水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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8月1日、私の記念日

またも思い出話です。

 

今から31年前の1988年8月1日のことです。
この年は、初夏に研修船の講師として乗船し、2週間の船旅を経験しました。
秋には、サンフランシスコでの七夕太鼓の公演が予定されているなど、
何かとにぎやかなスケジュールが多く、
まあ、半分お楽しみのスケジュール満載で、実に充実した時期だったんです。
で、その日の朝、なぜこんなにハッピーな日々が続くんだろうと、
妙に不安になったんですね。
本来の意味ではありませんが、好事魔多し、と言った感じでしょうか。
こういう時って、どこかでどんでん返しが来るんだよな、
なんて妙に殊勝な気持ちになっていたんです。

 

で、いつものように自転車にまたがり、松風町の自宅から紅谷町のお店に向いました。
この自転車は、ナショナルの自転車で、結構いい値だったんです。
要は車体が軽い。
自転車って、車体重量が軽いほどスピードが出るんですね。
したがって、この自転車は、結構速く走れたんですね。
この時私は、御年44歳。
まだはつらつとしていたのです。
で、自称、下り坂の中野浩一と言ってました。
下り坂ですと、楽に加速できるでしょ。
平坦だと、足が続かない。
で、条件付きで下り坂の中野浩一だったんです。

 

家を出て、中央地下道にさしかかろうか、と言った時のことです。
信号待ちしていた路肩側に郵便局のバイク、道中央寄りに軽自動車。
信号が変わった瞬間ですから、バイクも軽も、もたもたしていたんですね。
中央地下道に入ると下り坂ですから、
私は、中野浩一を気取って、尻を上げて、一気に踏み込みました。

自転車にしては相当な速度になっていました。
軽とバイクの間をすり抜けられる、と思ったんですね。
ところが、ほんのちょっと、バイクにに接触したんです。
私はバランスを崩し、何メートルか飛んで、

段差のある左側の路肩にいったん叩きつけられました。
で、その反動で、歩道の上にあおむけになって転がったんです。
ものすごいショックが全身を襲い、息もできない。
痛いを通り越しているんですね。

 

で、話は変わります。
その年の青年会議所の国際交流委員会の委員長を、みどり会館の成田さんしていたのですが、

彼は韓国籍だったので、韓国の釜山青年会議所と姉妹締結すべく、
事業を進めていました。
で、話しも煮詰まり、釜山のメンバーが平塚にやって来て、具体的な調印をする、
というところまでこぎつけたんです。
私は、たまたま韓国青年会議所と、ささやかな交流があったので、
彼は表敬的な意味で、私を釜山と平塚のメンバーの朝食会に招待してくれたのです。
ところが、その当日の朝、ころっとスケジュールを失念し、
昼過ぎになって、そういえば今日は朝食会があって、参加すると返事をしていた、

と言うことを思い出したのです。
夜の立食のパーティならともかく、朝食と言うのは、間違いなく着座の席でしょ。
OBと言うこともあって、きっと上の方に席があったはずです。
そこがポツンの空席になってしまった。
いやいやこれは申し訳ないことをした。
成田さんの顔をつぶしてしまった、と、えらく反省したんですね。

 

ともかく、謝りに行かなくては、と考え、予定としては、
その日の午後にでも出かけてゆこうと考えていたんです。

で、肝心なところでの事故。

 

私はうんうんうなりながら、歩道に転がっていました。
軽を運転していたおばちゃんが、駆け寄ってきて、
私は何も悪くないよね、と念を押すんです。
そう、俺が原因の事故だからあなたは、さっさと、車に戻っていい、と言いました。
郵便局の配達員は、その場で、本局の事故係に電話をしていました。
で、通りすがりの人が人の顔を覗き込むんです。
郵便局の配達員は、私のところに来て、救急車を呼びましょうか、と。
何故か私は断ったんですね。
ま、何とかなるだろう、と思ったんです。
しかし、ま、ともかく苦しい。
痛いじゃなくて苦しいんです。
涙が次々と流れてきて、周りが良く見えない。
と、私の顔を覗き込んで、水嶋さんじゃないですか、と言う人がいる。
かすんだ視野で見えたのは、あの、成田さんだったんです。
大丈夫ですか、と心配しているんですね。
そりゃ、自転車はひしゃげているし、右腕は擦り傷で、血を流しているし、
まあまともじゃない。

 

で、成田さんと分かった時、
私は、なんというめぐりあわせだろう、と思いました。
と、即座に、この間は、朝食会を欠席してしまい、誠に申し訳ありませんでした、と
息も絶え絶えに謝ったんですね。
彼は私の顔を覗き込みながら、そんなことどうでもいいじゃないですか、
それより救急車呼びましょうか、と。
さすがに苦しさが取れないので、呼んでください、とお願いしました。

まあ、救急車が来るまでの時間の長かったこと。
また、市民病院にたどり着くまでの長かったこと。

 

成田さんには、迷惑をかけたうえに、肝心なところで助けてもらいました。

 

浮かれて過ごしていたつけが、一気に回ってきたわけです。
毎年8月1日なると、このことを思い出します。

 

| 水嶋かずあき | 思い出話 | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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