水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
<< とんだとばっちり | main | 女のサガ、男のサガ >>
イベントとして考えると…

組織の運営というのは、
何もしないと、運営が日常に溶け込み、時にアクセントを失い、
その結果、だらだらし、活力が失われてゆくこをがあります。
そこで、なんだかんだとアクセントをつけるために、イベントの類を設定します。

 

私の父が、引退後、これと言ってすることが無く、正にだらだらした日々を過ごすようになったのですが、
それでも、何かにこじつけ人集めをするのが好きで、
誕生日はもちろん、よくぞそんなことを思いついたな、というようなことをテーマに、
人を集めて、食事会を開催していました。
すると、その数か月ぐらい前から、出席者の人選をはじめ、
場所、料理の内容など、結構こまごまと指示するんです。
で、案内を出す。
人数をまとめる。

こんなプロセスが楽しみの様にしていました。
で、数日前には、臨戦態勢のようになって、いよいよ当日を迎えるわけです。


私はそれを見ていて、人生の中で、だらだらした日々が続くのはつらいことなんだろうな、と思いました。
で、このイベントを設けることによって、退屈な日常から解放され、
少しは張りのある日々に切り替えられる、と。

 

今の私は、退屈の仕様がないほど、いろいろなことに手を出し、口を出していますので、
時に、予定が何もない日が、うれしく思えるほどです。
とは言え、なんだかんだと、そこここにイベントを設定するんですね。
まあ、これはこれで、一種の癖なんでしょうね。

今のところは、五月末のすさび会の会展です。
21日から26日まで、平塚市の美術館、市民ギャラリーで開催されます。
で、それが終わると、七夕祭りですね。
今年の飾りは、飲食店仲間で掲出を予定している一般飾りの部と、
紅谷町のシニア会、子ども会で掲出する市民飾りの部の、2本立てです。
ま、この内容は、間際で、ブログでご報告させていただきます。

それと、5月18日には、ミニライブをさる歌手の方と開催します。

 

ともかく、人には、日常とそれに刺激を与える非日常の適当な配分が、必要なんですね。

その意味でも、世間はいろいろと非日常のネタを提供してくれますが、
これは、国としてもある程度必要なんでしょ。
いい例が、2020年のオリンピック・パラリンピックがそうでしょ。
そこに向けて頑張ろう、みたいな人たちがいて、
国民としては、日の丸背負っている人を応援しよう、と。
これって、大きなイベントですよね。
2025年には大阪万博ということですが、少なくとも、関西のエリアの人たちは、
時にこのイベントが日常を打破するアクセントになるはずです。

 

その意味でも、結果としてですが、改元も大きなイベントですよね。
あの日の新聞の号外が、すでに5000円で取引されているとか、と聞くと、
その感心度とともに、結果としてこれは大きなイベントになったな、と思うんです。

 

ここで、国は、もう一つイベントを打ってきました。
新札への切り替えです。
なぜこの時期に、何の理由で、という疑問符は付きますが、
ま、これも一種のイベントだと考えれば、それはそれで納得するしかないでしょ。
テレビで、経済評論家と称する人が、新札切り替えの解説をしていました。
正直、違和感がありました。
その評論家の言い分。

まず、国内に眠っている78兆円のタンス預金を新札発行により、
表に引き出そうという狙いがある、と。
ちょっと待て。
新札発行後は、新札でなけりゃ、通用しないのか、と思いません。
福沢さんでも通用するはずなので、無理して、渋沢さんに変えることはないだろう、と。
よしんば、渋沢さんに変えたとしても、欲しいものがないにもかかわらず、
それを使うことはなく、またタンスに入れてしまうだろうと思うんです。
世の中、そんなお人よしばかりじゃないでしょ。
ある訳あって、タンスにしまっているわけだから、お札の肖像が変わったぐらいでは、バタバタしないでしょ。

 

その昔、私は、訳があって、ある人に数万円を渡すことになっていたのですが、
何故か、その人が取りに来なかったんです。
で、そうこうするうちに行方が分からなくなって、

その金を入れた封筒は、私の机の引き出しにしまったままになっていました。
で、この金はその人のものだから、と言う気持ちがあるので、どうしても手を付けられません。
そうして、もう、50年近くの歳月が流れました。
いまだにこの封筒は、引き出しの中にあります。
この一万円札は、聖徳太子の肖像です。
何時発行の札かどうかより、その札に込められた思いの方がずっと重いでしょ。

 

この渋沢さんが取り上げられたことで、
例によって、韓国からいちゃもんが出てきたようです。
「朝鮮半島の経済利権を侵略した急先鋒に立っていた男が、
新紙幣に描かれようとしている」と。
まあ、どう解釈しようと勝手ですが、
よその国の紙幣のデザインまで口出しするって、異常じゃないでしょうか。
もしこの議論が本格化するようなら、その議論そのものが、品格を欠く、本性を露呈したものになります。
人の頭のハエを追う前に、自分の頭のハエを追った方がいいんじゃないかと思いますね。

 

ま、20年経ったから、とか、偽造を防ぐとか、国の説明も明快ではないでしょ。
偽造防止というのは、偽造紙幣が出回って、言えることですものね。
また20年周期の新札発行も、そんなこと誰が決めたんだ、となるでしょ。


でも不思議なことに、新札を最初に手にする日が、妙に待ち遠しいですね。
その意味でも、これは立派なイベントかもしれません。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.mizushima-kazuaki.com/trackback/2993
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE