水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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歴史は誰がつくる

日韓のさまざまなもめごとの背景には、必ずと言っていいほど歴史の蒸し返しがあります。


これは、歴史とは何か、という概念が定まらないと、何とも評価ができないのですが、
冷静に、歴史とは何か、を考察すると、
単純に定義すれば、過去に起きた出来事、それも事実のことです。
時に、その後、事実を押し曲げる力がはたらきますが、これもまた事実で、歴史でもあるわけです。
しかし、過去のそのある瞬間には、様々な出来事が同時に起きているのであって、
そのどれをピックアップするのかによって、歴史と言う流れは変わってしまいます。

庶民の様々な生活の事実を主人公にすればそれなりの歴史になりますし、
権力者の言動とそれによる組織・国家の動きを中心に見れば、

それはそういう歴史になります。

 

要は歴史とは、後世の人間が作り出すものなんですね。

傲慢な視点で過去を見るか、

謙虚な気持ちで過去を見るかによって、人間が作りした歴史は様変わりをします。
言い換えれば、歴史として伝承されている時の流れは、そういう事実もあったということで、
そのある時が、それ以外のことは無かった、ということではありません。

 

歴史とは、後世の人間が編纂した、編纂人の視点による過去の一部の事実と言うことになります。
これ以上でもこれ以下でもありません。

したがって、歴史とは時に偏見や曲解が混じることがあるわけです。

 

一つの例で考えてみます。
前のブログでも触れましたが、靖国神社についてです。
明治の初期に明治天皇の発意によって創建された神社で、
日本国の新たなる建国のため、犠牲となった英霊を祀るところ

として運営されてきました。
まあ、これは事実です。
で、ある時、松平某と言う宮司が、戦後、戦犯として処刑された人も合祀します。
これもまた事実です。
で、これがあと100年とかそれ以上の年月が経った時に、
きっと、A級戦犯としての戦争犯罪を許し、祖国の建国の英霊として受け入れた、
と言う解釈になるでしょうね。
歴史と言うか時の流れと言うのはそういうものです。
でも、受け入れたとか許したというのは一部の人のことでしょ。

 

さて、日本の国民性と言うか、韓国の国民性と言うか、
基本的に歴史観が異なっているため、

韓国がしばしば持ち出してくる歴史観による日韓の軋轢は、
民族の基本的構造が違うので、時に折り合わなくなるわけです。
確かに現政権は、北への募る思いが根底にあるので、強硬な視点を押し付けてきます。
日本人は、その根底の歴史観を理解できないので、戸惑います。
しかし、あまりに横暴な言動が続くので、
いささか辟易としてきたのが、現状のさまざま貿易戦争と言われている状態ですよね。
まあ、仏の顔も三度、と言うところでしょうか。

 

ある韓国の歴史に詳しい人が、韓国の歴史観について触れていたのですが、
そもそも歴史観と言うのは、教育課程でその基礎が尽きられます。
子どもの頃に、こんこんとある色を付けてしまうと、そういうものだ、と思い込むんですね。
で、韓国の歴史教育なんですが、
韓国では「歴史」も「道徳」なんだそうです。
実際、「社会科」は「道徳」と同じグループの科目で、
歴史を学ぶ意義は、国民全体で「民族主義の重要性」を確認すること、という考え方なんですね。

 

さて、では道徳とは何か、でしょ。
道徳の基礎は、人間同士いかに仲良くするか、じゃないですか。
仲良くしようとするところに、他への敬意も育まれれば、
寛容の精神も生まれてくる。
恨みや嫉妬は、無くす努力をすべき、と言う事でしょ。
そう言うあるべき方向を定めれば、

協調、融和の世界が登場し、これこそ道徳の成果ではないですか。

その原点である道徳の在り方を、偏った現政権の意向で偏向させるとしたら、
韓国の正しい歴史は、埋もれてしまい、

怨念の歴史だけが受け継がれてゆくのではないか、と思うのです。

 

ま、余計なお世話ですが。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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