水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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悪代官登場

少しばかりマイナーなテーマですが、著作権についてです。
ご存知の通り、楽曲関係の著作権を管理しているJASRACが、
音楽教室での楽曲の取り扱いにまで手を広げ、
課金すると言いだしたわけです。
そこでヤマハなど音楽教室を展開してるところが、
旧来、著作権として、課金されてきた、放送とか、音楽会とか、カラオケとは、
根本的に違うものだから、これはいきすぎだ、と法廷に持ち込んだわけです。


で、冷静に考えてみると、これは、ほぼ、法律論争になっていて、
現行のJASRACの在り方では、どちらかと言えば
法にかなっていて、相当の曲解がない限り、これは音楽教室が不利だな、
と思えるんですね。

ま、あくまでも現行法の解釈ですが。
しかし、法文に引っかかるかどうかを抜きにして考えれば、
音楽教室で、先生が見本として、その曲を演奏した場合などまで、
著作権に引っかかるのか、と言うと、
心情的には、教育的かつ文化的振興との意味合いを考えると、
何もそこまでは、と思ってしまいます。
これは、現在の著作権の在り方を前提としているんですから、
この際、楽曲等の国民の文化的な財産のあり方、などなど、
多方面における、そもそも論が見直されるべきではないか、と思うんですね。

 

日本で最初に著作権の保護が規定されたのは、
1869年の出版条例の制定にさかのぼります。
なんと、明治元年が1868年なんですから、
えらく古い時代の法律ですし、そんなころにすでに著作権と言う概念が法化されていた
という事自体が驚きでしょ。
で、これをもとに版権の保護とかに対象が広がり、
明治20年1888年には、脚本楽譜条例、写真版権条例などが追加され、
1893年には、版権法が制定されるに至ります。
こうしてみると、明治当時のさまざまな媒体の形態的な進化と、
それに応じる条例が次々と改訂され、
やがて、法律として、版権法に至るという、
まあ、それなりに著作権に関する意識が強い国だったわけです。


で、1970年、著作権法が改訂され、現在に至ります。
その後、これらの著作権の管理のため、事業として、JASRACが活動を始めます。
一応現行では、著作権管理に対する競争が取り入れられていますが、
著作権管理事業の市場では、JASRACが98%のシェアを保持していて、
正に一強体制で、日本の著作権に対する独占的管理をしているわけです。

 

著作権法では、
思想又は感情を創作的に表現したものであって、
文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの、と著作物の規定をし、
その著作者の利益を保護しています。
そこで、現在の問題としては、
まず、著作者の保護も重要ですが、
著作物が与える社会への利益、
例えば、芸術的なものに接する精神的恩恵、教育的な効用など、
それもそれとして権利的な概念を認めるべきではないか、と思うのです。
いったんはこの世に生み出された知的な生産物ではありますが、
その作品が素晴らしければ、多くの人がこれに接するわけで、
そこに発生する、ある種の鑑賞権のようなものを認めるべきだろう、という事です。


商品を生み出す側の権利が100%になっていて、
その商品を享受するいわば消費者の権利が、ほとんど考慮されていないのが現状です。
ですから、現行法で争えば、音楽教室はどう見ても不利だと思うのです。
だから仕方ないのではなく、
明治の初頭から、たびたび変遷してきて、著作権法に至るまでの変化は、
明らかに世の中での、著作物の伝達手段の進化と変化、に影響されてきています。
ここにきて、今更レコードでもありませんし、CDもあまりパッとしない。
スマホを含め、電子機器の進化で、その伝達方法が進化しているわけで、
この変化を取り込んだ、著作権法の見直しが行われるべきではないか、と思うのです。

 

何より、JASRACが、2010年ごろにその売り上げが低迷し、
その対応策として、何処か新たに使用料をとれるところはないか、と、
巻き上げられそうな分野を模索し始めた結果が、
音楽教室にたどり着いたわけです。
なんとなく、江戸の頃の、お代官様の年貢の取立てみたいでしょ。
ちょっとばかりヒール役(悪役)的なイメージがありませんか。
何より、この間までよかったところが、今回やっぱり駄目だ、
と言うその落差をどう説明するんでしょうね。
いやいや、うちも最近苦しいもんで、とかいう言い分のもとに
新規開拓となると、本来の法の精神が無視されていると思いませんか。

 

ナパサなどの地方放送局も、カラオケ機材を置いているスナックなども、

包括的な徴収をされています。

つまり、本来、一曲一曲が持っているはずの個別の著作権を、

十把ひとっからげで、課金し、それを巻き上げているんですね。

正に、ここの田んぼからは二俵の米を差し出せ、という年貢米の制度です。

こういう場合、登場するのは悪代官でしょ。

 

時代の流れの中で、電子機器の登場で、
これらの世界の構造が変わるのは仕方ないことだと思うんですね。
それが、庶民から楽しみを奪うとしたら、
法の在り方そのものをもう一度考えるべきだと思います。

 

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:08 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
ウーン難しい。知的所有権保護と庶民の楽しみ。小生は庶民も妥当なコストを支払うべき、と考えるが、その線を引く知恵がウ−ン。
| やぶ枯らし | 2018/07/31 8:38 AM |









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