水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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警察官の給料

その昔、警察官の年収は、公務員の中でも高いんだ、と聞かされました。
で、その理由が、危険な仕事なんで、その分が上乗せられているらしい、と。
おれたち命張って仕事してるから、というわけらしいのです。
まあ、ウソかホントか知りませんが、それが第一の理由だというんですね。
確かに、仕事の質として、危険度が高ければ相応の報酬をいただかなくては、割に合わないでしょ。
よく、生命保険の比率なんかでも、職業によって、

保険料を掛ける金額に多少の差があるらしいですしね。

で、警察官お仕事はそんなに危険なのか、と調べてみました。
確かに、殉職に近い死亡者数は、年によって変動しますが、年間10人から20人ぐらい。
これ日本全国でのことです。
この数は、多いのか、少ないのか。
ちなみに職業上の、殉職と言っていいような死亡者数では、
建設従事者の数が多いですね。
そもそも、産業全体での死亡者数、例えば、タンクの清掃中に爆発が起きて、死んでしまったとか、
工場の機械に巻き込まれて、命を落としたとか。
要するに、仕事中に死亡事故に巻き込まれたという数は、全国で、1000人前後。
20年前、30年前から見れば、随分と少なくなってきているのですが、それでも1000人です。
その中で、建設・土木業関係者は300人前後。
元のデータに多少のブレがあるので、大雑把な数字で申し訳ありません。

この数値上で、その母数が比較できないのですが、結果として、警察官の危険度は、
絶対値で、20分の1とか30分の1ぐらいのわけでしょ。
ちなみに消防署員の死亡率は、相対値で、およそ5倍。
警察官より5倍危険度がある、ということですね。

 

で最初の話に戻ります。
公務員との比較なんですが、
警察官の平均年収は800万円。
一般公務員の平均年収は490万円。
一般公務員の1.6倍です。
まあ、危険手当と考えれば、それはそれで仕方ないのか、と思いますが、
消防署員の危険度とか、建築業者の危険度などと比較すると、まあ、おれたちは命張って仕事してるし、
と言うほどでもないんじゃないだろうか、と。
いや、別に彼らの仕事を軽視しているわけではありません。
給料の高さを、危険度で主張するなら、なんか納得できない、と思うんです。

 

客観的に考えれば、警察官、という立場になった時点で、
取り締まる側に身を置くわけです。

昨日のイラン戦の最後に、大迫選手がイランの20番にボールのない所で足を踏ましたが、
まあ、ああ言ったことが街なかで起きたとします。
一般人同士に何かもめごとがあって、相手に手を掛けた場合、怪我などなく収まればそれで終わりでしょ。
でも、相手が警察官になると、その瞬間、公務執行妨害でしょ。
つまり、滅茶苦茶法で保護されているわけです。
しかも、状況判断にもよるのでしょうが、相手に対して執行権のようなものがあるわけでしょ。
つまり、その場で手錠掛けられ、身柄を確保されてしまうわけです。
そう言う権限を与えられているんですね。
一般市民からしたら、取締りという名の下では、不等式が存在しているわけです。
もっとも、法を破った場合ですけどね。

 

さて、問題は、どの状況なら法を破ったことになるのか、と言う事でしょ。
大体、緩く判断してるようですが、

人によっては、違法の判断を、個人的な情緒でしてしまうことがあるようです。

今SNSでちょっと話題になった、

「#僧衣でできるもん」の動画が拡散された元になったのが、
福井県で、僧侶が僧衣で運転したことを理由に県警に交通反則切符を切られたという問題です。
結果として、問題が拡大したため、収拾策として、

県警が反則切符を取り消し、書類送検しない方針を決めたんですね。
当然の処置でしょ。
現場で切符を切った警察官の判断力が低く、

そもそも常識的な判断ができなかったということが原因でしょ。
どんなやり取りがあったのかわかりませんが、

イランの20番のように、なんかイライラしていたのかもしれませんね。
そこで、警察官は不等式の立場を使って、あんたは法に違反している、と言ったわけでしょ。
で、切符を切った。
私が、その僧侶だったら、
「私は、人が正しく生きるように導いてゆくことを天職としています。
当然、死後の世界でも安寧に過ごせるように祈りを捧げます。
その天職を全うするためにこのような僧衣を身に着けているのです。
その坊主に難癖をつけると、七難が降り注ぐということをご存知でしょうか。
切符を切ると言うのは、あなたの仏性に表れでしょうから、それはそれで受けましょう。
そして、それでも、私はあなたの成仏を祈ります。」
とか言いますね。
決して脅迫ではないです。
その警察官は良かれと思ってるのでしょうが、良かれだけでは世間は回ってゆかないんですね。

 

以前、パイロット通りで、パイロットの前を過ぎたあたりで、突然警察官が車の前に出てきて、
停止を命じたのです。
私の容疑は、運転中に携帯電話を使用している、と言う指摘でした。
私は、その頃、ハンズフリーと言われたいた、イヤホンで会話ができるものを買って使っていたのですが、
これがしばしば壊れてしまう。

そこで色々と考え、サンバイザーを頭にかぶり、
このバンド部分に形態を挟み、通話していたのです。
つまり、両手は使える状態です。
そこを捕まったわけです。
私は、両手は使えていたわけだから、違反ではないだろう、と主張しました。
私は、その前に道交法を調べて見たのです。
それによると、「通話機を手で保持し」と言う文言があり、これが違反の条件になっていたのです。
手で保持していないんですから、ですから違反ではないだろう、と主張したんです。
若い警察官が数人私を取り囲み、10数分間押し問答が繰り広げられました。
で、らちが明かないので、では、どの部分が違反なのか、

法規の文章でチェックしようじゃないか、提案したんです。
そして、道交法違反を取り締まるというんだから、

自分たちの判断が正しいと言えるように、道交法の本を持っているだろう、と。
その文書を持ってるかどうか確認したんですね。
で、持ってない。
じゃあ、現場で法解釈でもめた場合、あなたたちの記憶で判断するのか、と言ったんです、

 

まあ、それでも、レベルの低い方たちばかりだったようで、

あいまいな法文を口にして反論するんですね。
すると、道路端でチェック係をしていた上級の警察官がやってきて、この話は、なしにしろ、と命じたんです。

 

この時感じたんですが、法の番人として、最前線にいる人たちの基本的な知識が不十分だ、ということです。
すべての法文を頭に入れよ、とは言いません。

だったら司法試験が合格するはずですから。
でも、交通違反の取り締まり、と言う職務を負う場面だったら、
限定された法について復習ぐらいしておくべきで、

せめて、法規集のハンドブックくらい持っているべきでしょ。

 

ですから、福井の僧侶の話は、身につまされましたですね。
たまたま警察官と言う立場で、一般人を取り締まる権限を持つ、

ということの危うさを実感したんです。
 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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