水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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国境の決め方

3月1日は、韓国にとって自立の動きを始めた記念の日なので、
様々な記念事業の展開があり、

これを機に、さらなる反日の動きを起こす、大きなきっかけになるんでしょうね。

 

ま、これはこれでそれぞれの国の動きなんですから、とやかく言うべきではないでしょうね。
反日のネタとしては、慰安婦・徴用工・竹島と、多彩なネタが揃っているようですが、
これは、それぞれのネタそのものの問題もさることながら、
その扱い方と言ういわば民族性こそ大きな問題で、
そこのところを承知しないと、毒を食らってしまうことになります。
何より、反日と言う毒をばらまかれて、この毒をまともに食らった日本人が、反韓の動きにかわり、
さらにこの空気を受けて、韓国はますます反日にかじを切るという、という悪循環になるからです。
一般国民は、日本も韓国も作られた空気に弱い。
ま、簡単に言えばある種のプロバガンダに染まりやすい、ということでしょうか。

私は、前大統領への反感から、ろうそくをともし、何十万と言う人が反政権の意思を行動に変えた。
何日も何日もろうそくを灯した。
で、結果、今の政権の誕生につながったわけですが、

一連の動きを見ていて、民主性の気高さより、
ある種ポピュリズムの一形態とも思えますし、一定方向に染まりやすいために、
誰かが声高に何かを主張すれば、一斉にそれに同調する。
正に烏合の衆と言う感じがするんです。


確かに、多かれ少なかれ、日本人だって、その傾向はあるのですが、
そのエネルギーとして発する所は、
少なくとも、もう少し先見性と大局観があるように思うんですね。

何より、水に流す、と言う未来志向が根底にあります。
ここが韓国との大きな違い。
韓国は恨みの文化ですから。
その証拠に、原爆を落とされても、その国と親密な関係を構築できる。
一方、100年前の出来事に恨みを持ち続ける、

このどちらに未来志向があるかでしょ。

いつまでも歴史問題を取り上げ、過去を見続ける。
積年の恨みの国なんですね。

 

韓国のさる学者先生が、
例の竹島について、日本の教科書に、日本の領域に含めていない、ということを発見し、
だからここは韓国領だ、と改めて、鬼の首でも取ったような主張をしています。
ま、確かに1890年、明治22年の教科書にはそのようにあります。
しかし、領土の決め方と言うのは、実に不確定なことが前提なのです。


地球儀と言うものをお持ちの方がいると思います。
あの丸い球に、陸地と海と、国境線が書かれていて、大きな都市は〇印で、その名前が書かれています。
ぐるぐる回して、ちょっとした海外旅行ができるようでしょ。
ま、装飾としてもアカデミックですから、昔は、どこのうちにもあったような気がします。
でも、あの地球儀は、年度ごとに刷新されるって知ってました?
つまり、製造年度があって、その翌年はもう中古扱いになるんです。
それは、しばしば国境が変わり、国名が変わるんで、

地球儀の上で、時々刻々と変化を伝えなくてはいけないんですね。
まあ、国境と言うのはそういうもので、変化が前提なんです。


しかし、もちろん長い時間固定されているというのがさらに大前提なんですが、

ある時変わるんですね。
国境線が変わる最も大きな要因は、戦争です。


アレキサンダー大王が戦いをすすめ、チンギスハーンが帝国を拡大する。
ロシアやドイツが侵略をし、欧州の国々が植民地を広げる。
そのたびに、国境は変わってきたのです。
コロンブス以前の地球儀があれば、アメリカ大陸は別の名前で、

国境線も今と同じわけがないでしょ。

で、日本の国境線は、かつて北は樺太まで、朝鮮半島も大日本帝国の管轄下にあったわけです。
ま、侵略の結果ですね。
で、戦争に負けた。
当然国境線の引き直しがされます。
ま、元のところまで戻れ、ということです。


ヨーロッパでは、かつてナポレオンが、またナチのヒトラーが、
隣国に侵略をし、負けると元に戻される。
こんなことを繰り返してきたわけでしょ。
つまり、国境と言うのは、ある部分流動的なんです。
どの視点で考えるかでしょ。

それこそ、第二次世界大戦のさなか、ここで最終決定です、なんてことになったら、
ポーランドなんかなくなっているわけです。
要は、日本の国境は、終戦時の領域が最終決定なんですね。
それ以前、大正や明治、まして江戸の頃どうだったか、

なんて、過去を穿り返しても、なんの意味もない。
ポツダムで、日本の領土について線引きがされ、

その時に竹島はどうだったのか、と言いうことがすべてなんです。
だって、それ以後、日本と韓国は戦争していませんし、領土取り合いをしていないでしょ。
いわば、口先で言い合ってきただけのことじゃないですか。


百年も前の話を穿り返し、日本も韓国も、

その頃、ここはうちの領土だった、なんて領土を決める原則から外れているでしょ。

 

昔々、中国やら、薩摩藩やらあれこれちょっかいだされて、

沖縄の帰属が揺れていたころに戻って、国境を考えるなら、
沖縄は独立国家だったわけでしょ。
ですから、その後のさまざまないきさつで現在いたるなら、
やはり、最も新しい戦争終結時の線引きで、決定することが基本でしょうね。

昔の文献を探すより、
ポツダムで、連合国がどういう取り決めをしたのか、記録を紐解くことでしょ。
何より、日本と韓国は太平洋戦争時に、対戦国ではなかったのですから。
いいかえれば、韓国は戦勝国でもないわけです。
つまり領土に関しては、基本的に帰属の主張をできない、と言う事なんですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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