水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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東京五輪音頭2020

いやいや、知りませんでしたが、東京五輪音頭2020というのがあるんですね。

正直、聴いたこともありません。

テレビやラジオでもそれほど流れていなかった、という事でしょ。

 

東京での開催に当たって、
改めて大会を盛り上げるテーマソングについてどうなんだ、といった議論があったと思うのですが、
1964年開催の東京五輪に際して作曲された東京五輪音頭がほぼそのまま使われています。
年配の方々を記憶があると思いますが、
三波晴夫さんの小節の利いた歌で、
正に日本中に流れた曲でしたね。

 

あの日ローマで眺めた月が
今日は都の空照らす
4年経ったらまた会いましょと
かたい約束夢じゃない
ヨイショコーリャ 夢じゃない
オリンピックの顔と顔
ソレトトントトトント 顔と顔

 

盆踊りなんかでもさんざ聞かされた曲です。
この曲の一番は「あの日ローマで」を「リオデジャネイロで」
と変えただけで2020バージョンにしたんですね。
逆言えば、あのころの五輪ムードのウキウキ感は、実に心にしみるものがありましたね。

 

1964年といえば、私が大学2年の時。
当時、まだまだ経済成長の入り口ぐらいの頃でしょうか。
新幹線が開通し、カラーテレビが普及し始め、日本の繁栄が十分に予感できるような時代でした。
私は、オリンピックをカラーで見ようと、買い替えた我が店のテレビで

開会式を見たぐらいで、
テレビで連日中継された競技はそれなりに観戦しましたが、
チケットを買って競技場に足を運ぶということはしませんでした。

 

一番印象的だったのは、アベベ・ビキラのマラソンでした。
ちょっと今時の厚底靴の時代では考えられないのですが、
ローマではだしで42.195キロを走破した時には世界中がびっくり。
東京でも優勝候補でしたから、彼の活躍は興味津々でした。
ところが、その日は、私達が結成したばかりのエレキバンドの練習日となり、
メンバーのだれかのコネで、開店前の風呂屋の脱衣場で練習したんです。
浴室に入るとエコーが効いて、そこで歌の練習をしました。
で、ちょうど練習の真っ最中がマラソンの中継。
誰かが持ってきたラジオを聴きながら、気もそぞろに何曲かを曲合わせをした記憶があります。

 

あのオリンピックの時は、日本中が、穏やかで華やかで、めでたい空気に覆われていたと思います。
まあ、のほほんとしたいい時代でした。

それが、このコロナ騒ぎでしょ。

 

麻生財務大臣が、呪われたオリンピックと表現し、
物議をかもしましたが、この状態まで悪化すると、
結構言い得て妙であると感じますね。

ここにきて何とか中止は免れたものの、
予定通りの開催は、不可能。
せめて延期ということで、この後とてつもない調整が始まるのだと思いますが、
それすら再開の日は何時なのか、誰も見当が付けられない。
いくら自然現象的な出来事とは言え、不運とは言い切れないものを感じます。
確かに呪われているのかも。

 

そもそもがエンブレムで、やれ盗作だとかのちゃちが入ってやり直しでしょ。
で、国立競技場のことだって、設計者の入れ替えがあったでしょ。
何かとトラブル続きでしたよね。

あのころ、東京五輪のポスターで、
欧米系、アフリカ系、アジア系など、入り混じって短距離のスタート直後を横からとった写真で、
極めて動的なショットでしたが、これまた印象的でしたよね。

ポスター一枚、協賛曲一つ、エンブレムも組織の在り方も含め、
なんとなく、今回の五輪はぎくしゃくしているような気がするんですね。
その意味では、ここで一度落ち着いて、五輪って何のための祭典なのか、
考え直す必要がありそうですね。

 

大企業の、またアメリカの放送企業の意向に従うんじゃなくて、
真に平和を目指す、アスリートたちの研鑽の結果の場であったはずです。
人間の肉体的能力、精神的能力をいかに磨き上げられるか、
という人類の壮大な挑戦の場でもあったわけです。

 

ま、残念ながら、目にも見えないウィルスにやられてしまいましたね。
人間どもよ、根性をたたき直してやる、とばかりにです。

 

| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:08 | comments(0) | - | - | - |









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