、こういう式典の開会のあいさつと言のは、
簡略に終われば、それでよしとするところがあるでしょ。
内容はともかく、長いのは勘弁してほしい、みたいな。
まして、朝の8時そこそこの時間帯とは言え、あの暑い野外でのことです。
しかし、自らの言葉で語りかけ、見識の豊かさと慈愛の視点は、
その誠実な人柄を十分に感じさせるものでした。

不思議と、もっと聞いていたいと感じるほど、心に沁みてくるものでした。

 

その中で、インドのガンジーさんの言葉が引用されていました。
「不寛容はそれ自体暴力である」と。
これって初めて耳にしましたが、素晴らしい言葉です。

 

私は、この広島の出来事について、いつも考えるんですが、
もし、このことが違うシチュエーションで行われたとしたら世界はどんな判断をするのか、
と言うことです。
現実は、上空に飛来した爆撃機が、原子爆弾を投下し、およそ14万人が死に至る、
と言う被害が出たわけです。
例えばです、これが、膨大な数の敵兵が上陸し、
銃を乱射し、手りゅう弾を投げつけ、戦闘員、非戦闘員の区別なく、次々と射殺したとします。
その数14万人。
これって、きっと広島大虐殺として世界史に残る出来事になっていたでしょうね。
もちろん、原爆投下、と言う人類が初めて経験する暴挙としても、
十分、歴史的な出来事だとは思うのですが、
それ以上に、その残忍さは記憶に刻まれるはずです。


何故か、空からの爆弾、という形のため、大虐殺と言う概念が薄いんですね。
私は、手段がどうであれ、これは虐殺の一つだ、と思っています。

で、このような流れの結果、日本は敗戦に追い込まれます。


そして、一息ついて、焼け跡を片づけ、たくましく生活を再興させ、
経済の回復に合わせて、国民の生活は安定してきました。
で、当初、連合軍に占拠されたという経緯があったにせよ、
極めて、従順に日本人は反省したのだと思います。
まずは平和憲法を定め、二度と戦争のない国になろう、と決心したのです。
簡単に言えば、前を向いて日々に努力をしたんですね。
言うまでもなく、それは結実し、目覚ましい復興と経済の成長、
やがて、世界経済のリーダーシップを発揮するまでになりました。
ついこの間までの焼け跡の国がです。

私はそういう日本国民であることを誇りに思ってきました。


そして、やればできるの世界を実現してきたのですが、
その根底にあったものはなんだったんだろう、としばしば考えます。

改めてですが、そこに寛容の精神があったからではないか、と。
広島、長崎の大虐殺があってもなお、
日本国民は、負の経験を寛容の心で処理し、

世界の国々と望ましい関係と相互の信頼を取り戻し、
未来を見つめる姿勢を崩さなかったことだと思うのです。
これが、もし、不寛容の精神があると、絶えず過去を見る、
耐えず、非を非難する、ささやかな利己的利益を得ようとする、

と言う事になってしまうと思うんです。
熱いお灸を据えたアメリカに不寛容だった歴史はないですね。
大虐殺だったという非難もない。
ただ、自分たちが受けた悲劇は、もう繰り返さない、という姿勢です。
これこそ寛容の極致でしょ。
愚痴も言わない、相手も責めない。
ただその経験を他の人にさせたくない、とそれだけです。

 

どこかの国の人にそんな涵養のかけらでもあれば、

明るく楽しいお付き合いができるんですけどね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
リーダーも凡人

私がテレビを見るうちでもっとも頻度の高い番組は、
自然科学系のものです。
NHKで言えばダーウィンが来たとか、CS系で言えば、
ナショジオのビッグキャットなどの大自然ドキュメント系のものとか、
ディスカバリーチャンネルでも、宇宙の成り立ちのようなものとか、
ま、ともかく、ほぼ学生気分で、自然科学のさまざまな番組を楽しんでいます。

 

年に一つ二つの単位は取れているんじゃないか、

というくらい勉強させてもらっているんですが、
おかげさまで、番組のコメントも、ほぼ理解できるようになってきました。

 

それらの知識を集約すると、

結局人間と言う動物としての生き方の原則のようなものを感じるようになったんですね。
つまり、人間を一つの種の動物と考えるわけです。
200万年なり、500万年の時の流れの中で培ってきた生きる技の進化と、
捨てきれない動物の系列的な本能としてのDNAなどが、

現代の人間にどのように影響しているのか、
という観点で考えるわけです。

 

服を着て、安全な住まい・ねぐらを持ち、身を養う以上の食物を摂取する。
地球上のあらゆる環境に適応する技をもって、生き、棲みつき、

子孫を反映させてきたわけでしょ。
大した動物ですよね。
で、70億を超える頭数に繁殖してきた。
当然、生物間の厳しい生き残り競争に打ち勝ってきたわけです。

 

先日、テレビで、地球上で最も強い動物はなんだ、というテーマの番組がありました。
まあ、ごく普通に、ライオンだとか、カバだとか、キリンだとか、くまだとかが挙げられて、
なんかわけのわからない基準で順位を付けていましたけど、
この趣旨で言うなら、最強は人間でしょ。
人間は、自然の法則なんて無視して、わが身を養うことを最優先して生きてきました。
そして、地球と言う星の頂点に立ったわけです。

確かに、生物多様化、とか、環境問題に警告を発するなど、
現状の地球の在り方に疑問を呈し、人類の横暴さを反省し、

それ等の啓蒙活動に身を投じている人はいますが、
わずかな数でしょ。

大雨にもかかわらず傘も差さずに散歩している人なんて、見かけたことがないでしょ。
環境論者もそれに近い数でしょうね。
大半の、99.9999%の人は、そんなことと気にしないで、
自分と関係ない世界の話とばかり、

自分さえよければ、ということで、日々生きているんだと思うんですね。

 

情けないと時々思うのですが、
多くの国々で、絶えず何かトラブルがあって、
日韓とか、米中とか、イランとアメリカとか、なんかシックりしない関係が露骨になっているでしょ。
でも、国民はそれぞれさほどのことと思わない、というか、関係ない世界のことだと感じている。
確かに一部過激な人はいるもので、相手国の国旗を焼いたりとか、
感情をあらわにした行動を取りますが、
大半の国民は、だからなんだ、の世界でしょ。
要は、国益と言う幻の利益を守り抜こうとして、
丁々発止の世界に入り込んでくる。
誰がって、その国のリーダーです。


トランプが替り、文大統領が替り、安倍が替り、ホメイニが替わったら、
別の可能性が見えてくるでしょ。
要は、なんだかんだと、現状の不穏な空気は、関連する国のトップが作り出しているんですね。

これは様々な動物の種を絶滅の崖っぷちに追い込んできたホモサピエンスと言う動物の、
もともと持っているサガが、顕著に表れた人々なんです。

 

冷静に考えれば、そういうリーダーを選び出してしまった国民が根底にいるわけでしょ。
民力以上のリーダーは排出されない、と言う定理から考えれば、
ちょっとずれていたり、物足りなかったり、乱暴だったり、暴力的だったり、

と言うリーダーがトップになっていることは、
その国の国民の責任なんですね。

 

心穏やかになり、安寧な考え方をするようになる薬があったとします。

中露米韓日イランのそれぞれのリーダーたちにこの薬を飲んでもらい、

3日もしたら、目が覚めたようになって、平和を求めるようになるとします。

そんな世界が出現したら、素晴らしいでしょ。

 

最もそんな薬でも、効かないかもしれない。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
何かあると規制

何か大きな問題が発生すると、その問題が二度と起きないように、と対応を取る。
ま、これは極めてまっとうな行動です。
ある意味、対応を取らずして再発すれば、
社会からは何やってんだ、と非難を浴びること間違いナシ。


で、そのために時に法律を作り、時に条例で規制する。
確かにその対応法は、再発を防止するには効果がありそうだ、と思えます。
しかし、大体のこれらの対応法は、問題発生の根源を精査することなく、
対症療法であることが多く、
新たな制限が、それまでのやりかたの利点の芽を摘む場合が多いのです。
つまり、問題再発防止とともにに、それまでの慣習的なことや、
それなりのメリットを阻害してしまうのです。
そして、それらの対応策実施のエネルギーは、ほぼ、民間が負担することになります。

 

グダグダ言ってないで具体的な事例に触れてみます。
もっとも顕著なこの類の例題は、米トレーサビリティと言うものです。
多分聞いたこともないような言葉でしょ。
農林水産省は、2008年8月に、農薬のメタミドホスとアセタミプリドが残留している米や、
発癌性のあるカビが産生した毒のアフラトキシンB1を含んだ米であるいわゆる事故米穀を、
工業用(非食用)として、三笠フーズ株式会社に売却したんですね。
近畿農政局と九州農政局が、この事故米穀の処理状況について立ち入り調査等を行なったところ、
三笠フーズは、落札した事故米穀を非食用として仕入れておきながら、
その事実を隠して食用として転売したことが確認されたわけです。
つまり、非食用米を食用に使用したという事件です。

 

これには、流通に携わった民間会社が処罰されましたが、
実態は、近畿農政局、と九州農政局が絡んでいたのです。
そして、農政局の職員は、業者からの贈賄を受けていたらしい、と。
で、これはまずいと、農水省は、米トレーサビリティ法を制定しました。
これは一般消費者にたどり着くまでのコメの流通経路を記録し管理しようとするものです。
つまり、飲食店は消費の最前線にいるので、買い入れたコメがどこからやってきたものか、

という記録をつけなくてはいけない。
米屋は、どこに売ったかと言う管理記録を保管しなければならない、

という新たなルールです。
今まで必要とされなかった新たな業務が、発生しました。
記録を残すということです。


よくよく考えてみれば、お役人が雑な管理をしていたために発生した事件でしょ。
それを、再発防止とかいう大義のために、民間にその処理の片棒を担がせる。
で、このトレーサビリティを、実際農水省がなんらかの形でフォローしているのか、と言うと、
法律制定後、ただの一度もチェックされないんですね。

ある飲食店は、今までの膨大な記録が何らかの意味があるのか、と言ってました。
つまり、お役人は、言うだけ言ってやらせっぱなし、ということです。
再発防止なら、農水省の農政局の職員が自覚すれば済む話です。
それを、日本中のコメを扱う者に流通経路を記録し保管させるという必要が

どこにあるのか、と思いませんか。
責任転嫁もいいとこです。

 

平成25年京都福知山の花火大会で、
露天商の自家発電機に燃料を補給しようとしてミスがあり火災が発生、
ガソリンを浴びて3人が死傷、56人が重軽傷を負うという事件がありました。
ま、明らかに取り扱い方のミスで、まさに、二度と起きてはならない重大な事故です。
そこで、再発防止という意味だと思うんですが、
それ以後、イベント等で火器を使用する場合、消火器を携行するということを義務付けられました。
まあ、これは、消火器一本現場に持ってゆけばいいことなんで、
これで、事故が防げるなら結構なことです。
しかし、消火器を携行するということで、この問題は再発を防げるんでしょうか。
実際、福知山の状況を考えれば、消火器があっても、

死者や重軽傷者を無く得すことはできなかったと思うんです。
ガソリンが噴出し、それを浴びた人が焼死したんですからね。
ガソリンによる発電機の取り扱い方でしょ。

 

ガソリンと言えば、例の京都アニメーションの放火殺人事件を受け、
消防庁は27日までに、ガソリンを容器で販売する際に身元や目的を確認し、

記録を保存するよう、業界団体に要請したと言うのです。

もし、悪意があるなら、ガソリンは車のタンクから抜けばいいことでしょ。
再発防止、と言う美名のもと、協力を要請されれば、これは誰も断れないでしょ。
素直に協力しましょうという人もいれば、

客とのトラブルは避けたい、などとの戸惑いもあるはずです。

余計な仕事を民間に押し付け、再発防止の対応はしました、

と言うお役人の傲慢な対応方法に、
なんか問題があるような気だするんです。
本気になって再発防止を考えたのか、ということと、

それで再発防止ができるのか、ということ。

 

何より、世間向きにいい顔をしているお役人の姿勢に違和感を感じるんですね。
そんなもんでいいの、と。

 

こうして、日々、1ミリづつぐらい自由さが奪われてゆくような感覚になっているんです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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