水嶋かずあきの甘辛問答

神奈川県平塚から、水嶋かずあきが語ります。
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何もしないということの意義
今から、もう50年も前の話です。
そのころ、わが店は午前11時から午後9時まで営業をしていました。
つまり、接客、調理の時間が、一日10時間という長い時間だったのです。
準備、後片付けをする時間を含めると、
一日12時間という長時間労働をしていたのです。
それでも、交代の休みやシフトによる縮小時間の勤務などはなく、
ともかく一律に、朝出勤し、終わると帰るという勤務形態でした。
で、いかに何でもこのような勤務環境では、人も集まらず、慢性的な人手不足状態だったのです。
一言でいえば、労働環境が劣悪な状態だったわけです。
そこで、改善をしようと、とりあえず手を付けたのが、午後の閑散時間帯の閉店です。
というか、休憩時間として、お客様の入店をご遠慮いただく、というやり方です。
今でこそ、午後の2時くらいから5時くらいの間、休憩に入るお店は、
ごく普通になりましたが、
そのころ、平塚の中では午後のアイドルタイムを休憩にするお店はありませんでした。
ということは、そういうシステムにまだお客様は慣れていず、
どうして店で食事ができないんだ、というクレームもありましたが、
ともかくそういう選択肢しかなかったんですね。
で、事前告知もしたりとか、その場合の様々な対応策をすべて想定し、
午後2時半を持って2時間の休憩に入ることを決めたのです。
で、よいよ実施の初日を迎えました。
もう待ち望んでいたことですから、すべての従業員が、時間が来ると脱兎のごとく外出したんですね。
で、再開店5分ぐらい前に続々と帰ってくる。
で、この2時間なにしたか、という話題になります。
パチンコに行ったもの、サウナに行ったもの、ちょっとした買い物に行ったもの、と
時間ギリギリまで、解放された時間を楽しんだのです。
まあ、有効活用した、とでもいうことでしょうか。
で、この時思ったのですが、拘束されていた状態から解放され、
自由の時間が与えられると、極めてアグレッシブな時間の過ごし方をするんですね。
休憩とか、休みとかは、自分の時間だから、なるべく有意義に使おう、と思うんです。
ただだらだらすごすのはもったいない、と。
ですから、この習性のようなものは、もともと働きバチのように過ごしている日本人にとって、
何もしない、という選択肢がないんです。
連休と言えば、どこかに出かける。
確かに、リフレッシュすることも重要な選択肢の一つだとは思うのですが、
それと同等なくらい、何もしないということも重要な心身への効果を与えるんですね。
しかし、この外出して有効に時間を使う、という行動パターンは1か月も続かずに、
結局、店内に残って、横になったり、テレビを見たりと、体を休めることに使うようになったんです。
以前、七夕飾りを製作するのに、建設業をしている友人の下小屋の一角を借りていました。
そこでは、建築作業の仕込みをする場所なので、行って私たちが作業する間、
大工さんたちも仕事をしているわけです。
で、私は、その時の都合で出かけてゆくので、10時になったからと言って小休止などしません。
昼の時間でも、大工さんたちがお昼をとっている間、その傍らで作業を続けています。
何しろ時間を惜しんで作業をしてしまうんですね。
大工さんは、8時に仕事が始まって、10時になると30分の休憩。
終わると仕事をして、12時になるとお昼が始まって食事と休憩。
1時になると仕事再開、3時まで。
で、休憩を30分して、5時に、作業終了となります。
2時間仕事、30分休憩、1時間半仕事、1時間休憩、2時間仕事、30分休憩、1時間半仕事、という流れです。
で、ある時、このパターンはそれなりに理由があって、こういうふうになったんだろう、と考えたのです。
そこで私もあるときから、2時間仕事したら30分は休む、というようにしたんですね。
いかにも休む30分がもったいない、と思っていたのですが、
結果として、そのほうが作業性が良くなる、と気づいたんです。
ついつい働きづめが生産性を上げる、と思い勝ちですが、そうではなかった。
これはいい体験をしたのです。
何もしない時間を過ごす、ということもそれなりの意味を持つんですね。
いま、あらゆるスケジュールが中止または延期になって、
残念ながら、予定表はすっかり空白が続くようになりました。
正に自粛の極致です。
ただぶらぶらしています。
お茶飲んで菓子でも食って、テレビを見る。
なんかやたら無駄な時間を過ごしているような気がしているんですね。
非生産的な時間だ、と。
でも、よくよく考えてみれば、これは実に生産的な時間ではないか、と。
なまじ、うろうろして、場合によってはコロナに感染したりすれば、
この世にとってマイナスな存在となってしまう。
いわば、迷惑をかけない、という事も、この状態の中では重要なことでしょ。
その意味で、家でじっとしている行為は、
見方によってはとっても生産的な行為になっている、と思うんですね。
これを機に、何もしないということの意義を見直すのも悪くないでしょ。
| 水嶋かずあき | あれこれ | 10:07 | comments(0) | - | - | - |









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