水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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寛容の民族

今朝の広島市における原爆死没者慰霊式・平和記念式典において、
松井広島市長の挨拶をテレビの中継で聞きました。
普通、こういう式典の開会のあいさつと言のは、
簡略に終われば、それでよしとするところがあるでしょ。
内容はともかく、長いのは勘弁してほしい、みたいな。
まして、朝の8時そこそこの時間帯とは言え、あの暑い野外でのことです。
しかし、自らの言葉で語りかけ、見識の豊かさと慈愛の視点は、
その誠実な人柄を十分に感じさせるものでした。

不思議と、もっと聞いていたいと感じるほど、心に沁みてくるものでした。

 

その中で、インドのガンジーさんの言葉が引用されていました。
「不寛容はそれ自体暴力である」と。
これって初めて耳にしましたが、素晴らしい言葉です。

 

私は、この広島の出来事について、いつも考えるんですが、
もし、このことが違うシチュエーションで行われたとしたら世界はどんな判断をするのか、
と言うことです。
現実は、上空に飛来した爆撃機が、原子爆弾を投下し、およそ14万人が死に至る、
と言う被害が出たわけです。
例えばです、これが、膨大な数の敵兵が上陸し、
銃を乱射し、手りゅう弾を投げつけ、戦闘員、非戦闘員の区別なく、次々と射殺したとします。
その数14万人。
これって、きっと広島大虐殺として世界史に残る出来事になっていたでしょうね。
もちろん、原爆投下、と言う人類が初めて経験する暴挙としても、
十分、歴史的な出来事だとは思うのですが、
それ以上に、その残忍さは記憶に刻まれるはずです。


何故か、空からの爆弾、という形のため、大虐殺と言う概念が薄いんですね。
私は、手段がどうであれ、これは虐殺の一つだ、と思っています。

で、このような流れの結果、日本は敗戦に追い込まれます。


そして、一息ついて、焼け跡を片づけ、たくましく生活を再興させ、
経済の回復に合わせて、国民の生活は安定してきました。
で、当初、連合軍に占拠されたという経緯があったにせよ、
極めて、従順に日本人は反省したのだと思います。
まずは平和憲法を定め、二度と戦争のない国になろう、と決心したのです。
簡単に言えば、前を向いて日々に努力をしたんですね。
言うまでもなく、それは結実し、目覚ましい復興と経済の成長、
やがて、世界経済のリーダーシップを発揮するまでになりました。
ついこの間までの焼け跡の国がです。

私はそういう日本国民であることを誇りに思ってきました。


そして、やればできるの世界を実現してきたのですが、
その根底にあったものはなんだったんだろう、としばしば考えます。

改めてですが、そこに寛容の精神があったからではないか、と。
広島、長崎の大虐殺があってもなお、
日本国民は、負の経験を寛容の心で処理し、

世界の国々と望ましい関係と相互の信頼を取り戻し、
未来を見つめる姿勢を崩さなかったことだと思うのです。
これが、もし、不寛容の精神があると、絶えず過去を見る、
耐えず、非を非難する、ささやかな利己的利益を得ようとする、

と言う事になってしまうと思うんです。
熱いお灸を据えたアメリカに不寛容だった歴史はないですね。
大虐殺だったという非難もない。
ただ、自分たちが受けた悲劇は、もう繰り返さない、という姿勢です。
これこそ寛容の極致でしょ。
愚痴も言わない、相手も責めない。
ただその経験を他の人にさせたくない、とそれだけです。

 

どこかの国の人にそんな涵養のかけらでもあれば、

明るく楽しいお付き合いができるんですけどね。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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