水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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朝日の当たる家

実は、2月24日に、あるライブの司会進行をすることになったのです。
そのステージの演目に、朝日のあたる家、が入っていて、
さて、今まで結構雑にアニマルズの歌を聞いてきたけど、
この歌は、いったい何を歌い上げようとしていたのだろう、
と疑問になったんですね。
さあ、そうなると、いろいろと調べ回るわけですが、
その結果、世間は、かなりいい加減な解釈をしている、という事が分かりました。

 

アニマルズの朝日のあたる家、と聞いて、
ああ、あの歌ね、と思える人は、もしかすると
私と同世代ぐらいの、限られた人かもしれませんが、
一応、現段階での中間報告です。

 

まずは、この歌の経緯に触れておきますと、
17世紀に、イギリスのフォークソングとして歌われていて、

アメリカにわたり、1960年ジョーン・バエズがレコーディングし、
1962年にボブ・ディランが、さらに1964年にアニマルズが、
シングルを発表し、爆発的なヒットとなります。

 

まずはそのアニマルズ版の英語と訳語を載せます。

HOUSE OF THE RISING SUN(旭日館)

There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many poor boys
And God I know I'm one

ニューオーリンズに館があった
「旭日館」という館があった
そこは多くの若く貧しい少年らの廃墟だった
神よ、ぼくもその一人だった

My mother was a tailor
She sewed my new bluejeans
My father was a gamblin man
Down in New Orleans

母は裁縫を仕事にしていて
ぼくに青いジーンズを縫ってくれた
父はギャンブル狂で
ニューオーリンズに入り浸っていた

Now the only thing a gambler needs
Is a suitcase and a trunk
And the only time that he's satisfied
Is when he's all drunk

さてギャンブラーがいる物といえば
スーツケースとトランクだけだった
そして彼が満足するときといえば
酔い潰れているときだけだった

Oh mother tell your children
Not to do what I have done
To spend ther life in sin and misery
In the house of the Rising Sun

母よ、子供に言い聞かせてくれ
ぼくがしでかしたことをするな、と
罪と惨めさの中で生涯を送るな、と
朝日の昇る館で

With one foot on the platform
And the other foot on the train
I'm going back to New Orleans
To wear that ball and chain

片足をホームに乗せて
もう片足を列車に乗せて
ぼくはニューオーリンズに戻ろうとしている
その重りと鎖を付けるために

さらに、第1節が繰り返されます。

 

で、ここで問題になるのは、
タイトルの訳です。
こじつけのように、旭日館、とか朝日楼とか言いますが、
どうも、これは朝日のあたる家、でいいと思うんです。

この曲の解釈の中で、3行目のthe ruinの解釈が、
大きな影響を与えます。
ジョンバエズが歌ったバージョンでは、
Its been the ruin of many a poor girl
となっていて、もともとは女性が主人公の歌なんですね。
したがって、ここの解釈が、娼館と解釈されていて、
この主人公は売春婦だった、という事になります。

その影響で、旭日館とかになりがちなんですね。
まあ、それはアニマルズ前の解釈です。
で、アニマルズは、これをboysに変えて、
主人公を男性にしました。
ここから、どうも混乱が始まったようです。

 

曲全体を眺めてみると、
この曲の基点なるのは、
どこかのまちの鉄道の駅におかれていて、
5節目で、列車の乗ろうとする場面がありますが、
この瞬間の歌なんですね。

ろくでもない境遇の中で、ぐれて、荒れた生活をしてきて、
挙句の果てに、犯罪に手を染めてしまう。
そして結局つかまり、New Orleansで、投獄されることになった、
そんな自分の暗い半生を、いささか後悔の念を持って
歌ったものです。

 

自分が育った家は、
割れた窓ガラスはそのまま、玄関にはごみがだらけで、
正に掃き溜めのような所で、(the ruinの解釈です)、
親父は、ばくち打ちの飲んだくれ、
兄弟もろくでなしが揃っているという家族。
絵に描いたようなみじめな人生を送り、気が付けば犯罪者になっていた、
と言うところでしょうか。

 

その暮らしていた家を、世間は嘲笑を込めて、
the Rising Sunと呼んでいたんですね。

この、光り輝く清廉な朝の光を浴びている家も、
実は暗い人生を送ってい住人がいる、
と言う光と闇の世界の対比を
曲のタイトルとして掲げたのではないか、
と言うのが私の解釈です。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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