水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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炎上

最近、何かというとSNSに投稿された言葉に反応し、
多くの人が、賛否の意見をさらに投稿し、
これに対しても、また別の意見を投稿するなど、
いわば投稿合戦が展開されています。

 

ただの投稿合戦ならば大して問題はないのでしょうが、
これが、中傷や非難が含まれる。
いわば悪口合戦に成り果てているんですね。
正直、どうでもいいじゃん、と言うようなことにも
敏感に反応し、ここぞとばかりの自己主張をするんですね。

正直、このような風潮を好ましく思えません。

 

私も一回だけ、私のブログに、複数名のクレーマーが、
いちゃもんをつけてきたことがありました。
それは、確か、競輪について書いた時のことです。

 

私は、市の財政事情を前提に、考えを整理し、必要な投資と不必要な投資の区分をしっかりすべきだ、
という意見を書いたのです。
で、競輪場が、施設改善として、(聞いた話ですが20数億円の予算)
観覧席を改造するというんですね。
私はいくつかの観点でこれに疑問を投げかけました。

 

一つ、競輪のファンは高齢化が進み、今や一日3000人から4000人程度。
間違いなく売り上げは右肩下がりになっている。
したがって、かつては様々なインフラ整備などに貢献した競輪の上りも、
今や、特別競輪の開催でもない限り、年に数億円と言う現状である。
二つ目、様々なファン回復の企画をしても、笛吹けど踊らずで、
若者、女性客の獲得には至っていない。
三つ目、20数億円の投資を回収できるのに、15年ほどの年月を必要とする。
資金回収の期間が長すぎるということと、
15年後のファンの状況、資産の価値を考えると、

一般企業だったら投資をしないと思う、という感想を書いたのです。

そこで、どうせ投資するなら、競輪に以外にも活用できる、市民スポーツの拠点となるような、
総合的な施設に切り替えたらどうか、と提案したんですね。

 

当時、女子競輪が始まって、PRをしている最中で、
顔より太もも、というキャッチフレーズが使われ、正に炎上中だったのです。
で、なぜかこれが私のブログにも飛び火し、
攻撃の矛先が向けられたんですね。
まあ、と言ってもボヤ程度のことだったのですが、

 

この時書き込んできた人たちは、実に実態を知らぬまま、世間の噂程度で物を言う、
と言うことが分かったんです。
で、その主張から、原則的に、ネガティブに物事をとらえ、
人を誹謗中傷することに自分のアイデンティティを感じている、と言う
自己満足型の人が多かった、と感じたのです。

 

おうおうにして、人は自分の存在感を何らかの形で自覚したいものです。
私はこうしてブログを書いていることも、その一つです。
しかし、ただ自覚したいだけで、人を見下し、卑下することが
相対的に自分の位置を高く感じることと、勘違いしているんですね。
自分自身の価値なんて、自分で感じるしかないことですが、
人との相対の中に見出そうというのはいかにもさもしい。

少なくとも、何を持って価値とするのか、から始まって、

価値のある人生を歩んでいるか、と言う自己批判が前提だと思うんです。
このチェックを忘れると、要は天狗になってしまうんですね。
困るのは、天狗になっているという事実を感じないということです。

まあ、わずかな書き込みでしたが、そんなことを感じました。

 

で、このようなSNSが発達した世の中ですから、
誰もが情報を収集でき、情報を発信することができます。
そこに人生経験や、見識や、大局観などは必要ないんですね。
そう思ったからそう発言した、と言う。
おそらく平常の心で、判断した積もり、
また、正義感を持って反だしたつもりなんでしょうが、
物事を考える基準が浅ければ、正に付和雷同の世界に入り込んでしまうわけです。
これを烏合の衆と言います。

 

これを民の声として受け入れるかどうかは、受け入れる側の判断能力にもよりますが、
ときに、正にポピュリズムにつながってしまうことがあるんですね。
韓国政府が実施した政策の一つに
このSNSを活用しようとしたものがあります。
これは国民の請願ページに1カ月以内に20万人以上の同意があった案件について、
政府が30日以内に回答する、とした制度です。
いかにも、今風な目安箱なんでしょうが、これがあまりに庶民にとって気軽な制度のため、
逆に効果が得られないんですね。
中には、今夜のおかずはどうしたらいい、なんてのがあるらしい。
国の政府に聞くべきことではないでしょ。
ま、ともかく、いいも悪いも、要は使いこなしていないわけですね。

 

しかし、SNSを駆使できる機能を持った携帯、スマホは庶民に行き渡ってるわけで、
手段の広がりとその活用方法は必ずしも一致しているわけではないのです。

だからこそ、諸刃の刃を渡してしまったようなもので、
一人の発言の重みと意味が、すべて同等とは限らないのじゃないか、

と言うチェック機能も併せって進化させてゆかないと、
烏合の衆の声をそのまま民意としかねない風潮を、警戒すべきではないか、と思ます。

 

| 水嶋かずあき | - | 10:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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