水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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字の上手さと知性

昔、中国の湘南の旅をしたことがありました。
このあたりが湘南と言われていることの原点を探るためです。
まずは上海に入り、一泊、翌日、湖南省(洞庭湖を北に抱える省)の省都・長沙に入り、一泊。
翌日いよいよ湘南の中心都市、衡陽に向かい、そこで一泊。
と、まあ、広い中国の旅をしたのです。
特に、長沙から衡陽への行程はバスで移動したので、
その道すがら、町とは言い難い集落程度の地域を通り抜けて行ったのです。
つまり、この旅で、上海のような大都会と、長沙などの中都会、さらにその途中の町、村、集落と言った感じの
様々な人口数の地域を見聞きしながらの旅だったんですね。


で、その時感じたのですが、当然、人が集まって生活する所には、何らかの商店や、施設があって、
それぞれ看板を掲出しているわけです。
中国ですから、その看板は漢字で書いてあります。
ま、ありがたいことに、日本も漢字の国ですから、その看板を見れば、何屋かはわかります。
で、集落程度の小さな塊のところでも道端に食堂があったりするんですね。
と、店の入り口には店名が書いてあります。


上海で見かけた様々な看板に書かれた字を見ると、

とても日本人には書けない、と思われる流麗な文字が書かれているんです。
どこか日本人が書く文字と違うんですね。
独特の中国流の文字なんです。

上海、長沙、衡陽、さらには村落など、町のサイズが小さくなればなるほど、
下手な字の看板が増えてくるんですね。
バスで見かけた食堂の看板なんか、途中下車して、書き直してあげたいくらい、下手なんです。


まあ、これが文化度の表れだとしたら、
やはりたくさんに人がいるところはそれなりの底辺があって、その頂上も高くなる。
人口集積に比例する文化度というものを実感しました。

 

私の父が、支那事変があった時、兵役に召集され、中国に赴いたことがありました。
で、その駐屯していた時期に、中国の生活文化に触れてきたのですが、
その中で、中国にある印章店を見に行ったそうです。
父は、大門通りにある東曜印房の二男坊でしたので、
ある時期印章業に携わっていたのです。
そこで、当然ですが興味があったのだと思います。
で、中国の印章店で、印章を作る過程を見ていて、おどろいた、というんですね。
印章の台になるものは、柘(つげ)などの木もあれば、

石、象牙など、様々なものがありますが、
これらの素材の平らにした印の面に、文字を書き入れます。
この時、左右反対の形にするんですね。
でないと、押した時に反対の字になるでしょ。
そこで、印の面に、ごく細い筆で文字を書き入れます。
この線に沿って彫りこんでゆくのですが、
この字入れの時に、その中国の印章職人は、

筆の先端を持って書き込んだのだそうです。
それも、人差し指、親指、中指の三本で、つまむようにして持つのだそうです。
で、ぶれることなく、細い線で文字を書き込む。
お分かりでしょ。
日本だったら、筆の穂から5、6センチぐらいのところを持つでしょ。
しかも手首は固定するはずです。
それを中国の人は、ひじを挙げて、コントロールしにくいような筆の持ち方で字入れするのですね。
父は、その器用さに舌を巻いた、と言ってました。
実は、書道の基本はここにあるんですね。
筆の持ち方なんです。


中国人には、基本としてこの筆の持ち方が、どうもあるらしい。
それが、日本人にはなかなか表現できない漢字の流麗さにつながっているのではないか、と思うんです。

よく、お宝鑑定団などに出てくる戦国時代の武将の書簡などがあって、

ある武将からある武将に当てたもので、
これは本物か、偽物か、なんて鑑定が行われますが、
いつも驚くのは、その字のうまさですね。
そういう素養を養うような幼少時の教育的な期間があったとは思うのですが、
それにしても皆うまい字を書きます。


これは推測なんですが、巻紙を片手に持ち、矢立から筆を取りだし、さらさらと書きつける。
この時の姿勢なんですが、机に紙を置いたわけではないので、
左右とも、つまり紙も筆も空中にあるわけです。
したがって、手首を固定するなんてとんでも無いことで、
この状態で書くということは、

きっと、筆のかなり上部を持って書いたのではないか、と思うんですね。
ま、そうせざるを得なかったんでしょう。
その書く姿勢が、字に現れるんじゃなかろうか、と推測するんです。

 

最近、テレビで、よく観るシーンです。
そこそこの識者が、何人か横並びであるテーマを討論する。
で、司会者が、それでは、それぞれの結論をお手元のボードに書いてください、と言う。
しばしの時間、出演のゲストが、さらさらとボードに字を書き込む。
で、一斉にボードを掲げてください、と言われ、くるりと字を書いた面をカメラに向ける。
ま、それぞれの言葉が並んでいるのですが、
どれもこれも、へたくそな字でしょ。
正直、その字を見た途端、今まで話していた内容が、

1ランク落ちてしまったように思うんですね。

字がうまいということ自体、知性を感じるでしょ。

 

昔のテレビで、松本清張氏が言っていましたが、
空海が、なんのコネもないまま中国に渡り、

あっという間に中央に接触ができて、相応の扱いを受けたのは、
字がうまかったからではないか、と言っていました。

こんなうまい字を書くのだから、そこそこの人物だろう、と評価されたのに違いない、と。


その意味でも、テレビに出られる方々は、もう一度、習字を習った方がいいでしょうね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 09:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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