水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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苦しい時の紙だのみ

そういえば、の話です。
私が、まだ小学校に上がる寸前だったと思いますが、

東京のいとこの家に泊まりがけで出かけたことがありました。
で、その時、トイレに行きたくなり場所を聞いて入ろうとすると、
その家のおばさん(つまり、いとこの母親)が、
大きな声で、紙は三枚までだからね、と注意されたのです。


終戦直後と言っていい時期、昭和24,5年のことです。
確かに物は十分ではありませんでしたし、みんな貧乏な暮らしを受け入れていましたので、
一回の尻の始末に使えるのは、いいとこ3枚まで。
まあ今の時代には考えられないでしょうが、その頃はごく普通のことだったと思うんです。
で、実は、このころ便所に置いてある紙は、新聞紙を何等分かに切り、
A5サイズぐらいにしたものでした。
で、それを三枚という制限つきだったんです。
その頃はまだ、ぽっちゃんトイレで、肥溜めの大きなカメに、
上からぼとぼと落とす。
で、しゃがんで、用を足す間に、子どもながらその新聞紙をくしゃくしゃともむわけです。
確かにしっかりともまないと尻が痛くなるんですね。
ですから、よくもんで柔らかくする。
で、終わったらそれで始末する。
という時代でしたね。

 

トイレの革命としては、先ずは汲み取りが無くなったことですね。
これはとてつもなく大きな出来事でした。
それまではバキュームカーがやってきて、直径10センチはあろうかというフレキシブルのチューブを
汲み取り口に突っ込み吸い込む。
でもどうやっても匂いがばらまかれるわけでしょ。
学校の帰りに、通学路でこのバキュームカーに出会うともう大騒ぎ。
息をしないで駆け抜けるか、遠回りをする。
まあそれほどの悪臭でしたね。
で、これがいつの間にか消えてしまったんです。
下水管の整備が進んだのと、併せて、水洗トイレが普及したことでしょうか。


当時の水洗と言っても、タンクが天井近い所にあって、
そこからくさりが下がっていて、その先に白い陶器の球がついている。
これを引っ張ってじゃじゃーと流すわけですが、
そのひもを引っ張るしぐさで、トイレに行ってくるという共通のサインがありましたよね。

 

で、紙なんですが、新聞紙から脱却したのは、昭和も30年代の半ばぐらいだったでしょうか。
要は、水洗の普及とともに、新聞紙はつまるから使えなくなったわけです。
言い換えれば、ぽっちゃんトイレでなければ、新聞紙はダメだったわけですね。
で、新聞紙の次はトイレ用の紙が登場しましたが、これが古紙を漉き直したようなもので、
灰色のごわごわした紙でした。
でもまあ新聞紙をもむ手間もなくなりましたし、一歩前進でしたが、

まだ今の白い紙にははるかに劣ります。
白い紙が登場したのは、そのあとで、さらにロール状になったのは、そう少し時間がかかったと思います。


何しろ、今のように、公衆便所にもロール紙がついているなんてことはなかったですから、
トイレに入る前に、紙を持っているかの確認は大事なことでした。
用が済んで改めて紙がない事に気づく、これは悲劇です。
その頃はしばしばそんなことがあったんですね。

これにまつわる話はまさに千差万別、大半の友達はその悲劇を経験していましたし、

私自身も経験しましたが、それはそれは苦労したものです。

これを、苦しい時の紙だのみ、なんて言ってました。
ま、今はそんなことないですけどね。

 

で、コロナ騒ぎのバカなデマで、トイレットペーパーがなくなると言っている。
うちでは、たまたま平素から買い置きがたっぷりあるんで、なんてことないのですが、
もしそうなったらそうなったで、新聞紙揉めばいいじゃないか、と。

今朝もかみさんとそんな話をしたんです。
いや紙が詰まるかも、とか心配するんですね。

だから、たっぷりともめばいい、と。
これってじじいの安易な対処法でしょうか。

| 水嶋かずあき | - | 10:58 | comments(0) | - | - | - |









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