水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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濡れ衣を着せられる

全く身に覚えがないのに、不祥事の責任を問われる。
それが殺人事件だったりすれば、正に冤罪そのもの。
こんな状態を、濡れ衣を着せられる、とか言います。
ぬれた着物を着ることがどうして冤罪なのか、ちょっと疑問でしょ。


ネットは便利ですね。
こんなことも、いろいろな人が解説しているんです。
で、その中から、比較的有力そうな由来、語源をピックアップしてみます。

先ず一つは、
福岡の、濡れ衣塚の由来となった話。
平安の頃、土地の有力者が、先妻をなくし後妻をめとります。
で、前妻との間でもうけた娘が一人。
これがなかなかの美人。
後妻は、自分の子どもができると、この娘に嫉妬をし、邪魔者扱いを始めます。
で、一計を案じ、娘の寝ている枕元に漁夫の濡れた衣を置き、
漁夫との関係を夫に告げ口します。
これを知らされた実父は娘を斬り捨ててしまいます。
後に、それがはかりごとであったことを知った父は、後悔をし、娘の霊を弔おうと、
濡れ衣の塚を立てたのだそうです。
ま、この説が最有力、と言われています。

 

もう一つ。
古今和歌集に
「かきくらしことはふらなん春雨にぬれぎぬきせて君をとどめん」
という歌があリます。
これはどうせ雨が降るなら空がかき曇るほど大降りになってほしい、
そうすればこの春雨のせいにして君が帰るのをとどめることができるのに、
という意味です。

ま、春雨に罪を着せて、恋人を留まらせようという、いわば恋心なんですが、
春雨にしてみれば、なんの罪もないのに、濡れ衣を着せることになった、
という、正に冤罪を負うことになるんですね。
ま、ちょっとばかりロマンチックな説でしょ。

この類の語源と言うのは、あれこれ言われますが、
何が正解なんて追及するものではないでしょ。
自分の感覚で、これが好みだ、という選択をすればいいんですね。

 

さて、その濡れ衣なんですが、
まだまだ冤罪事件はいろいろとあるようですね。
何がつらいって、やってもいないことをやったことにされて、
挙句の果てに、自由を奪われ、収監されることでしょ。
ま、今時ですから、獄死につながるような虐待や暴力はないでしょうが、
気性のあらい、無法者が生活しているところにぶっ込まれるわけです。
これは、精神的に参ってしまうでしょ。

 

時々ですが、再審が行われ、逆転無罪とかの判断が下される。
そんなニュースを見るたびに、
罪もない者に罪を着せた者に罪はないのか、ということです。
ま、仕事ですから、と言われればそれまでですが、
無罪のものを有罪にしてしまうというのは、明らかなミスでしょ。
多分状況とか、本人のあいまいさとか、時に自白なども含めて、
取り調べ段階や審理段階で、少しづつ事実の誤認が進み、
結果として、結構正々と有罪にしてしまうんでしょうね。
一つ一つのステップでは、大違いがなかったのかもしれませんが、
ステップごとの微妙なズレが、結果に大きく影響するわけです。
その微妙なヅレが出るのは仕方ないでしょ、と言うのが、検察や裁判官の言い分なんでしょうね。

 

でも、濡れ衣を着せられた者には、たまったもんじゃないでしょ。

このミスを何のとがめられることがない、と言うのが、私は何時もおかしい、と思っているんです。
冤罪ゼロと言うのは、おそらく法曹界の目標の一つなんでしょうね。
また、時に、無罪と有罪の間は紙一重、なんてことも多々あるんでしょうね。

仕方ない、と言う理由もだからこそさまざまなんです。

 

さて、こんな理由で濡れ衣を着ることになった人がいるんです。


そもそもの事件はこういうことです。
2003年5月。
滋賀県の湖東記念病院で72歳の男性患者が死亡します。
人工呼吸器のチューブが外れたことを報じるアラーム音に職員が気づかず、
窒息死したとみた滋賀県警は、過失致死事件として西山さんを含む2人の看護士を任意聴取したのですね。
ところが西山さんは、事件から1年以上が経過した翌年7月になって
「呼吸器のチューブを外した」と殺害を自白したので、逮捕されたわけです。
動機は職場での待遇への不満で、「誰でもよかった」と供述しました。
しかし西山さんは、第2回公判から無実を主張します。
ところが、自白をしていたことが決め手になり、主張は通らず、
懲役12年の実刑判決が下され、2007年に、最高裁で刑が確定したのです。
でも、その後、繰り返し再審請求をし、ここで、ついに再審開始の決定が下されます。

 

で、問題は、なぜ有罪になったのか、そして、その後、なぜ無罪らしい、と思われるようになったのか、
と言う事でしょ。
申し訳ないけど、その原因がばかばかしいようなことなんですね。

自白をしたこと自身が嘘だったんです。
まあこういう事でしょ。
やりましたと自白した。
でも嘘だった、というわけです。

 

じゃなぜ嘘をついたのか、ということですね、ポイントは。
いやはや、ありうることなんですが、彼女は取り調べの刑事に恋をしてしまったんだそうです。
男と女ですから、様々な感情が生まれるわけで、

これをいい、悪いと判断できるものではないのですが、事がことですからね。
恋してる場合か、ということでしょ。
ま、簡単な話、りりしく優しい取調官に、恋をしてしまい、
好ましく思われようと、取調官の喜ぶような状況を作り話としてしまったと言うことです。
ニュースには、このいきさつが事細かに書いてありましたが、
まあ、ちいっと、判断力がとろかったんでしょうね。

 

で、裁判になって、こりゃまずい状況だ、と。
そこで第2回目の後半では、前言を翻して、ほんとはやってないんです、と言い始めた。
つまり、裁判所に場面転換したのですから、
それまで登場していた取調官が目の前から消えてしまったわけです。
で、気が付いた。
IKKOさんじゃないけど、まぼろし〜、というわけです。

 

我に返って、やってませんと言っても、それまでに積んできてしまたものがある。
結局有罪と言うことになるんですね。

 

身から出たさび、とは、こう言うことですね。
ま、冤罪から解かれるというのは慶びでしょうが、
乙女の恋心が世間を振り回した、と言う事でしょ。

規模が違いますが、恋心が引き起こした出来事としては、
八百屋お七の延長なんでしょうかね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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