水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
<< だめでもともと | main | モール化の計画 >>
パールロードと命名
昨日のつづき。

紅谷会青年部での仕事の、歳末感謝セールとかの、
毎年の恒例的な行事以外では、
初めに手掛けたのが、紅化会商店街の名称改称です。
当時、天井高でいいとこ3メートル程度の、
高さとしては今のアーケードの半分程度のアーケードがありました。
道路は両側に歩道があって、車道との落差15センチぐらい。
道幅は、歩道各4.5メートル、車道6メートルと言うサイズでした。
まあ、商店街のアーケードとしては、当時としてはまあまあの物だったのですが、
何しろ、全国での先進の商店街が次々とリニューアルするので、
ではわが紅谷会も、遅れてならじ、とばかり
道路名、商店街名を刷新することになったんです。
それには、それまでの鉄の骨組みで四角い門のような構造体に
これまた四角い白いアクリルに、赤い丸ゴシックの文字で書かれた
紅谷街と言う電飾看板がいかにも古めかしくて、老朽化が進んでいた、
と言う物理的な理由もあありました。
そこで、とりあえず公募。
いやずいぶん来ましたね。
数まで覚えていませんが、選択するのにずいぶん迷いました。
もちろん結果は現在の紅谷パールロードになったのですが、
冷静に振り返れば、何がパールなんでしょうかね。
真珠とはいわく因縁もないのですが、
イメージの清新さに心傾いたのかもしれません。
私の記憶に、紅ヤードと言うのが残っていました。
べにや、と、ある一定の場を表すヤードの合成語です。
ま、当然あれこれ意見はあったのですが、紅谷パールロードに決定。
さて、名前だけでは意味がない、と言うことで、
古めかしい入り口のアーチを刷新することになったのです。
併せて、中間部分に街路灯。
当然ですがデザイン的に一体となるもので、
鉄のパイプをアール状態に曲げて、それぞれの先端に白く球形の電気がついている、
と言う、いかにもパールのイメージ。
これと床のタイルも研ぎ出しの45センチ角のプレートを敷き詰めました。
少なくとも、以前から見ればかなりフレッシュな感じになったんです。

青年部としてこういうハードな部分の改善も手掛けたということが、後に、
モール化の工事推進に実に役立ったのです。

親会には、そうそうたる面々が顔をそろえていたのですが、
私たち青年部のそういう活動には、口出しをせず、
若いもんの考えでどんどんやっていいですよ、と言った感じでしたね。

その頃、中心的に頑張っていた花屋の望月さんがいました。
もっちゃんと呼ばれていたのですが、私たちより7つか8つ上。
どんなことも決して嫌な顔一つしないで引き受けてくれたのです。
ただ、無類の酒好き。
少し前まで、花の仕入れに市場までリアカーをひいて行ったのだそうです。
仕入れた花をリアカーに積んで、自転車をこいで帰ってきたのだそうですが、
この時、ウィスキーのボトルを、ひもで縛ってハンドルにつるして、
このボトルに長めのストローをさして、時々かがむようにして
ストローからウィスキーを飲むんだそうです。
自転車こぎこぎの話ですよ。
いや、じゃないと冬なんて寒くてしょうがない、とか言い訳。
夏場はどうした、と聞くと、いや、じゃなけりゃ暑さに負けちゃう、とか。
まあ、なんにつけ飲んでいましたね。
いまじゃあ、道交法でアウトですね。
まあ、いい時代でした。
 
| 水嶋かずあき | 思い出話 | 10:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.mizushima-kazuaki.com/trackback/1690
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE