水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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花を愛でる心

いよいよ満開ですね。
どう考えても、渋田川さくらまつりの4月7日まで花は持ちそうもない。
温暖化とか言って、気候が暖かくなりつつある最近のデータから、
うちのまつりも、もう一週間早くしよう、となぜしないんでしょうね。
去年は、すっかり葉桜。
とは言えそこそこ見物客は来るのですが、この葉桜まつりが続けば、
やがて誰も来なくなるでしょ。
その対応力の無さ、硬直化した考えは、どうにかならないものでしょうかね。

 

さて、桜の季節になると、メディアもこぞってこの話題に飛びつきます。
今日あたりの朝のワイドでは、各地のソメイヨシノの寿命がそろそろ来ているんで、
そのポストソメイヨシノの樹種に植え替えが始まっている、などと言ってました。
とは言え、ソメイヨシノに対するノスタルジーのようなものを強く持つ人も多く、
何とか残せないか、と。
でも枯れて倒れてしまうんだったら、ここは植え替えでしょ、となるんですね。

 

そのソメイヨシノ、今は日本国を飛び出して、各国で、花を楽しんでもらっているようです。
有名なのが、ワシントンDCのポトマック河畔の桜。
当然、中国にも韓国にも、植樹されていて、この時期になると、花見がそれぞれの風習を取り入れて
盛んに行われているようです。
で、不思議なのが韓国。
なんでも起源説を唱える変わった風習を持った民族なんですが、
御多分に漏れず、「ソメイヨシノ韓国起源説」を主張するんですね。
あの「ワシントンの桜」も、元はと言えば韓国起源の桜である、というんです。
もう言いがかりとしか思えないでしょ。
国家としての発言とも取れる文化財庁も

「その昔、日本が植えた桜ではあるが、これはもともと韓国起源だと理解してほしい」
なんて主張するんです。
そもそものストーリ―は、韓国済州に自生していた「王桜」をもととし、これが日本に移植され、
そしてソメイヨシノを名乗った、と言うんですね。
ですから、世界を席巻しているソメイヨシノの大もとは、韓国王桜だ、というわけです。
で、まあ、日本としてはどっちでもいいのですが、

あまりにくどくどと、春になると、ソメイヨシノ韓国起源説がメディアに登場するので、
昨年の9月に、韓国山林庁国立樹木園というれっきとした公的機関が、白黒つけようと、遺伝子の解析をした結果、
遺伝子レベルで、明確に異種である、と判断されたんですね。
見た目が似てるものの、遺伝子が異なるという科学的論拠が発表されたわけです。
まあ、ふつう、ここで一件落着でしょ。
それに、韓国の大手紙中央日報も
「韓国か日本か、ソメイヨシノ起源めぐる110年論争にややあっけなく終止符が打たれた」と報じたくらいです。

しかし、まだ諦めない人がいた。
それでも「ソメイヨシノは韓国起源だ」という人がいるんですね。
王桜発生の済州島の済州大学校のキム・ジョンソプ教授が、
「済州島を経て日本とアメリカに渡った桜の遺伝子が一致した。
済州が王桜(ソメイヨシノ)の発祥地だ」との研究結果を発表したんです。
言い分をよく聞くと、かなり無理な論理展開があるんですね。
ま、これはこれで言い分の一つ。
強い愛国心の表れととればいいことです。
逆になぜそこまでこだわるんだ、と思いませんか。

 

この論争に科学的見地で終止符を打たれ、白旗を上げた韓国なんですが、
挙句の果てに、まだこんな主張をしています。
大手紙ハンギョレ新聞は、韓国起源説を放棄しようといさぎよく敗北宣言をし、
「王桜はソメイヨシノ桜に改名しよう」と主張。
しかし、日本産の桜は40〜50年後に寿命が終わって徐々に淘汰されはずだから、韓国特産の王桜で代替しよう、と。
まあ、言ってみればこの際、日本の桜など植え替えてしまえばいいんだ、というわけなんですね。
なんとなく、これらの言いがかり的な主張を含めて、
それって、花を愛でる心を忘れていませんか、と言いたくなりますね。

 

もう一つ、中国の話。
湖北省武漢市の武漢大学は、中国でも桜の名所として名高いのだそうです。
で、和服に似た格好で桜を見に訪れた旅行者が警備員に暴行を受けるという出来事がありました。
袴や下駄のようなものを身につけて構内にいた男子大学生ら2人が警備員と口論になったんですね。
そのやり取りはネット上で流れたようです。
この動画によると、
警備員は大学生らを蹴ったり首を絞めたりしたそうで、
周りの人も、「なぜ和服を着て来たらだめなのか」との言われると、
逆に「なぜ漢族の服を着て来ないのか」と言い返したとか。
ま、どっちにしろ、花を愛でる場にふさわしいとは言えない行動でしょ。

 

でも他人事じゃないですよね。

確かに花見の本家としても、場所取りから始まって、酒の勢いに任せた高歌放吟はうるさいだけ。
挙句の果てのごみの山、となると、褒められたもんじゃないですが、
もう一度、花を愛でながらの花見酒の瀟洒な精神を見直してみる必要なありますね。
ちょっと忘れかけている日本民族が大事にしてきた「粋」取り戻したいですね。
今のままなら、韓国や中国のことを非難できないでしょ。
目くそ鼻くそを笑うになりませんか。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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