水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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覚悟の上とは言え

日本の殺人事件件数は、およそ400人弱。
ほぼ一日一人が、事件に巻き込まれて死亡しています。


殺人発生件数の統計は、人口10万人を基準に算出されます。
日本では、その数字が、0.28人。
平塚は、人口25万ですから、計算上は0.7人という数字。
ちょっとこれも多いかなと思うのが実感です。
だって、3年で2人ですからね。
そんなには殺されてないだろう、と思いませんか。
最もこの数字のベースは全国平均ですけど。

 

で、数が多いというと、第一位はエルサルバドル。
なんと年間指数が、83。
10万人で83人ですから、平塚に換算すると、207人。
1週間でほぼ5人。
平塚の警察だたら、捜査したり取り調べたり、正にお手上げでしょうね。
東京都の人口が、1380万人ですから、東京で換算すれば、1万1千人余り。

一日30人が殺されるのです。
いや正に、繁華街の路地には死体がゴロゴロしている感じですね。
まあ、凄い国です。
続いて第2位はホンジュラス、あと、ベネジェラ、ジャマイカなど、

中南米の国々が物騒な国と言うことになります。
で、先進国では、ロシアが11で、日本の40倍。
アメリカが5.3で、日本の20倍。
ま、ともかく、世界の国々は危険が内在しているんですね。

 

で、日本については、安全と言えば安全なんでしょうが、
大問題が一つあります。
それは、発生する殺人事件の55%が親族間の殺人と言うことです。
息子が親を殺したとか、先日の元農水省事務次官のように、親が子供を殺したとか、
よくある、若い親が幼い子供を殺したとか、
老々介護の果て、看病に疲れて、夫が妻を殺したとか、
まあ、2件に1件は家族間の殺人なんです。
これはおぞましいでしょ。


川崎の小学生殺傷事件とか、今回の元事務次官殺人事件とか、が発生すると、
基本はどうも家族間の問題が、何らかの要因で増幅してしまい、
それは殺人に向かってしまう、ということのようですね。
そこで、その責任は、家族関係に原点があると思われるわけです。


上級国民による池袋の暴走事件も、基本は家族内でコントロールすべきだったんでしょ。

家族は、一つ屋根の下で、毎日一緒に暮らしているんです。
寝食を共にし、同じテレビを見て、共感し合い、
特に、親は子供の成長のため、とてつもない努力をするでしょ。
子は、その姿を見てきているはずですが、
どこかで、自我の目覚めとともに、見るべき方向が、ずれ始める。
外的な要因、例えば学校でのいじめとか、劣等感の増幅とか、
自分の不都合を、人のせい、物のせい、社会のせいにするようになる。
責任を取ろうとしない。
それを家族が、修正するような働きかけをしない、
又は、できない。
そうこうするうち、家族内での離反が始まる。
当然、社会とも離反してゆく。


なんか内在するものとして、否応なしに孤独な世界を作り上げていってしまうんですね。
あるところまでゆくと、家族ですら修正できなくなる。
きっとお手上げ状態なんでしょうね。
家族の誰だって、今を生きるのが精いっぱいだとしたら、
ちょっとずれ始めると、家族であれ、その一員のことを構いきれないんでしょうね。

 

私は、こう考えています。
人間と言うのは、そもそもが社会的な動物ですから、
群れの中での存在感を自覚できる事が必要だと思っています。
自分は、有為な存在であると。
しかし、なかなか順調にそのことは得られないことが多い。
ですから、基本的な性格が、ポジティブなら、何とか方法を見出してゆくのですが、
性格がネガティブだと、様々な信号を受けられなくて、
自分勝手に、自分はダメだと決めつけてしまう。
ま、これがネガティブな性格の原点なんですが、
その結果社会との融合性を失う。
孤立する。
ひどい場合は、その延長で、正常な考えを失ってゆく。


正常な考えとは、社会的で協調的な考えの事です。

今回の元事務次官の場合、そうとうに冷静に、しかも、覚悟を持っての行動だったと思うんです。
年は、私と同級生。
きっと順風満帆の人生だったんでしょうね。
もちろん人一倍の努力はあったと思いますが、
努力をすると言うのは、実はそれ自身が性格ですから、

傍で見るほど本人は大変じゃないんです。
で、仕事の上でも正に天辺を取った。
それなりに見識、人格、経験など優れたものを持っていたわけでしょ。

 

しかし、ふと気づくと足元の息子のことに親としての対応が不十分だった。
きっと仕事優先だったんでしょうね。
それが、そういう行動に出たというのは、

その覚悟よりも、親として、最も息子のことを熟知している人間として、
それだけに、退任してから後悔が始まったんではないかと。
考えに考えた挙句の結論なんでしょうね。
これは彼なりの社会観と正義感の表れです。


もちろん、人ひとりの命を奪うというのは、たとえ親であっても、

許されることではないと思いますが、
私は、毅然と前を見て、テレビカメラの前に姿をさらした姿に、

覚悟の強さが表れていると思いました。
多くの無頼漢が悪行の果てに、官憲に確保され、

目深に帽子をかぶったり、マスクをしたりと、
その肝っ玉の小さい所業をよく見かけますが、
私は前を向いた元事務次官に覚悟のほどを見て取ったんですね。

 

家族の絆が壊れ始めて、その結果がこう言う不幸を作り出している。
日本社会としてこれらの問題に対応することには限界があると思います。


残念ですが、そういう流れを私達は

受け止めてゆかなくてはいけないんですね。
本当に残念です。

| 水嶋かずあき | - | 19:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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