水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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皆勤賞がなぜ悪い

皆勤賞について異論が出て、これがまた、いいの悪いのと、議論が沸騰しているようです。
小学校、中学校などで、一日も休まず通学した子に出される表彰ですが、
色々な考えの人がいるもので、
差別につながるとか、もらえない子の人格を否定しているようだとか、
さまざまな観点が提起されています。
『休まないのが偉い』という価値観を子どもの時から植え付けるのはいかがなものか?
というのが代表的な意見でしょうか。

 

私はこう言う考えは、人に対して少しも優しい考えだとは思えないんです。
何か、足並みをそろえることが平等で、平等であることが貴い、
という考え方でしょ。
以前、運動会の徒競走で、横一列に並んで同時にゴールする、

という、一見美しい行為と言われた平等が、
どうして望ましいことなのか分かりませんでした。


子どもの頃に、平等で、誰も競い合うこともせず、対等な状況を作り出す、という事が、
美しい人生観を築き上げる、という因果関係がはっきりしているならともかく、
ゆとり教育という幻想の中で、競争心や、頑張りや努力を、意味のないこと、としてきた教育が、
ゆとり世代に、どれほどの悪影響を与えてきたのかは、すでに実証済みです。
私は、このゆとり教育が実施された期間100%の中で成長してきた大学生達と、

数年間社会活動をともにしましたが、正直、驚くほど協調に欠けた世代で、

あのゆとり教育は失敗だった、と実感したことがありました。
実際、これと言って競うことがないまま成長したとして、
競争をしないですむ環境なんかどこにもありません。
まずは、中学を出れば高校でしょ。
世間はあそこはいい学校、ここはまあまあみたいな評価をしてますし、
その評価は、当然家族も、本人にも影響を与える。
だからいい学校を目指す。
これって競争でしょ。
無競争の環境から、抜け出したら、いきなり競争になるのです。
さらに、その後社会に出れば、そのほとんどが競争でしょ。
会社に入社するところから始まって、さまざまな資格を取ることも、
社内での仕事を消化するのも、

ある意味、歯を食いしばって頑張らなきゃできない事ってあるはずです。
ひと踏ん張りする根性、精神力をいつどこで付けさせるかでしょ。


病気がちの子、体力のない子は皆勤賞は獲れない。
これはかわいそうだ、という論理が皆勤賞否定の背景にあります。
確かに、体が弱いと言うのは、一種のハンディですが、
それは一つの弱点に過ぎません。
だれだって、何らかの弱点は持っているものです。
記憶力が弱い子、創造力に欠ける子、足の遅い子、言葉がうまく操れない子、
論理的に考えられない子、作業がのろい子、おしゃべりが過ぎる子、
集中力に欠ける子、暗算ができない子、忘れ物をよくする子、挨拶ができない子、すぐあきらめる子、
自分勝手な子、そして、よく風邪をひく子、身体的な障害を持っている子、
誰だって、何らかの弱点を持っているでしょ。

 

以前、我が店で、調理師見習、とか、接客サービス、つまりウェイトレスとか、の募集を、
地元の中学校に働き掛けたことがありました。
そして、結果として、数年間、数名の中卒の子を受けれたことがあったのですが、
その最初の年、彼らが面接にやってきた時のことです。
大体、担任の先生が付き添いで来るのですが、原則本人との話ですので、
後ろに下がっていてもらいます。
で、在校時代のさまざまな成績表なんかを見ながら、話をするのですが、
9教科の成績の数字が、1・2・1・2・3みたいな並びなんですね。
ほとんどの子がそうでした。
私は、でも、3があるじゃないか、と褒めてあげたら、
後ろの先生が、これは10段階評価なんです、と。
つまり私たちの時代の5段階評価に換算すると、
1・1・1・1・2という事なんですね。
ま、なんか事情があって、授業に集中できなかったんだろう、とよく解釈したのですが、
資料をひっくり返してみていたら、出席日数と言うのがあって、
これが皆勤だったんです。
私はこのひとつだけで、採用を決めました。
先生は、いいんですか、みたいな顔をするのです。
私は生徒と先生の両方にこう言いました。
仕事はこれから私たちが責任を持って教えます。
でも、1人は1人として職場の構成要因ですから、
一番困るのが休まれることなんです。
この子は、一番肝心なところが信頼できる。
休まない頑張り屋さん、という事で、私は十分な評価をします、と。

 

もし、皆勤という評価が無ければ、この子は職を得られなかったかもしれないのです。
皆勤は、頭がいいとか、足が速いとか、話が巧みだとか、ピアノがうまいとか、
というのと同列のことでしょ。
悪く言えば、1・1・1・1・2の成績をひっくり返す能力でもあるのです。


頑張ったね、と褒めることがどうして悪いんでしょうか。
弱点のない子はいないはずです。
つまり同じ良い所、同じ悪い所を一律に持っているわけじゃありません。
それが個性です。
つまり、何らかの個性があり、これを伸ばしてあげること、
これが教育でしょ。
皆勤賞をなくすことで、平等の扱いをしているつもりかもしれませんが、
結果として、褒めてあげるチャンスを放棄していることになるんです。

 

これは私の個性かもしれませんが、私は褒められることが大好きです。
この年になっても褒めてもらうとうれしいもんです。
人はこのたくさんの人の中で生きてゆくのに、

自分と言う存在を認めてもらえるからこそ生きてゆけるのですから、
どんなことでもいい、その人を認めるという意味で、
大いに褒め合うべきです。

 

素晴らしいじゃないか、一日も休まないなんて、と。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:13 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
おおいに褒めあうべき。まったくそのとおり!
| やぶ枯らし | 2018/03/23 2:37 PM |









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