水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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どんな服を着ようと勝手じゃないか

世の中では、どういうわけか、人間関係に不等式を持ちこんで、
集団性、社会性を管理しようとしている傾向が強くあります。
まあ、社長>(>は不等式)社員、などは基本的に社員はそれを前提に入社するわけでしょ。
だから、社長を含め上司との関係に不等式があることは承知しているわけです。
世間を見渡してみると、
保健所>飲食店、顧客>商店、先生>生徒、先輩>後輩、警察>犯罪者、
それに、市民>選挙立候補者(当選するまで)などなど、様々な不等式が存在します。
ま、原則的に何かの法的に与えられた権限を行使する場合と、
または、人間関係を秩序を持たせようと、
一種の序列とか、組織の指揮命令系統とか、など、様々な環境に応じた対応が図られますが、
結果としてそれが、人間関係の不等式を作り上げてゆきます。
この不等式が、本来の人格とか、見識とか、経験などが未熟のまま、存在する場合、

とかく、ヒトはその不等式に惑わされて、おうおうにして傲慢になってゆくものです。
この、背景も裏付けもないまま、ただ立場だけで傲慢な姿勢を取る人に、

私は、えらく不快感を感じてしまうんですね。
たぶん、その感じ方は人の何倍か強く感じてしまうようです。
ですから、妙な反発をしがちなんですね。
ま、一般的に言う権力と言うものがうさん臭くてしかたないんです。
その人の権力の行使に、誠意を感じられないと、余計ですね。


以前、ブログに書きましたが、携帯電話の件で、運転中にネズミ取りに引っかかって呼び止められ、
あれこれ言われたことがあったのですが、

取締りの係のその若い警察官は、基本的に携帯電話の法令の内容をよく把握していなかったんですね。
私はそういう行為に不安があったので、事前に十分法令を読み込んで、違反でないことを承知していたので、
この場合特に強く出たのですが、

その時、どうしてこの若造に上から目線でものを言われなければいけないのか、
と強く感じたのです。
その時の警察官の姿勢から、要は、これが権力を与えられて勘違いしてる人間の姿だな、と思ったんですね。
ま、そのような経験は誰でも持っているでしょ。


時に、私はあなたにそのようなことを言われる筋合いはない、と。
あなたに管理される権限を渡した覚えがない、と。

 

で、今回他人事なんですが、同じように、これは行きすぎだろ、と感じた出来事がありました。
その経緯を報じたニュースを紹介します。


この出来事は、九州、福岡市のJR博多駅にある商業施設の大型ビジョンで流された内容についてです。
それによりますと、「3月8日(金)博多駅での特攻服着用はできません」
「特攻服を着用した少年は補導します」と。
この警告を出したのは福岡県警博多署。


私は、この画像を観ましたが、正にこの通り。
で、こんなことを警告として大型ビジョンに流した背景はこういうことです。
3月の8日は福岡県内の多くの公立中学校で卒業式が行われるそうで、
県警によると、卒業式を終えた生徒の一部がここ数年、
暴走族用の特攻服を着て博多駅周辺や近くの繁華街で騒ぐことが
「卒業記念の恒例行事」となっているとか。
2014年には博多駅に約150人が集結、その後、博多駅に集まる生徒らは少しずつ減ってきたものの、
17年には繁華街の天神に約200人が集まった事があったそうなんです。
そこで、今回の警告、というわけ。

 

ま、若者、と言ってもまだ子供が、卒業記念とか言って、騒ぐのも、仕方ないことでしょ。
私達だって、その頃は、わけもなく徒党を組んで騒ぎを引き起こしたものです。
そこで、今年はどこにどれだけの生徒らが集まるかは分かっていないので、
県警や福岡市教委などは、8日夕から博多駅と天神でパトロールをする事にしたとか。
ま、できれば騒ぎを大きくしたくないので、大型ビジョンでの広報となったんですね。
で、問題は確かに人に迷惑をかけるとしたら、これは取締りの対象でしょうね。
しかしここが腑に落ちないんです。
県警少年課の責任者は、「卒業はお祝いだから、祝うことはぜひやってほしい。
ただ、特攻服を着て人を威圧するような迷惑行為については徹底的に取り締まる」と言う事なんです。
この言い分をそのまま聞くと、普通のことを言って鵜ような気がしますが、
特攻服を着て、と言うくだりです。

大型ビジョンでは、

「博多駅での特攻服着用はできません」
「特攻服を着用した少年は補導します」と。
駅できる服を規定するなんておかしいでしょ。

まして特攻服を着ていると補導されてしまうんです。

どんな服着ようと勝手じゃないか、と思いませんか。
ま、確かに若造と言うのは集団的行動をしたがりますし、その時に意識を統一するため、
一種のユニフォームを着るということがあります。
スポーツの世界と同じことです。

一体感が生まれるんですね。
でもそれが特攻服、という既成概念で、物事をとらえるのは、おかしいでしょ。
些細なことに私がクレームを言ってる気がするんですが、やっぱりここは引っかかる。


この時、殊の外騒ぐこともなく、なんとなく群れていたいがために、

駅構内や天神あたりでうろついている少年たちを、特攻服を着ているというだけで、

不当な扱いをしがちではないか、心配するんですね。
私服で、ここバラバラで、騒ぎをするのと、
特攻服を着た集団が、ただ群れているだけと比較したら、実害はどちらかでしょ。
この警告には、上から目線が明らかにある。

餓鬼どもになめられちゃいけない、といった感じですかね。
少なくと、も、この警告に、ちょっと間違いがちな世代に対する、

穏やかな大人としても愛情は感じられないですよね。

取締りの権限をちょっと勘違いしている人たちの横柄な言葉のように感じるんです。

 

やはり、私がちょっと過敏になりすぎますかね。

 

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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