水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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昭和・平成・なんとか

昨日の皇室会議で、天皇陛下が退位される日が2019年4月30日になったそうです。

私は、ほっとしました。
陛下ご自身が一日も早い退位を希望していたことですから、
なぜこんなに手続き論を振り回すのか、疑問だったんですね。

でもまあ、ここで、やっとそのめどが立ったわけです。


やれ、皇室典範だの、関連の法だの、様々に絡む事柄の整理の都合か、
ああだこうだと主張し合う人たちを見ていて、
高齢のため、公務から離れたい、と言うご希望が後回しになっていたような気がしています。
体力的に元気な年齢の人には、なかなか理解できないと思いますが、
年を取れば、経験のない体力の衰えが、行動や考えに大きな影響をするんです。
おおげさにいえば、日々新たな衰えの自覚があるんですね。
要は、なんとなく、どこか不調になるもんです。
一点の曇りもない晴れ渡った青空、なんて景色はないんです。
どこか微妙な陰りがある。
足腰が痛いとか、耳が遠くなるとか、小さい文字が読みづらくなるとか、
そんなありきたりなものではないんですね。
ま、年を取らなきゃわからないでしょうが、
そういう事の集積が、気力を奪ってゆくんですね。
だから、使命感が豊かな人ほど、見切る決断が速いんです。
衰えによるマイナスの行動、その選択が、迷惑をかけることになる、と。


こう言う心情は、若い者、元気な者にはわからないだろうな、と思うんですね。
ですから、その痛みを理解できない人たちによって、
理屈が先行した退位に関する手続きが、

ぐだぐだと引き伸ばされてきたことに、私は不快感を持っていました。
失礼な表現になるかもしれませんが、お許し下さい。
天皇陛下は、楽になりたい、とおっしゃったんです。
だったら、一日も早く楽になれる状況にすればいいことだったんでしょ。

10日ほどの海外旅行を楽しんで来ようと、空港にやってきた人が、
何やらよく分からない事情で、
2、3日足止めされたようなものです。

10日の予定が1週間になってしまったじゃないか、と。

 

とまあ、いくらか遅れましたが、日程が決まってやれやれです。
で、再来年の4月から新しい年号になります。
何になるのでしょうね。
ちょっとわくわくです。


昭和から平成になった時は、
その背景に昭和天皇の崩御と言う悲しみがありました。
昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御して、皇太子明仁親王が即位されました。
これに伴い、1月7日に元号法に基づき改元の政令がだされて、
翌、1月8日に平成と改元されました。
元号法と言う法律があるのですが、

この法律が適応された初めての改元、という事になりました。
当然ですが、逝去を前提とした手続きは事前に行なえないので、
この時の改元は崩御当日に正式な手続きに入り、
翌日に改元が行われたわけです。
とは言え、医師たちの判断から、陛下の体調は思わしくない、
と言う医師団の所見でしたから、内々、改元の準備は進められていたようです。
崩御の前年、9月には三案に絞られていたとか。
ですから、新年号とは言え、見方によっては、喜びとは言い難い状況だったのです。

 

でも、今回の改元は、そういう悲しみもなく、
希望とか、新しい時代への展望とか、極めて、明るい空気のでの新しい年号になるので、
より一層待ち遠しいような気持になります。
何か、おおらかに議論できそうですね。
どんな文字が使われるのか、その出典はなんなのか、気になるところです。


平成のもととなった出典は、史記で、中国の歴史を編纂したもので、

内平外成(内平かに外成る)から来ています。
また、その重複する意味として、書経、同じく中国の歴史書ですが、
これの、地平天成という文字からも、平成が起こされました。
中国伝来の文書は、日本のさまざまな文化の原点となったものですから、
ある意味中国の文化と日本の文化は同根です。
とは言え、2600年を超える皇紀を積み重ねてきた日本なんですから、
出典としては、日本のオリジナルの元号があってもいいのじゃないか、と思うんですね。


さて、どんなものになるのか、また、どんな選出方法、選択方法になるのか、
興味津々です。

それより、

昭和・平成・なんとか、と言う3代にわたって生を得たということを誇りにしたいですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:22 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
 2年ほど前のクラス会以後、毎日欠かさず読んでおります。
 広い知識と、高い見識に感心しております。しかし2つほど気に入らないことがあるので、言わせてもらいます。
 1つは、平塚を無理やり湘南にしようとする心が卑しいと思います。例えその権利があろうとも、それは外の人間が決めることです。
 もう1つは、平塚を通る国道にやたらに信号が多すぎます。これは、平塚人のエゴです。
     以上
| 渋谷悌二郎 | 2017/12/03 12:04 PM |









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