水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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納税者からひと言

下僕という言葉があります。
げぼくとも読み、しもべとも読むようです。
要は、人間関係の位置づけのことで、露骨な表現では奴隷とか、までの解釈ができます。


public servant、これは英語で公務員、つまり役人のことです。
servantとは、しもべ、使用人、召使など、かなり露骨な差別的概念があって、
まさに人間関係の不等式に極みです。


ここでの下僕のテーマは、いわゆる役人に対しての感情的な使い方です。
一般的に、国、地方を問わず、役人・官僚は国民の下僕である、という概念です。
これは単純な人間関係の不等式を意味しているように思われますが、
どうもそんな簡単なことではないと思うんですね。

 

一つは、私達は税金を納める側。
彼らはそれで生活をしている側。
と言う決定的に対峙している関係、
要は、食い扶持を渡す側ともらう側の位置関係から、そう考えるというわけです。
ま、これは社会はどこかで、渡す側と受け取る側に分かれるわけで、
ごく普通の経済原理なんですが、
一般的には、渡す方はお客で、受ける方途の位置関係が不等式である、と考えるんですね。
ですから、商人などは、お客様は神様で、言うことは絶対的に聞き入れる、と言う事なんです。
私は、そのお店側を50年やってきましたが、
よくよく考えれば、ごく当たり前のことで、それがいやしく感じたり、卑屈になる理由はどこにもないのですね。
郵便局の車を荷物ごと乗って、どこかに行くへをくらましたお騒がせ男が、
みんなが遊んでいるときに、働いているのがばかばかしくなった、とか言ってましたが、
それが仕事なんですものね。
私も、若いころ、接客をしながら、みんなが遊んでいるときに働いていることを、

いささか不満に思ったことがありましたが、
逆に、みんなが働いているときに、こちらは遊べるんですから、こんなことは行って来いなんですね。

 

さて、世の中そういう風にぐるぐる廻ってバランスがとれるようになっている。
ところが、一般論的に、国民とか市民とかの塊になると、
どうしても、お役人と言うのは、あちら側に存在しているような気がしてくるんです。
おいそれと、NO SIDE、と言うわけにはいかないんですね。

 

もう一つの不等式に対する思いは、
物事を規制する側にいる、ということです。
何かというと、NOと言い、その根拠を訳の分からない規則だとかを根拠にします。
実際、私は保健所での様々な交渉で、それを切実に感じました。
役人の規則を守るという立場は分かりますが、
その規則を決めた大本は役人なわけでしょ。

以前、子ども食堂を作りたいという思いがあって、保健所に様子を聞きに行ったんです。
そこであれこれ言われて、その条件を満たそうと、様々な知恵を出し、解決策を考え出したのです。
で、書類を持って再度出かけて行ったら、流しの構造がダメだという。
3槽シンク(三つに仕切りがある流し台のこと)でなければいけない、と言うんですね。
で、今度は大きめの1槽シンクを3つに仕切る方法を持って相談に行ったら、
これではだめだという。
では、1槽と区分できる容積はどのくらいですか、という質問に、答えられないんです。
ま、単純に3槽でなければだめだ、の一点張り。
窓口の若い職員は、しばしば困ったような顔をして、窓際のお偉いさんのところで相談するんですが、
戻ってくると、やはりだめだという。
つまり、どこか、国か県かどこかで、3槽シンク死守のような通達でもしたのでしょうか。
正に現状では矛盾だらけのシステムを固持するんです。


わたしは、この制度だって、誰かがどこかで決めたはずで、その先の現場が何故か、と言う原理まで理解しないまま、
金太郎あめのごとく、ダメです、を繰り返すんですね。
その大本で決めごとをしたどこかの誰かに、

私はあなたに拘束される権限を与えた覚えがない、と大声で言いたかったくらいです。

 

まあ、冷静に考えれば、きっとそういうことを決定できる権限が法的に与えられているとは思うのですが、
どう考えても、私達が取り締まられ、取り締まる規則を作り出す側に対して、
そんな権限を委譲した覚えがないんですね。
議員とか首長に関しては、選挙と言う手段を持って、ある決定権を渡しましたが、
誰がどういう基準で採用したのかわかりませんが、
国にしろ、市にしろ、そこの行政府で仕事することの経緯とか、
仕事に与えられた権限の行使とか、誰がいつ頼んだのか、と思うんです。

 

つまり、お役人に対しては、取り締まる権限をいつ与えたのか、と言う疑問が絶えず残っているんですね。
それだけに、公正で真理に基づいた方法の選択をすべきでしょ。
その公正さとは、様々な実態をより正確に把握することから始まると思うのです。


ところがです、行政の中確たる国の省庁が、

判断基準とすべき実態についていい加減な解釈をし、

雑な取り扱いしかしていなかったとしたら、これは問題でしょ。
つまり、不正確な検討材料で検討を進めれば、間違えた選択をしてしまいがちになる、ということです。
恐ろしいことですよね。

 

総務省統計委員会の点検検証部会が、厚生労働省の毎月勤労統計の不正調査問題を受けて、
さらに拡大した調査を進め、その点検結果を発表しました。
232の一般統計のうち154統計で不適切な対応があったと認定したそうです。
「最低賃金に関する実態調査」(厚労省)や「全国貨物純流動調査」(国土交通省)など
16統計でプログラムミスなどによる数値の誤りがあったとか。
「中小企業実態基本調査」(経済産業省)など11統計では調査対象を
一部除外するなどのルール違反もあり、
集計結果の公表遅延が81、調査期間のずれなどが40などが確認されたそうです。
さらに、特に重要度の高い「基幹統計」の56統計においても、24の不適切な対応が指摘されました。
その数、合計で6割強。


つまり半分以上の政策検討要因たるデータが、あいまいな状態だったというわけです。

 

話しは変わりますが、ライフルなど銃には、照星と照門と呼ばれるものがあります。
銃口の先についているのが照星、目に近い所についているのが照門と言います。
この門と星と的を一直線上につなげるように照準を合わせるのです。
いまは、優秀なスコープがありますが、かつての素朴な銃ではそういいう構造だったのです。
この照門の位置がずれていると、どんなに頑張っても的には当たりません。

 

政策決定の基本材料の一つである統計データがあいまいであるということは、
その延長上にある政策が的に当たるように、適切な対応策になる、とは考えられないでしょ。

ただ単に、役人を非難しても仕方ないのですが、
下僕意識の片りんでもあれば、その雑な考えが国民生活に大きな影響を及ぼす、

という責任を考えてもらいたいのです。
これは、国も地方行政体も同じことです。
なんだかんだ言っても、おれたち納税者、という意識は、払しょくできません。
しっかり仕事してもらいたいものですね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 13:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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