水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
<< 老兵は死なず | main | 消え去った先で >>
なんてことないじゃん、と言う思い込み

思い込み、という、ある意味、有用な、また時に無用の作用を人はするものです。

私は、ある文を読んいると、文字を追うのと同時に、その状況がとてもビジアブルに浮かんでくるんです。
ま、誰もがそうだと思うのですが、特にその傾向が強いんですね。
勝手な想像ですから、的外れなことを想定することも多くあります。

例えば、友人の家に電話をしたとします。
昔の話ですので、携帯なんぞない。
家の電話がとられると、もしもし、と言い合います。
で、こちらの名前を名乗り、短い挨拶をし、我が友人が在宅かどうか聞きます。
と、ほぼその瞬間から、その電話機がどこに置かれているのか、
友人はその時何の用事をしていたのか、などを想像します。
電話口から、電話に出たおばあちゃんらしき人が、わが友の名前を読んで、
水嶋さんから電話だ、とそこそこ大きな声で呼ぶんですね。
すると、どんな服を着ていて、どんな様子で電話口までやって来るのか、
なんて、どうでもいいことなんですが、結構リアルに想像してしまうんです。

ですから、極めてビジュアブルな想像の世界と、リアルな言葉のやり取り、または文章の読解など、
同時進行でやるわけです。
で、この時に、いわゆる思い込みをしてしまうんですね。
事実と多少異なったことでもそうなんだ、と認識してしまう。

 

で、この思い込みを時に人に話したり、ブログに書いたりします。
後になんかの拍子に、その事実認識がずれていた、と再認識することがあります。
そのたびに、思い込みをしてしまった原因を探すのですが、
おおむねは、自分の好みの、または都合のいいストーリーを想定してしまうことだったんですね。
これは人によって異なると思いますが、私の場合、大体そうだったのです。

 

こういうことを日々の中で繰り返してゆくうち、いつのまにか、ある種の価値観が生まれてきます。
要は、いい、悪いを含めた行動を選択する基準のようなものです。
くどいようですが、この重要な価値観の原点は、思い込みにあるという事なんですね。

 

さて、今の人類にとって、最重要課題は、
生存が可能な条件をいかに確保するか、ということですが、
その一つが食料です。
これは様々な技術が、可食の幅を広げてくれていますし、
収量の向上に寄与していますので、過去のデータは次々と更新されてゆくはずです。

技術が、可食の幅を広げてゆく、という例としては、
例として挙げるには、姑息な例なんですが、
ふぐがあります。
ふぐはご存知の通り、有毒生物なんで、

資格を持った専門の調理人が捌いたものしか食べてはいけないことになっています。
で、最近、フグの毒は、環境によってつくられる、ということが分かってきたのです。
一般には、この毒はテトロドトキシンという物質なんですが、
これがフグが成長する過程で、周囲から取り込み、自分が持つ毒に転換しているというわけです。
そこで、この物質が存在しない環境を作り、つまりきれいな水槽を用意し、
そこで養殖すると、無毒のフグが育てられるんですね。
正に技術でしょ。

 

最近のブログにも書きましたが、タラの芽の栽培をするのに、あのとげが邪魔だ、ということで、
とげ無しの品種を作ったり、温暖化が進むので、その気候に合わせた品種改良など、お手のものでしょ。

かつて私達がこだわって、ニシノカオリという麦の品種を神奈川県でも栽培できるように
農業委員会の許可を取ったことがあったんですが、
今は、新たに神奈川でこの品種を栽培する子ために、種もみを手に入れることはできなくなりました。
その理由が、温暖化が進み、少しづつ気温が上がってきているので、

ニシノカオリはもうこの土地には適さないので、新品種に切り替えた、というんです。、

つまり、食料というのは、環境によって大きく左右されがちなので、
ここのところの問題をクリアーしないと、人間の養う必要量の食料を確保できなくなるわけです。
そこで、バイオテクノロジーの登場です。


ちょっと前までは遺伝子組み換えをした食物というのが、
登場したのですが、これが極端に嫌われました。
肉体への影響力が不明だから、ということです。

それと素人的見解なのですが、この類の食材というのは、おうおうにして、
特許とかで独占的な管理をされるので、
結果として大手の企業の管理下に置かれてしまう可能性がある、
ということも嫌われた理由ではないかと思うんですね。
ま、ともかく、感覚的には、まだまだ遺伝子組み換え食品はわるもの、と言うことになっています。

要するに、これは思い込みの一つなんじゃないか、と。

 

きっとしばらくしたら、なんてことなかったじゃない、
という結果になるんだろうな、と思っています。

 

そもそも食材とは、それを巧みに取り入れたものの勝ちなわけです。
ヒツジが草を食うように、アリクイがありを食うように、パンダが笹を食うように、
地球上の生産物を取り入れて、動物たちは命をつないでいます。
で、草は草なりに、ありはありなりに、笹は笹なりに、命をつないでいるんですね。
つまり、食材としてみると、食材なんですが、
それそのものは、一つの命なわけで、命は次の命をはぐくむわけですから、
そこのメカニズムとして不都合があったら、種そのものの存続が不能になるわけです。
つまり、遺伝子組み換えをした、大豆があったら、

その大豆は、栽培過程で不都合を起こす可能性があるわけでしょ。
つまり、なんてことなく栽培できるなら、

それはそれなりの、今までとちょっと違った能力を持つ命というわけです。
組み換えられた遺伝子が、人間の生体にどのような反応をするのかは、分りませんが、
基本的に、大豆が大豆なりに生きられているんだから、

特別警戒することもないんじゃないか、という気がします。
でも、まあ、極端なくらい遺伝子組み換え商材は嫌われますね。
思い込みが激しい。

で、きっと専門的な人たちも、100%白と確証を得られないから、
一応、いまのところ、距離を置いていた方がいい、という事なんです。

 

ところが、ゲノム編集という新手が登場しました。

人類は、自分たちにとって、収量が多く、栽培しやすく、飼育しやすく、

味のいいものを確保するために、他の生物の体を少しずつ変えてきました。
そのへんを歩いていた鳥を改良し、毎日卵を産むようにしたのも、品種改良ですし、
北の地域でも栽培量が確保できるようにと、多くの銘柄のコメが品種改良されました。

たとえば、南アメリカのアンデス地区に自生していた小さくて猛毒のある芋を、
何百年もかけて「毒が少なく」「大きく」「栄養豊かな」芋に品種改良をしたからこそ、
今のジャガイモがあるのです。

 

この品種改良はとてつもなく歳月がかかります。
そこで手っ取り早く、遺伝子そのものをいじって、改良しようというのが
遺伝子組み換え食材です。

品種改良というのは、遺伝子に変化を与えることなんです。
で、その遺伝子情報そのものをゲノムというのですが、
このゲノムに変化を与える、という技術が登場したんですね。
つまり、人工的に突然変異を起こさせることなんです。

 

遺伝子組み換えとは、他の生物の遺伝子を、取り出して、その特性を活用するために、
本来の遺伝子に組み込む、ということです。
まあ、そういう技術がすでにあって、すでにそういう作物が作られてきたわけです。
で、ゲノム編集の場合も、基本的には突然変異を起こさせることに変わりがないのですが、
遺伝子組み換えと違って、他の生物の遺伝子を組み替えるということはしないで、
自分の遺伝子の中の情報に変化を与えるというものなんです。

 

整理しましょう、遺伝子組み換えというのは、他の生物の特異性のある遺伝子部分を
組み込むことによって、突然変異を起こさせる、ということです。
で、ゲノム編集というのは、自分の中の遺伝子を使って、
変化を与えるという技術なんですね。
ま、細かいことはやたら専門的になるので、私も理解しきれないのですが、
大雑把にはそういうことで、遺伝子組み換えとゲノム編集はちょっとばかり違うんです。

 

で、ですよ。
この技術は安全である、その確認がどのようになされたのか不明なんですが、
と言うことで、この夏にもゲノム編集食品が解禁されるというんですね。
私は、そうと知っても、食べることに躊躇はありませんが、
一般的には、遺伝子組み換えに対するアレルギーが基本的ある中で、
さほど、素人目には違いが理解できないっゲノム編集ならいい、

ということが、どうして政策的に許可されたのか、ちょっとばかり理解できないですね。

 

ま、ともかく、これらの食材が、市場に出回るという政策も進んでいるのだそうです。

君子危うきに近寄らず、と思うなら、避ければいい話。

だからと言って、餓死することはないはずです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.mizushima-kazuaki.com/trackback/2978
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE