水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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お客様は神様です

結構普通に「お客様は神様です」と言う言葉を聞きませんか。
特に、サービス業などでは、その神髄のごとく、お店の人間は、お客様に対して、
絶対不可侵のごとき領域に存在するものと言う概念になっているでしょ。
どんな要求も、はいはい、と受け入れる。


もちろん、お店のルールはルールであるんですけれどね。
例えば、生中一杯350円、というなら、お客は350円支払うわけでしょ。
お客様だから、そう、神様だから、と300円に値切ることはない。
つまり、神様も、生中350円というルールには従うわけです。
ところが、サービス業と言うのは、伝票に付けないサービス行為が山ほどあるわけですね。
最大のものが笑顔でしょうか。
にこっと笑うたびに、笑顔1なんて伝票にはつけません。
日本では、お水がやはり伝票に付けないでしょ。
おひや、とか、上り際のお茶など、伝票にはつかない。
そう言えば、国によって、水は伝票に付くところがあると聞きました。
その国の人が日本で食事をして、お水が無料と聞いて感心するのだそうです。
ま、ともかく、ほぼ、この国でのサービス業は、それなりにお客様を中心にサービスが行われます。
そしてその根底に、お客様は神様、と言う概念で、仕事の基礎を固めているんですね。

 

なんかあれば、だってお客様は神様ですから、といって、

お客様の、時に横暴な要求を受け入れるわけです。

 

そもそもこのお客様は神様ですというのは、かつて演歌界の大スターだった
三波晴夫さんが言ったことがもとになっています。
でも、私達が使っている言葉の内容と、ちょっとニュアンスが違うんですね。
三波さんは、こう言ってます。

『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って、
まっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な芸をお見せすることはできないと思っております。
ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。
また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。
ですからお客様は絶対者、神様なのです』と。

で、その後この言葉が独り歩きし、いつの間にか、
一段低くなってお客様に接する心構えとして、お客様=神様という位置づけなら、
グダグダした反論もあるまい、という感じで安易に使われてきたんですね。

 

しかし、解釈を曲げようと、実態で言えば、なかなか説得力のある言葉で、
サービス精神を身に付けようとするとき、お客様は神様と言う言葉は、とても効果があるんですね。

で、このことは、サービス業の基本的な概念として定着し、
いまでは、ほとんどのサービス業はこの精神にのっとって、
実に丁寧な接客するようになりました。


一方で、この傾向を定着させたものとして、マニュアルの存在があります。
まあ単純にこれに従って行動すれば、間違いは起きない、というものです。

しかし、マニュアルのよう行動は、一定のレベルアップにつながりましたが、
一方で、人間味に欠けるようなことも生じてきています。

 

あるファーストフードでのやり取りです。
その人会社で、突然、急ぎの仕事が入って、社員一同で、
バタバタと対応せざるを得なくなったんです。
で、支店長込みの6人の小さなオフィスだったんですが、
どう考えても、残業が、3〜4時間にはなりそう。
2時間ほどたった時、支店長が立ち上がり、みんな腹空いただろうと、
近くにあるファーストフードで、ハンバーガーだのフライドポテト、
それに飲み物など買ってくると言って、出かけて行ったんです。
で、お店のカウンター越しに注文が終わると対応した店員さんが、

きわめて丁寧な言葉で、
お客様、ただいまのご注文は、店内でお食べになりますか、

それとも、お持ち帰りになりますか、と言ったんですね。
支店長は、驚いて、あんた、常識で考えて、おれが一人でこれだけ食えないだろう、と言ったそうです。
全くマニュアル通りにしか頭が働かないんだから、とぼやいていました。

 

しかし、間違いなくマニュアルはサービスのレベルアップにつながっています。
それは、お客様は神様ですの精神が根底にあるからなんです。

最近、お店によってはお客様に対して受け身であった関係を、いささか転換し、
お店からの注文をお客様に付けることがあるようです。

SNSで話題になったことなんですが、
ある飲食店に貼られた貼り紙の内容が投稿されて、賛否の意見が出ているといるようなのです。

 

これは店に貼りだされた紙に、「すいません禁止」と言うお客への通告です。
確かに、私達が、たとえば居酒屋なんかに行った時、バタバタ接客に忙しく動き回っているウエイターなどに
追加の注文をしようとすると、何らかの声を掛けなくてはいけない。
おーい、と言うのもいくら客とは言え横柄でしょ。
で、定番のすいませーんとなるわけです。

 

私は、このすいませーんにいささか抵抗がありました。
だって、ほぼ新たな追加のために呼ぶわけですから、
お店にとっては売り上げが増えるありがたいことでしょ。
で、声を上げなければ、なかなかこちらに来てくれない。
でも、すいませーんと言うのは、謝りの言葉ですよね。
なんの落ち度もないのに、どうして謝らなくてはいけないのか、と。

そしたらこの記事です。
我が意を得たりと読んでみました。

 

で、すいません禁止の代わりに、なんと言わせようとしているのか、です。
詳しくは分からないのですが、要は、店員の名前を呼んでほしい、と言うんですね。
実はこれはそれなりにうっとうしいでしょ。
いま、ちらっと見えたあの人の名前はなんと言うのか、なんて誰も知らないでしょ。
それとも、着席すると、全店員がやってきて自己紹介でもするんでしょうか。
何より、名前が認識できたとして、山田という店員さんに、
やまだ、と呼び捨てにするんでしょうか。
やまださーん、とさん付けにするんでしょうか。

ま、どっちにしてもうっとうしい話でしょ。
こう言いうことを、客に要求するというのは、
お客様は神様ではないんですね。

 

| 水嶋かずあき | グルメ | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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