水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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刺青に対する忌避感

日本人は、おおむねのところ、刺青を嫌うようです。
私もそうです。
なんとなく、このましくないと言う印象が強いんですね。
ですから、それがたとえワンポイント的なものであれ、
刺青を入れようという神経が理解できないんです。

 

日本では、刺青に関してかなり複雑な歴史があるようです。
その原点は、実は女性にあって、
時に迷信に近い観念から入れたり、時に化粧に近い概念で入れたり、
つまり、美しいという優越感ですね。
場合によっては、病気を避けるという意味の魔除け的なものであったり、
既婚を象徴するものであったりしたようです。
しかし当然ですがそれはある時代を過ぎるとブームは去り、
刺青を入れる女性は居なくなります。


一方、江戸の頃に、刺青は花開きます。
色、絵柄ともある種の芸術的なまでの高まりがあります。
当然、平行して、専門職が現れます。


まあ、これはフィクションでしょうが、
遠山の金さんが、お裁きの時に、方肌を出して、
桜吹雪を見せつける、と言うシーンがありますが、
まあありそうな話ですよね。
これは、本来武士は殆ど刺青をしませんでした。
でも金さんが刺青をしているということは、
いわば庶民感覚を身に着けている、ということの表れとして、
肝心要のところで刺青を披露したのかもしれませんね。

 

火消しなどの鳶の職方や飛脚などが、かなり積極的に刺青を入れていた様で、
正に火事と喧嘩は江戸の華と言われていたように、
火消しが意気がって刺青を披露したのかもしれません。
そもそもが、裸での活動が多く、その意味ではある種の着衣替り、だったようです。
まさにこれはそういう文化なのですから、
当時はそれなりに容認されていたのでしょうね。

 

しかし、明治5年、開国し、他国との交流が始まると、
国際的な評価を気にする政府は、刺青を禁止するようになります。

みっともないと思ったんですね。
彫る方も、彫られる方も罰せらました。
旧来からの女性たちのイレズミが習慣として残っていた
沖縄やアイヌでもこれの影響で、
警察に逮捕されたり、挙句の果てに、手術や塩酸などで除去されたりしたそうです。


当然、そうなると、刺青文化は、大きく後退します。

 

太平洋戦争が終わって、占領下になると、
この刺青禁止の法制は解除されます。
しかし、日本人の意識の中に、刺青は悪、と言う概念は生き続けます。
とは言え、やはり年月はそういう意識を薄くするもので、
徐々に、ファッションとして刺青をする人が増えてきました。
まあ、今時ではタトゥーと言いますが、何と表現しようと刺青は刺青です。


ある調査では、日本人の1.6%の人が刺青をしているようです。
ちなみに欧米では、およそ25%の人がしているようです。
よくサッカーのヨーロッパのリーグのゲームの中継など見ると、
大半の選手が刺青をしていますね。
今、熱戦中のラグビー選手もしかり。
まさに国民的な感覚の違いと言えば違いですが、
歴史的な経緯の中で、
1.6%対25%と言う差が生まれるのは、正に概念の違いなんでしょうね。
それもそれぞれの民族の歴史的な経緯が影響しての話です。

 

来年は、東京五輪の年。
この意識の違いが詰まらぬトラブルのもとにならなきゃいいですけどね

| 水嶋かずあき | あれこれ | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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