一昨日、新元号の公表があり、一日たった昨日、
より一層のさまざまな情報が公開されていました。
思いの外、ネタが簡単に割れましたね。
あのガチガチの秘密主義は何だったんでしょうね。
まさに、余韻冷めやらぬどころか、ますますヒートアップしているという感じですよね。
冷静に様々な人々のコメントを見てみると、
当然ですが、容認派と否定派に分かれます。
まあ、どっちでもないというか、関心がないというか、
これといった反応もない中間的な人もいるわけですが、
各メディアの世論調査では、おおむね好意的に受け入れられている、ということでしょうね。
私は容認派です。
否定派の人の意見を聞いていると、
まず、元号という制度の意味を理解していないようにに感じます。
ただ、気が付くと世間でそう言っている、といったところで、
今まで唯々諾々としたがってきた、という事なんでしょうか。
ここで、改めて元号の意義みたいなものを考えたところで、国民主権の民主主義国家が、
なんで、象徴にすぎない天皇家の看板を一緒に掲げなくてはいけないんだ、みたいな論調ですね。
基本的にネガティブな視点だと思うんです。
この元号の制度は、すでにメディアでもさんざん解説していますが、
大化を祖として、1374年余り続いている日本民族の伝統的な文化なんですね。
そう、文化なんです。
よその国にはありません。
ま、かつて中国にも、東南アジアの国々にも、元号があったそうですが、これは途絶えてしまった。
日本は、地球上最も長い歴史を持った国家形態の整えられた国なわけです。
中国4千年とか言いますが、現国家の中華人民共和国なんて、100年の歴史すらないでしょ。
秦の始皇帝の末裔が国家の中核的存在なわけでもない。
それに比べて、現日本国、天皇家に至っては、
神武天皇から数えて、皇紀二六〇〇年を超えるわけですし、
昭和20年以来、天皇は、象徴として存在することになり、今や国民主権の立派な民主主義国家です。
しかし、その中核であった天皇の存在を受け入れているわけですから、
懐の広い民族性があると思うんですね。
歴史と伝統を肯定する、その上で未来を展望するという民族性です。
さて、改めて元号の意味を考察してきたんですが、
昨日も書いたように、元号で言い表さんとする意味、意義は、
国としてのある種の目標なんではないか、と。
会社で言えば社是です。
組織で言えば、綱領のようなものです。
忘れてはいけない基本的姿勢、指針ですね。
ですから、ここで新たな目標設定をしたわけですが、
令:品性豊かで潤いのある心をもって、
和:敬意を持ちあってともに生きようとする
そういう日本の国にしたい、という時代目標にすべきでしょ。
そこで、そもそもなぜ元号を制定するようになったのか、ということです。
その前に、改元と言いますが、これは、元号を変えることによって、その始まりが元年になるからで、
ま、それまでの流れの初期化と思えばいいでしょうか。
現在は、一世一元の制といって、天皇の現役の間、元号は同一になっています。
明治以降、こういう制度になっているので、私達は、天皇の在位の限り、元号は変わらないと思いがちですが、
実は、大化以来、しばしば在位中に改元が行われていました。
例えば、鳥羽天皇の時ですが、5回の改元をしています。
ですから、元号の使われている期間というのは、やたら短いんですね。
過去248の元号の期間をチェックしてみますと、一年ぽっきり、というのが、26回もあります。
全体の1割以上です。
まあ、何でそうなのか分かりませんが、ある要因で改元したようです。
元号の期間なんですが、1374年間で、248ですから、平均で5年と半年。
まあ、昭和が最長ですから、この64年間を平均で計算すると、
昭和のあいだに11.6回の改元が行われていた、ということですね。
こうなると、ややこしくて、
例えば、昭和6年には次の元号になっているということです。
昭和以降、5〜6年で、正仁・久安・慶文と続いたとしましょう。
で、私は慶文2年に生まれました、と言われてもいつなのかよく理解できないでしょ。
何しろ5年ちょっとで元号が変わるんですから。
それでも、2ケタの元号期間というのは当時でもあって、その階数31。
この2桁があって、次の2桁まであいだが最長で315年間空きました。
言い換えれば、315年間1ケタだったということですね。
この間に96回の改元が行われ、その平均は3.2年。
ともかく、やたら改元したようで、実際昭和の64年間に当てはめてみると、
なんと20回の改元です。
オリンピックのインタバルより短いんですから、もし今の時代がそうだったら、
こんなに国民の注目を浴びなかったでしょうね。
何だか、また変わったらしいね、ぐらいで終わりでしょ。
もし、今の時代だったら、カレンダーとかその他さまざまな書類も
いちいち元号を追いかけなければいけないんで、
きっと西暦にしてしまうでしょうね。
かえって、元号の存在感が薄れてしまうのかもしれません。
一世一元で正解ですね。
じゃ、なぜ当時は頻繁に改元したんでしょうか。
それにはどうもこんな理由があったようです。
その基準なんですが、
1.天皇の交代による代始改元
つまり、新任の天皇になったのだから元号を併せて変える、というものです。
しかし、現実には、いわば就任後、2〜3年後に改元という例もあるようです。
2.吉事を理由とする祥瑞改元
ま、東京オリンピックが開催されるのでこれに合わせて、改元しよう、というようなことです。
多分、当時国営に近いような大寺院の建立などがあり、
その開眼とともに改元なんてこともあったんじゃないでしょうか。
3.凶事に際してその影響を断ち切るための災異改元
これはその頃のコレラなど流行病などで、疫病が蔓延したとか、
気候不順で、凶作が何年も続いたとか、
大地震、豪雨、火山の噴火など、自然災害の被害を蒙ったなど、
まあ、凶事を断ち切りたいなどの祈願を込めた改元などもあったようです。
ま、いずれにしても、この元号の時は、
国家安泰で、国民が幸せに安寧に過ごせますよう、
という願いが込められていたことは間違いありません。
今は、人類は、文明的に大きく進歩しました。
つまり、人間の意志によって、時代は作り上げられてゆくわけです。
だからこそ、あるがままを脱却して、望ましい希望に溢れた時代を形成してゆくべきでしょ。
その意味で、元号は国家目標なのではないか、と思うんです。