水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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待つ、と言う心

「隣の貧乏鴨の味」
隣の家が貧乏なのは、鴨の肉を味わうように快い。

他人の不幸は自分の優越感を満足させるものであるからである。

 

昔、日本では四足の肉、つまり獣肉を食べることを忌み嫌らいました。
これは仏教の思想が影響していると思われます。
とは言え、獣肉の味は捨てがたいものがあって、牛肉などは、ひそかに食べられていたようです。
例えば、徳川代々の将軍様は、表立っては食べられないので、
城内のさるところに、隠し部屋のような所を作り、

牛肉は、ひそかにそこで食した、なんて記録があったりします。
ま、これは肉がうまいのと併せて、お世継ぎをせっせと作らなければならないために、

精力増強のためにたべた、とも言われているんですね。

これを同情すべきか、羨むかは、あなた次第。

 

一方、江戸の頃の各大名は、それなりのお付き合いがあって、

暮にはお歳暮の類をやり取りしたのだそうです。
まあ、推測ですが、それなりのお国自慢のものを贈呈したようなんですが、
彦根藩では牛の飼育が盛んで、彦根藩からは、牛肉の味噌漬けが恒例のように配られ、
これがなかなかの評判で、時に今年もよろしくて的な挨拶があったとか。
ま、一種のふるさと納税的な地産品の自慢大会のようなものでしょうね。

 

しかし、下々は、なかなか正々堂々と牛肉や豚肉など口にできない。
そこで、ばればれは承知で、獣肉を食べていたようなんです。
いい例が、野ウサギは、今から見ると、どこにでも頻繁に生息していたようで、
これは手軽に手に入る。
ですからウサギはよく食べられていたようです。
でも、表立ってそれを表現できない。
そこで、ウサギの数の数え方は、羽を使ったんですね。
一匹ではなく一羽です。
いかにも鳥のごとく扱ったんです。

 

江戸の浮世絵に、山クジラとか表現した飲食店の看板が出てきますが、
これはクジラは海の生物で、四足ではない。
そこで山で獲れたクジラと評して、猪などを食べていたようです。
まあ、抜け穴だらけの当時の食文化だったのですが、
それでも正当なものとして、動物の肉として鳥の肉があったんです。
なぜ四足がダメで二つ足は良いのか、分りませんが、
きっと、トリより獣の方が、人間に近いという概念があったんですようね。

そこで登場するのが、鳥類です。

 

身近にはニワトリがいたようですが、これがなかなか高価な代物だったらしく、
何より、玉子を目的として飼っていたので、廃鶏になるまでは食べなかったと思うんです。
そしてそれより、美味とされたのが鴨の肉です。
鴨は、家畜化されてアヒルになりますが、これはこれでなかなか美味な肉です。
でも、野生のカモはそれなりの味わいがあって、野趣豊かな風味があります。
これをくせ、と言ってしまうとくせなんでしょうが、

それなりに、逆にくせになる味わいがあるんですyね。
つまり、なんだかんだと正々と食べられる旨い肉というのは、鴨だったわけです。

ですから、鴨肉は極上の食材である、という認識はごく一般的なものだったようです。

 

そこで、冒頭の鴨の味、というフレーズが登場します。
ま、たまらないほどの旨さ、という意味だと思ってください。
で、隣の貧乏鴨の味、と言う事なんですが、
これは実にさもしい感情で、隣の家が、何か困難を抱えていたり、貧乏していたりすると、
隣人としてのお付き合いもあるので、

大変ですね、ぐらいの同情の言葉は掛けるのでしょうが、
内心は、その困窮ぶりから、ひそかに優越感を感じて、たまらない快感を得ているわけです。
情けないけど、これって、多くの人が抱く感情なんですね。

 

人の不幸を我がことのように感じるというのは、理屈ではそうあるべきと理解しても、
実際は他人事なんです。
しかも時に、優越感につながる。

これは人間は社会的動物なので、集団で暮らしてゆきますが、
社会性というだけあって、微妙な優劣関係が存在するんですね。
ま、ざっくばらんにグループで棲息する他の動物が持っている順位のことです。
群れ全体を収めるために、個々の存在に順位を付け、これを乱さないようにする、ということが、
ボスの役割なわけです。
まあこれに近いものを人間の社会も持っていて、
多かれ少なかれ、この順位を維持しようとするわけですね。
つまり、群れにおける優劣です。
ま、これは、ほぼ本能に近いことだと思います。

 

さて、yahooの情報一覧のページを見ていると、
たとえば、様々な分野混合のトップ10はともかく、
その下段に、あちらこちらの記事を抜書きしたものが並んでします。
およそその数200項目。
このうち、およそ2割が韓国関連の情報です。
日韓のこともありますし、韓国国内の事、外交的な他国との関係など、
ま、そんなに関心があるの、というほど様々な項目がリストアップされています。

 

ご存知のように、冷静に考えても最近の反日的傾向は、ひどいものがあって、

何のためにそうなんだ、と疑問を持ちますが、
これが、日本の反韓意識につながっています。
ま、どっちもどっちなんでしょうが、これらの記事の最後に、
そのほとんどが、日本人からの書き込みがあります。
この書き込みの99%が、隣の貧乏鴨の味なんですね。
現大統領の失策だとか、国際間での不手際だとか、経済的な困窮などが伝えられると、
正に、ざまーみろ、と言わんばかりでしょ。
確かに、文大統領になっての対日本政策は理解しがたいものがありますが、
私はこれは、文さんの姿勢であって、韓国国民のせいではない、と感じています。

 

日本が太平洋戦争の終末期に、連合国に突き付けられた無条件降伏は、
軍部に突き付けたものであって、日本国民に対してではなかったんですね。
しばしば、国の代表が取る姿勢は国全体、国民もこぞってそう考えていると、捉えがちですが、
一般国民は原則として穏やかなものなんです。

その意味で、今の韓国への反感を、鴨の味のごとくとれるのは、

日本人としては、おぞましい感覚だと感じます。
もっと、広い心を持って、いつか必ず彼らも正気に戻るときがある、
と、待ったらどうでしょうか。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 15:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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