水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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喧嘩両成敗

こんな言葉、今でも生きているのでしょうか。
それは喧嘩両成敗。
喧嘩と言うものは、そのきっかけは実に些細なものです。
ですから、布石と言うか、根底に蔑視や、遺恨、妬み嫉み、時に劣等感など
様々な心理的なマイナスが作用し、これがなんらかの前哨戦のようなものになり、
これらが根底にあって、これまた些細なきっかけで、怒気が膨れ上がってゆく。
正に最終的には売り言葉に買い言葉、時に暴力沙汰に発展していしまいます。
何だか個人的には喧嘩ですが、
国対国なら戦争ですね。

 

で、これは江戸の頃の争いごとのお裁きの原則でもあったと思うのですが、
喧嘩両成敗。
要は決定的にどちらかが悪いなんてことはない。
喧嘩売られる方も売る方も、どっちも問題あり、と言う事なんですね。

 

話しはガラッと変わりますが、
以前、四宮の裏路地で、体調も悪く、いささか、ぼおっとした状態で、車を運転していたのです。
そして信号のない交差点で、右から来た車と接触。
相手の車のフェンダーあたりに傷をつけてしまいました。
冷静にあたりを見たら、こちらは一時停止の標識が立っていたのです。
いいか悪いかと言えば間違いなく、こちらが悪い。
そこで、お降りて行って、相手方に、謝罪しました。
で、その時、修理等の費用がかかるでしょうから、こちらが全面的に持ちます、
と言ったんです。
で、その後、保険会社に連絡し、処理を依頼したら、
信号のない交差点での事故は、最大で1:9、間違っても0:10と言う責任比率はありません、
ときっぱり言われたのです。

つまり全面的に費用を持つ必要はない、と言う事なんですね。
片方が一時停止のマイナー側であるということは、一方が優先性を持っている。
で、優先性があろうと、車が信号のない交差点を通過するときは、減速し、

事故を未然に防げるような状態にすべきなのだそうです。
つまり、こちらが優先道路であっても、事故を防ぐ注意は、課せられている、ということですね。
そこで、その責任があるので、0:10と言う責任比率はないのだそうです。

なんか喧嘩両成敗に似ていないですか。


この両成敗の精神は、こっちもそっちもと言うことではないのです。
喧嘩をするということそのものがよくない事であって、

しかけられて、受け身だから分があるというわけでなないのですね。

 

よく、アメリカ国民が、忘れまい9・11みたいなことを、アメリカ国家の悲劇のように言いますが、
そもそもで言えば、アメリカが中東の国々に、ちょっかいを出し続け、
挙句の果てに湾岸戦争など、大義なき戦争を展開してきたわけです。
これによって、アラブ系の国によっては、多くの犠牲者を出してきた。
当然一部の人間は面白くない、と反発する。
まあ、当たり前ですよね。
友が、家族が死を迎えたのは、アメリカのちょっかいだ、ということなら恨みを持つでしょ。
その反動の一つがあのテロだったわけです。
9・11だけを切り取って論ずるのは、

すくなくとも喧嘩両成敗の精神からスレば、あるべきことではないでしょ。

 

さて、長々前置きを書きましたが、
こんな記事を読みました。
けんかではなくいじめ、だと。


2016年に新潟の県立学校の生徒が同校の生徒の足をひっかけて転倒させ、

左腕を骨折させる出来事があったのだそうです。
ま、よくありがちなことですね。
当初、学校は生徒同士のけんかと判断したのですが、
被害生徒側が意義を申し立て、県教委の第三者委は「いじめに当たる」と認定。
一方、加害生徒側の代理人は
「被害生徒に悪口を言われたことが原因で、被害生徒によるいじめもあったと認めるべきだ」と反発。
で、第三者委が調査報告書を公表。
被害者の男子生徒はその前から、1学年上の加害者の男子生徒の悪口を友人らに話していた。
これに腹を立てていた加害生徒はが、生徒玄関から出た被害生徒に足をかけて転倒させた、と言う経過です。

学校は当初、被害生徒と加害生徒の関係を「いじめ」でなく「けんか」の状態だったと判断しました。
その後、被害生徒の母親からの申し立てを受けて再調査。
国の指針の改正で「けんか」であってもいじめに該当するケースが加えられたことから、
学校側は昨年1月に「いじめに当たる」と判断を覆した、ということです。

 

ま、言っちゃあなんですが、けんかといじめの違いがよく分からないのですが、
加害側はけんかと言う認識、被害側はいじめと言う認識。
その違いで何がどう変わるんでしょうね。


申し訳ないけど、この出来事、国も含めてですが、
物の本質をきちんとは把握していない。
だから、指針の改定についても、その得るべき成果、当然ですが、いじめとか喧嘩を減少させること、
を明瞭に目標化していないんでしょうね。

けんかがいじめになったからと言って、この二人が和解したとかはないようですし、
これに影響を受けて、その学校、またはその地域でいじめが激減したとかの成果もないようです。

 

もっと、人間関係を素朴に見る必要があるんじゃないでしょうか。
けんか両成敗に見るその精神をしっかりと認識すべきですね。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 11:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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