水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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犯罪者の人権

テレビの画面で、様々な事件についてニュースなどで、

護送中の犯人や、現場検証に立ち会う容疑者や、時に現行犯的な事件の生々しい様子や、
まあ、様々な怪しい人物が登場しますが、
何故か、顔を判別できないような、ぼかしが入っていることがあるでしょ。
昔はもざいく、今ぼかし、ですね。
個人情報とか肖像権とか、時に人権的な配慮だと思うのですが、
少なくとも、警察にしょっ引かれて、連れてゆかれるものは、それなりの理由があるわけでしょ。
でも、時に顔にぼかしが入っている。

これは単なる人権という問題なのでしょうか。


中には、何の配慮なのか、顔はまともに映しているのに、

手錠を掛けられていると思うのですが、その手錠と思われるところにぼかしを入れる。
一体何が基準なのか、と思うんですね。
もし人権とかを優先して考慮しているなら、顔はぼかしでも手錠はありでしょ。
それが逆になっていることがあります。
この辺の取り扱い方が、いまいち整然としていないように思うんですね。

これはマスコミの考えが、と言うことです。

 

肖像等に関しては、何かクレームが来た時に、逃げ延びることができるために、
ぼかしを入れる。
クレームに、法的な要因も含めて、対処できそうもない、と考えると、

安全圏にいたいので、ぼかしをいれる、というような気がするんです。

例えばです。
ある有名人の生い立ちかなんかを映像化するとします。
すると、2〜30年ぐらい前の学生時代の集合写真かなんかが出てくる。
と、ご本人の周りの人が、ぼかしが入っていたりするんですね。
よく分からないのですが、その該当者にこう言う番組であなたが映っている写真を出しますが、
顔出しOKでしょうか、とか聞くんでしょうかね。
何も、なんの悪いことでもないわけで、そんなことまで神経使わなくちゃいけないんでしょうか。

 

実は、私もSCNクラブの作品で、担当月の時に番組制作責任者として

カメラをかついで行って撮影をします。
一般的な集合体を取るときは、一応、趣旨を説明し、顔出しNOの方はいますか、と聞きます。
で、手を挙げてもらって、その人には寄らないようにしたり、時に後ろ姿で処理したりするんです。
でも、私達が撮影する対象は、大体、胸を張って世の為と活動している人が圧倒的に多いのです。
だって、ごろつきの生態を追う、なんて番組は作りませんから。
そういう場合があったとしたら、顔出しするなよ、と言われるでしょ。


私の経験で、なぜか、顔出しNOの人っているんですね。
時に、これって、最近の風潮として、私のプライバシーは私が守る、

ぐらいの意識があるのかな、と勘繰ってしまうんですね。

 

肖像権とか、個人情報とか、個にまつわる様々な権利に敏感すぎやしませんか。
もしかすると、逆に、私たち高齢の世代は、そういう観念が薄いのかもしれません。
オレオレサギに多くのお年寄りが騙されてしまっていますが、
単に、年を取ってのボケとかではなく、悪意に対するガードが甘いのかもしれません。

 

個人という領域の守りが固いというのはやむを得ぬ世情だとは思うのですが、
単に世相が世知辛いだけではなく、

人間としてのおおらかさが、いくらか欠けてきてるんじゃないか、とも思います。
ま、そこをついてくるような極悪人が登場してきているのだと思いますが。

私は、時に、刑法で定めた量刑の軽重にアンバランスさを感じることがあるんです。
全般に、軽すぎると思っていますが、善良な心に付け入る悪意は、強く罰すべきでしょ。


前にも書きましたが、
犯罪を犯すのは、その意志があるからですよね。
殺人とか、傷害というのは、時に、心情的に不安定な状況ということが考えられます。
つまり基本的に計画性がないこともある。
行き当たりばったりの感情の所産ではないか、と思うんですが、
詐欺とかは、間違いなく行き当たりばったりの感情の所産ではないでしょ。
用意周到な計画性を持っている。
つまり、犯罪をすることを意志として持っているということです。


このようなことを手掛けることが割に合わない、という軽量が必要でしょ。
つまり冷静に罪とその罰を秤にかける瞬間があるということです。
そして割りに合わなければ、やはり、犯行前に躊躇があると思うんですね。

 

昔見た映画のシーンで、ならず者の一団が、銀行強盗を計画するんです。
錠前を空ける技術がある言われている者のところに行き、仲間にならないか、と誘います。
するとそいつが、分け前はどのくらいか、と聞くんですね。
まあ報酬を確認したわけです。
すると、いくらぐらりだな、とリーダーが数字を言います。
と、その男は、割に合わない、と断るんですね。
つまり犯罪には当然リスクがあります。

つまり法の制裁を受ける可能性ということです。
で、得られる報酬とリスクのバランスを考えるわけでしょ。
この映画では、割が合わない、と誘われた奴は考えた、と言うことです。

つまり犯罪と言うのは、割が合わない量刑が必要だという事です。

 

今時の考えとしては、あまりにも、犯罪者の人権を尊重しすぎていませんか。
顔も出して、世間に恥をさらして、何とみっともない事なのか、という状況を作ることも、
犯罪を抑制する重要なことです。
だまされて、過酷な老後を送るものと、悪意を持って人の良心に付け込む悪人と、

どっちを大事にするんだ、と思うんですね。

 

以前知人が交差点で、もらい事故を起こしたんです。
ひどい状況で、骨折や裂傷など、2か月近く療養が必要だったのですが、
この時のぶつけた相手が、外国籍の人だったんですね。
で、保険のやり取りや、治療代、車の修理代などの交渉のため、
相手の氏名住所など確認に警察に行ったら、
個人情報を守るために教えられない、と断られたのです。
あれこれやり取りしている間に、ご本人は国に逃げ帰ってしまったんですね。

 

この国は、この国の善良な国民を大事にしていないな、と感じました。

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:23 | comments(0) | - | - | - |









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