水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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諸悪の根源

さまざまな行いの中で、悪行と言われるものがありますが、
その形は千差万別。
人殺しから始まって、人のものを盗んだり、人をだました詐欺とか、
最近は、性的な諸行も、また、立場地位を逆手にとってのパワハラとか、
保身のための嘘とか、治めるべき税金をかくしたりとか、
まあ、犯罪ぎりぎりまで含めれば、
正に、千差万別でしょ。

 

で、なぜ、人はこんなに罪を犯すんでしょうか。
逆に、何を持って罪という領域があるんでしょうか。
この辺が整理できないと、
人類は、延々と獅子身中の虫と戦い続けることになるのです。
実にばかばかしい話でしょ。
人間の世界を平穏に、友好的に過ごすことができないために、
どれほどのエネルギーと時間を使うんでしょうか。
露骨に言えば、そのために、私たちが働いて、積んできた税金が、
無駄なことに使われてしまうわけです。
ええ、もちろん、基本は、ある特定の人間の悪の諸行の為です。


例えばです。
瀬戸内で、囚人が脱走しました。
で、何とか捕まえようよ、捜査員を増員して、島中を探索しています。
で、ニュースでは、今日は1300人態勢で捜索にあたっている、とか。
不心得者一人に、すでに累計で3000人を超える捜査員が配置されているのです。
そのコストはいかばかりになるんでしょうか。
日当2万として、一日で2600万円ですよ。
4日で1億円です。
一人のあほたれのためにです。

 

私は、こうやってどこからか集合を掛けられて、
たくさんの人が集まった時に心配になるのは、
このように、先ずその経費のことと、食事とトイレです。
どうやってるんだろうか、と。
いきなり、1300人の弁当がいるんでしょ。
どこに発注するのか、という事と、
集合後だって、トイレに行きたい人はいるわけでしょ。
しかも、野山に入り込んでいるんです。
ささっと、木陰で立ちションベンというわけにもいかないでしょ。

 

話はガラッと変わりますが、この食事とトイレについては、
前々からの疑問があったのです。
こんなシチュエーションを読んだことがあるでしょ。
頼朝の軍勢20万人。
川の向こうとこっちで敵の平家の軍勢と対峙し、
にらみ合う事三日間。
そして、四日目の未明、朝霧に包まれた河原で、時の声が上がる。
とかです。
嘘かホントか、20万人が、陣地で構えているわけです。
食事はどうするんでしょうかね。
また、朝になったら、20万人がクソを垂れるわけです。
どこでやるんでしょうね。
20万人ですよ。
なんだかあちらこちらにノグソが落ちているわけでしょ。
まあ、余計なお世話ですが、
歴史の戦記物を読むたびに、ここが心配になるんです。

 

さて、話を戻します。
人は悪行をしがちである。
その根本は、原則的に蓄財なんですね。
本能的に考えれば、備蓄です。
人間は、脳の活動が熟達し、将来を展望できるようになりました。
良い展望は夢です。
でも、多くは悪い展望をします。
そして、不安が生まれ、安心のための「食料の確保」です。
その日暮らしは不安なんですね。
マンモスをいつまで狩ることができるという、保証はないんです。
木の実や果物が確実に実る、という保証はないんです。
さまざまな自然の環境の変化を人間たちは目で見て、時に飢えに苦しんできました。
ですから、安定した食料を確保するために、それはそれなりに努力してきたのです。
そして、これでもしかすると、飢えから解放されるかもしれない、
という状況を得たのが、1万年前です。
それまでの狩猟採集の生活から、牧畜農耕の技の時代に転換します。
以前から見れば、はるかに効率的に食料を確保できるようになりました。
しかも安定しています。
何時食べれなくなるか分からない、という不安が解消されればよかったのですが、
人は欲深く、もっと、もっとという事で、
より多くの者を蓄財することになりました。
要は、不安を捨てきれなかったのです。
確かに、人類の系譜500万年とすると、
499万年間、飢えの恐怖と戦ってきたのですから、
たかだか1万年で、それを払拭することは難しかったのかもしれません。
それより、DNAに染みついた、備蓄という本能は、
状況が改善されたのちも強く働き続け、
もっと多くのものを欲しがることに歯止めがかけられなくなったのです。

そして、部族と部族、国と国までもが、この備蓄本能に負けて、
他からの収奪を試みます。
これは単にモノだけで無く、名誉とか、地位とか、精神的なものまで含め、
我欲に負けてしまうのです。


ある国の首相が、さんざんと失政を積み重ねてもなお、
その地位にこだわり続けるのは、こうした人間の奥深い我欲によるものです。
その日暮らしは、確かに不安です。
ですから、わが身を養うための、最低限の蓄財は必要でしょ。
でも、毎日、大ご馳走を食べ、豪華絢爛な屋敷に住む経済的な勝者が

成功者だ、と、本人が自負している三流の人間と、

それ等を偉い奴らだと勘違いしている二流の人間は、
その蓄財本能を発揮し続けるんですね。

そして富の偏在が進む。


これは、実は人類滅亡の一つのサインなんです。
理屈から言って、そんな不必要な富を生み出すための資源を
地球は持ち合わせていません。

人間の悪行で、人類は滅亡するのかもしれません。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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