水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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ま、いじめですね、明らかに

昨年末のブログでもこの不安を書きましたが、

年が明けたというのに、まだ去年のトラブルを引きずっていて、
しかも、予想以上に過敏に取り上げているので、いささか辟易ですね。
テレビもテレビで、年明けのさまざまな日本の様子とか、世界の情勢を
緻密な情報として観たいのに、

もうどうでもいい大相撲の話題を取り上げています。


確かに、庶民の関心はまだまだそちらを向いているとは思いますが、
公平で、客観的な情報の中から、
健全な平衡感覚のための情報を届けるのも、メディアの仕事なんじゃないか、と思うんです。

 

ワイドでの各コメンテーターの意見を聞いていて、

あまりにも、一つの現象、一つの言葉に捉われすぎていないでしょうか。
こう言ったから、なんて発言の裏を憶測したって、あまり意味がないでしょ。
第一、日本相撲協会の理事選挙の一票をみんなが持っているわけじゃないですもんね。
これはどこかの一室で行われる組織運営上の問題なんですから、
そこの様子を壁に耳あり障子に目ありのように、覗うのもいかがか、と思いませんか。
ワイド番組などでは、ことさら、複雑に考察していますが、
単純に考えればいいわけでしょ。

 

高校生のやんちゃな集団がいて、
そのうちの一人が、ちょっとばかり番長に歯向かった。
いや大したことは、言ってみないし、やったわけでもない。
でも、番長と言うのは、自分のメンツがあって、
これが傷ついた、と思い込んだら、それ相応に締めなくては示しがつかない、
と考えるんですね。
そこで、口実をつけて、こいつを誘い出す。
一応、表面上は穏やかな言い回しで、一見助言めいた、友情にあふれた言葉を使うが、
一皮むけば難癖そのもの。
で、ちょっとした成り行きで、
この集団の二番手の番長代行が、
てめえ、ボスが言ってることが分からねえのか、と激昂する。
すぐさま、申し訳ない、私が悪うございました、
と謝っちまえばいいのに、ちょっとばかりタイミングを失してしまった。
すると、番長代行はさらに激昂し、相手を殴り始める。
普段は温厚なんだけど、一度怒り出すと手が付けられない。
仲間内は、こんなこと重々承知なわけで、
誰も、止めようとしない。
むしろ、ある種の集団リンチなんですから、
にやにやしながら見ている。
なかには内心、ざまあみろ、ぐらいの気持ちのものもいる。
しかし、番長代行があまりに激しいので、
周囲も心配になってくる。
頭から血を流し始めたので、これは止めなきゃ、となる。
番長も、そこまでと思っていなかったので、やめろや、と一声、
一応この場は、そこで納まったものの、
場の空気は冷え冷えとしていて、
これで示しはついたろう、と、集団リンチは終わる。

 

いまさらですが、番長は誰かはお分かりでしょ。

すべての展開は、思ったより過激になってしまったものの
番長がえがいたストーリー通りだったわけです。

もし、事の真相を明確にしたかったら、
その時同席していた、いわゆる素人さんの証言が一番はっきりしているんでしょ。
同席の関取衆は、ボスのグループの一員なんですから、
その証言はあいまいなはずです。
何より、暴行が始まって、止めに入らなかった、という事でその立場は明確でしょ。
貴の岩が、殴られながら、どうしてだれも止めてくれないのだろう、と思ったのは、
そういうシチュエーションだったからです。

ま、一言で言えばこの事件は、いじめです。


大相撲協会が再発防止、とかに努力するのは当然なんですが、
以前、死人まで出しながらの今回の出来事でしょ。
人間の本質的な部分で、潜在的に持っている、闘争的な本能が、
消しきれないんでしょうね。

だって、普通の社会では、協調を全体に、人間の生き方を仕込んでいるんですが、
ああ言う競争社会では、なにくそ、と敵愾心をあおりながら日々けいこを積むんでしょ。
それはスポーツなんですから、技を磨き力を付けるという事で、勝ちにこだわるわけですが、
心の中には、相手を打ちのめすことを目指しているわけです。
ある種の殺気に近い感情を持つことが時に厳しい勝負に出れるわけでしょ。
ボクサーが、パンチを出すたびに、ごめんね、なんて言ってたら、勝負にならないでしょ。
きっと相撲だって、あの仕切りを繰り返す時間の中で、闘争心を燃え上がらせるわけでしょ。
一歩間違えば、このやろう、の世界じゃないですか。
こう言うトレーニングをしているんですから、
それはその素地をたっぷりと持った人たちなわけです。


ですから、冷静になって、暴力追放みたいなことを言っても
日ごろから闘争心は植えつけているわけですから、
正直、その対策はかなり難しいと思います。


あの双葉山でさえ、われ未だ木鶏たりえず、と言ったくらいなんですから、
土俵の上の闘争心は、平常でもその片鱗を表してしまうんでしょうね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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