水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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現代の目安箱

政治家が人気取りのために、歳入に合わない支出を承知で、福祉的政策や、減税などを打ち出し、

それがもとで、財政赤字が増大したり、対外債務の膨張など、につながれば、

それは善政とは言えないでしょ。


例えば、ここにきてトランプは、中間層の減税10%を打ち出したそうです。
まあ、かなり露骨な撒き餌をしたわけです。

確かに、大衆の望むことを政策として形にしてゆくというのは、

民主主義国家としては当然のことなのですが、
大衆の望むことが、正しいのかどうかは、やはり慎重に検討しなければいけない。
その意味で、ポピュリズムと、民主主義との境目を私達は認識すべきだと思うのです。

 

ポピュリズム(populism)とは、一般大衆の利益や権利、願望や欲求、
さらには、不安や恐怖の回避などを大義として、
これを利用し、大衆の支持のもとに、既得権益者や体制側、許認可権限を振り回したり、
権力的な位置にいるもの、時に暴利をむさぼる大企業などと対決しようとする政治思想や手法のことです。
要は、強大な権力に挑む力なき大衆の集合体の主張と言った構図でしょうか。
場合によっては、否定的な意味を込めて衆愚政治や大衆迎合主義と言った解釈もされています。

確かに様々な思想、考え、環境、財力の人が混在しているのが現代社会ですから、
どこに焦点を当てて、政策を打ち出すのか、難しい所です。
あちら立てればこちらが立たないのですから。

 

そもそも政策とは、パイの切り方なんですね。
財政総額を円グラフにしていると考えてください。
その丸いパイを均等に切ればいいのでしょうが、
それぞれの立場、言い分があるわけですから、
あるところには大きめに切る。
あるところには、小さめに切った一切れとなる。
その額が少なければ、当然、なぜ私らの分は、これだけなんだ、となるでしょ。
財政が右肩上がりで、可処分財源が豊かだったころは、さしたる不満もなく、
納得していたわけですが、
財政のパイ(直径)がその成長を止めてしまうと、
配分すべき量が、伸びない。
逆に、縮小すると一切れの大きさが小さくなる。
ここで、不満が出てくるわけです。
これらの不満に対して、迎合的な政策を打ち出し、特にそれが一般大衆に対するものについては、
これはポピュリズム、というわけです。

 

歴史的には、のイタリアのファシズム運動、ドイツのナチズムなどが、
既存のエリート層である大企業・外国資本・社会主義者・知識人などに強く反対し、
大衆を擁護し、雇用や労働条件向上を実現する変革を直接訴えたこともありました。

アメリカの中間選挙に限らず、選挙になると、大体ポピュリズム的な政策を掲げるものです。
単純に言えば、歳入無視の支出項目を上げ、支持を得ようとします。
確かに大衆にとっては、実現すれば望ましいという事です。
しかし、その財源はどうするのか。
何を削るのか、という具体的な対案が無ければ、これは政策として掲げるべきではない、と思うんですね。
正に、大衆迎合主義に過ぎない。


ちなみに、北海道の夕張市が、かつて、市民の受けがいいからと言って、
めったやたらと箱モノを作りつ続けたことがありました。
そりゃあ、どうせなら広い体育館がないよりあった方がいいでしょ。
温水プールはないよりあった方がいいでしょ。
市民が集う集会場がないよりあった方がいいでしょ。
気の利いたコンサートホールはないよりあった方がいいでしょ。
で、これを積み重ねてしまったんですね。
当然ですが、建築費としての支出が積み重なる。
これに輪を架けて建築物の維持費がかさむ。
そしてとうとう、行政体として、倒産してしまったんですね。
受け狙いの政策は、受けがいいだけにその裏に潜む問題を覆い隠してしまうのです。

 

このご時世ですから、多くの大衆が、スマホなどのネット情報のやり取りを通じ、
多くの意見を言い、その量によっては一つの権利要求に近いものまで登場するはずです。
いいか、悪いかは何とも言えませんが、
韓国に国民請願制度と言うのがあります。
まあ、アメリカでもこれに近い制度があるんですが、時に正しく運用されない場合もある。
韓国では、大統領府のホームページに登録された請願のうち、
30日間に20万人以上が推薦した請願について、政府と青瓦台の関係者が回答するという事なんですが、
これは時に圧力になりかねない。
それも、誠実な問題ならばともかく、
世間ばなしの延長、井戸端会議的な内容な、
正に玉石混合になってしまうのだそうです。
中には、自分日記みたいなものを毎日投稿する人もいるとか。

 

確かに、かつて江戸の頃、目安箱なるものがありましたが、
まさに現代版目安箱ですね。
大衆の陰に隠れてしまう意見を聞きだすという意味では民主主義的な運用が可能なんですが、
時に、讒言や誹謗中傷になると、本来のものではありません。
ここのところがまさに紙一重なんですが、
それらから、よき効能をうまく活用するというところが大事なんです。

 

私は、一歩間違えれば、ポピュリズムに陥るのではないか、と

昨今の韓国内でのローソクデモなどから感じ取る国民性に危惧を感じるともに、

ポピュリズム的なニュアンスを抱えている韓国の国民請願制度については、

是非とも上手な運営をしてもらいたいと思っています。


やりようによっては、日本にだって必要な事でしょ。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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