水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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第7回、ふるさと納税論

このブログでは、すでに、6回も触れているのですが、
ふるさと納税がテーマで、その第7回目です。

 

どうして、何度もくどくどっ主張をくりかえすのか、と言うと、
どう考えても、国の考えが間違えていると思うからです。

で、今回のきっかけは泉佐野の問題です。
事のあらましは、
「ふるさと納税・礼品 名指し批判を受けた泉佐野市が猛反発」と言うことの記事がありました。
大阪の泉佐野市が石田総務大臣から名指しで批判を受け、これに泉佐野市が猛反発をしている、と言うんですね。
石田総務大臣の言い分。
「泉佐野市が新たにキャンペーンでプレゼントするというギフト券はふるさと納税制度の根幹を揺るがし、
制度の存続を危ぶませるものと考えています」
これに対し泉佐野市のコメント
 「石田総務大臣は「制度の趣旨」と繰り返し述べられていますが、
総務省の見解だけで強硬に物事を押し進め、
無理やり地方を押さえつけようとしているように思われ、
それこそが地方分権という理念の「趣旨」に反するのではないかと考えています」

これは、泉佐野市が数日前に、ふるさと納税の内容について、
2月から3月までの間、返礼品に加えて、寄付金の「最大20%」をアマゾンのギフト券で提供する、
という発表をしたのです。

 

そもそもが、総務省は、その前からふるさと納税の過熱化を苦々しく思っていました。
なぜかと言うと、国は、税金を集め、それを各自治体や事業体に分配します。

ここに権限が発生するんですね。

しかし、ふるさと納税は、直接地方自治体に税金を振り込むようなものです。

ですから、この中央が持っていた権限が多少なりとも減少してしまうからです。

 

そこで、返礼品については「寄付額の3割以下」「地場産品」「金券の自粛」という通達を出したのです。
泉佐野市の今回発表した内容は、これに反している、と。
さらに、制度の隙間を狙って明らかに趣旨に反する返礼品によって寄付を多額に集めようとすることは、
自分のところだけが良ければ他の自治体への影響は関係がないという身勝手な考えであり、悪影響が大きい、と、反論。

 

ま、言い換えれば、これによって国の税収能力が減少するということの裏返しで、

国への影響は関係がないという身勝手な考え、に言葉を変えるべきです。

 

さ、そこで、泉佐野の弁護をします。
まず、このふるさと納税の政策的意義についてです。
これは日本の国が、戦後の復興を成し遂げ、さらなる飛躍を目指していたころの話です。
昭和37年、1962年、東京オリンピックの2年前です。
このころは、経済復興も一段ギアを変えて力強く動き始めたころです。
池田内閣では、有名な「貧乏人はムギを食え」と言いつつ、
所得倍増を目指していました。
確かに国全体としては、イケイケムードだったのですが、一方で、大きなマイナス現象が生じていました。
それは、都市間格差です。
中央の都市に人口が偏り始め、地方が力を失い始めたのです。
過疎化、なんて言葉がマスコミで語られ始め、いわゆる田舎の地方自治体は、

人口減少のあおりを食らって、財政的な危機を迎え始めていたのです。

そこで、全国総合開発計画として、日本の国土開発の位置づけをし、

所得倍増とともに、地域間の均衡ある発展を目指すことにしたのです。
まあ、ぶっちゃけて言えば、取り残されがちな地方救済の政策です。
まず、地方へ、生産拠点を移す政策がとられました。
これは、大企業の工場などの移転とともに、地域での雇用の創出、法人税の地元への還付など、
地方自治体の救済策だったのです。
多少の効果はありましたが、この恩恵は結局一部の自治体にとどまりました。
平塚にも、この時代に多くの工場が建設されています。
で、その後、続々と改訂された全国総合開発計画が提示されたので、
 後に、全体の位置づけから、最初の総合開発計画は、1次総とも呼ばれました。
で、2次総が出たのが昭和44年。
開発の基礎条件整備による開発を全国に均衡のとれた拡大、を目指しました。
3次総は、昭和52年策定で、定住圏構想と言うものが示され、
大都市への集中を回避する政策を掲げました。
昭和62年の4次総は、東京への人口集中、諸機能の集中を分散させるため、
多極分散型国土の形成、と言うことを標榜しました。
5次総は、平成10年に、総合開発計画と言う名称を変更し、
21世紀の国土のグランドデザイン、と看板替えをしましたが、
要は、今まで連綿と策定されてきた全国総合開発計画のことです。

 

つまり、国の重要な政策として、安保や外交とともに、

この全総に位置づけは、時の政権の目玉政策でもあったのです。
5回もの改定を繰り返してきましたが、それでもどこか漏れが出てしまい、
その都度、前回の総合開発計画を補完するように、改定版が出されてきたのです。
つまり、時代は流れるとはいえ、決定打を撃てなかったということです。
要するに、地方の格差は、様々な手法を使っても埋められなかったんですね。
この間、ますます人々は中央に流れ込み、地方自治体は人口が減り、

それに応じて、行政体の財政は悪化してゆきます。

 

ごく最近にデータでは、地方の人口減をよそに、首都圏だけでも年間14万人の人口増だとか。
正直打つ手がなくなってきている、と言ってもいいでしょうね。

 

かつて、竹下内閣時代に、ふるさと創生基金として、各自治体に1億円を無差別に配布したことがありました。
突然の金の使い方に戸惑った自治体は多く、一億円分の金塊を展示するなど、
なんの創意もないまま、この騒ぎは沈思化していったことがありましたが、覚えているでしょ。
要は、中央に集まる富を地方に分散しようという、いかにも無分別な政策だったわけです。

 

さ、そこで、今回のふるさと納税です。
平塚市は出遅れましたが、この制度を活用した自治体は多く、それなりの成果が出ました。
まず、財政的収入が上がったことです。
第2に、その土地の産業が潤ったことです。
例えば、焼酎を返礼品にしたとします。
そうすると、焼酎のメーカーの売り上げが増えた、ということになるでしょ。
地場産業の振興につながったわけです。
第3に、都市名の広報ができたということです。
ふるさと納税額のランキング1位の宮崎の都城市では、これらの経済的効用以外に、
都市の名が広まった、と実感したそうです。
今までは、高校野球以外では名が売れなかった、と。
地方都市に住む人間の心情に、自分の住んでいる街の名が知れらていない、

と言うことに、幾分かさみしい感じを持つものなんです。
それが証拠には、各行政体の中で、まちの名前を浸透させる政策が、必ず掲げられています。
これをどうでもいい、とするところはありません。
なぜなら、この精神的なものが、人口減を食い止める要因の一つだからです。


このふるさと納税の在り方について、国から地方の自主性を損なう様な手かせ足かせを掛けると、
せっかくの効果が減少してしまうでしょう。
今まで、5度にわたって繰り広げられてきた、

全国総合開発計画になかった、地方再生のきっかけが見出しつつあるのです。
逆に、もっと制限なしにし、展開すべきではないでしょうか。

世田谷区が、ふるさと納税のおかげで、税収が減少した、とぼやいていましたが、
中央にマイナス、地方にプラスと言う、政策の効果が出てきた、ということではないですか。
税収減をぼやく前に、世田谷もまたふるさと納税のシステムを活用すればいいことなんです。

 

泉佐野は、例の夕張市が財政破たをしましたが、その次の候補と言われていた市です。

正に崖っぷちなんですね。

なんだか、総務省のこの発言は、「首っつりの足を引っ張る非業さ」に通じていませんか。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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