水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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孤独の背景

岡本純子さん、その肩書きは、コミュニケーション・ストラテジスト。
この肩書から分かりますか、何やっている人だか。
ま、辞典的解釈はともかく、要は、社会のさまざまな現象を分析し評論をしているんですね。
さまざまと言っても専門があるので、この方の場合オジサン学と言った分野なのです。


で、その著書で、「世界一孤独な日本のオジサン」と言うのがあって、
私は、このタイトルにえらく興味を持ったんです。

世界で何番目だろうと、それはともかく、孤独なオジサンと言うことは、問題でしょ。
何十年と生きてきて、よくよく周りを見渡せば、孤独って、最悪じゃないですか。
で、この最悪の状況は、それを作り出してきたプロセスがあるわけです。


ま、精一杯頑張って妻子を養ってきたとか、会社の業績向上に貢献してきたとか、
言い分はあるでしょ言うが、結果として孤独になってきたと言いうのは、
そのどこかでなすべきことをしなかった、もしくは、気付かなかったからでしょ。
ま、それは仕方なかったとしましょう。
好きで選んだ道ではないんですからね。


で、このことで問題は、オジサンからジジイになる過程をどうするかなんですね。
切り替えの時点は、定年退職です。

ま、おそらく、普通に勤務していれば、年数とともに責任のあるポジションに移り、
経験とともに若手の指導をし、会社内での意思決定機関への影響も持つようになる。
まあ、そこそこに出世してゆくわけです。
停年間際になると、数年はベンチウォーマーになって、
肉体的にも精神的にも幾分かのんびりしたポジションになる。
まあ、定年後の生活のための移行期間みたいなものです。
人によっては、嘱託とか言って、宙ぶらりんなポジションを与えられ、
週3日ほど顔出しして、アルバイト的な報酬をもらって、2〜3年は過ごすことがあるでしょうが、
それが過ぎればいよいよ本格的な定年退職後の生活が始まります。
それまで、ワーカホーリックだったのが、毎日がお休みなわけです。
サンデー毎日状態になるんですね。

 

おそらくそんな状態はずーと想定して来たわけですし、
親しい先輩からは定年後のアドバイスを様々な観点で聴いてきたはずです。
ですから、それはそれでバラ色の日々を想定していたのですが、
いざその場になると、ちょっと様子が異なる。
ここで、はたと気づくわけです。
自分は孤独だった、と。

とはいうものの、どうして自分が孤独になってしまったのか、
その原因すら理解できない。
そこそこに人付き合いもしてきたし、趣味の会などに顔出しもしてきた。
親戚も、友人もいい関係を築いてきた。
かみさんともまあまあ仲良くやってきたし、嫁に行った娘の旦那とも、
たまに飲みに行く仲だ。
いったい、この孤独感は何なんだ、
ということでしょうかね。

 

考えてみれば、孤独感とは、自分で感じるもので、
物理的な要因の結果ではありません。
自分を取り囲む周囲の人間関係がいくら穏やかであっても、
孤独と言いう心の隙間風は、時に吹き荒れることがあるんですね。

私は、これは持論なんですが、
孤独である、と言いうのは、周囲の問題として考えるからだ、と思っています。
いくら、数としての友人がいようが、温かい家庭環境であろうが、
ふと、感じてしまったら、それは感じた人の内部の問題なんです。
つまり、人と人の距離、そして人の数などで、自分の位置を考えれば、
わがままな要求をしているということになるんですね。
十分だ、と言う知足の領域にたどり着いていない。

 

それともう一つ、徒党を組んで、ワイワイやることが、孤独に対峙する概念ではないでしょ。
要は、実は周囲の人の問題ではなく、

そういうものの中にあって、自身として心が充実しているかどうかなんですね。
これはある種の人生観に通じます。
自分の生きざまをトータルに展開し、
いま、7割ほど生きてきた、と。
で、この後どう生きるか、ということが人生のテーマなわけです。
この時、人生の伴侶として、また友として、人と言う存在を求める。
ここに不足を感じることが孤独なんですね。
ですから、人生は人間関係が大事ではありますが、
それ以上に、自らの生き様が、それどころじゃない、というものを目指すなら、
孤独なんて、関係ない生き方になるでしょ。

 

人生はひたすら借りを作り、それを積み上げてゆきます。
初めに、父と母がいて、命を授かる、と言う借りが第一歩です。
以来、兄弟に、親戚の人に、近所の人に成長のための支援を受け、
学校に上がれば、
先生に、上級生に、同級生に色々と教わり、
世の中に出れば、取引業者、会社の先輩・同輩、商品を買ってくれるお客様、
などなど、実に多くの人に支えてもらってきたわけです。
ですから、これは、今自分がこうある、と言う現在のゴールにたどり着くことができた
大きな要素です。
つまり、現役世代と言うのは、どう差っ引いても借りを造り続けてきた時間なんです。
経済活動と言うのはそういうもんです。
で、今までたくさんの借りを作ってきた。
これからは経済活動を終えるんだから、借りを返す時だ、と人生の境目で考えるべきなんです。

この借りを返す機関として、定年退職後を考えないと、
結局、負債過剰の人生になってしまいます。
こうなると、友達が多かろうと、趣味の仲間が多かろうと、
要は、負債過剰な限り、なんの意味があるのか、となると思いませんか。
実は、孤独とは、そういう考え方が理解できない事なんですね。
つまり、自分勝手な生き方のある側面での概念が、孤独、ということです。

と言うことはですね。
日本男子は、自分勝手な生き方をした、奴が多い、と言う事なんでしょうか。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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