水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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鉄が与える幻覚

私は20歳から30歳まで、およそ10シーズンにわたって銃猟をしました。
そもそもは父が銃猟が好きで、銃を所有し、ポインターなどの猟犬を飼っていて、
あちらこちらの猟場に出かけていたのです。

それで、近場の猟に出かけるときは、時々付いていったことがあって、
その延長で、20歳になった時、狩猟免許を取得したのです。

 

私が最初に持った銃は、水平2連と言う、当時の散弾銃としてはごく平均的なものでした。
水平に筒が2つ並んでいて、右側が初矢用。
初矢とは、最初に撃つので「初」、「矢」は弓矢の概念がそのまま呼び名として適応されたんでしょうね。
で、もう一方の筒は、初矢で獲物を外した時に、追いかけて撃つ矢で、なんという名称かは失念しました。
初矢は、筒の内部の絞り込みが浅いため、散弾が広がり、広範囲に飛びます。
およそ、10メートルほど離れると、新聞紙大に広がります。
広がる分、威力はいささか弱くなります。
で、初矢で仕留めそこなったら、次の矢を放ちます。
これは筒の絞り込みがきつくなっているので、散弾の広がりはあまりありませんが、遠目でも威力が発揮されます。
つまり、獲物は近くから遠くに逃げるわけで、近いと、移動範囲が大きくなるので、

多少威力が落ちても広がるようになっていて、理屈から言って仕留めやすくなっているのです。

しかし、初矢で仕留めそこなったら、遠くでも威力がある次の矢になります。

この二つを使い分けます。

 

ま、銃の解釈はともかく、

私は、狩猟免許を取得すると、今度は一人で銃を持って、まさに野山を駆け巡りました。
一度銃を持って実猟に出かけたら、実に爽快な気分になれるので、すっかり虜になってしまいました。
とは言え、狩猟免許と言うのは、各都道府県別に申請しますので、神奈川で取得すると、神奈川でしか銃猟ができません。
たとえば、山梨に行こうとか、静岡に行こうとしたら、各県での申請が必要で、これが結構お金がかかるんですね。
そこで、最初の年は神奈川県のみの申請にしました。
まだ身分としては学生だったので、そんなところです。
ですから、最初の頃は、やたらと近くの猟場に出かけてゆきました。
まあ、近場ですから、ちょっとした丘程度の所なんですが、

それでも藪をかき分け、山の斜面を駆け上ったりするんです。
若かったですね。
で、その時に、とてつもない優越感を感じたんです。
この銃があれば、何かがあったとしても、何とかなる、という安心感もありましたが、
素手でいるより、身を守ることができる、と言う感覚で、いささか大胆な気持ちになるんです。。
つまり怖いもの知らずになるんですね。
実に高揚した気分と言えばいいでしょうか。


よく、アメリカの下町あたりで、銃を持ったチンピラが、横柄な態度になり、
威圧的に人に接すると言うドラマのシーンを見かけますが、
あれはありうる話だな、と、思ったんです。

 

その高揚した気分が、これって、以前どこかで経験した気分に近い、と。
で、おもいめぐらせて、そういえば、車に乗っているときに、このような高揚感があるな、と。
若いですから、そんな条件が得られると、ちょっとばかり勘違いするんですね。
なんか力を得たような気がするわけです。
銃を持った時の高揚感、車に乗った時の高揚感、それぞれ妙に共通するところがあると思ったんですね。

で、それは、鉄が影響するのではないか、と思ったのです。
銃も鉄、車も鉄、これに接することで、妙に勘違いした力を感じてしまう、と。

銃は、ともかく、車に乗ると、確かに勘違いしてしまうんですね。
特に若いころはそういう傾向がありました。
ついついスピードを出してしまう。
ちょっとしたことで、隣を走ってる車に横柄な態度をとる。
元はと言えば車の能力なのに、となりの車には負けるものか、と競ってみたりするんですね。
このような態度の変容は、多かれ少なかれ、若い時には誰にでもあらわれてしまうものです。

特に、平素から、何かといきがりがちな人はそうでしょうね。

ですから、あおり運転がなかなかなくならない、と言うのは、

そもそもそんな風な傾向があるということが前提になるんです。

 

とは言え、正に気分の問題なんですから、ここは正す考えを持てばいいことです。
メンタルと言う事でしょ。
大坂なおみさんだって、ここにきての戦績の良さは、もっぱらメンタル面で成長したから、と言われています。
かつてだったら、ラケットをたたきつけていたかもしれない場面でも、深呼吸一つで平静さを保つ。
車に抜かれたとか、実にバカなことで、優位性を示したいがあまり、あおり運転をするなんて、
メンタル面が脆弱過ぎる。

 

前の事件でも、結局、ご夫婦が無くなりました。
今度の事件でもバイクに追突し、はい終わり、でしょ。
結果として若い大学生の子が命を失いました。


銃と同じく鉄の塊が身を守るという気がすることで、
人間の横柄さが表れてしまう。
今回のあおりは、懲役16年と言うことですが、
交通事故から殺人罪に切り替えられたということの重要性を、加害者だけで無く、
世間一般も認識すべきなんですね。

なんとか、こんなばかばかしい要因で人徒の命が無くなる、なんてことは防がなければいけない。

 

人間の弱さは何時までも私達は持ち続けるわけで、
横柄な人格に豹変しないような、冷静さを取り戻るルーチンをしっかりと持つべきです。

ま、それ以前に、極刑に近い罰則は、全般に落ち着きを取り戻させるには、

それなりの効果があることだと思います。

 

| 水嶋かずあき | - | 13:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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