水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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ボランティア精神

私は自営業で、その企業の代表でしたから、
誰かの指示で、自分の進退を決めるという事はなかったんです。
つまり定年とかいう概念がなかったんですね。
体がもつ限り現場にいよう、と。


現実としては、71歳で、現場から退きました。
肩書きとしては相変わらず代表取締役なんですが、まさに肩書きだけの話。
で、引退のきっかけは、やはり病気をしたことが大きかったのですが、
それ以前から、いったいいつまで現役で現場に立っていなくてはいけないのか、
という疑問があったのです。
と言うのも、周囲の同業者の仲間が、何かの理由で廃業するという人が出てくるんですね。
理由はあれこれありますが、主だったものは、やはり年を取ったから、という事です。
しかし、自営の人間には、具体的な数字がありません。
世間で言う、65才を過ぎたから、とかの定年制の年齢制限ですね。
自分で、68才とか、72才とか、それこそ80才とか決めていい。
元気だという自覚があれば、それ以上でもいいし、それこそ終身現役でもいいんです。
で、何人かの店じまいに立ち会ったんですが、そのすべてが、
ほぼ、体力的に余力がなくなった時なんですね。


つまり、引退した時と言うのは、時に病院通いの始まりだったり、
体が言うこと利かなくなっているわけですから、
近場の温泉すら出向いてゆく体力がない。
これって、せめて最後のわずかな瞬間でも、労働から解放されて、
もう少し穏やかで、楽しい時間の過ごし方があるんじゃないだろうか、と。
それこそ、あんたの人生なんだったの、と聞きたくなるような、
働き蜂のような一生を送ってきているんですね。
これが疑問でした。


もう少しましな老後の過ごし方があるんじゃないだろうか、と。
そこで、せめて、もう少し余力のあるうちに、
いい人生だったな、と思えるような老後の過ごし方のために、
私は、ちょっとだけ早めに引退しよう、と考えていたんです。
目標としては70才でしたが、ちょっと遅れて、71歳。
まあ、正解でしたね。

 

で、改めてその引退した身になって、この時間の意味は何なんだ、と。
毎日が日曜ですもんね。
時にカレンダーンの予定表の空白が続く。
なにものにも拘束されず、のんびり過ごせる日が、今日も明日もなんです。
で、考えてしまったわけです。


実際には、あれこれとボランティア活動に手出し口出ししています。
飲食業組合のこと、マンションのこと、ラジオやテレビの番組制作のこと、
防災諸活動のこと、などなど、スケジュールとしては、そこそこ埋まっているのですが、
暇だからボランティアなのか?と。

で、じっくり考えて結果、
こんな結論に達しました。

 

そもそもが、人生って、基本的には選択した職業での在り方が大半でしょ。
調理の世界に身を投じ、終生飲食業にかかわったとすれば、
板前としての人生ですよね。
旨いものを作ることに集中し、技を磨き、心も磨いてきた。
で、それが生き方だったわけです。
ま、人、それぞれ何らかの仕事をしてきているわけですから、
そういう人生だったわけでしょ。


で、その仕事をして過ごしてきた人生をよくよく分析してみれば、
要は食ってゆくための仕事の部分がたいはんだったわけです。
つまりいくばくかの稼ぎで生活してゆくという事です。
時にお客様のおかげで、パートのおばさんのさんのおかげ、
また、いい商品を納入してくれた業者さんのおかげでしょ。
そして、仕事をするためのコンディションを作ってくれたかみさんのおかげですよね。
なんだかんだと支えてもらって今日がある、と考えれば、
今までの現役ではおのれの存在で稼いできた、と自負するかもしれませんが、
支えられた事実を冷静に眺めれば、支えられっぱなしの人生だったのです。


で、経済活動に距離を置いてみて、与えられた、まさに天賦の時間なんですから、
これをぶらぶら過ごすのは罰当たりじゃないか、と考えたんです。
時間的にはもう先はないし、体力も半減してるのだから、
決してバランスがとれるほど十分なことはできないかもしれないけど、
支えてもらったんだから、せめて、百分の一、千分の一、支え返すという事は、
なさねばならぬことなんじゃないか、と思うようになったんですね。
これがボランティアの原点です。


支えられた実感があるなら、(なけりゃそれだけのことです)
支え返す、と言うのは人の道だと。

よくよく眺めてみれば、そういうボランティアに携わるチャンスとしては山ほどあるんですね。


一歩踏み出すことです。

本来、理屈はいらないでしょ。
なんとなく気がかりで、なんとなく手助けしたい、と言うそれだけの動機で十分です。

 

なんかそういう精神の見本ような人が、昨日、クローズアップされていました。
尾畠春夫さんです。
三日間、行くへ不明だった二歳の藤本理稀(よしき)ちゃんを山中で発見した方です。
尾畠さんの履歴をよくよく読むと、

実に立派な精神のもとにボランティア活動を実践されている方だ、と思いました。
正に、支える側としての純粋な心の持ち主のようです。

 

尾畠さんのインタビューの答え。
寝袋など一式持ち歩いている様子への質問で、
「(ボランティアの現場に)来てから、ここの人にいろいろなものを頼ったり、
もらったりするのは、しちゃいけないことだなと。
自己完結、自己責任。怪我しても自己責任。
何があっても自分で責任を取らんほうが悪いと思ってる。」
とボランティアの在り方について述べていたのです。

 

この精神が、人を助けようというエネルギーになるんだ、と実感しました。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:15 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
おみごと!の一言に尽きますね。
| まさやん | 2018/08/16 9:54 PM |









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