水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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絶滅危惧職種

マンションの私の部屋には西向きの窓があって、
そこからは紅谷町の一角を眺めることができます。
20メートルほど西側は、公園通りとなっていて、その道に面した郵便局が見えます。
雨が降っているかどうか、ただ窓から外を見ただけではわからないような時は、
郵便局前の歩道を見ます。
傘を差した人が歩いていたら、雨が降っている、と認識するわけです。

 

で、今日は朝から雨。
しっとりとした空気に包まれています。
そこで、あらためて気づいたのですが、この窓には霧除けがついているんですね。
入居5年目にして再認識しました。
で、霧避けの軒先には、大きな雨だれが成りもののようについていて、
一定間隔でポトリポトリと落ちるんですね。
鉛色の空を背景に、光るようにしずくの形を変えながらあまだれがおちてゆくというのも、
なかなか風情があるものです。


今日は久しぶりに七夕づくりをお休みすることにしました。
矢張り微妙に疲れがたまったんですかね。
お休みにした途端、心に余裕ができたのでしょうか。
いつもなら目にも止めない雨だれを風情として楽しめたのです。

 

ところで、この霧除けと言うものは、建築用語です。
霧除け庇、とも言います。
これは、出窓などの上についた小さな屋根のことで、
当然ですが、雨とよなんてついていません。

ついでの話ですが、雨とよの「とよ」は、樋と言う字を書きます。
樋(とい)とは、雨水などの液体を運ぶのに用いる装置、設備のことで、
あめとい、とかあめとよとか、中にはあめとゆ、なんていう人もいます。
まあ、大工さんによって、出身なのか、修行の系列なのか、どこか違うんですね。

 

で、この「きりよけ」という言葉は、かなり小さいころに覚えたものです。
私は、子どものころから、大工さんや左官屋さんや、畳屋さんなど、

物作りをしている現場を見るのが好きだったんです。
いまや、すっかりなくなってしまった景色ですが、
天気の良い日など、道端で、畳屋さんが作業台の上に畳を置いて、

ヘリを糸で縫っていたものです。
ブスリと針を指すと、ひじに付けたプロテクターのようなもので、こすって、糸を締める。
まあ、なんてことない作業なんでしょうけど、それこそ何時間でも飽きずに眺めていたものです。
今はもう機械で縫うそうです。

時代は変わったんですね。


私がものごころついた昭和20年代半ばは、今では考えられないようなことが多く残されていました。
一つは、曳き家です。
家ごとそっくり曳いて移動させるんですね。
まあ大きな土地持ちだったら自宅内の敷地で、建物を移動するってありうるかもしれませんが、
昭和20年代の半ばと言えば、戦後の復興盛んな時で、
特に平塚は新宿を中心に焦土と化したので、これを機に、区画整理が行われたんですね。
そのせいか、曳き家といって、家ごと新たな場所に移動する、

ということが普通に行われたのだと思います。
何しろ家が一軒分移動するのですから、移動する間、道が半分はふさがれるわけです。
しかも、距離にもよりけりでしょうが、一日かけても遅々として進まない。
前の日に学校に行く途中見かけた家が、翌日もまだ曳いている最中、なんてことはよくありました。
ま、今じゃあ、道路交通上の問題で、道をのろのろと進む曳き家なんて、許可されないでしょうね。

 

その頃の家を建てるということは、今と全然違いました。
まずは建築現場の音ですね。
カンナとノミとトンカチとノコの音です。
今は、電動建築機械のモーター音が中心です。

 

そもそも建前なんて儀式が無くなりましたね。
建築開始の初日、骨組みが終わると、一階の土間に板を敷き、祝い肴と日本酒、赤飯入りの折などが準備され、
棟梁を中心に、屋根や、ペンキや、電気工事や水道やなど、関係の人たちが集まって一杯やるんです。
すると、酒もまわって棟梁がいい心持になったころ、誰とはなしに木遣りなどが歌われる。
何故か渋い良い声なもんで、それなりにみんな聞き惚れるわけです。
一曲終わると、ようようとはやし立てる。
なかなかの風情がありましたね。
今時そんな景色にお目にかかったことがない。

それもそのはず、大手のメーカーが、パーツパーツを工場で組み立てて、
クレーンかなんかで土台の上に載せて各部をつなぎ合わせる。
ま、これでほぼ半分完成。
建前の祝膳など添える間もないくらいです。

 

家の構造も随分と変化しました。
昔は、耐震性と言うことで、筋交いを入れて補強したのですが、
今ではそれ以上のものが施され、耐震性はぐっと向上しました。
ただ、これも流行りなんでしょうが、畳の部屋が減ったこと、
壁が、ほとんど大壁になったことでしょうか。
大壁と言うのは、柱そのものも壁紙などで覆ってしまうもので、
かつては、柱が見えていたものですが、洋風になってきたこともあって、
大半が、柱を覆ったデザインになりました。

 

ある時棟梁が、今の建て方だとよ、大工の仕事は全部隠れちまうんだ。
内装屋が壁紙を貼る、ペンキ屋がペンキ塗る、
もともと大工のやった仕事は全部見えなくなっちまうんだね、と愚痴を言ってました。
その前に大工仕事そのものが減っているんでしょうね。

たしかに、大工さんを見かけなくなりましたし、当然、棟梁とかもいなくなりました。
あの人たちは今はどこでどんな仕事してるのでしょうか。

こんな世界も、大資本の進出に、マーケットを食い荒らされているんですね。
地方の、小規模な企業は、いずれ、中央の大資本に、ことごとく淘汰されてしまうんでしょうね。

人間世界の中でも、多様化は大きな問題なんですね。
絶滅危惧種に入ってしまうんじゃないか、と。
さまざまな職種の人が戦々恐々としているんです。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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