水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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元号は日本国の目標

いやはや、恐ろしいほどのスピードで、日本中が一挙に令和を取り入れました。
ほぼ一瞬という感じでしょ。
ゴム印業者は、2,30分後には訂正印が出来上がっていましたし、
名入れのTシャツも昼過ぎには出来上がっていました。
子どもたちのお習字でもすでに令和を書き上げましたし、
弁当屋でも、ネギトロを絞って令和と書いたネギトロ弁当が売られていました。
これはランチタイムに間に合うというんですから、
まあ、せっかちと言えばせっかちですよね。
もちろん、私もご午前中の予定はすべてゼロにして、テレビの前に座り込んでいました。
で、ご存知、菅官房長官が新元号を掲げた時、???と思ったんですね。
なんだこりゃ、と。
かみさんの父が、一緒にテレビを見ていたんです。
御年95歳。
まあ、この年で薬を一切飲んでいませんし、誰の手を煩わせることもありません。
すべて自分で行動するんですね。
矍鑠たるもんです。
この義父は、戦争中兵隊にとられ、南方の島に送られて、戦況が悪くなったんで、
後退をすることになり、迎えに何とかという船が向かったのだそうです。
で、なんの理由か、部隊の数名が残ることになり、その居残り組に入れられたのだそうです。
ところが本隊の兵隊を乗せた船が、島の沖合で撃沈され、あらかたが犠牲になってしまったとか。
島に残された時は、これで最後かと覚悟したそうですが、逆に命拾いをしたわけです。
戦争でそうなったのか、性格なのか、私にはわからないのですが、
まあともかく寡黙で物静かな人なんですね。
この義父が、テレビで「令和」の文字を見た途端、何だこりゃ、と怒ったんです。
声を出して、不満を言うなんて珍しいことです。
きっと令という文字から、命令の令、和から、従うという解釈をしたんでしょうね。
和するということは、その根底に自分を捨てるという意味が含まれます。
言われたことを進めるために、心ひとつにせよ、みたいな解釈だったのだと思います。
戦争中の、横暴な上官の言葉でも思い出したんじゃないでしょうか。
夕方のワイドでこのことが繰り返し放送されましたが、そのたびに、怒ってました。
まあ、そういう解釈もありでしょうね。

 

そもそもが平成に切り替わった時、妙な違和感を持ちませんでしたか。
履きなれない新しい靴をおろした時みたいに、
なんかフィット感がない。
でもいつか慣れるもんで、
今回も、すぐに慣れると思うのですが、義父には長く違和感を持ち続けるでしょうね。
まあ、なんだかんだと、大正、昭和、平成、令和と生きてきたんですから、
なにか、思うことがあってもそれはそれで、受け入れてあげなければ、と思っています。
ま、義父もいずれ慣れるとは思うのですが。


実際、典拠となった万葉集では、令月という表現ですから、
このましい、とかすぐれた、とかの意味なんですが、
令そのものを辞典で引けば、
,いい弔韻襦L燭犬襦いいつけ。「令状」「命令」
△里蝓きまり。おきて。「訓令」「法令」
おさ。長官。「県令」
い茲ぁりっぱな。「令色」「令名」
ヂ梢佑凌涜欧紡个垢觀評痢「令室」「令嬢」
とあります。
命令系の解釈と令名系の解釈の二つがありますが、
通常、辞書を読み取るとき、書いてある順序がプライオリティの高いものなんですね。
つまり、普通は命令形の解釈が主で、令名系の解釈は従になってしまいます。
ですから、そういう解釈をする人がいても不思議ではないんですね。


でも、令和を選択した理由は安倍首相が説明した通りなんでしょうから、
勘ぐった解釈をして、いちゃもんをつけることはないでしょ。

夜のワイド系の情報番組で、野党各党のコメントを紹介していましたが、
左寄りの党は、なんだかんだといちゃもんをつけていました。
正直、国民の心情を汲む能力がないのか、もしくは、
党の体面として、一言言わないと、野党としてのアイデンティティが失われると勘違いしているのか、
まあどちらかでしょ。
令和と墨痕鮮やかに習字を書いた子が、テレビのインタビューで、平和の世の中になるとうれしい、と言ってました。
これが本来のコメントでしょ。
いくら政治家と言えど、このような手立てで決まった元号を、修正、変更できるわけないでしょ。
だったら、国民に希望を与えられるようなコメントをすべきでしょ。
私は子供の方がよほどましだと感じました。
なんでも文句を言うというのは、冷静に見ていると、品性に欠けますね。
物事をプラスの視点で見れないやつって、何をやっても駄目ですもんね。

 

さて、改めて、日本の国って、なんで元号で、ある期間を表すんだ、と思ったんですね。
まあ、大化以来続いている国の根本的な制度なんですが、
確かによその国にはなく、世界広しと言えど日本独自の制度でしょ。
例えば、西暦だと単に数字での表現ですよね。
私は1944年生まれ、つまり、イエスが生まれて1944年後に生まれたという事でしょ。
2019年は、2018年の次の年、ということに過ぎないでしょ。
でも、よく考えてみれば、元号はその時代のタイトルでしょう。
平成というタイトルの期間が終わり、令和というタイトルの時代が始まったわけです。
2018の次の2019とは意義が違うでしょ。

 

日本民族として、そのタイトルはいわばテーマであり、
言葉の意味をしっかりと理解すれば、それは国民としての目標になるんじゃないでしょうか。
平成に生きる、ということから、令和に生きるという転換になるわけです。
まあ元号をそう考えると、単に時間の流れの一区切り、と言うだけでない、

深い意味を与えることができるでしょ。
これは、よくよく考えれば素晴らしいことですよね。
万葉の頃に日本人が持っていた感性を取り戻そう、という時代が始まるんですね。
武道場に、鍛練とかの文字が掲げてある。
会社の社長室に敬愛とかの文字が掲げてある。
これと同じように、この後何十年か、

日本という国に、令和という文字が掲げてある、と言うことですね。
大事なことは、飾り物にしないで目標として実践的に扱うことです。

 

過ぎてしまったのですが、昭和とはどういうテーマだったのか、というと、
四書五経の一つ書経尭典が典拠だそうですが、
「百姓昭明、協和萬邦」からとったそうで、
人々はすべて聡明で、様々な国が仲良く助け合うという意味を持ち、

それは、平和への願望であると言われていました。
で、昭和の64年間はどうだったのか、と言えば、

最初の20年間は真逆の時代を作り上げてきたのでしょ。
正に、戦争の時代でした。
真に昭和という時代のタイトルを国の目標にしていたら、
あんなばかばかしいことはしなかったはずです。

 

大事なことは、元号を唯の飾りものにしない、ということですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 01:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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