水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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そこまで報道するのか

最近、耳にするニュース、いや、目にするニュースで気になることがありました。
公園の鳩を、毒薬を混ぜたエサで殺したとかで、逮捕されたある大学准教授のことです。
まあ、ニュースで伝えられて範囲では、どちらかというと変人のようで、
常識的判断ができない人が、しばしば引き起こす社会的な問題の一つです。
例えば、ゴミ屋敷の住人など、要はこの類で、社会性の欠如は、健全な人間とは言い難い側面もあるようです。
したがって、隣人とのトラブルが発生したりとか、最後の最後は警察が登場し、
なんとかかんとか法に違反で事情聴取が行われたとか、テレビで報道されることがあります。
ま、今回の鳩騒動もその一種と言えば一種なんでしょうが、
ここでも法的解釈が、どうも微妙なような気がするんです。

 

適応の法律は「動物の愛護及び管理に関する法律」、
いわゆる動物愛護法です。
で、これによると、
「すべての人が動物は命あるものとして認識して虐待などを無くし、
人間と動物が共存できる社会をつくる」という法律です。
すべての人であって、すべての動物ではありません。
ここがややこしいところなんですね。
すべてといいながら、規定としてはすべてではないんですね。
規定としては、牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
とあります。
規定されているとはいえ、牛や豚は最後に殺して食っちまうでしょ。

これって愛護なんでしょうか。

そもそもが牛や豚をペットで飼っている人はほぼいないでしょ。

さらには、ここから外れた動物たちはどのように扱えばいいのか、でしょ。

 

准教授の行為は、肯定されるものではありませんが、
法文としては、「いえばと」と書かれているんですね。
公園の鳩はいえばとなのか、と。

誰が飼ってるわけではないだろうと。

今時の言い方で言えば、コミュニティハトですよね。

 

なんとなくですがここに例示された動物たちは、人から餌をもらって飼われている、という感じがするでしょ。
つまり家畜とかペットとかの類です。
ですから、家畜やペット以外では、そこで出てくるのが、野生動物の関する保護法です。
正式には、鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律といいます。
この目的は、鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化を図ることと、
生物の多様性を確保し、自然環境の恵みを得られる生活環境の確保などを目指しています。
主には、野生動物の保護を図る中から、狩猟とによる制限を設けています。

 

さて、公園の鳩は、この中に入るのか、ということになりますね。
まあ、野生とは言い難いんでしょうか。

ですから、一般的には、鳥獣保護管理法よりは、動物愛護法での違反と捉えるでしょ。

 

つまりです、このように解釈がばらつきそうであるということ自体、

日本では動物一般に関する概念がどうも低いようなんです。

 

国際間の法的な整備度の比較では、圧倒的にその法整備が遅れています。
その背景は、国民の意識が低いからなのです。
それと現状の人間と他の動物たちとの関係、

とくに、ペットと野生の間の関係が、とてもあいまいになっていて、
さまざまな法で、実態を押さえきれていないんですね。

 

例えば、ネズミです。
これは昔から、ネズミ取りなる道具がありますし、それで捕獲したネズミは、
大体水死させますでしょ。
私は、子どもの頃、海岸で火をかけて殺したことがあります。
あれって残虐な殺し方だ、と、今なら問題になったかもしれませんね。
ま、ともかく、ネズミは、この制約にはありません。
したがって、いわゆるネコイラズの類で毒殺をしても、愛護法の違反にはなりません。
つまり、動物が人間に危害を加えるというような場合は、その処分がおおむね認められているんですね。

 

ですから、公園の鳩はいえばとではありませんが、

野生動物としての対象になるんだと思います。

ま、解釈がどうであろうと、あのような残虐な殺し方というのは、

それなりの処罰を受けるべきでしょうね。
だって、あの鳩たちがその准教授を攻撃したわけではないですもんね。

 

我がマンションの付近には、

朝になると大量のカラスがやってきて、路上のごみ袋を食いちぎり、
餌をあさっています。
これがベランダの手すりに止まって、糞をしたり、大声で鳴いたり、

住民の中には、カラス恐怖症なっている人もいるのですが、
これは処分するにも、簡単にはいかないんですね。
それは狩猟の方法が認可されないからです。

そうなると、いい迷惑、と言えることでも、人間が作った法律に人間が縛られているわけです。

これは線の引き方にグレイゾーンが多く、実態と動物保護、愛護の精神が一致していないということなんですね。

 

日本の国会でも動物愛護の法律については、しばしば手を加えてきましたが、
昨年成立か、と言われたこの法律の改定案は、見送られてしまいました。
国会としては、どうでもいいじゃん、という扱いなんでしょうね。

 

確かに、まだまだ愛護されるべき存在として、
動物以前に人間そのものの問題も山積しているわけですから、
ここはちょっと後回し、といいうことになったようです。

正に考え方一つなんですが、どこがどうというわけではありませんが、

私たち自身の中に、あいまいな部分があるからこその
法の未整備ということになっているのではないでしょうか。

 

それにしても、昔だったらこんなことでいちいちテレビのニュースでは取り上げないだろう、

ということが、多く報道されるようになってきました。
メディア自身のチェック機能が過敏になりすぎていないでしょうか。
どうでもいいことまでいちいち取り上げるな、という感じがしますけどね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 15:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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