水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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日本人なら…

私は、今までに、ネットの2チャンネル系で、
平塚のまち、平塚の住人への誹謗と言うか、
根も葉もない非難の言葉が羅列されているスレを何回か読んだことがあります。

そのたびに、暗い気持ちになってしまうんですね。


そもそもが、平塚は、太平洋戦争の際、軍需工場が多かったため、
大規模な空襲を受け、焼け野原となって、
無傷に近い他の周辺都市から見れば、大きなハンディキャップを負いました。
終戦後、復興期に入ると、国の復興支援策を優先的に受けて、

道路区画の事業など、インフラの整備などに当てられてきました。
また、競輪事業の認可を受けるなど、周辺都市から見れば、
かなり優遇策がとられ、何かとうらやましかったようです。

これは、以前、商工会議所の関係で横須賀市の視察をした時、
商業関係の職員が、終戦後、平塚に次々と振興のための予算が割り当てられ、
とてもうらやましいと思った、と言っていたので、
改めて、周辺の町は平塚のことをそういう風に感じていたのか、
と気づいたんですね。


そんなやっかみの気持ちが背景にあったのかもしれませんし、
もしかすると、平塚市民の品性が欠けていたのかもしれませんが、
何かというと、平塚いじめのような感情があるようです。
特に、相模川以東のまちは、平塚に対して優位性を感じたいらしく、
何かと、難癖を付けたがる傾向がありました。
私達にしてみれば、悪意を持って、他都市の批判をした覚えはありませんし、
私たちのどこが悪いのだろう、と思うんですね。


こんなスレが立っていたことがありました。
テーマは平塚競輪場です。
多分、周辺都市の人たちだと思うのですが、
競輪場と言うのはばくち場の一つだ、
いやしい品性のものが集まってくる、
そこの上がりを、市の財政にしている平塚は、
品性に欠ける。
と言ったことを、かなり口汚くののしるように書き込んでいるのです。
仮に、市政運営の財源の一部に、
競輪場の上がりである品性のないお金を使っている、としましょう。
しかし、現実として、競輪場の上がりが大きく、
行政としてはとても魅力的であった時代があって、
しばしば、近隣都市の主催競輪と言うのが行われていました。
つまり、平塚競輪場での開催権を、ある月委譲してもらって、
例えば、藤沢市主催とか、鎌倉市主催とかの開催をし、
その時の上がりを譲り受ける、という事です。
要はおこぼれ頂戴、という事です。
たとえ品性のないお金であっても、平塚ひとりが儲けていて「ずるい」という事です。
ま、そういう思いがあるんだったらどうぞ、と平塚は開催権を譲っていました。
これは、売上から、必要な経費を引いて、いわば純益を渡す、
という事です。
まあ、周辺都市にしたら、うまい話でしょ。

名義一つで収益があるんですから。
ところが、時代とともに、売り上げが減ってきて、
旨味が少なくなってきたんですね。
すると手のひら返しのように、主催権の返上を始めたのです。
今ではゼロです。


何年か前、平塚競輪場で、鎌倉市の主催競輪があって、
それにかかわる費用の請求をしたところ、鎌倉市はその支払いを拒否したのです。
私はその品性のなさに驚きました。
ま、何かの事情があったのだとは思いますが、
一地方行政体が、ある取り決めの中での失払いを拒否したんです。
これは裁判沙汰になって、結局は鎌倉が敗訴し支払うことになったのですが、
こうなると、平塚と、鎌倉では、どちらが品性が欠けるか、という事でしょ。

 

ま、そんなことはともかくです、どうも平塚は、
あまり好かれるタイプの街じゃないようなんですね。
でも、よく考えてください。
何が悪いってわけでもないし、誰が悪いってわけでもないでしょ。

実は、このように、なんとなく風評のようなもので、
人が判断されるという事があるものです。

 

その最たるものが、ナチスがしたユダヤ人への差別的処置ですね。
私達は、西欧社会の成り立ちとか、宗教的な対立の根などについて、
十分な知識がありませんが、
客観的に言って、ユダヤ人の何が悪かったんだろうと思うんですね。
あの第二次世界大戦のさなか、ただユダヤ人と言うだけで、見下げられ、迫害を受け、
挙句の果てにホロコーストとして、殺害される、
と言う惨劇が展開されたのです。
侮蔑、差別、偏見と言う、人間として最も醜い心の動きです。
しかし、その立場は、なかなか日本人には理解できません。

 

外遊中の安倍総理が、リトアニア中部カウナスで、
第2次大戦中にナチス・ドイツの迫害から多くのユダヤ人を救った
日本人外交官、故杉原千畝氏の功績をたたえる「杉原記念館」を昭恵夫人とともに訪れた。
と言うニュースがネットで紹介されていました。
そこで、首相は見学後、記者団に
「世界中で杉原さんの勇気ある人道的行動は高く評価されている。
同じ日本人として本当に誇りに思う」と語った。
そうです。

 

杉原さんは、生前、その勇気ある行動をたたえられると、
必ずこうコメントしたそうです。
「私は特別なことをしたわけではない。
日本人なら誰もが、同じことをしたと思う」と。

 

そう、私たちは、そういう心を持った日本人なのです。
その日本人であることを誇りに感じている日本人なのです。

時々思うんですね。
2チャンネルで、荒々しい言葉で、世の中のさまざまな現象を
誹謗中傷して悦に入っている人たちは、日本人じゃないのかもしれない、と。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:40 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
水嶋殿

 それでも平塚の国道に信号が多すぎること、湘南の名前を欲しがることは、何とかしないとみっともないと思います。

   渋谷悌二郎
| 渋谷悌二郎 | 2018/01/15 10:12 PM |
信号が多いのは、区画整理が進んだからで、その結果、交差点が多いんですね。ま、これはこれで仕方ないでしょ。私は平塚の住民として、信号が多い、と言われてそうか、と思ったくらいですから。
湘南については、確かに、何かと湘南ひらつかと言う名称を使いますから、欲しがっていることは事実ですね。しかし、裏返せば、近隣都市からの蔑視があったからではないでしょうか。その反動として、いくらか大目に見てもらいたいものです。
| mizushima | 2018/01/16 10:25 AM |
水嶋殿

 すべての交差点に、信号機をつけようとする考えが、そもそもおかしいのです。常識的に考えても8割は押しボタン式でよいと思います。

 湘南という言葉が、一種のブランドになってから、その名前を付けようと考えることが、卑しいのではないでしょうか?
| 渋谷悌二郎 | 2018/01/16 12:45 PM |









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