水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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のんびりもまたよし

私の部屋は、マンションの5階、西向きの部屋です。
視界の7割ぐらいはビルの壁面。
ちょうど郵便局の入り口が見えるところなんですが、その前の歩道を行き来する人が見えます。
天候が怪しい時をそこを通る人が傘を差しているのかどうか、視認します。
傘をさしていたら、自分も傘を用意して出かけます。
不思議と、この部屋からは雨音がほとんど聞こえないのと、

小雨程度の雨はよく見えないんですね。

ですから、雨模様については路上の人のようすで確認するしかないんですね。

今日は晴天です。

雲一つない驚くほどの快晴度です。
ただ、さすが、2月、冬のど真ん中と言うことなのか、晴れ具合もいささか重い感じがします。

 

窓から見えるビルの景色も四季があって、その表情を読み取るのが結構面白いんですね。
特にビルの間から見える高麗山を覆う木々は、遠くからも、色具合が変化するのがわかるんです。
むすぐ春だな、とかですね。

 

2012年の2月、妙な体調の変化を感じ始めていました。
二重に物が見える複視、首に力が入らず、ついつい下を向いてしまうとか。
病院での診断の結果、重症筋無力症。
これは難病の指定をされている病気ですから、とんでもないことになった、と思いつつ、
まあいつか死ぬんだから、と、妙にさっぱりした気持ちになったんですね。
仕方ないでしょ、なっちまったんだから。
で、その時、勝手にあと5年の寿命、と決めつけたんです。
まあ、覚悟をしたと言いうことです。

 

で、その覚悟も、有効期限としては2017年迄ですよね。
5年と言う事なんですから。

ま、でも死んだかもしれない時からもう2年余分に生きているんです。
いや、とてもありがたいことです。
大儲けの命をこれから使っていけるんですから。
とはいえですよ、この歳月の流れることの速さ。
きっと、あと5年だろうと、10年だろうと、あっという間なんでしょうね。
儲けものの命だからと雑に使うと、それこそ何もできないまま終わってしまうかもしれません。
かみしめるように日々を過ごさなきゃいけないんでしょうね。

 

て、つい先日、おせちを家族で食べたな、と思ったら、もう2月ですもんね。
光陰矢のごとし、とはよく言ったものです。
一か月の時間感覚は、正にあっという間の出来事で終わりでしょ。
いや、これは年を取ったからなのだ、とか。
確か、チコちゃんに叱られるでやっていたように記憶していますが、
年よりはどうして一日が過ぎるのが速いのか、という原因を説明していました。

それによると、感動したり、わくわくすることが減ってるからなんですって。
この感動度が多いほど、時間の経過をかみしめることができるので、
その分充実した時間になり、一日の経過がゆっくり感じられるんだとか。

でも、私はいささかこの説には納得しきれないものがありました。

 

小学校6年の時です。
私は、姉とその友人が湯沢にスキーに行くというのについてゆきました。
とても楽しい時間を過ごしたのです。
途中、斜面を滑って、中ほどのところでスキー板を外して、雪の斜面の腰を下ろして
一休みしていたのです。
そこは、スキー場の全景が見渡せるくらい視界が広がっていました。
眼の前に、背丈3〜4メートルほどの木が立っていたのです。
枝には、もちろんは一枚すら残っていませんでした。
その木の枝ぶりを見ながら、今のこの楽しい気持ちを景色を目に焼き付けることで、記憶しておこうと思ったのです。
今でも思い出すことができる風景です。
12歳の子どもがどうしてそんなことを考えたのか、と言うと、
この楽しい、ドキドキワクワクの時間って、きっとすぐに終わるに違いない、と思ったからです。

ですから、ドキドキの時間の内容が密だからそれが時間の長短の感覚に影響する、

というのは、必ずしもそうじゃないんじゃないか、と思うんですね。
誰かから聞いた話ですが、私はその説が理解し易いと思っています。

 

それは、一日の時間はそれまで経験してきた時間を分母にして割った数値に比例する、と言うんですね。
ややこしい説明ですが、具体的に解説しましょう。

小学校6年生、12歳の少年の一日当たりの数値は
365日×12年=4380日。
つまり、4380分の1と言う数値です。
計算すれば、0.000228です。
今年、後期高齢者の一日当たりの数値は
365日×75年=27375日になります。
計算すると、0.0000365です。
後期高齢者になった私の一日当たりの持つ人生における比率は、
少年の頃の6分の1の重みしかないのです。
ドキドキ・ワクワク以前に、物理的に脳みその中で処理する物量が違うんですね。
一日の持つ意味の重さがここまで違うんですから、
光陰矢のごとし、となってしまうんですね。

 

先人はこんな警告をしています。
少年老い易く学成り難し、と。
密度のある時間を過ごす少年時代でも、あっという間に時は過ぎるんです。

まあ、確かに記憶とか、を前提に考えると、

ドキドキワクワクが与える時間の密度は間違いなく意味あるものとしても、
やはり時間の経過は、同じ速度なんですね。
1時間の中で何をしたのか。
1日を有意義に過ごしたのか。
その集積として、有意義な人生につながるんでしょうね。

 

ま、のんびり過ごすのも、価値ある過ごし方の一つであるのは間違いないことですが。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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