水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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良心と言うフィルター

5月13日の私のブログです。
「銃を構えていた人間が、銃を捨てたとしても、
さっきまでの人格が変わるわけではないし、
もともと、誰だって人に銃を向けることはないわけで、
銃を捨てたことが、えらいことでも、褒められることでもない。
ただ、ごく並みの状況になっただけのことです。」
と、私は、北朝鮮の在り方を評しました。


例の南北のトップ会談の時に、
38度線を越えてやってきたカリアゲ君の笑顔を、
まあ、多分、信じたいといいつつ、お人よしな期待があるわけですから、
あたかも平和の使者のように評価するひと人たちがいましたが、
とはいえ、そりゃないだろう、と私は思ったので、
ブログにそのように書いたのです。


まあ、冷静に世間を見ていればこれは、誰でも予測したと思いますが、
米朝会談が発表された時、
正直、先ずは破談になるだろうな、と思いました。
事あるごとに私は実現するはずがないと、言ってました。
だから表面的な情報に惑わされず、要は今までどおりの状況を想定し、
気を緩めてはいけない、と思っていたのです。


しかし、くどいくらい、
あのトランプも、妙に浮き足立ったコメントを繰り出すし、
そこに向けて、会場の絞り込みとかの具体的な地名やら、

事前の高官たちによる調整の話とかが、飛び交っていました。
まあ、これに関するニュースが出るたびに、

米朝会談の実現性の確率が高まっていったのですが、
このピークに至った先週の後半でも、
私はどう考えても実現するわけはない、と思っていたのです。


で、ただの一般市民が、これと言った情報もないのに、
そう感じ取ったという事の背景です。

 

ある殺人事件の様子が報道されて、私のかみさんが、そのテレビを見ていて、
これはきっと、親が犯人だと思うわ、などと犯人の想定を口にすることがあります。
まあ冷静に聞く限り、とてもそういう結論にたどり着く要素が感じられないのですが、
結構断言することがあり、しかも、それがほとんどその通りなんですね。
で、世間ではこれを「勘」と言います。
理にかなった説明はできないけど、おおよその筋道は想定できる、
と言うやつです。


おそらく、厳密にその思考の経緯をたどれば、ある種の要素を瞬間的に整理して、
それなりの理にあった結論を出すのだとは思いますが、
こういう場合、本人は実は説明出来ないことが多く、
それこそ、勘の鋭い奴だ、で終わってしまうんでしょうね。

 

で、こう言う場合、他にそもそも人の思考回路に与えられた
プログラムのようなものがあって、
これが機能するんではないかと思うんです。
多くの人が漠然と感じるさまざまな選択すべきものは、
この、人にセットされている思考回路の所産なんです。
で、これは何か、と言うと、
とても抽象的な表現になりますが、「良心」です。

 

以前映画で見たシーンで、法廷に出廷したある証人が、
法定の官吏員に導かれて、宣誓します。
聖書の上に手を置いて、
「私は、神のみ名のもとに、何事も隠さず、何事も付け加えず、

真実のみを話すことを誓います。」と。
国会の証人喚問の際も、要は、これに近いことを宣誓します。
この時、聖書は登場しません。
また神という言葉は、良心という言葉に置き換えられます。
国会では、

「宣誓書 良心に従って真実を述べ何事も隠さず、
また、何事も付け加えないことを誓います」と言うんです。
要は、神と言う存在とその概念と、良心と言うものは、同質のものである、という事です。
つまり、私達は、素直に自分の良心に問い、そこからの導かれた答えは、
正に、神から発せられた言葉と同じものであって、
言い訳や嘘や人陥れようとする欺瞞や、保身のための隠ぺいや、真実隠しなどは、
行われないものなのです。
言いかえれば、酒飲みついでの冗談話で、良心から離れる言葉が出ることがありますが、
国会やら、公共の場での発言に、
良心から離れた言葉で自分を守ろうとした場合、すでに良心は崩壊していて、
まさに人間じゃない、という状態になっているという事です。

 

ですから、そもそも一人一人が持っている良心と言う心の中のフィルターを通して、
世の中を眺めれば、
殺人犯も何となく見当付きますし、
北とアメリカが首脳会談する、なんてありえない、と思えるわけです。
それは、カリアゲ君の思想行動をチェックすれば、

安定していて信頼できる人格とは思えませんし、
トランプ君の言動も、恣意性が強く

良心にあふれる言動を取っているとは思えないので、
この二人の組み合わせは、
世界中の中で、もっとも性の合わない不安定な組み合わせでしょ。
まあ、まとまるわけがない、というのが、いわゆる常識的な判断になるわけです。
その背景には、良心と言うフィルターを通して、人物評価をすれば、
ごく普通に出てくる結論だと思うんです。

 

でもまあ、できれば期待を裏切って、
米朝会談実現の努力を続けてもらいたいとは思いますが。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:11 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
水嶋殿
 水嶋君のブログには、いつもなるほどと思わされます。毎日その通りだと思います、というコメントを送るのも何かと思うので、今回のコメントをもって毎日の分とお考え下さい。
 但し、平塚湘南説だけはやめてください。アレは単なるブランド志向で、みっともないと思います。
   渋谷悌二郎
| 渋谷悌二郎 | 2018/05/25 12:17 PM |









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