水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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重敵討ち厳禁

検察改革とかいって、韓国の中で、権力的であった検察の改革が進められているようです。
確かに、一度権力の座を追われると、というか外れると、
驚くほど凋落した人生が待っているようで、
日本人にとってみれば、あの豹変ぶりがどうしても理解できないんですね。

 

2002年、ナイジェリアのサッカーチームが平塚で事前キャンプを張ったことがありました。
この時、キャンプ誘致の市民運動にかかわっていたので、
ナイジェリアに決まったとき、実に不思議な気がしたのです。
と言うのは、確か、富士宮に内定していたんですね。
それこそ4コーナーを廻って、いよいよ直線と言う時になって、
平塚に切り替えてきたわけです。
平塚としてはラッキーでした。
可哀そうなのは富士宮。
かなり話が進んでいて、地元でもあれこれ手を尽くした活動があって、先ずは決定か、と言う寸前で、
取りこぼしてしまったわけです。

 

この不思議な決定の変更は、時に、周囲から、
そこそこに金を積んだんだろう、ぐらいのことは言われました。
このころの平塚の誘致担当者とは情報を密にしていたので、
正直、そんなことはかけらもありません。
つまり、傍からみて、それほど不思議な切り替えだったのです。

 

で、これは推測なんですが、恐らくこうだったろう、と考えました。
まずは、ナイジェリアと言う国の成り立ちです。
昔はイギリスの植民地でした。
で、その頃のことですから、ヨーロッパの列強が、未開のアフリカの地にやってきて、
えいやっと、線を引き、ここからここまではうちの植民地だ、と決めつけたのです。
もちろん現地の事情など斟酌しません。
で、その後、植民地から撤退し、あなたたちに返します、と、

結果として今のナイジェリアが建国されたのです。
問題は、この国と線引きされた地域には、3つの部族が暮らしていました。
よくあることですが、隣接する部族はそれぞれに競合関係にあり、
昔から、年がら年中争いが起きていたのです。
仲の悪いA・B・Cの部族が、好むと好まざるとにかかわらず一つの国家を形成することになったのです。
しかし、国としての統治形態をとります。
Aの部族出身の大統領が誕生すると、ああだこうだと難癖をつけ、

BおよびCのトップリーダーは投獄されます。

時に変死をするのです。
でその後、Bのトップリーダーが大統領になると、今度はAの部族の長が投獄されます。
これをA・B・Cと繰り返してきた歴史があったのです。
で、ナイジェリアは、アフリカでは優秀なサッカーチームだったのですが、

ワールドカップ直前のアフリカ大会で、3位に甘んじます。
これはナイジェリア人にはお気に召さなかったようで、時の監督が交代させられます。

 

簡単に言うと、Aの部族出身の監督から、Bの部族趣旨印の監督に変わったのです。
新監督は、前監督の決めたところは気にくわない、とだだをこね、

キャンプ地が宙に浮いたところで、たまたま平塚に目が向き、
そこで平塚になったといういきさつがありました。

 

なんか韓国ってこれに似てませんか。
文大統領辞任要求の集会の横で、文大統領支援の集会が開かれるわけです。
保守だか革新だか、AだかBだか知りませんが、
大統領が変わるたびに前任者への復讐のごとき対応を取る、と言う事でしょ。
正に仇討ですよね。
怨念を持ち続ける、と言うのも仇討の精神でしょ。

 

日本でもかつて仇討の精度が公的に認められていました。
江戸時代のことです。
でもこれには、厳しい決まりごとがあって、
父母や兄等尊属、つまり身内の年上の関係、ということで、
尊属の親族が殺害された場合に限られていて、卑属(妻子や弟・妹を含む)に対するものは
基本的に認められなかったのです。
さらには、家臣が主君のために行うなど、血縁関係のない者について行われることは殆どルール外のことでした。
赤穂の四十七士の仇討も、これはルール外のことだったので、
参画したものは殺人者として切腹させられたのです。

 

敵討ちをするのは、武士身分の場合は主君の免状を受けなくてはいけません。
そして、他国へわたる場合には奉行所への届出が必要で、
町奉行所の敵討帳に記載され、謄本を受け取る、という手続きが必要でした。
さらに、重敵討、といって、敵討ちをされた側が、

さらに敵討ちをし返すと言うのは厳禁されていました。
でないと延々と敵討ちの輪廻をしてしまうからです。
一度、敵討ちが成立したら、もうそれで終わりなんですね。
いつまでもグダグダ恨み言を言ってるんじゃない、と言うわけです。

これって、日本民族のいさぎよさの表れでしょうね。

この精神と精度をお隣も取り入れたらどうでしょうか。
過去を見る恨みもほどほどにしないと、前身はない、と言う事なんですよね。

| 水嶋かずあき | - | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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