水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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結局は住民の防災意識

西日本豪雨災害は、台風などの災害を除けば、
最大級の被害をもたらせている、と言っていいと思います。
まさかここまで、多くの地域を巻き込んでの惨禍になるとは思いませんでした。
今日の昼ごろで、犠牲者は134人、そして依然60人の安否が不明となっています。
ざっと、200名からの犠牲者となると、記憶にないくらいの規模です。

 

そして不思議なのは、広島の被害者数の多さ。
テレビを見ながら、多くの人は、そういえば広島って、以前も土砂災害で、
多くの犠牲者を出したことがあった、などと言う会話をしたことと思うのですが、
たしかに、マサド(真砂土)の問題も絡んでいるとは思いますが、
結局は、過去の経験を生かし切れていなかった、ということではないですか。

 

被害もない、よその地域からとやかく言うのも気が引けますが、
災害が発生するたびに、
過去の経験がどれほど生かされてきたか、といいう反省が行われます。

これは、そこの住民に対する意味もありますが、

つまるところは、政策的な対応がどのぐらい進んだか、という事です。
これは、地方も中央もともに、反省が次の対策に生かされたか、と言うことです。

 

地震に関しては、建築基準などの強化により、
住んでいる家が倒壊しない、という条件は強化されていると思います。
しかし、水害に関しては、その発生源が多いことと、
比較的、地方の2級、3級河川が、その原因になりがちなこともあって、
なかなか問題解決能力がレベルアップしてきません。

 

特に、水害の特徴として、時に、予見できたはずの被災地域の特定も、
なかなか、後手、後手になりがちで、
情報の処理的な問題で、犠牲者が多くなったことは、大いに改善すべきです。


50年に一度の大雨について、このブログでも触れましたが、
5キロ四方の地域の切り分けをしたうえで、

過去50年間に、その地域に降った雨量が算出されていて、
これが基準で、50年に一度と言う算出をしています。
これは雨がどのぐらい降ったか、です。
しかし、降った雨がどうなるかまでは、計算されていません。


そこで提案なんですが、

地域を子キロ四方のメッシュに割るのではなく、

山の峰による分水嶺ごとに区分し、

その地域の水は、ここに流れてゆく、と言うことを

一つの単位とすべきだ、と言うことです。


どんな小さな山でも、分水嶺があるはずで、
この分水嶺を基準に、雨がどこに流れるか、という条件を設定します。
さらに、森林がどのぐらい覆っているのか、などの土地の保水性、
また河川の排水能力、地盤の特性など、
およそ考慮できるさまざまな条件を数値化し、
それこそコンピューターで計算させれば、
どのぐらいの雨量で、どの地域が危険になるか、
と言うデータは作れると思うのです。


つまり、どのぐらい雨が降るかによって、それぞれの地域の水害発生率のようなものが、
事前に把握できている、という事です。

これは予測ですから、現在降り始めから24時間たって、累積でこのぐらいの雨量になった、と。
したがって、今後、何時間で何ミリの雨が降った場合、危険度が上がってくるので、
非難しろ、と情報を出せるわけです。


漠然としたある地域の降水量、ということではありません。
分水嶺によって区分された地域なのですから、
これは、その一定の地域全体での雨量を考えるわけです。
多分相当複雑な条件をいれないと計算できないかもしれませんが、
まあ、少しばかりの予算を取れば、人命をもっと救えるはずです。
素人ながら、何か対策は取れないのか、と考えた上の提案です。

 

今回、政府は被災した自治体からの要望を待たずに、
国が判断して支援物資を送り届ける「プッシュ型支援」を強化するとのこと。
例えば、被災地での支援では、
これまでは避難所にエアコンを設置する場合、
国と自治体で費用負担の割合や、撤去は誰が行うのかなどを
あらかじめ調整してきたのだそうです。
しかし、これをしていると、予算の実効性が欠けるので、
まずはともかく、必要な処置をする、
調整はそのあと、という事で、「プッシュ型支援」と言うのだそうです。
これは結構なことですね。
いわゆるお役所仕事をいかに避けるか、
といいう一種の危機管理に関する対応性が、より現実的になったという事です。

 

ま、これは結構な話ですが、今回もやはりいくつかの問題が露呈しました。
それは、情報の伝達において、受け手の方が、ゆるい意識があったという事です。
いつでも防災はこのゆるい意識との戦いなんです。
危ないから河川に近づくな、と言ったって、

大丈夫と言う正常性バイアスが働いて、危険な所に一歩進んでしまう。
まあ、なかなか難しいのですが、
矢張り、防災は、ここの何とかなるという楽観的な意識との戦いになるわけですね。

 

| 水嶋かずあき | 環境 | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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