水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
<< 三茄子 | main | 明日は投票日 >>
平成もあと10日あまり

平成もあと10日余り。
天皇陛下は、ここにきて、退位のためのさまざまな行事、儀式に連日のように関わられ、
その都度、それがニュースで報じられています。
美智子さまとともに、それぞれの地の人たちの歓迎に、にこやかに手を振られているシーンを見ると、
今までご苦労様でした、と、その労をねぎらわずにはいられられません。

 

私は、昨年、退位をしたいと陛下から要望が出された時に、
どんな立場の人なのか、どんな考えでそういったのか、よく分かりませんでしたが、
その時期も含めて、ややこしい議論を持ちだした人たちがいましたね。
単純に、天皇陛下がそういってるんだから、そうすればいいじゃないか、と思ったんです。
第一その理由が、お年を召され、健康にも体力的にも不安を感じたんだろうと思うんです。
そして、責任感の強さと、誠実な人柄から、

形ばかりの立場にいることがたまらなく思えたんでしょうね。
まあ、ある意味、責任感のなせるわざとして、身を引く、という決断をされたんだと思うんです。


かなりの紆余曲折のもと、

勘違いした政界、また皇室関係者たちが、生前退位を受け入れることになりました。

この退位に関わる諸行事を見ていて、やはり大変な役務を負ってきたんだなあ、

というのが、改めての感想です。

 

昭和が終わった時、私は44歳でした。
まだまだ現役パリパリ。
全国の青年会議所のさまざまな勉強会などに講師として飛び回っている最中です。
平成に改元されて、三日目。
たまたま沖縄地区の青年会議所の新年総会の、後援を依頼されていました。
確か、ダークスーツを着、黒いネクタイを締めて行ったと思います。
その新年総会で、何人かの役職者が、いわゆるえらい順に、

新年のあいさつ代わりに、スピーチをするのですが、
この様子を出番待ちで、ステージの横で聞いていました。
雰囲気としては、新しい時代が始まる、という明るい意気込みと、
昭和天皇の崩御を悼む気持ちが混ざり合って、何とも、半端な雰囲気だったんですね。
何より、違和感を感じたのは、会長の挨拶が終わっても、

その他の役員の挨拶が終わっても、一切拍手無し。
これは妙なもんです。

「…と言うことで、どうか本年も皆で頑張りましょう。…」
と、スピーチが終わると無言で頭を下げる。
会場のメンバーも、頭を下げる。
もちろん無言で。
で、私はなぜ拍手をしないのか、と司会の人に聞いたんです。
崩御の報があってから、日本全体で喪に服し、歌舞音曲を控え、

お楽しみ的なイベントは次々と中止を発表していましたので、
派手なふるまいを慎もう、ということで、

その会場でも拍手をやめようということになったのだそうです。
とはいうものの、スピーチする人も、また聞いている人も、

なんとなく、違和感を感じていたんですね。
セレモニーの進行に、区切りがないというか、締まりがないのですね。
そこで、私は、司会の人に、
拍手をしないことが、慎みを持っているということではないでしょ。
拍手が、弔意を損なう事はない、と考えます。
確かに、天皇陛下の崩御は、忌むことではあるけど、

新しい時代の幕が開けるということとセットなわけだから、
これを受け入れるということは、礼を失することだとは思えない、と言ったのです。
司会の人は、では拍手をしてもいいですかね、と念を押すので、
私は、いいのではないか、と答えました。
で、次の登壇者から、拍手が復活したのです。

 

昭和から平成への転換は、このような雰囲気の中で進められたので、

なんとなくじめじめした状態だったんですね。
しかし、平成から令和への転換は、生前退位ということもあって、
実に、腰を入れて、平成を振り返ることができましたし、
あたらしい元号への思いも、様々に受け止められ、
その意味では、明るく、希望に満ちた空気の中での改元になった、と、
改めて、前の改元の時との比較をしてしまいます。


その意味でも、生前退位というのは、素晴らしい選択であったと思います。

 

美智子さまとの婚約の報は、私が浜岳中学3年の時、
たまたま用事があって出向いた職員室で、女性の先生が号外のようなものを手にして、
一騒ぎしていたのを見て、私も、何やらめでたいことになったようだ、と認識したのです。
その時の職員室のシーンは今でも覚えています。
ですから、私たちの世代は、そこから天皇陛下と時代を共にした来たのです。
もちろん、勝手に共にした、と思っているだけですが。

 

先日の天皇の記者会見で、在位30年に渡る様々な思いを語られましたが、
一言一言に、誠実さがにじみ出ていました。
ただ単に、天皇陛下のお言葉、として聴いた方も多いと思いますが、
美智子さまへ、人生の旅をともをしてきた、という思いなど、
誠実に生きるということの教えに満ち満ちていたと思うのです。
私は、人生の伴侶として、共に暮らしてきた我が妻への思いを、
お言葉に重ねて聞きました。
おかげさまなんだな、と。

 

昨日の伊勢神宮への訪問で、天皇陛下としての最後の地方訪問になった、ということですが、
この後、上皇としての気ままな旅行を楽しまれることを期待しています。
もちろん、美智子さまともどもです。

 

話しは変わりますが、
天皇家の継承として、男子であることの条件が、前面に出ていて、
女性・女系天皇に対するアレルギーがまだあるようですが、
今回の改元で、元号と、その時の天皇の関係を調べていて、驚いたのですが、

かつて女性天皇は何人かいたんですね。
その数、10名です。

いまさら、タブーでもなんでもないでしょ。

その時の状況に応じたものだと思うんです。
男が跡を継ぐというのは、もう古い考えですね。
男女均等社会を作ろうと、下々は考えているわけですから、
天皇家の継承も、そこは、も少しフレキシブルになっていいんじゃないか、と。

 

まずは、例の、政界、皇室関係者の人たちが、頭を切り替えないといけないですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.mizushima-kazuaki.com/trackback/3002
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ RECENT COMMENTS
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE