水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
<< 教育は協調性・社会性涵養の場 | main | 平成もあと10日あまり >>
三茄子

東海大学が、東京の渋谷に拠点を置き、総合大学としての形態を整えたものの、
次第に手狭になり、新たなキャンパスを東京以外のところに設けようと、
その候補地の検討をしていた時のことです。
当然複数の候補地が挙がったのですが、そのうちの一つが平塚市だったわけです。
場所は、北金目。


で、創立者である松前総長が、その候補地のいくつかを視察したんですね。
そこで、候補地の一つである平塚に、下見にやってきました。
この時、西に富士の雄姿が、思いのほか大きく見る事が出来たんですね。
ちなみに、そこから富士山頂までは、およそ50キロほど。
この富士が見えるということがえらく気に入り、結局平塚に湘南キャンパスを建設することになったのです。
確かに、金目や片岡あたりの道から見える富士は格別雄大なものを感じます。

富士がよく見えるというので、平塚の地を選択した人がほかにもいます。

あの、徳川家康公です。
家康公は、大の鷹狩り好きで、平塚の地にしばしば足を運んだそうです。
初めのうちは、豊田の青雲寺などを休憩所代わりに使っていたようですが、
何度か来るうち、どうせなら、別荘を構えてしまおう、と考えたようです。
まあ、天下人ですから、別荘の一つや二つ何てことない。
とは言え、ただの家ではなく、御殿と称される立派なものだったようです。
で、それなりに場所選びをして、今の中原御殿に建てることにしたんですね。
この時、今でいう建築プロデューサーたる人が、最終的な場所選びをし、
中原になったわけですが、
この時の条件が、御殿から富士が展望できる、ということのようでした。

 

家康公は、出身が駿府ですから、幼少のころから、朝に晩に富士山を仰ぎ見ていたのです。
正に、心のランドマークタワーだったわけですね。
ですから、おそらく戦乱の時代にあっても、あちらこちらと飛び回る中、
ふるさとに戻って、富士を見ると、きっとほっとするものがあったんだと思います。
まあ、その時代ですから、高い建物もなく、家もまばらだったでしょうから、
遠い、近いはあっても富士の姿を見えるところは、それなりにあって、

その都度、故郷のことを思い浮かべていたのかもしれません。

 

現に、今に伝わる中原御殿の絵、今でいう建築パースのようなもの、では、
中原御殿全体の形と、その後ろには、富士の山が描かれています。
私は、この家康公の富士好きと、鷹狩が趣味ということと併せて、
どうも、一富士二鷹三茄子(なすび)は、家康公の好みを並べたものではないか、
と考えていたんですね。
ですから、茄子については、これといった確証がなかったものの、
三つ挙げたもののうち、二つが家康公の好みと思えば、三つ目もそうだろう、と。
で、いろいろと調べてみると、どうもそうらしい。

 

従来、縁起のいいものとして、一富士二鷹三茄子、ということが言われてきました。
確か、初夢に見るととくに縁起がいい、という吉祥として一般的に受け止められていましたが、
その根拠がどうもあいまいだな、と思っていたのです。
だって考えてください。
富士は、日本一の山ですから、まあ吉祥と言えますよね。
まして、富士は不死に通じますので、誰が何と言おうと、ダントツの吉祥でしょう。
で、鷹がどうして吉祥なんだ、と思いませんか。
確かに勇壮な砦、しかも、生物界においての食物連鎖上、最上位にいますが、
そこそこ好みが強くないと、鷹を挙げるのは違和感があるでしょ。

 

まして三番目は茄子ですよ。
どうして茄子が縁起いいんでしょうね。
これはまあ、よく実がなるということから、子孫繁栄とかの解釈をするんでしょうか。
親の意見と茄子の花は千に一つの無駄がない、といわれます。
解説するまでもないのですが、枝に咲かせた茄子の花は、何一つ無駄なく実を結ぶ、
という事ですから、かなり収穫が多い、というイメージがあるんですね。
ですから、それなりの吉祥と言えば吉祥なんですが、、
もう一つしっくりしない。
何しろ縁起のいいものベスト3に入るということがピンとこないでしょ。

 

で、この時点で私は大いに疑問を持っていたんですね。
前述のごとく、調べてみると、縁起がいいかどうかはともかく、
家康公の好みと一致してるじゃないか、と。

すると、諸説の中に、家康公の好んだ茄子というのがあって、
なんと品種まで絞り込んでいるんですね。
それは、折戸茄子だそうです。

 

静岡県三保の折戸で主に栽培されていて、

文献に徳川家に献上されていたという記録が残されているそうです。
現在の折戸なすは野球ボールほどの直径でまん丸の球状の茄子です。
その昔、徳川家に献上されていた折戸なすは、親指ほどの大きさだった、という記録があります。
まあ、小茄子ですね。
辛子漬けでもするとよさそうですね。
江戸城で、家康公がふるさとで栽培された茄子を、殊の外好んだとしてもこれは不思議じゃないですね。

 

最近、平塚の観光協会から、中原御殿で、かつて家康公が鷹狩を楽しんでいたという史実にちなみ、
家康弁当なる物を作らないか、という話が持ちかけられました。
私は、どんな内容が想定できるんか、と考えたのですが、
何をさておいても、茄子を使った一品は入れるようだろうな、と考えています。
まあ、今時ですから、ネットをあれこれ検索すれば、

家康公の好みを知ることができるのではないか、と思うんです。
いつか全体の構成ができたらこのブログででもお知らせします。

| 水嶋かずあき | グルメ | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.mizushima-kazuaki.com/trackback/3001
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE